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外国人を頼りにする独介護業界

発行:2016/02/22

概要

少子高齢化が進むドイツでは、介護というと必ずと言っていいほど、人手不足であるため外国人を介護士として導入するという話になる。しかし、各種統計を調べると、ドイツの介護業界は必ずしも人手不足とはいえない。また、介護人員を「自給自足」する努力をするよう勧める研究者もいる。この努力とは、介護を魅力的な職業にすることだけ ではなく、世界経済がどのように進展していくかに目を配ることも含まれる。

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2015年の夏、「難民大歓迎」文化が華やかなりし頃だ。ドイツ南部、バーデン・ヴュルテンベルク州のヘルムート・リュエック州議会議員が「今すぐにでも難民収容施設に出掛けて、難民に介護士を志願するよう働き掛けなければならない」と言い、介護の現場にいる人々は首をかしげたそうである。日本と同じように、ドイツも少子高齢化社会である。この国では、リュエック議員のように、介護というと人手不足と考え外国人労働者を頼りにしようとする人は少なくない。でもなぜ、そういう話になるのだろうか。

進行する高齢化
まず、ドイツの介護業界の現状を知ることが重要である。図表1が示すように、要介護者総数は2005年には約213万人であったのが、8年後の2013年には約260万人に増大した。ちなみに、1999年は約202万人であった。ドイツでも高齢化が進展し、要介護者数は増加傾向にある。この数は2030年には約336万人へとさらに増加し、国民の4.4%に相当すると予想されている。

【図表11:ドイツの介護業界に関するデータ】
M305-0034-1
出所: M.Merda,Dr.G.Braeseke,B.Kähler:Arbeitsschutzbezogene Herausforderungen der Beschäftigung ausländischer Pflegekräfte in Deutschland. 06/2014を基に筆者作成

ドイツの介護業界の市場規模(2013年)は、在宅介護支援サービスを提供する事業者と介護施設の売り上げを合計すると約400億ユーロに達する。また、介護業界では介護士を含めて100万人以上が働いており、雇用面では自動車業界を上回る。そして、看護や介護の仕事をしている人は約133万人いる。ここには約7万4000人の外国人看護師と介護士が含まれ、その割合は5.5%だ。ドイツでは宿泊業・飲食店や、農業・林業に従事する外国人の割合がそれぞれ26%と18%と高い。看護・介護は外国人が比較的少ない業種になる。

訪問介護や短期間、要介護者を預かるなどの形で在宅介護を支援するサービス事業においては、1万761人の外国人が介護に従事している。その割合は6.25%だ。また、長期入所介護施設でも2万7851人、6.86%の外国人が働いている2。これらの数字を見ると、ドイツの高齢者が外国人を特別に必要としている印象を持つことはない。アスパラガス栽培農家の方が、はるかに外国人季節労働者を必要としているだろう。

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1 M.Merda,Dr.G.Braeseke,B.Kähler:Arbeitsschutzbezogene Herausforderungen der Beschäftigung ausländischer Pflegekräfte in Deutschland. 06/2014の9ページ
2 M.Merda,Dr.G.Braeseke,B.Kähler:Arbeitsschutzbezogene Herausforderungen der Beschäftigung ausländischer Pflegekräfte in Deutschland. 06/2014の13ページ
「24h」介護
上記に挙げた介護業界で働く人は、企業などに雇用され、社会保険に加入している介護人員である。数字の出所は連邦雇用エージェンシー(BA)で、最後に挙げた参考文献も介護施設などと雇用関係にある人だけを対象にしている。しかし、それだけにとどまると、外国人介護士がドイツの高齢者介護において果たしている重要な役割をすっかり見落としてしまうことになる。

ドイツでは、多くの東欧圏の女性が家政婦と兼任で高齢者を介護する仕事に就いている。「24時間介護」とか「24時間サービス」などと呼ばれている介護支援サービスで、インターネットで「24h」+「介護」というキーワードを入れると、このようなスタッフをあっせんしてくれるエージェンシーが次から次へと出てくる。
「SENIOCARE24」(http://www.seniocare24.de/) もその一つで、2004年に設立され、ポーランド人女性に特化してサービスを提供している。介護業界では老舗らしく、所長のレナーテ・フェリーさんはドイツのメディアによく登場する。SENIOCARE24のキャッチフレーズは「娘さん代わり」。彼女から紹介されるポーランド人女性は住み込みで要介護の高齢者の世話をするだけでなく、料理などの家事までするので「娘さん」以上かもしれない。

このようにドイツで高齢者の介護に関わる東欧圏の女性は、10万~15万人いると推定されている。ドイツの訪問介護サービス事業者と介護施設で働いている外国人の数は、すでに述べたようにそれぞれ1万761人と2万7851人であり、合計しても3万8612人と4万人を下回る。つまり、その2倍以上の数の外国人が別の形で在宅介護を支えていることになる。

これらの仕事の報酬の相場は、月額1,200~2,200ユーロとされる。この額は、介護経験やドイツ語能力、また、要介護度によって違ってくる。東欧圏の看護師教育には伝統がある。ドイツで高齢者の介護や家事を支援する形で働く東欧圏の女性にもいろいろな人がいると思われるが、筆者が今まで接した限りでは、看護師の実務経験のある人が多く専門性が高い。しかし、彼女たちは異口同音に出身国での就職状況の悪さを訴える。また、東欧諸国の平均収入はドイツに比べ低く、例えばハンガリーなどは月額700ユーロを切るとのことであるから、上記の額は彼女たちにとって満足のいく収入といえるだろう。

月額1,200~2,200ユーロという報酬額は、平均年金支給月額が1,130ユーロのドイツにおいて国民が支払うことが可能な範囲といえる。また、ドイツの介護保険制度では在宅介護をする家族に現金が給付される。給付額は要介護度によって異なるが、介護報酬の支払いの一部に充てることもできる。とはいえ、介護保険で負担する専門的なサービスを訪問介護サービス事業者に行ってもらう場合もある。

一番重要なことは、要介護者が介護施設に入居するのでなく、慣れ親しんだ環境で最後まで暮らせる点だ。欧州にはいろいろな国があるが、ドイツでは在宅介護を望む人が今でも多い。すでに触れたように、ドイツでは全体の71%は在宅介護である。もし、自宅で介護を受けている親に何かあって勤務中に電話がかかってきたりしたら、仕事が手につかないだろう。だからこそ、このような介護の「24時間サービス」の利用者は、お金の問題ではないという。一方で、このようなサービスを「21世紀の奴隷労働」といって批判する人も少なくない。例えば労働組合関係の人がそうで、1日24時間、1カ月30日間、ドイツの最低賃金である時給8.5ユーロを適用すると合計6,120ユーロとなるが、この額は不当だとする。こう考えるのは工場労働の賃金モデルが頭の中にあるためだと思われるが、世の中にはいろいろなタイプの仕事がある。

2011年5月1日から、ポーランド、ハンガリー、チェコなど東欧圏の欧州連合(EU)加盟国の人々はドイツでの就労ビザが不要となった。2014年1月1日からは、ルーマニアとブルガリアから来る人たちにも就労ビザ申請が免除されている。これ以前は、介護支援サービスを提供する女性が雇用されており、その企業から派遣される体裁を取っていないと非合法であると多くのドイツ人利用者は心配した。そのため、あっせん業者や派遣会社が介入し、介護の現場で働く女性に正当な報酬が支払われないことも多かった。

ところが、今や東欧圏の女性が「総合的な高齢者のお世話」ともいうべき新サービスをフリーランサーとして提供できる時代である。今後、彼女たちのサービスを利用する人がもっと増えそうな気がするが、順法精神が極端に強い人もいるためか、今でもこのようなサービスを受けることを非合法だと思っているドイツ人も少なくない。

「介護資源」争奪戦
冒頭でも触れたように、ドイツでは介護と聞くと人手不足だと思う人が多い。そうであるのは誰かがそう言い、メディアがそれをうのみにして報道するからだ。しかし、現実は少し違う。ドイツには、2年間もしくは3年間教育を受けなければならない介護の専門家というべき介護士と、短期間の教育しか受けていない介護ヘルパーがいる。

【図表2 ドイツの介護業界の求人数と失業者】   (単位:人)
M305-0034-2
出所:BAの資料を基に筆者作成

図表2は、BAから発表された2015年1月時点の数字3を基に作成した。この図表から分かるように、高い専門性を必要とする介護士については、失業者数3,700人より求人数1万500人の方が多いので人手不足といえる。その理由は、介護施設では介護士が人員の半分を占めていなければならないという規定があるためである。一方、ヘルパーの失業者数は3万2900人もいるが、求人数は5,600人だけだ。そこで、ヘルパーの再教育を強化して介護士にする政策が実施されている。とすると、介護業界全体が人手不足に悩んでいるとは言い切れない。

このように見ていくと、ドイツでは現在、介護をする人が不足して困っているというわけでない。ところが、奇妙にも人手不足が絶えず叫ばれ、外国人介護士の導入が要求される。ドイツの介護業界の将来については、かなり前から悲観的な予測が流布している。例えば、2025年には介護を専門としない人員を多数投入しても15万2000人の人員が不足するとの予想もある。ここでは紹介しないが、もっと悲観的な数字もたくさん弾き出されている(個人的な感想を言わせてもらえば、親の面倒を見ないで良心がとがめるあまり、このような情報を発したり、信じたりしているのではないか)。

これまでドイツで介護をする外国人は東欧圏の出身者が多かったが、この方式は長続きしないだろう。というのは、これらの東欧諸国は冷戦終了以降、ドイツなどよりはるかに厳しい出生率の低下に悩まされているため、近い将来、自国でも介護を必要とする人が増えると予想されるからだ。そこで、ドイツ政府はベトナム、フィリピン、中国などのアジアやアフリカなどの国々と二国間協定を締結し、人員を確保しようともくろむ。しかし、100人、200人といった具合に人員を導入しても焼け石に水であるし、そのような行動は介護人員を供給する国の医療保健制度の弱体化につながるため、世界保健機関(WHO)によって規制されている。

ドイツの関係者と話をしていると、21世紀のある日、「介護資源」をめぐる争奪戦が始まるのではないかと一瞬心配になる。冒頭に引用したリュエック議員が難民収容所へ駆け付けると言ったことも、このようなドイツの世論に乗っかっての発言であると思われる。

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3 http://www.tagesspiegel.de/wirtschaft/weltwirtschaftsforum-davos-diskutiert-folgen-der-digitalisierung/12852968.html の7ページ
取らぬたぬきの皮算用
とはいえ、あまり目立たないものの、ドイツの介護業界において外国人を頼りにすることに懐疑的な人もいる。「外国人の介護士によってドイツの介護需要をカバーできるのだろうか」4という論文の著者アーニャ・アーフェンタキス氏とトビアス・マイアー氏がそうだ。彼らは、出身国で看護・介護の職業教育を受け、その後ドイツに移住した外国人のうち、現在もその職業に従事している人の割合を調べた。また、ドイツ人についても看護師や介護士になるための教育を受けた人が本当にその職業に就いているかどうかに注目し、その割合を計算した。図表3はその調査結果である。

【図表3 看護・介護教育を受けてその職に従事する人の割合】(単位:%)
M305-0034-3
出所:Anja Afentakis/T.Maier:Können Pflegekräfte aus dem Ausland den wachsenden Pflegebedarf decken? Analysen zur Arbeitsmigration in Pflegeberufen im Jahr 2010.  Statistisches Bundesamt, Wirtschaft und Statistik, März 2014.を基に筆者作成

ドイツに移住した外国人の多くの出身国では、介護士の職業教育制度が十分確立していないため、ドイツ人と外国人グループを単純に比較することはできない。しかし、介護と看護の仕事には重なる部分が少なくない。この点を考慮して上記の数字を見ると、教育で身につけた能力を生かそうとする人の割合は、外国人と比べドイツ人の方が多いことが分かる。それは、教育によって高いプロ意識と誇りを持つ傾向がドイツ人に強いことを示しているともいえる。従って、ドイツにおける介護士の職業教育の高度性が低下すると、ドイツ人の看護ヘルパーの例が示すように定着率も低下する。

外国人の専門看護師の定着率70.1%という数字は、彼らが教育によって身につけた職業にあまり固執しないことを示す。ということは、介護士の資格を持つ外国人を移民として受け入れても、介護士とは別の職業に就く確率が高いともいえる。

【図表4 看護・介護職に就く外国人がドイツに移住した時期(2010年時点)】(単位:1,000人)
M305-0034-4
出所:Anja Afentakis/T.Maier:Können Pflegekräfte aus dem Ausland den wachsenden Pflegebedarf decken? Analysen zur Arbeitsmigration in Pflegeberufen im Jahr 2010.  Statistisches Bundesamt, Wirtschaft und Statistik, März 2014.を基に筆者作成

上記の論文の著者は、2010年の時点で看護・介護の職業に就いている外国人がドイツに移住した時期についても調べた。その結果が図表4である。この図表を眺めていると分かるように、1989年にベルリンの壁が崩壊し冷戦が終了した後、多数の外国人がドイツに来た。看護・介護の職に就く人も多く、平均すると毎年約6,300人を上回る。ところが、その数は1996~2002年は平均4,000人に、2003年以降は2,000人余りまで下がる。

このようになったのは、ドイツへ移住する就労者の総数が減少したためだが、理由はそれだけではない。上記の論文の著者によると、2005~2009年の間、移住就労者の総数は平均すると毎年1.4倍減少する一方、看護・介護職に就く人はこれを上回る2.2倍の割合で減少した。ということは、ドイツに移住する外国人にとって看護・介護の職に就くことが魅力的でなく、他の職種に奪われてしまったことになる。

このような事情からも、また(図表3で示したように)外国人の方が看護・介護に関して身につけた能力を生かす職業に就くことにあまり固執しないことからも、自国の病気の人や高齢者の世話を外国人労働者に任せようとするドイツ人の願望は「取らぬたぬきの皮算用」に終わる可能性も高い。

上記の論文の著者の見解では、介護人員が短期的に不足した結果、外国人労働者を介護士として頼るのは仕方がないことであったとしても、本当の意味での解決策にならないという。彼らはドイツが介護人員を「自給自足」する努力をするよう勧める。この努力とは、介護をより魅力的な職業にすることだけではなく、世界経済がどのように進展していくかに目を配ることも含まれる。例えば、2016年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の最重要議題は「インダストリー4.0(第4次産業革命)」で、ドイツの新聞によると「米国内の雇用の半分が失われる」と米国の学者が言っていたそうである5。とすると、人手不足の心配などしなくてもいいかもしれない。

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4 Anja Afentakis/T.Maier:Können Pflegekräfte aus dem Ausland den wachsenden Pflegebedarf decken? Analysen zur Arbeitsmigration in Pflegeberufen im Jahr 2010.  Statistisches Bundesamt, Wirtschaft und Statistik, März 2014.
5 http://www.tagesspiegel.de/wirtschaft/weltwirtschaftsforum-davos-diskutiert-folgen-der-digitalisierung/12852968.html

参考文献:
・Anja Afentakis/T.Maier:Können Pflegekräfte aus dem Ausland den wachsenden Pflegebedarf decken? Analysen zur Arbeitsmigration in Pflegeberufen im Jahr 2010.  Statistisches Bundesamt, Wirtschaft und Statistik, März 2014. https://www.destatis.de/DE/Publikationen/WirtschaftStatistik/Gesundheitswesen/PflegekraefteAusland_32014.pdf?__blob=publicationFile
・M.Merda,Dr.G.Braeseke,B.Kähler:Arbeitsschutzbezogene Herausforderungen der Beschäftigung ausländischer Pflegekräfte in Deutschland. 06/2014
http://www.iegus.eu/downloads/Gesamt_Schlussbericht_IEGUS_Migrationshintergrund_Pflegekraft_Layout_170714.pdf
・IEGUS/Rheinisch-Westfälisches Institut für Wirtschaftsforschung: Ökonomische Herausforderung der Altenpflegewirtschaft. 09/2015.
http://www.bmwi.de/BMWi/Redaktion/PDF/Publikationen/oekonomische-herausforderungen-der-altenpflegewirtschaft,property=pdf,bereich=bmwi2012,sprache=de,rwb=true.pdf
・Prognos Kurzstudie:Ausländische Beschäftigte im Gesundheitswesen nach Herkunftsländern. München/Freiburg,
19.11.2015. http://www.bmg.bund.de/fileadmin/dateien/Downloads/A/Asylsuchende/Bericht_Auslaendische_Beschaeftigte_Versand.pdf
・Bundesagentur für Arbeit:Der Arbeitsmarkt in Deutschland –Altenpflege. März 2015.
https://statistik.arbeitsagentur.de/Statischer-Content/Arbeitsmarktberichte/Branchen-Berufe/generische-Publikationen/Altenpflege-2014.pdf

M305-0034
(2016年2月10日作成)