不幸な星の下に生まれた通貨-「ドイツの一人勝ち」なのか(1)

  • 発行:2018/08/22
  • 記事提供:美濃口 坦

概要

ユーロ危機が長引くにつれて、欧州だけではなく国際社会でも「ドイツの一人勝ち」といわれている。これは、危機に陥っている欧州連合(EU)加盟国(ユーロ圏)を犠牲にしてドイツだけが繁栄していると思われているからだ。しかし経済指標の数字を見ると、ドイツ経済は好調であるものの、ユーロ危機で「得をしている」わけでない。

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もうかなり前から「ユーロ圏はドイツの一人勝ち」とか「ドイツだけがユーロで得をしている」などといわれる。それも欧州だけではなく世界中で、日本でもよく耳にする。そういわれるのは2008年の金融危機、その後のユーロ危機以来、経済的に困っている周辺国を尻目にドイツだけが繁栄していると思われているからだ。確かにドイツ経済は、現在のところは好調である。しかし「一人勝ち」という以上、負けた犠牲国がいることになるが、勝ち負けの図式を当てはめることが本当に可能なのだろうか。

ユーロ危機は、2012年の欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁による「ユーロ存続のためいかなる措置も辞さず」との発言以来、小康状態にある。とはいっても問題解決の先送りが繰り返されてきただけで、危機国の閉塞(へいそく)した状況は、EU加盟国の選挙で欧州連合(EU)/ユーロ反対派が票を増やすことに反映されている。イタリアでは、EU批判をスローガンに掲げる政党の連立政権まで登場した。

「ドイツの一人勝ち」は経済現象であるが、ドイツ批判であり、政治的メッセージでもある。ここではまず、経済的にどこまで本当にそう言えるのかを検討する。

雇用の分配
欧州では、経済指標の中でも失業率が重要視される(表1参照)。この表の左端は2018年4月の各国の失業率で、3.4%のドイツはユーロ圏主要国の中では最も低い。このため、南欧のフランス、イタリア、スペイン、ギリシャの高い失業率と比べると「ドイツの一人勝ち」の印象を強めるかもしれない。またこの表にはないが、フランス20.4%、イタリア31.9%、スペイン33.8%、ギリシャ43.2%という2018年5月の若年層失業率の数字は悲惨である。

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失業率は経済活動の指標である。一方、2006年から2016年までのドイツの平均成長率は1.2%にすぎず、下から数えた方が早く隣国から羨ましがられるほどの水準ではない。次に、失業問題は雇用の分配という構造的な問題とも関係する。若者の大量失業もその例だ。

富の偏在を批判し、その公平な分配を要求する人々も雇用の偏在には見て見ぬふりをする。その方が多数派の就業者を敵に回さないで済むからだ。ドイツ社会民主党(SPD)のシュレーダー首相(当時)は、ゼロ成長を繰り返す経済の停滞と500万人の大量失業を背景に、2003年以降労働市場改革を行い、雇用を柔軟に配分して失業者を持続的に減らすことに成功した。

この数年来、シュレーダー改革は批判されているが、それは「喉元過ぎれば熱さを忘れる」からかもしれない。失業者が多い国からドイツに来た人は、非正規雇用の増加について「働けるだけマシ」と言うことが多い。多くのドイツ国民は、改革の賛成・反対とは別に、自国の完全雇用に近い状態をこの改革の結果と見なし、ユーロ危機と関係があるといわれてもぴんとこない。

表1では、ユーロ危機以前の2000年から2009年までの前半と、危機が本格した2010年から2014年までの後半を区別して年平均失業率を示した。ユーロ危機勃発の2010年を境に、多くのユーロ圏の国で平均失業率が上昇に転じたが、ドイツは(スロバキアと同じように)低下した。この点こそ、ドイツ経済がユーロ危機で困っている隣国の犠牲の上に好調に転じたと思われる事情かもしれない。

ドイツ経済の欧州離れ
ドイツが「一人勝ち」する次の要因は、工業国ドイツの強い輸出力にある。欧州統合が進み、共通通貨・ユーロが導入された結果、加盟国は以前のようにペセタやリラ、フランなどの自国通貨を切り下げて防備することもできない。競争力のあるドイツ企業に自国市場をじゅうりんされるばかりだという。こうして(日本でもその著書が読まれているフランスの知識人の見解によれば)「ユーロはドイツが一人勝ちするシステム」ということになる。中には、共通通貨ユーロの導入はドイツが(ナチのように)欧州を支配するために、この結果を見越してイニシアチブを取ったと主張する人もいるそうだ。

工業・技術力が強いというドイツのイメージは世界中に浸透しているので、国際社会がドイツの「弱者いじめ」と思うのも当然の成り行きであるのかもしれない。とはいえ、これは思い込みのようなもので、経済現象とはあまり関係がない。

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出所:ドイツ連邦統計庁の資料を基に筆者作成

表2はドイツ連邦統計庁の数字を基に筆者が作成した。この表には出ていないが、ドイツは毎年着実かつ安定的に輸出を伸ばしており、2011年に1兆ユーロを超えた。1994年と1997年にはユーロは導入されていなかったが、後にユーロ圏に加盟した国のシェアを加算して表2に示した。また右端にはドイツの輸出全体の金額を表示しているので、例えばユーロ圏に輸出されたシェアを金額に換算できる。

この表から分かるように、ドイツの輸出先としての欧州、EUの重要度は下がる傾向にある。これはグローバリゼーションに伴い、米国や中国などがドイツにとっての重要な取引先になったからだ。また、欧州内部でも非ユーロ圏が重要度を高めている。ここには英国やスウェーデンなどのおなじみの国も含まれているが、西欧に追い付こうとするポーランド、チェコ、ハンガリーなどの東欧圏・キャッチアップ組が非ユーロ圏シェア拡大のモーターである。

次はユーロ圏である。1994年には47%だったシェアが2016年には10ポイント以上も減り、37%以下になった。輸出大国の「ドイツの一人勝ち」だというのなら、ユーロ危機が始まった2010年から「犠牲国集団」というべきユーロ圏でドイツの輸出シェアがもっと拡大してもいいような気がするが、事実はそうではない。

EU内の貿易については昔からすみ分けができているといわれる。北の国の人々は南の太陽に憧れてバカンスに行き、自国にないワインを輸入する。フランスやイタリアのメーカーは小型のクルマに、ドイツは図体の大きい車の生産に特化している。欧州の域外の競争相手に対して団結して防御に当たるが、ドイツのメーカーが隣国のメーカーをねじ伏せる姿など想像できなかった。だからこそ、ユーロ導入まで揉めずに欧州統合を進めることができたのではなかったのか。

期待外れのユーロ
ユーロ導入前には、為替両替手数料が省けたり、相場の変動リスクがなくなったりして加盟国の間の商品もサービスも、また資本の流れも活発になると期待された。ところが結果はウィン・ウィンにならず、今やドイツだけがユーロ導入によって得をしたといわれる。そこで、ここからもう少し丁寧にこの事態を眺めてみたい。

EUならびにユーロ圏の現実を理解するのに役立つと思われるのは、下記のグラフ1と2である。Ifo経済研究所のエコノミストがユーロスタットの数字に基づいて作成した。グラフではそれぞれEU内での輸出と輸入について、ドイツとフランス、また「北ユーロ圏」「南ユーロ圏」ならびに「北欧」「東欧」といった具合に加盟国もしくは加盟国グループのシェアを棒グラフで表示している。それも、ユーロの名称が決まった1995年から2015年までを5期間に分けてグラフの棒の色が白から黒に変わるので、状況の展開を時系列でたどることができる。

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

グラフ1から分かるように、EU内の輸出全体に占めるドイツのシェアは上がり下がりが小さくて横ばいに近い。次にグラフ2から分かるように、フランスも「南ユーロ圏」加盟国も、一度だけ微小ながら上向きに転じることはあるものの、大抵は輸入シェアを減らすばかりである。この期間、輸入を増やしているのはキャッチアップ組のいる「東欧」で、そのおかげでドイツはその輸出シェアを減らさずに横ばいで済んだことになる。これは表2と関連してすでに述べたことのコンファームである。

次にグラフ1と2を眺める。ユーロ導入で緩やかでも右肩上がりになったのは輸出シェアでの「北ユーロ圏」で、このグループにはオランダ、ベルギー、フィンランド、ルクセンブルク、オーストリアが属する。中でもオランダがいろいろな分野(工業、農業など)で商売熱心だとされている。例えば、ユーロ導入後に競争力を失ったギリシャがトマトを北欧のオランダから輸入するようになった。

次に輸出でも輸入でも右肩上がりは「東欧」で、このグループには、途中からユーロ圏に加盟したスロベニア、スロバキア、バルト3国も、また自国通貨を持ち続けるポーランド、チェコ、ハンガリーなどが属する。ユーロ組もそうでない国も同じように元気である。ユーロというより、生活水準を少しでも向上させたいという意欲が重要であるかもしれない。

ちなみに筆者は、2010年に財政破綻したギリシャへの支援が議論されていたころ、前年にユーロ圏に加盟したばかりのスロバキアの経済関係者と話したことがある。彼は、自国民より生活水準の高いギリシャ国民の支援に加わることなど絶対に嫌だと言っていた。

すでに述べたが、ユーロが加盟国の間の物とお金の流れを盛んにすることが期待された。ところが、物の流れに限ると、フランスも南欧のユーロ圏加盟国も、1995年から2015年まで輸出シェアを減らす一方である。輸入は一度だけごくわずかながら上向きになるが、おおむね下降するばかりだ。

「南ユーロ圏」の国々は、2008年の金融危機や、その後のユーロ危機でお金が流れて来なくなり、経済が沈滞したように自分でも思い、また多くの人々から思われている。ところが、本当は危機が始まる前に元気がなくなっていたことになる。またグラフ1と2にも右肩上がりのケースは少ないし、あってもユーロのおかげかどうかもはっきりしない。これらのことを考えると、今までのところユーロは期待外れの通貨といえるだろう。

ドイツが得しているはず
共通通貨ユーロのこれまでの展開を知るために、ここまでEU内の貿易、すなわち物の流れを眺めた。南欧周辺国では1995年蛇口を開いたときには普通に流れ始めたのが、危機の勃発前にすでに流れがだんだん細くなっていたことが判明した。ユーロ導入に当たって期待されたもう一つの効果は、お金の流れが盛んになることだ。

お金の流れ具合について参考になるのは、EUの投資全体に占める加盟国やそのグループが占めるシェアを表示するグラフ3(下記参照)で、これもグラフ1と2と同じようにIfo経済研究所で作成された。

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

上記グラフで重要なのは「南ユーロ圏」である。このグループにはギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン、アイルランドが属するが、これらの国の中にはマルクに対して何度も通貨を切り下げたところがある。ドイツマルクと同じハードカレンシーのユーロになることが1995年に決まった途端、為替変動リスクもなくなり、これらの国の利息もドイツに限りなく接近し、円滑に借金することが可能になった。

こうして、上記の棒グラフが示すように「南ユーロ圏」に投下された資金のシェアは1995年から2008年まで急上昇し、どの地域よりも大きい。金融/ユーロ危機の結果、投資シェアは下降してもシェアはユーロ圏最大である。この事情こそ、ユーロ圏に固有の予算を設けて危機国に財政移転をするべきという改革案に説得力を覚えない人々が気にする点である。

ドイツマルクの信用は戦後西ドイツが営々と築き上げたもので、南欧の隣国が低コストで借金できるようになったのもこのマルクの信用のお裾分けにあずかったからである。その結果は、残念にもバブルで、大量の不良債権が発生しユーロ危機につながった。

当時「欧州の病人」と呼ばれて低迷していたドイツ経済は、このインフレ気味のブーム(バブル)で物価が上昇した「南ユーロ圏」の加盟国に対して輸出力を強めた。この結果、長年患っていた悪性の経済的停滞から立ち直ることができたという。これが、経済学者のポール・クルーグマン氏をはじめ米国で主張されている「ドイツが得した」説である。

表2やグラフ1で見たように、当時、南欧周辺国に対するドイツの輸出が伸びたわけではない。南欧の周辺国で価格が上昇したのは不動産で、こればかりはドイツが逆立ちしても輸出できない商品である。次に、ドイツの企業にとってEU圏外の企業との競争が重要である。インフレ気味になることはユーロのレートが高くなることになり、ドイツの輸出産業に不利になる。とすると、どちらかというと「ドイツが得した」のではなく、その反対にならないだろうか。

危機勃発後は南欧周辺国の経済が弱くなり、ユーロのレートが低くなると、今度はドイツが欧州の外で輸出力を強めてもうけていると批判される。この点だけを取り上げるとその通りであるが、ドイツの自動車メーカーが中国で利益を上げたからといって、例えば、南欧周辺国・ギリシャが損するわけでない。この国はオリーブオイルや果物などで南米と競合しているので、ユーロが下がるのは、本来悪い話ではないはずだ。

レートが低いと輸出においては有利である。でも喜んでばかりいるのは考えものだ。これは国民が輸入品に余計にお金を支払うことになり、言い換えれば輸出企業に助成することでもある。これは輸出企業を甘やかす「通貨ドーピング」になり、長期的には競争力を弱めることにならないか。反対にレートが上がると(原油などの)輸入製品は価格が下がり、その分だけ購買力が増大するので歓迎される。経済では何かあったら、もうける人も損をする人も出てくるので、ある国が得したとは一概にはいえない。

周知のように、ユーロは大きな期待を担って導入されたが、物流では期待外れといえ、お金の流れは激しくなってバブルまで起こした。これまでのところいい話がない。経済的にうまくいっていない隣国は、やり場のないストレスをドイツに向けて「ドイツは得しているはず」と思いたいのかもしれない。でもこれは、自国の抱える問題をドイツに責任転嫁していることになり、今後の展開次第では、今以上に厄介な紛争のもとになるかもしれない。

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(2018年8月1日作成)

欧州 美濃口坦氏