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グリーン・ニューディール

  • 発行:2011/08/02

概要

シュトゥットガルトを首都とするバーデン・ヴュルテンベルク州はベンツ、ボッシュ、SAPなどの有名企業があって独経済を支える豊かな州である。この州で少し前、緑の党の首相が誕生した。グリーン・ニューディールとは資源の持続可能性を重視する経済政策であるが、新政権はこれを実現するより、前政権から引き継いだ建設プロジェクト実現にかなりのエネルギーを費やすものと予想される。

M305-0007-1シュトゥットガルトに到着した私がホテルを目指して駅の構内から出ると、そこにはたくさんの人々が集まっていた。駅の地下移転プロジェクトの「シュトゥットガルト21」に反対する集会である。演説が終わって舞台の上でバンドが演奏を始め、皆楽しそうだった。そのうちに音楽終了。人々は喜々として中心街に向かってデモ行進に移った(写真左1)。

私は彼らの姿を見ながら少し笑ってしまった。というのは、デモをするなんてこの町のイメージに合わないからである。シュトゥットガルトは、ベンツ、ボッシュ、ポルシェが所在する工業都市で、また堅実な気風の町である。この町を首都とするバーデン・ヴュルテンベルク州は競争力の強い中小企業がたくさんあって、失業率も低く裕福である。

今年3月末の州議会選挙で1953年から政権を維持してきた保守のキリスト教民主同盟が大敗、緑の党と社民党の連立政権が成立して、緑の党のヴィンフリート・クレッチュマン氏が州政府の首相に就任した。こうなったのは、本来得票率10%程度の緑の党が福島原発事故の影響により、普通なら連立でイニシアチブを取る社民党より議席が多くなったからである。

緑の党の政権ができて、ドイツ経済にとって重要なこの州は今後どうなるのだろうか。この政党にはどんな経済政策があるのだろうか。こんな点に興味を覚えて私はシュトゥットガルトへやって来た。幸い短期間に緑の党のいろいろな政治家に会って話を聞くことができた。

緑の党というと、日本をはじめ外国では環境問題一本やりと思われている。ドイツでは抗議政党というイメージがある。この党は1980年に設立されたが、最初のうちは、環境破壊、原発、NATO軍拡に反対してデモをする人々の政党というイメージが強かった。でもこの党の出発点はそれだけではない。例えば託児所に子どもを預けることのできない母親が集まって交代で面倒を見るといった互助的な市民運動もその一つで、昔ならキリスト教関係者が携わっていたことである。

最初の10年間は、緑の党は既成政党と一線を画して抗議運動にとどまるべきだとする意見が強かった。ドイツ統一後の1990年代に入ると、議会主義者が主導権を握り、緑の党はいろいろな州で連立政権に参加するようになる。連邦でも1998年から2005年まで社民党のシュレーダー首相と連立政権を組んだ。また保守のキリスト教民主同盟と連立している州もある。このように緑の党もかなり変わったのだが、ドイツ国内では反対ばかりしているというイメージは完全には払拭(ふっしょく)されていない。

M305-0007-2クリスティアン・キューン氏はバーデン・ヴュルテンベルク州の緑の党・党首である(写真左2)。彼は、経済界からソッポを向かれたら、次の選挙で得票率が24%から10%以下に逆戻りすることを肝に銘じているようで「1番いいタイミングで緑の党・政権が誕生したことが州民に分かってもらえる」と私に語った。

キューン党首は、この州では高性能で、豪華な自動車、プレミアムカーばかりが製造されてきたという。現在ユーロ安もあって世界中、特に中国市場で売れている。でもこのような自動車が今後も売れるかどうかは疑問。緑の党は長年、車のダウンサイジングを要求してきたが、今ではメーカーが競ってこのアイデアを実現しようとしている。

「このように今まで反対していた人々が自発的にわが党の政策を実現しようとする例は産業界にとどまらない。政界も例外ではない」と言って、キューン党首はメルケル首相の「脱原発」を皮肉る。自動車産業が雇用の維持に重要なこの州の緑の党はポスト化石燃料に備えなければいけないという。彼は自動車メーカーの下請け、また下請けの下請けといった中小企業を気に掛ける。

電気自動車が普及するためには人々の頭の中で自動車の概念が変わっていかなければいけない。彼は、その例としてカーシェアリングや新タイプのレンタル制度を説明した。このような新しいシステムや習慣が受け入れられるために市民運動が必要になるが、これには緑の党が適役だと、キューン党首は強調する。

彼と話しているうちに、シュトゥットガルトの近くの大学都市チュービンゲン市長のことが思い出された。彼も緑の党の政治家で、市長に就任した途端、公用車をベンツから二酸化炭素の排出量が少ないトヨタ・プリウスに換えて物議を醸した。もう4年余り前のことで、当時面白いと思ってコラムの中で触れた3。もっと面白かったのは、この市長はその後プリウスからベンツ社のスマートに乗り換えたことである。ベンツ本社を訪れてプレス担当者と話しているときに、私は偶然このことを知る。郷土愛のために小さい車で我慢するこの政治家に感銘を受けた。

ドイツもそうであるが、世界各国でより環境に優しい経済活動の在り方が議論され、特に経済成長率という尺度が問題視されている。というのは、多くの国で経済成長を追求するためにバブルや財政赤字を招来させることになったからである。

この数年来、米国では「グリーン・ニューディール」と呼ばれ「持続可能性」という基準を中心に据えて資本主義経済体制を改造する試みがある。ニューディールとは前世紀30年代に当時の米国大統領ルーズベルトが恐慌を克服するために実施した政策で、雇用・景気振興を目的に大規模な公共事業を展開した。行き詰まっている点では当時も今も似ていて、だから「ニューディール」になるのかもしれない。でも当時と今では状況は異なる。資源の「持続可能性」のために公共事業を出動して財政赤字を増やしたら、今度は財政上の「持続可能性」が困難になる。

バーデン・ヴィルテンベルク州は財政赤字を抱えていて、2020年までに新規借り入れをゼロにしなければいけない。このような条件下にある以上、キューン党首は「持続可能性」だけでなく「実現可能性」の問題に直面していることになる。でも彼は、あまりコストをかけないで創意や工夫を生かすことによっても経済政策を展開することができると楽観している。

ここで冒頭の「シュトゥットガルト21」に戻る。これは頭端式ホームのシュトゥットガルト中央駅を通過型の駅にする建設計画である。町の真ん中にある建造物を取り除いて線路を敷くことができない以上、工事は、駅だけでなく周辺50キロメートル以上に及ぶ路線も地下に移すことになるといわれる。

このプロジェクトは成長経済時代の名残で持続可能性の基準を満たさないために、緑の党は反対してきた。長年与党だったキリスト教民主同盟と自民党が推進し、社民党も同調し建設が決まった。緑の党・州政府は、法的には工事を阻止することができないだけでなく、工事現場を守るために警察を派遣して建設に反対するデモを規制しなければならなくなり、これは、今まで緑の党を支持してきた人々を失望させる結果になる。

ドイツは脱原発にかじを切りエネルギー政策の転換を図ろうとしている。このためには、高圧送電線や揚水発電所(蓄電施設)の建設が必要になり、揚水発電所はこの州にある風光明媚(めいび)な「黒い森(シュヴァルツヴァルト)」に予定されている。どちらの場合にも住民の猛烈な反対が予想される。地元紙マンハイマー・モルゲンポストの記者で緑の党をよく知るペーター・ラインハルト氏は「緑の党の政権は、市民参加モデルで住民を説得して建設プロジェクトの実現に成功するかもしれない。でも緑の党に裏切られたと感じる住民も出てくる」と言う。彼は、緑の党がこの州のためにいろいろ貢献しても、本来の緑の党の支持者からソッポを向かれて次の選挙では負けるのではと予想する。

キューン党首が「1番いいタイミングで緑の党の政権が誕生したことが州民に分かってもらえる」と言った真意は果たして何なのだろうか。

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1 筆者撮影。デモをする男性が持つ看板には「上にとどまれ」と書いてある。駅が地下に移転しないで地上にとどまるべきだという意味
2 筆者撮影
3 http://www.geocities.jp/tanminoguchi/20070220.htm

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(2011年7月21日作成)