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ドイツ「エネルギー転換」の現場から(2)

発行:2013/07/10

概要

現在ドイツでは、エネルギーシステムが大量集中型から分散型に転換しつつある。リーマン・ショックによって身近なものが信用されるようになり、市町村といった小さな政治単位が重要視されるようになったことが、この傾向に拍車を掛けている。
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前回「ドイツ「エネルギー転換」の現場から(1)」(2013年6月19日付掲載)にて、エネルギー自給を目指して努力しているフェルトハイム、オストリッツ、ウンターハヒングという村や町を紹介した。エネルギー自給に関して立派な成果を上げている自治体は他にもたくさんある中でこの三カ所を選んだのは、北ドイツの農村、ポーランド国境沿いの過疎の町、南ドイツの豊かな小都市といった具合に、これらのバックグラウンドがそれぞれに異なるからだ。

次に「エネルギー転換」とは、電力源が化石燃料や原子力から再生可能エネルギーに変わるだけではない。長坂寿久拓殖大学教授が本ウェブサイトに掲載されている「世界で急進展するエネルギーの「リローカル化」-リローカリゼーション(地域回帰)の時代へ(その2)」(2011年9月20日付掲載)で記されたように、集中大型発電システムから分散型エネルギーシステムへ転換することである。これは、エネルギーを地域(コミュニティー)に取り戻す「リローカル化」を意味しており、すなわち市町村こそが「エネルギー転換」の現場である。

「草の根運動」
ここで北ドイツの農村フェルトハイムに話を戻す。そこでは村人の協同組合がエネルギー事業会社に出資している。東ドイツ時代は村全体が農業生産協同組合(LPG)と呼ばれる社会主義的集団農場であった。そのために村の人々は、現在の協同組合も当時の伝統の名残であるように感じている。
協同組合の歴史は社会主義と同じように古く、ドイツでは産業化で弱い立場になった職人や農家の人を守るために19世紀の中ごろにできた互助団体である。この組織は時に盛んになったり、寂れたりしながら世界中のいろいろな国で続いている。

【グラフ1:エネルギー共同組合数】
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現在ドイツでは、この協同組合が「ルネサンス」を迎えつつある。グラフ11が示すように、エネルギーの生産・供給を目的とする協同組合が急激に増加中。2011年に194も増えた。これは毎日ではないが、ほぼ2日に一つ、ドイツのどこかで協同組合が誕生していることになる。この再生可能エネルギー「草の根運動」が、2008年のリーマン・ショックからユーロ危機が終息していない現在に至るまで盛んであるのは、後で述べるように、決して偶然でない。

この数年来、多くの農村が「自然エネルギー村」として、ドイツや州の農林省から認定、表彰、支援されている2。これらの村の組織も協同組合で、昔、農民が一緒に大型収穫機を共同購入したのと同じように、今や発電事業に共同で投資するようになったと考えることができる。

しかし農民は、下のグラフ23が示すように少数派だ。数からいって圧倒的に多いのは都市の住民で、彼らは建物の屋根や空き地にソーラーパネルを置いて自分たちも電力エネルギーの生産者になろうとする。

【グラフ2:共同組合の会員】
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【グラフ3:協同組合設立時の会員数】
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【グラフ4:協同組合会員の平均出資額】
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グラフ34が示すように、このようなエネルギー協同組合は少数の有志のみで設立できる上、グラフ45からも分かる通り、1人当たりの出資金額は必ずしも大きいわけでない。また投資先事業の9割以上が小額資金で始められる太陽光発電である。現在ドイツ全体で8万人以上の組合員がいて、8億ユーロ以上が投資されている6

組合員になった人々は「再生可能エネルギーを盛んにするため」とか「地域活性化のため」などとその動機を説明する。また協同組合という組織を選んだ理由として、民主的意思決定や自決権の実行といった点を挙げる7。だからといって、彼らが環境や民主主義や地域活性化のために尽力する精神主義者だと思うのは誤解である。

風力発電や太陽光発電に投資することは、リーマン・ブラザーズほどではないものの、ドイツにおいては長年10%近い利回りでバックされる「おいしい話」であった。今でも4、5%は手堅いといわれている8。また多くの人は、気心の知れた他の協同組合・会員と一緒に所有するソーラーファームに投資することは、必ず需要のある電気が対象ということもあり、損にはならないと考えるようだ。また金融機関も同様に考えるため、融資を受けることも簡単なのである。

地域に取り戻す
前回紹介したオストリッツ市やウンターハヒングのエネルギー自給は市の事業で、自治体の政治家がイニシアチブを取って実現した。このトップダウンは下から上へ力が働く協同組合運動と相性がいい。例えばフェルトハイム村では、村民の協同組合とこの村より上位の地方自治体であるトロイエンブリーツェン市が手を組んで村でのエネルギー事業を展開している。そうなるのはなぜなのだろうか。

比較的大きな町は、昔はガスの供給や発電、送電・配電などのエネルギー事業を、水道、下水・ごみ処理、交通などと同じように自分の手で行っていた。このような技術と関係した公共サービスを行う市の事業所もしくは市営企業は「シュタットヴェルケ」と呼ばれてきた。

ところが多くの町は、財政難と、1990年代から特に大きくなった民営化の波により、シュタットヴェルケを売却してしまった。もちろん、全ての町がそうだったわけでない。というのも、高圧送電線は大手の電力会社が操業しているが、消費者に近い配電線の方を運営する会社は現在でも900社以上あり、そのほとんどがこのようなシュタットヴェルケなのである9

しかし、2009年8月末に行われた調査機関エムニッドの世論調査の結果(下記のグラフ510)からも分かるように、多くの人々は自分の町の公共事業や貯蓄金庫といったものに信用を寄せるようになった。これはリーマン・ショックを境に、民営化についての人々の考え方が変わり11、身近なものしか信頼しない傾向になったためである。エネルギー協同組合が雨後のたけのこのように増えているのも、この時代の雰囲気の反映である。

【グラフ5:信頼できる組織は】
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現在、多くの市町村が一度手放したエネルギー事業を取り戻そうとしている。これは人々が価格やサービスの点で民営化の現実に満足できないこともあるが、人々の考え方が変わったからである。また2011年から2015年までの間に1,000以上の市町村でエネルギー事業民営化の認可契約期限が切れるが、この事情も民営化の見直しのきっかけになる12
つまり地方自治体は、一度手放したエネルギー事業を再度行おうとしているので、「ローカル化」でなく「リローカル化」であり「地域に取り戻す」のである。キーワードは「シュタットヴェルケ」だ。

住民投票を求める署名運動が展開されるなどメディアから取り上げられることが多いベルリン、ハンブルク、シュツットガルトといった大都市だけでなく、小さな都市も一度失った影響力を取り戻そう努力している。

以前はエネルギー事業とは無関係だった小さな自治体の中にも、近隣の市町村と一緒になってエネルギー事業を展開している。この場合は「ローカル化」であるかもしれないが、村に風車や水車があったころを考えると「リローカル化」といえる。いずれにせよ、ドイツ全体で2007年から2012年までに60のシュタットヴェルケが誕生した13

フェルトハイムのエネルギー・プロジェクトで重要な役割を演じるトロイエンブリーツェン市のミヒャエル・クナーペ市長も、自治体の配電・送電線を大手電力会社から取り戻すことの必要性を強調した。フェルトハイムで電気代を安くできるのも、村の中の電線は自分たちで敷設したからである。だからこそ、地元の配電線を取り戻すことを目標とする村や町が多い。

「エネルギー転換」のこれから
「環境VS経済」の図式を単純にドイツに適用するのは考え物だ。例えば、消費者が支払う電気代が上昇するのは、電力の市場取引価格が下がり、その結果、法的に保証された再生可能エネルギー電力の買い取り価格との差が増大しているからでもある。電力市場価格が下がり、その恩恵を受ける企業がたくさんある以上、高い電気代の原因が環境を優先して経済性を無視している結果とはいえない。
この図式からすると、現在の与党が経済重視、野党が環境優先と色分けすることはできない。例えば、エネルギー「草の根運動」や市町村の「リローカル化」は党派を超えて進められている。そこで出会うのは地元政治家で、党の所属は無関係である。

次に、ドイツ政府の「エネルギー転換」政策といえば、洋上風力発電プロジェクトがある。風が吹く洋上で電気を大量生産し、北から南に走る「電力スーパーハイウエー」(高圧直流送電線)を建設して、2022年までに原子力発電所がなくなる南ドイツへ電気を届けるというものだが、この政策に関し国政レベルでは政党間の大きな対立は見られない。

このような洋上風力発電は、2000年代の初め「脱原発」にかじを切った当時のドイツ社会民主党・緑の党による連立政権が、原発なしの世界に不安を覚える人々を説得するために作成したシナリオで、それを現政権が踏襲したからだ。また電力スーパーハイウエーについて対立があるとしたら、それは政党間ではない。緑の党の中でも現場の党員は住民の反対運動に加わり、国政レベルの政治家が「脱原発に賛成する以上、送電線に反対してはいけない」と止める方に回る14

洋上風力発電も電力スーパーハイウエーも巨大プロジェクトでエネルギー集中大型システムの典型であり、成長経済の根底にある大量生産・大量消費のフォーディズムと共通する。これに対して、エネルギー「草の根運動」や「リローカル化」の推進者など、分散型エネルギーシステムを目指している人々はプロジェクトに対して懐疑的である。この場合の対立は環境か経済かでなく、マクロ経済設計上のイデオロギー的対立といえよう。

この二つの巨大プロジェクトについては、経済性、技術的側面に関して評価が分かれる。洋上発電は再生可能エネルギー助成率が陸地の風車よりも2倍以上高く、電気代上昇の最大責任者とされる。風力発電技術も日進月歩で、今では風の弱い内陸でも発電効率を確保できるため、巨大プロジェクトの経済性が疑問視される15。ところが、海上は風がよく吹き8,200時間も稼働したと聞く16と、電力安定供給のために巨額の投資も必要に思えてくる。

ドイツの北と南の地域的対立や、州政府と中央政府の見解の相違の方が、これらの経済性評価より重要である。洋上風力発電は北が電気をつくり南が消費するというパターンだが、南ドイツの州や自治体が、北から送電される電力を消費するだけの受動的立場に満足するとは考えにくい。「草の根運動」や「リローカル化」が示すように、どこであっても人々のエネルギー自給志向は強いからだ。

現在、北海の洋上6カ所でウインドファームが建設されているが、現状ではその後のプロジェクトは予定されていない17。また電力スーパーハイウエーも、当初は必要なのは4本で全長4,400キロメートルとされていたが、3本2,800キロメートルに短縮した18。巨大プロジェクトは、分散型エネルギーシステムが拡充するにつれて竜頭蛇尾に終わるかもしれない。

南北の送電線ができなければコストを掛けた洋上風力発電の安い電気が隣国に輸出されるだけのことだが、このようにドイツの「エネルギー転換」は矛盾をはらんでいて、いろいろな場所でいろいろな人々が好き勝手に何かやっているという印象がある。このような事情を、地熱発電を始めたウンターハヒング前市長のエルヴィン・クナーペさんも「多くのことが混乱したまま、これまで進行してきたし、今後もそのように進むだろう。秩序を重んじるドイツ国民にとって例外的だ」と表現して笑った。言い得て妙である。

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1 http://www.unendlich-viel-energie.de/de/wirtschaft/detailansicht/browse/4/article/187/grafik-dossier-energiegenossenschaften-in-deutschland.html
2 http://www.bmelv.de/SharedDocs/Pressemitteilungen/2012/343-BL-Bioenergiedoerfer.html
3 Energiegenossenschaften. Ergebnisse der Umfrage des DGRV und seiner Mitgliedsverbände im Frühsommer 2012の7ページ。
4 同上の6ページ。
5 同上の8ページ。
6 同上の16ページ。
7 同上の14ページ。
8 ドイツエンジニア協会の週間新聞、http://www.ingenieur.de/Themen/Erneuerbare-Energien/Erneuerbare-Energien-beleben-Genossenschaftsmodell また経済紙ハンデルスブラット、http://www.handelsblatt.com/technologie/energie-umwelt/energie-technik/energietrend-gemeinden-erzeugen-gruenen-strom-in-eigenregie/6202912.html
9 http://www.strom-magazin.de/netzbetreiber/
10 Hans-Joachim Reck:Das Stadtwerk der Zukunft. Neuer Aufwind für die kommunale Wirtschaft.2009年10月20日レーゲンスブルグでの講演の4ページ。
11 http://www.dstgb.de/dstgb/Pressemeldungen/Archiv%202011/Privatisierungen%3A%20%22Kein%20Tafelsilber,%20sondern%20Essbesteck%22/ の中でのゲルト・ランツベルク・ドイツ市町村連合会事務長の発言。
12 http://www.demo-online.de/content/rekommunalisierung-der-energieversorgung-ae-chancen-und-risiken
13 http://www.spiegel.de/wirtschaft/soziales/methoden-der-energiekonzerne-im-kampf-um-die-staedtischen-verteilnetze-a-893018.html
14 http://www.wiwo.de/politik/deutschland/stromnetz-buerger-stellen-sich-neuen-stromleitungen-in-den-weg-seite-5/5155296-5.html
15 http://www.spiegel.de/wirtschaft/soziales/offshore-windparks-verlieren-an-windraeder-an-land-a-889943.html
16 VDI Nachrichten. 21. Juni 2013. Nr. 25. の11ページ “Windkraft auf See fehlen Langzeitfristzusagen, um wirklich durchstarten zu können.”
17 同上。
18 http://www.bundestag.de/dokumente/textarchiv/2013/44448811_kw17_de_netzausbau/

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(2013年7月3日作成)

ドイツ「エネルギー転換」の現場から(1)

発行:2013/06/19

概要

ドイツにおけるエネルギー転換とは、再生可能エネルギーを使うようになるだけでなく、システムが集中型から分散型に変わることを意味している。今回は、その現場というべきドイツの市町村での具体的な取り組みを紹介し、次回はその意味について考える。

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農村
ベルリンから南西に60キロメートルほど車で走ると、とある農村に到着した。村の入り口には「エネルギー自給村フェルトハイム」という道路標識が立っている。ここでいうエネルギーとは、電気だけでなく、暖房と温水供給のための熱エネルギーも含む。ドイツでは、普通の家屋は地下室にある灯油やガスのボイラーでお湯を供給し、冬にはこのお湯を使って全館暖房しなければならない。

人口130人足らずのこのフェルトハイム村には、アルトマイヤー連邦環境大臣や日本の俳優山本太郎さんだけでなく、世界各国の人々が視察にやって来る。また、近くの学校から子どもたちが毎週のように見学に訪れるという。その理由は、道路標識に記されているように、この村が電力・熱エネルギーの自給自足をドイツで実現した最初の市町村の一つだからだ。

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夏なら何かが栽培されているのかもしれないが、私が訪れたときには雪原で、どちらを向いても同じ風景が広がっており、地平線の果てまで風力発電の風車が続くだけだった(写真左上1)。風車は全部で43基、総発電能力は7万4100キロワットに及ぶ。ちなみに、福島第1原子力発電所の第1号機は出力46万キロワットだったので、そのほぼ6分の1に相当する。

案内してくれたジークフェルト・カッペルトさんによると、村には出力500キロワットのバイオガス発電施設もあり、そこで豚や牛のふん尿や穀物の茎などの切れ端からバイオガスを発生させて発電し、排熱を地域の暖房に利用するコージェネレーションになっているという(今やコージェネはどこでもスタンダードだ)。また夏になって暖房の需要が落ちるとガスを売るらしい。その上、ガス発生の副産物として肥料が得られるそうだ。ちょうど話の途中で、穀物の切れ端と豚のふん尿がミックスされたエネルギーの原料が村の農家から取り入れ口に運ばれてきた(写真右上2)。

村には所有林から得られる木のくず、木材チップを使った出力5,000キロワットの火力発電施設もあり、年間3,000万キロワット時を発電するだけでなく、5,000キロワットに相当する熱エネルギーを地域暖房に供給している。また、村にある元ソ連軍の演習場跡地に2.25メガワットピーク(MWp)のソーラーパネルが設置されていて、年間278万キロワット時を発電している。カッペルトさんによると、これで600世帯(4人構成)の電力消費をカバーできるそうだ。

この村のエネルギー事業を並べていくと、使い切れないほど大量の電気がこの村で生産され、売られていることが分かる。だからこそ、カッペルトさんは村の経済を支える新しい柱ができて農業を続けることができたと喜ぶ。彼と話していると、発電も高い収益をもたらす農作物のように考えられていることが分かる。欧州連合(EU)の農業への助成はどんどん減っているので、フェルトハイムのような「エネルギー村」を目指す農村が増えつつあり、連邦や州の農林省も援護する。

フェルトハイムでは熱エネルギーだけでなく、電気も供給不安定な風や太陽だけに依存しないで、バイオガス・バイオマスを利用した安定供給を実現している。村民の協同組合は、市町村合併によって村がその一部になったトロイエンブリーツェン市と一緒に設立した有限会社が、自然エネルギーに特化するエネルギークヴェレ社の助力を得て、村の中でエネルギー事業を実行している。村の電気代は1キロワット時16.6セントで、10年間据え置きだ。ちなみにこの値段はドイツの平均より25%も下回る。

国境の過疎の町
ドイツの東西統一後ポーランドとの国境になったナイセ川のほとりにオストリッツ市はある。人口2,500人ほどのこの町も、エネルギーの自給自足を目標にして長年努力している。

まず熱エネルギー供給から始め、木材チップの燃焼炉で発生した温水が町の道路の下に敷設されたパイプを通って290世帯に送られる。この世帯数は全体の70%。100%でないのは、自宅の地下室に灯油ボイラーを買ったばかりの家庭がもう少し使いたいと願い出たためだそうだ。ということは、能力からいって熱エネルギー自給自足体制はすでに出来上がっていることになる。

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次は電力の方だ。左上の写真3はナイセ川である。左下の方に一部しか写っていないが、取り入れ口があり、その下に出力14.7キロワットの小さな水力発電機が稼働している。また、学校の屋根にはソーラーパネルがある。しかし一番大きな電力源は、町の外の原っぱにあるウインドファームで、8,800世帯分の電力を生産しているらしい。ということは、余るほど発電されているわけで、この町では電気の自給が実現したといえそうだ。

ところがエネルギープロジェクトを担当するシュテファン・ブラシュケさんは、材木チップの山の前で(写真右上4)、町で蓄電できない限り、本当の意味で自給ではないという。というのは、風が吹かなくなった途端、外から電気を買い入れることになるからだ。

オストリッツが、フェルトハイムのようにバイオガスやバイオマスの発電をして、電力自給体制を築こうとしないのは、この町が農村ではなく、農業、牧畜、林業の副産物というべきバイオマス資源を自給できないためだ。でも発想の問題もあるかもしれない。というのも、近くに森や畑がたくさんあるからである。

この地域は昔から褐炭の露天掘りが盛んであった。そのため当時オストリッツは褐炭による火力発電の中心地で、ここから東ドイツ全体の消費電力量の10分の1を供給していた。また皮革や化学関係の工場もあり、人口は4,000人近くあった。ということは、東西統一後、人口が40%近くも減って過疎の町になったことになる。

こうして東ドイツ時代はこの町も栄えていたのだが、褐炭発電のばい煙のため、天気の良い日に庭でお茶を飲んだりすることはできなかった。だから、人々は町がきれいになったことばかり話す。この町の人々にとってエネルギー自給とはクリーンなエネルギーにとどまっており、地域経済に前向きに組み込もうとする姿勢はあまり強くないように思われた。

ベッドタウン
ウンターハヒングはミュンヘンの南隣の町で、人口が2万3000人もあり、独立した行政区で市長もミュンヘン市長とは別の人である。とはいっても、電車で20分足らずで行くことができ、電話をしても市内扱いのため、どこかミュンヘン市の住宅地区という感じがするためベッドタウンといえる。次にミュンヘンであるが、経済的に豊かな南ドイツの中心都市で、裕福な人々が多く住んでいるとされる。

このようにフェルトハイムやオストリッツとはすっかり性格の異なるウンターハヒングの町も、エネルギーの自給を目標にしている。とはいっても、できることは限られている。バイオガス発電のために豚のふん尿を運ぶトラクターがこの町の中を走ることは想像できない。風力発電の場合も、騒音や低周波振動に住民が抗議することは火を見るより明らかだろう。

幸いなことに、アルプス山脈の麓というべきミュンヘンの近くには、別のエネルギー資源が2,500メートルから4,000メートル深い地下に埋もれている。そこに90度から150度のお湯をスポンジのように大量に含んでいる地層があるのだ。ウンターハヒング市のエネルギー源は、町の下3,350メートルの深い場所に数百万年前からたまっている122度のお湯である。

この熱いお湯は湧出量1秒150リットルで地表に到着し、熱交換器で熱を奪われて、60度まで温度を下げる。役目を果たして少し冷めたお湯は、今度は取り出し口から約3.5キロメートル離れた戻し口から深さ3,590メートルの地中へ戻される。取り出すパイプと戻すパイプの二つを使って地下のお湯を循環させ、可能な限り元の状態を保ちながら、地熱資源を利用していることになる。

これは「持続可能性」のためであり、地熱利用を始めたウンターハヒング前市長のエルヴィン・クナーペさんが私と話しているとき、この事情を「300年以上はもつエネルギー資源を、私たちは手にした」と表現した。

122度のお湯は、発電と地域暖房に利用される。発電は、このような低温度でもタービンを動かすことができるように、沸点が低いアンモニアと水の混合液が使われている。この方式は発明者の名前をとってカリーナサイクル発電と呼ばれている。

この方式はドイツでは初めてだったが、日本ではすでに実施されていた5。プラントを引き受けたドイツ企業は日本まで見学に出掛けたそうだ。ウンターハヒング発電施設の最大能力は3.36メガワットで、2009年に発電を開始。地域暖房の方は、オストリッツと同じ方式で、温水(約70度)が町の道路の下に敷設されたパイプを通って各家庭に運ばれ、熱交換器によって家屋の暖房に利用される。2007年に開始し、敷設工事の進展とともに供給量が増大しつつある。

こうして2010年には、8,500万キロワット時の熱エネルギーと1,100万キロワット時の電力がそれぞれ生産された。これらの数字は、約8,000世帯分の暖房と温水と3,500世帯の電気の需要をカバーできる量である。

M305-0023-3左の写真6は、カリーナサイクル発電の傍らに立つウンターハヒング地熱有限会社のヴォルフガング・ガイジンガー社長だ。彼はプロジェクトが計画されていた2001年ごろ、地熱を発電に利用する考えが今より強かったと語る。ところが、20ドルだった原油価格がその後急騰。住民が暖房に利用する灯油も天然ガスも高騰する。ということは、再生可能エネルギーとしての高い買い取り価格で電気を売るよりも、熱エネルギーを市民に直接売る方がもうかることになる。この事情から、熱利用をメーンとして、夏場などの需要が落ちたときは発電量を増やすという操業方式を採用している。

ミュンヘンの近くでは、ウンターハヒングのように地熱を利用したり、またボーリングしたりしている市町村が20近くあるが、今のところ発電はウンターハヒングとその隣町だけである。

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1 筆者撮影。
2 同上。
3 同上。
4 同上。
5 例えば、http://www.kankeiren.or.jp/kankyou/pdf/095.pdf
6 筆者撮影。

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(2013年6月12日作成)

太陽より北風 -ドイツの太陽光発電業界

発行:2012/06/12

概要

ドイツの太陽光発電は、固定価格買い取り制度によって急速に普及し、現在は買い取り価格の引き下げなど軌道修正する段階に達した。今後、エネルギー政策については集中と分散という相反する二つの考え方のバランスを取ることが重要になるだろう。

昔は屋根にソーラーパネル(下の写真左1)を見つけると、思わず足を止めてカメラを取り出した。今なら誰も見向きもしないだろう。

ドイツは土地利用に関して厳しい規制があり、農地を別の目的に利用するには面倒な手続きが必要になる。それにもかかわらず、少しでも空き地があると、ソーラーパネルが設置されている(下の写真右2)。これは近頃よくあることで、太陽光発電に関しては、行政をはじめ関係者がどれほど柔軟に対応しているかを物語っている。このような太陽光発電装置がドイツ全国に約110万台もできた。

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この官民挙げての努力は、今年の5月25日金曜日に実った。というのは、ドイツの太陽光発電量が正午から午後1時までの間に22.145ギガワットに達し、ドイツ太陽光発電の新記録としてニュースで取り上げられたのだ3。原子力発電の平均出力は1ギガワット、すなわち100万キロワットで、この太陽光発電量は原発22基分、ドイツの消費電力全体の37.5%に相当する。太陽光発電がドイツで盛んになったのは、10年近く前から固定価格買い取り制度が実施されているためである。

現在ドイツの太陽光発電に関連して二つのことが話題にされる。一つは、ドイツ政府がこの買い取り価格を引き下げようとしていること。もう一つは中国の発電パネルメーカーによる安値攻勢で、ドイツのメーカーが去年の暮れごろから次々に経営破綻していることである。

後者の話題から説明しよう。確かに、ソロン、Qセルズ、ソルテクチャー、ソベロといった幾つかのドイツのソーラーパネルメーカーが破産申請したり、経営不振に陥ったりしている。だからといって「太陽光発電大国ドイツの落日」とか「中国の独り勝ち」というのは誤解ではなかろうか。

かなり以前からソーラーパネルは生産過剰といわれる4。2009年、世界の供給量は11.1ギガワットで需要は4.2ギガワットしかなかった。業界専門誌の「フォトン・インターナショナル」5によると、世界生産量は、2010年は27.4ギガワットだったが、2011年は37.2ギガワットに増加、2012年には52.5ギガワットに増えるといわれる(キャパシティーの拡大はこの数字を上回る)。ところが、2011年の需要は予想されていた28ギガワットをはるかに下回った。
過剰供給は、2009年は33%だった中国の世界シェアが、2011年には57%まで増えたことからも分かるように、中国のメーカーが採算を度外視して、生産増大に励んでいるからであろう。

M305-0015-2ドイツ政府の委託で再生可能エネルギー業界を研究する経済学者のマレーネ・オーサリバン氏(写真左6)は、中国がキャパシティー拡大に走っている状況を「ドイツの落日」などとは思っていないという。彼女の見解では「中国メーカーの太陽電池セル製造装置の大部分はドイツ製、ごく一部がスイス製で、中国の強さは後発組であるためにより新しい装置を使って安く製造できる点にある」だけの話としている。

またベレクトリック、キャピタル・ステージ、経営破綻したソーラーハイブリッドなど太陽光発電施設の設計ならびに設置する会社は中国製の安価なソーラーパネルで利益を上げた。ドイツの太陽光発電業界でも得した人とそうでない人がいるだけのことである。「経営不振に陥る企業が出てくるのは業界が整理過程にあるからで、ソーラーモジュール・メーカーが70社近くもあるのは多過ぎる」と彼女は指摘する。ただし彼女は、競争力を持っているドイツ企業までもが、資金が絶たれて破綻することを恐れているという。

太陽光電力の買い取り価格を下げる法改正は、今年の3月末連邦議会で承認された。その後、連邦参議院で反対されたため、現在、妥協を目指して折衝中である。メディアで、中国企業の台頭によってドイツ企業が苦汁を飲まされているといった報道が多いのは、有利な条件を目指す太陽光発電推進派の働き掛けと無関係ではない。

ここで5月25日金曜日に戻る。発電開始は午前6時ごろからで、開始時はごく少ないが次第に発電量が大きくなって、正午から午後1時の間に原発22基分の発電量に到達。日が傾くとともに発電量も下がり、午後6時ごろには半分に減ってしまった。もちろんその後、暗くなったら発電量はゼロになる。電気をためることができれば一番良いのであるが、早急にこうしたシステムを実現することは困難である。しかし技術はその方向に進んでいる。

次に、発送電分離が実現しているこの国では、再生可能エネルギーによる電力は送電事業者から高めの価格で買い取られるだけでなく、彼らの送電線網に取り込まれるときに化石燃料の電気よりも優先される。再生可能エネルギーの電力供給が増えて需要がその分大きくならなければ、化石燃料の電気は送電業者から引き取ってもらえない。その結果、化石燃料の発電所を持つ大手発電事業者は供給を減らすことになる。風が吹かなくなったり、太陽が雲に隠れたりして、風力・太陽光発電ができなければ自分の出番になるが、それがいつになるか分からない以上、彼らは全く操業を停止することもできずに、待機体制を敷かなければいけない。以前は大手の電力会社へ行くたびにこの不満を聞かされた。ここ数年耳にしなくなったのは、彼らが発電量を減らさずに、余剰電力を輸出しているからだそうで、喜ばしいことである。

残念なのは、太陽が照る時間帯こそ電力価格が上昇する点だ。この時に、大手電力事業者は、太陽光発電事業者が有利な買い取り価格でもうけているのを眺めていなければいけない。大手電力事業者もより利益を上げられる事業に早く手を出せば良かったのかもしれないが、当時は発想の転換ができなかったといわれている7。原発を持っている以上、太陽という自然エネルギーを使ってもうけてはいけないと勝手に思い込んでいた人が多かったようだ。

太陽光も風力も、今のところはベース電源としては難しく、原発をやめることにした以上、大手電力事業者が建設する化石燃料の巨大発電所が必要になる。必要であるにもかかわらず、過去数年の太陽光発電ブームにより、これら巨大発電施設に投資したいと考える人(企業)が減ってきている。これも大手電力事業者にとってフラストレーションがたまる原因であろう。

【設置太陽光発電装置】
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巨大発電施設プロジェクトこそ唯一の電力供給の解決策と考えていた人は多かったし、今も少なくない。彼らは太陽光発電が有効な手段とは思いもよらなかったのだ。ところが、固定価格買い取り制度が功を奏し、その発電能力は上のグラフ8が示すように予想以上の勢いで増大した。また今年に入っても第1四半期(1~3月)終了時点までに1.8ギガワット増大して約26.6ギガワット(2万6620メガワット)に到達した9。これは原発27基分の発電能力に相当する。

連邦参議院の反対で修正されることになるが、連邦議会が承認した買い取り価格の引き下げ幅は以下の通りである10
A:屋上に設置する10キロワットまでの設備に対するキロワット時の補償額は、現行24.43セントから19.50セントに引き下げ。
B:屋上に設置する大規模な設備に対するキロワット時の補償額は、現行21.98セントから16.50セントに引き下げ。
C:緑地や空き地に設置される設備に対するキロワット時の補償額は、現行17.94セントから13.50セントに引き下げ。

Aは、冒頭の写真にあった民家の屋根に設置される場合で「わが家の電気代を減らし、余ったときには売りたい」といった庶民の例である。反対に、Cは70メガワットといった巨大規模の発電施設で、資金を集めて2桁の年利を約束してきた巨大プロジェクトである。改正は、規模が大きくなるほど引き下げ幅を大きくしており、巨大資金の流れを変えようとするものである。また、ドイツ政府は海上で行う大規模風力発電の買い取り価格を19セントまで上げようとしている11。海上は比較的いつも風が吹くため安定した電力供給に都合が良いからで、大手の電力事業者も関心を持っている。資金の流れはイソップの寓話(ぐうわ)とは反対で、暖かい太陽より冷たい北風の方に向かうようである。

太陽発電にここで少しブレーキをかけることに関して、コンセンサスがある。あまりにも盛んになったため、コスト的なことに関して少し見直す必要があるからだ。ところが、資金の流れは、手の平を返したように突然方向転換する。オーサリバン氏が資金切れになることを心配するのもこの事情からである。連邦参議院の州政府にとっても太陽光発電業界のソフトランディングは地域の雇用の上で重要であり、法改正に赤信号を出した。

ここまでソーラーモジュールが安くなった以上、今後の電気料金上昇を考えて、これを利用したいと思っている人は多い。また海上での風力発電は技術的に厄介な問題を抱えており、集中的解決が必要な巨大プロジェクトである。ドイツの太陽光発電の普及は、分散的な解決が面倒であっても可能であることを示した。集中と分散という相反した二つの考えのバランスを取ることが重要で、買い取り価格の引き下げについても妥協の成立が楽観視されている。

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1 Bundesverband  Solarwirtschaft(BSW)の提供。
2 Bundesverband  Solarwirtschaft(BSW)の提供。
3 http://www.taz.de/!94135/ さらにhttp://www.heise.de/tp/blogs/2/152070 http://www.jiji.com/jc/rt?k=2012052800241r
4 http://www.spiegel.de/wirtschaft/0,1518,612539,00.html
5 http://www.photon.de/newsletter/document/62962.pdf
6 写真提供は本人。
7 http://www.manager-magazin.de/unternehmen/energie/0,2828,817462,00.html
8 ドイツ環境省の公表数字(http://www.erneuerbare-energien.de/files/pdfs/allgemein/application/pdf/ee_in_deutschland_graf_tab.pdf)を基に筆者作成。
9 GLOBAL MARKET OUTLOOK FOR PHOTOVOLTAICS UNTIL 2016
10 http://www.eic.or.jp/news/?act=view&oversea=1&serial=27042
11 http://www.manager-magazin.de/unternehmen/energie/0,2828,817462,00.html

M305-0015
(2012年5月31日作成)

欧州 美濃口坦氏