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「隠れたチャンピオン」の出番 - ドイツの3Dプリンター

発行:2015/01/28

概要

米国は3Dプリンターの先進国で、4分の3に近い生産シェアを誇っているが、金属も扱う3Dプリンターでは、欧州に圧倒的シェアがあり、ドイツ優勢は強まりつつある。今後、産業界のさまざまな要求を満たすと予想される。

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近頃「3Dプリンター」ほどよく騒がれる技術はないかもしれない。「2次元の紙に印刷するように立体をプリントする」といわれたら、確かに誰もが好奇心を覚えるだろう。

イタリアの町では、7メートル四方の大きな3Dプリンターを使って自分で設計して家を建てている彫刻家がいる。いつの日か、このプリンターで月面にシェルターが建設されるともいわれる。小型の3Dプリンターの方は一足先に国際宇宙ステーションに到着した。2014年米航空宇宙局(NASA)の宇宙船で運ばれたからである。何か部品が必要になったらプリントできるそうだ。

とにかく話題に事欠かない。「何か必要になったらインターネットから設計データをダウンロードするか、メールで送ってもらい、共有3Dプリンターで印刷。こうなると誰もがメーカーだ」とシェアリングエコノミーの夢を熱っぽく語る人もいる。

必要とされる所で生産されるようになると、低賃金の国へ工場が移転しなくなる。その結果「物流」と称するエネルギーの浪費も少なくなり、二酸化炭素(CO2)の放出も減少。このような事情から、3Dプリンターの登場に大きな期待を抱き「新しい産業革命」と呼ぶ人も出てくる。でも本当にそうなるのだろうか。

米国企業が持っていた重要特許が切れたこともあって、10万円以下の3Dプリンターも売られるようになった。下の図表1は世界での3Dプリンター市場(装置+材料+サービス)が今まで順調に展開してきたことを示す1。また今後も2桁の成長が確実視されている。

【図表1:3Dプリンター関連市場】 (単位:100万ドル)
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3Dプリンターは製品開発に必要な試作品を速やかに作るために開発された技術で、いろいろな方式がある。どの方式にも共通するのは、コンピューターの設計データに従って、断面形状を作り、それを積み重ねて3次元の立体にしていく。

M305-0032-2例えば、樹脂を熱で溶かしノズルから絞り出して層を作り、この層を積み重ねて立体にする熱溶解積層(FDM)方式がそうだ。またステレオリソグラフィー(SLA、光造形法)は液体樹脂に光を照射して硬化させて層を作り、これを積み重ねていく。

左の写真2はレーザー焼結法(SLS方式)でクラウン(人工歯冠)を作っているのを示す。材料になる青色の粉末が敷かれていて、その上をレーザー光が走ると、その部分が焼かれて固まり層が形成。この工程が繰り返されて積層完成。型を取ったりしないで口腔(こうくう)内をスキャンすればよく、一度に400個できるので、中国などに行ってしまった仕事もドイツに戻ってくるといわれている。

ドイツが強い理由
最後に挙げたレーザーや電子線によって粉末を焼結させたり融結させたりする方式の利点は、材料が樹脂であろうが、金属であろうが、セラミックであろうが、粉末にさえなれば可能になることだ。二つ目の利点は自転車のチェーンや球体の中の球体といった可動部分を含む部品も造形できることである。こうして3Dプリンターは産業界のいろいろな要求を満たす。

すでにこの方式のプリンターによって、性能改善や軽量化のために航空機や自動車の部品が製造されている。NASAもノズルの3次元印刷をもくろんでいるが、それは劇的な性能改善が期待できるからだ。このように試作品だけでなく、かなりの数が必要な部品製造に使われることから、この数年来、粉末を材料にする焼結・融結方式は注目され、安価なパーソナル3Dプリンターと区別されている。下の図表2は、金属まで扱える産業用の3Dプリンター・メーカーの世界市場シェアだが数字は2012年度で少し古い。

【図表2:金属粉末積層造形装置の生産シェア】
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(2012年版Wohlers Reportの数字にドイツでの事情が加味されたものである)

市場シェア第1位はミュンヘン郊外にあるEOSである。第2位のConcept Laserはバイエルン州リヒテンフェルス、第3位のSLMソリューションズは北ドイツのリューベック、第6位のReaLiser社もドイツ国内にある。ドイツ国外では、第4位の電子線を扱うスウェーデンArcam、第5位はフランスPhenix Systems、7位は英国Renishawで欧州勢ばかりである。中でもドイツが第1位から第3位まで占め、合計するとシェアも4分の3になり、この分野でのドイツ優勢は強まりつつある。

面白いのは米国企業だ。方式を特定せず3Dプリンター一般の生産シェアとなると、米国が今も昔も4分の3以上を占める。ところが、これら米国メーカーは高性能の産業用分野は遠慮しているようにみえる。一方、ドイツが強い理由は想像できないことはない。

考えるヒントは後述する「隠れたチャンピン」にある。これは世界的に活躍するドイツ中小企業において、経済の強さの鍵とされている。一口にものづくりといっても二つのタイプがある。一つは大量生産の商品で、今ならインターネットを通じてどんどん売れるもの。もう一つは商品がシステムの一部で、購入する専門家に対して技術的説明や支援が必要なものである。

多くの人から忘れられたが、ドイツは1970~1980年代大量生産では日本企業に押しまくられて、人々は後者のシステム商品に賭けるしかないと思うようになる3。しかし1990年代になってからこの成果が表れ「隠れたチャンピオン」という言葉が話題に上るようになった。言うまでもないが、産業用の3Dプリンターは玄人相手のシステム商品で、ドイツが強いのも当然である。

粉末を焼結・融結する方式にとって重要な技術はレーザーだ。物理学者でドイツ研究センター・ヘルムホルツ協会のユルゲン・ムリュネック会長によると、ドイツは、昔はレーザー技術の輸入国であったのが、大学側と経済界の協力関係が効率的・持続的に強化された結果、今ではこの技術で11万人の雇用を創出し、約50億ユーロの売り上げを達成し、世界市場をリードしているそうである4

ここでいわれる「大学側と経済界の協力関係」は説明が必要かもしれない。1980年代や1990年代、ドイツが基礎研究をするばかりで、(日本のように)応用に力を入れて製品開発につなげることができないことを嘆く声が強かった。その頃から、大学の研究者と企業の共同研究の必要性がよく強調される。

この点に留意すると、確かに図表2にあるドイツ企業はアーヘン工科大学レーザー技術研究所やフラウンホーファー・レーザー技術研究所、その他の研究機関との共同研究、最新の装置の共同開発をしている。

筆者の印象では、レーザー研究・技術開発は、戦後早い時期から政府から戦略的に重視されており、シーメンスやトルンプなどの企業の研究・開発また製品化も盛んであった。「レーザーの国ドイツ」5と言う物理学協会のヴォルフガング・ザンダー元会長の表現からも分かるように、ドイツはこの技術に関して自信が強い。産業用3Dプリンターでのドイツの健闘は官民の長年の努力の反映である。

工作機械は要らない
ここ数年来、経営コンサルタントのヘルマン・ジーモン氏6は講演の中でいつも「隠れたチャンピオン」の例として高性能3DプリンターのEOSの名前を挙げる。彼は聴衆に名前を知っているかどうかと尋ね、答えが返って来ないと、自説の正しさが証明されるためか満足そうな顔をする。

M305-0032-4EOSは典型的な「隠れたチャンピオン」である。有名でないにもかかわらず産業用3Dプリンターの分野で世界をリードしているといったことだけでない。この会社を訪れ、従業員や創立者で最高経営責任者(CEO)のハンス・ランガー氏(写真7左)と話すとこの印象が強まる。

ランガー氏は物理学者で米国レーザー照準装置メーカーの欧州責任者であった。彼は「1980年代欧州、米国、日本で3Dデータを使ってレーザーを利用し1層、1層積み重ねて造形する試みがされているのを知って、これはすごいことになると思った。このように造形すると、形が複雑であることも問題にならないし、工作機械も要らなくなるからである。こう想像していると、この技術のために何とかして会社を創立したいと思った」と言う。

従来の造形法は、何かの塊を切ったり削ったりして除去することで望む形状に加工する。レーザーによる新しい造形法は、除去するのでなく、層を作りそれを次から次へと積み重ねていくことによって目標とする形にする。こうした技術は、アディティブ・マニュファクチャリング(積層造形)と呼ばれる。

鋳型を作り、溶かした材料を流し込んで部品を作る。このとき全て金属でなくて一部をセラミックや樹脂にした方がいい場合もある。この点も積層方式によって対処できる。また多くの機械は複数の部品が組み合わされて出来上がっている。例えば、ジェットエンジンの燃料噴射装置には20以上の部品があるが、3Dデータとレーザーによって部品が一つになってしまうと組み立てずに済む。

中空形状や、その内部が複雑になっている形も、また生物からヒントを得た構造も、3Dデータにさえなれば造形可能である。設計者も、工作機械を使えるように設計しなければいけないという義務から解放される。こうして設計者も効率、経済性、重量、コストといった別の要因を重視できる。こんな話を聞いていると、門外漢も「2次元の紙に印刷するように立体をプリントする技術」が製造業に革命をもたらすことに得心するようになるかもしれないと思えてくる。

1989年、ランガー氏は、このようなことを考え、また予感しミュンヘン郊外にEOSを設立した。

創業者タイプ
「隠れたチャンピオン」の発見者兼命名者のヘルマン・ジーモン氏によると、このような企業の経営トップによくあるのは、創業者タイプだそうで、次のような特徴があるという8。1)経営者としての人間と事業(使命)が一体になっている、2)目標に集中し断固として達成しようとする、3)怖いもの知らず、4)バイタリティーと持続性、5)他人にとってインスピレーションになる、という5点である。

ランガー氏も、実際に創業者であるだけでなく、このタイプの経営者であると思われる。というのは、彼は話が積層造形の技術に向くと生き生きしてくるだけでなく、3Dプリンターによる製造技術革命に全身全霊打ち込んでいることがひしひしと感じられるからである。

ランガー氏が別の会社のCEOを務めることなどは到底考えられない。ジーモン氏の見解によると「隠れたチャンピオン」のこのようなタイプの経営者は、事業と人間が一心同体になっているために、従業員に対しても、また顧客に対しても説得力があるという。

ランガー氏は1989年の会社設立後、直ちに自動車メーカーBMWのためにSLAの3Dプリンターを作り1991年に納入した。その後もこの方式の装置を改良・開発し有名な企業に納入。この事業と並行して1991年ごろからSLS方式の研究開発を開始し、1994年に最初の装置を納入、この事業も順調に展開する。

ところが、1993年ごろからSLAで先行している米国企業のスリーディー・システムズと特許紛争が始まる。1997年には和解が成立したが、EOSはSLAのビジネスをスリーディー・システムズに325万ドルの値段で売却する。EOSは創業以来のこのビジネスを失うことになるが、自社のSLS方式のため世界市場でスリーディー・システムズが所有する関連特許の全ライセンスを取得する。

ジーモン氏が挙げている「目標に集中すること」や「怖いもの知らず」や「持続性」といった特徴もこの紛争経過に反映しているように思われる。

もともとSLAはラピッドプロトタイピングのためであった。ランガー氏の夢は製造技術革命であったので、この米国企業との取引によって、より用途の広いSLS方式に特化するようになったのはよいことであったかもしれない。

多くの経営者には株価やシェアが重要のようだが、ランガー氏は「自分には技術こそ最優先。また技術と関連して顧客との密接な協力関係が重要であった。彼らの話をよく聞き、彼らの問題からベストの技術的な解決案を導き出すことができたのが、事業の成功の鍵だった」と語る。

SLS方式の3Dプリンターによる製造は現状では時間がかかり、大量生産には適していない。実際には、軽量化や性能向上などといった利点が経済的に割に合う分野、例えば航空機、自動車など、また火力発電のタービン部品や、歯科用のクラウン、人工臓器などの製造に、その投入が限定される。また何十万、何百万といった個数が必要になる物の製造に向いていない。とはいっても、技術的にはこのタイプの3Dプリンターの速度は10倍まで速めることができるといわれる。

それでは、将来どの程度まで製造業が変わるだろうか。それを占うための数字がないわけでもない。ドイツの3Dプリンター関係者の間では、2023年には産業用の3Dプリンター市場は77億ユーロの大きさに達していると予想する人が多い。これは工作機械市場の売り上げの10%に相当するので、製造業のほぼ10分の1まで3Dプリンターが入り込むことになる9

こう考えると「皆メーカー」や「新しい産業革命」もまだまだずっと先の話のように思われないだろうか。

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1 グラフの数字はWohlers Report 2014。これは、3Dプリンター市場に特化している調査会社ウォーラーズ・アソシエイツが毎年発行するリポート。この後で使われる数字はリポートの2012~2014年版に記載されているもの。
2 EOS社提供。
3 工業立国ドイツの「ものづくり」(2011年2月14日付掲載)参照
4 2006年にした講演http://www.helmholtz.de/fileadmin/user_upload/05_aktuelles/Reden-dokumente/Tokio_ENG_end.pdf の中の6ページ。
5 https://www.dpg-physik.de/veroeffentlichung/physik_konkret/pix/Physik_Konkret_09.pdf
6 固有名詞は現地音という原則があるのに、彼は「ハーマン・サイモン」と英語式に記されていることが多い。ここでは彼がドイツ人なので本文のような表記とした。
7 筆者撮影。
8 Simon, Hermann:Hidden Champions des 21. Jahrhunderts.  Frankfurt a. M. 2007, 350ページ。
9 http://www.wiwo.de/technologie/forschung/im-lasergewitter-3d-druck-erobert-die-fabriken-seite-all/9615600-all.html

M305-0032
(2014年12月23日作成)