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不幸な星の下に生まれた通貨-「ドイツの一人勝ち」なのか(1)

  • 発行:2018/08/22
  • 記事提供:美濃口 坦

概要

ユーロ危機が長引くにつれて、欧州だけではなく国際社会でも「ドイツの一人勝ち」といわれている。これは、危機に陥っている欧州連合(EU)加盟国(ユーロ圏)を犠牲にしてドイツだけが繁栄していると思われているからだ。しかし経済指標の数字を見ると、ドイツ経済は好調であるものの、ユーロ危機で「得をしている」わけでない。

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もうかなり前から「ユーロ圏はドイツの一人勝ち」とか「ドイツだけがユーロで得をしている」などといわれる。それも欧州だけではなく世界中で、日本でもよく耳にする。そういわれるのは2008年の金融危機、その後のユーロ危機以来、経済的に困っている周辺国を尻目にドイツだけが繁栄していると思われているからだ。確かにドイツ経済は、現在のところは好調である。しかし「一人勝ち」という以上、負けた犠牲国がいることになるが、勝ち負けの図式を当てはめることが本当に可能なのだろうか。

ユーロ危機は、2012年の欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁による「ユーロ存続のためいかなる措置も辞さず」との発言以来、小康状態にある。とはいっても問題解決の先送りが繰り返されてきただけで、危機国の閉塞(へいそく)した状況は、EU加盟国の選挙で欧州連合(EU)/ユーロ反対派が票を増やすことに反映されている。イタリアでは、EU批判をスローガンに掲げる政党の連立政権まで登場した。

「ドイツの一人勝ち」は経済現象であるが、ドイツ批判であり、政治的メッセージでもある。ここではまず、経済的にどこまで本当にそう言えるのかを検討する。

雇用の分配
欧州では、経済指標の中でも失業率が重要視される(表1参照)。この表の左端は2018年4月の各国の失業率で、3.4%のドイツはユーロ圏主要国の中では最も低い。このため、南欧のフランス、イタリア、スペイン、ギリシャの高い失業率と比べると「ドイツの一人勝ち」の印象を強めるかもしれない。またこの表にはないが、フランス20.4%、イタリア31.9%、スペイン33.8%、ギリシャ43.2%という2018年5月の若年層失業率の数字は悲惨である。

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失業率は経済活動の指標である。一方、2006年から2016年までのドイツの平均成長率は1.2%にすぎず、下から数えた方が早く隣国から羨ましがられるほどの水準ではない。次に、失業問題は雇用の分配という構造的な問題とも関係する。若者の大量失業もその例だ。

富の偏在を批判し、その公平な分配を要求する人々も雇用の偏在には見て見ぬふりをする。その方が多数派の就業者を敵に回さないで済むからだ。ドイツ社会民主党(SPD)のシュレーダー首相(当時)は、ゼロ成長を繰り返す経済の停滞と500万人の大量失業を背景に、2003年以降労働市場改革を行い、雇用を柔軟に配分して失業者を持続的に減らすことに成功した。

この数年来、シュレーダー改革は批判されているが、それは「喉元過ぎれば熱さを忘れる」からかもしれない。失業者が多い国からドイツに来た人は、非正規雇用の増加について「働けるだけマシ」と言うことが多い。多くのドイツ国民は、改革の賛成・反対とは別に、自国の完全雇用に近い状態をこの改革の結果と見なし、ユーロ危機と関係があるといわれてもぴんとこない。

表1では、ユーロ危機以前の2000年から2009年までの前半と、危機が本格した2010年から2014年までの後半を区別して年平均失業率を示した。ユーロ危機勃発の2010年を境に、多くのユーロ圏の国で平均失業率が上昇に転じたが、ドイツは(スロバキアと同じように)低下した。この点こそ、ドイツ経済がユーロ危機で困っている隣国の犠牲の上に好調に転じたと思われる事情かもしれない。

ドイツ経済の欧州離れ
ドイツが「一人勝ち」する次の要因は、工業国ドイツの強い輸出力にある。欧州統合が進み、共通通貨・ユーロが導入された結果、加盟国は以前のようにペセタやリラ、フランなどの自国通貨を切り下げて防備することもできない。競争力のあるドイツ企業に自国市場をじゅうりんされるばかりだという。こうして(日本でもその著書が読まれているフランスの知識人の見解によれば)「ユーロはドイツが一人勝ちするシステム」ということになる。中には、共通通貨ユーロの導入はドイツが(ナチのように)欧州を支配するために、この結果を見越してイニシアチブを取ったと主張する人もいるそうだ。

工業・技術力が強いというドイツのイメージは世界中に浸透しているので、国際社会がドイツの「弱者いじめ」と思うのも当然の成り行きであるのかもしれない。とはいえ、これは思い込みのようなもので、経済現象とはあまり関係がない。

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出所:ドイツ連邦統計庁の資料を基に筆者作成

表2はドイツ連邦統計庁の数字を基に筆者が作成した。この表には出ていないが、ドイツは毎年着実かつ安定的に輸出を伸ばしており、2011年に1兆ユーロを超えた。1994年と1997年にはユーロは導入されていなかったが、後にユーロ圏に加盟した国のシェアを加算して表2に示した。また右端にはドイツの輸出全体の金額を表示しているので、例えばユーロ圏に輸出されたシェアを金額に換算できる。

この表から分かるように、ドイツの輸出先としての欧州、EUの重要度は下がる傾向にある。これはグローバリゼーションに伴い、米国や中国などがドイツにとっての重要な取引先になったからだ。また、欧州内部でも非ユーロ圏が重要度を高めている。ここには英国やスウェーデンなどのおなじみの国も含まれているが、西欧に追い付こうとするポーランド、チェコ、ハンガリーなどの東欧圏・キャッチアップ組が非ユーロ圏シェア拡大のモーターである。

次はユーロ圏である。1994年には47%だったシェアが2016年には10ポイント以上も減り、37%以下になった。輸出大国の「ドイツの一人勝ち」だというのなら、ユーロ危機が始まった2010年から「犠牲国集団」というべきユーロ圏でドイツの輸出シェアがもっと拡大してもいいような気がするが、事実はそうではない。

EU内の貿易については昔からすみ分けができているといわれる。北の国の人々は南の太陽に憧れてバカンスに行き、自国にないワインを輸入する。フランスやイタリアのメーカーは小型のクルマに、ドイツは図体の大きい車の生産に特化している。欧州の域外の競争相手に対して団結して防御に当たるが、ドイツのメーカーが隣国のメーカーをねじ伏せる姿など想像できなかった。だからこそ、ユーロ導入まで揉めずに欧州統合を進めることができたのではなかったのか。

期待外れのユーロ
ユーロ導入前には、為替両替手数料が省けたり、相場の変動リスクがなくなったりして加盟国の間の商品もサービスも、また資本の流れも活発になると期待された。ところが結果はウィン・ウィンにならず、今やドイツだけがユーロ導入によって得をしたといわれる。そこで、ここからもう少し丁寧にこの事態を眺めてみたい。

EUならびにユーロ圏の現実を理解するのに役立つと思われるのは、下記のグラフ1と2である。Ifo経済研究所のエコノミストがユーロスタットの数字に基づいて作成した。グラフではそれぞれEU内での輸出と輸入について、ドイツとフランス、また「北ユーロ圏」「南ユーロ圏」ならびに「北欧」「東欧」といった具合に加盟国もしくは加盟国グループのシェアを棒グラフで表示している。それも、ユーロの名称が決まった1995年から2015年までを5期間に分けてグラフの棒の色が白から黒に変わるので、状況の展開を時系列でたどることができる。

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

グラフ1から分かるように、EU内の輸出全体に占めるドイツのシェアは上がり下がりが小さくて横ばいに近い。次にグラフ2から分かるように、フランスも「南ユーロ圏」加盟国も、一度だけ微小ながら上向きに転じることはあるものの、大抵は輸入シェアを減らすばかりである。この期間、輸入を増やしているのはキャッチアップ組のいる「東欧」で、そのおかげでドイツはその輸出シェアを減らさずに横ばいで済んだことになる。これは表2と関連してすでに述べたことのコンファームである。

次にグラフ1と2を眺める。ユーロ導入で緩やかでも右肩上がりになったのは輸出シェアでの「北ユーロ圏」で、このグループにはオランダ、ベルギー、フィンランド、ルクセンブルク、オーストリアが属する。中でもオランダがいろいろな分野(工業、農業など)で商売熱心だとされている。例えば、ユーロ導入後に競争力を失ったギリシャがトマトを北欧のオランダから輸入するようになった。

次に輸出でも輸入でも右肩上がりは「東欧」で、このグループには、途中からユーロ圏に加盟したスロベニア、スロバキア、バルト3国も、また自国通貨を持ち続けるポーランド、チェコ、ハンガリーなどが属する。ユーロ組もそうでない国も同じように元気である。ユーロというより、生活水準を少しでも向上させたいという意欲が重要であるかもしれない。

ちなみに筆者は、2010年に財政破綻したギリシャへの支援が議論されていたころ、前年にユーロ圏に加盟したばかりのスロバキアの経済関係者と話したことがある。彼は、自国民より生活水準の高いギリシャ国民の支援に加わることなど絶対に嫌だと言っていた。

すでに述べたが、ユーロが加盟国の間の物とお金の流れを盛んにすることが期待された。ところが、物の流れに限ると、フランスも南欧のユーロ圏加盟国も、1995年から2015年まで輸出シェアを減らす一方である。輸入は一度だけごくわずかながら上向きになるが、おおむね下降するばかりだ。

「南ユーロ圏」の国々は、2008年の金融危機や、その後のユーロ危機でお金が流れて来なくなり、経済が沈滞したように自分でも思い、また多くの人々から思われている。ところが、本当は危機が始まる前に元気がなくなっていたことになる。またグラフ1と2にも右肩上がりのケースは少ないし、あってもユーロのおかげかどうかもはっきりしない。これらのことを考えると、今までのところユーロは期待外れの通貨といえるだろう。

ドイツが得しているはず
共通通貨ユーロのこれまでの展開を知るために、ここまでEU内の貿易、すなわち物の流れを眺めた。南欧周辺国では1995年蛇口を開いたときには普通に流れ始めたのが、危機の勃発前にすでに流れがだんだん細くなっていたことが判明した。ユーロ導入に当たって期待されたもう一つの効果は、お金の流れが盛んになることだ。

お金の流れ具合について参考になるのは、EUの投資全体に占める加盟国やそのグループが占めるシェアを表示するグラフ3(下記参照)で、これもグラフ1と2と同じようにIfo経済研究所で作成された。

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

上記グラフで重要なのは「南ユーロ圏」である。このグループにはギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン、アイルランドが属するが、これらの国の中にはマルクに対して何度も通貨を切り下げたところがある。ドイツマルクと同じハードカレンシーのユーロになることが1995年に決まった途端、為替変動リスクもなくなり、これらの国の利息もドイツに限りなく接近し、円滑に借金することが可能になった。

こうして、上記の棒グラフが示すように「南ユーロ圏」に投下された資金のシェアは1995年から2008年まで急上昇し、どの地域よりも大きい。金融/ユーロ危機の結果、投資シェアは下降してもシェアはユーロ圏最大である。この事情こそ、ユーロ圏に固有の予算を設けて危機国に財政移転をするべきという改革案に説得力を覚えない人々が気にする点である。

ドイツマルクの信用は戦後西ドイツが営々と築き上げたもので、南欧の隣国が低コストで借金できるようになったのもこのマルクの信用のお裾分けにあずかったからである。その結果は、残念にもバブルで、大量の不良債権が発生しユーロ危機につながった。

当時「欧州の病人」と呼ばれて低迷していたドイツ経済は、このインフレ気味のブーム(バブル)で物価が上昇した「南ユーロ圏」の加盟国に対して輸出力を強めた。この結果、長年患っていた悪性の経済的停滞から立ち直ることができたという。これが、経済学者のポール・クルーグマン氏をはじめ米国で主張されている「ドイツが得した」説である。

表2やグラフ1で見たように、当時、南欧周辺国に対するドイツの輸出が伸びたわけではない。南欧の周辺国で価格が上昇したのは不動産で、こればかりはドイツが逆立ちしても輸出できない商品である。次に、ドイツの企業にとってEU圏外の企業との競争が重要である。インフレ気味になることはユーロのレートが高くなることになり、ドイツの輸出産業に不利になる。とすると、どちらかというと「ドイツが得した」のではなく、その反対にならないだろうか。

危機勃発後は南欧周辺国の経済が弱くなり、ユーロのレートが低くなると、今度はドイツが欧州の外で輸出力を強めてもうけていると批判される。この点だけを取り上げるとその通りであるが、ドイツの自動車メーカーが中国で利益を上げたからといって、例えば、南欧周辺国・ギリシャが損するわけでない。この国はオリーブオイルや果物などで南米と競合しているので、ユーロが下がるのは、本来悪い話ではないはずだ。

レートが低いと輸出においては有利である。でも喜んでばかりいるのは考えものだ。これは国民が輸入品に余計にお金を支払うことになり、言い換えれば輸出企業に助成することでもある。これは輸出企業を甘やかす「通貨ドーピング」になり、長期的には競争力を弱めることにならないか。反対にレートが上がると(原油などの)輸入製品は価格が下がり、その分だけ購買力が増大するので歓迎される。経済では何かあったら、もうける人も損をする人も出てくるので、ある国が得したとは一概にはいえない。

周知のように、ユーロは大きな期待を担って導入されたが、物流では期待外れといえ、お金の流れは激しくなってバブルまで起こした。これまでのところいい話がない。経済的にうまくいっていない隣国は、やり場のないストレスをドイツに向けて「ドイツは得しているはず」と思いたいのかもしれない。でもこれは、自国の抱える問題をドイツに責任転嫁していることになり、今後の展開次第では、今以上に厄介な紛争のもとになるかもしれない。

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(2018年8月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

自分から出て行く―ドイツのユーロ離脱の可能性

発行:2012/02/08

概要

ドイツは経済人が個人的に政治について発言することはあまりない国である。ところが、このままユーロに固執することがドイツ国民によくないと発言した経営者が出て来た。

格付け機関がユーロ圏加盟国・国債を格下げした。格下げの対象となった国は高利子を払うことになり財政悪化がますます進行し、加盟国会議が開催され救済決議がなされる。間もなくすると、これでは十分でないことが分かり、格付け機関も再格下げを検討。また当該加盟国の財政悪化が懸念され加盟国会議になり救済決議。しばらくするとその救済策ではまた不十分なことが分かり、また格付け機関が格下げを行い…。

同じような会議を繰り返すたびに救済に必要な金額が膨れ上がる欧州諸国を見ていると、1814年のウィーン会議を連想する人がいるかもしれない。ナポレオン戦争終結後「欧州新秩序」を確定するためにウィーンで会議が開かれたが、各国の利害が衝突し権謀術数が渦巻き「会議は踊る、されど進まず」といわれた。今回も「メルコジ」の舞台裏では「欧州新秩序」についての独仏間の確執が続いているのではないのだろうか。

M304-0001外からは、同じことの繰り返しのように見える21世紀版「会議は踊る」も、ドイツ国内ではこのところ雰囲気が変わりつつある。少し前のシュピーゲル誌に冷温技術とプラントで有名なリンデグループのヴォルフガング・ライツレ社長(写真左1)とのインタビュー2が掲載されたが、これもこの雰囲気の変化を示唆するのかもしれない。

ライツレ社長のように現役の実業家が、政治的に微妙な問題について、それも、通り一遍な発言でなく具体的に自らの考えを話すのは異例である。彼は経営者として評価が高いが格別の卓見を披露したわけでなく、ドイツ国民が漠然と感じていたことをはっきりと述べただけである。

メルケル首相に代表されるドイツ国民が今までこの問題で絶対に譲れないと抵抗してきたことがある。それは、(1)欧州中央銀行に加盟国の国債を購入させないこと(2)ユーロ圏共同債を導入させないこと、この2点こそ、ドイツを譲歩させて何とか実現しようとフランスが画策していることである。反対に、これを実現させないことに関してはドイツ国民の間にコンセンサスがあるとされ、意見が分かれるとすれば、それは問題解決のためにどこまで例外を認めるかという点である。

(1)の欧州中央銀行の国債購入は、財政破綻国の利子負担軽減のためにすでに実施されている。インフレの危険からこれが「禁じ手」であることは、ライツレ社長もインタビューの中で指摘している。ところが、財政破綻国にとって改革は何年もかかり、国際市場はそれまで待ってくれないことを考慮すれば、財政破綻国の改革を成功させるための国債購入は当面はやむを得ないというのが彼の見解である。

ドイツ国民は、ギリシャ援助、欧州金融安定ファシリティーにしろ資金を提供してきたが、(2)のユーロ共同債には反対する。その理由は、共同債導入が自国の借金をユーロ加盟国全体の借金に書き換えることになり、その結果、ユーロ圏で財政規律のある加盟国が財政放漫国の借金の片棒を担ぐ体制になることが懸念されるからである。

ドイツには、欧州中央銀行による国債購入にしろ、金融安定化のための援助にしろ、財政放漫国の財政規律の改革や回復・強化に役立たず、単にドイツ国民の負担を増大させるだけの結果になることを恐れる人がいる。これまでギリシャで起こったことを見る限り、この危惧に全く根拠がないとはいえない。

ライツレ社長もインタビューの中でこの点に触れて「支払う税金の半分以上が隣国の赤字財政の補填(ほてん)に使われるようになったら、ドイツ国民の中にユーロ救済に対する支持はなくなる」と指摘して、「自分は、何が何でもユーロを維持しなければいけないという見解を取らない、また隣国が財政規律を持たないのであればドイツのユーロ圏脱退を必ずしもタブー視するべきでない」と述べている。

ドイツが昔のように単独通貨・マルクに戻ったら「マルク高」になり、輸出産業が軒並み打撃を被り失業者が増大するのではないか、というのはドイツでユーロを維持しようとする人々が今まで繰り返してきた警告であった。それに対して、ライツレ社長は、そのことをあまり恐れるべきでないとする。確かに厳しい状況が数年間ぐらいは続くかもしれないが、この試練によって、ドイツ企業はかえって世界市場で競争力を持つようになると予想する。彼がこう思うのは、自国のためであろうが、隣国のためであろうが、大量の財政赤字を抱え込むことは、ひいては経済の活性化を奪うと考えているからだ。

これまで似たようなことを言う人はいたが、ユーロ維持派は聞こえないふりをするか、そうでなければ実行不可能な非現実主義として無視していた。相手がドイツを代表する会社の経営者の発言となるとそうもいかないのかもしれない。

私が面白いと思ったのは、ドイツが「自分から出て行く」と言っている点である。というのは、以前であればギリシャやポルトガルなどの財政放漫国に対してユーロ圏から出て行けと言うことが多かった。

ある意味で「自分から出て行く」と言い出すようになったのは、ドイツの孤立感の表れかもしれない。欧州中央銀行の国債購入に抵抗したり、またユーロ共同債に反対することを理解させることは、米国やアジアだけでなく欧州内でも非常に難しくなりつつある。というのは、デフォルトに陥る国が出て、その結果、厄介な連鎖反応が発生することを、誰もが恐れるからで、この結果問題が先送りされ、ドイツ政府もこの圧力に本当は抵抗しきれなくなっている。

ユーロについてのニュースが流れたら耳をふさいだり、あるいはドイツが逃れることのできないわなに陥ったと感じている国民は少なくない。このような状況に直面して「いつまでも先が見えない不安より、いっそひと思いにドラスティックな結末を迎えたほうがいい」というムードまでもが流布し始めている。

もうかなり前から「(ドイツが)自分から出て行く」ことについて思いをめぐらしている人がいるようで、例えばハンブルクのヘルムート・シュミット大学のディアク・マイヤー教授3もその一人である。彼の「月曜日・Xデー」のシナリオは次のようになる。

《週末に突然政府から、週明けの月曜日に銀行が休みになると発表される。銀行ではこの日窓口は閉まっているが、全ての預金が管理される。火曜日に銀行が開き、窓口で顧客が持って来たお札に磁気インクによるスタンプが押される。この措置が施されたお札だけが、この日からドイツ国内で通用するユーロ紙幣になり、ドイツへ入国してユーロ紙幣にスタンプを押してもらおうとする人が出てくるが、国境が閉鎖されるために実現しない。そのうちにスタンプが押されていないユーロ紙幣はスタンプされたユーロ紙幣に対して25%ほど価値を減らす…。2カ月後に独連邦議会でユーロ圏脱退と、そのための憲法改正が決議され1年後に新しいドイツ・マルクが導入されて、スタンプの押されたユーロ紙幣が自国通貨として新ドイツ・マルクに換えられる》4

こんなシナリオが登場するのもドイツ国民の神経がすっかり細くなってしまっている証拠なのかもしれない。

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1 リンデグループ提供。
2 Der Spiegel Nr.3/16.1.12, 64.p-68p.
3 http://www.hsu-hh.de/meyer/index_9frZCztaABkNMvKr.html
4 Der Spiegel Nr.48/28.11.11, 74 p.

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(2012年1月30日作成)

ドイツ連銀・最後の抵抗

  • 発行:2011/10/12

概要

ドイツ連銀関係者にとって「通貨価値の安定」が最優先される。自国の国債を購入することは紙幣の増刷に等しい。少し前ドイツ出身のユルゲン・シュタルク欧州中央銀行(ECB)専務理事が辞意を表明したが、ECBによる財政破綻加盟国の国債購入に抗議するためだ。ドイツ連銀関係者の抵抗は今後も続くが、国際社会ではあまり理解されないようだ。

9月9日、ユルゲン・シュタルク欧州中央銀行(ECB)専務理事が突然辞意を表明した。これは、ギリシャ債務不履行に対する不安で神経質になっている市場に衝撃を与え、ユーロ安に拍車が掛かる。ドイツ株価指数を4%余り下げただけでなく、ギリシャ国債を大量に保有している欧州の銀行株も10%近く安くなった。この事情は、市場がドイツ出身のECB・チーフエコノミストのシュタルク氏の辞意を「個人的な理由」でなくECBによる財政破綻加盟国・国債の購入に対する抗議と考えたからである。

ECBの国債購入に抗議して退任するドイツ人は彼が初めてでない。というのは、今年の2月に、ウェーバードイツ連邦銀行総裁も同じ理由から任期を1年後に残して辞意を表明した。彼は今年11月からトリシエ総裁の後任になると思われていたので、ECB内での独仏のあつれきについてさまざまに憶測された。

シュタルク専務理事の辞意表明を、ドイツのあるジャーナリストは「私たちがよく知るECBの終焉」1と表現した。ということは、これまでのECBはドイツ国民になじみがあったことになり、これからはよく知らない別なものになるという意味になる。

1992年にマーストリヒト条約が調印されて欧州統一通貨導入が決まったとき、戦後西ドイツ・繁栄の象徴というべきマルクを手放すことに、国民は気が進まなかった。政治家は、そのような国民を説得するために、欧州統一通貨ユーロもマルクと同じ安定通貨になると約束し、新たにできるECBも、ドイツの中央銀行・独連銀と組織も似たものになり、また同一の精神によって運営されると強調した。そのような事情から国民も、ECBに対して、フランクフルトにあることも手伝って、少しはなじみを覚えるようになったのかもしれない。

辞意を表明したシュタルク専務理事は、1990年代に財務省で統一通貨の導入やECB設立の準備に当たった。また1995年から98年まで財務省の事務次官として統一通貨に重要な財政規律のために、安定・成長協定の交渉を担当。その後独連銀で副総裁を務め(当時の写真下2)、2006年にECB専務理事に就任した。

M305-0009-1ということは、シュタルク氏こそ、ECBを独連銀のように機能させ、またユーロをマルクのような安定通貨にするために骨折った人である。そのような人が、ECBによる財政破綻加盟国・国債の購入に抗議して辞意を表明することは事態の厳しさについての警告である。

ドイツ国民が自国の中央銀行に固執することは、欧米の金融関係者の間で「ドイツ連銀神話」とよくからかわれた。フランス人のジャック・ドロー欧州委員会委員長(1985年から95年)に「ドイツに無神論者はいるかもしれないが、ドイツ連銀を信じていない人は1人もいない」3という言葉が残されている。

それでは、独連銀的精神が何かというと(私のように金融とは直接関係がない人間から見ると)、それは、20世紀前半に2度も大きな戦争をして敗北し、その度にインフレを、それも1度はトランクにお札を入れてパン屋へ行くハイパーインフレを体験した国民だけが抱く徹底した政治不信である。

この精神によれば、政治家とは、民主主義体制であろうが、独裁体制であろうが、インフレを起こす誘惑に抵抗できない人々になる。「通貨の番人」の中央銀行の使命は、このような政治家の圧力に抗して「通貨価値の安定」を死守する点にある。

そのために「通貨の番人」は、財政政策と金融政策を峻別し、後者に専心しなければいけない。この立場に立つと、自国政府発行の国債を購入することなどは、財政的失敗の尻拭いをさせられて、輪転機でお札を増刷してインフレを起こすようなものだ。1980年代独連銀総裁だったカール・オットー・ペール氏は「インフレは練り歯磨きのようなもので、いったんチューブから出してしまうと、二度と元に戻せない」4と警告した。

輸出が増えたり、経済が成長したり、雇用が増大したりすることは望ましいことであるが、それは独連銀にとって2次的なことで、通貨価値の安定こそ最優先課題なのだ。このような独連銀の伝統から見れば、ECBが今していることは、未練がましく弁解しながら「インフレの練り歯磨き」をチューブから出しているように映るのだろう。

中央銀行の独立性はどこの国でもいわれるが、ドイツでは徹底している。公定歩合を高めに置く連銀は、金融緩和を求める時の政権からよく目の敵にされた。上記のペール総裁は、70年代ヘルムート・シュミット首相に重用されて財務省で事務次官に昇進し、その後連銀に移り総裁になったが、第2次石油危機のインフレ期に断固と高金利政策を推進した。これがシュミット退陣の遠因になる。こうして飼い犬に手をかまれることになったシュミット元首相は徹底した「独連銀嫌い」である。

昔、独連銀ファンの日本の経済学者から「どんな人でもこの銀行の門をくぐると世間のしがらみを捨てて通貨の安定しか考えなくなる」と聞いていた私は実物を見て驚く。というのは、私の目の前には「ドイツ連邦銀行」という地味な看板はあっても、門はなく、遠くのほうに日本の公団住宅を連想させる建物が立っているだけだったからだ(写真左下5)。この地味な建物は、モダンなECBビル(写真右下6)と対照的である。

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ドイツ連邦銀行の伝統の健在を示すのは、今年の4月退任したウェーバー総裁の後任におさまったイェンス・ヴァイトマン氏(写真下7)である。新総裁は、ECBによる財政破綻国の国債購入に反対するだけでなく、ドイツ政府を筆頭にユーロ加盟国政府がとる危機対策を批判する。彼はメルケル首相の主席経済顧問であった。彼女は自分の息のかかったこの人を連銀総裁に任命することによって、影響力を持てると思ったといわれるが、この期待は見事に裏切られる。

M305-0009-3ユーロ加盟国は、財政破綻国の国債を買い上げたり、経営の悪い銀行へ資本注入できるようにしたりするために、欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の規模を現在の4,400億ユーロ(約46兆円)から7,800億ユーロ(約81兆円)に拡充しようとしている。ヴァイトマン総裁はこのような方針に批判的である。彼はこのような措置が該当国の放漫財政を修正するどころか、奨励することを恐れる。確かにこれまでの援護措置は、ECBの国債購入も含めて、短期的にわずかな効果がある程度で、解決につながらずエスカレートするばかりだった。

問題は、周知のように、金融緩和策で国家を中心に発生した信用バブルであった。これまでの対策は、資金をさらに潤沢に供給することによってバブルを拡大することだった。これは、ユーロ加盟国の政治家が景気好転して税収の増大による債務の減少を期待したり、またバブルがはじけてリーマン・ショックの再来を恐れたりしたからである。でもこの先送りの結果、財政危機が「ユーロ危機」に進展してしまう。

ドイツ連銀関係者はこれまで口が堅く、辞意を表明しても、その時点で理由が間接的に世論に知らされるだけのことが多かった。この点でヴァイトマン総裁は異例で、メディアとのインタビューや、講演の中で積極的に自分の見解を、それも批判的意見を表明する。これは本来能吏タイプのこの人の柄に合わないようにみえるが、彼の危機感の強さを示唆する。ドイツ連銀・最後の抵抗という趣がないでもない。通貨価値の安定を最重要視するドイツ連銀精神などは、景気動向と株価しか眼中にない人々には理解されにくいかもしれない。

9月26日、フランクフルトで「ユーロ危機」対策に反対する月曜デモがあった(写真下8)。「欧州安定化メカニズム(ESM)反対」「連銀はフランクフルトに幸い、ECBは災い」「ECBは紙くずを買うな」などといった看板を手にした人々がECBを目指して歩く。数はまだ少なかったが、路上でデモを眺める人々に尋ねると、彼らもユーロの未来に不安に感じている点で同じであった。

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1 http://www.stern.de/wirtschaft/news/ruecktritt-von-chefvolkswirt-juergen-stark-das-ende-der-ezb-wie-wir-sie-kannten-1726159.html
2 筆者撮影
3 http://www.bundesbank.de/50jahre/50jahre_pressematerialien_stimmen.php
4 http://www.bundesbank.de/download/50jahre/50jahre_zitate_von_poehl.pdf
5 ドイツ連邦銀行提供
6 筆者撮影
7 ドイツ連邦銀行提供
8 筆者撮影

欧州・ネバーエンディング・ストーリー

  • 発行:2011/04/26

概要

欧州統一通貨・ユーロの危機の話はいつまでも終わらない話である。なぜなら、市場が財政難に陥った加盟国を見捨てられないと思っているからである。ドイツ人にとっての悪夢は、ユーロ圏全体が個々の加盟国の債務を共同負担することであるが、債務再編の条件も整いつつある。

推理小説を読み始めるとする。犯人が誰だか分かっていないのに、話が終わってしまったら、誰もが納得できず「続き」を期待する。欧州統一通貨・ユーロの危機の話も、これにどこか似ているのではないだろうか。

●「伝家の宝刀」
ユーロ圏諸国は2010年、財政危機に陥ったギリシャを緊急援助しただけでなく、他のユーロ圏の財政危機国を救済するために3年間に限定して欧州金融安定ファシリティ(EFSF)を立ち上げた。また今年に入り、3月24日と25日に開催された欧州理事会で、2013年から常設される金融安定機構、欧州安定化メカニズム(ESM)の詳細について合意された。これらの措置は統一通貨ユーロの安定のためであるが、事情が落ち着いたという感はもちにくい。

もともと欧州ソブリン債危機とは、財政難に陥った国の国債の格付けが下げられたことで始まった。つまり、格付け会社の反応が重要であるといえるが、ESM・欧州安定化メカニズムは5,000億ユーロの融資能力をもち、さらに2,500億ユーロのIMFの加勢もあって、裕福な伯父さんが控えているようなものなのに、格付け会社は信用してくれない。それどころか、ESMの登場でユーロ加盟国が支払い不能になる可能性は高まったと警告する。

その理由はESMが無制限に気前がよい伯父さんではないからだ。融資する前に対象国の財政状況を厳しく吟味するという条項が設けられていて、債務再編が示唆されている。また債務不履行になった場合、民間債権者よりIMFとESMの優先順位が高く、民間は貧乏くじを引く可能性が高い。このため、債務再編に不安を覚える人々が国債の保持や購入を手控えるようになる。これが格付け会社の論拠で、ポルトガル、アイルランド、ギリシャなどの国債は格下げされた1。そのうちにポルトガル政府は議会から緊縮財政案を拒否されたことも手伝って、EFSFからの金融支援を要請した。

筆者の知人で、昨年、危機後のギリシャ国債2を購入した人がいる。話を聞くと、それは2009年発行、2014年8月20日に満期になる年利5.5%の国債である。昨年70%を割ったが、その後90%まで回復したという。現在また下降しているが、「国家に保証されているようなもので、絶対紙切れにならない」と安心している。彼は底に近いところで購入しているし、年利が支払われるだけでなく、満期になると30%安く購入した彼に全額戻ってくる。2014年はそれほど先の話ではない。

4月4日付のドイツ・ニュース週刊誌「シュピーゲル」によると、数日前IMFの代表者がユーロ導入国政府関係者に対してギリシャの債務再編が不可避であると漏らした3。債務再編交渉になると、償還期間が延びたり、年利が低くなったり、返済金額も減額されたりする。このように負担が軽減されないかぎり、この国は財政再建が不可能とみられ、債務再編はチャンスでもあると考えられる。

上記「シュピーゲル」の記事によると、IMFの考え方が変わりつつあるそうで、これは重要な点だ。債務再編は、できれば抜かずに済ませたい「伝家の宝刀」で、ユーロ圏諸国の政治家たちは、自分たちだけでは欧州統合の昔からの僚友ギリシャに「伝家の宝刀」を抜く自信がなかったのである。昨年、ギリシャ緊急支援に(特にドイツの強い願望で)IMFが加わるようになったのも、この事情からであるという。

市場は起こることを予想して値段を付けているのに、政治家の方が決断できないでいる状況は「伝家の宝刀」が抜かれないかぎり落ち着かないかもしれない。また、抜くとしたら経済規模が小さいギリシャは適切な候補者であるかもしれない4。ポルトガルの支援要請で財政悪化が他の加盟国へ波及する恐れが増大した。これを阻止するために、かえって債務再編への流れが強まると見る人は少なくない5

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1 http://www.reuters.com/article/2011/03/30/businesspro-us-fitch-eu-idUSTRE72T4LF20110330?pageNumber=1
http://www.reuters.com/article/2011/04/01/ireland-sp-idUSLDE7301BP20110401
http://www.independent.ie/business/european/sp-cuts-ratings-for-portuguese-and-greek-debt-2600040.html
2 WKN A0T56A, ISIN GR0114022479
3 Der Spiegel, Nr.14/4.4.11の60ページ
4 http://www.swp-berlin.org/fileadmin/contents/products/aktuell/2010A19_dtr_ks.pdf SWPはベルリンにある政府に近いシンクタンクであるが、2010年初頭の会報に発表された論文「国際金融市場から試されるユーロ連盟」の中でヘリベルト・ディーター研究員によって「ユーロ危機」が鋭く分析されている。
5 http://www.businessweek.com/news/2011-04-07/european-debt-crisis-morphs-into-new-phase-mohamed-el-erian.html
Der Spiegel, Nr.15/2011.4.11, 66-68ページ “Immer schlimmer als erwartet”
●もっと本質的問題
次の問題はもっと本質的で、欧州統合の根本的性格に関連する。
今回おもしろいのは、ドイツで、金融やユーロ危機について理解している人々、専門的知識のある政治家、(大学の)経済学者、経済専門記者などの圧倒的多数が欧州安定化メカニズム(ESM)に反対している点である。

例えば、ドイツ、オーストリアの大学で教鞭をとる経済学者の90%に相当する189名が反対声明に署名し、また経済省や財務省の諮問委員会に入っている経済学者や、主要新聞の経済専門ジャーナリストも反対を表明している6。メルケル首相がこのような国内の反対を無視できるのは、通貨も金融も一般の人には分かりにくいテーマで、(少なくとも現在までは)選挙の争点になっていないからだ。以下、ドイツの金融・経済専門家などがESMを心配し反対する理由を記す。

2010年に決定されたギリシャ救済も、欧州金融安定ファシリティ(EFSF)設立も、EU条約で明記されている「ノン・ベールアウト」、救済を禁ずる条項に反する7。この条項はEUに加盟国の債務を負担させることを禁じているので、昨年、救済措置が承認されたのは金融危機後の例外的状況であったからだ。ところが、常設機関となると話は別になる。

上記経済学者は、財政難の国家を救済する機関(ESM)を常設することによって、市場原理による是正機能が無効になり、望ましくない経済行為が奨励され、その結果、長期的にはEUそのものが機能できなくなることを心配する。

統一通貨ユーロが導入される前の1995年、現在財政難に陥っている加盟国が国債を発行した場合、ドイツより6%高い利子を払っていた8。ところが、ユーロ導入後ドイツ国債との金利差はなくなり、安い利率で借金できるために、財政的規律が失われて、赤字を増大させた。この結果、信用度が格下げされて、現在、以前より高い金利を払っているが、とはいっても90年代と同じか、それとも少し高めになったにすぎない。

貸し倒れリスクのために債権者が高い利子を要求することも、反対に債務者が高い利子を払うことにならないように、支出に慎重になることも、合理的な経済行動である。しかし、救済機関による支援は、払って当然な利子を払わないで済ますことになり、財政規律を取り戻すチャンスを失わせることになる。

ギリシャのように客観的に見て債務不履行の状態に陥っている国があれば、債務再編は自力で立ち直るチャンスである。反対に債務再編の実施は、高利に引かれて国債を買った債権者に損失をもたらすが、経済的に当然の現象でもある。こう考えると、「救済」とは、ギリシャ国債のリスクをなくすようにしていることで、結果的に国債保有者(独仏の金融機関)の救済になる9

とはいっても、「救済」が他国民の赤字の負担となる以上、(また欧州統合がいくら進展したからといっても)他国の借金の肩代わりは、どこの国の納税者にも歓迎されない。そのために政治家はこのテーマに関して自国民を蚊帳の外に置くきらいがある。EFSFの増額が内定していたのに、3月25日の欧州理事会で発表されなかったのは、フィンランドとドイツで近々選挙があるからだといわれる10

また救済機関は財政難国に対する救済条件として緊縮財政を強制するが、これは経済を悪化させ失業者を増大させることになり、この事情は、欧州各国で見られる激しい反対デモが示す通りである。また経済にとって重要な文化は加盟国によってあまりにも異なり、政治家や官僚が「競争力強化」などと言っても効果がないというのが、ドイツの経済学者の共通見解である。

200人近い経済学者が署名した声明書6の最後で、現在のユーロ危機の結果として三つのケースが想定されている。まず1番目は債務超過国で経済が好転して危機が克服されるケース。2番目は債務不履行になる国が出現することで危機回避の後、その国を援助するケースだ。

3番目は、ユーロ圏諸国全体が個々の財政危機国の債務を共同負担する場合である。これこそ、ドイツの経済学者にとって皆で手をつないで崖から飛び降りるのに似た話で悪夢に近い。この場合はその克服の道が増税かインフレになるしかない。

金融危機で衰弱した欧州金融機関に極度な負担を与えないために昨年救済する道を選んだ。またECBも同じ理由から(ギリシャを筆頭に)財政難に陥った加盟国の国債を買い取った。後者の措置はユーロ紙幣を増刷するのに等しく、インフレへの第一歩として不安をもたれてきた。4月7日のECBの利上げはこの不安に応えて、安定通貨としてのユーロを強調することである。同時にこれは欧州の金融機関の足腰が強まったことで、債務再編を可能にする条件が整いつつあることを示すといえる。

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6 経済学教授の反対声明
http://www.faz.net/s/Rub3ADB8A210E754E748F42960CC7349BDF/Doc~EE66342E82CC048C7B6E77231B642759C~ATpl~Ecommon~Scontent.html
連邦経済省・諮問委員会の答申
http://www.bmwi.de/BMWi/Redaktion/PDF/Publikationen/Studien/gutachttext-ueberschuldung-staatsinsolvenz-in-der-eu-wissenschaftlicher-beirat,property=pdf,bereich=bmwi,sprache=de,rwb=true.pdf
4名の著名な経済学者のドイツ政府に対する呼びかけ
http://www.faz.net/s/Rub3ADB8A210E754E748F42960CC7349BDF/Doc~EF60849D23B2942438A646C0FB5943456~ATpl~Ecommon~Scontent.html
7 http://dejure.org/gesetze/AEUV/125.html
8 6の「4名の著名な経済学者のドイツ政府に対する呼びかけ」
9 http://blog.bazonline.ch/nevermindthemarkets/index.php/3003/fortgesetzte-selbsttauschung/
10 多くの新聞が報道していることだが、代表として
http://www.wienerzeitung.at/default.aspx?tabID=3862&alias=wzo&cob=551728

M305-0004
(2011年4月6日作成)