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[第215回] EU官僚の実像を描く

Photo: Nishida Hiroki

 

『Die Hauptstadt(首都)』は欧州連合(EU)がテーマの小説だ。欧州連合の政府に相当する「欧州委員会」はブリュッセルにあり、その職員はEU官僚と呼ばれる。彼らのことを「ネオ・リベラルのエリートで、非多国籍企業のロビー団体と密接な関係を持ち、非現実的な規制を作っている連中」として、反感を持つ欧州人も多い。

著者のローベルト・メナッセはオーストリアの有名な作家で、イメージばかりが先行するEUの実態を知るために、ブリュッセルで数年間暮らしたという。

小説の冒頭、大きな豚がブリュッセルの町の中を走りまわる。人々は驚き、自動車は急ブレーキをかける。豚は、ブレグジットやギリシャ危機など、制御不能なEUの混乱を象徴するかのようだ。

欧州の人々が抱くEU官僚のイメージに近いのは、英国での留学経験があるエコノミストのギリシャ人女性だ。彼女は欧州委員会の創立50周年式典を企画するよう、上司から命じられる。

オーストリア人の部下は、アウシュビッツ生還者を式典の中心に据えることを提案する。彼の考えでは、生還者は犠牲者だっただけではなく、国家の上に立ち、国家悪を阻止する組織を切望した人々でもあった。彼らこそ、加盟国のエゴを抑える超国家機構、すなわち欧州委員会の必要性を示す生き証人なのだ。欧州委員会も企画に賛成し、実現寸前にこぎ着けるが、EUの中でも個別加盟国の見解を強く反映する「欧州理事会」の反対で、つぶされてしまう。

欧州各国の選挙結果が示すように、EUに背を向ける人々が増えている。この小説が今年のドイツ書籍賞に輝いたのも、受賞理由にもあるように、反EUの流れを変えるのに役立つと期待されたからだ。

だが、「アウシュビッツの悲劇を思い起こして国家エゴを抑えろ」という本書の理念的主張だけでは、どうも心許ない。欧州では「EUは、難民問題や経済格差など現実の諸問題に対応しきれていない」という失望が強いからだ。ドイツでは、ともすればEUを「かつては激しく対立した欧州諸国が協調へと向かうための組織」という倫理主義的な心情で捉えがちだが、他国の人々がEUに求めるのは「リアリズムに基づく危機対応力」ではないだろうか。

1975年生まれの作家ダニエル・ケールマンは2005年、世界的なベストセラーとなった歴史小説『世界の測量』を発表し、すでにドイツ語圏の代表的な作家の地位を確立している。今回の『Tyll(ティル)』は久々の歴史小説で、17世紀前半のドイツを主な戦場とした「三十年戦争」がテーマだ。

題名の「ティル」は、登場人物の1人であるドイツの伝説的な道化師、ティル・オイレンシュピーゲルに由来する。彼は大道芸人として曲芸をみせたり、宮廷道化師として権力者を挑発したりする。小説は、読者が彼とつきあいながらこの戦争を見聞・体験し、歴史上の人物とも会う形で展開する。

例えば、ボエミア王になった後、戦に負けて権力を喪失したプファルツ選帝侯フリードリヒ5世。ティルは彼のお伴をする。落ちぶれた王様はティルに「クサイから体を洗うように」と言われ、従者も思わず笑ってしまう。王様は無礼者ティルを怒りたくなるが、道化が義務を果たしているだけのことに気がつき、思い直す。

従者はいなくなり、お伴はティルだけになる。ペストにかかった王様は衰弱し、道化の言葉づかいが辛辣でなく丁寧になったことに気がつき、今度は道化らしくないのに憤慨する。ドイツ人読者はこのような箇所にユーモアを感じるようだ。日本人には理解しづらいが。

三十年戦争の特徴は、戦場が限定されなかった点にある。この小説が「戦争はこれまで私たちの町に来なかった」という一節から始まるのも、そうした事情を示している。物語が始まってほどなく、この町にもやはり傭兵団が現れて略奪と狼藉の限りを尽くす。百軒ほどあった家屋は焼かれ、生き残ったのは近くの森で密会していた男女と、半身不随者の3人だけであった。

このような傭兵の略奪や隣国の介入、飢餓や疫病も手伝ってこの国の人口は大幅に減少。南ドイツでは人口が戦争の前の三割にへったといわれる。

当時のドイツは、「神聖ローマ帝国」という超国家機構の下で三百以上の領邦国家に分かれていたが、多くは名ばかりの国家で、領民の安全を守れなかった。

三十年戦争はドイツの国民意識の底でトラウマとして残っているといわれる。秩序や規則を尊重する国民性も、当時の不安や無力感の集団体験から説明されることがある。

著者のケールマンは新聞インタビューで「私たちは現状が安定して変わらないと過信している。確かにドイツが三十年戦争の頃のように直ぐなるなどとは絶対いわないが、それでも」と述べて、独裁国家とはいえ安定した近代国家と思われていたシリアが、簡単に「三十戦争」と同じ状態になったことを指摘した。

この小説は、読者が今という時代を考える上でヒントになるのかもしれない。

あなたはネット通販で、子供の頃見た米映画DVDを注文する。しばらくすると通販会社から、似たような懐かしい映画のオファーが来る。そんなものが見られるなんて知らなかった、痒いところに手を届くなあ、と感心し、また注文。そんなことが繰り返されるうちに、少し薄気味悪くなってくる・・・。だけど、あなたが「QualityLand(クオリティー・ラント)」で暮らしていれば、そんな思いは体験せずに済んだだろう。

1982年生まれの多芸多才な作家マルク=ウヴェ・クリングによる「クオリティー・ラント」は、メルケル首相も大好きな社会のデジタル化が、行き着くところまで行ってしまった社会を描いた風刺小説だ。

クオリティー・ラントでは、あなたの嗜好をシュミレートするコンピューターのアルゴリズムは完璧。あなたのことは何もかも、あなた自身も知らないことさえインプットされているようだ。その証拠に「ショップ」に登録されていると、注文さえしなくてもあなたの気持ちを察して欲しいものを配達してくれる。同じような傾向の商品ばかりを配達して、あなたをうんざりさせることなどあり得ない。あなたの移り気さえも、完璧にシュミレートできるからだ。

寂しく思っていると「クオリティー・パートナー」があなたに最適な相手とデートまでさせてくれる。自動運転車に乗ると、何もいわなくてもあなたが楽しめる場所へと運んでくれる。本当に便利だと思いませんか。

素直になること。自分が、自分が、と自分に固執するのをやめて、何かもアルゴリズムにお任せするほうが、コストもかからずいいのかも。

 


ドイツのベストセラー(フィクション部門)

11月4日付Der Spiegel紙より


1. Flugangst 7A

Sebastian Fitzek  セバスチャン・フィツェック

武器を飛行機に持ち込み、死の願望に駆られる乗客を阻止できるか

2. Origin

Dan Brown ダン・ブラウン

「ダヴィンチコード」の作者の新作。主要舞台はバルセロナ

3. Die Hauptstadt  

Robert Menasse ローベルト・メナッセ

欧州連合の本部・ブリュッセルで働く人々が登場する小説

4. Tyll

Daniel Kehlmann ダニエル・ケールマン

ドイツでよく知られた道化師と共に「三十年戦争」を見物・体験する

5. Die Perlenschwester

Lucinda Riley ルシアンダ・ライリー

「セブン・シスターズ」の第4巻

6. Das Fundament der Ewigkeit

Ken Follett ケン・フォレット

「キングスブリッジ」第3冊目。読みはじめたらやめられない本

7. Wolkenschloss

Kerstin Gier ケルスティン・ギーア

スイスの山奥のホテルでの美しい女性の冒険物語。男性も登場

8. Die Geschichte der Bienen

Maja Lunde マヤ・ルンデ

おいしいハチミツをくれるだけでないミツバチの歴史

9. QualityLand

Marc-Uwe Kling マルク=ウヴェ・クリング

自分がしたいことの判断まで機械にゆだねた世界に対する風刺

10. Durst

Jo Nesbø ジョー・ネスボ

デート相手を見つけるスマホアプリを利用した連続殺人犯の追跡

 

 

ドイツの出版業界(2)電子書籍

発行:2014/01/14

概要

電子書籍の読者は数字の上では現在まだそれほど多くないが、2012年度には新刊書の54%が、また既刊書の29%が電子書籍でも購読できるようになり、今後普及が加速するとみられる。これは書籍・出版関係者にとって短期的には経営環境の悪化を意味するが、長期的には息の長い本作りが可能になることでもある。

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M305-0027-1加速する電子書籍の普及
ドイツで電子書籍が書籍全体の売り上げに占めるシェアは、2010年は0.5%、2011年は0.8%、2012年は2.4%とごくわずかにすぎない。一方、米国では2012年第4四半期には書籍販売全体の30%を占めるようになった1。このような数字から、ドイツでは電子書籍が揺籃(ようらん)期にあって、その普及はまだずっと先のことだと思う人もいるかもしれない。

2012年春に開催されたライプチヒのブックフェアで、アレクサンダー・スキピス書籍取引協会会長(写真2)は「米国は広い国で最寄りの書店へ行くのにも何十マイルも車で走らなければいけない」として、多くの町に書店があるドイツとの国情の違いを強調した。しかし、これは書籍販売業者に対する気休めのような発言とも受け取れる。

下のグラフ3には、電子ブックリーダーを藤色で、電子書籍を読むことのできる全ての端末機(電子ブックリーダーを含む)を赤紫色で表示した。タブレットやスマートフォンなども後者に含まれる。このグラフを見ると、電子書籍の読者数がどんどん増えていることが分かる。

【電子ブックリーダーと電子書籍端末機数の推移】 (単位:100万個)
M305-0027-2
【書籍業界における文学作品の売り上げの推移(2013年以降は予測)】 (単位:100万ユーロ)
M305-0027-3

また将来、電子書籍がどう普及していくかを占う数字がある。昔から恋愛小説、推理小説などのフィクション(文学作品)は、町の書店にとってマージンが高く最も「おいしい」商品であり、2012年度には書籍業界全体の売り上げ95億ユーロの35%、すなわち約33億3000万ユーロを占めた。上のグラフは2009~2017年にこの一番重要な商品の電子書籍の売り上げがどのように展開するかを示す(2013年以降は予測)4

2012年度のフィクション部門における電子書籍の売り上げシェアは4.3%程度と少ないが、このグラフの予測では2017年には8億5200万ユーロに及び、(書籍業界全体の売り上げもフィクション部門の割合も現在と同じぐらいだとすると)この重要な部門のシェアが全体の4分の1以上に増大する可能性があることを意味する。すでに2013年度には、フィクション部門における電子書籍のシェアは予測値の8.6%を上回り10%余りに達した5。おそらく電子書籍の普及は今後さらに加速すると思われる。

2012年秋、ニューヨーク・タイムズの電子版の定期購読者の数がペーパー版を上回ったというニュースが流れたが、人間の習慣が変わるのにあまり時間がかからないことを今一度印象付けた6。また、ドイツの出版社と書店の協会(Börsenverein des Deutschen Buchhandels)から発行された2013年度の「E-Bookスタディー」によると、2012年度には新刊書の54%、既刊書の29%が電子書籍としても購読できるようになった。2013年度にはすでに出版社の53%が電子書籍を発行しており、これから電子書籍を出そうとしているところを加えるとその数は84%に及ぶ7

手をこまねいているとアマゾンなどの国際的なネットビジネス・巨大資本にこの成長市場を委ねることになる。そこで前回の「ドイツの出版業界(1)町の書店」(2013年12月4日付掲載)でも触れた、書籍販売チェーンを展開するDBH、ターリアとドイツテレコムなどは共同で電子ブックリーダー・トリノを開発。電子ブックショップを共有し、反撃に出た。その結果、2013年第3四半期には電子書籍市場で「トリノ連合」がシェアを37%に増大させた。一方、アマゾンのシェアは5%下がって43%になった8

電子ブックリーダーや電子書籍を販売する町の書店も増加しており、2013年度のシェアは73%に及ぶ9。彼らは卸と協力して「バイ・ローカル」運動を展開中で、顧客が卸の電子ブックショップに注文すると地元の書店に15%のコミッションが入るシステムになっている。

とはいっても、電子書籍の普及によって町の書店の経営環境が厳しくなるのは避けられない。例えば、紙の本なら30%以上のマージンが入ったのに、卸からのコミッションだとその半分になる。電子書籍の普及が本格化すると、後述するように書籍の価格が低くなる。とすると、その分だけ書店へ回る分も少なくなる。また、紙の本の消費税は7%であるのに対し、電子書籍の消費税は19%とその差は大きい。電子書籍はインターネットからダウンロードするため、町の書店に足を運ばなくなる人が増えそうである。

紙の本vs電子書籍
書籍業界や文化関係者の中には、電子書籍に対して懐疑的な見方をする人が少なくない。彼らは、20年前に使われていたメモリー(電子記憶装置)から現在のパソコンを使って情報を取り出すことは容易でなく、100年先にどうなっているかが分からない点を指摘し、電子メディアは印刷された紙と比べて情報保存に適さないと心配する。

グーテンベルクが発明した活版印刷が登場したときにも似たようなことを言う人がいた。印刷される紙が耐久性の面で手書きの羊皮紙に劣るとして、この技術の将来性が疑問視された。当時、羊皮紙に聖書を書き写すのに3年かかったといわれるが、活版印刷であれば一度に多くの部数を製造できる。これがこの技術の強みであり、広く普及した理由である。電子メディアの強みも印刷と同じように容易にコピーできるだけではなく、場所を取らないことや瞬時に情報伝達が可能であること、情報処理に便利なことなどさまざまな利点がある。

電子情報は、電磁パルス(EMP)の発生によって広範囲にわたって失われる危険があるかもしれない10。とはいっても、多くの図書館が蔵書のデジタル化を実施していることからも分かるように、電子メディアが情報保存に不適とはいえない。

電子書籍の登場により「グーテンベルクの時代」が終わりつつあること、その文化的影響について思いをめぐらすのは面白いことであるが、ここで紙の本の将来を考えるに当たって身近なビジネス的側面に注目したい。

最初に紙の重要性が失われる分野は専門書や学術書であろう。もともと専門家同士のコミュニケーションという性格が強く、内容が重要であり電子媒体がその強みを発揮する分野である。この分野では著者も本を書いてもうけようなどとは思っていないこともあり、紙に印刷されて有料だった情報が現在は無料でダウンロードできることも多い。この結果、この分野では出版ビジネスが困難になりつつある。専門書や学術書の分野はこれまでも印刷費などが公的機関から助成されることが多かったため、電子書籍の出版も将来は市場原理でなく、今まで以上に助成金などで維持される分野になると思われる。

大手の出版社は、同じ内容の電子書籍の価格を紙の本より20%ほど安く設定しているところが多い。現在、電子書籍と紙の本の価格差は拡大傾向にある。アンケート調査でも、電子書籍を紙の本よりずっと安くするべきだという声が強い11。電子書籍1点の平均価格は2010年10.71ユーロ、2011年8.03ユーロ、2012年には7.72ユーロといった具合に値下がりする傾向にあるが12、それは出版社が顧客の値下げに対する期待に抵抗できないからである。

この電子書籍の値下げ圧力は、書籍の価格について私たちが持っている通念と関係がある。私たちは一般的に、300ページの本の値段が60ページしかない薄い本より高いのは当たり前だと思っている。また、これまでは写真が多かったり上質の紙が使われていたりする本は高く売ることができた。ということは、書籍の価格に関して、私たちは「物」としての本の生産コストや材料費ばかりに注目しているということになりそうである。

反対に、例えば推理小説に書かれたトリックが斬新で、著者もそれを考え出すのに時間をかけたといった内容的な側面は、書籍の価格形成においては無視される。この書籍観によると、本の価値は印字された紙がとじられてカバーが付いている点にあり、中身は精神的なもので値段のつかないものと見なされる。

電子書籍に対する値下げ圧力とは、このような「紙の本の時代」の価格についての通念が電子書籍に適用されて、紙代などの材料費や印刷代が掛かっていない本に対して、どうしても財布のひもを緩めることができないでいることを意味する。これは、電子書籍の普及が始まったばかりで、私たちは紙の本を「本物」とし、電子書籍はそのコピーとして、どこか「偽物」のように考えているからでもある。この状況は、電子書籍が紙の本にない機能13を発揮して、その独自の価値が認知されるようになるまで続くかもしれない。

値下げ圧力に直面している書籍・出版業界では、電子書籍の登場により本の価格が下がり、業界が共倒れになることを危惧する人が多い。とはいえ、ドイツでは電子書籍は再販制度が適用され、出版社が決めた価格が順守されるため、業界が望まなければ将来は安売り競争にはならないはずだ。

これと関連して重要なことは、出版社も紙に印字してとじて、運が良ければ換金できるというイメージの従来の商売は困難になり、もっと内容に踏み込んだビジネスモデルに転換する必要がある点だ。というのは、ソフトウエア開発で本作りが容易になり供給過剰となる結果、情報のプロというべき水先案内を兼任する出版社が求められるからである14

紙の本と電子書籍の共存が続き、同一の本を電子版とプリントの両メディアで出版するときに、両者の価格をどのように設定するかは「紙でもうけるか、それとも電子でもうけるか」という販売ポリシーに関わる重要な問題である。また、業界全体が値下げ圧力に押されて電子書籍の価格が下がり、紙の本との価格差がどんどん拡大するようになると、紙の本が売れなくなり、電子書籍の普及が加速するだろう。紙の本が電子書籍の広告媒体のような存在になる日も来るかもしれない。

出版する側にとっても今以上に厳しい時代が始まるが、朗報がないわけではない。電子書籍は紙の本と違って絶版にならず、いつまでも流通し続ける。一度出版した本を低コストで在庫として持ち、いつまでも売り続けることができるのである。これは言うまでもないことだが、息の長い本作りを可能にしてくれることでもある。

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1 http://www.bisg.org/news-5-861-now-available-report-two-of-consumer-attitudes-toward-e-book-reading-volume-4.php
2 筆者撮影。
3 http://de.statista.com/statistik/daten/studie/199379/umfrage/umsatz-mit-e-readern-in-deutschland-seit-2008/ をはじめ、さまざまな新聞記事の引用を基に筆者が作成。数字はニュルンベルクのGfKの「E-Bookスタディー」。http://www.gfk.com/de/documents/pressemitteilungen/2012/20120314_gfk_e-books_dfin.pdf
4 http://www.pwc.de/de/technologie-medien-und-telekommunikation/assets/whitepaper-ebooks.pdf 14ページ。
5 http://www.boersenblatt.net/640047/
6 http://www.spiegel.de/kultur/gesellschaft/new-york-times-steigert-umsatz-mit-online-abos-a-931138.html
7 Börsenverein des Deutschen Buchhandels:E-Book-Studie 2013の10ページ。
8 http://www.e-book-news.de/e-book-marktanteil-tolino-allianz-laut-gfk-mit-amazon-fast-schon-gleichauf/
9 Börsenverein des Deutschen Buchhandels:E-Book-Studie 2013の20ページ。
10 http://www.thespacereview.com/article/1549/1
http://www.thespacereview.com/article/1553/1
11 http://www.buchreport.de/nachrichten/online/online_nachricht/datum/2013/08/07/e-books-sind-viel-zu-teuer-1.htm ならびに http://www.gfk.com/de/news-und-events/presse/pressemitteilungen/Seiten/Download-Markt-startet-durch.aspx
12 http://www.akeplog.de/e-book-marktstudie-borsenverein-deutscher-e-book-markt-knapp-vor-10-analyse/
13 活字だけでなく音声や映像の要素が取り入れられたenhanced E-book(エンハンスド・イーブック)といったものだけでなく、著者と読者のネットワーク化。
14 HUNDERT:Das Jubiläumsmagazin der Deutschen Nationalbibliothek. #4の14~17ページに掲載されたフランクフルト書籍見本市のユルゲン・ボースのインタビュー。

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(2014年1月4日作成)

欧州 美濃口坦氏

ドイツの出版業界(1)町の書店

発行:2013/12/04

概要

ドイツでは、かなり前から町の書店はネット書店や巨大資本の書店チェーンから挟撃されて消えてしまうといわれてきたが、今でも健闘している。その理由は、再販制度や町の書店の「収益軽視」の姿勢にある。

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M305-0026-1今年(2013年)の夏ごろ、ミュンヘンで20年近く営業を続けていた書店が経営不振で閉鎖した。その後どうなるかと思っていたところ、しばらくして新しい書店の名前と「11月2日開店」と書かれた紙が張ってあった。その日は土曜日で、買い物の帰り道に寄ると店内は空っぽではなく何人かの人々がいたので、私はほっとした。200平方メートルにも及ぶ店舗の内装は明るく、書棚の配置や書籍の陳列方法にも実際より本の数を多く見せるプロの技が感じられた(写真1)。

しばらくするとミュンヘン市長が来店し、書店経営者に開店のお祝いの言葉をかけている。私が住むミュンヘン近郊の町は、人口が8,000人ほどしかいないのに立派な公民館があり、そこでは毎週のようにコンサートや演劇、時にはオペラが行われている。このような文化都市に書店がなくなることは、町のイメージの低下につながる。

「収益軽視」の強み
ドイツではかなり前から書店の数が減っているといわれ、ミュンヘン近郊でも書店のない町が出てきている。日本の書店は小さくて多数の雑誌が置かれている印象があるが、ドイツの書店は日本と比べて大きく、新聞や雑誌は別の業界に属するためほとんど置かれていない。昔からドイツには書籍販売を商売にする人々、すなわち出版社、卸、小売りの三者が一緒になって、ギルドに似た同業者組合、書籍取引協会を維持している。下のグラフ2は1999~2013年の小売りの会員数減少を示す。

M305-0026-2

小売りの会員数減少が直ちに書店の減少を示すとはいえない。会員の中には全国に何百店舗も持つ書店チェーンもあるからだ。2013年の小売りの会員数は3,440であるが、店舗数は6,511店といわれる。もっとも、大多数の会員は1店舗しか持たない個人経営の書店主であるため、書店の数は減る傾向にあるといえる。とはいえ、ドイツの町の書店の減り方は、例えば2005年の4,000店から2012年までに半分以下の1,878店にまで減少してしまった英国3や、その他の欧州諸国と比べるとずっと穏やかである。

下のグラフの藤色は、書店(店舗)経由で購入される書籍の割合を示す(単位:%)。2008年は52.6%、2011年は49.7%、2012年は48.3%という具合にシェアを減らし、2008年は10.7%、2011年は14.8%、2012年には16.5%と年々成長するネットビジネスに押されているように見える。

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書店経由分には、個人経営の書店の取り扱い分の他、店舗を全国展開する巨大資本の書店チェーンの取り扱い分も含まれている。ちなみにドイツの大型書店チェーンは、392店舗を持つDBHと、2,000平方メートルクラスの大型店舗を全国に224店舗展開するターリアがある。この2社が上のグラフの藤色のシェアの3分の1近くを占め、残りを多数の個人経営の書店が分け合っている。

ドイツでは長い間、町の書店はアマゾンなどのネット書店と巨大資本の書店チェーンの挟み撃ちにあって消えてしまうといわれてきた。しかし2012年ごろから奇妙な展開になる。というのは、大型書店チェーンの方が赤字を計上し、閉店、店舗縮小、売り場面積を書籍以外の商品に使うといった決定を下したのだ4

どうやら彼らは、町の一等地に店舗を構えて書籍を売ることに商売としてのうまみがないという結論に達したようで、ネット販売や電子書籍に重点を移すと発表している。反対に、町の書店の経営者は「文化を支えている」という意識があって、収益率が低いといわれてもぴんとこない人々であり、だからこそ町の書店を営んでいる。そしてこの「収益軽視」こそ、巨大資本に屈しなかった理由である。

再販制度
上記の書籍販売経路のグラフからも分かるように、購入者のほぼ半分が昔と同じように書店に足を運んでおり、これは書店の健闘を示すといえる。なぜ、ドイツでそれが可能なのだろうか。この疑問に答えるためには、出版業界全体の構造に目を向けなければならない5

上のグラフの「その他」には、デパートの書籍部や、読者が出版社から直接購入する場合が含まれる。デパートの書籍売り場は、書籍のネット販売が普及する前には床面積当たりの売り上げが高く、人件費も少ないことから高い経営効率を誇っていた。一方、文化的使命感の強い町の書店は知識が豊富で顧客の相談にもいろいろ乗ってくれるが、下手をすると「そんな程度の低い本を買ってはいけない」と説教されかねない。そのために彼らを煙たいと思う人も多く、そのような人々は、本を選んでレジで代金を支払うだけで済むデパートの書籍売り場の方を好んだ。ところが、このような人々がネット書店に移り、その結果、今ではデパートの書籍部がシェアを減らしている。

読者が版元から直接購入するのは主に専門書や学術書であるが、これらは発行部数が低く100部ぐらいしか発行されないこともある。専門書や学術書は専門家同士のコミュニケーションという性格が強く、書店を経由しないことが多い(町の書店は、このような書籍も依頼されればもうけを度外視して取り寄せてくれる)。

今、出版業界は多くの先進国で元気がない。ドイツの出版業界も年間売上高は85億ユーロ近辺を上がったり下がったりしているだけだ。為替変動の影響もあり比較しにくいが、ドイツは日本より4割近く人口が少ないものの、両国の書籍市場の規模はあまり変わらないかもしれない。出版点数は昔からドイツの方が1万点ほど多いが、それは発行部数が低い専門書なども日本より多く出版され、直ちに売れなくても流通し続け、長い間売れるシステムになっているからである。

ドイツでそうしたことが可能であるのは、出版社、卸、小売りの間に結束力があり、昔から出版業界の流通管理が行き届いているからである。流通している本とは納入可能な本で、その数は数百万点に及ぶ。そのうち50万点は卸の在庫で、書店に注文したら翌日に入手できる。残りは、依頼すれば版元から取り寄せてもらえる。版元は本が全部売れて納入できなくなったら、そのことを書籍取引協会に連絡しなければいけない。この情報に基づいて同協会から「納入可能図書総目録」が定期的に発行されている。

本が流通しなくなると再販制度の対象から外されて古本扱いになり、出版社が決めた小売価格(定価)を守らなくてもよくなる。ただし、店舗扱いであろうがネット経由であろうが、流通している本に関しては定価を順守しなければならない。こうして安売り競争が回避されることから、町の書店はネット書店やチェーン店を展開する巨大資本に対抗できた。
昔はドイツの町にも八百屋や酒屋や衣料品店、文具店などの個人経営の専門店がたくさんあったが、現在はほとんど消えてしまった。そうした中で町の書店が細々とでもやっていけるのは、この出版業界特有の再販制度があるからである。

日本の書店は委託販売で返品率は40%もあるそうだが、ドイツでは5%以下といわれている。その理由は買い取り方式であるためで、返品することなどは例外中の例外である。リスクを負う分、一般書の粗利益率は33%以上と高く、版元からたくさん仕入れてうまく交渉すれば40%、時には45%以上も夢でない。ということは、書店はもうけるためにも、また売れもしない本を抱え込んでしまわないためにも、商品と顧客をよく知っていなければいけない。

有名人が書いたわけでもなく、また書評に取り上げられることもなかった本がベストセラーになることがあるが、このような場合に町の書店が果たす役割は重要だ。直接読者に接している彼らは、出版社の思い込みのような読者像を是正する機能があるとされる。彼らが(煙たがられながらも)顧客の相談に乗ることにより、市場にも商品の質の淘汰(とうた)機能が保たれることになる。

このような事情から、ドイツ市場で成功することは国際的な出版業界においても重要視されている。出版された本がろくろく流通しないまま裁断機にかけられるようなシステムより、この国のように長々と流通する方が著者に対してフェアである。また、よく売れる本だけでなく、いろいろな本が出版されることによって読者を満足させることができる。

こうして町の書店も出版業界全体も、グーテンベルグ以来の大変動の第一波というべきネットビジネスの挑戦に辛うじて対応できた。ネットビジネスといっても、通信販売と本質的にはあまり違わない。要するにカタログがインターネットに登場するようになり、注文の仕方が郵便からオンラインに変わっただけで、商品は昔ながらの本と同じである。

ところが、大変動の第二波というべき電子書籍の登場に対しては安穏としていられない。というのは、今度は「本」が本でなくなるからだ。

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1 筆者撮影。
2 グラフ作成のための数字の出典はBörsenverein des Deutschen Buchhandels:Buch und Buchhandel in Zahlen 2013。本稿で使われる数字で別の出典が表示されていない場合は上記から引用したものである。
3 http://www.telegraph.co.uk/culture/books/9741974/Bookshop-numbers-halve-in-just-seven-years.html
4 例えば、2012年10月9日ならびに2012年10月15日付南ドイツ新聞・経済欄の以下二つの記事。”Das Ende der Buchhallen”と”Kuscheln mit dem Teddybär”
5 ドイツの出版事情については、以下の朝日新聞の記事が参考になる。http://book.asahi.com/clip/TKY200802140224.html
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200803060260.html
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200803070216.html

M305-0026
(2013年11月22日作成)