心配の種はどこの国民も同じでない   2017年1月19日

友人からもらった年賀状によると今年ドイツへ行こうと思っていたが、テロが怖いので迷っているとある。

友人の顔を思い浮かべていると、日本の外務省の出先機関から度々送られてくる「欧州でのテロ等に対する注意喚起」するためのメルマガが思い出された。「12月19日,ドイツ・ベルリンのクリスマス・マーケットに車両が突入した事件」にふれられて、「いつテロが起きてもおかしくないとの認識を持つことが重要で」、「テロの標的となりやすい場所を訪れる際には安全確保に注意してください」とある。

でも、「テロの標的になりやすい」人混みの多いところで、どのようにしたら「安全確保」に注意できるのだろうか。トラックが入って来そうのない場所を選んで、なるべくそこにいるようにしろということになるのだろうか。でもテロリストは鉄砲を乱射しはじめることもある。こんなことを考えはじめたらけっきょくどこへも行けなくなる。ドイツではテロより交通事故で死ぬ可能性のほうがはるかに高いのではないのか。だいいちテロで死ぬのは宝くじに当たるのと似たような確率である気がする。おそらくドイツ国民はこのように考えるようで、大多数はテロの心配していないようだ。

http://www.faz.net/aktuell/politik/inland/mehrheit-der-deutschen-haben-keine-angst-vor-terror-14607066.html

この記事のなかで引用されている世論調査によると、73%がドイツは安全だと思っていて、不安を覚えているのは「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持者だけだそうである。

上記のメルマガを眺めていると私は母を思い出して懐かしくなる。彼女は私がどこかへ出掛けるたびにいろいろ心配して世話をやいてくれた。日本は優しい国であるようだ。例えば、日本の電車では、次に停まる駅の名前が女性の声でナウンスされ、忘れ物をしないように心配までしてくれる。これは私には特別なことではないが、日本の訪れたドイツ人には余計なオセッカイと感じられるようだ。

国によって心配する対象が変わるのではないのか。電車のなかの忘れ物にはおおいに気にかけてくれる人々も、放射能の危険に対してはあまり心配しない。この傾向は1999年の東海村臨界事故のときに多くのドイツ人に気づかれて、2011年の福島原発事故でその印象が強まった。

ちなみにドイツ外務省も「海外安全ホームページ」に類したものがある。

http://www.auswaertiges-amt.de/sid_85AE52F30D6C7D2C6E9D728FA625FEF6/DE/Laenderinformationen/01-Reisewarnungen-Liste_node.html#doc536872bodyText2

そこを見ると、「外務省は以下の国への旅行に対して警告する」とあって、ガンビアからはじまってアフガニスタン、シリア、リビア、エリトリア、イラクなど22国が列挙されているが、日本も入っている。福島周辺へのレッド、イエロー、グリーンゾーンへの立ち入り警告で放射能汚染のためである。