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「隠れたチャンピオン」の別の効能-中国の対ドイツ直接投資

発行:2013/08/15

概要

中国の対ドイツ直接投資は、現状では金額的には微々たるものである。しかし今後、劇的に増大し、ひそかに始まっているドイツ・中国の蜜月時代が新たな局面を迎える可能性がある。
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プツマイスターという会社の名前を知っているドイツ人に会うことはあまりない。もしかしたらこのドイツの会社の製品は、日本人の方がなじみがあるかもしれない。今から2年以上前、福島第1原子力発電所4号機で使用済み燃料プールの水位が下がってきたことにより、世界中が震撼(しんかん)した。そのときに長いアームで目標先に狂いなく水を注ぎ込むのに使用されたドイツの高圧ポンプ車といえば、思い出す人がいるのではないだろうか1。ちなみに、このドイツ企業の生コン用高圧ポンプ車はチェルノブイリ原発事故後のコンクリートの「石棺」工事にも大活躍した2

誤解のないように強調すると、プツマイスターの機械は、普通は原発事故とは関係なく、高層ビルの建設などに使用される。2008年にはアラブ首長国連邦のドバイにあるブルジュ・ハリファ・ビルの建設現場で、高さ605メートルまで生コンを圧送するという世界記録を打ち立てた。プツマイスターは、専門家から評価されているものの一般的な知名度は低く、ドイツに数多くある「隠れたチャンピオン」3の典型である。ところが、この生コン圧送の世界チャンピオンは2012年1月、中国の湖南省長沙市に本拠を置く三一重工に買収されたのである。

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1 http://www.youtube.com/watch?v=tp7Ke2Am3BA で見ることができる。この高い性能のポンプ車についてhttp://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2200I_S1A320C1000000/
2 http://www.putzmeister.de/deu/1986-1990.htm
3 「隠れたチャンピオン」については、「工業立国ドイツの『ものづくり』(2011年2月14日付)」
歴史の皮肉
中国はドイツのメディアでよく話題にされる。世論調査によると4、ほぼ60%の人が中国は将来米国に代わる経済大国ナンバーワンになると思っているからである。また、87%が「中国は自国民の個人的権利を尊重しない」と考え、70%が「中国は他国民の利益をほとんど、あるいはまったく考慮しない」と答えている。中国は脅威と見なされているのかもしれない。

ドイツは、欧州連合(EU)の主要国として国際社会の中でなんとか影響力を保とうとしていたが、ドイツ国民の目から見ても、ユーロ危機によりその影響力は危うくなってしまった。ドイツの大衆紙が、欧州やドイツに対する中国の直接投資の報道記事に「中国の侵入」5という見出しを付けたのも、このような意識の反映だろう。

以下に、メディアに取り上げられた中国の投資活動を無作為に並べる。

2011年、CICは欧州の通信衛星運営会社であるユーテルサットに7%出資したり、英国の水道会社テムズ・ウォーターの株式8.68%を取得したり、ヒースロー空港運営会社の持ち株を子会社経由で取得したりしている。電力会社の中国長江三峡集団公司(CTG)もポルトガルの電力会社の株式21%を手中に収めた。

2009年に中国の海運会社グループ中国遠洋運輸集団(COSCO)が35年にわたるギリシャのピレウス港の運営権を取得した。ドイツのメディアではあまり話題にされていないが、中国の運送関係の企業がベルリンとハンブルグとの間にあるパルヒムの旧軍用飛行場を買収した6。これは、将来ここを欧州と中国間の物流拠点にするためである。

通信も電力も水道も港や空港の運営も、ヨーロッパ人にとって本来国家が自国民に提供する公共サービスであった。だが、この事情は過去20年間の民営化の潮流によって変わり、隣国や米国の企業がもともとは公共サービスであった事業を行っても拒否反応を示さなくなった。それにもかかわらず中国が水道や電気事業などと関係を持つことに抵抗感があるのは、政治体制も文化も異なる遠い国であるため、不安感を抱いているためではないかと思われる。

周知のように、中国はアフリカなどでエネルギー、食料、鉱物などの資源開発やインフラ整備のために大規模な投資をしている。そのような状況を見ると「歴史の皮肉」といえそうなものを感じる。中国は19世紀末から20世紀にかけて植民地主義の被害に遭った国だった。そのため、投資先の国とは平等な互恵関係を築き、インフラ整備と資源開発に励んでおり、中国は自国が行っていることは当時の欧米諸国とはまったく別の活動であると思っているようである。しかし当時の宗主国であった欧米諸国も、中国の土地を「租借」してインフラ整備(例えば鉄道敷設)や資源の開発をし、「文明」をもたらしているものと考えていた。

なお、投資先の国が、法治国家ではなく、政治的にも不安定な場合は、軍事力なしでは自国民の安全や「権益」を守ることができない。事実、中国は小規模な軍隊に類似したものを駐留させている。しかし、ドイツなど欧州ではあまり大きな問題にならない。例えば、ドイツのパルヒムの旧軍用飛行場で、支払いが滞ったり計画通りに飛行場整備が進展しなかったりして問題になったことがある。だがこうした紛争がエスカレートした場合、裁判で争えば済むのだ。

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4 http://www.spiegel.de/politik/ausland/pew-studie-deutsche-sehen-aufstieg-chinas-skeptisch-a-911322.html
5 http://www.bild.de/politik/inland/wirtschaft/die-china-invasion-18536134.bild.html
6 http://www.tagesspiegel.de/wirtschaft/chinese-kauft-flughafen-parchim/854286.html
http://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/direktverbindung-nach-peking-deutscher-flughafen-wird-chinesisch-1.811676
ドイツにさらに投資する
欧州やドイツに対する中国の直接投資は注目されるものの、経済的には微々たるものである。下のグラフ1は、2013年に発表されたドイツ連邦銀行の統計データを基に作成したものである7。圧倒的多数の直接投資は隣国からで、オランダとルクセンブルクが1位と2位を占め、伝統的投資国とわれる米国が3位、4位と5位を占めるのが英国とフランスである。中国の直接投資はわずか0.2%にすぎず、これは金額にすると15億ユーロにも及ばない8

【グラフ1:対ドイツ直接投資国(2011年)】 (単位:%)
M304-0004-1

上記グラフ1のその他35.7%には、スイス、イタリア、オーストリアに次いで、2.3%を占める日本も含まれている。日本の対ドイツ直接投資額は中国の10倍以上の167億ユーロで、韓国も中国の3倍以上に当たる48億ユーロに及ぶ。このように、現状では中国の対ドイツ直接投資はさほど大きくはない。しかし、2008年の対ドイツ直接投資が7億1600万ユーロだったのが、2011年には2倍以上の14億9700万ユーロになるというように急激に伸びている9

【グラフ2:中国の対EU直接投資】 (単位:10億ユーロ)
M304-0004-2-2

長年、欧州の企業は中国に直接投資してきた。しかしグラフ210が示すように、ここ数年、中国の対EU直接投資が増大中である。2011年に中国の対EU直接投資額が、EUの対中国直接投資を初めて上回った11。また今後投資額がどんどん増大し、毎年350億ユーロの投資が行われることが予想されている12

【グラフ3:あなたの会社が投資を計画している地域は?(複数回答可)】
M304-0004-3

2000年から2011年までは、中国からEUに流れる資金の大部分はフランスや英国へとたどり着いた。その結果、中国による直接投資額の累積は、対フランスが57億ドル、対英国が37億ドル、対ドイツが25億ドルである13。ところが将来、この順位が逆転するといわれている。中国企業400社に対してアーンスト・アンド・ヤング(E&Y)が実施したアンケート調査14によると、西ヨーロッパ、それもドイツに投資する計画を進めている企業が多いからである(グラフ3参照)。今後、中国とドイツの密接な経済関係が進展していくかもしれない。

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7 Cora Jungbluth:Aufbruch nach Westen. Bertelsmann Stiftung. 41ページ。
http://www.bertelsmann-stiftung.de/cps/rde/xbcr/SID-BFAF5C85-FBEC4C2A/bst/xcms_bst_dms_37713_37979_2.pdf
8 Bestandserhebung über Direktinvestitionen. Statistische Sonderveröffentlichung 10. April 2013. 50~56ページ。
http://www.bundesbank.de/Redaktion/DE/Downloads/Veroeffentlichungen/Statistische_Sonderveroeffentlichungen/Statso_10/statso_10_bestandserhebung_
ueber_direktinvestitionen_2013.pdf?__blob=publicationFile
9 同上。
10 China investiert. http://www.china-investiert.de/resources/Studie-China-investiert-TUM-MIG.pdf 17ページ。
11 http://www.pwc.com/at/de/presse/2012/pdf/pwc-studie-euro-krise-laesst-chinesische-investoren-kalt.pdf
http://www.handelsblatt.com/politik/international/investitionsueberschuss-zeitenwende-china-kauft-europa-auf/7409750.html
12 http://ninatrentmanndotcom.files.wordpress.com/2012/06/chinesische-investoren-drc3a4ngen-nach-europa-die-welt-vom-8-juni-20121.pdf
13 同上。
14 http://www.ey.com/Publication/vwLUAssets/Deutschland_und_Europa_im_Urteil_chinesischer_Investoren_2012/$FILE/EY-Deutschland%20und%20Europa%20im%20Urteil%20chinesischer%20Investoren.pdf
将来の模範?
冒頭で触れた、生コン用高圧ポンプ車のプツマイスターに戻ると、この会社があっさり売却されてしまったのは、創業者カール・シュレヒトに後継ぎがいなかったからといわれる。業績は、スペインや米国市場などで長年続いた建設ブームで潤っていたのが、2008年の金融危機以降売り上げが減り、バラ色の未来とは言い難くなった。

そこに現れた三一重工は、売り上げがせいぜい6億ユーロ程度であるプツマイスターの買収価格としては破格の5億2500万ユーロを提示。2020年までは生産拠点をドイツから移さないことや、景気悪化など経営上の理由から従業員を解雇しないことを約束した。三一重工側は、プツマイスターのブランドを残すだけでなく、ノルベルト・ショイヒ最高経営責任者(CEO)を本社のボードメンバーに据えた。

それだけではない。親会社の三一重工は、建設機械において世界需要の80%に当たる巨大な国内市場に集中し、残り20%の国外市場に関してはドイツの子会社に委ねることとなる。またプツマイスターの2016年度の売り上げ目標も20億ユーロに設定された15

現在の売り上げが7億ユーロほど、過去の最も好調なときでも9億ユーロ程度だったので、長いアームの生コン用高圧ポンプ車の販売だけでは、短期間に売り上げを増大させることは難しい。ということは、今後ドイツの子会社が海外での合併・買収(M&A)戦略を展開することになるのではないかと予測できる。その理由は、中国企業よりドイツの会社が買収する方が、抵抗が少ないからではないだろうか。こうなると「隠れたチャンピオン」にも別の効能が生まれ、中国企業の隠れみのになるような気がしないでもない。

ドイツが避けたい点は、ドイツ企業の買収によってノウハウやパテントを手渡した揚げ句、生産施設を外国に移されて雇用がなくなり、その結果、技術的多様性が失われることである。しかしドイツ側は、中国人が「メード・イン・ジャーマニー」と、その根底にある技術的伝統を尊重して、(他の外国企業と異なり)ドイツで生産を継続してくれると楽観しているようだ16。中国の対ドイツ直接投資の増大によって、すでに始まっている中国・ドイツの蜜月時代が本格化する可能性がある。

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15 China investiert http://www.china-investiert.de/resources/Studie-China-investiert-TUM-MIG.pdf 76~79ページ。
16 レスラー経済技術相インタビュー
http://www.internationaltradenews.com/de/articles/20032/Eine-Gefahr-fuer-den-Mittelstand.html

M304-0004
(2013年8月3日作成)