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「28-1=27」で済まない-ドイツから見たブレグジット

  • 発行:2018/11/12    美濃口 坦

概要

ドイツでブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)というと、経済的ダメージを受けるのは英国の方だと思っている人が多い。そうであるのは、残る加盟国は27カ国もあり、相手は1カ国だと思っているからである。また、英国の離脱はEUの在り方を根本的に変えてしまう。これに対処するのは容易ではない。

M0304-0023-1もうかなり前だが「ドイツ国民はブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)は自分たちと関係がないと思っている」と嘆くフィナンシャル・タイムズの記事を目にしたことがある。もしかしたらEUで上の立場にいる人たちにも似た事情があるかもしれない。

ポーランド元首相で現在、欧州理事会議長のドナルド・トゥスク氏は、2018年9月にザルツブルクで開かれたEU首脳会議でメイ英首相にケーキを勧めた。そしてこの写真1に「残念ですが、サクランボはありませんよ」というコメントをつけてインスタグラムに投稿。英国はEUの利点を保持し、都合の悪いところは拒むと非難されている。このような「いいとこ取り」は、子どもがケーキで一番おいしいサクランボだけをつまみ食いするのに似ていて、メイ首相は欧州理事会議長からインスタグラムで茶化されたことになる。

このような冗談も普通なら面白いかもしれないが、英国メディアはEU首脳会議で自国の首相が四面楚歌(そか)の状態になり、さらにこのようにからかわれたことに対し感情的に反発する。同時に保守党内のブレグジット強硬派に対する彼女の立場が弱くなり、離脱協定が締結されないままの「ノーディール」になる可能性が高まったといわれる。

現在ドイツでは、長年暮らす英国人の中でドイツ国籍を取得する人が急増中である。また英国には300万人に及ぶEU加盟国市民が在住し、彼らこそブレグジットに至った「重要問題」であった。そのうちポーランド人は3分の1近くを占め、ブレグジットがどうなるかは、彼らにとっても気が気でないと想像される。でも、インスタグラム愛好者の元ポーランド首相には自国民の運命が気にならないようだ。これも彼がブリュッセルのEU本部にいて「雲の上の人」になってしまったからで、EU加盟国市民の中にEU嫌いが少なくないのも、このような事情と無関係ではない。

一度にEU加盟20カ国が脱退したら?
ブレグジットが重大な出来事であることをドイツ国民に理解してもらうために登場するのは下のグラフである。これはEU加盟国の国内総生産(GDP)がEU内で占める割合を示す。数字は2015年のもので、英国はドイツに次ぐ2番目の経済大国で18%を占める。ドイツからポーランドまでの上位8カ国を除いて、下位20カ国のGDPを合計するとほぼ18%になる。

【図表1】2
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ということは、経済的に見ると、ブレグジットは28カ国の加盟国で構成されるEUから20カ国が一斉に脱退することに相当する。でも多くの人々は28カ国のうち1カ国だけがいなくなると考えることにしていて、EUと英国の関係も「27対1」と思うようだ。ザルツブルクで開催されたEU首脳会議以来、メイ首相の提案がEU首脳陣から相手にされず、ドイツのメディアも政治家も「ノーディール」の離脱を心配するようになった。どのようにEUから離脱するにしても、EUより英国の経済的ダメージの方が大きいというのが通説で、いろいろなスタディーを目にすると、少なくとも短期的にはそうなると思われる。

だから「対岸の火事」扱いにして、本来内輪もめが多いEU加盟国がブレグジットに関しては英国に対し団結して強硬であるのは、英国のまねをする国が出てこないようにお仕置きを十分にしておこうと思っているからだといわれる。また同時に、川を越えて飛んでくる火の粉の数が27分の1になると高をくくっていることもある。以下にドイツの事情を挙げて、それが錯覚であることを説明する。

【図表2】3
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図表2は2017年のドイツの輸出先である。9%の米国がドイツにとって「一番の顧客」で、フランスの8%がそれに続く。英国はオランダと並んで7%で、ドイツのメルケル首相が重要視して毎年のように経済界の要人を引き連れて訪れる中国も7%であることを考えると、英国はドイツにとって本当に重要なパートナーであることが分かる。次に金額でいうと、これは2016年の数字であるが、商品の輸出額は年間約860億ユーロに及ぶ。これにサービスの輸出を加算すると1,160億ユーロで、ドイツのGDPの3.7%に相当する。

次に、図表3に示した英国の輸出先から分かるように、12%の米国が英国にとって「一番の顧客」であり、次はドイツの9%、フランスは6%にすぎない。

【図表3】4
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【図表4】5
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図表4の英国の輸入先を見てもドイツからの輸入が一番多いので、英国とドイツの交易が重要であることが分かる。英国とドイツの貿易収支はドイツの出超であるが、だからといって英国は文句を言うこともなくドイツの高いクルマを買ってくれるありがたい国である。自動車や機械工業の分野では、部品の相互供給も盛んだ。ここで数字こそ挙げないが、英国の場合は南欧周辺国より、ドイツだけでなく北欧の国々との交易の方がはるかに活発だ。

ということは、EU離脱協定が成立しないで「ノーディール」という形で英国がEUを離脱したら、ドイツを筆頭にこれらの北欧の国々は対英貿易の少ない南欧の周辺国より厄介な状態に陥る。それだけではなく、5%とか10%などといわれる世界貿易機関(WTO)ルールに従って関税を支払うことにもなる。これは該当するEU加盟国の企業にとって負担の増大である。ということは「対岸の火事」から飛んでくる火の粉は、どこの国にも均等の27分の1ということにはならない。

こうして増大した関税収入は、どこへ流れていくのだろうか。これは昔から決まっていて、EU加盟国が徴収コストとして4分の1を自国の収入としてキープし、残りの4分の3はEU本部に上納する。これは加盟国の国民総所得に基づいた支払金額と比べたら少ないが、それでもEUの重要な財源である。このように考えると、欧州理事会議長のサクランボの冗談も素直に受け取ることができないかもしれない。

これからのEU
このような経済的コストを考慮すると、英国の「ノーディール」離脱はドイツにとってもなるべく避けるべきことになる。だから英国もドイツに仲介的役割を期待していた。ところが今までのところ、ブレグジット交渉はフランスをはじめ南欧の周辺国やブリュッセルの欧州委員会のペースで進行し、ドイツはそれに流されるだけである。

そうであるのは、メルケル首相が抱える問題と無関係ではない。彼女は難民問題のために国内で批判されているが、これをかわすために、EU全体での解決という体裁を取りたい。これには南欧の周辺国の協力が必要であるが、こうして借りができると、彼女は自国や北欧の国々の立場を主張しにくくなるからである。

しかし「ノーディール」離脱になるかどうかは、比較的に短期的な問題である。英国がEUを離脱する結果、EU全体の在り方が変わり、厄介な状態に陥ることを長期的観点から心配する人がいる。EU加盟国の間にも経済や政治について異なった考え方がある。それは、ドイツ、英国、オランダ、オーストリア、フィンランド、バルト三国、デンマーク、スウェーデンなど市場経済を重視する国々の立場と、反対に経済的競争力が弱いために保護主義に傾くフランス、イタリア、スペインなどの地中海沿岸諸国の立場である。

前者のグループに属する英国はEU官僚機構に対する熱烈な批判国であり、大英帝国であったこともあって世界に開かれた国である。欧州統合が「内輪の親睦会」にとどまらずに現在のEUになったのも、またドイツが世界で通用する工業国家に発展できたのも、1973年に英国が当時の欧州経済共同体(EEC)に加盟したからだとドイツではよくいわれる。もともと英国の加盟は1960年代にドイツがフランスのシャルル・ド・ゴール大統領(当時)の不興を買うことを恐れずに願望し、1963年と1967年の英国の加盟申請もフランスの反対で実現しなかった。

後者のグループの地中海沿岸諸国は経済が元気でなく、国家介入主義的傾向が強く、欧州がこれらの国ばかりなら、ブリュッセルの官僚機構がもっと肥大化していたといわれる。ということは、欧州統合は市場経済派と国家介入派の間の妥協の上に乗っかってゆっくりと進行してきたことになる。このような妥協主義こそ欧州統合の重要な特徴だ。

EU理事会はEUの最も重要な決定機関であるが、ここでの評決の仕方も、多数決で少数派の見解を拒否するのでなく、妥協が実現する仕組みになっている。リスボン条約によってこの性格は弱まったといわれるが、それでも二重多数決方式である。そのため加盟国は前もって割り当てられた数の票を持っており、議案が可決するためには、その支持国側が55%以上の票数を確保しているだけでなく、支持国全ての人口がEU全体の65%以上を占めていなければいけない。

リスボン条約の時点では妥協主義がコンセンサスで、市場経済派加盟国は人口数では39%を、国家介入派諸国は38%を占めていて、拮抗(きっこう)するようになっていた。その結果、一方が多数決で他方の反対を押し切ることはなかった。ところが、英国のEU離脱によって前者が30%に減ってしまうのに対して、後者は42%に増大する。つまり、これからは、地中海沿岸諸国の方はいくらでも意思を通すことができ、妥協しなくてもよいことになる。ということは、ブレグジットは英国がEUから離脱して加盟国が27カ国になるだけの話ではない。

例えば、加盟国はこれまで独自に国債を発行したり、社会保障システムを運営したりしてきた。ところが、この加盟国の自己責任方式もブレグジットの結果、多数決で変更し、EU全体の共同債を発行したり、共同の失業保険を導入したりすることが可能になる。このような事情から、ブリュッセルのEU関係者やフランスのマクロン大統領がチャンス到来と思い、EUやユーロ圏の改革に色めき立った。

確実に言えるのは、欧州統合がこれまでとは全く別のものになるということである。というのは、欧州統合が妥協主義の基盤で進んできたのは、加盟国が主権国家であったからである。主権国家は「一国一城の主」のようなところがあり、下手に干渉して主権侵害と思われ脱退される危険性があったために慎重になり、また妥協主義になった。

国家は自身の権限が制約されることを望まない。制約を受け入れるとしたら、それを国民に納得させるために、見返りとしての利点が大きくなければいけなかった。だからブレグジット交渉が長引き、妥協にも時間がかかった。ということは、ブレグジットの結果、EUはこのような妥協主義から多数決で加盟国に何かを強制する方式に転換することになる。

次に、これまでのブレグジット交渉を眺めると、EUは「27対1」で相手を圧倒し、歩み寄ろうとする姿勢はほとんど見られない。こうであるのは、既に述べたように、英国のまねをする国が出てこないように「お仕置き」をしているからであるが、多数決方式で締め付けを強めるEUの未来を先取りしているからでもある。同時にこれも加盟国に対する教育効果を高めることにもなる。

これに関連して興味深いのは、欧州議会によって2018年9月に28加盟国で2万7000人を対象に実施された世論調査6である。それによると「自国がEU加盟により得をしている」と回答する人がEU全体で68%もいたことである。これは1983年の調査開始以来最も高い数字であるだけでなく、同年4月の調査より4%も上昇した。ブレクジット交渉でのEUの強硬な態度は報われたのかもしれない。

しかし締め付けが強くなった欧州同盟は、今後どのように展開していくのだろうか。上記の調査で「EUは間違った方向に進んでいる」と回答した人は全体で半数もいた。例えば、フランス59%、ドイツ52%、スロベニア52%、オーストリア45%といった具合で「正しい方向に進んでいる」と回答した人は全加盟国で28%しかいなかった。ということは、以前の妥協主義のブレーキが効かなくなり、EUが「間違った方向」にどんどん進んでいく可能性もあるということになる。

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1 https://www.instagram.com/p/Bn8Luwbjzf9/?hl=de
2 Hans-Werner Sinn: Der Schwarze Juni:Brexit, Flüchtlingswelle, Euro-Desaster – Wie die Neugründung Europas gelingtの39ページ
3 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
4 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
5 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
6 http://www.europarl.europa.eu/at-your-service/en/be-heard/eurobarometer/parlemeter-2018-taking-up-the-challenge
http://www.spiegel.de/politik/deutschland/europaeische-union-vier-von-fuenf-deutschen-sehen-mitgliedschaft-positiv-a-1233660.html
https://www.heise.de/tp/features/EU-Barometer-Die-Haelfte-glaubt-dass-sich-die-Union-in-die-falsche-Richtung-bewegt-4193605.html

M0304-0023
(2018年10月24日作成)

欧州 美濃口坦氏

ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(2)

概要

ユーロ危機はまだ終わっていない。南欧を中心とした経済は低迷したままで、欧州統合に背を向ける人々が増加している。このため、フランスのマクロン大統領は欧州連合(EU)改革を提案したが、ドイツ側から見て役立つようには見えない。一方、ドイツの総選挙で欧州統合への批判的勢力が強くなったことは、メルケル首相が周辺国からの要求を断るのに役立つかもしれない。

              ……………………………..

ユーロ危機の構造
ユーロ危機には二つの側面がある。その一つ目は過剰債務の問題で、多くの国で見られることである。二つ目は、共通通貨ユーロを持つことから生まれた加盟国間の不均衡問題である。この結果、経常収支がアンバランスになるだけでなく、競争力の格差が生まれた。ユーロ導入以前なら、自国の競争力が低くなったら自国通貨を切り下げることで対応できたが、それが不可能になった。よく出される例は、ギリシャがオランダで栽培されたトマトを輸入するようになったことで、自国のトマトの販売競争力が失われたという話である。言うまでもないが、現実には、過剰債務と競争力格差の問題は複雑に絡み合っている。

過剰債務については、リラ、エスクード、ドラクマ、ペセタといった南欧諸国の通貨は、ユーロ導入以前はインフレ気味で、そのリスク防止のために金利も高かった。1995年マドリード欧州理事会で、利子が低い上、何でも買えるハードカレンシー「ユーロ」の名称が決まる(ユーロの導入は1999年)。南欧諸国にとってこれは夢のような話で、財布のひもも緩むしかない。また、外部の投資家にとってこれらの国に対する投資リスクが低くなったのも同然で、これを機に投資ブームに沸き、北から南へ資金が流れた。

私事で恐縮であるが、筆者はユーロ導入後の2000年にバカンスでスペインのアリカンテへ行った。海岸の近くで、雨があまり降らずドイツ人が好みそうな場所であった。近くをドライブすると、丘に無数の住宅が途中まで建設されたままほったらかしになっていた。この丘ははげ山で、給水などのインフラ整備も高くなりそうであったため「バブル」という言葉が一瞬脳裏をかすめた。また当時レストランへ行くと、以前と比べて料金が高くなっているのも気になった。

その後、2007年の米国発金融危機を受け、南欧諸国に資金が流れ込まなくなる。人々が不安の連鎖反応でリスクに特に敏感になったからであるが、これはそれまでのバブルがはじけたことになる。ユーロ危機は最初の震源地がギリシャであったためにソブリン危機とも呼ばれるが、民間の債務過剰も深刻である。下の図表36はユーロ圏諸国のバランスシートに占める不良債権の割合を示す。2013年以降、アイルランド、スロベニア、スペインは不良債権を減らすことができたのに対して、キプロス、ギリシャ、ポルトガル、イタリアの4カ国では前進が見られないとされている。

【図表3:ユーロ圏諸国のバランスシートに占める不良債権の割合】
M0304-0020-21

上記の数字を見ていてもぴんとこないのは、フランスに次ぐ経済大国イタリアの深刻度のためかもしれない。欧州連合(EU)全体の3分の1に相当する3,600億ユーロに及ぶ焦げ付き債権を抱えているとされている7。これはイタリアの国内総生産(GDP)の20%に相当する。2017年夏も二つの銀行が再建不能とされて破綻処理されたが、これは氷山の一角にすぎないと心配する人も多い8。焦げ付き債権が多いと、中央銀行がゼロ金利にしても資金が実体経済に回らないので、経済的停滞の原因になる。

次は国家の過剰債務であるが、欧州中央銀行(ECB)の量的緩和政策(QE)が実施されている。これは、2015年3月から2017年末まで毎月800億ユーロもしくは600億ユーロの割合で総額2兆3000億ユーロに及ぶ債券を購入するプログラムである。このうち1兆8000億ユーロはユーロ加盟国の国債の購入に充てられている。ただし、加盟国の中央銀行がそれぞれ自国の国債の購入を担当する仕組みになっている。

こうして国債も自国の中央銀行が持っている限り、返せとか利子を払えとか面倒なことは言われないので、問題は消えてしまったことになるのも同然といえる。だからといって、問題が解決したかどうかについて疑い持つ人は多い。

競争力の欠如
2番目の不均衡問題は、実体経済と関連するので知らん顔では済まされない。すでに述べたように、1995年ごろから2007年までの間にユーロ加盟周辺国で投資ブームからバブルになり、物価も賃金も上昇してこれらの国は競争力を失ってしまった。

【図表4:ユーロ圏諸国の物価の変遷(2008年9月=100)】
M0304-0020-22

この事情を示すためによく引用されるのは、上の図表4の数字である9。資金の流入が始まった2008年9月のリーマンショック時を100にとして、1995年から2016年までのユーロ圏諸国の物価の変遷を表示したものである。バブルで上昇した物価がリーマンショック以降、それぞれマイナス7%、マイナス11%、マイナス1%といった具合に下がった。とはいっても、これらの加盟国が競争力を持つためには、米国のゴールドマン・サックスの計算によるともっと下がらなければいけない。その値がマイナス34%、マイナス30%、マイナス27%、マイナス11%である。

言うまでもなく、一度上がった収入を下げることなど選挙があって民意が尊重される国では実行困難である。共通通貨導入以前であれば、これらの国は自国通貨のレートを下げれば自国に競争力が生まれたし、外国からの製品もサービスも高くなって国民は買わなくなるので、自国経済も対抗できた。ところが、何でも買えることのできるハードカレンシーを手渡された以上、自国で抑制することなど本当に難しい。

欧州では古くから、共通通貨のレートの上げ下げのメカニズムの意味についてよく議論された。このメカニズムがなくなることは解決困難な問題らしく、1980年代後半の議論では「共通通貨は、政治や経済のいろいろな分野での統合が進展して、加盟国間の不均衡もなくなった統合過程の最後にその努力を報いるための冠とし実現される」ことになっていた。ということは、フランスのミッテラン首相とドイツのコール首相(いずれも当時)の共通通貨導入・合意は見切り発車だったことになる。そこでいろいろなルールをつくったが、守られなかった。

ドイツ・フランスの相違
最近のEU加盟国での選挙結果が示すように、英国だけでなくその他の国でも欧州統合に背を向ける人々が少なくない。このような潮流に直面して、EUならびにユーロ圏についていろいろな改革が提案されている。フランスのマクロン大統領のEU改革案もその一つである。彼が若くて、ドイツと並ぶ重要な加盟国の元首でスター的存在であるために、メディアからは「欧州に新たな息吹をもたらす」と注目される。

フランスのマクロン大統領の提案は、難民対策、共通の介入軍の創設、テロ対策、デジタル化での協力強化といった具合に多岐にわたる。ユーロ圏については、彼は(EU全体とは別に)固有の予算を設けて、それを管理する財務大臣を置くことを、さらにその活動を民主的にコントロールするためにユーロ圏だけの議会の創設までも提案している。ドイツ側は多くの場合、このような話を聞くと、フランスの政治指導者層の発想と自分たちの考え方の間に横たわる大きな相違を感じるという。

加盟国の不良債権の問題だが、該当国に担当する役所があるし、問題が国境を越える場合にはECBの所轄下になる。加盟国に競争力が欠けていたり、経済活動が不活発であったりすることも現場に近い具体的な問題で、ユーロ圏に大臣のポストを設けたり、予算を設けたりすることによって解決できることなどはドイツ側には想像できないようだ(冷戦時代のことだが、西ドイツのある政治家が、筆者に欧州統合はフランスの政治家の天下り先を確保するためにあるのだと語ったことがある)。

欧州統合のパートナーとしてのフランスは、多くのドイツ人の目には、中央集権が強く、グランゼコール出身のエリート行政官が仕切る国であると認識されている。国家が主導するという発想が強く、だからこそ、よく指摘されるように対GDPに占める国家支出はフランスでは約57%にも及ぶ。ちなみに、ドイツは44.3%、日本は36.82%、米国は35.23%だ10。このような国家尊重主義のためか、EUに、特にユーロ圏に国家的性格を付与したいという願望が強いようにも見える。

ユーロ圏の在り方について、昔からフランスや南欧の周辺諸国が期待するのは一つの国家に似た連帯責任体制になることで、その結果は、経済的に強者が弱者を支援しなければいけないということになる。フランスのマクロン大統領は大統領選挙中のインタビューで「ドイツはユーロ圏の不均衡を利用して貿易収支の巨大な黒字を実現している。これはドイツ経済にとってもユーロ圏経済にとってもよくない。この点で埋め合わせがないといけない」と語っている11。「もうけた以上、少しは出せ」という考えで、だからこそ、ユーロ圏の予算とか財務大臣とかいった発想になるようだ。

似たような話だが、マクロン大統領は社会福祉に関して、加盟国が失業保険を共同で給付することを提案している。このような提案もドイツ側を驚かせたようだ。というのは、フランスもドイツに次ぐ経済大国であるので自国も費用を負担することになる。ところが、欧州統合となると(理想に燃えるせいか)自国の負担金のことを忘れてしまうように見えるからだ。

ドイツは、加盟国が独立国家で自己責任を前提として共通通貨導入に賛成した。だからこそ、ユーロ圏を連帯責任体制にすることを拒み続けている。そのためにユーロ圏共同債の発行にも反対である。これがドイツの公式の立場であるが、2010年にギリシャ支援を行ってから、裏口から連帯責任体制が入り込んでしまったといわれる。

その一つの例は、ECBが危機に陥った加盟国に便宜を図るようになったことだ。この結果、筆者が「欧州の「打ち出の小づち」、ターゲット2問題について(2)」(2013年1月28日付掲載)の中で記したように、加盟国の中央銀行はユーロを発行できるので「打ち出の小づち」を手にしているのと同じことになった。ということは、問題は資金が南欧の周辺国に回らないことでなく、そこに投下されないで、ドイツなど北の国々に戻ってきて不動産や株に投下されてバブルを引き起こすことである。ということは「不均衡の埋め合わせをする」ために予算を設けるのも奇妙な話である。

ユーロ圏には「ターゲット2」と呼ばれる決済システムがあるが、現在、南欧周辺国に対するドイツの債権残高は8,500億ユーロにも及ぶ。この巨大な額はドイツから潤沢な資金が流れ込んでいることを意味する。同時にターゲット2の債権残高は「欧州の「打ち出の小づち」、ターゲット2問題について(2)」(2013年1月28日付掲載)で記したように、ターゲット2の債務残高のある加盟国がユーロ圏から脱退したら戻ってこないことでもある。ということは、ドイツは南欧周辺国からの要求に対して譲歩しなければいけない立場にあることになる。

この事情を考慮すると、ドイツではユーロ圏における連帯責任方式の拡大に批判的な自由民主党(FDP)と連立を組み、ユーロ救済に懐疑的なドイツのための選択肢(AfD)が議会にいることは、メルケル首相にとって南欧周辺国からの要求を断りやすい状況が生まれたという意味で頼もしいかもしれない。

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6 Bankenunion:Wie stabil sind Europas Banken?
http://www.delorsinstitut.de/2015/wp-content/uploads/2017/06/170627_JDI_Bankenunion_Web_A4_einzeln.pdf 4ページ
7 http://derstandard.at/2000040798352/Banken-ziehen-Italien-in-die-Tiefe
8 https://jp.reuters.com/article/eurozone-banks-italy-idJPL4N1K33RF
9 ifo研究所・前所長Hans-Werner Sinn – Die Fiskalpolitik der EZB – Wie geht es weiter in Europa?(2017年10月12日にミュンヘンで行われた講演)
10 https://de.statista.com/statistik/daten/studie/329446/umfrage/staatsquoten-in-industrie-und-schwellenlaendern/
11 https://www.morgenpost.de/politik/article210281479/So-denkt-Emmanuel-Macron-ueber-Deutschland-die-EU-und-Trump.html

M0304-0020-2
(2017年11月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

予想外のブーメラン - EUの対ロシア経済制裁

  • 発行:2015/07/3

概要

2015年6月17日、欧州連合(EU)は対ロシア経済制裁を2016年1月末まで延長することで合意した。その数日後、オーストリア経済研究所(WIFO)が発表したスタディーによると、対ロシア経済制裁が欧州の国内総生産(GDP)に及ぼす影響は1,000億ユーロに及び、200万人の雇用が失われる。特にドイツの事情は深刻で、50万人近い雇用が失われる危険がある。

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2015年6月17日、欧州連合(EU)は2014年7月30日の理事会で決議し、実施から1年を迎えた対ロシア経済制裁を2016年1月31日まで延長することで合意した。そして皮肉なことに、その数日後にオーストリア経済研究所(WIFO)から、対ロシア経済制裁がEU経済に及ぼす影響についてのスタディーが発表された。それによると、欧州(EU加盟国とスイス)の国内総生産(GDP)に対するマイナスの影響は1,000億ユーロに及び、200万人の雇用が失われる。特にドイツの事情は深刻で、50万人近い雇用が失われる危険がある1。このスタディーは、欧州の主要7紙による連盟「リーディング・ヨーロピアン・ニュースペーパー・アライアンス」(LENA)の委託を受けて作成されたものだ。

過信するEU
欧州諸国は対ロシア経済制裁に踏み切ったとき、自分たちの力を過大評価し、同時にロシアが置かれた立場に対する理解が十分とはいえなかったのではなかったのか。冷戦時代に辛抱強く東方外交を展開して平和裏に国家統一に成功したドイツこそ、欧州のどの国よりロシアについてのノウハウがあったはずである。しかし残念なことに、次の世代に継承させることができなかったようだ。

対ロシア経済制裁の決定と関連して当時、ドイツでは次のようなことが言われた。ロシアは輸出全体の3%強を占め、スイス、ポーランド、ベルギーに次いで11番目であり、ドイツにとって重要な経済的パートナーではない。また、ロシアと取引する企業は10%にすぎず、これらの企業の4分の3近くは、ロシアへの輸出が占める割合は4分の1に及ばない。そのため、対ロシア経済制裁によって困る企業が出てきても、全体として見ればごく小さな問題といえる。

ロシアでは、原油価格の低下を受けて通貨ルーブルが下落。これに伴い購買力も低下し、2013年には既にさまざまな分野でドイツからの輸入を減らす傾向にあった。また、イメージの上でもロシアは中国の陰に入りつつあった。ドイツを筆頭に欧州諸国がロシアに対し経済制裁を導入すれば、ロシアがすぐに折れて出てくると考えたのは、このような事情からである。

経済制裁という「戦争」を始める以上、エスカレートもエグジットも考慮しなければいけないが、このような戦略的思考が現在のEUを動かしている人々に欠けているのかもしれない。例えばドイツは、ガスやその他の資源に関してロシアへの依存度が高いという「弱点」を抱えている。ところが、ロシア側が攻撃的にならないことを当てにしている節がある。これは、ドイツにおいてロシアが昔からビジネスパートナーとして信頼されてきたことと関係があるかもしれない。ロシアは、顧客がきちんと支払いを行う限り納入義務を守り、冷戦時に東西関係がいかに緊張してもこの原則を変えなかったとよく褒められた。ロシアは2014年8月にEUからの経済制裁に対抗するために、欧州の農産物と食料品の輸入を禁止する措置を講じたが、この程度で済んでいるのはドイツにとって幸運としか言いようがない。

対ロシア経済制裁による影響に関するマクロ分析
図表1は、WIFOのスタディーを基に作成したものである。対ロシア経済制裁が欧州(EU加盟国とスイス)のGDPに2013年と比べてどれほどマイナスの影響を及ぼすかを示す。青色の棒の数字は経済制裁導入直後、赤色の棒の方は経済制裁が長引いて中期的になった場合である。既に述べたように対ロシア経済制裁は延長され、現状は赤い棒の値になる。

フィンランド、ポーランド、ドイツなどはロシアとの貿易関係が盛んであるため、当然、ロシアに対する経済制裁による被害の度合いも大きくなる。図表1に表示されていないが、エストニアは対ロシア経済制裁導入直後がマイナス5.99%、長引くとマイナス15.85%に及び、経済情勢が厳しくなりつつある。また、欧州全体のGDPの減り具合は、図表1には示されていないが、対ロシア経済制裁導入直後がマイナス0.32%、中期的にはマイナス0.84%である。このマイナスの影響は、金額で表示すると冒頭のほぼ1,000億ユーロになる。

WIFOのスタディーでは、このようなマイナスの影響のどこまでが対ロシア経済制裁や対EU逆経済制裁の影響によるものなのか、あるいは原油価格の低落やルーブル安によるロシアの購買力低下が原因であるかについては区別されていない。しかし、現在のような相互に依存する経済関係と複雑な波及効果を考えると、そのような区別は不可能に近いとされている。

【図表1 対ロシア経済制裁によるGDPへの影響】
M304-0015-1
出典:WIFO:Makroökonomische Effekte des Handelskonflikts zwischen der EU und Russland

図表2は、対ロシア経済制裁がEU加盟国の雇用に及ぼす影響を示す。中期的に見るとドイツでは46万5000人が失業する危険がある。しかし、この数字に納得できない人がいるかもしれない。というのは、ロシアに関係する職場で働く人の数は、メディアでよく30万人といわれているからだ。

WIFOの説明によると、例えば、ドイツのメーカーがフランスのメーカーに部品を納入している場合、対ロシア経済制裁によってロシアに部品を販売できなくなったフランスのメーカーは、ドイツのメーカーからの購入を減らす。こうして減った分は、ドイツの対フランス輸出額減少として片付けられて、本来の原因は無視されるのが普通である。今回のスタディーはこのような隠れたケースも考慮し、可能な限り波及効果もカバーするようにしたそうだ。同時に、後で触れる他のどの試算より事態の深刻さを強調している。

図表1によると、中期的にドイツのGDPに及ぼすマイナスの影響は1.12%に及ぶ。また、図表2から分かるように、中期的には46万5000人の雇用が危険にさらされる。上述した通り、欧州(EU加盟国とスイス)の失業リスクは200万人であるので、ドイツがその約4分の1を占めることになる。ドイツ経済東欧委員会のエックハルト・コルデス委員長は「EU内で、掛け値なしに最大の犠牲を払っているのはドイツ経済だ」と嘆き、昔から苦労して開拓してきた市場が永久に失われることだけでなく、冷戦時代のロシアコネクションを生かして旧東ドイツで育った中小機械メーカーが軒並み破綻することを心配する2

【図表2 対ロシア経済制裁がEU加盟国の雇用に及ぼす影響】 (単位:人)
M304-0015-2
出典:WIFO:Makroökonomische Effekte des Handelskonflikts zwischen der EU und Russland

「振り上げた拳」の行き先
対ロシア経済制裁の影響については、特定の業界や企業の対ロシア輸出が減ったという数字をよく見掛ける。一方、WIFOが示すようなマクロの数字はあまり見掛けないが、2014年の夏、バイエリッシェ・ヒポ・フェラインス銀行のエコノミストが「HVB Trends & Märkte Spezial Juli 2014」の中で試算し、ドイツのGDPに対するマイナスの影響について2014年は0.7%、2015年は0.8%という数字を弾き出した。

EUもこの問題について絶えず試算しているといわれるが、公表されず、一部の関係者など限定された人々に、それも多くの場合、外部へ漏れないようにペーパーでなく口頭だけで伝えられるといわれる。それでも時々、この数字がメディアに登場することがある。2015年5月末にも「マイナスの影響が0.25%」という試算があったと伝えられた。

これに関連して興味深いのは、2014年5月9日付の週刊誌「シュテルン」のスクープ記事である3。EUのエコノミストは、本格的なロシア経済制裁がEU加盟国の経済に及ぼす影響を試算し、復活祭前の同年4月初旬に各加盟国政府に送ったという。シュテルン誌は、ドイツ政府宛てのこの極秘リポートを入手した。それによると、厳しい対ロシア経済制裁を行った場合、ドイツのGDP成長率は、2014年は0.9%、2015年には0.3%へと下がり、中程度の経済制裁でも2014年は0.3%、2015年には0.1%のマイナスの影響が発生するとしている。

この記事の全体のトーンは、対ロシア経済制裁の実施に対する警告であった。EUのオリジナルリポートのメッセージも似たようなものであったと推定される。2014年のドイツのGDP成長率は1.6%で、2013年は0.1%、2012年は0.4%だった。他のEU諸国はもっと元気がない。この程度の成長率の上がり下がりに一喜一憂し、失業率も軒並み高い欧州諸国が、ロシアに対する本格的な経済制裁に踏み切ることをためらっていたのも当然である。

このような状況下で起こったのが、マレーシア航空NH17便撃墜事件だ。事件直後、ロシアに疑惑の目が向けられ、対ロシア経済制裁が実施された。その後、捜査を担当するオランダの検察は、多くのデータや100人以上の関係者の証言を収集したが、容疑者をいまだに特定できていないとしている。

今回延長された対ロシア経済制裁は、これからどうなるのだろうか。東ウクライナの武力紛争は内乱であるが、1990年代のユーゴスラビア紛争より米国とロシアの代理戦争という性格が強い。欧州安全保障協力機構(OSCE)の監視員の報告からも分かるように、紛争の当事者のどちらかがより侵略的だとは断定しにくい。また、戦闘には2003年のイラク戦争以来、本格化した民間軍事会社の派遣社員が多数参加している。このような21世紀的現実を、欧州諸国は「侵略するロシア対自衛するウクライナ」とか、冷戦時代の東西の対立などといった20世紀型の戦争の図式に無理にはめ込んで理解した。このことこそ、紛争学研究者のクルト・グリッチュ氏の見解では、欧州が自身で問題を解決できなくなり、対ロシア経済制裁で「振り上げた拳」の行き先に困っている原因である。

EUは、ミンスク首脳会談での停戦合意の実行を対ロシア経済制裁終了の条件にした。これは、ウクライナ政権とその「反乱軍」の双方が、また現場で戦闘に参加している人々が平和を希求することを当てにすることである。でも下手をすると、民間軍事会社の雇用が確保されているだけで、欧州諸国の国内の失業者は増大するばかりかもしれない。

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1 http://www.n-tv.de/wirtschaft/Was-die-Russland-Krise-wirklich-kostet-article15333861.html
http://www.bmwfw.gv.at/EnergieUndBergbau/Energieeffizienz/Documents/Endbericht%20EU-Russland%20Sanktionen%20WIFO%2010.12.2014.pdf
2 http://www.ost-ausschuss.de/sites/default/files/pm_pdf/PM-Ukraine-Krise-2015.pdf
3 http://www.stern.de/wirtschaft/news/stern-de-exklusiv-eu-geheimbericht-schuert-angst-vor-haerteren-russland-sanktionen-3717206.html

M304-0015
(2015年7月16日作成)

貧しいドイツ国民?-家計資産の比較

発行:2014/12/24

概要

いろいろな調査でドイツ国民の家計資産が低いことがよく指摘される。また国民の一部の窮乏化を心配する声も後を絶たない。戦後西ドイツ以来経済的に成功し、今後もその条件が続くと思われているせいか、問題はあまり深刻に受け止められないようだ。

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金融機関や経営コンサルティング会社によって家計金融資産についてのレポートリポートが作成される。ミュンヘンの保険会社・アリアンツ・グループの「グローバル・ウェルス・レポートリポート」1もその一つで、いつも秋頃秋ごろに発表される。ここでいう金融資産とは銀行預金や保険・年金準備金、株などの有価証券で、報告書は中央銀行やその他の機関の統計資料をもとに基に作成され、50カ国・地域以上をカバーする。

2014今年のレポートリポートによると2013年には、世界の家計金融資産はこれまでの最高記録の118兆ユーロに達したそうだ。これは2012前年度より10%近くも増大したことになる。2001年から~2013年までの年平均増加率は5.2%だったことを考慮すると、富が2013年に急増したことになるが、米国、日本、西ヨーロッパ欧で株価が上昇したからといわれる。

【図表1:世界の総家計金融資産における地域ごとの割合(2013年)】
(単位:%)
M304-0010-1

上の図表1は、この118兆ユーロの家計金融資産の地域ごとの割合を示す。経済的に豊かな北米と西欧が44%と25.5%といった具合に大きな割合を占める。アジアも24.5%であるが、今でも世界の家計金融資産の10%を占める日本が含まれる。西欧や日本などの地域では家計金融資産の増加度が低い。反対に、中南米、東欧、(日本以外の)アジア、オセアニアでは今世紀に入ってから2桁台の増加率を示し、豊かな地域との差を縮めつつあるそうだ。

奇妙な経済大国
リポートによると2014年には中国が日本を追い越すそうだが、それは、巨大な人口を抱える国としての話で、1人当たりの金融資産は6,000ユーロ程度で日本の10分の1以下にすぎない。

【図表2:1人当たりの家計金融資産】  (単位:1,000ユーロ)
M304-0010-2

上の図表2は国・地域別の1人当たりの金融資産を示す。単位は1,000ユーロで、青い横棒の金額から債務の分を除いたのが正味の家計金融資産になる。こちらの方は赤い横棒で表示されている。この正味の金額の高い順に上位25カ国・地域が並んでいる。1人当たりではスイス国民の家計金融資産が1番高く、その後、米国、ベルギー、オランダ、日本と続く。

面白いのは、欧州経済のけん引車とされるドイツ国民1人当たりの金融資産がベルギー、オランダ、イタリア、フランスなどユーロ圏加盟国より低いことだ。ドイツは工業国家で日本とよく比べられる。図表2を見る限り、日本は経済的繁栄の成果が国民の資産形成につながったのに対し、ドイツはそれがうまくいかなかったようにみえなくもない。

超低金利政策の影響
ここから、家計金融資産形成に影響を及ぼす欧州中央銀行の超低金利政策に触れる。留意すべきは、ユーロ圏加盟国がどの程度まで資産を銀行預金として持っているかである。金融資産に占める預金の割合は、ドイツは40%に及び、ユーロ圏でドイツより高い国はギリシャ、スペイン、隣国オーストリアの3国で、それぞれ64%、47%、45%もある。ドイツより低いのは39%のポルトガルで、31%のイタリア、29%のフランス、22%のオランダが続く。

下の図表3は、2003~2008年の金利が2010~2014年の間にも継続したと仮定して、この状態と比べてユーロ圏内で損する国と得する国を示す。

ドイツ国民は2010年以来の超低金利のために223億ユーロの利子を得られなかったのに対して、スペインやイタリア、フランスは2003~2008年の金利が適用されずに、超低金利になった結果、それぞれ536億ユーロ、390億ユーロ、190億ユーロも払わずに済んでいることになる。

【図表3:低金利政策の影響】 (単位:10億ユーロ)
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また得する分と損する分を国民1人当たりで計算することができる。例えば、フィンランドは1,700ユーロ、ポルトガルは1,549ユーロ、スペインは1,149ユーロも得している。反対に、1人当たりで1番損するのは、ベルギーで563ユーロ、スロバキアはその次で399ユーロ、ドイツ国民は3番目で281ユーロになる。

図表3から分かるように、圧倒的に多数のユーロ圏加盟国が超低金利政策で得していることになる。またギリシャやスペイン、オーストリアは銀行預金の割合も大きいので、ドイツと同じように利子をもらい損なって損する方になるはずだが、現実にはそうならない。これらの国が得する組に入るのは、債務が占める割合が高く、その結果低金利政策のおかげで利息負担の方が軽減されるからだ。

欧州中央銀行の超低金利政策は、ただでさえ大きくないドイツの家計金融資産を減じる効果があることは言うまでもない。老後のための貯蓄であること考慮すると、(後述する)高齢者の窮乏化の原因になる。

なかなか発表しなかった数字
ここまで、2014年秋発表されたアリアンツ・グループの「グローバル・ウェルス・リポート」のグラフや数字を利用してきた。今から別の家計資産に関してのリポートを参考にする。これは、欧州中央銀行が統計資料だけでなく、資産状況についてユーロ圏加盟国6万2000世帯に1時間以上もインタビューするなどして、時間もコストも惜しまずに作成したものである。下の図表4はこの報告書の数字に基づく2

【図表4:ユーロ圏家計資産】 (単位:1,000ユーロ)
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アリアンツ・グループの図表との相違は、家計資産であるので、不動産などの所有物も含む。次に単位は1,000ユーロだが、赤い横棒の数値は中央値(メディアン)を、青い横棒は平均値を示し、平均値の高い順に加盟国が並べられている。

欧州中央銀行は、2013年3月にユーロ圏加盟国がキプロス支援に合意するまでこの報告書を引き出しに入れたままにして発表しなかったといわれる。その理由は、オーストリア、ドイツ、オランダ、フィンランドといった家計資産の低い国民が、キプロスをはじめ図表4の上位にある裕福な国に対する支援に反発することが心配されたからである。特にドイツ国民にとって、報告書は衝撃的だ。経済大国ドイツがユーロ圏をけん引していると長年いわれてきたが、この自国イメージに反するからである。

でもそれだけでない。ドイツの家計資産の中央値は5万1000ユーロで、この数値は図表4の中で1番低い。ドイツ国民を貧しい方から数えて、ちょうど真ん中まで来たときにこの資産額になることになる。平均値は19万5000ユーロに及ぶので、中央値の4倍近くに相当する。中央値と平均値にこれほど差がある加盟国は図表4の中では他にない。ということは、ユーロ圏でドイツは特に大きな貧富の格差が存在する国になる。これも国民の頭の中に長年にわたって出来上がった自国のイメージに合わないと思われる。

ドイツ国民の家計資産がこれほど乏しいという結果になったのは、自分の住居を所有している人が少ないからである。ドイツのマイホーム率は44%であるのに対して、スペイン(83%)、ギリシャ(72%)、キプロス(77%)、イタリア(69%)など多くの加盟国では比較的高い。ドイツやオーストリアでは公営住宅に住んでいる人も少なくない。言うまでもなく公有の不動産は家計資産に含まれない。とはいっても、民営化ブームで公営住宅を手放した地方自治体も多い。

成功は繰り返すもの 
ドイツのメインストリーム・メディアは自国民が欧州統合や単一通貨ユーロに反対することを望まない傾向があり、そのために欧州中央銀行のこの報告書が知らされたときには「貧しいドイツ国民」3というコメントが出た程度で、あまり問題にされずに済んだ。でもそれだけでないかもしれない。経済指標は数字で一見客観的であるが、どの数字が気にされるかは、国民の先入観が影響し、国によって異なる。

ドイツで一番重要なのは失業率とされ、これはワイマール時代のナチ台頭と関係があるかもしれない。成長率も重要であるが、これも失業率との関係である。自国通貨のレートも日本ほど重要視されない。この点、私はいつも面白いと思う。輸出が国内総生産に占める割合は日本はせいぜい15%余りであるが、ドイツは50%を超えるのに、同様に重要視されていない。家計資産もこの国ではあまりピンとこない数字の一つなのだろう。

多くのドイツ国民にとって重要なことは、できるだけ多数の人が職を持ち、お金を稼ぎ生活できることだ。現在南欧諸国のすさまじい2桁台の失業率を耳にするドイツ人にとって、そこの人々が小金を持っていることなど聞いてもあまりうらやましくないかもしれない。

彼らがそう考えるのは、戦後西ドイツ以来の工業国家としての成功モデルが頭の中にあるからだと思われる。多くの人々が工場で働き、給料をもらい、社会保障を支え、その結果病気になっても、また年取って働けなくなっても困らない方式が成立した、今や評判が悪いとされる2003年のシュレーダー政権時の労働改革は、1人当たりの給料を少なくすることで雇用数を減らさないようにして、国民のこの期待を裏切らないようにしたことになる。

ドイツの失業率は現在4.9%で、国民の期待に応えているようにみえる。とはいっても、隣国と通貨を共有している以上、超低金利政策をはじめ多くのことが自国だけの問題でない。また現在4人に1人は低賃金しかもらえず、(少子高齢化の厄介な問題を別にしても)将来年金だけでは暮らしていけないといわれる。

このような事情から、経済協力開発機構をはじめいろいろな機関からドイツに対する警告は後を絶たない4。とはいっても、過去の成功は未来も繰り返すと考えて気にしない人が多いようである。

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1 https://www.allianz.com/v_1411404269000/media/press/document/Allianz_Global_Wealth_Report_2014_en.pdf
2 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/wirtschaftspolitik/armut-und-reichtum/ezb-umfrage-deutsche-sind-die-aermsten-im-euroraum-12142944.html
3 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/kommentar-arme-deutsche-12143183.html
4 http://www.n-tv.de/politik/Deutschland-droht-grosse-Altersarmut-article11799986.html

M304-0010
(2014年12月10日作成)