ドイツの「支払いモラル」

発行:2014/09/09

概要

2014年7月末、ドイツでは支払い遅延防止を目的とした民法改正が行われた。これは 2011年3月に発効した欧州連合(EU)支払い遅延防止指令(2011/7/EU)に基づいた改正であり、企業間取引(B2B)、企業対政府間取引(B2G)に関する内容である。今回、欧州諸国の支払いについての比較調査の結果とドイツの支払いモラルについて概説する。

2014年7月末、ドイツでは支払い遅延防止を目的とした民法改正が行われた。これは 2011年3月に発効した欧州連合(EU)支払い遅延防止指令(2011/7/EU)に基づいた改正であり、企業間取引(B2B)、企業対政府間取引(B2G)に関する内容である。

この改正により、支払い期限は企業間では正当な理由がない限り60日間に、また政府間との取引では30日間に限定された。支払いが遅れた場合の遅延利息率は、従来の8%から9%に引き上げられた。また、遅延時には一律に40ユーロを請求できるとも規定され、納入後30日間以内に受け取り検査実施が義務付けられた。

このような法改正がEU全体で実施された背景としては、支払い条件は市場での力関係の反映であり、代金をすぐに支払われないことに困っている会社が多いという実態があるためと考えられる。

国によって異なる支払い期限
実際に支払い期限は欧州諸国によってさまざまだ。この点についていろいろな調査があるが、本稿ではエオス・スタディー「欧州・支払いの習慣」2014年版の数字を参考に筆者が作成した図表を示す。ちなみに、エオス・スタディーの調査結果は12カ国、2,600人に及ぶ企業担当者とのインタビューを基に作成されたものである。また、同じ国であっても企業により設定する支払い期限などは異なるので、本稿の全図表で示す日数や割合などはあくまでも該当国での平均値であることを最初にお断りしておく。

【図表1 支払い期限・西欧】 (単位:日)
M304-0009-1
【図表2 支払い期限・南/東欧】 (単位:日)
M304-0009-2

まず、図表1および2の支払い期限について見てみよう。
図表1の西欧を見ると、支払い期限が最も長いのはスペインの64日間、最も短いのはドイツの26日間である。もともと、ドイツには請求書を受け取ったらすぐ支払う習慣があるといわれている。また、図表2の東欧を見ると、支払い期限が最も長いのはギリシャの56日間、最も短いのはポーランドの37日間である。

【図表3 支払い状況・西欧】 (単位:%)
M304-0009-3
【図表4 支払い状況・南/東欧】 (単位:%)
M304-0009-4

図表3と4は、国ごとの支払い状況を示す。例えば、ブルガリアでは38日間の支払い期限だが(図表2)、図表4によれば支払い期限を順守する取引相手の割合は68%で、欧州12カ国の中では最も低いという結果だ。また未払いの割合は5%である。

一方、ドイツの支払い期限を順守する取引相手の割合は81%と最も高く(図表3)、また未払いの割合も1%のみであり、欧州の中で最も確実に代金を支払う国といえよう。また、図表1が示すように支払い期限が26日間と最も短いため、資金回収も早いことが分かる。

また、さらに図表1と2を見ると、支払い期限が64日間のスペインや56日間のギリシャのような南欧および東欧諸国と、支払い期限が40日間のラインを基準とする多数派に分かれている。しかし、図表3と4によれば、支払い期限を順守する取引相手の割合はどの国でも70%のラインを基準に上下しており、ここでは南欧および東欧諸国と他の多数派とされる国との間の差異は小さくなっているといえる。

次に、南欧および東欧諸国の未払いの割合に関してだが、図表3によればスペインは2%、図表4のギリシャは5%である。これらのグラフが示す結果から、南欧および東欧諸国は支払い期限を長く認める傾向が多いと思われる。

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* http://eosholding.com/EOS_Studie_2014_Europaeische_Zahlungsgewohnheiten/de.html
類似した調査は他にも幾つか存在し、例えば、Atradius Zahlungsmoralbarometer:http://www.atradius.de/debitorenmanagementpraxis/publikationen/zahlungsmoralbarometer.html もその一つである。どの調査も、筆者が見た限りでは、似たような結果になる。本稿に出て来る図表は全てエオス・スタディーの数字を参考に作成した。


支払い期限が基準

図表5と6は、各国の支払い期限と遅延日数を示す。

【図表5 支払い期限と遅延日数・西欧】 (単位:日)
M304-0009-5
【図表6 支払い期限と遅延日数・南/東欧】 (単位:日)
M304-0009-6

例えばギリシャを見ると、図表6にあるように遅延日数は40日間である。これは取引相手が支払ってくれるまで平均40日間待たなければいけないということを意味する。しかし、そうして待ってみても結局、図表4の未払いの5%が示すように、支払ってくれないケースがあることが分かる。

次に、図表5と6から、遅延日数は支払い期限と関係があることが分かる。例えば、フランスだと、42日間も代金の支払いを待ってくれるのだから、もう少し待ってくれるだろうという心理が取引相手の側に働き、遅延日数31日間という結果となっているといえるのではないか。また、どの国でも遅延日数は支払い期限日数に近づくが、それを超えることはない傾向が見られる。

モラルの問題?
読者の中には、これまでドイツと商売をして、なかなか代金を支払ってもらえずに苦労した人もいるかもしれない。しかし、少なくとも今まで参考にしたデータを見る限り、欧州の中でドイツは代金をきちんと早く支払ってくれる模範国といえると思われる。これは、どうしてそうなのだろうか。

このことに関連するかは定かではないが、ドイツ人が好きな表現に「支払いモラル」というものがある。例えば「あの会社は支払いモラルが良い(悪い)」と言えば、「請求金額をきちんと払ってくれる(くれない)」という意味になる。筆者が今まで聞いた限り、ドイツ近隣の国では、ドイツのように経済活動とモラルを直結させる表現はあまり普及していないようで「支払い行動」といった、よりニュートラルな言葉が使われているようだ。

上記のエオス・スタディーに「支払いが遅れたり、全く支払わなかったりするのはなぜだと思いますか」というアンケートがあり、図表7はそのアンケート回答を基に作成した、欧州全体とドイツの結果(複数回答)である。

【図表7 遅延・未払いの理由】 (単位:%)
M304-0009-7

図表7のうち、ドイツの支払いを考えるに当たって重要なのは、モラルと関係する項目である。その一つは「支払意図欠如」だ。こう考える企業の割合は、ドイツ以外の国だとルーマニアの33%、ハンガリーの24%、ブルガリアの21%など東欧諸国で比較的多く見られた。

ところが、大多数の取引相手が支払い期限を順守し、未払いの割合も低いドイツにもかかわらず、実に18%の企業が支払いが遅延する取引相手に「支払意図欠如」という印象を持つと回答しているのだ。そして、この割合は西欧諸国の中で最も高い。このことから、ドイツでは支払いとモラルの関係が密接であると思われる。

次に、同じ図表7を見ると、取引相手の「経理能力不足」により支払いが遅れていると考える企業の割合がドイツでは21%となっている。これはベルギーの22%に次ぐ高い割合である。この結果は、ドイツでは請求書をすぐに処理する企業が優良企業と見なされることが多いことと関係があるのかもしれない。

ドイツの企業間信用
このように、ドイツでは支払いの遅延はモラルの低下や能力の欠如と見なされている傾向があるといえるかもしれない。そして、ドイツでビジネスをした経験のある人なら知っている人も多いと思うが、この考え方を奨励・推進するための支払い上の慣習がある。
これは、簡単に言えば、早く代金を支払えば値引きしてもらえるという慣習である。

例えば、支払い期限が30日間の請求書があり、仮に8日以内に代金が支払われれば、3%値引きするように設定されているという具合だ。つまり、この期限以内に支払えば請求金額から3%引いて振り込めばよいとされているのである。この売り手の値引きの申し出は、ドイツでは「スコント」と呼ばれる。値引きは売り手の自由意思によるものであるため、値引きを認めていない企業もある。また、実際には業界や品物によって支払い期限や値引き率もさまざまである。

ということは、ドイツの取引では二つの期限があることになる。一つはこの時点までに代金を支払わなければいけない「支払い期限」、もう一つは支払い期限内に代金を支払えば一定の割合の額を請求額より値引きが可能とする「値引き期限」である。

支払い期限とは、買い手(取引相手)が本来払うべき代金を払わず、売り手からお金を無利子で借りている期間である。反対に売り手の方は取引先に自由意思により信用を供与していることになる。支払いが遅延して期限を過ぎると、それまでの自由意思からの信用供与は強制的与信になる。だからこそ、図表7にあるように、遅延とは「企業間信用悪用」になる。

それでは「スコント」と呼ばれる値引きは、この企業間信用の場合、どのような意味があるだろうか。上記の例にある8日間の値引き期限で3%の値引きというのは、年率に換算すると非常に高利となる。だからこそ、取引相手は値引き期限内で支払う方が、30日間の支払い期限を目いっぱい使って金利分を得るよりはるかにメリットがあるということになるのだ。そして、この方法を取らない相手は図表7でいうところの「経理能力不足」と判断されると思われる。

価格は売り手によって決められるのでなく、交渉されることはよくあるが、ドイツではこの場合でも交渉相手の頭の中で働いているのは、この値引きの考え方だという。また、ドイツで代金の支払いが円滑に進む理由は、このような考え方があるからこそという意見もある。ちなみにこの値引きの慣習は他の欧米の国でも見られるが、ドイツでは特に盛んだと聞く。

再び図表7に戻るが「企業間信用悪用」の項目では全体の平均は17%、ドイツは12%だ。なかなか払ってくれない取引相手に対して「企業間信用悪用」を感じる企業の割合は、ドイツ以外ではベルギーと英国24%、ロシア27%、スロバキア28%、ブルガリア26%、ルーマニア22%、ギリシャ20%、ハンガリー22%など、大多数の国で20%台という結果である。

ところが、全体の平均が17%と比較的に低いのは、スペイン2%、フランス8%、ポーランド2%というように、極端に低い国があるからである。興味深いのは、これらの3国はカトリックの人が多い国であるという点だ。カトリック教会は近世になってからも利子を敵視する伝統が強く、そのこともこの結果に関係しているのかもしれない。

ドイツでは、上記の値引きの考え方が示すように、早めに代金を支払う傾向が強い結果、金が市場に早く回るようになり、そのことが経済の活性化につながると思われる。反対に、企業の側に利子に対する理解が欠如していたり、物価上昇で低い利子であったりすると「天下の回りもの」たる金も市場に回っていかない。今回の民法改正がドイツの支払い事情や経済にどのような影響を与えるのか、注目していきたい。

M304-0009
(2014年8月30日作成)