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ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)

概要

ユーロ危機など過去のことだと思う人もいるかもしれない。そうであるのは、定期的に景気のいいニュースが流れるからだが、ユーロ危機はまだ終わっていない。南欧を中心とした経済は低迷したままである。またユーロ圏では、どの国の国民投票においてもEU離脱賛成者の割合が高い。「ポピュリズム」という言葉は、この現象を見ないで済ませるための気休めかもしれない。

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2017年9月24日にドイツの連邦議会選挙があった。それまで大連立を組んできたメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は32.9%に、連立パートナーの社会民主党(SPD)も20.5%にという具合に大幅に得票率を減らした。SPDは野党になると明言しているので、メルケル首相には連立相手としては自由主義経済の自由民主党(FDP)と環境政党・緑の党しか残されていない。

今回の選挙の勝者は、ドイツのための選択肢(AfD)である。この右翼政党は12.6%も票を得て連邦議会に初めて登場するだけでなく、94議席も獲得し、国政レベルで第3党に台頭した。この躍進は2年前にメルケル首相が100万人以上の「難民」を受け入れたことに不満を持つ人が多いからである。どの政党も難民受け入れに表立って反対しなかった以上、抗議表示をする選挙民にはこの党しか残っていなかった。

「不自然なコンセンサス」
AfDというと人種の不当な扱いや反イスラム感情をあおる「右翼ポピュリズム」とされるが、これは中身を見ないレッテル貼りのきらいがある。この点についてスイスの新聞は次のように記している。

《AfDに人々が投票したのはメルケル首相の難民政策のためだけではない。この政党が誕生したのはこの国の政治文化に不自然なコンセンサスがあるからで、これは欧州連合(EU)やユーロを論じないことが賢明とされている点だ。AfDはこの思い込みをぐらつかせて、他の政党が立ち去り、空っぽにした政治空間に入り込んだ》(ノイエツリュヒャーツァイトゥング、2017年9月24日付。ベルリン発・ベネディクト・ネッフ1

ドイツを訪れたフランス人は、マクロン大統領がEUやユーロ圏の改革を熱心に提案しているのにドイツの選挙戦では問題にされないことに驚いていた。これも、この国の「政治文化の不自然なコンセンサス」を示す。筆者は今回いろいろな町へ行き選挙戦を観察する機会があったが、そういえば欧州をテーマにするポスターを見なかった。

M0304-0020-11左の写真は、夜遅くベルリンで見つけたAfDの電子選挙ポスターである(筆者撮影)。「私たちが喜んで良い暮らしをするドイツのために」という笑顔のメルケル首相のポスターと、ドイツの自動車メーカーの広告と、波間に沈みかかっている1ユーロ硬貨のポスターが交代する。AfDの文句は「『ユーロ救済?』、そのために何でもするのには反対」である。これは2012年に「ユーロ救済のために何でもする」と発言したマリオ・ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁に対する反対表明だ。

AfDの紙のポスターは破られることが多く、それを防ぐために手の届かない高い所に貼られていたのが思い出された。そして、抗議政党でライバルの左翼党のポスターが多い東ベルリンの近くで、高価であっても剥ぎ取られない媒体に踏み切った思惑が想像された。

上記のスイスの新聞が指摘する「不自然なコンセンサス」が本格的になるのは、危機に陥ったユーロ加盟国の救済が始まった2010年頃からである。当時、メルケル首相はドイツに支援以外の「選択肢がない」と批判に口封じをし、その後、支援は超党派で進行し、主要メディアも同調。彼女こそ、AfDの名付け親である。

「EUやユーロを論じない」政治文化は、自国民を「過去」と関連して隣国に対して反発させないようにするための配慮でもある。というのは、欧州共通通貨は、ベルリンの壁崩壊後にドイツのコール首相がフランスのミッテラン大統領(いずれも当時)にドイツ統一を認めてもらうためにその導入要求に従ったという経緯がある2。当時、国民の大多数は気が進まなかったし、多数の経済学者もその無謀に対し警告した。そして導入後、数年でユーロ危機が始まる。恐れていたことが目の前で進行するのに対して無力感にさいなまれるだけであったために、このテーマに耳をふさぐ人も多い。

ユーロ圏の現状
ユーロ危機など過去のことだと思う人もいるかもしれない。そうであるのは、定期的に景気のいいニュースが流れるからだ。例えば、2017年夏のドイツの経済誌の報道である3。大見出しは「ユーロ圏は世界経済の希望の星」で、小見出しは「病人からパワフルマンへ」。すぐ下にマリオ・ドラギECB総裁の写真がある。こんな見出しになったのは、同年第2四半期に、ユーロ圏の国内総生産(GDP)成長率が米国の0.5%を上回る0.6%を記録したからである。

【図表1:ユーロ圏諸国の製造業・生産量の推移】
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上の図表1はIfo経済研究所の資料を参考に筆者が作成したものである。寝たきりの病人が起き上がっただけのようなものなのに「パワフルマン」というのは誇張といえる。というのは、財政赤字を増大させて公務員を増やせばGDPを膨らませるのは可能だからである。ユーロ圏の実情を知ろうとすれば、別の数字を持ち出さなければならない。政府は工場までつくることはあまりないので、製造業の生産量の推移に注目する。ギリシャのような小さな国にも製造業があり、特定の需要をカバーしていた。需要が回復すれば、下がっていた生産量も回復するはずだ。図表1は、金融危機で製造業の生産量が下がる前の2008年を100としてその推移を示している。

図表1から分かるように、2008年に下がった生産量はアイルランドでは元気良く回復・上昇している。ドイツとオーストリアでは辛うじて回復できたが、ポルトガル、フランス、イタリア、ギリシャ、スペインは低迷したままである。このやりきれない状態は、ギリシャ約43%、スペイン約38%、イタリア約35%、ポルトガル約25%、フランス約23%といった若年層の失業率の高さにも反映されている4

若い人々の高失業率も2、3年で終わるなら我慢しようがあるが、この状態が7年も8年も続くのは厳しい。これはごまかしようがない実体経済の問題で、また構造的な問題であるために今後改善の見込みがあまりないともいえる。政治的大義名分として進められてきた欧州統合に背を向ける人々が増えるのも当然であろう。

【図表2:ユーロ圏諸国のEU観】
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図表2は、2016年に主要国で実施された世論調査である5。グラフの青い棒は、自国のEU加盟の是非を問う国民投票を望む人々の割合を示す。グラフの赤い棒はその国民投票におけるEU離脱賛成者の割合で、イタリアやフランスでEU離脱賛成者がそれぞれ48%、41%に及ぶ。これは深刻な事態である。

どの国の国民投票においてもEU離脱賛成者の割合が高い。これは欧州統合が「政治的エリート」と呼ばれる人々によって、それも国民と無関係に進められてきて「民主主義的でない」と思う人が多いからだ。失業率も低く、ユーロ圏の勝者とされるドイツでは国民投票は制度上不可能であるが、それでもEU離脱を望む人が4割もいるのもこのためである。「ポピュリズム」という言葉は、この現象を見ないで済ませるための気休めかもしれない。

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1 https://www.nzz.ch/international/ein-wilder-haufen-zieht-in-den-bundestag-ld.1318236
2 http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-73989788.html
3 http://www.manager-magazin.de/politik/konjunktur/bip-wachstum-in-euro-zone-beschleunigt-sich-a-1160907.html
4 https://de.statista.com/statistik/daten/studie/74795/umfrage/jugendarbeitslosigkeit-in-europa/
5 https://qz.com/679354/nearly-half-of-europeans-want-their-own-referendum-on-staying-in-the-eu/

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(2017年11月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

ミヒャエル・エンデと欧州中央銀行

発行:2016/05/31

 

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新聞の経済欄で欧州中欧銀行(ECB)について読んでいると、ドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデさんのことが思い出されて妙な気持ちになる。「モモ」や「はてしない物語」の作者とマリオ・ドラギECB総裁はあり得ない組み合わせと思われるかもしれないが、必ずしもそうとはいえない。というのは「ゼロ金利」や「マイナス金利」といった中央銀行の金融政策は、エンデさんをはじめとする「利子のない世界」を求めていた人々の理想の実現といえるからだ。

理想の貨幣とは
私がエンデさんに会ったのは、チェルノブイリ原発事故の年(1986年)だったので30年も前になる。彼は、ミュンヘンのボーゲンハウゼン地区の殺風景な新興団地に住んでいた。通された居間には白いふわふわとしたじゅうたんが敷いてあり、座布団が高くなったような台座と低いテーブルがあった。日本では畳の上で暮らしていた私は、くつろいだ気分になれた。

インタビュー終了後、雑談に移る。エンデさんは、おいしい焼酎を出してくれた。私の小さなグラスが空っぽになると、すぐに注いでくれる。私はすっかり気持ちが良くなってきた。そのうち、インタビューの中での彼の貨幣体制に対する批判が気になってきた。エンデさんは、お金を「体の中を循環する血液」に例えて「血液は1カ所に停滞してはいけない。お金についても同じことで、経済の隅々にまで流れていかなければならない。ところが現状は、利子があるために少数の富む人々のところに集まってしまい循環していない」と難じた。

エンデさんは「1マルクを2000年前に複利5%で預金したとすると、現在、その価値は太陽と同じ大きさの巨大な金塊に相当するほど増大している。反対に2000年間労働しても、金の延べ棒1本分の価値にしかならない」と言い、利子が存在するからこそ、人間の仕事や物品の価値が現在の貨幣経済に反映しないのだと批判が続いた。

何度も焼酎のお代わりをしているうちに、昔からあまのじゃくな私には、エンデさんの利子に対する批判は、彼が児童文学作家で商売とは直接関係のない立場にあるために出てくるように思われてきた。そのうちに、何か一言言いたい気持ちがしてくる。
商売人の間では、請求金額を直ちに支払ったら数%値引きしてもらえる慣習があり、これも利子という考え方がある。そこで私はこの点を指摘し、利子は時計のようなもので、もしなくなったら、いつ支払いをしてもよいことになり、かえって貨幣が循環しなくなると言った。それに対してエンデさんは、笑いながら親切に答えてくれた。でも私は納得できず、少しやりとりがあった後で彼から読むように勧められたのが、シルビオ・ゲゼル氏の著作である。それは初めて聞く名前だった。

M304-0019-1当時ゲゼル氏の本は書店では入手できず、懇意にしている古書店に連絡するとすぐに送ってくれた(上の写真)。タイトルは「貨幣と利子についての新しい学説」で、250ページ余りでそれほど分厚くなく好感を覚えた。しかし1911年に出版された本で、古くてバラバラになりそうなので気を付けながら読んだ。

私はその後、折に触れてゲゼル氏と関係することになる。彼はケインズ(John Maynard Keynes)をはじめ多くの著名な経済学者から評価されただけでなく、彼についてのシンポジウムが開催されることもよくあり、出版物も世界的に増える傾向にある。私はドイツのいろいろな町で地域通貨に関わる組織の人々に接した1が、彼らの多くはゲゼル氏の熱烈なファンであった。私はエンデさんの利子に対する批判には今でも納得していないが、彼のおかげでそれまで考えもしなかった世界を知るようになったことに感謝している。

例えば私の住む町でも、定年を迎えた人々が要介護の高齢者に自動車で食事を宅配するなど支援活動をしている。このような活動には報酬として点数が与えられ、将来は自分も貯めた点数で世話を受けることができる。これも貨幣システムへの第一歩で、今流行の「シェアリング・エコノミー」も似たような例である。国家が作ったお金にばかり固執していると、貨幣が人々の取り決めにすぎないことを忘れてしまう危険がある。

現在、世界中で雇用は減りつつあり、この傾向は「インダストリー4.0」の影響で拍車が掛かるとの見方もある。これはきちんとした給料が支払われる仕事が少なくなるだけのことで、仕事そのものが減るわけでない。貨幣について柔軟な考え方をしないと、このような事情に対処できないとよくいわれる。

「自由貨幣」
ゲゼル氏は1862年にドイツで生まれ、家庭環境の事情から大学へ行かずに働き始め、1887年にアルゼンチンに移住。そこで商売をした。彼の貨幣論の強みは、実業家として経験したことを出発点にして、貨幣がどうであったら経済がうまく機能して参加者全員にとって望ましい状態になるかを考えた点にある。

19世紀後半、欧州に羊毛を輸出するなどして長年好調だったアルゼンチン経済も、金本位制や金銀両本位制になったり、また元に戻ったり、外貨と連動する貨幣体制と、国内だけで通用する紙幣の通貨体制が併存しているうちにだんだん活力を失った。
ゲゼル氏が滞在していた頃はちょうどデフレ進行中で、貨幣供給量の減少や賃金の下落、消費の落ち込み、人々が貨幣を使わないで貯め込んでしまう貨幣退蔵などの結果、商品が売れなくなった。物価も下がり、企業の売り上げも利益も下がり、投資を控えたり倒産したりした。その影響により失業者が増え、さらに物価が下がり、景気はすっかり沈滞した。これはデフレスパイラルで、経済はここからなかなか脱出することができない。

このような危機的状況を観察したゲゼル氏は、労働、商品、貨幣の三つの要因に注目して、問題の原因を貨幣の在り方に求めた。彼の見解では、貨幣労働商品に対して強過ぎる。というのは、貨幣は時間を味方に付けているからだ。野菜や魚などの例で考えると分かりやすいが、店としては早く買ってもらわないと腐ってしまうので、どうしても早く売りたい。労働する人も時間がたつうちにお腹がすいてくる。こう考えると、商品を売る人も労働する人も初めから足元を見透かされていることになる。

一方、貨幣は腐ったりしないし、時間が経過したからといって価値が下がるどころか、利子まで付く。貯め込んで「持久戦」に持ち込んでも、商品労働に対して絶対的に優位だ。だからこそ、お金を使わないで退蔵しても困らないのである。しかしその結果、物が売れなくなったり、工場が閉鎖されたりして、経済危機に陥ることもある。

そこで、貨幣を循環させるために、ゲゼル氏は「自由貨幣」を提案した。これは時間が経過するとともに、利子が付くどころか、反対に価値が減っていくので「さびる貨幣」「消滅貨幣」などと呼ばれる。これは「貨幣」が従来は味方であった時間から見放されて「商品」「労働」と同列になることである。

「自由貨幣」についてはいろいろあるが、例えば地域通貨は、一定期間経過すると決まった金額のスタンプを買ってお札の裏に貼らなければ通用しない仕組みになっている。「自由貨幣」は、貯め込んでいると損をするので使わなければならない。ということは、エンデさんの比喩に戻れば、健康な体の中を血液が流れるように、貨幣もどこかで停滞することなく循環して経済が機能することになる。

マイナス金利
ユーロ圏では2014年からマイナス金利が導入され、民間銀行はECBにお金を預けると利息を払わなければならない。2016年3月にはマイナス幅が0.3%から0.4%に引き下げられた。マイナス金利は「罰金」とも呼ばれる。というのは、貨幣が循環するように、融資活動に努力しなかった銀行が支払わなければならないものとの見方からである。
このマイナス金利は、ゲゼル氏が考えた「自由貨幣」と同じ理屈である。日本でマイナス金利が導入されたときに「これでお金が『生もの』になったので、前代未聞」と言った経済評論家がいたそうであるが「生もの」は「さびる貨幣」に対応している。

面白いのは、異端視されていたゲゼル氏が100年前に提案したのと同じことを、主要国の中央銀行があまり意識せずに実行していることである。その目的は、どちらも貨幣がうまく循環して経済が機能することにあるが、状況は全く異なる。ユーロ圏の物価は2016年、マイナス0.1%になると予想されている2。この程度の物価下落をデフレだとすることに納得できない人は多い。デフレに関して重要なのは通貨供給量であるが、ゲゼル氏がいた当時のアルゼンチンでは、外貨と連結していた準正貨というべき貨幣が逼迫していた。現在のユーロ圏は正反対で、量的緩和(QE)で十分過ぎるといわれている。このような事情から、今さらマイナス金利にする必要性を理解できないという人も少なくない。

もうかなり前から、先進国では「経済危機」になっても、本当に危機的な状況になる前に超金融緩和政策と財政出動が始まるというパターンになっている。そのため、企業の倒産を回避でき、効率の悪い構造も残されたままのオーバーキャパシティー、財政赤字の増大、金融機関が不良債権を抱え込むといった結果をもたらす。このような状況では、お金を借りてまで何かに投資しようと思う人は少ないだろう。ということは、金利がゼロであろうがマイナスであろうが、あまり重要でないともいえる。

金利がゼロやマイナスであっても、ゲゼル氏が望んだように貨幣が循環せず、株式、不動産、貴金属、高価な絵画の購入などに充てられて停滞してしまう危険がある。また、それだけでなく資産バブルが発生し、銀行が抱えている不良債権を将来的に増やす可能性もある。最近よく話題にされるのは大都市の不動産の値上がりであるが、2014~2015年の1年間の上昇率はシュツットガルトで18.8%、ベルリンで14.4%、ミュンヘンで12.9%、ケルンで12.5%、フランクフルトで11.7%といった具合である3。それまでドイツでは不動産価格が安定していたことから、このような値上がりはセンセーショナルといえる。

超低金利政策は中小企業や地域住民に重要な貯蓄銀行や、老後の保障において重要な保険会社の経営を圧迫するといわれている。また、預金者の預金が目減りし、老後の生活保障に関わる保険も無意味なものになってしまい、高齢者の窮乏化につながると心配されている。

【経済的に見たECBの適切な政策金利4
(単位:%)
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ドイツ国民は、ドイツ連邦銀行の比較的高めの金利に合わせて老後の生活を設計し、また金融機関もそれに応じたビジネスモデルを展開してきた。上の表の数字はユーロ圏の各加盟国の経済力にふさわしい政策金利を示すが、これを見たら国によってどれほど違うかがはっきりし、多数の国が通貨を共有することは難しいということがあらためてよく分かる。

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1 朝日新聞電子版「欧州どまんなか」(2006年8月8日付)
http://www.geocities.jp/tanminoguchi/20060808.htm
2 http://ec.europa.eu/eurostat/documents/2995521/7224409/2-31032016-AP-DE.pdf/a4cb208c-a832-4cb3-8873-fdb313af0f4b
3 http://www.zia-deutschland.de/
4 http://www.welt.de/wirtschaft/article154368525/Der-deutsche-Aufstand-gegen-die-Nullzins-Juenger.html

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(2016年5月17日作成)

ドイツ連銀・最後の抵抗

  • 発行:2011/10/12

概要

ドイツ連銀関係者にとって「通貨価値の安定」が最優先される。自国の国債を購入することは紙幣の増刷に等しい。少し前ドイツ出身のユルゲン・シュタルク欧州中央銀行(ECB)専務理事が辞意を表明したが、ECBによる財政破綻加盟国の国債購入に抗議するためだ。ドイツ連銀関係者の抵抗は今後も続くが、国際社会ではあまり理解されないようだ。

9月9日、ユルゲン・シュタルク欧州中央銀行(ECB)専務理事が突然辞意を表明した。これは、ギリシャ債務不履行に対する不安で神経質になっている市場に衝撃を与え、ユーロ安に拍車が掛かる。ドイツ株価指数を4%余り下げただけでなく、ギリシャ国債を大量に保有している欧州の銀行株も10%近く安くなった。この事情は、市場がドイツ出身のECB・チーフエコノミストのシュタルク氏の辞意を「個人的な理由」でなくECBによる財政破綻加盟国・国債の購入に対する抗議と考えたからである。

ECBの国債購入に抗議して退任するドイツ人は彼が初めてでない。というのは、今年の2月に、ウェーバードイツ連邦銀行総裁も同じ理由から任期を1年後に残して辞意を表明した。彼は今年11月からトリシエ総裁の後任になると思われていたので、ECB内での独仏のあつれきについてさまざまに憶測された。

シュタルク専務理事の辞意表明を、ドイツのあるジャーナリストは「私たちがよく知るECBの終焉」1と表現した。ということは、これまでのECBはドイツ国民になじみがあったことになり、これからはよく知らない別なものになるという意味になる。

1992年にマーストリヒト条約が調印されて欧州統一通貨導入が決まったとき、戦後西ドイツ・繁栄の象徴というべきマルクを手放すことに、国民は気が進まなかった。政治家は、そのような国民を説得するために、欧州統一通貨ユーロもマルクと同じ安定通貨になると約束し、新たにできるECBも、ドイツの中央銀行・独連銀と組織も似たものになり、また同一の精神によって運営されると強調した。そのような事情から国民も、ECBに対して、フランクフルトにあることも手伝って、少しはなじみを覚えるようになったのかもしれない。

辞意を表明したシュタルク専務理事は、1990年代に財務省で統一通貨の導入やECB設立の準備に当たった。また1995年から98年まで財務省の事務次官として統一通貨に重要な財政規律のために、安定・成長協定の交渉を担当。その後独連銀で副総裁を務め(当時の写真下2)、2006年にECB専務理事に就任した。

M305-0009-1ということは、シュタルク氏こそ、ECBを独連銀のように機能させ、またユーロをマルクのような安定通貨にするために骨折った人である。そのような人が、ECBによる財政破綻加盟国・国債の購入に抗議して辞意を表明することは事態の厳しさについての警告である。

ドイツ国民が自国の中央銀行に固執することは、欧米の金融関係者の間で「ドイツ連銀神話」とよくからかわれた。フランス人のジャック・ドロー欧州委員会委員長(1985年から95年)に「ドイツに無神論者はいるかもしれないが、ドイツ連銀を信じていない人は1人もいない」3という言葉が残されている。

それでは、独連銀的精神が何かというと(私のように金融とは直接関係がない人間から見ると)、それは、20世紀前半に2度も大きな戦争をして敗北し、その度にインフレを、それも1度はトランクにお札を入れてパン屋へ行くハイパーインフレを体験した国民だけが抱く徹底した政治不信である。

この精神によれば、政治家とは、民主主義体制であろうが、独裁体制であろうが、インフレを起こす誘惑に抵抗できない人々になる。「通貨の番人」の中央銀行の使命は、このような政治家の圧力に抗して「通貨価値の安定」を死守する点にある。

そのために「通貨の番人」は、財政政策と金融政策を峻別し、後者に専心しなければいけない。この立場に立つと、自国政府発行の国債を購入することなどは、財政的失敗の尻拭いをさせられて、輪転機でお札を増刷してインフレを起こすようなものだ。1980年代独連銀総裁だったカール・オットー・ペール氏は「インフレは練り歯磨きのようなもので、いったんチューブから出してしまうと、二度と元に戻せない」4と警告した。

輸出が増えたり、経済が成長したり、雇用が増大したりすることは望ましいことであるが、それは独連銀にとって2次的なことで、通貨価値の安定こそ最優先課題なのだ。このような独連銀の伝統から見れば、ECBが今していることは、未練がましく弁解しながら「インフレの練り歯磨き」をチューブから出しているように映るのだろう。

中央銀行の独立性はどこの国でもいわれるが、ドイツでは徹底している。公定歩合を高めに置く連銀は、金融緩和を求める時の政権からよく目の敵にされた。上記のペール総裁は、70年代ヘルムート・シュミット首相に重用されて財務省で事務次官に昇進し、その後連銀に移り総裁になったが、第2次石油危機のインフレ期に断固と高金利政策を推進した。これがシュミット退陣の遠因になる。こうして飼い犬に手をかまれることになったシュミット元首相は徹底した「独連銀嫌い」である。

昔、独連銀ファンの日本の経済学者から「どんな人でもこの銀行の門をくぐると世間のしがらみを捨てて通貨の安定しか考えなくなる」と聞いていた私は実物を見て驚く。というのは、私の目の前には「ドイツ連邦銀行」という地味な看板はあっても、門はなく、遠くのほうに日本の公団住宅を連想させる建物が立っているだけだったからだ(写真左下5)。この地味な建物は、モダンなECBビル(写真右下6)と対照的である。

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ドイツ連邦銀行の伝統の健在を示すのは、今年の4月退任したウェーバー総裁の後任におさまったイェンス・ヴァイトマン氏(写真下7)である。新総裁は、ECBによる財政破綻国の国債購入に反対するだけでなく、ドイツ政府を筆頭にユーロ加盟国政府がとる危機対策を批判する。彼はメルケル首相の主席経済顧問であった。彼女は自分の息のかかったこの人を連銀総裁に任命することによって、影響力を持てると思ったといわれるが、この期待は見事に裏切られる。

M305-0009-3ユーロ加盟国は、財政破綻国の国債を買い上げたり、経営の悪い銀行へ資本注入できるようにしたりするために、欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の規模を現在の4,400億ユーロ(約46兆円)から7,800億ユーロ(約81兆円)に拡充しようとしている。ヴァイトマン総裁はこのような方針に批判的である。彼はこのような措置が該当国の放漫財政を修正するどころか、奨励することを恐れる。確かにこれまでの援護措置は、ECBの国債購入も含めて、短期的にわずかな効果がある程度で、解決につながらずエスカレートするばかりだった。

問題は、周知のように、金融緩和策で国家を中心に発生した信用バブルであった。これまでの対策は、資金をさらに潤沢に供給することによってバブルを拡大することだった。これは、ユーロ加盟国の政治家が景気好転して税収の増大による債務の減少を期待したり、またバブルがはじけてリーマン・ショックの再来を恐れたりしたからである。でもこの先送りの結果、財政危機が「ユーロ危機」に進展してしまう。

ドイツ連銀関係者はこれまで口が堅く、辞意を表明しても、その時点で理由が間接的に世論に知らされるだけのことが多かった。この点でヴァイトマン総裁は異例で、メディアとのインタビューや、講演の中で積極的に自分の見解を、それも批判的意見を表明する。これは本来能吏タイプのこの人の柄に合わないようにみえるが、彼の危機感の強さを示唆する。ドイツ連銀・最後の抵抗という趣がないでもない。通貨価値の安定を最重要視するドイツ連銀精神などは、景気動向と株価しか眼中にない人々には理解されにくいかもしれない。

9月26日、フランクフルトで「ユーロ危機」対策に反対する月曜デモがあった(写真下8)。「欧州安定化メカニズム(ESM)反対」「連銀はフランクフルトに幸い、ECBは災い」「ECBは紙くずを買うな」などといった看板を手にした人々がECBを目指して歩く。数はまだ少なかったが、路上でデモを眺める人々に尋ねると、彼らもユーロの未来に不安に感じている点で同じであった。

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1 http://www.stern.de/wirtschaft/news/ruecktritt-von-chefvolkswirt-juergen-stark-das-ende-der-ezb-wie-wir-sie-kannten-1726159.html
2 筆者撮影
3 http://www.bundesbank.de/50jahre/50jahre_pressematerialien_stimmen.php
4 http://www.bundesbank.de/download/50jahre/50jahre_zitate_von_poehl.pdf
5 ドイツ連邦銀行提供
6 筆者撮影
7 ドイツ連邦銀行提供
8 筆者撮影