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名誉に甘んじる2,300万人

発行:2014/03/28

概要

ドイツでは、社会奉仕は昔から「名誉職」と呼ばれている。「名誉」というのは金銭的報酬が目的ではないからだ。ドイツには、このように名誉に甘んじ、報酬を得ずにボランタリー活動や社会奉仕に長期的に従事している人が2,300万人余りいる。ボランタリー活動は経済的に無視されることが多いが、これは重要な「社会資本」あり、経済的に大きな強みである。

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少し前に定年を迎えた知人と話す機会があった。彼はブラウンシュバイク工科大学卒業後、ミュンヘンの会社に就職。40年近いサラリーマン人生を全うした彼は、自分は幸せな人生を送ったと感慨深げに語った。そして、若い人々にとってはこれから厳しい時代が始まるとだろうと言った。彼は化学を専攻し、ドイツでその分野の道を歩む多くの人がそうであるように博士号を持っているが、これからは同じような資格を持っていても収入が低くなり、職場を転々とする人が多くなりそうだと彼は同情する。

「仕事」がなくなる
彼と同じように、自分はうまくいったが、彼らの子どもたちの世代は厄介なことになりそうだと思っているドイツ人は少なくない。このような悲観的見解の背景には、長期的には仕事がだんだんと減り、雇用市場がどんどん小さくなると多くの人々が認識していることがある。ここで重要なのは「長期的には」という点である。

景気が良くなったり悪くなったりすることにより、新たに雇用が生まれたり、解雇される人が出てきたりする。例えばドイツの太陽電池メーカーが外資系企業との競争に負けて倒産すると、その分だけ雇用が失われる。反対に、ドイツ企業が国際市場で競争力を高めて売り上げを伸ばせば雇用も増大する。また、ドイツにある工場をドイツより賃金の低い国に移転させれば空洞化により雇用が減少し、反対にドイツに工場が戻ってくれば雇用が増大するということもあるだろう。

しかし、こうした雇用の増減は短期的なものである。ドイツの人々を悲観的にさせるのは長期的な雇用の縮小であり、その大きな原因は技術革新にある。何かの用事で生産現場に足を踏み入れるたびに、私はそこで働く人の数が少ないことに驚き、一歩一歩無人工場に近づいていくような気がする。もっとも、何千人もの人々が夕方になると工場の門から出てくる風景が見られたのも、そう昔のことでない。

技術革新によって雇用が減っても、この革新的技術を開発し製品化したことによって新たな雇用が生まれると反論する人がいるかもしれない。しかし、差し引きすると減る分の方が大きい。米国の経済学者ジェレミー・リフキンは、世界中で生産活動に従事する人の割合は、2010年の12%から2020年には2%になると予想している1

工業で失われる分の雇用は、サービス業での雇用増で取り戻すという話も、ネットビジネスが繁栄して町中の小売店が店じまいする現状を考えると気休めにすぎないかもしれない。下のグラフは国際労働機関(ILO)が公表した全世界の失業者数2を示したものである。これによると今後、地球規模で着実に失業者が増大すると予測されている。

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このように、長期的に雇用が縮小していく様子は「仕事がなくなりつつある資本主義」と呼ばれる。仕事は労働であり、昔から資本主義といえば資本家と労働者が対になっていたので、今や奇妙な状況が出現しつつあることになる。ちなみに、先進国で盛んに議論されている非正規雇用の問題も、こうした今の状況と無関係でない。ドイツでこのようなテーマがかなり前から議論されているのは、(例えば失業率が比較的低い日本とは異なり)早い時期から失業問題に直面し、雇用の確保が重要視されているからである。

大切な「社会資本」
ドイツの代表的な社会学者ウルリッヒ・ベックは、早い時期からこの問題について発言している。彼によると、将来「なくなるのでは」と心配されている「仕事」とは、それを行うと報酬が得られ、だから人々が職業として営んでいる活動である。従って、例えば隣に住む高齢者の世話をしても、それが好意によるもので報酬を得ていなければ「仕事」ではないことになる。だからといって、このような活動が不必要ということにはならない。

将来的に報酬が支払われる「仕事」が少なくなっても、そうでない仕事、つまり報酬を得ない仕事がどんどんなくなるわけではない。このような状況を考慮して、ベックは、失業給付は失職して何もしていない状態にある人に対してのみではなく、社会的に必要な活動の対価として支払われるべきだと提案する。たとえ低くても報酬が支払われる公益的活動を、彼は「市民労働」と呼ぶ。

このような議論がきっかけとなって、ドイツでは、社会に有用であっても報酬が支払われないために経済的に無視されてきた活動の存在が注目されるようになった。このような活動は、昔は社会奉仕といわれた。日本ではボランティアという言葉が広く用いられ、被災地で支援活動をする若者といったイメージがあるかもしれない。

一方、ドイツでは、このような社会奉仕は昔から「名誉職」と呼ばれている。その活動は多岐にわたり、イメージも「被災地で支援活動をする若者」などのように限定されていない。「名誉」というのは金銭的報酬が目的ではないからだ。古くから続く相互扶助の伝統が現在にも残っている印象が強く、また強制されるのではなく自由意思によって行うボランタリー活動である。

例えば、ドイツには多くの町にスポーツクラブがあるが、そこで青少年を指導するコーチだけでなく、事務をしている人々も自分の活動を名誉と見なしている。冒頭で定年を迎えた知人のことに触れたが、彼も町のサッカークラブで指導者をしていた。この他、合唱クラブや音楽クラブといった文化活動に携わることもボランタリー活動であり、いずれも多かれ少なかれ社会に役立っている。また、他人の子どもの宿題を手伝うことを名誉とする人もいる。

病気の人や高齢者など社会的弱者の支援体制も、名誉職として社会奉仕をする人なしには機能しない。自然・環境保護団体、山岳団体、動物愛護団体、政党やその他の政治団体、町の消防団の活動も、その多くがこのような手弁当で働いてくれる人々の活動から成り立っている。また、例えば地方自治体の議員も小さな町の市長も、参審裁判官や保護司も支払われるものは実費だけで、名誉に甘んじる人々である。

ドイツには、このように名誉に甘んじ、報酬を得ずにボランタリー活動や社会奉仕に長期的に従事している人が2,300万人余りいる3。ちなみに、この数は14歳以上のドイツ国民の36%に相当する。報酬が支払われないボランタリー活動は経済的に無視されることが多いが、ドイツ国民の約4割がこのような活動に従事しているのである。これは重要な「社会資本」で、経済的に大きな強みである。 なお、下の表4は、欧州各国のボランタリー活動に参加する人の割合を示す。

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ボランタリー活動への参加率が低いことは公益に対する国民の関心が低いことになり、その分だけ国家の私物化が進み、財政赤字がコントロールされにくくなると思われる。ユーロ圏で深刻な財政危機に陥った国のボランタリー活動への参加率が低いのも偶然のことでない。

それでは、ドイツで名誉に甘んじて手弁当で2,300万人が従事している奉仕活動にどれほどの経済的価値があるのだろうか。これは名誉に値段をつけることに似て難しい話である。一つの手掛かりになるのは、2,300万人もいる彼らのうち1,750万人が民間非営利団体(NPO)に属している点だ5。協会や財団などの公益・民間財団全体が国内総生産(GDP)に占める割合は4.1%で、金額にして890億ユーロに及ぶ。また、この金額の中には個人や企業などによる130億ユーロの寄付金が含まれる(比較のために付け加えると、ドイツの2013年の国防予算は330億ユーロ程度である)。

今や、どの先進国も多かれ少なかれ大きな財政赤字を抱えているために、行政サービスをこれ以上拡大するのは困難であろう。今後高齢化が進展すると、このようなボランタリーな社会活動が今以上に必要になるといわれている。

年齢構成の逆ピラミッド化が進行しているため、若い人や中高年層のボランタリー活動への参加率は下がる傾向にある。反対に、高齢者の参加率は増えつつある。ドイツの多くの町では、初老の人々が支援を必要とする高齢者の世話をしている光景がよく見られる。

これまで、ドイツではボランタリー活動に対して税制面で奨励措置が取られてきた。例えば、町のスポーツクラブでコーチとして青少年の指導に当たる人に謝礼金が支払われる場合、年間2,400ユーロまでは課税されないことになっている。公益的なボランタリー活動で得た収入は年間720ユーロまでは申告義務から免除されている6。人の世話をすることが多い奉仕活動にはリスクも伴うため、保険に入っていることが望ましいが、この点でもう少し政治面から支援があってもいいと思われる場面がないことはない。

2,300万人もの人々が名誉心から奉仕活動に従事してくれることは頼もしい「社会資本」である。どこの国でも政治というとお金をばらまく傾向があるが、大切な社会資本だからといって従来と同じばらまき政治をしたら、逆効果になるかもしれない。それよりも現場の市町村が官僚組織に縛られずに協力できる体制にすることが肝要と思われる。

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1 http://content.stuttgarter-zeitung.de/stz/page/916564_0_9223_-interview-langfristig-wird-die-arbeit-verschwinden-.html
2 Global Employment Trends 2014:The risk of a jobless recovery
http://www.ilo.org/global/research/global-reports/global-employment-trends/2014/WCMS_233953/lang–en/index.htm
3 ”Das hat richtig Spaß gemacht!” Freiwilliges Engagemet in Deutschland
https://www.ing-diba.de/imperia/md/content/pw/content/ueber_uns/aktionen/ehrenamtsstudie.pdf の4ページ
4 ”Das hat richtig Spaß gemacht!”の10ページ
5 https://www.yumpu.com/de/document/fullscreen/21736045/zivilgesellschaft-verstehen の37ページ
6 http://www.bundesfinanzministerium.de/Web/DE/Service/Glossar/Functions/glossar.html?lv2=206376&lv3=300742#lvl3

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(2014年3月8日作成)