独自動車」タグアーカイブ

電気自動車が消える国 - ドイツ自動車業界のこれから

発行:2016/07/12

概要

ドイツ政府は、電気自動車の購入に対して補助金制度を始めた。これは2020年に電気自動車100万台普及の目標を掲げながらも、一向に進展しないためである。またドイツ自動車メーカーも、ディーゼル車に対する予想以上の反発や、欧州連合(EU)のCO2排出規制強化、テスラモーターズの成功、中国市場での大気汚染を考慮して、戦略的軌道修正を迫られている。

************************************************************************

ドイツ自動車連盟(ADAC)はドライバーをサポートする組織で、自動車が故障して路上で立ち往生している人を支援したりするだけでなく、自動車についての情報を提供してくれる。約4,500万台の乗用車が路上を走るこの国で、1,500万人の会員を持つこの組織は自動車メーカーにとっても重要な存在である。

2016年4月にドイツ政府は、モーター式の電気自動車(以下EV)に4,000ユーロ、ガソリンエンジンとモーター併用のプラグインハイブリッド車(以下PHV)に3,000ユーロの補助金をその購入に当たって支払う制度を発表した。早速ADACは12の該当モデルを選んで試算し、その大多数が補助金をもらってもガソリン車やディーゼル車より割高になると指摘1。その最大の理由は、電気で動く自動車は価格が30%から70%も割高であるために、購入後のコストが低くてもなかなか差額を取り戻すことが容易ではないからだという。

「千里の道も一歩から」
こうして始まったEV、PHV電気自動車の購入補助金制度であるが、時期が時期だけに「ディーゼルゲート(排ガス不正スキャンダル)隠し」と勘繰る人は少なくない。ドイツの自動車メーカーは、以前は「燃費のいいディーゼルで二酸化炭素(CO2)排出を少なくして、環境に寄与している」という建前があった。ところが、今やディーゼル車に対する反発は予想以上に強い。つまりドイツ自動車業界は、電気自動車による環境寄与イメージアップを必要としているのだ。

それだけでない。2011年にメルケル首相は2020年までにドイツの電気自動車を100万台にすると発表した。当時は2,000台程度の電気自動車が走っているだけで、まさに「千里の道も一歩から」であった。だが、図表1から分かるように、5年後の2016年1月1日現在でもわずか2万5500台しか走っておらず、目標の100万台からはほど遠い。

【図表1:ドイツにおけるEV+PHVの登録台数(各年の1月1日時点)】 (単位:台)
M305-0035-1
出所:http://www.kba.de/DE/Statistik/Fahrzeuge/Bestand/FahrzeugklassenAufbauarten/fahrzeugklassen_node.htmlを基に筆者作成

次に、4,000ユーロ(EV向け)と3,000ユーロ(PHV向け)の購入補助金であるが、半分はこの制度に参加するメーカーが負担する。ドイツ政府は補助金の総額を12億ユーロに設定しているので、メーカーは6億ユーロを払うだけである。用意された補助金が全て使われると30万台から40万台の電気自動車が購入されることになる。政府はこれがきっかけになって50万台がドイツの路上を走るようになると期待している。選挙を2017年に控えている現政権は「2020年100万台」という目標に向かって動き出したという印象を演出したいのだといわれる。

それでは、この電気自動車普及支援政策は、一般にはどのように受け取られているのだろうか。購入補助金となると、プレミアムカーで潤ってきた企業の営業活動に税金が使われていることになり、反発が強い。そのために、エコノミストから「電気自動車の研究に税金を使うべきだ」とする声が上がった。研究支援は詳細が一般に知られていないため、そのような要求が出てくるのであろうが、これまでもメーカー側は研究費を支援されてきた上に、2015年にも30億ユーロもの増額をされたところだといわれる2

それに、ドイツでは電気自動車には「自分はアウディを運転し、妻にはカイエンを買い与える高所得者が、18歳になった娘にプレゼントする自動車」というイメージを持つ人もいる。今回の補助金制度が、購入補助をあまり必要としない人々を支援するだけと批判されるのもこのためだ。

また、効果を疑問視する人も多い。世界金融危機の2009年にドイツは景気回復のために新車買い替え補助金制度を設けた。当時は利用者が多かったが、それは申請をすれば得をしたからであり、ADACが批判したように今回は事情が異なる。補助の金額は低く、平均的ドイツ国民は電気自動車を購入する気になれないだろう。

奇妙な統計数字
ドイツで電気自動車が普及しない状況を詳しく分析もせずに、今回の支援に踏み切ったことを難ずる人も少なくない。その例の一つは統計の数字である。図表2は欧州諸国における2015年のEVとPHVの新規登録台数である。ドイツは4位で、フランスやスウェーデンよりも多く、電気自動車普及に熱心な印象を与えるかもしれないが、本当はそうでなく、人口が多いだけである。

【図表2:欧州諸国におけるEVとPHV新規登録台数(2015年)】
M305-0035-2
出所:https://www.acea.be/uploads/press_releases_files/AFV_registrations_Q4_2015_FINAL.PDFを基に筆者作成

図表3は、欧州諸国において電気自動車が新規登録乗用車に占める割合を示す。この図表から分かるように、ドイツは欧州主要国の中では後れを取っている。ノルウェーは「電気自動車天国」と呼ばれ、5台に1台は電気で走る車だ。この国では付加価値税やその他の税が免除されているために、電気自動車はガソリン車やディーゼル車と比べて2万ユーロほど割安になるといわれている。また、電気自動車はバス車線を走行でき、公立駐車場や一部の有料道路が無料になる。今や、ガソリンやディーゼルの乗用車と小型トラックの販売を2025年から禁止することまで検討されているほどだ3

【図表3:欧州諸国における新規登録車に占める電気自動車の割合(2015年上半期)】

M305-0035-3
出所:http://www.acea.be/uploads/press_releases_files/AFV_registrations_Q2_2015_FINAL_v2.pdf
http://www.acea.be/statistics/tag/category/by-country-registrations を基に筆者作成

ドイツの電気自動車に関するデータで一番奇怪なのは、登録された車がどんどん消えていく現象である。この事情を確認するために、図表1の登録台数と図表2の新規登録台数を以下に記す。

A:【図表1】2015年1月1日の登録台数 18,550台
B:【図表2】2015年12月末日まで新規登録台数 23,480台
C:【図表1】2016年1月1日の登録台数 25,500台

本来ならAの台数+Bの台数=Cの台数になるはずであり、上記AとBの台数を加算すると42,030台にもなる。ところが、2016年初頭の登録台数はCの25,500台だ。とすると、2015年に登録されていたうち16,530台もの電気自動車が廃車になったり、ドイツの外に出て行ったりしたと仮定しなければ説明がつかない。

ところが、多くの電気自動車は購入されてから間もないし、一度購入した自動車は長々と乗り続ける国民性を考慮すると、国内で廃車にされたとは考えにくい。ということは、大多数の自動車は外国へ転売されたことになる。事実、メーカーと関係が深いディーラーにより購入された電気自動車が、新規登録後しばらくしてから需要のあるオランダやノルウェーなどの外国に中古車として転売されていて、メーカー側もこのことを部分的に認めている4。これが登録された電気自動車がドイツから消えていき、登録台数があまり増加しない事情である。

新車を中古車として売るのは損になるが、メーカーがそうするのは欧州連合(EU)のCO2排出規制をクリアするためだ。新規登録された乗用車のCO2排出量・平均値はメーカーごとに計算される。規制は厳しくなり、2015年からは130グラム/1キロメートル以上であってはいけない。ただし、計算の仕方は政治的妥協の産物であり、重たい自動車を造るドイツメーカーが不利にならないようになっていて複雑である。また、電気自動車のように排出量が50グラム/1キロメートル未満の自動車が含まれていると「スーパークレジット」と称して、その台数が2.5倍割り増しでカウントされ、メーカー全体の平均排出量を低くすることができる。

メーカーにとって、EUのCO2排出規制をクリアできないとイメージダウンになるだけでなく、下手をすると罰金を科せられる。そうならないためには、新規登録時に自社製電気自動車数が多い方が良く、新車を中古車として売ることの損などささいなことと見なされるようだ。このような事情から、メーカーにとっての電気自動車の意味は、重たいプレミアムカーやスポーツ用多目的車(SUV)などのうまみのある商売を続ける手段でもあり、今後もそうであるという疑いが環境派から持たれている。

EUのCO2排出規制は2021年から9グラム/1キロメートルとさらに厳しくなる。よく問題にされるのは実測値とカタログ値のギャップで、一説には38%もあるとされる。これまでは、検査値を現実に近づけようとする圧力にロビー力によって対抗できたが、「ディーゼルゲート」のために難しくなった。そうなると、メーカーは今まで以上に多くの電気自動車を売らなければならない。今回の購入補助は、窮地に陥る自国自動車業界に対する援護でもあるともいえる。

過渡期の長さ
自動車業界では、これからどうなるかが見えにくいといわれる。例えば「自動運転車」がそうだ。メディアでは自動車業界の未来がかかっているかのように扱われる。ところが、フォルクスワーゲンの最高経営責任者マティアス・ミュラーが2015年まだポルシェの社長だった頃にこれを「根拠のない空騒ぎ」と呼び、留飲を下げた自動車関係者は多かったといわれる5

自動車の自動走行の技術は、厄介な倫理的・法的問題と絡むだけでなく、社会的必要性と結びついたビジネスモデルとして展開できなければいけない。そうならずに「技術のための技術」にとどまっていると、サーカスで綱渡りを見て感心しているのと変わらない。

今回の電気自動車購入補助金により、ドイツの自動車業界も燃料電池自動車(FCV)ではなく、二次電池式のEVに重点を移したと思う人がいるかもしれないが、これも今後のエネルギー政策の展開と技術の進歩を待たなければ分からない。とはいっても、バッテリーも電気モーターも水素燃料電池より身近であるために、EVが市場で増えると思われる。

電気自動車の時代が間近に迫っているという人も少なくない。彼らはいわゆる「ティッピング・ポイント」があるとし、以前携帯がスマホに取って代わられたように、EVが普及し出すと、ガソリン車もディーゼル車も見向きもされなくなるだろうと警告する6

このように考える人の多くは「テスラ旋風」にすっかり魅惑されているのかもしれない。米国生まれのテスラモーターズによるイノベーションは、技術よりもむしろ7、イメージづくりにあるといわれる。電気自動車は環境派が理想とする素朴な自然と結び付きがちだった。それを金に糸目を付けない高級車にして、シリコンバレーの成功者のイメージと組み合わせたのが決め手である。

テスラのクリーンな高級車路線は、ドイツメーカーのプレミアムカー戦略の継続を可能にするヒントにもなる。今回の購入補助対象の上限を6万ユーロに、それもネット価格にしているのも示唆的である。こうしておけば、高額な自動車も価格を柔軟に査定して、補助の対象にすることができるからであろう。

デュイスブルク・エッセン大学自動車研究センターのフェルディナント・ドゥーデンヘファー所長はプラグインハイブリッドを「袋小路の技術」として、既存自動車メーカーの起業家精神の欠如を嘆く。「ハイブリッドという生半可な道を選んだのは、彼らに市場に真の断絶的イノベーションをもたらす勇気がなかったからだ」と批判している。ハイブリッド車などは、長年お世話になったガソリンエンジンのメンツをつぶさないための、涙ぐましい延命処置ということになりそうだ。でも本当にそうなのだろうか。

電気自動車には面倒なところがある。充電の問題もその一つだ。本格的に普及し出したら、現在の技術水準では充電スタンドは渋滞になるだろう。最終的にはエネルギー政策と関連しているので、携帯電話がスマホになったという話と同一視できない。とすると、ハイブリッド車を跳び越えて電気自動車の時代にはならないようにも思われる。

どこまで本気か
ドイツでは、自動車メーカーと首相ならびに関係大臣が年に何度か会合し「自動車サミット」と呼ばれている。通常、最重要テーマはEUのCO2排出規制である。これほど特別扱いされるのは、ドイツにおいて自動車が雇用に重要とされ、就労者の7人に1人は自動車産業と関係があるからだとよくいわれる。今回の電気自動車の購入補助金制度も、このような太いパイプを通じて業界の方から働き掛けて実現した。

会合後の記者会見でメルケル首相が「中国では、スモッグのために普通の自動車が売れにくくなる」と発言したそうである。だが、中国で電気自動車が普及する理由はスモッグだけではない。政府や市町村から出される購入補助は1万ユーロをはるかに超えていて、ドイツよりも気前が良い。また、中国の大都市ではナンバープレートの取得が抽選になるが、電気自動車には特別枠があり、優先的に与えられるというメリットもある。

このような事情から、中国では電気自動車は2015年に20万台も新規登録され、登録台数は30万台に増大。いつの間にか日本を抜き、今やその登録台数40万台の第1位である米国に迫る勢いだ8。中国の自動車メーカーと提携するドイツのメーカーもある。ダイムラーはBYDと、BMWもブリリアンス・チャイナと合弁で電気自動車を造っており、中国市場にプレゼンスしていることは重視されているといえる。

現時点ではっきりしているのは、ドイツのメーカーが電気自動車を今までより真剣に考えている点である。フォルクスワーゲンは、本社のウォルフスブルグから南に50キロメートルほど離れたザルツギッターの町でエンジンを製造している。少し前の報道では、そこに110億ユーロもかけて大きな電池製造工場の建設を検討しているそうだ9

現在、電池が電気自動車の付加価値の40%も占めていることが指摘され、だからこそ「エンジンを製造できなくなったら電池製造を」という話になるのかもしれない。日本や韓国に対して技術的にすっかり出遅れているとして、ドイツの大手自動車3メーカーがジョイントベンチャーを組んで次世代型の地図サービスを導入したように、次世代電池の研究・開発にも合同で取り組むよう警告する人もいる10

ダイムラーも、ドレスデンの近くのカーメンツで電池工場を2017年までに5億ユーロをかけて拡大させると発表した11。似たような話でも、こちらの方が苦い経験に基づいており現実的である。というのは、長年ダイムラーの子会社であるリテックがここでバッテリー・セルを製造していたが、2015年末に生産を終了し、東アジアから供給されたセルを組み立てて電池をつくることにした経緯があるからだ。これは自社の自動車に使われるだけではない。再生可能エネルギーで生まれる余剰電力の蓄電装置の製造も意図されているそうだ12

電気自動車にはあまり熱心でなかったドイツの自動車メーカーも、今、少しずつ方向転換をしているように見える。近い将来「電気自動車が消える国」も、全く過去の話になるかもしれない。

*****************************************************************
1 https://presse.adac.de/meldungen/technik/adac-autokostenvergleich-auch-mit-kaufpraemie-nur-wenige-elektroautos-rentabel.html
2 https://www.ifw-kiel.de/medien/fokus/2016/ifw-fokus-188
3 http://www.dn.no/nyheter/politikkSamfunn/2016/06/02/2144/Motor/frp-vil-fjerne-bensinbilene?_l
4 http://www.spiegel.de/auto/aktuell/elektroautos-jedes-zweite-auto-verschwindet-aus-der-statistik-a-1086729.html
5 http://www.zeit.de/mobilitaet/2015-09/roboterauto-trend-oder-hype/seite-2
6 http://www.zeit.de/mobilitaet/2013-10/elektroauto-durchbruch-trendforscher
7 http://www.slate.com/articles/business/the_juice/2016/04/tesla_s_real_innovation_is_its_business_practices_not_its_electric_cars.html
8 ZSW:Monitoring E-Mobilität 2016
9 FAZ:2016年5月28日19ページ
10 http://www.bain.de/press/press-archive/bain-analyse-zur-elektromobilitaet.aspx
11 http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM03H09_T00C16A6EAF000/
12 http://www.manager-magazin.de/unternehmen/autoindustrie/warum-daimler-jetzt-doch-eine-grosse-batteriefabrik-braucht-a-1080538.html

M305-0035
(2016年6月19日作成)