軍需産業」タグアーカイブ

ドイツの軍需産業

  • 発行:2011/08/31

概要

ドイツは、あまり知られていないかもしれないが、米国、ロシアに次いで、世界で3番目の武器輸出国である。これは、冷戦終了後ドイツで軍縮があり、ドイツの軍需産業が輸出に活路を求めなければいけなかったことや、時代の変化に適応しやすい構造になっているからである。

M305-0008-1少し前、サウジアラビアに200台の戦車を売却することが判明し、輸出許可の是非をめぐって議論になった。輸出されるのはクラウス=マッファイ・ヴェークマン社のレオパルト2A7で、その姿は2A6(写真1左)に近いが、市街戦に適するように改良されるといわれる。野党や人権・平和団体は、いつの日かサウジアラビアでも民主化の市民デモが発生し、その弾圧に投入されるかもしれないことを心配している。


【表1:武器輸出国2
(単位:10億米ドル)
M305-0008-2

この議論中に、ドイツ国民は自国が世界で3番目の武器輸出国であること知って驚く。どこの国にも死角があって、見えにくいことがある。ドイツは、8年前の2003年にフランスを追い越して、米国、ロシアに続いて3番目の武器輸出国になって以来、この地位を保持している(表1)。

この事実がドイツ国民の意識にあまり上らないのは、自国に大きな兵器メーカーがないからである。下の表2は、世界の兵器メーカーを売上額順に並べたものだ。7位のEADS社は旅客機エアバスや戦闘機ユーロファイターなどを製造している。同社はフランス、スペイン、オランダ、ドイツなどの企業の連合であるため、ドイツ国民が自国企業という意識を持ちにくいのかもしれない。

【表2:世界の兵器メーカー(2009年)2
M305-0008-3

11位から100位までの兵器メーカー・リストを見ると2、29位に軍用車両・小火器のラインメタル社、42位に例のレオパルト戦車のクラウス=マッファイ・ヴェークマン社、49位に艦船のティッセンクルップ社、64位にミサイル・小火器のディール社、79位にMTUアエロエンジンズ社がそれぞれ登場する。しかし5社にすぎず、売り上げも大きくない。ということは、ドイツの軍需産業は、輸出で特別に健闘していることになるが、この事情は何を意味するのだろうか。

昔から戦争や、それに関連することは国家主権の一部で、兵器の研究開発やその生産も国家機密に近いものであった。このために軍需産業は国家によって組織・推進されてきた。第2次大戦の敗戦国ドイツは、戦勝国からその軍国主義を非難されたり、また10年近くも武器の製造が禁じられていたりしたことから、この国家主導の軍需産業の伝統が崩れてしまった。

主権を回復した西ドイツは西側陣営の一翼を担うだけでなく、兵器製造も再開する。ところが、航空分野では遅れを取り戻すことできずに、(戦前のように)自前の戦闘機を自国の軍隊(=連邦軍)に供給することができないことから、欧州の隣国とジョイントベンチャーを組むことを余儀なくされた。第2次大戦中に戦闘機を製造していたメッサーシュミット社が吸収されたり、また合併を繰り返したりしているうちに現在のEADS社の中に消えてしまったのも、この事情からである。

陸軍や海軍で使われる兵器に関しては、ドイツは遅れを取り戻して、自国軍の需要を満たすだけでなく国際市場でも競争力を持つようになった。戦車、艦船、火器がその例である。この結果、ドイツは陸軍や海軍には自前の兵器を供給している。とはいっても、ドイツの軍需産業は民間が主導的な役割を演じ、米、英、仏のように国家主導型にならなかった。

冷戦時代には、東西ドイツの兵士だけでも、100万人以上が銃を構えて向かい合っていた。これほどであった兵員も現在は20万人になり、昔3,000台もあった戦車が、現在300台にまで減った3。すなわち、「ベルリンの壁」が崩れて、冷戦終了の舞台となったドイツで思い切った軍縮が実施されたことになる。この結果、軍需産業も、以前は従業員が40万人もいたのが、現在8万人まで縮小する4。これができたのは、軍需産業が国家主導型でなかったからでもある。

この事情から分かるように、ドイツの兵器輸出が増大した理由の一つは、兵器メーカーが内需を失い、輸出に活路を求めるしかなかったからで、政府も、犠牲を強いた軍需産業のために、輸出許可の条件を緩和する。以上が、ドイツの軍需産業の輸出比率が70%にも達する背景である3

次に、もっと重要なことがある。兵器を購入するのは国家であるが、冷戦終了後から地盤沈下し、現在は周知のように財政破綻しているか、その寸前のところが多い。この事情は国家をスポンサー兼商売相手にする軍需産業にとって好ましい経営環境とはいえない。今や国際的武器市場は大幅な値下げもあり得る買い手市場である。

100年以上も昔から、国家が金に糸目を付けず兵器の研究と開発を奨励し、その成果がその国の技術水準を支えるといわれてきた。ところが、このパラダイムは転換しつつある。これは、国庫から軍事技術の研究開発に回される資金の流れが細くなったからだけではない。現在では軍事技術とそうでない技術を区別することも困難で、また多くの先端技術がどちらに使われるようになるかも分からない。また戦争も、対テロ戦争が示すように、その性格が変わり、軍隊と警察の機能が接近してくると、必要とされる武器や軍事技術も変化するしかない。

ところで、軍需産業で1位のロッキード・マーティン社はフォーチュン誌の「グローバル500」では179位、2位のBAEシステムズ社は279位となっており、もっと大きい企業が本当にたくさんあるということが分かる5。これは、より潤沢な資金を有する別の分野がとうの昔に技術革新の担い手になっていることを示すのではないのか。

この事情は、民間主導のドイツの軍需産業に有利な環境である。輸出の27%は戦車や装甲車が、44%は艦船が占める6。特に潜水艦は好評で、世界で36カ国が(原子力でない)普通の潜水艦を保有しているが、それらの半分以上はドイツ製である7。潜水艦にとどまらず、フリゲート艦、コルベット(小型戦闘艦艇)、S-ボート(高速艇)、掃海艇なども需要が多い。例えば、ブレーメンのリュルセン造船所は、ホームページが示すように8、このような軍事用船舶だけでなく、優雅で豪華なヨット(遊行船)も造っている。このように軍用・民生用のどちらも製造している企業が多い。

***********************************************
1 クラウス=マッファイ・ヴェークマン社の提供。
2 Stockholm International Peace Research Institute: SIPRI yearbook 2010. Oxford University Press, ISBN 978-0-19-958112-2(ストックホルム国際平和研究所の年報2010年)
3 http://www.swp.de/ulm/nachrichten/wirtschaft/Branche-mit-Ladehemmung;art4325,1059775
4 Sueddeutsche Zeitung(南ドイツ新聞)2011年7月7日付、2ページ目
5 http://money.cnn.com/magazines/fortune/global500/2009/full_list/
6 http://www.handelsblatt.com/unternehmen/industrie/deutschland-verdoppelt-waffenexporte/3390636.html
7 http://www.zeit.de/politik/ausland/2009-12/ruestungsexporte
8 http://www.luerssen.de/

M305-0008
(2011年8月18日作成)