発行:2013/12/04
概要
ドイツでは、かなり前から町の書店はネット書店や巨大資本の書店チェーンから挟撃されて消えてしまうといわれてきたが、今でも健闘している。その理由は、再販制度や町の書店の「収益軽視」の姿勢にある。
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今年(2013年)の夏ごろ、ミュンヘンで20年近く営業を続けていた書店が経営不振で閉鎖した。その後どうなるかと思っていたところ、しばらくして新しい書店の名前と「11月2日開店」と書かれた紙が張ってあった。その日は土曜日で、買い物の帰り道に寄ると店内は空っぽではなく何人かの人々がいたので、私はほっとした。200平方メートルにも及ぶ店舗の内装は明るく、書棚の配置や書籍の陳列方法にも実際より本の数を多く見せるプロの技が感じられた(写真1)。
しばらくするとミュンヘン市長が来店し、書店経営者に開店のお祝いの言葉をかけている。私が住むミュンヘン近郊の町は、人口が8,000人ほどしかいないのに立派な公民館があり、そこでは毎週のようにコンサートや演劇、時にはオペラが行われている。このような文化都市に書店がなくなることは、町のイメージの低下につながる。
「収益軽視」の強み
ドイツではかなり前から書店の数が減っているといわれ、ミュンヘン近郊でも書店のない町が出てきている。日本の書店は小さくて多数の雑誌が置かれている印象があるが、ドイツの書店は日本と比べて大きく、新聞や雑誌は別の業界に属するためほとんど置かれていない。昔からドイツには書籍販売を商売にする人々、すなわち出版社、卸、小売りの三者が一緒になって、ギルドに似た同業者組合、書籍取引協会を維持している。下のグラフ2は1999~2013年の小売りの会員数減少を示す。
小売りの会員数減少が直ちに書店の減少を示すとはいえない。会員の中には全国に何百店舗も持つ書店チェーンもあるからだ。2013年の小売りの会員数は3,440であるが、店舗数は6,511店といわれる。もっとも、大多数の会員は1店舗しか持たない個人経営の書店主であるため、書店の数は減る傾向にあるといえる。とはいえ、ドイツの町の書店の減り方は、例えば2005年の4,000店から2012年までに半分以下の1,878店にまで減少してしまった英国3や、その他の欧州諸国と比べるとずっと穏やかである。
下のグラフの藤色は、書店(店舗)経由で購入される書籍の割合を示す(単位:%)。2008年は52.6%、2011年は49.7%、2012年は48.3%という具合にシェアを減らし、2008年は10.7%、2011年は14.8%、2012年には16.5%と年々成長するネットビジネスに押されているように見える。
書店経由分には、個人経営の書店の取り扱い分の他、店舗を全国展開する巨大資本の書店チェーンの取り扱い分も含まれている。ちなみにドイツの大型書店チェーンは、392店舗を持つDBHと、2,000平方メートルクラスの大型店舗を全国に224店舗展開するターリアがある。この2社が上のグラフの藤色のシェアの3分の1近くを占め、残りを多数の個人経営の書店が分け合っている。
ドイツでは長い間、町の書店はアマゾンなどのネット書店と巨大資本の書店チェーンの挟み撃ちにあって消えてしまうといわれてきた。しかし2012年ごろから奇妙な展開になる。というのは、大型書店チェーンの方が赤字を計上し、閉店、店舗縮小、売り場面積を書籍以外の商品に使うといった決定を下したのだ4。
どうやら彼らは、町の一等地に店舗を構えて書籍を売ることに商売としてのうまみがないという結論に達したようで、ネット販売や電子書籍に重点を移すと発表している。反対に、町の書店の経営者は「文化を支えている」という意識があって、収益率が低いといわれてもぴんとこない人々であり、だからこそ町の書店を営んでいる。そしてこの「収益軽視」こそ、巨大資本に屈しなかった理由である。
再販制度
上記の書籍販売経路のグラフからも分かるように、購入者のほぼ半分が昔と同じように書店に足を運んでおり、これは書店の健闘を示すといえる。なぜ、ドイツでそれが可能なのだろうか。この疑問に答えるためには、出版業界全体の構造に目を向けなければならない5。
上のグラフの「その他」には、デパートの書籍部や、読者が出版社から直接購入する場合が含まれる。デパートの書籍売り場は、書籍のネット販売が普及する前には床面積当たりの売り上げが高く、人件費も少ないことから高い経営効率を誇っていた。一方、文化的使命感の強い町の書店は知識が豊富で顧客の相談にもいろいろ乗ってくれるが、下手をすると「そんな程度の低い本を買ってはいけない」と説教されかねない。そのために彼らを煙たいと思う人も多く、そのような人々は、本を選んでレジで代金を支払うだけで済むデパートの書籍売り場の方を好んだ。ところが、このような人々がネット書店に移り、その結果、今ではデパートの書籍部がシェアを減らしている。
読者が版元から直接購入するのは主に専門書や学術書であるが、これらは発行部数が低く100部ぐらいしか発行されないこともある。専門書や学術書は専門家同士のコミュニケーションという性格が強く、書店を経由しないことが多い(町の書店は、このような書籍も依頼されればもうけを度外視して取り寄せてくれる)。
今、出版業界は多くの先進国で元気がない。ドイツの出版業界も年間売上高は85億ユーロ近辺を上がったり下がったりしているだけだ。為替変動の影響もあり比較しにくいが、ドイツは日本より4割近く人口が少ないものの、両国の書籍市場の規模はあまり変わらないかもしれない。出版点数は昔からドイツの方が1万点ほど多いが、それは発行部数が低い専門書なども日本より多く出版され、直ちに売れなくても流通し続け、長い間売れるシステムになっているからである。
ドイツでそうしたことが可能であるのは、出版社、卸、小売りの間に結束力があり、昔から出版業界の流通管理が行き届いているからである。流通している本とは納入可能な本で、その数は数百万点に及ぶ。そのうち50万点は卸の在庫で、書店に注文したら翌日に入手できる。残りは、依頼すれば版元から取り寄せてもらえる。版元は本が全部売れて納入できなくなったら、そのことを書籍取引協会に連絡しなければいけない。この情報に基づいて同協会から「納入可能図書総目録」が定期的に発行されている。
本が流通しなくなると再販制度の対象から外されて古本扱いになり、出版社が決めた小売価格(定価)を守らなくてもよくなる。ただし、店舗扱いであろうがネット経由であろうが、流通している本に関しては定価を順守しなければならない。こうして安売り競争が回避されることから、町の書店はネット書店やチェーン店を展開する巨大資本に対抗できた。
昔はドイツの町にも八百屋や酒屋や衣料品店、文具店などの個人経営の専門店がたくさんあったが、現在はほとんど消えてしまった。そうした中で町の書店が細々とでもやっていけるのは、この出版業界特有の再販制度があるからである。
日本の書店は委託販売で返品率は40%もあるそうだが、ドイツでは5%以下といわれている。その理由は買い取り方式であるためで、返品することなどは例外中の例外である。リスクを負う分、一般書の粗利益率は33%以上と高く、版元からたくさん仕入れてうまく交渉すれば40%、時には45%以上も夢でない。ということは、書店はもうけるためにも、また売れもしない本を抱え込んでしまわないためにも、商品と顧客をよく知っていなければいけない。
有名人が書いたわけでもなく、また書評に取り上げられることもなかった本がベストセラーになることがあるが、このような場合に町の書店が果たす役割は重要だ。直接読者に接している彼らは、出版社の思い込みのような読者像を是正する機能があるとされる。彼らが(煙たがられながらも)顧客の相談に乗ることにより、市場にも商品の質の淘汰(とうた)機能が保たれることになる。
このような事情から、ドイツ市場で成功することは国際的な出版業界においても重要視されている。出版された本がろくろく流通しないまま裁断機にかけられるようなシステムより、この国のように長々と流通する方が著者に対してフェアである。また、よく売れる本だけでなく、いろいろな本が出版されることによって読者を満足させることができる。
こうして町の書店も出版業界全体も、グーテンベルグ以来の大変動の第一波というべきネットビジネスの挑戦に辛うじて対応できた。ネットビジネスといっても、通信販売と本質的にはあまり違わない。要するにカタログがインターネットに登場するようになり、注文の仕方が郵便からオンラインに変わっただけで、商品は昔ながらの本と同じである。
ところが、大変動の第二波というべき電子書籍の登場に対しては安穏としていられない。というのは、今度は「本」が本でなくなるからだ。
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1 筆者撮影。
2 グラフ作成のための数字の出典はBörsenverein des Deutschen Buchhandels:Buch und Buchhandel in Zahlen 2013。本稿で使われる数字で別の出典が表示されていない場合は上記から引用したものである。
3 http://www.telegraph.co.uk/culture/books/9741974/Bookshop-numbers-halve-in-just-seven-years.html
4 例えば、2012年10月9日ならびに2012年10月15日付南ドイツ新聞・経済欄の以下二つの記事。”Das Ende der Buchhallen”と”Kuscheln mit dem Teddybär”
5 ドイツの出版事情については、以下の朝日新聞の記事が参考になる。http://book.asahi.com/clip/TKY200802140224.html
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200803060260.html
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200803070216.html
M305-0026
(2013年11月22日作成)