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ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)

概要

ユーロ危機など過去のことだと思う人もいるかもしれない。そうであるのは、定期的に景気のいいニュースが流れるからだが、ユーロ危機はまだ終わっていない。南欧を中心とした経済は低迷したままである。またユーロ圏では、どの国の国民投票においてもEU離脱賛成者の割合が高い。「ポピュリズム」という言葉は、この現象を見ないで済ませるための気休めかもしれない。

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2017年9月24日にドイツの連邦議会選挙があった。それまで大連立を組んできたメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は32.9%に、連立パートナーの社会民主党(SPD)も20.5%にという具合に大幅に得票率を減らした。SPDは野党になると明言しているので、メルケル首相には連立相手としては自由主義経済の自由民主党(FDP)と環境政党・緑の党しか残されていない。

今回の選挙の勝者は、ドイツのための選択肢(AfD)である。この右翼政党は12.6%も票を得て連邦議会に初めて登場するだけでなく、94議席も獲得し、国政レベルで第3党に台頭した。この躍進は2年前にメルケル首相が100万人以上の「難民」を受け入れたことに不満を持つ人が多いからである。どの政党も難民受け入れに表立って反対しなかった以上、抗議表示をする選挙民にはこの党しか残っていなかった。

「不自然なコンセンサス」
AfDというと人種の不当な扱いや反イスラム感情をあおる「右翼ポピュリズム」とされるが、これは中身を見ないレッテル貼りのきらいがある。この点についてスイスの新聞は次のように記している。

《AfDに人々が投票したのはメルケル首相の難民政策のためだけではない。この政党が誕生したのはこの国の政治文化に不自然なコンセンサスがあるからで、これは欧州連合(EU)やユーロを論じないことが賢明とされている点だ。AfDはこの思い込みをぐらつかせて、他の政党が立ち去り、空っぽにした政治空間に入り込んだ》(ノイエツリュヒャーツァイトゥング、2017年9月24日付。ベルリン発・ベネディクト・ネッフ1

ドイツを訪れたフランス人は、マクロン大統領がEUやユーロ圏の改革を熱心に提案しているのにドイツの選挙戦では問題にされないことに驚いていた。これも、この国の「政治文化の不自然なコンセンサス」を示す。筆者は今回いろいろな町へ行き選挙戦を観察する機会があったが、そういえば欧州をテーマにするポスターを見なかった。

M0304-0020-11左の写真は、夜遅くベルリンで見つけたAfDの電子選挙ポスターである(筆者撮影)。「私たちが喜んで良い暮らしをするドイツのために」という笑顔のメルケル首相のポスターと、ドイツの自動車メーカーの広告と、波間に沈みかかっている1ユーロ硬貨のポスターが交代する。AfDの文句は「『ユーロ救済?』、そのために何でもするのには反対」である。これは2012年に「ユーロ救済のために何でもする」と発言したマリオ・ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁に対する反対表明だ。

AfDの紙のポスターは破られることが多く、それを防ぐために手の届かない高い所に貼られていたのが思い出された。そして、抗議政党でライバルの左翼党のポスターが多い東ベルリンの近くで、高価であっても剥ぎ取られない媒体に踏み切った思惑が想像された。

上記のスイスの新聞が指摘する「不自然なコンセンサス」が本格的になるのは、危機に陥ったユーロ加盟国の救済が始まった2010年頃からである。当時、メルケル首相はドイツに支援以外の「選択肢がない」と批判に口封じをし、その後、支援は超党派で進行し、主要メディアも同調。彼女こそ、AfDの名付け親である。

「EUやユーロを論じない」政治文化は、自国民を「過去」と関連して隣国に対して反発させないようにするための配慮でもある。というのは、欧州共通通貨は、ベルリンの壁崩壊後にドイツのコール首相がフランスのミッテラン大統領(いずれも当時)にドイツ統一を認めてもらうためにその導入要求に従ったという経緯がある2。当時、国民の大多数は気が進まなかったし、多数の経済学者もその無謀に対し警告した。そして導入後、数年でユーロ危機が始まる。恐れていたことが目の前で進行するのに対して無力感にさいなまれるだけであったために、このテーマに耳をふさぐ人も多い。

ユーロ圏の現状
ユーロ危機など過去のことだと思う人もいるかもしれない。そうであるのは、定期的に景気のいいニュースが流れるからだ。例えば、2017年夏のドイツの経済誌の報道である3。大見出しは「ユーロ圏は世界経済の希望の星」で、小見出しは「病人からパワフルマンへ」。すぐ下にマリオ・ドラギECB総裁の写真がある。こんな見出しになったのは、同年第2四半期に、ユーロ圏の国内総生産(GDP)成長率が米国の0.5%を上回る0.6%を記録したからである。

【図表1:ユーロ圏諸国の製造業・生産量の推移】
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上の図表1はIfo経済研究所の資料を参考に筆者が作成したものである。寝たきりの病人が起き上がっただけのようなものなのに「パワフルマン」というのは誇張といえる。というのは、財政赤字を増大させて公務員を増やせばGDPを膨らませるのは可能だからである。ユーロ圏の実情を知ろうとすれば、別の数字を持ち出さなければならない。政府は工場までつくることはあまりないので、製造業の生産量の推移に注目する。ギリシャのような小さな国にも製造業があり、特定の需要をカバーしていた。需要が回復すれば、下がっていた生産量も回復するはずだ。図表1は、金融危機で製造業の生産量が下がる前の2008年を100としてその推移を示している。

図表1から分かるように、2008年に下がった生産量はアイルランドでは元気良く回復・上昇している。ドイツとオーストリアでは辛うじて回復できたが、ポルトガル、フランス、イタリア、ギリシャ、スペインは低迷したままである。このやりきれない状態は、ギリシャ約43%、スペイン約38%、イタリア約35%、ポルトガル約25%、フランス約23%といった若年層の失業率の高さにも反映されている4

若い人々の高失業率も2、3年で終わるなら我慢しようがあるが、この状態が7年も8年も続くのは厳しい。これはごまかしようがない実体経済の問題で、また構造的な問題であるために今後改善の見込みがあまりないともいえる。政治的大義名分として進められてきた欧州統合に背を向ける人々が増えるのも当然であろう。

【図表2:ユーロ圏諸国のEU観】
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図表2は、2016年に主要国で実施された世論調査である5。グラフの青い棒は、自国のEU加盟の是非を問う国民投票を望む人々の割合を示す。グラフの赤い棒はその国民投票におけるEU離脱賛成者の割合で、イタリアやフランスでEU離脱賛成者がそれぞれ48%、41%に及ぶ。これは深刻な事態である。

どの国の国民投票においてもEU離脱賛成者の割合が高い。これは欧州統合が「政治的エリート」と呼ばれる人々によって、それも国民と無関係に進められてきて「民主主義的でない」と思う人が多いからだ。失業率も低く、ユーロ圏の勝者とされるドイツでは国民投票は制度上不可能であるが、それでもEU離脱を望む人が4割もいるのもこのためである。「ポピュリズム」という言葉は、この現象を見ないで済ませるための気休めかもしれない。

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1 https://www.nzz.ch/international/ein-wilder-haufen-zieht-in-den-bundestag-ld.1318236
2 http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-73989788.html
3 http://www.manager-magazin.de/politik/konjunktur/bip-wachstum-in-euro-zone-beschleunigt-sich-a-1160907.html
4 https://de.statista.com/statistik/daten/studie/74795/umfrage/jugendarbeitslosigkeit-in-europa/
5 https://qz.com/679354/nearly-half-of-europeans-want-their-own-referendum-on-staying-in-the-eu/

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(2017年11月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

本屋から疎まれるベストセラー

[第179回]本屋から疎まれるベストセラー @ミュンヘン

美濃口坦 翻訳家兼ライター

Photo: Senba Satoshi

懇意にしている本屋さんの女性は「こんな本がベストセラーになるなんて不愉快」といってベストセラーのポスターを指さす。そこには2位に下がった『Hitler, Mein Kampf −Eine kritische Edition(ヒトラー、我が闘争−注釈版)』があった。入手したいという私に彼女は納期が不明だといって、在庫がある書店を教えてくれた。彼女が取り寄せるのを嫌がっているように感じた。

私の知人は別の書店で本の名前をいった途端「児童ポルノ」購入者扱いにされたそうだ。本屋が店内に置かず、取り寄せないベストセラーなど前代未聞である。

ヒトラーの『我が闘争』は1925〜26年に出版され、ドイツが敗戦するまで1200万部も刷られた。戦後は版権をもつバイエルン州が出版を禁じてきたが、ミュンヘンの現代史研究所は昔から注釈付きでこの本を公刊するべきだと主張してきた。死後70年で著作権が切れて、今年の1月に現代史研究所から刊行された。

約780頁だった原書は、再版されて2000頁に膨張し、その重さも6キロに及ぶ。こうなったのは、時代背景などの解説だけでなく、3500以上の注釈がつけられたからだ。

本を開くと、右頁の真ん中に本文が載った箇所があるのだが、その左隣の頁にも、後続する頁にも注釈が付いていて、本文の続きは数頁も先になることもある。解説も注釈も適切で好感を覚えたが、ヒトラーが悪いことをしないように「注釈」という無数の警備員に包囲されている場面を一瞬連想した。

ドイツ国民はヒトラーを熱狂的に支持したが、戦後の評価は一転して絶対悪の象徴となった。この国では、善とはヒトラーのしたことの反対になる。これは倫理的な判断基準を間接的にヒトラーに委ねることになりかねないので、思考停止でもある。いうまでもないが、彼と反対のことをしたからといって、いつも良い結果になるとは限らない。

今回の『我が闘争』の出版でこの現象が変化するなら、それこそ大きな成果だ。

『Reichtum ohne Gier(強欲にならなくても豊かさは可能)』の著者ザーラ・ワーゲンクネヒトは東独で育ち、20歳のときにベルリンの壁の崩壊を経験する。社会主義の理想を抱いていた彼女は当時悲しんだという。

その後、政治家の道に進んだ彼女ほど真剣に社会主義と資本主義に取り組んだ政治家はいないかもしれない。2008年の金融危機以来、彼女の資本主義批判が注目されてテレビの討論会によく登場するようになった。その豊富な専門的知識と明晰(めいせき)で熱心な話しぶりによって、党派を超えて多数の支持者をもつ。

彼女によれば、資本主義は、その市場競争の原理が機能し、自由な創意・工夫をうみだし、生産性を高め、経済を成長させ、多数の人々を豊かにすることができたという。しかし、21世紀に入ってこの事情が変わってきたのだという。世界的に活動し、経済力も政治力も強い企業には市場原理も適用されなくなるし、貧富の格差も拡大するばかりだ。人々は敗者にならないために、給与水準が下がっても抵抗しない。企業も投資家の利潤追求の対象でしかなくなる。こうなったのは多くの国で規制緩和や規制撤廃が実施されたからだ、との立場だ。

ワーゲンクネヒトの見解では、民主主義は相互コミュニケーションが可能な小さな単位でのみ機能できるという。それにもかかわらず国家が主権の一部を手放していくと、世界的な規模で民主主義が空洞化するばかりだと彼女は心配する。国境を超えて市民団体が協力してコントロール機能を発揮しても、グローバル企業の強力なロビー活動には対抗できない。

彼女がこう考えるに至ったのは、2004年から5年間欧州議会の議員を務めてブリュッセル生活を送ったからかもしれない。テクノクラートとロビイストの街、ブリュッセル。一説には、EU本部のあるブリュッセルでは、議員1人当たりのロビイストの数がベルリンの二倍半もいるという。

このような事情から、彼女は、資本主義の暴走を阻止しようとするならば、国家を出発点にするしかないと提案する。少なくとも、欧州の国ならば、選挙が実施されて、国民は意思を表示できるからである。

…………

国家が重要だという見解なら、『Wunschdenken(希望的観測)』も似ているかもしれない。独連邦銀行の理事だった著者ティロ・ザラツィンによると、ドイツ人は政治となるとユートピア志向になる。これは現実否認で、本の題名もこれに由来する。この傾向はドイツの欧州統合観にも難民政策にも反映されているという。

著者にとって単なる「希望的観測」にとどまらないためのモノサシは、「国益を見失わないこと」であるようだ。だからこそ、移民問題では、どうせ外国人を入れるなら、アラブ人でなく、教育を重要視する東アジア人のほうが国益になると著者は主張する。

国益を主張する本が売れるのは、ユートピア志向のこの国では、従来はそれがタブーとみなされてきたからかもしれない。

ワーゲンクネヒトの本とはかなり趣を異にする本書である。


ドイツのベストセラー(ノンフィクション部門 )

5月7日付 Der Spiegel紙より


1.Wunschdenken

Thilo Sarrazin ティロ・ザラツィン

移民問題で挑発的な本を書いた著者があるべき政治の姿を説く。

2.Hitler,Mein Kampf- Eine kritische Edition

Christian Hartmann u.a.(Hg) クリスチャン・ハルトマン その他編

現代史家の詳細な注釈がついたヒトラーの『我が闘争』の再版。

3.Das geheime Leben der Baume

Peter Wohlleben

自然林を理想とする著者が生きている樹木について語る。

4.Himmel,Herrgott,Sakrament

Rainer M. Schiesler ライナー・M・シースラー

カトリック神父がビールを飲みながらする率直なお説教。

5.Panikherz

Benjamin von Stuckrad-Barre B.シュトゥックラート・バレ

若くして成功した作家がコカイン中毒後久々に発表する自伝。

6.Der Appell des Dalai Lama an die Welt

Dalai Lama ダライ・ラマ

宗教より思いやりにもとづいた倫理こそ21世紀には重要。

7.Reichtum ohne Gier

Sahra Wagenknecht ザーラ・ワーゲンクネヒト

左翼政党の人気政治家が暴走する資本主義を診断し対抗策を論じる。

8.Finger weg von unserem Bargeld!

Peter Hahne ペーター・ハーネ

500ユーロ札廃止で本格化する現金ナシ社会に反対する情熱の書。

9.Gelassenheit

Wilhelm Schmid ウィルヘルム・シュミット

老いていく人が持つべき「落ち着き」とは。

10.Zwischen zwei Leben

Guido Westerwelle/Dominik Wichmann ギド・ウェスターウェレ/ドミニク・ウィヒマン

病で死を前にした前独外相が公私にわたって人生を語る。