発行:2012/03/22
概要
ドイツのパン業界は「ドイツパン」をユネスコの世界遺産として認定されることを目指してキャンペーンを行っている。これはパン職人に対する援護であるが、伝統を守ることは容易なことではない。
私はドイツに長年暮らし、多くのことに慣れて苦にならない。でも正直なところ、ドイツのパンにはかなり苦労した。というのは、私は白パンばかりの日本で育ったが、ドイツには黒っぽいパンが圧倒的に多いからである。
この国のパン業界には、伝統的なマイスター制度が残っており、その意味では面白い世界である。
まず、ドイツでどのようなパンが作られているか、下の図*に示してみた。
【ドイツのパン】
日本人になじみのある白パンは、小麦白パン(6%)とトーストパン(21%)で、合わせて4分の1以上を占めるが、あとはライ麦パン(6%)も、穀物・黒パン(12%)も、種・穀物入りのパン(14%)も、ライ麦と小麦のミックスパン(32%)(写真左下)も、全て黒っぽいパンである。中には、日本人から見てパンの仲間に入らないと思われるものもある(写真右下)。こんなことを言うのは、昔、ドイツのパン職人マイスターから「日本のジャムパンやアンパンはパンでなく、お菓子だ」と言われて少し気を悪くしたことがあるからだ。
ドイツのパンにはこのように、ライ麦、小麦、大麦など、いろいろな種類の麦を粉にして使うだけでなく、粒のまま残したり精白の度合いをいろいろ変えたものなど多様な組み合わせがある。また、ニンジンやタマネギやジャガイモなどを混ぜてもよい。このようにいろいろな要素を組み合わせることができるため、ドイツにはパンの種類が350もあるといわれるが、亜種を含めれば、実に1,500種類にも達するといわれる。
1年以上も前から、ドイツの農林省やパン職人協会はこのようなパン作りの伝統をユネスコの文化遺産に認定させようと努力している。手始めに、いろいろな地域に残っているパンを登録することを訴えている。種類の少ないことが大量生産の前提であるといわれる中で、
このようにパンの種類が多くまた人々もそれを求めるのであれば、ドイツのパン職人もまだまだ大量生産方式に対抗して存続する余地があるかもしれない。しかし実際のところ現状はどうなのであろうか。パン製造業者に関する2010年の下記のデータ*は示唆的である。
パン製造・販売の事業所数・・・ | 1万4500軒 |
販売支店数・・・・・・・・・・・・・・・ | 3万店 |
パン専門販売店数・・・・・・・・・・ | 4万4500店 |
業界全体の従業員数・・・・・・・・ | 29万3300人 |
うち実習生数・・・・・・・・・・・・・・ | 3万3000人 |
業界全体の売り上げ・・・・・・・・ | 129億ユーロ |
1事業所平均売り上げ・・・・・・・ | 88万9660ユーロ |
1事業所平均従業員数・・・・・・ | 20人 |
約1万4500軒ある「パン製造・販売の事業所数」とは、パンの売り場(写真左上)と、その奥に工房(写真右上)がある店だ。この事業所数や売り上げ、従業員数について、毎年わずかに増減するだけで劇的な変化はないといわれる。ところが、1950年代と比べると、時代の変化がはっきり分かる。当時は店と工房を持つ事業所は5万5000軒もあったといわれる。すなわち昔はもっと多くの職人が自分の工房と店を持つことができたのだ。
【売上規模とシェア】
事業所ごとの平均年間売り上げは89万ユーロである。これだけでは実情が必ずしもよく分からないかもしれない。上の図*は、年間売り上げが500万ユーロ以上の大規模パン・メーカーが業界全体の売り上げの60%、50万ユーロから500万ユーロまでの中規模業者が28%を占め、事業所数は全体の70%以上といわれる50万ユーロ以下の小規模パン屋の売り上げが全体の12%にしかならないことを示している。今回のユネスコの世界遺産登録キャンペーンは、このように押され気味で小さなパイを分け合っている職人型パン屋に対する援護との見方もある。しかし長い目で見ると、ドイツのパンの種類が減っていく可能性は大きいかもしれない。
ドイツの伝統的パン屋にとっての強敵は、冷凍技術とコンピューターで操作できるパン焼きオーブンの登場であろう。今はパン生地を大量に生産し冷凍するメーカーからパン生地を取り寄せて、コンピューター操作のオーブンに入れてボタンを押せば簡単にパンを焼くことができる。このように作られた焼きたてのパンがスーパーをはじめ至る所に出現するようになった(写真下)。
このような冷凍されたパン生地は便利でもある。パン職人は自分でパン生地を作り寝かせてから焼いて朝来たお客さんに買ってもらう。そのためには夜中の2時に起きなければいけない。加えて多数の種類のパンを用意しかなければならない。そのために職人型のパン屋も一部では出来合いのパン生地で間に合わせるような店も出てきたといわれる。
もう一つの問題は食習慣の変化が挙げられる。シングルが増大し女性も働くようになり子どもをつくる人が少なくなった結果、あまりちゃんとした食事をしなくなり、サンドイッチのようなもの買って済ませることが多くなった。このことは独特な味を持つ個性豊かなドイツパンを知ることなく育つ世代が増えることになり、今後はドイツパンの伝統をいかに守り受け継いでいくかが大きな課題になると思われる。
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* http://www.baeckerhandwerk.de/baeckerhandwerk/zahlen-fakten/brotverbrauch-und-brotkorb-der-deutschen/
掲載写真は全て筆者撮影
M305-0013
(2012年3月11日作成)