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太陽より北風 -ドイツの太陽光発電業界

発行:2012/06/12

概要

ドイツの太陽光発電は、固定価格買い取り制度によって急速に普及し、現在は買い取り価格の引き下げなど軌道修正する段階に達した。今後、エネルギー政策については集中と分散という相反する二つの考え方のバランスを取ることが重要になるだろう。

昔は屋根にソーラーパネル(下の写真左1)を見つけると、思わず足を止めてカメラを取り出した。今なら誰も見向きもしないだろう。

ドイツは土地利用に関して厳しい規制があり、農地を別の目的に利用するには面倒な手続きが必要になる。それにもかかわらず、少しでも空き地があると、ソーラーパネルが設置されている(下の写真右2)。これは近頃よくあることで、太陽光発電に関しては、行政をはじめ関係者がどれほど柔軟に対応しているかを物語っている。このような太陽光発電装置がドイツ全国に約110万台もできた。

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この官民挙げての努力は、今年の5月25日金曜日に実った。というのは、ドイツの太陽光発電量が正午から午後1時までの間に22.145ギガワットに達し、ドイツ太陽光発電の新記録としてニュースで取り上げられたのだ3。原子力発電の平均出力は1ギガワット、すなわち100万キロワットで、この太陽光発電量は原発22基分、ドイツの消費電力全体の37.5%に相当する。太陽光発電がドイツで盛んになったのは、10年近く前から固定価格買い取り制度が実施されているためである。

現在ドイツの太陽光発電に関連して二つのことが話題にされる。一つは、ドイツ政府がこの買い取り価格を引き下げようとしていること。もう一つは中国の発電パネルメーカーによる安値攻勢で、ドイツのメーカーが去年の暮れごろから次々に経営破綻していることである。

後者の話題から説明しよう。確かに、ソロン、Qセルズ、ソルテクチャー、ソベロといった幾つかのドイツのソーラーパネルメーカーが破産申請したり、経営不振に陥ったりしている。だからといって「太陽光発電大国ドイツの落日」とか「中国の独り勝ち」というのは誤解ではなかろうか。

かなり以前からソーラーパネルは生産過剰といわれる4。2009年、世界の供給量は11.1ギガワットで需要は4.2ギガワットしかなかった。業界専門誌の「フォトン・インターナショナル」5によると、世界生産量は、2010年は27.4ギガワットだったが、2011年は37.2ギガワットに増加、2012年には52.5ギガワットに増えるといわれる(キャパシティーの拡大はこの数字を上回る)。ところが、2011年の需要は予想されていた28ギガワットをはるかに下回った。
過剰供給は、2009年は33%だった中国の世界シェアが、2011年には57%まで増えたことからも分かるように、中国のメーカーが採算を度外視して、生産増大に励んでいるからであろう。

M305-0015-2ドイツ政府の委託で再生可能エネルギー業界を研究する経済学者のマレーネ・オーサリバン氏(写真左6)は、中国がキャパシティー拡大に走っている状況を「ドイツの落日」などとは思っていないという。彼女の見解では「中国メーカーの太陽電池セル製造装置の大部分はドイツ製、ごく一部がスイス製で、中国の強さは後発組であるためにより新しい装置を使って安く製造できる点にある」だけの話としている。

またベレクトリック、キャピタル・ステージ、経営破綻したソーラーハイブリッドなど太陽光発電施設の設計ならびに設置する会社は中国製の安価なソーラーパネルで利益を上げた。ドイツの太陽光発電業界でも得した人とそうでない人がいるだけのことである。「経営不振に陥る企業が出てくるのは業界が整理過程にあるからで、ソーラーモジュール・メーカーが70社近くもあるのは多過ぎる」と彼女は指摘する。ただし彼女は、競争力を持っているドイツ企業までもが、資金が絶たれて破綻することを恐れているという。

太陽光電力の買い取り価格を下げる法改正は、今年の3月末連邦議会で承認された。その後、連邦参議院で反対されたため、現在、妥協を目指して折衝中である。メディアで、中国企業の台頭によってドイツ企業が苦汁を飲まされているといった報道が多いのは、有利な条件を目指す太陽光発電推進派の働き掛けと無関係ではない。

ここで5月25日金曜日に戻る。発電開始は午前6時ごろからで、開始時はごく少ないが次第に発電量が大きくなって、正午から午後1時の間に原発22基分の発電量に到達。日が傾くとともに発電量も下がり、午後6時ごろには半分に減ってしまった。もちろんその後、暗くなったら発電量はゼロになる。電気をためることができれば一番良いのであるが、早急にこうしたシステムを実現することは困難である。しかし技術はその方向に進んでいる。

次に、発送電分離が実現しているこの国では、再生可能エネルギーによる電力は送電事業者から高めの価格で買い取られるだけでなく、彼らの送電線網に取り込まれるときに化石燃料の電気よりも優先される。再生可能エネルギーの電力供給が増えて需要がその分大きくならなければ、化石燃料の電気は送電業者から引き取ってもらえない。その結果、化石燃料の発電所を持つ大手発電事業者は供給を減らすことになる。風が吹かなくなったり、太陽が雲に隠れたりして、風力・太陽光発電ができなければ自分の出番になるが、それがいつになるか分からない以上、彼らは全く操業を停止することもできずに、待機体制を敷かなければいけない。以前は大手の電力会社へ行くたびにこの不満を聞かされた。ここ数年耳にしなくなったのは、彼らが発電量を減らさずに、余剰電力を輸出しているからだそうで、喜ばしいことである。

残念なのは、太陽が照る時間帯こそ電力価格が上昇する点だ。この時に、大手電力事業者は、太陽光発電事業者が有利な買い取り価格でもうけているのを眺めていなければいけない。大手電力事業者もより利益を上げられる事業に早く手を出せば良かったのかもしれないが、当時は発想の転換ができなかったといわれている7。原発を持っている以上、太陽という自然エネルギーを使ってもうけてはいけないと勝手に思い込んでいた人が多かったようだ。

太陽光も風力も、今のところはベース電源としては難しく、原発をやめることにした以上、大手電力事業者が建設する化石燃料の巨大発電所が必要になる。必要であるにもかかわらず、過去数年の太陽光発電ブームにより、これら巨大発電施設に投資したいと考える人(企業)が減ってきている。これも大手電力事業者にとってフラストレーションがたまる原因であろう。

【設置太陽光発電装置】
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巨大発電施設プロジェクトこそ唯一の電力供給の解決策と考えていた人は多かったし、今も少なくない。彼らは太陽光発電が有効な手段とは思いもよらなかったのだ。ところが、固定価格買い取り制度が功を奏し、その発電能力は上のグラフ8が示すように予想以上の勢いで増大した。また今年に入っても第1四半期(1~3月)終了時点までに1.8ギガワット増大して約26.6ギガワット(2万6620メガワット)に到達した9。これは原発27基分の発電能力に相当する。

連邦参議院の反対で修正されることになるが、連邦議会が承認した買い取り価格の引き下げ幅は以下の通りである10
A:屋上に設置する10キロワットまでの設備に対するキロワット時の補償額は、現行24.43セントから19.50セントに引き下げ。
B:屋上に設置する大規模な設備に対するキロワット時の補償額は、現行21.98セントから16.50セントに引き下げ。
C:緑地や空き地に設置される設備に対するキロワット時の補償額は、現行17.94セントから13.50セントに引き下げ。

Aは、冒頭の写真にあった民家の屋根に設置される場合で「わが家の電気代を減らし、余ったときには売りたい」といった庶民の例である。反対に、Cは70メガワットといった巨大規模の発電施設で、資金を集めて2桁の年利を約束してきた巨大プロジェクトである。改正は、規模が大きくなるほど引き下げ幅を大きくしており、巨大資金の流れを変えようとするものである。また、ドイツ政府は海上で行う大規模風力発電の買い取り価格を19セントまで上げようとしている11。海上は比較的いつも風が吹くため安定した電力供給に都合が良いからで、大手の電力事業者も関心を持っている。資金の流れはイソップの寓話(ぐうわ)とは反対で、暖かい太陽より冷たい北風の方に向かうようである。

太陽発電にここで少しブレーキをかけることに関して、コンセンサスがある。あまりにも盛んになったため、コスト的なことに関して少し見直す必要があるからだ。ところが、資金の流れは、手の平を返したように突然方向転換する。オーサリバン氏が資金切れになることを心配するのもこの事情からである。連邦参議院の州政府にとっても太陽光発電業界のソフトランディングは地域の雇用の上で重要であり、法改正に赤信号を出した。

ここまでソーラーモジュールが安くなった以上、今後の電気料金上昇を考えて、これを利用したいと思っている人は多い。また海上での風力発電は技術的に厄介な問題を抱えており、集中的解決が必要な巨大プロジェクトである。ドイツの太陽光発電の普及は、分散的な解決が面倒であっても可能であることを示した。集中と分散という相反した二つの考えのバランスを取ることが重要で、買い取り価格の引き下げについても妥協の成立が楽観視されている。

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1 Bundesverband  Solarwirtschaft(BSW)の提供。
2 Bundesverband  Solarwirtschaft(BSW)の提供。
3 http://www.taz.de/!94135/ さらにhttp://www.heise.de/tp/blogs/2/152070 http://www.jiji.com/jc/rt?k=2012052800241r
4 http://www.spiegel.de/wirtschaft/0,1518,612539,00.html
5 http://www.photon.de/newsletter/document/62962.pdf
6 写真提供は本人。
7 http://www.manager-magazin.de/unternehmen/energie/0,2828,817462,00.html
8 ドイツ環境省の公表数字(http://www.erneuerbare-energien.de/files/pdfs/allgemein/application/pdf/ee_in_deutschland_graf_tab.pdf)を基に筆者作成。
9 GLOBAL MARKET OUTLOOK FOR PHOTOVOLTAICS UNTIL 2016
10 http://www.eic.or.jp/news/?act=view&oversea=1&serial=27042
11 http://www.manager-magazin.de/unternehmen/energie/0,2828,817462,00.html

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(2012年5月31日作成)

欧州 美濃口坦氏