欧州の「打ち出の小づち 」 - ターゲット2問題について(1)

発行:2013/01/21

概要

ターゲット2とはユーロ圏加盟国の中央銀行間の決済システムである。ユーロ危機勃発と同時に、ギリシャなど周縁国の中央銀行の債務と、ドイツなど中核国の中央銀行の債権が増大している。この現象について2回にわたって解説する。

欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁が財政難に陥った周縁国の国債を無制限に買い取ると表明して以来、ユーロ危機は収束へ向かっているといわれる。しかしユーロ圏内の構造的・制度的問題が解決されたわけではない。ターゲット2問題がその一つで、金額からいうと、よく報道される欧州金融安定ファシリティー(EFSF)や欧州安定メカニズム(ESM)などによる支援、ECBによる財政難に陥った国の国債買い取りなどよりもはるかに大きな問題である。ところが専門的であるためか、メディアではあまり取り上げられていないようだ。

【ターゲット2のフローチャート】
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「ターゲット2」は、ユーロ圏加盟国・中央銀行とECB間の決済システムであり「Trans-European Automated Real-time Gross Settlement Express Transfer System」を略したもので、プログラムが第二世代であるために「ターゲット2」と呼ばれている。「2」を省略し「ターゲット」と呼ぶこともあるが、どちらも同じである。

例えば、ドイツのメーカーから商品を購入したギリシャ企業は、自国内の銀行口座から代金を支払う。代金はこの市中銀行からギリシャの中央銀行、ECB、ドイツの中央銀行を経由し、ドイツのメーカーの銀行口座に振り込まれる。上のフローチャート1はこの経過を示しており、矢印は資金の流れである。国境を越えて資金が流れるため、ギリシャの中央銀行とドイツの中央銀行の間に支払い代金の貸借関係が発生するが、フローチャートの下部に記したように、各加盟国の中央銀行同士の債権・債務が束にされて、営業日ごとに加盟国中央銀行間の債権・債務は相殺され、ネットポジションを各加盟国中央銀行のECBに対する債権・債務として移される。
問題視されているのは、ECBに対してギリシャなど周縁国における中央銀行の債務が、ドイツやオランダといった中核国の中央銀行の債権として増大し、山積みされていく現象である。

初めてターゲット2の不均衡問題を指摘したのは、2011年初めのころ、ミュンヘンにあるIfo経済研究所のハンスウェルナー・ジン所長であった。同所長の見解は、当初はあまり理解されなかったが、その後いろいろな議論を通じて受け入れられるようになった。
Ifo経済研究所とは反対の立場に立つことが多いキール世界経済研究所の経済学者も「ターゲット2問題を現状のままにすると、ユーロ圏崩壊の危険が高まるばかりだ」2という警告を発している。

M304-0003-12 最近、Ifo経済研究所のジン所長は「Die Target-Falle(ターゲットのわな)」(写真左3)を発表し、この専門的な問題を分かりやすいように記述した。400ページにも及ぶこの著書は、ユーロ危機をより構造的に理解したい人にとって役立つといえよう。

ターゲット2問題を理解するためには、まず、ユーロ導入によって資金の流れがどのように変わったかに注目しなければならない。【グラフI】は、1985年から2012年までの10年物国債の利息変動を示す4。なお、ドイツの週刊誌「シュピーゲル」によると、この国債利息変動グラフはメルケル首相の大好きな資料の一つで、EUサミットに出掛けるときには必ず自分の手元に用意しておくそうだ5


【グラフI ユーロ導入と10年物国債利息の変動】

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ユーロ危機が始まって以来、周縁国の国債金利が7%や8%になるとユーロ圏崩壊が心配される。しかしこのグラフから分かるように、ユーロ導入以前の1980年代は金利が2桁になることも珍しくなかった。その理由は、これらの国々が自国通貨を切り下げて借金を目減りさせたからである。

1995年のマドリード会議におけるユーロ導入の正式決定から、世界金融危機が始まる2007年まで周縁国で発生したのは、低金利の資金が流れ込み開始した経済ブームであった。しかしインフレなどにより、これらの国々は競争力を失う。

この期間における周縁国の物価上昇率を記す。かっこの中の数字は、ゴールドマン・サックスが試算した、競争力回復に必要な下げ幅である。ギリシャ60%(-30)、アイルランド57%(-0から5)、スペイン52%(-20)、ポルトガル45%(-35)、イタリア36%(-10から15)、フランス22%(-20)といった具合で高い上昇率である6
アイルランドが競争力をほぼ回復しているのは、同国の危機が世界金融危機と関連していて、2007年という早い時期からユーロ圏からの支援を当てにせず、自助努力を始めていたからである。

参考までに中核国の代表としてドイツの数字を挙げる。同期間の物価上昇率は9%。当時資本が国外に流出し、国内では投資がなかなか行われず、不景気・低成長によって失業者が増加し、物価も賃金も上昇しなかったからである。ユーロ導入によってドイツが得をしたと主張する人がいるが、この点を考慮すると理解しにくい7

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1 フローチャートは筆者作成。
2 Stefan Kooths;Björn van Roye:Euroraum:Gemeinsame Währung-Nationales Geld. Kiel Policy Brief Nr. 51, Juli 2012. Institut für Weltwirtschaft Kiel.
3 筆者撮影。
4 ジン所長の著書「Die Target-Falle」76ページより。
5 「シュピーゲル」50号、2012年12月1日号、22ページ。
6 ジン所長の著書「Die Target-Falle」110ページ。
7 「ドイツが得した」という説はドイツがたくさん輸出したという意味でいわれることがあるが、ユーロ導入以前より導入後にドイツの輸出に占めるユーロ圏の割合が60%から40%近くに低下したことである。

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(2013年1月4日作成)