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ドイツでも不動産バブル?

発行:2014/08/04

概要

ドイツでは、かなり以前から不動産バブルになることを心配する声が後を絶たない。もし不動産バブルが到来した場合、バブルがはじけることが金融危機の引き金になると思われているからだ。今回、ドイツの住宅市場と不動産価格の現状などについて概説する。

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2014年6月に開催された米国のジェイコブ・ルー財務長官との共同記者会見の席上、ドイツのショイブレ財務相は欧州中央銀行の超低金利政策が時間稼ぎにすぎず、また流動性の過剰供給により不動産市場が危険な方向へ展開していくことに警告を発した。ちなみに、ここで問題視されている不動産とは人が住む建物、すなわち住宅を指す。

ドイツでは、かなり以前から不動産バブルになることを心配する声が後を絶たない。もし不動産バブルが到来した場合、バブルがはじけることが金融危機の引き金になると思われているからだ。現にドイツ連邦銀行も、2014年2月の月報においてドイツの大都市で住宅価格が高騰し、ファンダメンタルズからほぼ5分の1も乖離(かいり)していることを指摘している。

「百万人村」の悩み
ミュンヘンは昔からドイツ国内で人気があり、家賃も高めだった。しかし、この数年来は「不動産が高騰して天井を突き抜けた」「買い尽くされて出物がない」などといわれることが多い。「デロイト欧州不動産インデックス」1によると、ミュンヘンにある住宅の1平方メートル当たりの購入価格は約5,600ユーロとのことだ。これは、ロンドンの1万ユーロ、パリの8,000ユーロに次いで、欧州都市の中では3番目に高い価格である。

ミュンヘンは人口140万人のドイツ第3の大都市であるが、古風な趣があり昔から「百万人村」と呼ばれる。にもかかわらず、ドイツの他の町はもとより、ローマやミラノ、チューリヒなどの代表的な大都会よりも不動産価格が高いといわれている。このことに違和感を覚えるミュンヘン市民も多い。実際に、昔からの居住者の中には、賃貸契約が延長されるたびに家賃を上げられて怒っている人もいる。

図表1は、インターネット不動産業者のウェブサイトに掲載されている価格を基に作成された表(2014年6月11日付、南ドイツ新聞15ページ2)から、主要都市を選んで筆者が再作成したものだ。この表を見ると、ミュンヘンだけでなく、ハンブルクなどの他の主要都市も、この数年来、家賃や住宅購入価格が上昇傾向にあることが分かる。

【図表1 主要都市の家賃/住宅購入価格およびその上昇率】
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不動産バブルが起きているか否かを判断する際の参考になるのは、図表1の右端の2007年以来の購入価格上昇率と家賃上昇率の差だ。20ポイント以上の差は、購入価格が過熱化したことにより、ファンダメンタルズから乖離していることを意味する。図表1の6大都市のうちハンブルク、シュツットガルト、ミュンヘンはその例になる。

また上記の新聞記事によると、経済的に繁栄している南ドイツには購入価格上昇率と家賃上昇率の差が39.3ポイントのレーゲンスブルク、同31.6ポイントのフライブルク、同23.1ポイントのニュルンベルクなど不動産市場が過熱化している中小都市がある。反対に同じドイツでも、人口流出が多い旧東ドイツやかつて石炭や重工業で栄えたルール地方などでは、団地などがどんどん取り壊されている。

とはいっても現在、ドイツの大都市の住宅価格上昇をバブル的であると感じる人は少なくない。先日、ある経済専門誌に資産の管理や運用を職業とする某専門家に対してのアンケート調査が掲載されていた。それによれば、回答者の57%は不動産の極端な値上がりから不動産バブルに陥っている大都市があると回答している3

バブルになりにくい要因
一方、ドイツの不動産バブル説を疑問視する人々も存在する。そういった人々からは、住宅などの不動産価格は確かに値上がりしているかもしれないが、それはこれまで価格が安過ぎたからであり、国際的な観点からはミュンヘンの不動産価格は決して高いとはいえないという声がある。では、なぜ彼らはそう考えるのか。

【図表2 国ごとの住宅価格と長期的平均所得の比較】
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国際通貨基金(IMF)のウェブサイト「グローバル・ハウジング・ウオッチ」4では、住宅価格と長期的平均所得の関係を示すグラフが掲載されている。その数字を参考に、対所得比で住宅価格が高い国と低い国に絞って表示したのが図表2だ。

図表2によると、住宅価格は高騰するが、所得が追い付かないため居住者は少なく、結果的に住宅価格が急落する可能性があるのが、ベルギーをはじめ右側にある国である。反対に、ドイツは、日本や韓国に次いで住宅価格などの不動産市場が冷え込んでいる国であることがこのグラフから分かる。

しかし、ドイツの住宅価格の冷え込みは、日本や韓国のように不動産バブルが起こった結果によるものではない。ドイツは、以前から住宅などの不動産価格が上昇しない国であったといえる。そのことは、図表3を見ると分かる。このグラフは1975年を100にして2002年までのドイツとカナダの不動産価格の推移を示したものだ。カナダの不動産市場は、上記の図表2が示すように、現在過熱状態にあるといえる。ドイツも2008年以降、年1.8%程度の割合で穏やかな上昇に転じたという見方がある。しかし図表3によれば、実は両国の不動産価格は40年以上前から下降傾向にあり「デフレ」を経験していたということになる。

【図表3 ドイツとカナダにおける不動産価格の推移】
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出典:Kholodilin, K., J.-O. Menz and B. Siliverstovs (2008):Immobilienkrise?:Warum in Deutschland die Preise seit Jahren stagnieren, Wochenbericht, DIW Berlin, 75(17), P214.

不動産市場をバブルに向かわせ、景気を引き上げようとする国は多い。ちなみに上記の「グローバル・ハウジング・ウオッチ」は、このような「持続可能性の欠けた金融政策」に反対するキャンペーンを行っている。この点においては、ドイツ経済はインフラ整備の財政出動だけを行い、不動産バブルを起こす方向へは向かわなかった。これは、注目に値することかもしれない。

【図表4 ドイツの住宅市場の特徴(2013年)】   (単位:%)
M305-0030-4
出典:Dreger, Chr.,  Kholodilin K. (2013):Zwischen Immobilienboom und Preisblasen:Was kann Deutschland von anderen Ländern lernen? In:DIW Wochenbericht. 17, P4.

図表4は、ドイツの住宅市場の特徴を国際的に比較したものである。これによると、購入物件(不動産価値)に占めるローンの割合ではドイツが最も低い。また、住宅を所有する人の割合も他の国ほど高くない。以上が要因となり、ドイツにおける不動産バブルが発生しにくい状況をつくっているのではないかと考えられる。

インフレに対する不安
どの国においても、住宅を購入する際に判断の目安となる価格がある。ドイツでは、購入を希望する住宅価格が、1年間の家賃収入の24倍以上(その住宅を貸すと仮定した場合)であるときには購入をやめた方がよいとされてきた。実際に最近、ミュンヘンのある物件に40倍の値段が付けられて話題になったが、似たような話はおそらくドイツの他の町にもあると思われる。

ドイツ人が不動産を購入する目的として、価値の保存を重視するという特徴があるといえよう。このことについては、インターネットの発達が大いに影響していると思われる。インターネットの利用により入手できる情報の範囲が広がったことで、同じ不動産でも、ビジネスが今後どう変化するか分からない店舗やオフィスより、住宅に人気が集まるようになった。これも、価値の保存を目的とする結果といえるだろう。

また、価値の保存が重視される他の理由として、現在ユーロ危機は小康状態にあるが、欧州中央銀行による流動性の過剰供給から市中の金融流通量が膨れ上がり、激しいインフレになることに対する恐怖がある。その結果、通貨切り替えで現金が紙切れ同然になるのなら、多少割高であっても不動産を購入した方がよいという考えが根底にあるのだ。

ドイツでは、2度にわたる世界大戦敗戦後のインフレを教訓に、戦後西ドイツの中央銀行であったドイツ連邦銀行がインフレを警戒する厳しい金融政策を取った。その結果、ドイツマルクは安定通貨となり、物価上昇率は低かった。

以上のような要因もあり、図表4で指摘したように、ドイツの住宅所有率は他の国に比べると低い。それは物価が安定していて(例えば年金という形での)将来の自分の収入も、また(家賃という形での)支出も予測できるため、持ち家というインフレヘッジは必要でなかったからだ。

終わりに
2013年、欧州中央銀行は、平均的個人を取ると、イタリアやギリシャなどの南欧諸国の方が、ドイツよりも多くの資産を所有していると発表した。この結果は、南欧諸国の方がドイツよりも住宅の所有者の割合が高いということによるものと考えられる。

現在のドイツにおける不動産価格の上昇は、南欧諸国に何十年も遅れてドイツ人が住宅購入を始めたことが原因の一つと推測される。しかし、上述のようにドイツの不動産価格は実は40年以上前から下降傾向にある。それ以外の価格上昇の要因を併せて考慮すると、不動産価格が今後急落した場合、購入者が損をするとしても、その影響が金融界にまで大きく及ぶことはないと思われる。

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1 http://www.immobilienreport.de/wohnen/Deloitte-Property-Index-2014.php
2 http://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/drohende-immobilienblase-immer-mehr-leute-mit-immer-weniger-eigenkapital-1.1993308
3 http://www.manager-magazin.de/immobilien/artikel/finanzminister-schaeuble-warnt-vor-immobilienblase-a-976200.html
4 http://www.imf.org/external/research/housing/index.htm

M305-0030
(2014年7月20日作成)