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ドイツのサッカー・ビジネス(1)

発行:2012/08/02

概要

サッカーの試合を見るのも楽しいが、ビジネス的側面も面白い。グラウンドでのプレーに国民性や文化が反映するといわれるが、もしかしたら経済の方がその度合が強いかもしれない。今回からシリーズで、ドイツを中心にサッカー・ビジネスの展開を眺める。

M305-0016-1香川真司選手はドイツのサッカークラブ、ボルシア・ドルトムントから英プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド(マンU)に移籍した。彼は、その軽快で敏しょうなプレーによってドルトムントの2年連続リーグ優勝に多大な貢献をした。このクラブには熱烈なファンがいることで有名で、8万人余りを収容するスタジアムはほぼいつも満員になる。左の写真1のルーディー・エングラーさん(右)は1928年生まれで、半世紀におよぶ熱烈なサポーター。彼は、ドルトムントが今年度のリーグ優勝をほぼ手中に収めた4月17日に6年ぶりにスタジアムを訪れ、孫のローマンさんに携帯電話でこの写真を撮ってもらった。

香川選手の移籍に落胆するファンに、ドルトムントのユルゲン・クロップ監督は「私たちは、シンジが日本人であることを忘れてはいけない。アジアでサッカーといえば英プレミアリーグが有名。ドイツのブンデスリーガなど知られていないだろう。彼は子どものころからボールを蹴りながら憧れのプレミアリーグでプレーすることを夢見てきた」と述べた。
英プレミアリーグといえば、日本では野球の世界の米大リーグに匹敵するのかもしれないが、ドイツ人は自国のサッカーリーグが英国より劣るなどと思っていない。だからこそ、クロップ監督はファンに対してアジアの事情を挙げて香川選手の移籍への理解を求めたのである。

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1 ローマン・エングラー氏提供。
欧州5大リーグ
欧州には五つの収入の大きいサッカーリーグがある。英国のプレミアリーグ、ドイツのブンデスリーガ、スペインのリーガ・エスパニョーラ、イタリアのセリエA、フランスのリーグ・アンである。図表1は2010/2011年度のシーズンの5大リーグの収入を示す2。収入は合計84億5000万ユーロになる。5大リーグのある国以外の国で上げられる収益を含めると169億ユーロで、これが欧州サッカー市場のパイ全体の大きさである。

上記の金額を眺めると分かるように、5大リーグの収入が欧州サッカー市場全体の半分を占めており、経済的には圧倒的に強いことになる。だからといって、クラブチームの強さに対応するわけでない。各国のクラブチームは国内で試合を行うだけでなく、欧州サッカー連盟(UEFA)主催のトーナメント戦やリーグ戦にも臨む。これらの試合には各国で上位のクラブが参加するため、欧州各国の水準を比較することができる。

【図表1 欧州5大リーグの収入(2010/2011年度)】 (単位:1億ユーロ)
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図表23は欧州各国のサッカーリーグが所属チームを過去5年間の欧州トーナメントで何度準々決勝に送ることができたかを示す。英プレミアリーグは収入もサッカーの強さからも文句なしのナンバーワンであることが分かる。面白いのは、5大リーグに入っていないポルトガルやオランダなどのリーグのクラブも健闘している点だ。収入で2番目のドイツ・ブンデスリーガは、グラウンドではその経済力を発揮できずにスペインのリーガ・エスパニョーラに追い抜かれている。

【図表2 過去5年間に欧州トーナメントで準々決勝に残った回数】
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2 Bundesliga in Zahlen 2012
3 Annual Review of Football Finance 2012
国によって異なる収入源
図表3は2010/2011年度のドイツ・ブンデスリーガの収入17億5000万ユーロの内訳を示す4。23%を占める入場料にはスタジアムでの観客の飲食代やサッカークラブ会費も含まれ、半分近い47%を占める広告の中には、選手のユニフォームの広告、グッズ販売が含まれる。

【図表3 ドイツ・ブンデスリーガの収入内訳(2010/2011年度)】 (単位:100万ユーロ)
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図表45は2010/2011年度の英プレミアリーグの収入内訳である。英プレミアリーグは全体が25億ユーロもあるので円をもっと大きくするべきかもしれない。英国、ドイツのリーグとの比較で面白いのは、入場料の割合がほぼ同じである一方、放映権と広告が逆の割合になっており、英プレミアリーグでは放映権の割合が大きく、ドイツ・ブンデスリーガでは放映権の割合が小さく広告がその代わりをしている点である。

【図表4 英プレミアリーグの収入内訳(2010/2011年度)】 (単位:100万ユーロ)
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図表5は同じく2010/2011年度のスペイン・リーガ・エスパニョーラの収入内訳である。放映権収入が大きく広告収入が小さい点で一見、英プレミアリーグと同じように見える。
図表6はイタリア・セリエAの収入内訳である。ドイツ、英国、スペインのリーグと比べて入場料の割合が13%と小さい点が気になる。放映権が最も重要な収入源である点は英国、スペインと同じであるが、その割合はどの国のリーグよりも高い。

【図表5 スペイン・リーガ・エスパニョーラの収入内訳(2010/2011年度)】 (単位:100万ユーロ)
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【図表6 イタリア・セリエAの収入内訳(2010/2011年度)】 (単位:100万ユーロ)
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ドイツ・ブンデスリーガの放映権収入が少ない理由は、この国で有料テレビがあまり普及していないからである。民間放送が始まったのも1980年に入ってからで「受信料を払っておけば後は無料」という考え方がドイツ国民には強い。しかし今年に入ってから、放映権収入が増加するとドイツのサッカー関係者は喜んでいる6。それは、これまで平均4億2000万ユーロだったリーグ戦の放映権が2013/2014年度から6億2000万ユーロになるからだ。ちなみに、イタリア・セリアAの放映権収入が9億ユーロを超えていることと比較すると、ドイツが放映権を高く売ることができないでいる事態は変わらない。このような事情から、ブンデスリーガの広告収入の割合が大きくなっている。

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4 Bundesliga in Zahlen 2012の数値を参考に筆者作成。
5 英国、スペイン、イタリアリーグのグラフはAnnual Review of Football Finance 2012の数値を参考に筆者作成。
6 http://www.tagesschau.de/wirtschaft/bundesligarechte106.html


いろいろな放映権ビジネス

イタリアのサッカーファンがスタジアムに足を運ばなくなり、セリエAの入場料収入の割合が13%と低いのは、クラブチームの放漫経営による破綻やカルチョ・スキャンダルなどいろいろ理由があると思われる。また、有料テレビによるサッカー中継の普及とも無関係でない7

サッカー・ビジネスを理解するために別の重要な点がある。それは、放映権ビジネスには二つのタイプがあることだ。英国やドイツなど多くの欧州諸国は、リーグ全体、その国のサッカー連盟が一括して放映権を販売し収入を得ている。もう一方のタイプは、クラブチームが直接販売し、収入を得ている。

前者の場合、収入の一部を均等分配したり、また他の一部を加盟クラブチームのランキングに応じて分配したりする。地域振興といった他の尺度を加味して分配するケースもある。このような形を取るのは、強いクラブチームと弱いクラブチームの格差を阻止するためである。
反対に、後者のクラブチームによる直接販売方式は、格差が拡大したり固定化する危険が強い。例えば、スペインのリーガ・エスパニョーラは直接販売方式である。ここは完全なる二極集中の傾向が濃厚で、レアル・マドリードとFCバルセロナという二つのトップクラブが欧州で3番目に大きいリーグ全体の収入の60%近くを占める。上位2チームの観客動員力で問題が表面化していないが、残り18クラブはどちらかというと縮小傾向にあるといわれ、閑古鳥の鳴く試合も少なくない。リーグ戦である以上、上位2クラブだけがいつも試合をしているわけにはいかない。

スペインのように二極集中の傾向もなく、リーグ戦として面白いのは英プレミアリーグである。ちなみに2010/2011年度の欧州サッカークラブチームの収入番付8を見ると、プレミアリーグのクラブチームがベストテンに四つも入っている。図表4で示したように放映権収入が13億ユーロもあり、成績主義だけでなく、加盟クラブチームに均等に分配される割合が大きい点も、クラブ間に格差が生じないことに役立っていると評価される。

欧州以外の地域、例えばアジアで宿泊したホテルでテレビのチャンネルをあちこち切りかえていると、よく英プレミアリーグの試合が出てくるのを経験した人がいるのではないだろうか。ドイツのサッカー関係者がうらやむのもまさにこの点だ。海外からの放映権収入だけでも5億6000万ユーロもあるが9、このようなサッカー・ビジネスの海外戦略の展開もドイツ人の発想にはなかなかないもので、昔「大英帝国」だった国らしいといえる。

マンチェスター・ユナイテッドは、香川選手の移籍に1,500万ユーロを支払ったと噂されている。英プレミアリーグを代表するクラブチームはアジア市場を重視しているため、ドルトムント側の交渉次第ではもっと上昇したかもしれない。もともと香川選手が大阪のクラブから移ってきたときに、ドイツ側は35万ユーロを支払っただけなので、彼は優勝に貢献するだけでなくビジネス的にも大もうけさせたことになる。

でも、そんなこととは無関係に、冒頭のエングラーさんは香川選手と一緒に撮った写真を宝物のように大切にしているそうだ。

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7 http://www.altravita.com/nur-ins-stadion-gehn-wir-nicht.php
8 http://www.deloitte.com/view/en_GB/uk/industries/sportsbusinessgroup/sports/football/deloitte-football-money-league/infographic/index.htm
9 http://www.faz.net/aktuell/sport/fussball/bundesliga/internationaler-vergleich-deutschland-holt-auf-11720959.html

M305-0016
(2012年7月25日作成)