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ドイツの就職人気ランキング

発行:2014/06/11

概要

2014年発表されたドイツの就職人気ランキングでは自動車メーカーが圧倒的に強く、上位をほぼ独占している。その理由は、ドイツ自動車メーカーのプレミアムカーでの大成功や「雇用主ブランド」の確立などさまざまな要因がある。ドイツと日本の就職人気ランキングを比較すると、その性格や就職に対する目的、考え方などかなり異なる様相がうかがえる。

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日本では、昔から卒業予定の学生を対象に人気のある就職先企業のランキングが発表されている。筆者は長年、そのようなランキングはドイツにはないと思っていた。ところが、数年前にたまたま日本と同様のランキングリストがあることを知って驚いた。

それは「卒業生バロメーター」1と「エンプロイヤー・ランキング」2と呼ばれる二つのランキングで、マスコミでも盛んに取り上げられている。前者はベルリンにあるトレンデンス研究所が、後者はスウェーデンのユニバーサム社がそれぞれ100校以上の大学で卒業を間近に控えた3万人余りの学生を対象としたアンケートを基に作成したものだ。どちらも人材に特化した国際的コンサルティング会社で、欧米・アジア諸国でも就職人気ランキングを作成している。

ランキングリストの特徴としては、日本では文科系・理科系が区別されるだけであるのに対し、ドイツでは専攻分野の数が多いため、ランキングも専攻分野ごとで出されている。従って、ランキングの総合順位に大きな意味が置かれていない。また、本社がドイツにない企業だからといって、外資系として特別扱いされることもない。

トレンデンス研究所とユニバーサム社のいずれも、経済・経営学部などのビジネス系、工学部などのエンジニア系、計算機科学部などのIT系の3分野で就職人気ランキングを作成している。なお、(生物や化学などの)自然科学と人文科学専攻の学生についてはユニバーサム社のみが、法学部の学生についてはトレンデンス研究所だけが扱っている。

学生に圧倒的人気の自動車業界
下表は、トレンデンス研究所の2014年度「卒業生バロメーター」から上位10位までの結果を抽出し、筆者が作成したものである。実際の表は100位までのランキングリストで、2013年9月~2014年2月の期間に経済・経営学部(ビジネス)、工学部、計算機科学部(IT)の学生を対象としたアンケートに基づき作成・発表されている。ちなみに、IT部門7位のブリザード・エンターテインメント社はPCゲームで有名な企業であり、同10位のフラウンホーファー協会はドイツを代表する研究機関だ。企業名の後のかっこ内に記した数字は、2013年の順位である。

【表 卒業生バロメーター(2014年度)】
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この結果を見て、さらにビジネス部門8位のロバート・ボッシュ社も電装メーカーであることを考慮すると、ドイツの自動車業界は学生に圧倒的な人気があることが分かる。

この印象はユニバーサム社の2014年の「エンプロイヤー・ランキング」を見ると、さらに強まる。というのは、ビジネス系学生の間での人気就職先は、1位がアウディ、2位がBMW、3位がポルシェ、4位がフォルクスワーゲン、5位がグーグル、6位がダイムラーと続き、また工学部の学生の人気企業も、1位がアウディ、2位がBMW、3位がポルシェ、4位がフォルクスワーゲン、5位がダイムラー、6位がシーメンス、7位がルフトハンザという順位で、自動車メーカーが上位をほぼ独占する。

ドイツのマスコミは、このランキングの結果から、自動車メーカーの強い存在感を話題にした。しかし、昔から自動車メーカーは憧れの職場で、その多くがベストテンに名前を連ねていた。とはいっても、以前はこれほど自動車メーカー一色ではなかった。例えば、2006年に行われたトレンデンス研究所のビジネス部門のランキングでは、1位がBMW、2位がポルシェ、8位がアウディ、10位がダイムラーであり、フォルクスワーゲンとなると28位で、自動車メーカーの間に別の分野の企業が多数存在していたのだ。

自動車業界の人気が高い理由
この自動車業界人気の理由は、以前ベストテンの常連だった銀行や電力の大手がユーロ危機や不透明なエネルギー転換政策などにより、学生から敬遠されたからである。以前はビジネス系学生に人気のあったマッキンゼー・アンド・カンパニーなどのコンサルティング会社も、現在はベストテン圏外だ。また、ドイツのプレミアムカーが、格差の広がりつつあるグローバル社会で大成功を収めていることも自動車業界への人気に拍車を掛けている。現に、プレミアムカー・タイプの自動車におけるドイツメーカーの世界市場シェアは実に80%を占めているのだ。

以前はIT系学生の人気就職先というとマイクロソフト、SAP、シーメンスなどが主流であった。ところが、トレンデンス研究所の「卒業生バロメーター」(2014年度)が示すように、BMWが3位に、アウディが5位に入っている。ユニバーサム社の「エンプロイヤー・ランキング」でもアウディが4位に、BMWが7位に、ポルシェが8位に位置している。フォルクスワーゲンやダイムラーも10~15位の間に位置している。

上記の結果を見ると、IT系学生は自動車業界で今後重要な発展が起こる可能性が高いという考えを持っていることが推測される。2014年のジュネーブモーターショーにおいて、フォルクスワーゲンのマルティン・ヴィンターコルン会長は「これからの自動車は動くコンピューター」と発言した3。このビジョンは「自動車のネットワーク化」と呼ばれ、実現すれば自動車が走り出した途端にインターネットにつながり、自動的にオンラインで情報を受信・発信する。それにより渋滞に巻き込まれずに目的地に到着するだけでなく、走行中にメールを読んだり返事を書いたりすることが可能になるそうだ。

今や、自動車のネットワーク化に関連するニュースが毎日のように報道されている。実際に2013年の暮れ、BMWで働きながら大学で勉強するデュアルスタディーの男子学生を紹介してもらった。それによると、彼もIT系の学部で、自動走行システム開発に取り組んでいると熱心に説明してくれたが、よく理解できず恐縮した。

就職に何を求めるか、ドイツと日本の学生の違い
ところで、ドイツの大学生はどのような観点から職場の魅力を評価しているのであろうか。アンケート回答を分析したユニバーサム社によると4、大学生たちは下記の5項目を条件として求めているという。
1)魅力的な基本給
2)職場の雰囲気がいいこと
3)安定した雇用
4)収入が今低くても将来高くなる可能性があること
5)仕事の内容が多様であること

また就職に当たって、彼らは次のような長期的目標を持っている。
1)仕事と私生活のバランス(これは家族や友人との関係が重要で、仕事中心の生活にはなりたくないとの考え)
2)安定しているだけでなく、一生取り組むことができる仕事
3)知的刺激のある仕事
4)序列が上だというだけでなく、時にはリーダーシップを発揮できる管理職
5)(言われたことをやるだけでなく、)起業家精神や創造性が必要とされる仕事

現在、大学卒業後に就職している若者の多くは「少子高齢化」という言葉を聞いて育った世代で、社会で自分たちが必要とされているという意識が強過ぎるといわれる。そのため、このような彼らの職場観に違和感を覚える人もいるようだ5。しかし、内容を見る限り、特に新しいことを彼らが言っているわけでない。例えば上記「仕事と私生活のバランス」であるが、これは、上昇志向が強く出世を望むごく少数の人々を別にすると、大多数の人々にとっても以前から重要な事柄であった。だからこそ、ドイツの大企業では単身赴任や転勤は避けられる傾向にあったのである。

一方、トレンデンス研究所によると、2014年度「卒業生バロメーター」と関連して、多くの学生ができるだけ卒業大学の近くで就職する願望を抱いていると解説している6。また、アンケート回答者の平均年齢は25歳であるが、ドイツでは、ほぼこの年齢までには友人や家族との私的人間関係の形成が終了している。ということは「仕事と私生活のバランス」を重視する学生が見知らぬ町でなく、近くで就職したいと思うのも当然である。

「ドイツにもある「就活」」(2014年2月12日付掲載)で指摘したように、多くの学生は大学の近くの企業でインターンシップを経験し、卒業時の就職先はほぼ内定していることが多い。とすると、北ドイツのハンブルク大学の学生がアンケートで800キロメートルも離れたミュンヘンのBMWを「希望就職先」と回答し、また仮に就職できることになったとしても、現実には面倒な引っ越しなどしない可能性が強い。学生の就職先がこれらのような要因によって決まる以上、ドイツの学生がランキングで上位に位置する企業へ就職するためにがんばろうとする状況は、実際には想像しにくいといえるだろう。

反対に、日本の大学生は一流大学の入学試験に合格しようとするように、人気企業ランキングの上位企業の内定を得て、働こうと考える傾向が強いのではないだろうか。日本では、昔から入学試験の難易度による大学のランキングがあるが、それと同様に就職先のランキングリストが存在するように想像される。

雇用主ブランド
ドイツと日本の就職人気ランキングを比べると、その性格はかなり異なる。ドイツでは学生はアンケートへ回答するだけの存在で、むしろ重点は企業というものに置かれているように思われる。ランキングと関連してよく登場する「雇用主ブランド」という言葉も、この推定を裏付ける。これは、企業には商品に関してだけでなく、雇用主としてのブランドも重要だとする考え方で、企業価値の議論が盛んであった1990年代後半にドイツに入ってきた概念である。この概念によれば、ブランドという以上「あの会社は給料が良い」といった評判やイメージの問題ではなく、企業戦略として雇用主のブランドを育てることが目的となるのである。

トレンデンス研究所のアンネカトリン・ブール氏によると「卒業生バロメーター」が1999年に始まったころ、ドイツでは雇用主としての企業ブランドなど、ほとんど知られていなかった。ところが、その後ドイツでは専門能力を持つ人材不足が懸念されるようになった。「これが追い風になって、優秀な従業員を確保するために、よりプロフェッショナルな雇用主のブランド化の必要が企業にも理解されるようになった」とブール氏は解説した。ドイツでは就職人気ランキングは21世紀になってやっと普及するようになったが、ランキングは企業ブランド化作戦の展開のための重要な指標なのだ。

雇用主ブランドは優れた人材を集めるのに役立つだけでなく、従業員が自社に対して「自分たちの職場である」という意識を持ちモチベーションを高める効果を発揮し、企業価値の重要な要素でもある。また労働組合にとっても、雇用主が学生の評判を気にして労働条件を改善するのであるならば、ストライキを行わないで済むというメリットも結果的にもたらされるといえるだろう。

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1 https://www.deutschlands100.de/deutschlands-100/trendence-graduate-barometer.html
2 http://universumglobal.com/ideal-employer-rankings/student-surveys/germany/
3 http://www.n-tv.de/mediathek/videos/auto/Auto-wird-ein-mobiler-Computer-werden-article12387906.html
4 http://universumglobal.com/2014/04/deutschlands-top-100-ideal-employers-2014/
5 http://www.wiwo.de/erfolg/jobsuche/arbeitgeber-ranking-2014-deutschlands-beliebteste-arbeitgeber-seite-all/9803076-all.html
6 http://www.spiegel.de/karriere/berufsstart/beliebte-arbeitgeber-absolventen-fahren-auf-autokonzerne-ab-a-965486.html

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(2014年6月3日作成)

ドイツ企業の外国人役員

発行:2013/11/19

概要

一般的に取締役会に外国人役員がいることはその企業の国際性を示し、企業価値を高めるとされる。ドイツ主要企業30社の場合、取締役会役員のうち外国人の割合は29.1%。とはいっても、この数字を直ちに企業の国際化の指標と見なすことはできない。

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最近、日本のメディアで働いている知人からメールをもらった。彼は「グローバルエリート」に関心を持っているとのことで、次のように書いていた。

「グローバル化の流れの中で、エリートたちには国境がなくなってきました。国益を担うはずのエリート予備軍は、国の枠組みを超えて、次々に海外を目指しています。この事情はドイツでも同じだと聞きます。今や頭脳の流出はとどまるところを知りません……」

サッカーの世界では、名門クラブから引き抜かれるたびに移籍金や年棒が上昇する選手がいる。知人は、経済界にも多国籍企業を渡り歩くグローバルエリートがいると思っているようだ。島国である日本から海外へと羽ばたき、世界を股に掛けて活躍する人は、日本では尊敬の対象とされることが多い。そのせいかメールを読んでいると、国際社会の現実というより日本人のひそかな憧れが表現されているように思われた。

企業価値を高めるもの
ドイツ株価指数(DAX)の対象とされる30の銘柄に属する企業は、ドイツ経済を支える大黒柱である。2013年の夏ごろに「DAX採用企業の取締役会・役員の3分の1は外国人」1という見出しがあった。30社の取締役会の役員を合計すると189人いて、外国人は55人、その割合は約29.1%に相当する。
ニュースソースになったスタディー2にある29.1%が3分の1に切り上げられたのは、記事を書いたドイツ人記者が、自国の主要企業の国際化、それも経営陣に外国人を加えるようになったことを誇りに思っているからだろう。

企業の国際化といってもさまざまなレベルがある。自社製品が輸出されるようになるのも、低賃金の後発開発途上国に工場を移すのも国際化である。しかし、今や安くて良いものを作り、黙って数字を見せれば事足りた時代は過ぎ去りつつある。数字の背後が重要になったことは、以前なら哲学、言語学、心理学などで問題にされたテーマが、経営者向けのセミナーで扱われることからも分かる。
このような事情から、企業の国際化とは外国人を顧客や労働者として扱うだけでなく、取締役会や監査役会の役員として迎えることが、その企業の国際性ひいては企業価値を高めるものと見なされるようになった。

下のグラフは、DAXの対象となる主要企業の取締役会における外国人役員の割合の変遷を示している。この割合は、前年よりも多少下がる年があるものの、2005年以降着実に増えている。2000年の数字はグラフにはないが13.3%であった。この数字と比べると、2013年の29.1%という数字は、外国人役員が増え、ドイツ主要企業の国際化が進行してきたといえそうだ。

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工業立国ドイツは長年、世界有数の輸出大国とされ、昔からよく3分の1を国内で、3分の2を国外で販売するといわれた。ちなみにDAXの対象とされる主要企業30社に限定すると、2011年の従業員数の合計は366万人で、その57%が国外で勤務し、株主も国際的で、株の58%が国外で所有されている。これほど軸足が国外に移っている以上、取締役会における外国人役員の割合が29.1%というのは小さいような気がする。

一番大きなドングリ
下表3は、DAXの対象とされる30社の中から、国外の売り上げの割合が高い10社を選び、従業員、役員、株主の国外の割合を表示した。日本人にあまりなじみのない企業が多いので少し説明する。

トップのフレゼニウス・メディカル・ケア(FMC)は人口透析機器などの医療機器で40%以上の世界シェアを誇る。メルクは化学品・医療品メーカー、3番目のハイデルベルグセメントは世界で第4位のセメントメーカー、リンデは産業ガスとプラント。アディダスはスポーツ用品、バイエルは化学、ヘンケルは洗剤やトイレタリー、シーメンスは電子機器や医療機器、車両など多岐にわたる分野を手掛けるドイツの伝統企業。SAPはソフトウエア、ランクセスは化学メーカーである。

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もはやこれらはドイツの企業とはいえないのではないか。数字を眺めながらそう思う人がいるかもしれない。しかも、企業の持ち主も従業員も大多数が外国人である。

1980年代までは、企業で働くということは仕事の内容はさて置き、その企業に所属することを指していた。だからシーメンスやリンデの従業員は「シーメンシアーナー」や「リンディアーナー」と呼ばれ、私はこうしたドイツの企業文化は日本と似ていると感じていた。「現地採用」という言葉にも「へき地に留め置き」という運命的なニュアンスがあった。

この事情は変わりつつあるように見える。上記の企業で働いている人たちと話をすると、外国人役員がいるかいないかなどはメディアが取り上げる問題で、彼らにとって外国人の存在や国際化は日常の一部になっているように思われる。「DAX対象となる30社では、企業そのものの方が取締役会や監査役会よりもはるかに国際化している」というのが、2007年に実施された類似のスタディーの結論であったが4、この状況は今でもあまり変わっていないのかもしれない。

次に企業内でドイツ人グループは過半数を失い、国別の人数はドングリの背比べになったが、それでも一番大きいドングリとして、ほとんどの企業でドイツ人が一番多く役員に就いている。この状況は、長年与党だった政党が過半数を失っても、政治力を発揮して小さな政党を抱き込み、連立政権の首班となっているのに似ている。

互換性の乏しいエリート
すでに述べたように、DAXの対象である30社の取締役会には55人の外国人役員がいるが、彼らの出身はどこの国なのだろうか。一番多いのは米国で16人、次がドイツの隣国のオーストリアで7人、英国が5人、オランダとインドがそれぞれ4人、イタリアが3人、スイスとベルギーがそれぞれ2人ずつ輩出している。残りはフランス、ニュージーランド、南アフリカ共和国などの12カ国がそれぞれ1人である。

この内訳を見ると、外国人役員の出身国は、ドイツ語圏で準国内化しているオーストリアとスイスを含めた欧州連合(EU)隣国(オランダ、フランス、イタリア、ベルギーなど)か、英米圏である。インド、南アフリカ共和国、ニュージーランドなどのエリート層は英米の大学に留学してその後就職することが多く、英米圏という文化圏に属すると見なされる。
ということは、ドイツ主要企業で外国人役員が増えたといっても、それは欧米圏内での国際化といえる。ドイツ企業が企業価値を高めるためには、欧米圏外の高度経済成長にある国に軸足を移さなければいけないが、こちらの方は端緒に就いたばかりである。

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次に英米圏とEU隣国を比べる。上のグラフは、2012年のドイツの輸出先として輸出額の多い順に表示し、かっこの中に該当国の役員数を記した。ドイツからの輸入が多いことは経済関係のパイプの太さを示す。8位のスイスの後はグラフにはないが、ベルギー、ポーランド、ロシア、チェコ、スペイン、スウェーデンと続く。米国は2番目に大きな輸出先だが、ドイツは隣国との経済関係の方が密接で重要である。ところが、ドイツ主要企業の取締役会の役員は、隣国より英米圏出身者の方が多い。

このような現象は、米国がグローバリゼーションの震源地と思われていることと無関係でないが、それだけではない。欧州各国にそれぞれ固有の出世コース、エリートコースがあって、国境を越えると互換性がなくなるからである。

上のグラフから分かるように、フランスとドイツは太いパイプによってつながっているが、ドイツ主要企業の取締役会にはフランス人は1人しかいない。筆者も偶然身近で経験したのだが、ドイツ企業ではグランゼコール(フランス独自の高等専門教育機関)を卒業しているといわれてもピンとこないし、有能なフランスのエリートが来ても持て余すばかりである。

エリートコースや出世コースについては社会学者の手による国際的な比較研究が幾つかある。それよると、経済協力開発機構(OECD)諸国には共通点があり、一つはあまり職場を移らないこと、次は外国経験の長さである。長過ぎると出世に差し支えるそうで、せいぜい2年程度らしく、エリートはどこの国でもドメスティックであるらしい5。現在ドイツの主要企業で役員をしている人々も例外ではない。彼らの多くは1960~1970年に生まれた人々である。この後の世代になったときは、ドメスティックな性格が変わっているかもしれない。

しかし、ドイツは長年輸出大国であるせいか、社会は外国での滞在経験を肯定する風潮があり、EUのエラスムス計画などで隣国に留学する学生は多い。また大学へ通う前の段階であっても、外国体験を可能にする無数の交換プログラムがある。これは将来ドイツ経済の強みになると思われる。

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1 http://www.zeit.de/news/2013-07/17/unternehmen-fast-jeder-dritte-dax-vorstand-ist-auslaender-17122802
2 http://www.simon-kucher.com/de/news/internationalitat-dax-vorstanden-auf-rekordhohe
3 http://www.die-bank.de/index.php?id=9&tx_ttnews%5Btt_news%5D=16971&cHash=b075a0cb3ac4d508c4dde910055289b4
4 http://www.escpeurope.eu/nc/media-news/news-newsletter/news-single/back/232/article/dax30-unternehmen-weiterhin-deutlich-internationaler-als-ihre-vorstaende-und-aufsichtsraete/?tx_ttnews%5BpS%5D=1188597600&tx_ttnews%5BpL%5D=2591999&tx_ttnews%5Barc%5D=1
5 http://archiv.ub.uni-heidelberg.de/volltextserver/14989/1/111027-Ruperto%20Carola%20Forschungsmagazin-pohlmann.pdf

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(2013年11月7日作成)

ドイツの派遣事業と労働市場の活性化

発行:2013/05/2

概要

ドイツ経済が好調な理由は「ハルツ改革」によって労働市場の活性化に成功したからである。特に派遣事業の規制緩和は、大きな役割を演じた。他の欧州諸国と比較して失業率も低く好調なドイツ経済を理解する上で重要な、派遣事業に関わる改革と労働市場の変化について述べる。

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ドイツというと、模範的な国というイメージを抱いている人が日本には少なくない。そのためか、この国でも非正規雇用が盛んだと聞いて意外に感じる人がいるかもしれない。下のグラフは2010年のドイツ連邦統計局のデータから作成されたもので「いろいろな就業形態」の割合を示す1。毎日定時刻に出勤し、無期限の雇用関係を標準と見なす就業形態を「正規雇用」と呼ぶ。ドイツではこの就業形態が現在も盛んで、就業人口全体の3分の2を占める。しかし、正規雇用は1996年には現在よりも159万人も多く、全体に占める割合も約75%であったことから、長期的に見ると減少傾向にある。

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次に非正規雇用であるが、2010年の就業人口全体に占める割合は22.4%、784万人に及ぶ。1996年には486万人で14.7%にすぎなかったので、景気などの影響で上がり下がりはあるかもしれないが、非正規雇用の数は長期的には増加していることになる。ちなみに2011年には就業人口全体の25%を占めている2

グラフ1の非正規雇用の内訳であるが、2010年には週20時間まで働くパート従業員が493万人、有期契約社員が276万人、パート従業員でも労働時間数が少ない(月収450ユーロ以下)人々が252万人、派遣社員が74万人いた3。この国でパート従業員を時間の長さで区別しているのは社会保険上の扱いが異なるからで、週20時間まで働く場合は正規雇用と同じ扱いであるのに対して、労働時間数が少ない(月収450ユーロ以下)場合、社会保険手続きが簡便化されている。週20時間まで働くパート従業員には、例えば育児や他の目的などからフルタイムではない形で就業する人々や、失業をなくすために一頃熱心に進められたジョブシェアリングもこのカテゴリーに含まれる。

ドイツの労働市場とその改革ならびに非正規雇用については愛知大学の保住敏彦名誉教授の鋭い分析4があるが、これを全体の参考にしながら以下、派遣事業に関わる改革と労働市場の変化を中心に記述する。というのは、このテーマこそ、失業率も低く好調なドイツ経済を理解する上で重要だと思われるからである。

派遣事業の成長
ドイツには1972年から労働者派遣法があり、労働者を別の企業に派遣するビジネスが可能であったが、派遣期間をはじめいろいろな制限があった。グラフ2が示しているように、派遣社員数は小幅の増減を繰り返しながらも着実に増加してきた5。その理由は、派遣の期間的制限は、1985年の第1次改正で3カ月から半年に、1994年の第2次改正で9カ月に、1997年の第3次改正では1年に、また2002年の第4次改正では2年にという具合に延長されてきたことにある。

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2003年の第5次改正は特に重要で、当時のシュレーダー政権の社会保障・労働市場改革の第一歩として実施され、改革推進者であるフォルクスワーゲンの人事担当取締役のペーター・ハルツ氏にちなんで「ハルツ改革」と呼ばれている。派遣社員に関連するのは「ハルツI」で、派遣期間制限や再雇用の禁止などの制限がほとんどなくなった。それまで派遣先の需要の有無にかかわらず派遣社員を雇っている常用型派遣しかビジネスモデルとして許されていなかったのが、派遣事業者は派遣先との契約が成立した時点で自社から派遣される社員との雇用契約を締結することができるようになった。これはコスト・リスクの軽減につながり、他の規制撤廃・緩和と同じように、派遣事業を行いやすくした。

このときの改革には、政治的に巧妙な布石が打たれている。ドイツでは、昔から業界ごとに労働組合と使用者団体が賃金などの労働条件について協定することになっている。改革者は、労働者派遣法の中に派遣社員と派遣先社員との「均等待遇条項」を設けると同時に、この労使協定の伝統に従って、派遣事業使用者団体と労働組合が交渉し「均等待遇条項」から逸脱することを合意できるようにした。

こうして派遣業界でも他の業界と同じように労使団体交渉が広まり、業界イメージも向上し社会的に認知されるようになった。同時に、ハルツ改革に反対していた労働組合や企業内の経営協議会(たいていは組合員)を改革に協力させ、実行の監視役を引き受けさせることに成功。改革直後30万人だった派遣社員数は、グラフ2から分かるようにその3倍の90万人に増加した。

労働市場改革による変化
グラフ2から、2008年に80万人近くまで増大した派遣社員数が2009年に60万人まで減ったのが分かる。その原因は世界金融危機の影響でドイツの国内総生産(GDP)が5%のマイナスに転じたためで、非正規雇用に人員カットのしわ寄せが行き、20万件近い派遣契約が解除されたからだ。

ドイツには、経営者が操業短縮を実施して従業員を解雇しない場合、ドイツ連邦雇用庁の助成を得て給与のかなりの部分を支払うことができる制度がある。戦後最大の景気後退に直面した際、企業はこの制度を利用して正社員の雇用を守ることができた。だからこそ、2010年からの経済回復時に直ちに対応でき、それによって雇用全体を増大させ、また派遣社員数も金融危機前より増やし90万人台にすることができたといわれる。
当時の事情は、グラフ3にも反映されている6。このグラフは正規雇用者と派遣社員の失職リスクの比較である。派遣社員のリスクは正社員の5倍前後で推移しているが、金融危機後には7倍以上に跳ね上がった。

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(注)グラフ上部の線=派遣社員、グラフ下部の線=正規雇用者

グラフ4は、2002年と2012年の上半期に終了した24万9800件と54万7100件の派遣契約について、その契約期間の長さの内訳を示す7。2002年の半分以上が、2012年では半分近くが派遣契約を3カ月以内に終了している。企業はもっぱら雇用の短期的変動に対応するために派遣事業者のサービスを利用していることになるが、派遣先で3カ月以上仕事をするケースは2012年までの10年間で10%増加した。

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ハルツ改革が始まる前のドイツの労働市場は硬直していた。失業すると失業保険金だけでなく、何年にもわたって「失業扶助」を受給できた。ドイツは資格社会であるために、多くの労働者は自分が身に付けた技能を生かすことのできる職業以外は望まない。そのため、一度失業するとそこから抜け出すことがなかなかできなかった。また経営サイドから見ると、雇用者に対する法的保護が強いため、特に小規模企業にとって新たに正規の形で人を雇うことは勇気がいり、残業を増やして切り抜けようとしがちであった。また無届け雇用(闇労働)も横行していた。

ハルツ第4法による改革によって、失業保険金はそれ以前と同じように給付されたが「失業扶助」が廃止され、その代わりに「失業保険金II」が設けられた。これは働くことができる人がもらえる社会扶助(生活保護)で、資産がない社会的弱者であることを証明しないと給付されないため、失業扶助のようにあまり気にせずに受給できるものではない。
長期間、失業状態にあることが難しくなった事情はこれだけにとどまらない。失業後、直ちに求職活動を開始しなかったり、あっせんされた仕事を何度も断ったりすると、給付金を減らされるという話を当事者からよく耳にする。給付条件が厳格になったのである。

上述したように、2012年上半期に54万7100件の派遣契約が終了したが、同じ期間に約50万件の新たな派遣契約が成立した。グラフ5は、こうして派遣されることになった労働者の前歴の内訳を示す8。それまで正規雇用で働いていた人々が失業することなく派遣会社に来るケースが4分の1、失業して1年にもならない人たちが47%を占めている。この状況は、改革で「ゆっくりと失業」できなくなったと考えることもできるし、労働者の派遣会社に対する抵抗感が小さくなったからとも理解できる。雇用(就業)経験のない人は9%だが、これは学校を卒業したばかりの若者で、派遣事業が就業のための跳躍台になっていると評価されている。

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派遣による「接着効果」
こうして10年前のハルツ改革で労働市場を活性化し、2013年4月の失業率も7.1%と欧州の中では低い方9だ。近年、多くの先進国で「ワーキングプア」現象が問題視されている。ドイツも事情は同じで10、賃金水準が上昇しないことに対して非正規労働、特に派遣業界が責任を負わされることが多い11が、経営者の中にはコスト削減のために派遣社員を利用しているのではないことを強調し、数字を挙げて説明する人も少なくない。また正社員として働く者は、派遣社員の同僚の収入が自分より30%ぐらい低いと思っているようだ。同じ仕事をしながら給与が少ない同僚の存在は、意識の上で無視できないだろう。

正社員と派遣社員の給与格差を示すグラフ6は、ドイツ連邦雇用庁から発表されたものだ12。全体の平均所得が2,702ユーロと1,419ユーロで格差が大きいが、これは派遣社員の中には(高給を得ることができる)大学教育を受けた人の割合が3%と低いためだと説明される。ちなみに全体ではこの大卒者で高給を得ている人の割合は11%に及ぶ13。このグラフは単純労働に近づくほど格差が小さくなることを示している。これは、経営者が単純作業のためにわざわざ人を雇う必要がないと考えているためだと思われる。派遣事業者も利益を上げなければならないが、どのあたりまでが適正であるかは、あまり議論されない。

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派遣されて仕事をしているうちに長期失業者が派遣先の企業から正式に雇われることこそ、10年前に改革者が夢見たことだ。これは「接着効果」と呼ばれて、今まで調査されたいろいろな数字が発表されている。2012年、ドイツ経済研究所がその前年の2011年に約30万人の派遣社員が派遣先から雇われたと発表した14。この年には、グラフ2にあるように90万人の派遣社員がいたので、接着効果は3人に1人ということになりそうである。しかし、長期失業者が再復帰する確率は7%とずっと低い。

最後に、筆者が日本の労働問題関係者と話して気になったことがあるので記す。日本で派遣社員というと女性の比率が高いとされるが、ドイツでは正反対で、男性が71%、女性が29%である。ちなみに、就業者全体の男女比率は男性54%、女性46%である。

数字や文献を眺めているだけではあまりぴんとこないが、ドイツでは日本より正社員と派遣社員の壁がはるかに低いように感じられる。その理由はドイツがもともと資格社会だったこともあるが、過去多くのドイツ企業で実施された凄まじいリストラと無関係ではない。

10年近く前だったと思うが、ドイツを代表する企業に長年勤務していた知人が「隣の部屋の同僚が同じ企業に属するかどうかは、もう考えないことにしている」と語ったことがある。大企業では、ある部門が別会社になり、そのうちに投資会社の傘下に入ることなど日常茶飯事であった。ということは、派遣社員の増大という現象と並行して、社内でも正社員が派遣社員と似たような不安定なステータスになる意識上の変化が進行していたことになる。
メディアでは派遣事業者がよくたたかれるが「正規雇用か失業か」の二者択一しかなかった世界が終わってしまったことを嘆いているだけのことが多いように感じられる。

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1 http://www.wirtschaftsdienst.eu/archiv/jahr/2012/3/2750/#footnote-30819-1-backlink
2 ドイツ連邦統計局の以下のページにある数字を基に計算。https://www.destatis.de/DE/ZahlenFakten/GesamtwirtschaftUmwelt/Arbeitsmarkt/Erwerbstaetigkeit/Arbeitskraefteerhebung/Tabellen/
AtypischeBeschaeftigung2011.html;jsessionid=F3C7CD698126B89EBC5238660F6A7281.cae2
3 http://www.wirtschaftsdienst.eu/archiv/jahr/2012/3/2750/#footnote-30819-1-backlink
4 保住敏彦:「ドイツの労働市場とハルツ改革」。愛知大学国際問題研究所紀要(2010年3月)、「ハルツ改革の背景、その影響および改革の評価」。愛知大学経済学会、経済論集(2011年3月)
5 Bundesagentur für Arbeit: Zeitarbeit in Deutschland Aktuelle Entwicklungen Januar 2013
http://statistik.arbeitsagentur.de/Statischer-Content/Arbeitsmarktberichte/Berichte-Broschueren/Arbeitsmarkt/Generische-Publikationen/Arbeitsmarkt-Deutschland-Zeitarbeit-Aktuelle-Entwicklung-1HJ2012.pdf の6ページ。
6 同上の19ページ。
7 同上の18ページ。
8 同上の16ページにある数字を基に筆者作成。
9 4月の数値は
http://statistik.arbeitsagentur.de/Navigation/Statistik/Statistik-nach-Themen/Arbeitsmarkt-im-Ueberblick/Arbeitsmarkt-im-Ueberblick-Nav.html
10 https://www.destatis.de/DE/PresseService/Presse/Pressemitteilungen/2012/09/PD12_308_62.html
11 http://www.welt.de/wirtschaft/article109132916/Immer-mehr-Deutsche-verdienen-immer-weniger.html
12 上記のBundesagentur für Arbeit: Zeitarbeit in Deutschland Aktuelle Entwicklungen Januar 2013の22ページ。
13 同上の15ページ。
14 例えば、http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/iw-studie-zeitarbeitsbranche-sieht-sich-als-sprungbrett-11688824.html

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(2013年5月8日作成)

燃え尽きそうなドイツ人 -2012年・ストレスリポート

発行:2013/02/20

概要

ドイツでは従業員に対する負担がどんどん大きくなり、燃え尽き症候群の症状を示す人が増加しているといわれる。2013年1月末にドイツ連邦労働安全衛生研究所から発表された「2012年・ストレスリポート」からこのストレスの正体に迫り、ドイツの職場の現状を探る。

 

ある日曜日のことだ。息子からの連絡を待っていた私がメールをチェックすると、見覚えのない名前の人からメールが来ている。一瞬誰かと思ったが、2日前に電話した相手であった。もうけにならない話なのに安息日に働かせてしまったと、私はすっかり恐縮した。そういえば、携帯電話やメールなどの普及により、職場と私生活の境界線が、また労働日と休日の区別がはっきりしなくなったという声がよく聞かれる。

1980年代や1990年代前半までのドイツを知る人には、このような話は今昔の感に堪えないかもしれない。当時この国の人は長々とバカンスを過ごし、金曜日は半ドン、月曜日も従業員が勢ぞろいしていない企業が多く、私は担当者がなかなかつかまらないためイライラしたことがある。
ところが今や、ドイツ人は働き者になった。それもかなり前からのことで、政治家、労働組合やメディアが、ドイツ人が職場のストレスで燃え尽き症候群になるのを心配するほどである。ドイツ連邦労働安全衛生研究所から「2012年・ストレスリポート」1が発表されたが、これは約1万8000人を対象にしたアンケート調査の結果で、このリポートを読むとドイツの職場の様子が分かって面白い。

タブーがなくなる
このリポートの発表記者会見で、ウルズラ・フォン・デア・ライエン労働・社会相は「心因性精神疾患による総欠勤日数が2011年には5,9000万日に達する。これは15年前と比べて80%の増大」2と心配する。確かに職場でのプレッシャーが強まったといわれ、メディアでもよく話題に上る。
漠然とこう思っている人々にとって根拠となるのは、例えば第1図3のデータである。これはドイツの企業疾病金庫(BKK)が発表した数字で、これを見ると、燃え尽き症候群で発生する病欠日数が増加していることが分かる。2004年に4.6日(全体)だったのが、2011年には86.9日(同)にまで増大。この調子で増加していくと、ドイツの人々が燃え尽きそうな感じがしないでもない。これは職場での「締め付け」が毎年厳しくなるためだとされ、ドイツのメディアもこのようなトーンで今回のストレスリポートを報道している。しかし、本当のところはどうなのだろうか。

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ドイツ経済は「欧州の「打ち出の小づち」、ターゲット2問題について(1)」(2013年1月21日付掲載記事)でも触れたが、一時は元気を失い、大量の失業者を生み出した。2005年には失業率は11.7%、失業者数は500万人に接近していたが、2007年を境に好転し、2011年の失業率は7.1%で失業者数は300万を切った4。失業は本人にとって精神的な負担となるため、失業率が高い年の方が心因性精神疾患の発生する割合がはるかに高いはずだ。ということは、失業者が4割も減ったという実体経済の出来事が欠勤日数グラフに反映されていいはずであるのに、実際はそうではない。

この矛盾は、有名なスポーツ選手が燃え尽き症候群などの精神疾患に悩まされる例がメディアで取り上げられるなど、社会的に心の病に対するタブーがなくなり、医者もそう診断するようになったからであると説明される。このような事情はドイツの職場でのストレスを考える上で気を付けなければならないことであり、まずこの点に留意してストレスリポートの数字を眺めてみる。

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第2図5が示すように「過去2年間にストレスが増大した」と答えた人は、失業者が多かった2005/2006年には50%もいたのが、失業者が減少した2011/2012年は43%にまで下がった。この数字を見ると、職場のストレスも実体経済の改善に応じて少しは軽減されたように見える。

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第3図6は、アンケート回答者の状況やステータスに関連してストレス増大につながりそうな項目を選んだ。ドイツ経済がどん底の状態にあった2005/2006年と比べて、現在は解雇や勤務先の経営状態を心配する人も、リストラ経験者も減少したことが分かる。これらも、現在の方がストレスが小さくなったと推定させるデータである。

ストレスの正体
とはいえ、ドイツの職場では43%の人々が働きながら「過去2年間にストレスが増大した」と感じている(第2図)。これは重大なことである。今回のストレスリポートの中でこれを考えるヒントになるのは、第4図7に示された回答である。

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まず、この図の下半分から分かるように、2005/2006年には95%の人たちが、また現在もほぼ同程度の96%が、自分の専門的知識と能力といった質的な面で課題を果たすことができると思っている。この点では、大きなストレスは発生しようがない。
彼らのストレスの原因は、図の上半分が示すように量的な側面にある。どこの国にもいろいろな人がいて、同じ仕事でも、時間をかけて行う人もいれば手早く片付けてしまう人もいる。ゆっくりと働く人がノルマを果たせないで限界を感じているのか、ノルマが大き過ぎるのか。あるいは与えられた時間が短か過ぎるのか、割り当てられる人員が少な過ぎるのか、特定はできないが、これ以上の負担に耐えられない人々が2005/2006年に17%もいて、2011/2012年には19%へと増えているのである。

第5図8では、職場で要求される項目を挙げて「しばしば要求されるか」また「それが負担になるか」という二つの質問をし、前者の質問に対し肯定した人の多い順に6位まで表示した。まず「いろいろな仕事を同時にする」がトップに来ているのは「ドイツのオフィス」(2012年11月8日付掲載記事)で記したように、ドイツ人が単一時的文化に属し「ながら族」が苦手なことと関係がある。職場で一番負担となっているのは「業績向上・期日順守の圧力」で、これは第4図の「量的負担過大」に対応している。ストレスの正体は、ここにあるのではないだろうか。

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1990年代の中ごろまで、ドイツ金属労働者組合が先頭に立って労働時間がどんどん短縮され、一部で週35時間労働が実現した。これは作業時間を短縮しながら作業量を落とさないようにするもので、以前より時間に追われて仕事をすることになる。そのため、現場に近い組合員の中には時短に反対する人がいて驚かされた。とはいえ、働く人々にとって当時は一つのことに心を奪われて時間に気を付けていれば済む話だった。

ところが、1990年代後半からリストラが本格的に開始され「フレキシビリティー」が要求されるようになり、人員がカットされてノルマが増大しただけでなく、今までしなかった仕事も自分でしなければいけなくなった。昔は秘書がたくさんいたが、今や本当に少なくなった。これもドイツの職場の変化を示す。
この結果、時間と競争して増大したノルマをこなすだけでなく「ながら族」のような仕事の進め方が苦手な人々も、雑用を含めていろいろなことをするようになり、てんてこ舞いしているのではないのか。この状況は、第5図に示されたように多くの人々が「仕事の途中で邪魔が入ること」や「とても早く仕事をする」といった要求に対して感じる負担、また「いろいろな仕事を同時にする」ことに覚える不満を反映しているように思われる。

ドイツの職場においてこのような傾向は次第に強まり、今や警戒水域に接近しているように見える。というのは、第6図9に示されるように、26%の人が「しばしば休憩しない」と、41%の人が「(家庭と)両立できない」と嘆いているからである。また、経営側から長年要求されてきた労働のフレキシビリティーも、この図を見る限り、ほぼ実現したことが分かる。

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上役の在り方の変化
ストレスを考える上で職場の人間関係は重要で、第7図10の回答も注目に値する。「職場は共同体」という回答は、職場の人間関係をビジネスライクに捉えるのではなく、仲間と思っていることを意味する。80%の人がこう感じているのは「同僚との良き協力関係」(88%)を維持し「同僚が助けてくれる」(80%)経験をしているからである。興味深いのは、上司から助けてもらった人が、同僚から助けてもらった人より約20%も少なく60%に及ばない点だ。
これは、上司と呼ばれる人々が一般従業員より高いストレスにさらされ、部下を助ける余裕がないためではないか。第2図で触れたように2011/2012年に「過去2年間にストレスが増大した」と回答した人は43%であったが、これは回答者全体に対する割合で、管理職だけを選ぶとその回答率は48%になる11

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ドイツの地区疾病金庫(AOK)に属する地区疾病金庫経済研究所(WIdO)が2011年に発表した2万8000人の従業員を対象にしたアンケート調査の結果によると、管理職に対するプレッシャーが強く、彼らは病気になる暇もないという。彼らの病欠日は年間4.8日、全体は17.8日であった。また回答者の54.5%が、上司から褒められたことがほとんどないそうだ12。このような事情から、上役が、部下のノルマが減るように計らってくれることなど期待できないとよくいわれる。とすると、職場という共同体で上司は浮き上がってしまっているということにならないか。

これは、ドイツの企業での上役の在り方が変わったからである。ミュンヘンのある大手企業に長年勤務し、最近定年になった知人が職場での上役の変化をサッカーに例えて説明してくれた。選手が能力を発揮できるようにするのが監督の仕事であるが、どういうわけか、監督もプレーヤーの1人としてグラウンドを駆けずり回り、ゴールしたりパスしたりするようになった。彼の見解によると、似たようなことがドイツの多くの組織で起こっているのだという。こうなると上役も部下と同じで「一番熱心に働く平社員」にすぎない。

このような変化は、多くの企業でチームワークが重要視され、プロジェクトという言葉が多発されたり、縦でなく横の関係が強調されたりするようになったことと関係がある。また「フラットな組織」という言葉でこの事情を説明する人も多い。この変化もかなり前から進行しているものだが、頭の方がついていけないようだ。例えば、上司にもっと褒めてほしいという願望は縦型・階層型の組織特有の期待感で、これを捨て切れないでいるからである。こう考えると、現在のドイツの職場の高いストレスも過渡期特有の現象といえるのかもしれない。

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1 http://www.baua.de/de/Publikationen/Fachbeitraege/Gd68.pdf?__blob=publicationFile&v=4
2 ドイツ連邦経済労働省ウェブサイトhttp://www.bmas.de/DE/Service/Presse/Pressemitteilungen/psychische-gesundheit-veranstaltung-2013-01-29.html
3 http://www.bkk-herkules.de/pdf/faktenspiegel/BKK_FS_September_2011_Gesundheitsreport.pdf の4ページ
4 失業率などはドイツ連邦統計局のウェブサイトhttps://www.destatis.de/DE/ZahlenFakten/Indikatoren/LangeReihen/Arbeitsmarkt/lrarb001.html
5 ストレスリポートの84ページ
6 同上62ページ
7 同上85ページ
8 同上35ページ
9 ストレスリポートの50ページ
10 同上77ページ
11 同上88ページ
12 http://www.zeit.de/karriere/beruf/2011-08/fehlzeiten-report-gesundheit

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(2013年2月7日作成)