ドイツの出版業界(2)電子書籍

発行:2014/01/14

概要

電子書籍の読者は数字の上では現在まだそれほど多くないが、2012年度には新刊書の54%が、また既刊書の29%が電子書籍でも購読できるようになり、今後普及が加速するとみられる。これは書籍・出版関係者にとって短期的には経営環境の悪化を意味するが、長期的には息の長い本作りが可能になることでもある。

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M305-0027-1加速する電子書籍の普及
ドイツで電子書籍が書籍全体の売り上げに占めるシェアは、2010年は0.5%、2011年は0.8%、2012年は2.4%とごくわずかにすぎない。一方、米国では2012年第4四半期には書籍販売全体の30%を占めるようになった1。このような数字から、ドイツでは電子書籍が揺籃(ようらん)期にあって、その普及はまだずっと先のことだと思う人もいるかもしれない。

2012年春に開催されたライプチヒのブックフェアで、アレクサンダー・スキピス書籍取引協会会長(写真2)は「米国は広い国で最寄りの書店へ行くのにも何十マイルも車で走らなければいけない」として、多くの町に書店があるドイツとの国情の違いを強調した。しかし、これは書籍販売業者に対する気休めのような発言とも受け取れる。

下のグラフ3には、電子ブックリーダーを藤色で、電子書籍を読むことのできる全ての端末機(電子ブックリーダーを含む)を赤紫色で表示した。タブレットやスマートフォンなども後者に含まれる。このグラフを見ると、電子書籍の読者数がどんどん増えていることが分かる。

【電子ブックリーダーと電子書籍端末機数の推移】 (単位:100万個)
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【書籍業界における文学作品の売り上げの推移(2013年以降は予測)】 (単位:100万ユーロ)
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また将来、電子書籍がどう普及していくかを占う数字がある。昔から恋愛小説、推理小説などのフィクション(文学作品)は、町の書店にとってマージンが高く最も「おいしい」商品であり、2012年度には書籍業界全体の売り上げ95億ユーロの35%、すなわち約33億3000万ユーロを占めた。上のグラフは2009~2017年にこの一番重要な商品の電子書籍の売り上げがどのように展開するかを示す(2013年以降は予測)4

2012年度のフィクション部門における電子書籍の売り上げシェアは4.3%程度と少ないが、このグラフの予測では2017年には8億5200万ユーロに及び、(書籍業界全体の売り上げもフィクション部門の割合も現在と同じぐらいだとすると)この重要な部門のシェアが全体の4分の1以上に増大する可能性があることを意味する。すでに2013年度には、フィクション部門における電子書籍のシェアは予測値の8.6%を上回り10%余りに達した5。おそらく電子書籍の普及は今後さらに加速すると思われる。

2012年秋、ニューヨーク・タイムズの電子版の定期購読者の数がペーパー版を上回ったというニュースが流れたが、人間の習慣が変わるのにあまり時間がかからないことを今一度印象付けた6。また、ドイツの出版社と書店の協会(Börsenverein des Deutschen Buchhandels)から発行された2013年度の「E-Bookスタディー」によると、2012年度には新刊書の54%、既刊書の29%が電子書籍としても購読できるようになった。2013年度にはすでに出版社の53%が電子書籍を発行しており、これから電子書籍を出そうとしているところを加えるとその数は84%に及ぶ7

手をこまねいているとアマゾンなどの国際的なネットビジネス・巨大資本にこの成長市場を委ねることになる。そこで前回の「ドイツの出版業界(1)町の書店」(2013年12月4日付掲載)でも触れた、書籍販売チェーンを展開するDBH、ターリアとドイツテレコムなどは共同で電子ブックリーダー・トリノを開発。電子ブックショップを共有し、反撃に出た。その結果、2013年第3四半期には電子書籍市場で「トリノ連合」がシェアを37%に増大させた。一方、アマゾンのシェアは5%下がって43%になった8

電子ブックリーダーや電子書籍を販売する町の書店も増加しており、2013年度のシェアは73%に及ぶ9。彼らは卸と協力して「バイ・ローカル」運動を展開中で、顧客が卸の電子ブックショップに注文すると地元の書店に15%のコミッションが入るシステムになっている。

とはいっても、電子書籍の普及によって町の書店の経営環境が厳しくなるのは避けられない。例えば、紙の本なら30%以上のマージンが入ったのに、卸からのコミッションだとその半分になる。電子書籍の普及が本格化すると、後述するように書籍の価格が低くなる。とすると、その分だけ書店へ回る分も少なくなる。また、紙の本の消費税は7%であるのに対し、電子書籍の消費税は19%とその差は大きい。電子書籍はインターネットからダウンロードするため、町の書店に足を運ばなくなる人が増えそうである。

紙の本vs電子書籍
書籍業界や文化関係者の中には、電子書籍に対して懐疑的な見方をする人が少なくない。彼らは、20年前に使われていたメモリー(電子記憶装置)から現在のパソコンを使って情報を取り出すことは容易でなく、100年先にどうなっているかが分からない点を指摘し、電子メディアは印刷された紙と比べて情報保存に適さないと心配する。

グーテンベルクが発明した活版印刷が登場したときにも似たようなことを言う人がいた。印刷される紙が耐久性の面で手書きの羊皮紙に劣るとして、この技術の将来性が疑問視された。当時、羊皮紙に聖書を書き写すのに3年かかったといわれるが、活版印刷であれば一度に多くの部数を製造できる。これがこの技術の強みであり、広く普及した理由である。電子メディアの強みも印刷と同じように容易にコピーできるだけではなく、場所を取らないことや瞬時に情報伝達が可能であること、情報処理に便利なことなどさまざまな利点がある。

電子情報は、電磁パルス(EMP)の発生によって広範囲にわたって失われる危険があるかもしれない10。とはいっても、多くの図書館が蔵書のデジタル化を実施していることからも分かるように、電子メディアが情報保存に不適とはいえない。

電子書籍の登場により「グーテンベルクの時代」が終わりつつあること、その文化的影響について思いをめぐらすのは面白いことであるが、ここで紙の本の将来を考えるに当たって身近なビジネス的側面に注目したい。

最初に紙の重要性が失われる分野は専門書や学術書であろう。もともと専門家同士のコミュニケーションという性格が強く、内容が重要であり電子媒体がその強みを発揮する分野である。この分野では著者も本を書いてもうけようなどとは思っていないこともあり、紙に印刷されて有料だった情報が現在は無料でダウンロードできることも多い。この結果、この分野では出版ビジネスが困難になりつつある。専門書や学術書の分野はこれまでも印刷費などが公的機関から助成されることが多かったため、電子書籍の出版も将来は市場原理でなく、今まで以上に助成金などで維持される分野になると思われる。

大手の出版社は、同じ内容の電子書籍の価格を紙の本より20%ほど安く設定しているところが多い。現在、電子書籍と紙の本の価格差は拡大傾向にある。アンケート調査でも、電子書籍を紙の本よりずっと安くするべきだという声が強い11。電子書籍1点の平均価格は2010年10.71ユーロ、2011年8.03ユーロ、2012年には7.72ユーロといった具合に値下がりする傾向にあるが12、それは出版社が顧客の値下げに対する期待に抵抗できないからである。

この電子書籍の値下げ圧力は、書籍の価格について私たちが持っている通念と関係がある。私たちは一般的に、300ページの本の値段が60ページしかない薄い本より高いのは当たり前だと思っている。また、これまでは写真が多かったり上質の紙が使われていたりする本は高く売ることができた。ということは、書籍の価格に関して、私たちは「物」としての本の生産コストや材料費ばかりに注目しているということになりそうである。

反対に、例えば推理小説に書かれたトリックが斬新で、著者もそれを考え出すのに時間をかけたといった内容的な側面は、書籍の価格形成においては無視される。この書籍観によると、本の価値は印字された紙がとじられてカバーが付いている点にあり、中身は精神的なもので値段のつかないものと見なされる。

電子書籍に対する値下げ圧力とは、このような「紙の本の時代」の価格についての通念が電子書籍に適用されて、紙代などの材料費や印刷代が掛かっていない本に対して、どうしても財布のひもを緩めることができないでいることを意味する。これは、電子書籍の普及が始まったばかりで、私たちは紙の本を「本物」とし、電子書籍はそのコピーとして、どこか「偽物」のように考えているからでもある。この状況は、電子書籍が紙の本にない機能13を発揮して、その独自の価値が認知されるようになるまで続くかもしれない。

値下げ圧力に直面している書籍・出版業界では、電子書籍の登場により本の価格が下がり、業界が共倒れになることを危惧する人が多い。とはいえ、ドイツでは電子書籍は再販制度が適用され、出版社が決めた価格が順守されるため、業界が望まなければ将来は安売り競争にはならないはずだ。

これと関連して重要なことは、出版社も紙に印字してとじて、運が良ければ換金できるというイメージの従来の商売は困難になり、もっと内容に踏み込んだビジネスモデルに転換する必要がある点だ。というのは、ソフトウエア開発で本作りが容易になり供給過剰となる結果、情報のプロというべき水先案内を兼任する出版社が求められるからである14

紙の本と電子書籍の共存が続き、同一の本を電子版とプリントの両メディアで出版するときに、両者の価格をどのように設定するかは「紙でもうけるか、それとも電子でもうけるか」という販売ポリシーに関わる重要な問題である。また、業界全体が値下げ圧力に押されて電子書籍の価格が下がり、紙の本との価格差がどんどん拡大するようになると、紙の本が売れなくなり、電子書籍の普及が加速するだろう。紙の本が電子書籍の広告媒体のような存在になる日も来るかもしれない。

出版する側にとっても今以上に厳しい時代が始まるが、朗報がないわけではない。電子書籍は紙の本と違って絶版にならず、いつまでも流通し続ける。一度出版した本を低コストで在庫として持ち、いつまでも売り続けることができるのである。これは言うまでもないことだが、息の長い本作りを可能にしてくれることでもある。

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1 http://www.bisg.org/news-5-861-now-available-report-two-of-consumer-attitudes-toward-e-book-reading-volume-4.php
2 筆者撮影。
3 http://de.statista.com/statistik/daten/studie/199379/umfrage/umsatz-mit-e-readern-in-deutschland-seit-2008/ をはじめ、さまざまな新聞記事の引用を基に筆者が作成。数字はニュルンベルクのGfKの「E-Bookスタディー」。http://www.gfk.com/de/documents/pressemitteilungen/2012/20120314_gfk_e-books_dfin.pdf
4 http://www.pwc.de/de/technologie-medien-und-telekommunikation/assets/whitepaper-ebooks.pdf 14ページ。
5 http://www.boersenblatt.net/640047/
6 http://www.spiegel.de/kultur/gesellschaft/new-york-times-steigert-umsatz-mit-online-abos-a-931138.html
7 Börsenverein des Deutschen Buchhandels:E-Book-Studie 2013の10ページ。
8 http://www.e-book-news.de/e-book-marktanteil-tolino-allianz-laut-gfk-mit-amazon-fast-schon-gleichauf/
9 Börsenverein des Deutschen Buchhandels:E-Book-Studie 2013の20ページ。
10 http://www.thespacereview.com/article/1549/1
http://www.thespacereview.com/article/1553/1
11 http://www.buchreport.de/nachrichten/online/online_nachricht/datum/2013/08/07/e-books-sind-viel-zu-teuer-1.htm ならびに http://www.gfk.com/de/news-und-events/presse/pressemitteilungen/Seiten/Download-Markt-startet-durch.aspx
12 http://www.akeplog.de/e-book-marktstudie-borsenverein-deutscher-e-book-markt-knapp-vor-10-analyse/
13 活字だけでなく音声や映像の要素が取り入れられたenhanced E-book(エンハンスド・イーブック)といったものだけでなく、著者と読者のネットワーク化。
14 HUNDERT:Das Jubiläumsmagazin der Deutschen Nationalbibliothek. #4の14~17ページに掲載されたフランクフルト書籍見本市のユルゲン・ボースのインタビュー。

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(2014年1月4日作成)

欧州 美濃口坦氏