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ドイツのビール業界

発行:2014/08/20

概要

ドイツには地域に根差したビール醸造所が多数あり、市場は群雄割拠の状態にある。しかし、ビールに対する需要は1976年以降から減少傾向にあり、実際に閉鎖したり他のメーカーに吸収されたりする醸造所もある。反対に小規模メーカーが新たに登場し、結果的に全体の醸造所数には大きな変化がない。今回、ドイツのビール業界の現状について概説する。

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ドイツでは祭りというとビールを飲み、ビールを飲むために祭りがある。そう感じられるのは、私がビールと縁の深い南ドイツ・バイエルン、それもミュンヘンに長年暮らしているからかもしれない。

夏にはバイエルンの村や町で巨大テントが張られて夏祭り。楽団が昔なじみの音楽を演奏し、飲んで騒ぐ。秋になるとミュンヘンで有名なビール祭りの「オクトーバーフェスト」。そのうちに「冬ビール」が出回る。クリスマス・ビールを楽しんでいるうちに年が明けて、今度はアルコールの含有量が高いビールの祭り。その後、カーニバルでビールを飲んで騒いでいると、春のビール祭りになる。

2014年、私は日本の知人と一緒に春のビール祭りを訪れた。彼はビールを飲んでどんちゃん騒ぎをするドイツ人の体力に感嘆し、反対に日本人がだんだんビールを飲まなくなりつつあると残念がった。

着実に進むビール離れ
しかし、ドイツも日本と同じで実はビール消費量の減少が見られる。それも、日本よりも昔からのことで、業界関係者はよく嘆くが、ドイツ人はこの状況にもう慣れているところがある。

【1人当たりのビール消費量】 (単位:リットル)
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上のグラフ1が示すように、1976年こそドイツビール業界の誉れ高き年だった。第2次世界大戦によりドイツは敗戦国となり、ドイツ国民は以前よりもビールを飲むことができなくなった。しかし、その後の経済復興とともに、1976年には1人当たりの年間消費量が150リットルを超えた。だが、1976年以降の消費量は下がるばかりで、2011年は約107リットル、35年間で実に45リットル近くも減ったことになる。

とはいっても、今でもドイツ国民は145リットルのチェコ、108リットルのオーストリアに次ぐビール飲み大国で2、日本の43.5リットル3の2倍以上もあり、日本のビールメーカーから見たらうらやましい話かもしれない。

1976年以降、ゆっくりではあるが、着実に進行するドイツ国民のビール離れにはさまざまな原因がある。一例としては、バカンスで南欧へ行き、そこでワインを飲む習慣がドイツ国民の間で広がり、ワインの需要が増大しつつあることなどだ。しかし、そういったビール離れが見られていても、今でもアルコール飲料の中では、ビールが一番好きだというドイツ国民は多い。彼らはビアガーデンやビアホールが大好きで、既に触れたビール祭りなどのイベントは昔より動員力がある。

ドイツ国民のビール離れの原因は、人間関係の変化といった日常生活の深いところに根差す。以前は飲み仲間同士でビールを大量に常飲することが多かったが、経済の在り方と社会の価値観が変化し、ビールを媒介にした仲間同士の関係が成立しなくなりつつある。少し前にある雑誌4が691人を対象にビールに関するアンケート調査をしたが、その回答も、またそれ以上に質問も示唆的であった。

例えば、回答者の68%は「仲間同士のもめ事は、冷たいビールを飲んで解決すべき」と考えている。ビール消費量が高かった1970年代ごろでは多数の人が行きつけの飲み屋を持ち、顔見知りと夜ビールを飲みながら延々と世間話をした。彼らは乾杯したり、肩を叩いたり、また何か理由を付けては勘定を持ち合ったりした。このような飲み仲間の間では、ビールを飲んでいると互いに腹を割って話すことができ、問題は起こりづらいという考え方が一般的だった。しかし現在は、けんかなどのもめ事が起こったときの仲直りの手段としてビールを飲む傾向があるようだ。

また、1970年代ごろは現在と比較にならないほどのたくさんの居酒屋があった。田舎では平日だけでなく、日曜日の朝に行われる教会のミサの後も仲間同士でビールを飲む人が多かった。一緒に座って話すことが重要であるために彼らの飲み方はゆっくりで、つまみなどはない。ゆったりと流れる時間を共有するのが重要で、そのために、スポーツで汗をかいた後グラスを一気に空っぽにしたり、独りで黙ったまま飲んだりする日本のビール文化とは対照的だった。

他に、ビール消費量の推移に関して、工場労働者、農業従事者、職人など体を動かす分野の職業従事者の存在も関係する。彼らはビールを大量に常飲する文化の担い手といえるだろう。しかし、これらの分野の従事者は現在ドイツ社会で少数派となりつつあり、それに伴いビールに対する需要も下がっていく傾向が見られる。

M305-0031-2ビール醸造の工業化
ビールは19世紀にはその生産量から英国が世界有数であった。ところが現在、ドイツが世界中でビールの「本家」のように思われている。これはビール醸造の工業化に関連して、この国が重要な役割を演じたからだ。まず、工業化されて世界中に広まったラガービールはバイエルンの地ビールであった。ちなみに「ラガー」とは、本来「貯蔵」という意味のドイツ語である。

次に工業化に重要な冷凍技術の発祥の地もドイツで、カール・フォン・リンデ(写真上5)が1873年ミュンヘンのシュパーテン醸造所で初めて冷却装置を完成させた。この発明により、それまで冬期に限られたラガービール醸造が一年中可能になり、ビールが大量生産される道が開かれる。

しかし、皮肉なことに工業化によるビールの大量生産は、その端緒になったドイツではなかなか進まなかった。1870年にはバイエルンだけでも約6,000軒、全ドイツでは2万軒のビール醸造所があった。工業化が始まった後もビール醸造マイスターによる家内制手工業の伝統が強く、例えば、1906年でもビール醸造所はドイツ全国で9,565軒もあった。下表6から分かるように、第2次世界大戦が勃発する1939年には1,730軒に減っている。これは、第1次大戦後この国にハイパーインフレや大恐慌があったからである。

【ドイツのビール醸造所の推移】
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第2次世界大戦の敗北や経済的混乱で、醸造所数はさらに1,200~1,300軒代のレベルまで減る。とはいってもその数は多く、また上表の最下段に表示された1事業所平均従業員数から、醸造所の規模は非常に小さいことが分かる。

このような事情を考慮すると、ドイツでは職人的なビール醸造と工業的大量生産の両方が最初から併存したまま現在に至っているように思われる。この状況はソーセージやパンと似ていて、どちらも工場で大量生産されるが、同時に今でも町の肉屋やパン屋が早起きして製造している。

群雄割拠-ドイツのビール市場の特徴
このようなドイツのビール業界は、国際的に見て特別なのかもしれない。ビール業界の寡占度についての国際比較(2007/2008年)7によると、100%のメキシコ、韓国、99%のトルコ、アイルランド、97%のデンマーク、90%のポーランド、ハンガリー、89%のブラジル、日本、84%のカナダ、79%の米国、チェコ、75%のインド、オランダ、67%のフランス、66%のイタリア、63%のオーストリアといった具合で、小数の巨大メーカーが市場を席巻している国が多い。ところが、ドイツはこの点で例外的で、上位3社のシェアを合計しても33%にしかならない。

2013年時点での報告によれば、ドイツには1,349軒の醸造所が存在するとのことだ。ちなみに、1995年時点での醸造所数は1,282軒であった。既に述べたように、第2次世界大戦後に醸造所数は1,200~1,300軒のレベルまで低下しているので、この数はこの半世紀の間あまり大きな変化がないことを示している。

それでは、上記1,349軒の醸造所の規模の内訳を見てみよう。全体の68%に相当する924軒は、年産500キロリットル以下の小規模メーカーである8。次に年産10万キロリットル超の大手メーカーは28軒で、全体の2%を占めるにすぎない。残りは年産500キロリットル超~10万キロリットル以下の醸造所を含むグループで、その数は397軒と全体のほぼ30%になり、下のような円グラフになる。

【醸造所の規模と数】
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次は、醸造所の規模とドイツ全体のビール生産量886万リットルとの関係である。年産10万キロリットル超の大手メーカー28軒(2%)が、ビール生産量のうち全体の62.3%を占めている。反対に、年産500キロリットル以下の小規模メーカー(68%)で製造されるビール生産量は、全体の0.9%に過ぎない。また、年産500キロリットル超~10万キロリットル以下の醸造所を含むグループのビール生産量は36.8%で、グラフにすると下のようになる。

【規模と全体の生産量に占める割合】
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年産10万キロリットル超の大手メーカーは2013年時点で28軒だが、1994年では27軒だった。このような大きなビール醸造所の数は、過去20年の間あまり増減がない。小規模のビール会社が多いドイツでは、年産5万キロリットル・レベルの醸造所は大きい規模と見なされている。とすると、上のグラフにおける年産500キロリットル超~10万キロリットル以下の醸造所を含むグループには、さまざまな規模の醸造所が含まれていることになる。この規模のメーカーは、下のグラフが示すように、1994年には647軒もあったのが、2013年の時点では397軒に減ってしまった。

【年産500キロリットル超-10万キロリットル以下の醸造所数】
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ところが、全体の醸造所数は過去20年間1,300軒ぐらいの水準にとどまっており、その数に大きな変化はない。それは、下のグラフが示すように、年産500キロリットル以下の小規模メーカーが増加しているからである。実際にそれら小規模メーカーは1994年にはまだ625軒だったのが、2013年には924軒まで増加した。

【年産500キロリットル以下の醸造所数】
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それでは、上記のさまざまなグラフの数字から見られる変化は何を意味するのだろうか。長期的に見て年産500キロリットル超~10万キロリットル以下の醸造所の数は減少しているが、特筆すべきは、年産500キロリットル以下の小規模メーカーは、全国プレーヤーの大手醸造所に対して独自の路線を守ってきたローカルビールの醸造所であるということだ。

年産500キロリットル以下の醸造所で生産されたビールは「地ビール」といわれ、地域に根差し、住民から「私たちのビール」と受け入れられてきた。従って、テレビなどで広く宣伝されたり、スーパーなどで販売される全国プレーヤーの瓶や缶のビールに対抗できた。そのために「ビールの本家」の市場は寡占化されず、結果的に巨大なグローバルプレーヤーというべきビール会社も誕生しなかった。この今も昔も続く群雄割拠こそ、ドイツのビール市場の特徴である。

現在、ビール需要は低下傾向にあるが、このことはドイツのビール業界全体が慢性的な過剰生産を行っていることを意味する。現在過剰分は35%といわれているが9、この結果は激烈な価格競争をもたらし、ローカルビールのメーカーの中には、閉鎖したり、他のメーカーに吸収されてしまったものもある。そのため、年産500キロリットル超~10万キロリットル以下の醸造所を含むグループは、647軒から397軒まで減ったということになる。

10年以上も前のことだが、ドイツの有名なビールの醸造所がグローバルプレーヤーというべき巨大ビールメーカーに買収されて話題になった。しかし、業界関係者によると、現在、国際的投資家にとってドイツのビール業界ほど投資的魅力に乏しい市場はないそうである。その理由は、市場縮小傾向とビール常飲者の低価格志向のためだ。名前の知られた大手メーカーのビールもボックスで購入すると、0.5リットル瓶が50セント(約70円)で買える。

それほどビール醸造が商売にならないのなら、なぜ年産500キロリットル以下の小さな醸造所の数が増大しているのであろうか。
実際に上記よりも小規模である年産100キロリットル以下の醸造所は、2006年にその数は523軒であったのが、668軒まで増加したが、この一因として成功したドイツ料理屋が顧客と近隣の住民をターゲットにビール醸造を始めることが多いことが挙げられる。

もっとも中には、現在のドイツのビールの在り方に批判的な醸造業者もいる。彼らの見解では、ビールは、その土地の水と麦とホップを材料に醸造マイスターの工夫によって創造されるものであった。今でもドイツでは1516年に制定された「麦芽と酵母とホップと水」のみを材料にする「純粋令」が順守されているが、批判的な醸造業者によれば現実は工業化によって既にビールの個性は失われてしまっており「地ビール」といってもラベルだけの話で、違うのは作られる醸造所の規模の大小だけだという。とはいっても、そういう彼らの醸造するビールのシェアは、わずかである。

現在、食料品業界は有機食品ブームであり、また地産地消を意識した食生活を送る人々が増えている。彼らのビール観もこのような流れと共通しており、長い目で見れば、市場から受け入れられていくのかもしれない。

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1 http://www.brauer-bund.de/download/Archiv/PDF/statistiken/120319%20Bierverbrauch%20in%20Deutschland%20bis%20einschliesslich%202011%20-%20Homepage.pdf
2 Beer statistics 2012 edition(下記URL)
http://www.brewersofeurope.org/docs/publications/2012/stats_2012_web.pdf
3 http://www.kirin.co.jp/company/news/2014/0108_01.html
4 http://www.presseportal.de/pm/32294/2684300/umfrage-maenner-wollen-frisch-gezapftes-bier-mehrheit-wuerde-aber-eher-auf-den-gerstensaft-als-auf
http://www.menshealth.de/life/lifestyle/sex-fuer-maenner-wichtiger-als-bier.275762.htm
5 掲載許可は、へルマン・リンデ氏より取得。
6 ビール醸造に関する歴史的統計数字は、Wernet, Karl Friedrich:Wettbewerbs- und Absatzverhältnisse des Handwerks in historischer Sicht, Band 1, P244-246.
7 http://fzarchiv.sachon.de/pdf/Getraenke-Fachzeitschriften/Brauindustrie/2008/09_08/BI_09-08_10-15_M_und_A_in_der_deutschen_Brauwirtschaft.pdf
8 ここから使用するドイツのビール業界のデータは、以下のウェブサイトに掲載されている。
http://www.brauer-bund.de/download/Archiv/PDF/statistiken/2013_Braust%C3%A4tten.pdf
9 http://www.ngg.net/branche_betrieb/getraenke/branchen_info/branchenbericht-brauwirtschaft-2013.pdf

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(2014年8月8日作成)