不幸な星の下に生まれた通貨-「ドイツの一人勝ち」なのか(2)

発行:2018/08/22

概要

国際社会での「ドイツの一人勝ち」の意味は、ユーロが破綻しないようにもうけた以上に支払わなければならないという圧力であり、欧州では連帯主義的なユーロ圏へ改造するための布石とみられている。ドイツのメルケル首相は、自国がユーロで最も得をしていると述べている。欧州統合もユーロ導入も厄介なドイツ・フランス関係の産物であり、これが問題の解決をさらに困難にしている。連載の最終回。

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漠然とした期待
「ドイツの一人勝ち」とか「ドイツはユーロ導入で得をした」という批判は、数字を見る限りあまり説得力がない。これは、この文句がどちらかというと政治的メッセージであり、ドイツに期待する役割と関係があるからである。

「ドイツの一人勝ち」とか「ユーロで得をした」といった評価には、どんな意味があるのだろうか。言われる場所と、誰が言うかによってメッセージも異なる。とはいっても「欧州の経済大国ドイツはもうけた以上に支払うべきだ」という固定観念が国際社会にできつつあるのではないのだろうか。これはユーロの破綻を誰も望まない以上、そのような事態を避けるためにドイツが責任を果たすべきだとする国際世論でもある。多くの人々が、共通通貨がどのように生まれたのか、そしてどのように機能しているのかあまり知らない以上、これは漠然とした期待感でもある。

しかし、ドイツ一国にそのような力があるのかも本当は疑問だ。ドイツの経済学者ハンス=ヴェルナー・ジン氏の計算に従って1、ユーロ危機が高まった2012年8月時点での支援融資の出どころを表示した(グラフ4)。グラフの赤い部分はユーロ加盟国、欧州安定メカニズム(ESM)などの金融支援機構、国際通貨基金(IMF)などから政治サイドの決断を経た支援融資である。これは2,270億ユーロにすぎず、当時のギリシャ、ポルトガル、アイルランドに対する支援全体のほぼ17%を占めるだけだ。残りの83%に相当する1兆ユーロ以上は欧州中央銀行(ECB)を経由する。また、このごく一部である17%をドイツは19のユーロ加盟国の一国として負担していたにすぎない。

【グラフ4】
M0304-0022-1

2012年来危機が収まっているのは、a)リファイナンスオペの担保条件の超緩和、b)OMTと呼ばれる国債購入プログラム、c)量的緩和政策(QE)の実施、d)ターゲット融資といったECBの処置のおかげである。これは、フランクフルトのECBがユーロ圏加盟各国の中央銀行に「紙幣を増刷して国の財政を賄うことに似た政策を可能にしている」(バイトマン・ドイツ連邦銀行(連銀)総裁)ことに等しい。

現在、加盟国の国債だけでも2兆6000億ユーロ買い取られているので、ECB経由の支援は膨大である。国際社会の住民には、この厄介で理解しにくい現実より、漠然とドイツが何かできると思っている方が気が楽である。

ユーロ圏の改造
次は欧州での「ドイツの一人勝ち」であるが、これはニュアンスが異なる。というのは、欧州では欧州連合(EU)やユーロ圏の在り方について統合推進派と反対・慎重派が対立しているからである。統合推進派はユーロ圏を国家に似た「主権を持つ」機構に改造し、固有の予算や財務大臣や議会まで設け、財政力の弱い加盟国に財政移転をすることや、ユーロ圏共同債(ユーロボンド)の導入を要求する。反対派もしくは慎重派は、EUの官僚機構の肥大を心配するだけでなく、加盟国の自己責任を重視し、安易に責任を全体に転嫁することがモラルハザードに通じると警告する。

ユーロ圏の改造の熱烈な推進国はフランスで、財政赤字の大きいイタリアはユーロボンドの導入を切望している。統合・改造に慎重な国や、反対しているのは北欧や中・東欧の国で、ドイツも本来そうであったが、メルケル首相の立場は不明瞭だといわれる。

西ドイツ時代の昔から、欧州でお金が必要になると経済大国ドイツに話を向け、まんざらでもないドイツは出し渋って見せ、そのうちに支払うというパターンが定着していた。例えば「古き良き時代」のドイツのヘルムート・コール元首相によると、

《欧州理事会でお金が足りない話になると、加盟国を代表する居並ぶ首相や大統領は一斉に私を眺めた。彼らにとってドイツはこの上もなく豊かな国で、私が巨大な財布を手にしているかのようだった》2

欧州統合を進め、ユーロ圏の改造を目指すフランスの政治エリートから見たら、ドイツの政治家はその理想を理解できない「エコノミックアニマル」である。そのためか、彼らはドイツの政治家にはビジョンが欠けているとあきれる。「ドイツの一人勝ち」とは、ドイツに高い欧州統合の理想を理解させ「国家エゴ」を捨て、ユーロ圏をフランスが望むような連帯主義に基づいた共同体への改造に同意させようとするための布石である。

元気づけや慰めの「御言葉」
それでは、ドイツ国民は「ドイツの一人勝ち」といった自国に対する評価をどう思っているのであろうか。

《ドイツは、どのEU加盟国よりもユーロで得をしている。私たちの雇用が失われないのも、また経済が成長するのもユーロのおかげだし、またユーロで税収も確保される》3

これは、2011年3月24日にブリュッセルで開かれたEU理事会での、メルケル首相による声明の一節である。筆者はここまでいろいろな数字を挙げて「ドイツの一人勝ち」とか「ドイツが得をしている」といった見解の妥当性に疑問を呈した。ところが、この一節を読む人にはそんな数字など必要でないはずだ。というのは、ドイツ国民は、ユーロが登場する前から、多かれ少なかれ仕事があり、納税義務も果たし、経済も機能し成長することもあったからである。

ドイツの首相は居並ぶ隣国の首脳を前に、問題も多いといわれる共通通貨ユーロに関連して自国が「どのEU加盟国よりも得をしている」と発言した。これは門外漢には奇異に思われるかもしれない。だがこの国では政治家をはじめ、公的発言者のこの種の言動は特別なことではない。これは、危機に陥った隣国への支援に反対する国内の右翼勢力とは自分が違うことを示すためであると同時に、自国民を支援に賛成させるようにするためでもある。

ECBはユーロ圏危機国支援のために長年超低金利やゼロ金利政策を実施している。ドイツ政府がこの低金利のおかげで自国の国債の利息をあまり支払わないで済んでいるとよく報道される。この節約分でギリシャ支援をカバーできるだけでなく、おつりまで出るとされる。例えば、ギリシャへの第3次金融支援が問題になっていた2015年のことだ。有名な経済研究所からスタディーが発表された4。それによると、ギリシャへの金融支援が始まった2010年からその年まで、ドイツ政府は1,000億ユーロ以上も国債利息を節約できたという。

金利が下がれば債務者が、上がれば債権者が得をする。政府は債務者だが、ドイツ国民の大多数は銀行に預貯金を持つ債権者である。株を買う人も不動産を持つ人もそう多くはないし、家計平均資産も欧州では下から数えた方が早い5。そうであるのは、2桁のインフレに見舞われた隣国と異なり、自国の中央銀行・連銀がインフレを特別に警戒し、物価が安定していて、不動産や株を購入する必要がなかったからである。ということは、預貯金しかない大多数の国民は、政府が利息を払わないで済んでよかったと言われても喜ばないと思われる。

このような事情から、人々は、政治家、エコノミスト、メディアのこのような元気づけや慰めの「御言葉」に耳を貸さなくなりつつある。また、政治家の方もだんだん話題にしなくなる。「ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)」(2017年11月21日付掲載)の中で、スイスの新聞を引用して「ドイツの政治文化に不自然なコンセンサス」があることを指摘した。これは、ドイツにタブーがあってEUやユーロをなるべくテーマにしないようにする点である。

フランスのマクロン大統領はユーロ圏に問題があるとして、その改革を提案していたのに、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)や社会民主党(SPD)などのドイツの主要政党は2017年の選挙戦で無視した。というのは、下手に議論を始めたら、右翼ポピュリズムの政党・ドイツのための選択肢(AfD)に票が流れると心配したからである。

ドイツ・フランスの過去の亡霊の葛藤
ドイツの政治文化のこの「不自然なコンセンサス」であるが、これには心理的には厄介な問題がその根底にあるように思われる。「ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)」(2017年11月21日付掲載)の中で触れたように、欧州共通通貨などずっと先の話だと思っていたドイツ国民にベルリンの壁が開き、東西ドイツ統一の可能性が生まれる。そのときにコール首相がフランスのミッテラン大統領(いずれも当時)にドイツ統一を認めてもらうために、共通通貨の導入要求に従ったという経緯がある。

フランス側が当時無条件に東西ドイツ統一を承諾しなかったのは、ドイツがまた強大になることを心配したからである。この国は、第2次世界大戦でドイツの電撃作戦で軍事的大敗を喫して占領される。これがフランスにはトラウマになる。その数年後ドイツは「無条件降伏」したが、フランス軍は米軍の戦車に同伴してドイツに入っただけで、ドイツを軍事的に屈服させたという気持ちを持つことができなかった。

その後も、フランスのフラストレーションは終わらない。というのは、敗戦国ドイツは「驚異の経済復興」があり、その後も経済力の差は広まるばかりであった。特に目の上のたんこぶというべき存在は、ドイツ連銀とその通貨・マルクであった。フランスの競争力が弱いために、この敗戦国の通貨に対して自国通貨のフランを切り下げなければならない。これはとてつもなく屈辱的なことだったといわれる。ドイツ連銀が公定歩合を上げると、本当はしたくなかったのに、操り人形同然の自国の中央銀行も同じことをしなければならなかった。

米国、英国、フランス、ソ連の分割占領を経て成立した東西ドイツは、旧戦勝国から国家主権を部分的にしか与えられていなかった。ということは、ベルリンの壁が開いてから東西ドイツ統一までこそ、フランスには戦勝国としてドイツに条件を突き付けることができる最後のチャンスであったことになる。そこで、彼らは欧州共通通貨の導入を東西ドイツ統一承認の条件として提案する。

彼らの目には欧州経済を支配しているように見えたドイツ連銀とドイツマルクを取り除き、欧州共通通貨を導入することによって、ドイツの経済力を欧州の枠の中に取り込むことができると思った。こうすると「古き良き時代」にコール首相が述べたドイツの「巨大な財布」も欧州の共有物になる。これがフランス側の思惑であった。

ドイツと大筋では合意していたものの、交渉は難航し、フランスは不安を覚えていた。中には願望通りにいかないと心配する人もいた。ところが、マーストリヒト条約として念願が実現する。フランス側は満足感を隠すことができない。

《1920年代には「支払うのはドイツだ」とよく言われた。今度もドイツが支払う。マーストリヒト条約は戦争をしないで手にできたベルサイユ条約である》
(1992年9月18日付「ル・フィガロ」、フロンス・オリビエ・ジスベア氏の論説)

ちなみに、ここでフランス側のいうベルサイユ条約だが、第1次世界大戦後に戦勝国英国、フランスなどが敗戦国ドイツと締結した講和条約で、膨大な賠償金を課した。ドイツの方はこの結果、経済がうまくいかなくなり、ナチの台頭を許したと思っている。反対に、ドイツの経済力を抑え込むことができたと喜ぶフランスの政治家から、マーストリヒト条約がベルサイユ条約よりずっとよいという意味で「スーパーベルサイユ」と呼ばれていたという6

ベルリンの壁が開いてから1992年のマーストリヒト条約までのフランス、ドイツの過去の亡霊の葛藤を見ると、ユーロは不幸な星の下に生まれた通貨としか言いようがない。

ユーロはドイツやフランスだけの通貨ではない
コール元首相をはじめドイツの政治家は、機会があると欧州共通通貨について「ユーロは戦争か平和かの問題だ」といった発言をする。この通貨の誕生の経緯を考えれば、そうであろう。また、メルケル首相も次のように発言している。

《誰も、今後半世紀の間、欧州の平和と繁栄が自明のことだと思ってはいけない。本当にそうではないのだ。だからこそ、私は言う。ユーロが失敗したら欧州も失敗に帰する》7

しかしこのように表現することによって、自由な思考や行動を自分から制約することにならないだろうか。また、このような言い方は内容の上で奇妙だ。というのは、東西ドイツ統一までは、欧州諸国はゆっくりであっても妥協し合いながら欧州統合を進めてきた。当時、欧州の農業の助成金について議論する政治家が「戦争か平和か」などといった途端、その常識が疑われた。

だが、常識が変わったのかもしれない。ドイツで政治家がナチの過去に触れて反省の気持ちを示すとメディア受けがよくなる。これは、EUやユーロについて下手なことを言って歴史的責任意識の欠如を疑われる危険があることを意味する。そんな心配をしていると、いつの間にかスイスの新聞の言う「不自然なコンセンサス」になるのかもしれない。

次にドイツで気になるのは、フランスならびに南欧の偏重である。これは、ドイツには一番難しい戦勝国のフランスと付き合うために始まった、欧州統合の意識構造の名残だと考えることもできる。農業国フランスや、それに似た南欧加盟国のために、EUが欧州経済共同体(EEC)だったころの1960年代では、その全予算の95%が、また1990年代の初めでも60%以上が農業助成のために支出された。現在でもEUの支出の4割ぐらいは農業助成が占めるといわれる。これも、ドイツ・フランス関係が中心になる欧州統合の始まりが、長年その影を投げ掛けてきたことになる。

ところが、欧州統合に参加する国の数はその後増大する。1973年、英国が欧州共同体(EC)に加盟するときにはドイツが熱心であったが、当時のドイツの政治家には、フランス偏重のゆがみが強く意識されていたことになる。その後からの加盟国の中には市場経済を重視し、助成頼りのメンタリティーやブリュッセルの官僚機構の肥大を拒む国も少なくない。有名な例はブレグジット(英国のEU離脱)問題で、メルケル首相の移民・難民政策に対する反発がきっかけだったかもしれないが、フランスや南欧周辺国の影響力が再度強まるEUに嫌気がさしていたからともいわれている。

2017年9月の総選挙の後、ドイツではなかなか新政権が発足しなかった。2018年に入って3月4日にSPDの党員投票の結果、メルケル首相率いるCDUとSPDによる連立政権が発足した。同じ日にイタリアで総選挙が行われ、ユーロ圏脱退を要求する2政党が勝利し、過半数を獲得した。

その2日後、2018年3月6日にオランダ、デンマーク、スウェーデン、アイルランド、フィンランド、バルト3国の8カ国の財務大臣が共同声明を発表した。それは、フランスのマクロン大統領や欧州委員会のユンケル委員長が提案しているEUやユーロ圏の改革に反対するものである8。反対意見を持つ国は、これら8カ国にとどまらないといわれている。

これまで、このような小さな国が一緒になってEUの改革について共同声明を出すことなどなかった。SPDはマクロン改革に賛成を表明していたので、共同声明に参加した加盟国は、第4次メルケル政権発足と同時にフランス、ドイツがどんどん先行して財政資金の転移やユーロボンドの方向に進めてしまうことを心配したからである。

このような状況は多くの国がドイツに対する信頼感を失いつつあることを示す。これまでメルケル首相はその場の状況に流されるばかりで、どちらの方向に進もうとしているかも分からないといわれる。こうであるのは、ドイツの中でこのテーマについてろくろく議論ができない自縄自縛の構造があるからだ。

イタリアがEUを離脱すると言ったら、メルケル首相は大幅に譲歩するだろうといわれる。ドイツの政治家は歴史的責任を果たした気持ちになれて慰めになるかもしれない。しかし他のユーロ圏加盟国には経済の問題であり、事情次第では(英国のように)出て行くこともあり得る。

欧州共通通貨は不幸な境遇で誕生し、無責任な政治家が軽率に始めたものかもしれない。しかし、その破綻はドイツにどの加盟国よりも大きな経済的損失をもたらす。そのような破局的事態を避けるためにも、ドイツの政治家も経済的側面を直視し、国内で率直な議論をした方がよいように思われる。

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1 Hans-Werner Sinn:Der Schwarze Juni 2016, Freiburg. S. 234
2 Wohlstand für Alle- 70 Jahre Währungsreform S. 35
3 https://www.bundesregierung.de/ContentArchiv/DE/Archiv17/Regierungserklaerung/2011/2011-03-24-merkel-europaeischer-rat.html
4 https://www.welt.de/newsticker/dpa_nt/infoline_nt/wirtschaft_nt/article145021484/Deutschland-ist-grosser-Gewinner-der-Griechenland-Krise.html
5 「貧しいドイツ国民?-家計資産の比較」(2014年12月24日付掲載)
6 Hans-Werner Sinn:Die Target-Falle 2012, München. S. 38
7 https://www.bundesregierung.de/ContentArchiv/DE/Archiv17/Regierungserklaerung/2011/2011-10-27-merkel-eu-gipfel.html
8 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/deutsche-europa-politik-schuert-misstrauen-anderer-staaten-15481094.html

M0304-0022
(2018年8月1日作成)

欧州 美濃口坦氏