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自分から出て行く―ドイツのユーロ離脱の可能性

発行:2012/02/08

概要

ドイツは経済人が個人的に政治について発言することはあまりない国である。ところが、このままユーロに固執することがドイツ国民によくないと発言した経営者が出て来た。

格付け機関がユーロ圏加盟国・国債を格下げした。格下げの対象となった国は高利子を払うことになり財政悪化がますます進行し、加盟国会議が開催され救済決議がなされる。間もなくすると、これでは十分でないことが分かり、格付け機関も再格下げを検討。また当該加盟国の財政悪化が懸念され加盟国会議になり救済決議。しばらくするとその救済策ではまた不十分なことが分かり、また格付け機関が格下げを行い…。

同じような会議を繰り返すたびに救済に必要な金額が膨れ上がる欧州諸国を見ていると、1814年のウィーン会議を連想する人がいるかもしれない。ナポレオン戦争終結後「欧州新秩序」を確定するためにウィーンで会議が開かれたが、各国の利害が衝突し権謀術数が渦巻き「会議は踊る、されど進まず」といわれた。今回も「メルコジ」の舞台裏では「欧州新秩序」についての独仏間の確執が続いているのではないのだろうか。

M304-0001外からは、同じことの繰り返しのように見える21世紀版「会議は踊る」も、ドイツ国内ではこのところ雰囲気が変わりつつある。少し前のシュピーゲル誌に冷温技術とプラントで有名なリンデグループのヴォルフガング・ライツレ社長(写真左1)とのインタビュー2が掲載されたが、これもこの雰囲気の変化を示唆するのかもしれない。

ライツレ社長のように現役の実業家が、政治的に微妙な問題について、それも、通り一遍な発言でなく具体的に自らの考えを話すのは異例である。彼は経営者として評価が高いが格別の卓見を披露したわけでなく、ドイツ国民が漠然と感じていたことをはっきりと述べただけである。

メルケル首相に代表されるドイツ国民が今までこの問題で絶対に譲れないと抵抗してきたことがある。それは、(1)欧州中央銀行に加盟国の国債を購入させないこと(2)ユーロ圏共同債を導入させないこと、この2点こそ、ドイツを譲歩させて何とか実現しようとフランスが画策していることである。反対に、これを実現させないことに関してはドイツ国民の間にコンセンサスがあるとされ、意見が分かれるとすれば、それは問題解決のためにどこまで例外を認めるかという点である。

(1)の欧州中央銀行の国債購入は、財政破綻国の利子負担軽減のためにすでに実施されている。インフレの危険からこれが「禁じ手」であることは、ライツレ社長もインタビューの中で指摘している。ところが、財政破綻国にとって改革は何年もかかり、国際市場はそれまで待ってくれないことを考慮すれば、財政破綻国の改革を成功させるための国債購入は当面はやむを得ないというのが彼の見解である。

ドイツ国民は、ギリシャ援助、欧州金融安定ファシリティーにしろ資金を提供してきたが、(2)のユーロ共同債には反対する。その理由は、共同債導入が自国の借金をユーロ加盟国全体の借金に書き換えることになり、その結果、ユーロ圏で財政規律のある加盟国が財政放漫国の借金の片棒を担ぐ体制になることが懸念されるからである。

ドイツには、欧州中央銀行による国債購入にしろ、金融安定化のための援助にしろ、財政放漫国の財政規律の改革や回復・強化に役立たず、単にドイツ国民の負担を増大させるだけの結果になることを恐れる人がいる。これまでギリシャで起こったことを見る限り、この危惧に全く根拠がないとはいえない。

ライツレ社長もインタビューの中でこの点に触れて「支払う税金の半分以上が隣国の赤字財政の補填(ほてん)に使われるようになったら、ドイツ国民の中にユーロ救済に対する支持はなくなる」と指摘して、「自分は、何が何でもユーロを維持しなければいけないという見解を取らない、また隣国が財政規律を持たないのであればドイツのユーロ圏脱退を必ずしもタブー視するべきでない」と述べている。

ドイツが昔のように単独通貨・マルクに戻ったら「マルク高」になり、輸出産業が軒並み打撃を被り失業者が増大するのではないか、というのはドイツでユーロを維持しようとする人々が今まで繰り返してきた警告であった。それに対して、ライツレ社長は、そのことをあまり恐れるべきでないとする。確かに厳しい状況が数年間ぐらいは続くかもしれないが、この試練によって、ドイツ企業はかえって世界市場で競争力を持つようになると予想する。彼がこう思うのは、自国のためであろうが、隣国のためであろうが、大量の財政赤字を抱え込むことは、ひいては経済の活性化を奪うと考えているからだ。

これまで似たようなことを言う人はいたが、ユーロ維持派は聞こえないふりをするか、そうでなければ実行不可能な非現実主義として無視していた。相手がドイツを代表する会社の経営者の発言となるとそうもいかないのかもしれない。

私が面白いと思ったのは、ドイツが「自分から出て行く」と言っている点である。というのは、以前であればギリシャやポルトガルなどの財政放漫国に対してユーロ圏から出て行けと言うことが多かった。

ある意味で「自分から出て行く」と言い出すようになったのは、ドイツの孤立感の表れかもしれない。欧州中央銀行の国債購入に抵抗したり、またユーロ共同債に反対することを理解させることは、米国やアジアだけでなく欧州内でも非常に難しくなりつつある。というのは、デフォルトに陥る国が出て、その結果、厄介な連鎖反応が発生することを、誰もが恐れるからで、この結果問題が先送りされ、ドイツ政府もこの圧力に本当は抵抗しきれなくなっている。

ユーロについてのニュースが流れたら耳をふさいだり、あるいはドイツが逃れることのできないわなに陥ったと感じている国民は少なくない。このような状況に直面して「いつまでも先が見えない不安より、いっそひと思いにドラスティックな結末を迎えたほうがいい」というムードまでもが流布し始めている。

もうかなり前から「(ドイツが)自分から出て行く」ことについて思いをめぐらしている人がいるようで、例えばハンブルクのヘルムート・シュミット大学のディアク・マイヤー教授3もその一人である。彼の「月曜日・Xデー」のシナリオは次のようになる。

《週末に突然政府から、週明けの月曜日に銀行が休みになると発表される。銀行ではこの日窓口は閉まっているが、全ての預金が管理される。火曜日に銀行が開き、窓口で顧客が持って来たお札に磁気インクによるスタンプが押される。この措置が施されたお札だけが、この日からドイツ国内で通用するユーロ紙幣になり、ドイツへ入国してユーロ紙幣にスタンプを押してもらおうとする人が出てくるが、国境が閉鎖されるために実現しない。そのうちにスタンプが押されていないユーロ紙幣はスタンプされたユーロ紙幣に対して25%ほど価値を減らす…。2カ月後に独連邦議会でユーロ圏脱退と、そのための憲法改正が決議され1年後に新しいドイツ・マルクが導入されて、スタンプの押されたユーロ紙幣が自国通貨として新ドイツ・マルクに換えられる》4

こんなシナリオが登場するのもドイツ国民の神経がすっかり細くなってしまっている証拠なのかもしれない。

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1 リンデグループ提供。
2 Der Spiegel Nr.3/16.1.12, 64.p-68p.
3 http://www.hsu-hh.de/meyer/index_9frZCztaABkNMvKr.html
4 Der Spiegel Nr.48/28.11.11, 74 p.

M304-0001
(2012年1月30日作成)