ユーロ」タグアーカイブ

「28-1=27」で済まない-ドイツから見たブレグジット

  • 発行:2018/11/12    美濃口 坦

概要

ドイツでブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)というと、経済的ダメージを受けるのは英国の方だと思っている人が多い。そうであるのは、残る加盟国は27カ国もあり、相手は1カ国だと思っているからである。また、英国の離脱はEUの在り方を根本的に変えてしまう。これに対処するのは容易ではない。

M0304-0023-1もうかなり前だが「ドイツ国民はブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)は自分たちと関係がないと思っている」と嘆くフィナンシャル・タイムズの記事を目にしたことがある。もしかしたらEUで上の立場にいる人たちにも似た事情があるかもしれない。

ポーランド元首相で現在、欧州理事会議長のドナルド・トゥスク氏は、2018年9月にザルツブルクで開かれたEU首脳会議でメイ英首相にケーキを勧めた。そしてこの写真1に「残念ですが、サクランボはありませんよ」というコメントをつけてインスタグラムに投稿。英国はEUの利点を保持し、都合の悪いところは拒むと非難されている。このような「いいとこ取り」は、子どもがケーキで一番おいしいサクランボだけをつまみ食いするのに似ていて、メイ首相は欧州理事会議長からインスタグラムで茶化されたことになる。

このような冗談も普通なら面白いかもしれないが、英国メディアはEU首脳会議で自国の首相が四面楚歌(そか)の状態になり、さらにこのようにからかわれたことに対し感情的に反発する。同時に保守党内のブレグジット強硬派に対する彼女の立場が弱くなり、離脱協定が締結されないままの「ノーディール」になる可能性が高まったといわれる。

現在ドイツでは、長年暮らす英国人の中でドイツ国籍を取得する人が急増中である。また英国には300万人に及ぶEU加盟国市民が在住し、彼らこそブレグジットに至った「重要問題」であった。そのうちポーランド人は3分の1近くを占め、ブレグジットがどうなるかは、彼らにとっても気が気でないと想像される。でも、インスタグラム愛好者の元ポーランド首相には自国民の運命が気にならないようだ。これも彼がブリュッセルのEU本部にいて「雲の上の人」になってしまったからで、EU加盟国市民の中にEU嫌いが少なくないのも、このような事情と無関係ではない。

一度にEU加盟20カ国が脱退したら?
ブレグジットが重大な出来事であることをドイツ国民に理解してもらうために登場するのは下のグラフである。これはEU加盟国の国内総生産(GDP)がEU内で占める割合を示す。数字は2015年のもので、英国はドイツに次ぐ2番目の経済大国で18%を占める。ドイツからポーランドまでの上位8カ国を除いて、下位20カ国のGDPを合計するとほぼ18%になる。

【図表1】2
M0304-0023-2

ということは、経済的に見ると、ブレグジットは28カ国の加盟国で構成されるEUから20カ国が一斉に脱退することに相当する。でも多くの人々は28カ国のうち1カ国だけがいなくなると考えることにしていて、EUと英国の関係も「27対1」と思うようだ。ザルツブルクで開催されたEU首脳会議以来、メイ首相の提案がEU首脳陣から相手にされず、ドイツのメディアも政治家も「ノーディール」の離脱を心配するようになった。どのようにEUから離脱するにしても、EUより英国の経済的ダメージの方が大きいというのが通説で、いろいろなスタディーを目にすると、少なくとも短期的にはそうなると思われる。

だから「対岸の火事」扱いにして、本来内輪もめが多いEU加盟国がブレグジットに関しては英国に対し団結して強硬であるのは、英国のまねをする国が出てこないようにお仕置きを十分にしておこうと思っているからだといわれる。また同時に、川を越えて飛んでくる火の粉の数が27分の1になると高をくくっていることもある。以下にドイツの事情を挙げて、それが錯覚であることを説明する。

【図表2】3
M0304-0023-3

図表2は2017年のドイツの輸出先である。9%の米国がドイツにとって「一番の顧客」で、フランスの8%がそれに続く。英国はオランダと並んで7%で、ドイツのメルケル首相が重要視して毎年のように経済界の要人を引き連れて訪れる中国も7%であることを考えると、英国はドイツにとって本当に重要なパートナーであることが分かる。次に金額でいうと、これは2016年の数字であるが、商品の輸出額は年間約860億ユーロに及ぶ。これにサービスの輸出を加算すると1,160億ユーロで、ドイツのGDPの3.7%に相当する。

次に、図表3に示した英国の輸出先から分かるように、12%の米国が英国にとって「一番の顧客」であり、次はドイツの9%、フランスは6%にすぎない。

【図表3】4
M0304-0023-4

【図表4】5
M0304-0023-5

図表4の英国の輸入先を見てもドイツからの輸入が一番多いので、英国とドイツの交易が重要であることが分かる。英国とドイツの貿易収支はドイツの出超であるが、だからといって英国は文句を言うこともなくドイツの高いクルマを買ってくれるありがたい国である。自動車や機械工業の分野では、部品の相互供給も盛んだ。ここで数字こそ挙げないが、英国の場合は南欧周辺国より、ドイツだけでなく北欧の国々との交易の方がはるかに活発だ。

ということは、EU離脱協定が成立しないで「ノーディール」という形で英国がEUを離脱したら、ドイツを筆頭にこれらの北欧の国々は対英貿易の少ない南欧の周辺国より厄介な状態に陥る。それだけではなく、5%とか10%などといわれる世界貿易機関(WTO)ルールに従って関税を支払うことにもなる。これは該当するEU加盟国の企業にとって負担の増大である。ということは「対岸の火事」から飛んでくる火の粉は、どこの国にも均等の27分の1ということにはならない。

こうして増大した関税収入は、どこへ流れていくのだろうか。これは昔から決まっていて、EU加盟国が徴収コストとして4分の1を自国の収入としてキープし、残りの4分の3はEU本部に上納する。これは加盟国の国民総所得に基づいた支払金額と比べたら少ないが、それでもEUの重要な財源である。このように考えると、欧州理事会議長のサクランボの冗談も素直に受け取ることができないかもしれない。

これからのEU
このような経済的コストを考慮すると、英国の「ノーディール」離脱はドイツにとってもなるべく避けるべきことになる。だから英国もドイツに仲介的役割を期待していた。ところが今までのところ、ブレグジット交渉はフランスをはじめ南欧の周辺国やブリュッセルの欧州委員会のペースで進行し、ドイツはそれに流されるだけである。

そうであるのは、メルケル首相が抱える問題と無関係ではない。彼女は難民問題のために国内で批判されているが、これをかわすために、EU全体での解決という体裁を取りたい。これには南欧の周辺国の協力が必要であるが、こうして借りができると、彼女は自国や北欧の国々の立場を主張しにくくなるからである。

しかし「ノーディール」離脱になるかどうかは、比較的に短期的な問題である。英国がEUを離脱する結果、EU全体の在り方が変わり、厄介な状態に陥ることを長期的観点から心配する人がいる。EU加盟国の間にも経済や政治について異なった考え方がある。それは、ドイツ、英国、オランダ、オーストリア、フィンランド、バルト三国、デンマーク、スウェーデンなど市場経済を重視する国々の立場と、反対に経済的競争力が弱いために保護主義に傾くフランス、イタリア、スペインなどの地中海沿岸諸国の立場である。

前者のグループに属する英国はEU官僚機構に対する熱烈な批判国であり、大英帝国であったこともあって世界に開かれた国である。欧州統合が「内輪の親睦会」にとどまらずに現在のEUになったのも、またドイツが世界で通用する工業国家に発展できたのも、1973年に英国が当時の欧州経済共同体(EEC)に加盟したからだとドイツではよくいわれる。もともと英国の加盟は1960年代にドイツがフランスのシャルル・ド・ゴール大統領(当時)の不興を買うことを恐れずに願望し、1963年と1967年の英国の加盟申請もフランスの反対で実現しなかった。

後者のグループの地中海沿岸諸国は経済が元気でなく、国家介入主義的傾向が強く、欧州がこれらの国ばかりなら、ブリュッセルの官僚機構がもっと肥大化していたといわれる。ということは、欧州統合は市場経済派と国家介入派の間の妥協の上に乗っかってゆっくりと進行してきたことになる。このような妥協主義こそ欧州統合の重要な特徴だ。

EU理事会はEUの最も重要な決定機関であるが、ここでの評決の仕方も、多数決で少数派の見解を拒否するのでなく、妥協が実現する仕組みになっている。リスボン条約によってこの性格は弱まったといわれるが、それでも二重多数決方式である。そのため加盟国は前もって割り当てられた数の票を持っており、議案が可決するためには、その支持国側が55%以上の票数を確保しているだけでなく、支持国全ての人口がEU全体の65%以上を占めていなければいけない。

リスボン条約の時点では妥協主義がコンセンサスで、市場経済派加盟国は人口数では39%を、国家介入派諸国は38%を占めていて、拮抗(きっこう)するようになっていた。その結果、一方が多数決で他方の反対を押し切ることはなかった。ところが、英国のEU離脱によって前者が30%に減ってしまうのに対して、後者は42%に増大する。つまり、これからは、地中海沿岸諸国の方はいくらでも意思を通すことができ、妥協しなくてもよいことになる。ということは、ブレグジットは英国がEUから離脱して加盟国が27カ国になるだけの話ではない。

例えば、加盟国はこれまで独自に国債を発行したり、社会保障システムを運営したりしてきた。ところが、この加盟国の自己責任方式もブレグジットの結果、多数決で変更し、EU全体の共同債を発行したり、共同の失業保険を導入したりすることが可能になる。このような事情から、ブリュッセルのEU関係者やフランスのマクロン大統領がチャンス到来と思い、EUやユーロ圏の改革に色めき立った。

確実に言えるのは、欧州統合がこれまでとは全く別のものになるということである。というのは、欧州統合が妥協主義の基盤で進んできたのは、加盟国が主権国家であったからである。主権国家は「一国一城の主」のようなところがあり、下手に干渉して主権侵害と思われ脱退される危険性があったために慎重になり、また妥協主義になった。

国家は自身の権限が制約されることを望まない。制約を受け入れるとしたら、それを国民に納得させるために、見返りとしての利点が大きくなければいけなかった。だからブレグジット交渉が長引き、妥協にも時間がかかった。ということは、ブレグジットの結果、EUはこのような妥協主義から多数決で加盟国に何かを強制する方式に転換することになる。

次に、これまでのブレグジット交渉を眺めると、EUは「27対1」で相手を圧倒し、歩み寄ろうとする姿勢はほとんど見られない。こうであるのは、既に述べたように、英国のまねをする国が出てこないように「お仕置き」をしているからであるが、多数決方式で締め付けを強めるEUの未来を先取りしているからでもある。同時にこれも加盟国に対する教育効果を高めることにもなる。

これに関連して興味深いのは、欧州議会によって2018年9月に28加盟国で2万7000人を対象に実施された世論調査6である。それによると「自国がEU加盟により得をしている」と回答する人がEU全体で68%もいたことである。これは1983年の調査開始以来最も高い数字であるだけでなく、同年4月の調査より4%も上昇した。ブレクジット交渉でのEUの強硬な態度は報われたのかもしれない。

しかし締め付けが強くなった欧州同盟は、今後どのように展開していくのだろうか。上記の調査で「EUは間違った方向に進んでいる」と回答した人は全体で半数もいた。例えば、フランス59%、ドイツ52%、スロベニア52%、オーストリア45%といった具合で「正しい方向に進んでいる」と回答した人は全加盟国で28%しかいなかった。ということは、以前の妥協主義のブレーキが効かなくなり、EUが「間違った方向」にどんどん進んでいく可能性もあるということになる。

****************************************************************************
1 https://www.instagram.com/p/Bn8Luwbjzf9/?hl=de
2 Hans-Werner Sinn: Der Schwarze Juni:Brexit, Flüchtlingswelle, Euro-Desaster – Wie die Neugründung Europas gelingtの39ページ
3 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
4 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
5 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
6 http://www.europarl.europa.eu/at-your-service/en/be-heard/eurobarometer/parlemeter-2018-taking-up-the-challenge
http://www.spiegel.de/politik/deutschland/europaeische-union-vier-von-fuenf-deutschen-sehen-mitgliedschaft-positiv-a-1233660.html
https://www.heise.de/tp/features/EU-Barometer-Die-Haelfte-glaubt-dass-sich-die-Union-in-die-falsche-Richtung-bewegt-4193605.html

M0304-0023
(2018年10月24日作成)

欧州 美濃口坦氏

不幸な星の下に生まれた通貨-「ドイツの一人勝ち」なのか(2)

発行:2018/08/22

概要

国際社会での「ドイツの一人勝ち」の意味は、ユーロが破綻しないようにもうけた以上に支払わなければならないという圧力であり、欧州では連帯主義的なユーロ圏へ改造するための布石とみられている。ドイツのメルケル首相は、自国がユーロで最も得をしていると述べている。欧州統合もユーロ導入も厄介なドイツ・フランス関係の産物であり、これが問題の解決をさらに困難にしている。連載の最終回。

・・・・・・・・・・

漠然とした期待
「ドイツの一人勝ち」とか「ドイツはユーロ導入で得をした」という批判は、数字を見る限りあまり説得力がない。これは、この文句がどちらかというと政治的メッセージであり、ドイツに期待する役割と関係があるからである。

「ドイツの一人勝ち」とか「ユーロで得をした」といった評価には、どんな意味があるのだろうか。言われる場所と、誰が言うかによってメッセージも異なる。とはいっても「欧州の経済大国ドイツはもうけた以上に支払うべきだ」という固定観念が国際社会にできつつあるのではないのだろうか。これはユーロの破綻を誰も望まない以上、そのような事態を避けるためにドイツが責任を果たすべきだとする国際世論でもある。多くの人々が、共通通貨がどのように生まれたのか、そしてどのように機能しているのかあまり知らない以上、これは漠然とした期待感でもある。

しかし、ドイツ一国にそのような力があるのかも本当は疑問だ。ドイツの経済学者ハンス=ヴェルナー・ジン氏の計算に従って1、ユーロ危機が高まった2012年8月時点での支援融資の出どころを表示した(グラフ4)。グラフの赤い部分はユーロ加盟国、欧州安定メカニズム(ESM)などの金融支援機構、国際通貨基金(IMF)などから政治サイドの決断を経た支援融資である。これは2,270億ユーロにすぎず、当時のギリシャ、ポルトガル、アイルランドに対する支援全体のほぼ17%を占めるだけだ。残りの83%に相当する1兆ユーロ以上は欧州中央銀行(ECB)を経由する。また、このごく一部である17%をドイツは19のユーロ加盟国の一国として負担していたにすぎない。

【グラフ4】
M0304-0022-1

2012年来危機が収まっているのは、a)リファイナンスオペの担保条件の超緩和、b)OMTと呼ばれる国債購入プログラム、c)量的緩和政策(QE)の実施、d)ターゲット融資といったECBの処置のおかげである。これは、フランクフルトのECBがユーロ圏加盟各国の中央銀行に「紙幣を増刷して国の財政を賄うことに似た政策を可能にしている」(バイトマン・ドイツ連邦銀行(連銀)総裁)ことに等しい。

現在、加盟国の国債だけでも2兆6000億ユーロ買い取られているので、ECB経由の支援は膨大である。国際社会の住民には、この厄介で理解しにくい現実より、漠然とドイツが何かできると思っている方が気が楽である。

ユーロ圏の改造
次は欧州での「ドイツの一人勝ち」であるが、これはニュアンスが異なる。というのは、欧州では欧州連合(EU)やユーロ圏の在り方について統合推進派と反対・慎重派が対立しているからである。統合推進派はユーロ圏を国家に似た「主権を持つ」機構に改造し、固有の予算や財務大臣や議会まで設け、財政力の弱い加盟国に財政移転をすることや、ユーロ圏共同債(ユーロボンド)の導入を要求する。反対派もしくは慎重派は、EUの官僚機構の肥大を心配するだけでなく、加盟国の自己責任を重視し、安易に責任を全体に転嫁することがモラルハザードに通じると警告する。

ユーロ圏の改造の熱烈な推進国はフランスで、財政赤字の大きいイタリアはユーロボンドの導入を切望している。統合・改造に慎重な国や、反対しているのは北欧や中・東欧の国で、ドイツも本来そうであったが、メルケル首相の立場は不明瞭だといわれる。

西ドイツ時代の昔から、欧州でお金が必要になると経済大国ドイツに話を向け、まんざらでもないドイツは出し渋って見せ、そのうちに支払うというパターンが定着していた。例えば「古き良き時代」のドイツのヘルムート・コール元首相によると、

《欧州理事会でお金が足りない話になると、加盟国を代表する居並ぶ首相や大統領は一斉に私を眺めた。彼らにとってドイツはこの上もなく豊かな国で、私が巨大な財布を手にしているかのようだった》2

欧州統合を進め、ユーロ圏の改造を目指すフランスの政治エリートから見たら、ドイツの政治家はその理想を理解できない「エコノミックアニマル」である。そのためか、彼らはドイツの政治家にはビジョンが欠けているとあきれる。「ドイツの一人勝ち」とは、ドイツに高い欧州統合の理想を理解させ「国家エゴ」を捨て、ユーロ圏をフランスが望むような連帯主義に基づいた共同体への改造に同意させようとするための布石である。

元気づけや慰めの「御言葉」
それでは、ドイツ国民は「ドイツの一人勝ち」といった自国に対する評価をどう思っているのであろうか。

《ドイツは、どのEU加盟国よりもユーロで得をしている。私たちの雇用が失われないのも、また経済が成長するのもユーロのおかげだし、またユーロで税収も確保される》3

これは、2011年3月24日にブリュッセルで開かれたEU理事会での、メルケル首相による声明の一節である。筆者はここまでいろいろな数字を挙げて「ドイツの一人勝ち」とか「ドイツが得をしている」といった見解の妥当性に疑問を呈した。ところが、この一節を読む人にはそんな数字など必要でないはずだ。というのは、ドイツ国民は、ユーロが登場する前から、多かれ少なかれ仕事があり、納税義務も果たし、経済も機能し成長することもあったからである。

ドイツの首相は居並ぶ隣国の首脳を前に、問題も多いといわれる共通通貨ユーロに関連して自国が「どのEU加盟国よりも得をしている」と発言した。これは門外漢には奇異に思われるかもしれない。だがこの国では政治家をはじめ、公的発言者のこの種の言動は特別なことではない。これは、危機に陥った隣国への支援に反対する国内の右翼勢力とは自分が違うことを示すためであると同時に、自国民を支援に賛成させるようにするためでもある。

ECBはユーロ圏危機国支援のために長年超低金利やゼロ金利政策を実施している。ドイツ政府がこの低金利のおかげで自国の国債の利息をあまり支払わないで済んでいるとよく報道される。この節約分でギリシャ支援をカバーできるだけでなく、おつりまで出るとされる。例えば、ギリシャへの第3次金融支援が問題になっていた2015年のことだ。有名な経済研究所からスタディーが発表された4。それによると、ギリシャへの金融支援が始まった2010年からその年まで、ドイツ政府は1,000億ユーロ以上も国債利息を節約できたという。

金利が下がれば債務者が、上がれば債権者が得をする。政府は債務者だが、ドイツ国民の大多数は銀行に預貯金を持つ債権者である。株を買う人も不動産を持つ人もそう多くはないし、家計平均資産も欧州では下から数えた方が早い5。そうであるのは、2桁のインフレに見舞われた隣国と異なり、自国の中央銀行・連銀がインフレを特別に警戒し、物価が安定していて、不動産や株を購入する必要がなかったからである。ということは、預貯金しかない大多数の国民は、政府が利息を払わないで済んでよかったと言われても喜ばないと思われる。

このような事情から、人々は、政治家、エコノミスト、メディアのこのような元気づけや慰めの「御言葉」に耳を貸さなくなりつつある。また、政治家の方もだんだん話題にしなくなる。「ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)」(2017年11月21日付掲載)の中で、スイスの新聞を引用して「ドイツの政治文化に不自然なコンセンサス」があることを指摘した。これは、ドイツにタブーがあってEUやユーロをなるべくテーマにしないようにする点である。

フランスのマクロン大統領はユーロ圏に問題があるとして、その改革を提案していたのに、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)や社会民主党(SPD)などのドイツの主要政党は2017年の選挙戦で無視した。というのは、下手に議論を始めたら、右翼ポピュリズムの政党・ドイツのための選択肢(AfD)に票が流れると心配したからである。

ドイツ・フランスの過去の亡霊の葛藤
ドイツの政治文化のこの「不自然なコンセンサス」であるが、これには心理的には厄介な問題がその根底にあるように思われる。「ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)」(2017年11月21日付掲載)の中で触れたように、欧州共通通貨などずっと先の話だと思っていたドイツ国民にベルリンの壁が開き、東西ドイツ統一の可能性が生まれる。そのときにコール首相がフランスのミッテラン大統領(いずれも当時)にドイツ統一を認めてもらうために、共通通貨の導入要求に従ったという経緯がある。

フランス側が当時無条件に東西ドイツ統一を承諾しなかったのは、ドイツがまた強大になることを心配したからである。この国は、第2次世界大戦でドイツの電撃作戦で軍事的大敗を喫して占領される。これがフランスにはトラウマになる。その数年後ドイツは「無条件降伏」したが、フランス軍は米軍の戦車に同伴してドイツに入っただけで、ドイツを軍事的に屈服させたという気持ちを持つことができなかった。

その後も、フランスのフラストレーションは終わらない。というのは、敗戦国ドイツは「驚異の経済復興」があり、その後も経済力の差は広まるばかりであった。特に目の上のたんこぶというべき存在は、ドイツ連銀とその通貨・マルクであった。フランスの競争力が弱いために、この敗戦国の通貨に対して自国通貨のフランを切り下げなければならない。これはとてつもなく屈辱的なことだったといわれる。ドイツ連銀が公定歩合を上げると、本当はしたくなかったのに、操り人形同然の自国の中央銀行も同じことをしなければならなかった。

米国、英国、フランス、ソ連の分割占領を経て成立した東西ドイツは、旧戦勝国から国家主権を部分的にしか与えられていなかった。ということは、ベルリンの壁が開いてから東西ドイツ統一までこそ、フランスには戦勝国としてドイツに条件を突き付けることができる最後のチャンスであったことになる。そこで、彼らは欧州共通通貨の導入を東西ドイツ統一承認の条件として提案する。

彼らの目には欧州経済を支配しているように見えたドイツ連銀とドイツマルクを取り除き、欧州共通通貨を導入することによって、ドイツの経済力を欧州の枠の中に取り込むことができると思った。こうすると「古き良き時代」にコール首相が述べたドイツの「巨大な財布」も欧州の共有物になる。これがフランス側の思惑であった。

ドイツと大筋では合意していたものの、交渉は難航し、フランスは不安を覚えていた。中には願望通りにいかないと心配する人もいた。ところが、マーストリヒト条約として念願が実現する。フランス側は満足感を隠すことができない。

《1920年代には「支払うのはドイツだ」とよく言われた。今度もドイツが支払う。マーストリヒト条約は戦争をしないで手にできたベルサイユ条約である》
(1992年9月18日付「ル・フィガロ」、フロンス・オリビエ・ジスベア氏の論説)

ちなみに、ここでフランス側のいうベルサイユ条約だが、第1次世界大戦後に戦勝国英国、フランスなどが敗戦国ドイツと締結した講和条約で、膨大な賠償金を課した。ドイツの方はこの結果、経済がうまくいかなくなり、ナチの台頭を許したと思っている。反対に、ドイツの経済力を抑え込むことができたと喜ぶフランスの政治家から、マーストリヒト条約がベルサイユ条約よりずっとよいという意味で「スーパーベルサイユ」と呼ばれていたという6

ベルリンの壁が開いてから1992年のマーストリヒト条約までのフランス、ドイツの過去の亡霊の葛藤を見ると、ユーロは不幸な星の下に生まれた通貨としか言いようがない。

ユーロはドイツやフランスだけの通貨ではない
コール元首相をはじめドイツの政治家は、機会があると欧州共通通貨について「ユーロは戦争か平和かの問題だ」といった発言をする。この通貨の誕生の経緯を考えれば、そうであろう。また、メルケル首相も次のように発言している。

《誰も、今後半世紀の間、欧州の平和と繁栄が自明のことだと思ってはいけない。本当にそうではないのだ。だからこそ、私は言う。ユーロが失敗したら欧州も失敗に帰する》7

しかしこのように表現することによって、自由な思考や行動を自分から制約することにならないだろうか。また、このような言い方は内容の上で奇妙だ。というのは、東西ドイツ統一までは、欧州諸国はゆっくりであっても妥協し合いながら欧州統合を進めてきた。当時、欧州の農業の助成金について議論する政治家が「戦争か平和か」などといった途端、その常識が疑われた。

だが、常識が変わったのかもしれない。ドイツで政治家がナチの過去に触れて反省の気持ちを示すとメディア受けがよくなる。これは、EUやユーロについて下手なことを言って歴史的責任意識の欠如を疑われる危険があることを意味する。そんな心配をしていると、いつの間にかスイスの新聞の言う「不自然なコンセンサス」になるのかもしれない。

次にドイツで気になるのは、フランスならびに南欧の偏重である。これは、ドイツには一番難しい戦勝国のフランスと付き合うために始まった、欧州統合の意識構造の名残だと考えることもできる。農業国フランスや、それに似た南欧加盟国のために、EUが欧州経済共同体(EEC)だったころの1960年代では、その全予算の95%が、また1990年代の初めでも60%以上が農業助成のために支出された。現在でもEUの支出の4割ぐらいは農業助成が占めるといわれる。これも、ドイツ・フランス関係が中心になる欧州統合の始まりが、長年その影を投げ掛けてきたことになる。

ところが、欧州統合に参加する国の数はその後増大する。1973年、英国が欧州共同体(EC)に加盟するときにはドイツが熱心であったが、当時のドイツの政治家には、フランス偏重のゆがみが強く意識されていたことになる。その後からの加盟国の中には市場経済を重視し、助成頼りのメンタリティーやブリュッセルの官僚機構の肥大を拒む国も少なくない。有名な例はブレグジット(英国のEU離脱)問題で、メルケル首相の移民・難民政策に対する反発がきっかけだったかもしれないが、フランスや南欧周辺国の影響力が再度強まるEUに嫌気がさしていたからともいわれている。

2017年9月の総選挙の後、ドイツではなかなか新政権が発足しなかった。2018年に入って3月4日にSPDの党員投票の結果、メルケル首相率いるCDUとSPDによる連立政権が発足した。同じ日にイタリアで総選挙が行われ、ユーロ圏脱退を要求する2政党が勝利し、過半数を獲得した。

その2日後、2018年3月6日にオランダ、デンマーク、スウェーデン、アイルランド、フィンランド、バルト3国の8カ国の財務大臣が共同声明を発表した。それは、フランスのマクロン大統領や欧州委員会のユンケル委員長が提案しているEUやユーロ圏の改革に反対するものである8。反対意見を持つ国は、これら8カ国にとどまらないといわれている。

これまで、このような小さな国が一緒になってEUの改革について共同声明を出すことなどなかった。SPDはマクロン改革に賛成を表明していたので、共同声明に参加した加盟国は、第4次メルケル政権発足と同時にフランス、ドイツがどんどん先行して財政資金の転移やユーロボンドの方向に進めてしまうことを心配したからである。

このような状況は多くの国がドイツに対する信頼感を失いつつあることを示す。これまでメルケル首相はその場の状況に流されるばかりで、どちらの方向に進もうとしているかも分からないといわれる。こうであるのは、ドイツの中でこのテーマについてろくろく議論ができない自縄自縛の構造があるからだ。

イタリアがEUを離脱すると言ったら、メルケル首相は大幅に譲歩するだろうといわれる。ドイツの政治家は歴史的責任を果たした気持ちになれて慰めになるかもしれない。しかし他のユーロ圏加盟国には経済の問題であり、事情次第では(英国のように)出て行くこともあり得る。

欧州共通通貨は不幸な境遇で誕生し、無責任な政治家が軽率に始めたものかもしれない。しかし、その破綻はドイツにどの加盟国よりも大きな経済的損失をもたらす。そのような破局的事態を避けるためにも、ドイツの政治家も経済的側面を直視し、国内で率直な議論をした方がよいように思われる。

******************************************************************
1 Hans-Werner Sinn:Der Schwarze Juni 2016, Freiburg. S. 234
2 Wohlstand für Alle- 70 Jahre Währungsreform S. 35
3 https://www.bundesregierung.de/ContentArchiv/DE/Archiv17/Regierungserklaerung/2011/2011-03-24-merkel-europaeischer-rat.html
4 https://www.welt.de/newsticker/dpa_nt/infoline_nt/wirtschaft_nt/article145021484/Deutschland-ist-grosser-Gewinner-der-Griechenland-Krise.html
5 「貧しいドイツ国民?-家計資産の比較」(2014年12月24日付掲載)
6 Hans-Werner Sinn:Die Target-Falle 2012, München. S. 38
7 https://www.bundesregierung.de/ContentArchiv/DE/Archiv17/Regierungserklaerung/2011/2011-10-27-merkel-eu-gipfel.html
8 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/deutsche-europa-politik-schuert-misstrauen-anderer-staaten-15481094.html

M0304-0022
(2018年8月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(2)

概要

ユーロ危機はまだ終わっていない。南欧を中心とした経済は低迷したままで、欧州統合に背を向ける人々が増加している。このため、フランスのマクロン大統領は欧州連合(EU)改革を提案したが、ドイツ側から見て役立つようには見えない。一方、ドイツの総選挙で欧州統合への批判的勢力が強くなったことは、メルケル首相が周辺国からの要求を断るのに役立つかもしれない。

              ……………………………..

ユーロ危機の構造
ユーロ危機には二つの側面がある。その一つ目は過剰債務の問題で、多くの国で見られることである。二つ目は、共通通貨ユーロを持つことから生まれた加盟国間の不均衡問題である。この結果、経常収支がアンバランスになるだけでなく、競争力の格差が生まれた。ユーロ導入以前なら、自国の競争力が低くなったら自国通貨を切り下げることで対応できたが、それが不可能になった。よく出される例は、ギリシャがオランダで栽培されたトマトを輸入するようになったことで、自国のトマトの販売競争力が失われたという話である。言うまでもないが、現実には、過剰債務と競争力格差の問題は複雑に絡み合っている。

過剰債務については、リラ、エスクード、ドラクマ、ペセタといった南欧諸国の通貨は、ユーロ導入以前はインフレ気味で、そのリスク防止のために金利も高かった。1995年マドリード欧州理事会で、利子が低い上、何でも買えるハードカレンシー「ユーロ」の名称が決まる(ユーロの導入は1999年)。南欧諸国にとってこれは夢のような話で、財布のひもも緩むしかない。また、外部の投資家にとってこれらの国に対する投資リスクが低くなったのも同然で、これを機に投資ブームに沸き、北から南へ資金が流れた。

私事で恐縮であるが、筆者はユーロ導入後の2000年にバカンスでスペインのアリカンテへ行った。海岸の近くで、雨があまり降らずドイツ人が好みそうな場所であった。近くをドライブすると、丘に無数の住宅が途中まで建設されたままほったらかしになっていた。この丘ははげ山で、給水などのインフラ整備も高くなりそうであったため「バブル」という言葉が一瞬脳裏をかすめた。また当時レストランへ行くと、以前と比べて料金が高くなっているのも気になった。

その後、2007年の米国発金融危機を受け、南欧諸国に資金が流れ込まなくなる。人々が不安の連鎖反応でリスクに特に敏感になったからであるが、これはそれまでのバブルがはじけたことになる。ユーロ危機は最初の震源地がギリシャであったためにソブリン危機とも呼ばれるが、民間の債務過剰も深刻である。下の図表36はユーロ圏諸国のバランスシートに占める不良債権の割合を示す。2013年以降、アイルランド、スロベニア、スペインは不良債権を減らすことができたのに対して、キプロス、ギリシャ、ポルトガル、イタリアの4カ国では前進が見られないとされている。

【図表3:ユーロ圏諸国のバランスシートに占める不良債権の割合】
M0304-0020-21

上記の数字を見ていてもぴんとこないのは、フランスに次ぐ経済大国イタリアの深刻度のためかもしれない。欧州連合(EU)全体の3分の1に相当する3,600億ユーロに及ぶ焦げ付き債権を抱えているとされている7。これはイタリアの国内総生産(GDP)の20%に相当する。2017年夏も二つの銀行が再建不能とされて破綻処理されたが、これは氷山の一角にすぎないと心配する人も多い8。焦げ付き債権が多いと、中央銀行がゼロ金利にしても資金が実体経済に回らないので、経済的停滞の原因になる。

次は国家の過剰債務であるが、欧州中央銀行(ECB)の量的緩和政策(QE)が実施されている。これは、2015年3月から2017年末まで毎月800億ユーロもしくは600億ユーロの割合で総額2兆3000億ユーロに及ぶ債券を購入するプログラムである。このうち1兆8000億ユーロはユーロ加盟国の国債の購入に充てられている。ただし、加盟国の中央銀行がそれぞれ自国の国債の購入を担当する仕組みになっている。

こうして国債も自国の中央銀行が持っている限り、返せとか利子を払えとか面倒なことは言われないので、問題は消えてしまったことになるのも同然といえる。だからといって、問題が解決したかどうかについて疑い持つ人は多い。

競争力の欠如
2番目の不均衡問題は、実体経済と関連するので知らん顔では済まされない。すでに述べたように、1995年ごろから2007年までの間にユーロ加盟周辺国で投資ブームからバブルになり、物価も賃金も上昇してこれらの国は競争力を失ってしまった。

【図表4:ユーロ圏諸国の物価の変遷(2008年9月=100)】
M0304-0020-22

この事情を示すためによく引用されるのは、上の図表4の数字である9。資金の流入が始まった2008年9月のリーマンショック時を100にとして、1995年から2016年までのユーロ圏諸国の物価の変遷を表示したものである。バブルで上昇した物価がリーマンショック以降、それぞれマイナス7%、マイナス11%、マイナス1%といった具合に下がった。とはいっても、これらの加盟国が競争力を持つためには、米国のゴールドマン・サックスの計算によるともっと下がらなければいけない。その値がマイナス34%、マイナス30%、マイナス27%、マイナス11%である。

言うまでもなく、一度上がった収入を下げることなど選挙があって民意が尊重される国では実行困難である。共通通貨導入以前であれば、これらの国は自国通貨のレートを下げれば自国に競争力が生まれたし、外国からの製品もサービスも高くなって国民は買わなくなるので、自国経済も対抗できた。ところが、何でも買えることのできるハードカレンシーを手渡された以上、自国で抑制することなど本当に難しい。

欧州では古くから、共通通貨のレートの上げ下げのメカニズムの意味についてよく議論された。このメカニズムがなくなることは解決困難な問題らしく、1980年代後半の議論では「共通通貨は、政治や経済のいろいろな分野での統合が進展して、加盟国間の不均衡もなくなった統合過程の最後にその努力を報いるための冠とし実現される」ことになっていた。ということは、フランスのミッテラン首相とドイツのコール首相(いずれも当時)の共通通貨導入・合意は見切り発車だったことになる。そこでいろいろなルールをつくったが、守られなかった。

ドイツ・フランスの相違
最近のEU加盟国での選挙結果が示すように、英国だけでなくその他の国でも欧州統合に背を向ける人々が少なくない。このような潮流に直面して、EUならびにユーロ圏についていろいろな改革が提案されている。フランスのマクロン大統領のEU改革案もその一つである。彼が若くて、ドイツと並ぶ重要な加盟国の元首でスター的存在であるために、メディアからは「欧州に新たな息吹をもたらす」と注目される。

フランスのマクロン大統領の提案は、難民対策、共通の介入軍の創設、テロ対策、デジタル化での協力強化といった具合に多岐にわたる。ユーロ圏については、彼は(EU全体とは別に)固有の予算を設けて、それを管理する財務大臣を置くことを、さらにその活動を民主的にコントロールするためにユーロ圏だけの議会の創設までも提案している。ドイツ側は多くの場合、このような話を聞くと、フランスの政治指導者層の発想と自分たちの考え方の間に横たわる大きな相違を感じるという。

加盟国の不良債権の問題だが、該当国に担当する役所があるし、問題が国境を越える場合にはECBの所轄下になる。加盟国に競争力が欠けていたり、経済活動が不活発であったりすることも現場に近い具体的な問題で、ユーロ圏に大臣のポストを設けたり、予算を設けたりすることによって解決できることなどはドイツ側には想像できないようだ(冷戦時代のことだが、西ドイツのある政治家が、筆者に欧州統合はフランスの政治家の天下り先を確保するためにあるのだと語ったことがある)。

欧州統合のパートナーとしてのフランスは、多くのドイツ人の目には、中央集権が強く、グランゼコール出身のエリート行政官が仕切る国であると認識されている。国家が主導するという発想が強く、だからこそ、よく指摘されるように対GDPに占める国家支出はフランスでは約57%にも及ぶ。ちなみに、ドイツは44.3%、日本は36.82%、米国は35.23%だ10。このような国家尊重主義のためか、EUに、特にユーロ圏に国家的性格を付与したいという願望が強いようにも見える。

ユーロ圏の在り方について、昔からフランスや南欧の周辺諸国が期待するのは一つの国家に似た連帯責任体制になることで、その結果は、経済的に強者が弱者を支援しなければいけないということになる。フランスのマクロン大統領は大統領選挙中のインタビューで「ドイツはユーロ圏の不均衡を利用して貿易収支の巨大な黒字を実現している。これはドイツ経済にとってもユーロ圏経済にとってもよくない。この点で埋め合わせがないといけない」と語っている11。「もうけた以上、少しは出せ」という考えで、だからこそ、ユーロ圏の予算とか財務大臣とかいった発想になるようだ。

似たような話だが、マクロン大統領は社会福祉に関して、加盟国が失業保険を共同で給付することを提案している。このような提案もドイツ側を驚かせたようだ。というのは、フランスもドイツに次ぐ経済大国であるので自国も費用を負担することになる。ところが、欧州統合となると(理想に燃えるせいか)自国の負担金のことを忘れてしまうように見えるからだ。

ドイツは、加盟国が独立国家で自己責任を前提として共通通貨導入に賛成した。だからこそ、ユーロ圏を連帯責任体制にすることを拒み続けている。そのためにユーロ圏共同債の発行にも反対である。これがドイツの公式の立場であるが、2010年にギリシャ支援を行ってから、裏口から連帯責任体制が入り込んでしまったといわれる。

その一つの例は、ECBが危機に陥った加盟国に便宜を図るようになったことだ。この結果、筆者が「欧州の「打ち出の小づち」、ターゲット2問題について(2)」(2013年1月28日付掲載)の中で記したように、加盟国の中央銀行はユーロを発行できるので「打ち出の小づち」を手にしているのと同じことになった。ということは、問題は資金が南欧の周辺国に回らないことでなく、そこに投下されないで、ドイツなど北の国々に戻ってきて不動産や株に投下されてバブルを引き起こすことである。ということは「不均衡の埋め合わせをする」ために予算を設けるのも奇妙な話である。

ユーロ圏には「ターゲット2」と呼ばれる決済システムがあるが、現在、南欧周辺国に対するドイツの債権残高は8,500億ユーロにも及ぶ。この巨大な額はドイツから潤沢な資金が流れ込んでいることを意味する。同時にターゲット2の債権残高は「欧州の「打ち出の小づち」、ターゲット2問題について(2)」(2013年1月28日付掲載)で記したように、ターゲット2の債務残高のある加盟国がユーロ圏から脱退したら戻ってこないことでもある。ということは、ドイツは南欧周辺国からの要求に対して譲歩しなければいけない立場にあることになる。

この事情を考慮すると、ドイツではユーロ圏における連帯責任方式の拡大に批判的な自由民主党(FDP)と連立を組み、ユーロ救済に懐疑的なドイツのための選択肢(AfD)が議会にいることは、メルケル首相にとって南欧周辺国からの要求を断りやすい状況が生まれたという意味で頼もしいかもしれない。

************************************************************************
6 Bankenunion:Wie stabil sind Europas Banken?
http://www.delorsinstitut.de/2015/wp-content/uploads/2017/06/170627_JDI_Bankenunion_Web_A4_einzeln.pdf 4ページ
7 http://derstandard.at/2000040798352/Banken-ziehen-Italien-in-die-Tiefe
8 https://jp.reuters.com/article/eurozone-banks-italy-idJPL4N1K33RF
9 ifo研究所・前所長Hans-Werner Sinn – Die Fiskalpolitik der EZB – Wie geht es weiter in Europa?(2017年10月12日にミュンヘンで行われた講演)
10 https://de.statista.com/statistik/daten/studie/329446/umfrage/staatsquoten-in-industrie-und-schwellenlaendern/
11 https://www.morgenpost.de/politik/article210281479/So-denkt-Emmanuel-Macron-ueber-Deutschland-die-EU-und-Trump.html

M0304-0020-2
(2017年11月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)

概要

ユーロ危機など過去のことだと思う人もいるかもしれない。そうであるのは、定期的に景気のいいニュースが流れるからだが、ユーロ危機はまだ終わっていない。南欧を中心とした経済は低迷したままである。またユーロ圏では、どの国の国民投票においてもEU離脱賛成者の割合が高い。「ポピュリズム」という言葉は、この現象を見ないで済ませるための気休めかもしれない。

——————-

2017年9月24日にドイツの連邦議会選挙があった。それまで大連立を組んできたメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は32.9%に、連立パートナーの社会民主党(SPD)も20.5%にという具合に大幅に得票率を減らした。SPDは野党になると明言しているので、メルケル首相には連立相手としては自由主義経済の自由民主党(FDP)と環境政党・緑の党しか残されていない。

今回の選挙の勝者は、ドイツのための選択肢(AfD)である。この右翼政党は12.6%も票を得て連邦議会に初めて登場するだけでなく、94議席も獲得し、国政レベルで第3党に台頭した。この躍進は2年前にメルケル首相が100万人以上の「難民」を受け入れたことに不満を持つ人が多いからである。どの政党も難民受け入れに表立って反対しなかった以上、抗議表示をする選挙民にはこの党しか残っていなかった。

「不自然なコンセンサス」
AfDというと人種の不当な扱いや反イスラム感情をあおる「右翼ポピュリズム」とされるが、これは中身を見ないレッテル貼りのきらいがある。この点についてスイスの新聞は次のように記している。

《AfDに人々が投票したのはメルケル首相の難民政策のためだけではない。この政党が誕生したのはこの国の政治文化に不自然なコンセンサスがあるからで、これは欧州連合(EU)やユーロを論じないことが賢明とされている点だ。AfDはこの思い込みをぐらつかせて、他の政党が立ち去り、空っぽにした政治空間に入り込んだ》(ノイエツリュヒャーツァイトゥング、2017年9月24日付。ベルリン発・ベネディクト・ネッフ1

ドイツを訪れたフランス人は、マクロン大統領がEUやユーロ圏の改革を熱心に提案しているのにドイツの選挙戦では問題にされないことに驚いていた。これも、この国の「政治文化の不自然なコンセンサス」を示す。筆者は今回いろいろな町へ行き選挙戦を観察する機会があったが、そういえば欧州をテーマにするポスターを見なかった。

M0304-0020-11左の写真は、夜遅くベルリンで見つけたAfDの電子選挙ポスターである(筆者撮影)。「私たちが喜んで良い暮らしをするドイツのために」という笑顔のメルケル首相のポスターと、ドイツの自動車メーカーの広告と、波間に沈みかかっている1ユーロ硬貨のポスターが交代する。AfDの文句は「『ユーロ救済?』、そのために何でもするのには反対」である。これは2012年に「ユーロ救済のために何でもする」と発言したマリオ・ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁に対する反対表明だ。

AfDの紙のポスターは破られることが多く、それを防ぐために手の届かない高い所に貼られていたのが思い出された。そして、抗議政党でライバルの左翼党のポスターが多い東ベルリンの近くで、高価であっても剥ぎ取られない媒体に踏み切った思惑が想像された。

上記のスイスの新聞が指摘する「不自然なコンセンサス」が本格的になるのは、危機に陥ったユーロ加盟国の救済が始まった2010年頃からである。当時、メルケル首相はドイツに支援以外の「選択肢がない」と批判に口封じをし、その後、支援は超党派で進行し、主要メディアも同調。彼女こそ、AfDの名付け親である。

「EUやユーロを論じない」政治文化は、自国民を「過去」と関連して隣国に対して反発させないようにするための配慮でもある。というのは、欧州共通通貨は、ベルリンの壁崩壊後にドイツのコール首相がフランスのミッテラン大統領(いずれも当時)にドイツ統一を認めてもらうためにその導入要求に従ったという経緯がある2。当時、国民の大多数は気が進まなかったし、多数の経済学者もその無謀に対し警告した。そして導入後、数年でユーロ危機が始まる。恐れていたことが目の前で進行するのに対して無力感にさいなまれるだけであったために、このテーマに耳をふさぐ人も多い。

ユーロ圏の現状
ユーロ危機など過去のことだと思う人もいるかもしれない。そうであるのは、定期的に景気のいいニュースが流れるからだ。例えば、2017年夏のドイツの経済誌の報道である3。大見出しは「ユーロ圏は世界経済の希望の星」で、小見出しは「病人からパワフルマンへ」。すぐ下にマリオ・ドラギECB総裁の写真がある。こんな見出しになったのは、同年第2四半期に、ユーロ圏の国内総生産(GDP)成長率が米国の0.5%を上回る0.6%を記録したからである。

【図表1:ユーロ圏諸国の製造業・生産量の推移】
M0304-0020-12

上の図表1はIfo経済研究所の資料を参考に筆者が作成したものである。寝たきりの病人が起き上がっただけのようなものなのに「パワフルマン」というのは誇張といえる。というのは、財政赤字を増大させて公務員を増やせばGDPを膨らませるのは可能だからである。ユーロ圏の実情を知ろうとすれば、別の数字を持ち出さなければならない。政府は工場までつくることはあまりないので、製造業の生産量の推移に注目する。ギリシャのような小さな国にも製造業があり、特定の需要をカバーしていた。需要が回復すれば、下がっていた生産量も回復するはずだ。図表1は、金融危機で製造業の生産量が下がる前の2008年を100としてその推移を示している。

図表1から分かるように、2008年に下がった生産量はアイルランドでは元気良く回復・上昇している。ドイツとオーストリアでは辛うじて回復できたが、ポルトガル、フランス、イタリア、ギリシャ、スペインは低迷したままである。このやりきれない状態は、ギリシャ約43%、スペイン約38%、イタリア約35%、ポルトガル約25%、フランス約23%といった若年層の失業率の高さにも反映されている4

若い人々の高失業率も2、3年で終わるなら我慢しようがあるが、この状態が7年も8年も続くのは厳しい。これはごまかしようがない実体経済の問題で、また構造的な問題であるために今後改善の見込みがあまりないともいえる。政治的大義名分として進められてきた欧州統合に背を向ける人々が増えるのも当然であろう。

【図表2:ユーロ圏諸国のEU観】
M0304-0020-13

図表2は、2016年に主要国で実施された世論調査である5。グラフの青い棒は、自国のEU加盟の是非を問う国民投票を望む人々の割合を示す。グラフの赤い棒はその国民投票におけるEU離脱賛成者の割合で、イタリアやフランスでEU離脱賛成者がそれぞれ48%、41%に及ぶ。これは深刻な事態である。

どの国の国民投票においてもEU離脱賛成者の割合が高い。これは欧州統合が「政治的エリート」と呼ばれる人々によって、それも国民と無関係に進められてきて「民主主義的でない」と思う人が多いからだ。失業率も低く、ユーロ圏の勝者とされるドイツでは国民投票は制度上不可能であるが、それでもEU離脱を望む人が4割もいるのもこのためである。「ポピュリズム」という言葉は、この現象を見ないで済ませるための気休めかもしれない。

************************************************************************
1 https://www.nzz.ch/international/ein-wilder-haufen-zieht-in-den-bundestag-ld.1318236
2 http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-73989788.html
3 http://www.manager-magazin.de/politik/konjunktur/bip-wachstum-in-euro-zone-beschleunigt-sich-a-1160907.html
4 https://de.statista.com/statistik/daten/studie/74795/umfrage/jugendarbeitslosigkeit-in-europa/
5 https://qz.com/679354/nearly-half-of-europeans-want-their-own-referendum-on-staying-in-the-eu/

M0304-0020-1
(2017年11月1日作成)

欧州 美濃口坦氏