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子だくさんによる世界制覇とその後始末

発行:2015/10/21

概要

「自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-」の著者グナル・ハインゾーンによると、爆発的な世界人口の膨張は21世紀半ばには落ち着くとされている。しかし、数世紀にわたって続いてきた体制が曲がり角に差し掛かっている今、人口問題も経済問題もこれまでと同じ発想では理解できず、解決しようとしても他の可能性を想像することができないかもしれない。

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M304-0016-1現在、「難民」「政治亡命者」と呼ばれる人々が欧州に殺到し、問題になっている。これらの人々は「運び屋」に、例えばゴムボートで地中海を渡る場合は1,000ユーロ、陸路だと数千ユーロといった具合に、かなりの金額を支払っているという。シリア難民についていえば、既に400万人以上がトルコ、レバノンなどの周辺国に収容されている。このような事情から欧州へ来るのは少数の経済的余裕のある人々で、本来の意味での難民とは言い難い。以前と比べて、メディアで「難民」と「政治亡命者」があまり区別されないのもそのためである。

ドイツを筆頭に、欧州が本当に難民を支援したいのなら「運び屋」にもうけさせずに、難民が生命の危険を冒さないで済むよう、彼らを収容している周辺国と協力する方が、事情通にもよく指摘されるように理屈に合っている。ところがそうならないのは、欧州の方が「人道的救済ドラマ」の舞台を必要としているからではないのだろうか。また、難民が欧州に、特にドイツに受け入れられることを希望するのは、経済的に逼迫(ひっぱく)しているシリア周辺国より豊かで雇用情勢が良いからである。このままいくと、ドイツへ来る政治亡命者と難民の数は2015年度だけでも100万人に及ぶとされる。

しかし、どの町も難民を収容する場所を見つけることができず困り果てている。例えば、筆者はミュンヘン近郊の人口9,000人足らずの小さな町に住んでいるが、2015年5月半ばごろから100人余りが町の体育館に収容されている。彼らは難民というより、若い男性の政治亡命申請者である(上の写真)。

ドイツでは、町の住民がボランティアでドイツ語講習会を催すなど難民の世話をしているが、難民の存在を目障りに感じる人もいるらしく、新聞に不満を表明する投稿もあった。メディアで報道されているように、住民による難民受け入れに反対するデモが起きたり、難民の収容を予定していた建物が放火されたりする町も少なくない。しかし幸いにも、私の町は驚くほど平穏である。

M304-0016-2若者の人口膨張
ドイツでは自分が外国人であるためか、私は、外国人の存在はあまり注目されない方がいいと思っている。外国人の排斥も歓迎も同じコインの裏表で、モヤモヤした不満を解消するために「外国人」を利用することも少なくない。そう考えているうちに、思い出された本がある。それは2003年に出版された、社会・経済学者でブレーメン大学の終身教授であるグナル・ハインゾーンの「男子人口と世界覇権」という本で、当時読んで驚いた。というのは、狭い専門領域に閉じ込もりがちなドイツの学者としては例外的に、著者が経済、人口学、紛争、ジェノサイド研究といった具合に広範囲に及ぶ現象を扱っていたからである。当時、私は何かのきっかけから著者と話す機会があり、この点を指摘すると、彼もまんざらでもないようであった。日本でも読まれたらいいと思っていると、幸いにも2008年に「自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-」(新潮社)という題名で出版された(左の写真)。

合計特殊出生率が1.3付近の低い水準にある日本やドイツのような国とは反対に、地球上には女性が生涯に産む子どもの数が8人、9人というような子だくさんの国もまだ多数ある。例えばアフガニスタンがそうで、2005年の人口ピラミッド(下図)が示すように、年齢が下がれば下がるほど広がる安定したピラミッド型になっている。

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出所:「自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-」(新潮社)5ページ

ユースバルジの影響力
ハインゾーンは、膨らみを意味する「バルジ(bulge)」という英語を用いて、0~14歳までと15~30歳までの人口数が膨れている部分をそれぞれチルドレン・バルジ(子ども人口膨張)、ユースバルジ(youth bulge:若者人口膨張)と呼ぶ。ユースバルジの数が全体の30%以上を占めるとその社会は不安定になり、歴史的に見て、内乱や戦争が発生しやすいとジェノサイド研究の第一人者である彼は心配する。

ユースバルジの割合が高いと内乱や戦争が発生しやすくなる理由は、伝統社会においては父親の跡を継ぐことができるのは長男だけで、他の息子は居場所を失い外に出なければいけないからである。家族を養うことができない男性は結婚できず、これは多数の男性が性的欲求を充足できないでいることを意味する。彼らの中には犯罪に走ったり、ポストを得るために反乱や革命に加わったり、軍人になる者、一旗揚げるために外国へ移住する者もいる。ハインゾーンは現在、政治亡命を申請する多くの若者も出身国でのユースバルジの結果だとする。

この本が注目されたのは、自爆テロをはじめとするイスラム世界の脅威、アラブ諸国やアフリカの窮状や、また現在の移民の流れをうまく説明していると見なされたからだ。だが、欧州の世界制覇の歴史的説明についても、経済に関心を抱く人にとっては興味深い。

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出所:「自爆する若者たち-人口学が警告する驚愕の未来-」(新潮社)128ページ

上の図表は世界人口の変遷を示すが、石器時代から微増であった世界人口が、15世紀末から爆発的に増大し現在に至る。この人口膨張の震源地は欧州であった。それ以前は、どの時代も、また地球上のどこでも人口が大きく変化しなかった。それは、産児制限が行われていたからである。ちなみに、残っている記録によると「10世紀の英国の農家の子どもの数は平均3.25人」だったという。

このような事情が変わるのは、1348年から1352年にかけてペストが大流行し、欧州の人口が7,500万人から4,500万人にまで減ったからである。この結果、キリスト教の人命尊重が過激化し、欧州は極端な人口膨張に転じる。欧州のどの国でも女性は極端に多産になり、例えばフランスのある地方には「1735年から1785年までの間の記録が残っているが、これによると、20歳で嫁いだ女性の平均出産数は上、中、下の階層順でいうと、11.6人、10.4人、9.8人にも及んだ」という。こうしてでき上がった「産めよ、増やせよ」体制は、欧州で20世紀に入っても継続。ハインゾーンによれば、20回妊娠し、10人出産したいと願望する女性などいない以上、女性を抑圧する体制でもあった。

人口が増加した欧州諸国の植民地となったり、植民地となる脅威にさらされた国(地域)も、爆発的な人口膨張という形で連鎖反応した。例えば日本の人口は、欧州列強の欧米と接する前には3,000万人程度であったのが、それから150年もたたないうちに1億2700万人に膨張する。現在、ユースバルジのために危険視される国々も、欧州列強の影響で多産型になった。ハインゾーンによると、これらの国も21世紀半ばには人口減少に転じて連鎖反応が終了、地球全体が落ち着いた状態になるそうだ。

このように考えると、15世紀末に欧州で突然変異的に始まった「産めよ、増やせよ」体制は異常な時代で、未練を感じなくてもよさそうに思われる。問題は、この体制下でいろいろな価値観が人々の頭の中に巣くってしまった結果、別の可能性が想像もできなくなってしまったことである。例えば、大きさ至上主義の場合は大国の方が小国よりよいということになるが、欧州には小さくても国民が幸せに暮らしている国が少なくない。同じように、どこの国にも昔から同じ商売を続け、事業を拡大しないが倒産もしないという企業がある。人口が増大すれば経済規模が拡大していくのは当然である。そうであるなら、経済成長は本当に追求に値する目標といえるのだろうか。

独特の経済活動
欧州の世界制覇を可能にしたのは、ユースバルジで大量の戦闘員を投入できたことにある。しかし、軍事力だけなら13世紀に瞬く間にユーラシア大陸を席巻し、その後歴史から姿を消したモンゴル帝国の例がある。ハインゾーンは、欧州の世界制覇の持続性は、その独特な経済活動によるという。その特徴は、何かを所有して利用するだけでなく、所有の法的権利を基盤に経済活動を展開した点にある。

所有という概念は、封建時代にも、その前の部族社会にもあった。持ち家に住んだり、自分の畑で穀物を栽培したりするのがそうであるが、この場合は所有物を利用するだけだった。また、自分以外の人が所有物を利用することを禁じるために所有権を主張できた。しかし、この意味での所有権しか知らない社会では、経済といっても生産と消費だけにとどまっていたことになる。

欧州の征服者がもたらしたのは、ハインゾーンの見解では、法的な所有権を取引の対象にする発想である。畑の所有者がこれを担保にしてお金を借りることができるのがそれだ。畑が抵当に入っている間も、持ち主はそこでトマトを栽培することも、畑を小作に出すこともできる。このことから、単に利用できるという意味での所有権と、抵当に入れることのできる所有権が異なったものであることが分かる。また、一度抵当に入れた畑はもう一度抵当に入れることも売却することもできない。それは、これらの行為が法的な意味での所有権侵害になるからである。また、期限内に借金を返済できなかったり、所有物を売却したりすると、今度は法的な意味で所有権を失い、同時に利用もできなくなる。

ハインゾーンは、経済学で重視される資本や市場より、この法的な所有権の確立を根源的なものであると見なす。貨幣は本来、発券者が持つ所有権に裏打ちされており、何かあったら請求権を行使できるからこそ信用されて流通する。所有権が抵当に入っておらず法的に自由に処理できる状態が経済理論の出発点で、利子とは、この状態を実現できないことの、つまり債権者が抵当権を発揮しないで我慢していることの対価ということになる。

世界は中世が終わるまでのんびりと生産して消費しているだけで「お金を、つまり利子の負担がかかる負債を持たず、だからこそいつまでも取り立てていうほどの成長がなかった」ままであった。ところが、欧州の世界制覇でこのような経済体制に取って代わって、よりダイナミックに展開する経済システムが国際社会のスタンダードになる。

「利子が所有権にくっついて、経済活動の決定的なけん引力になる」と考えているハインゾーンにとって、主要先進国の中央銀行が現在実施しているゼロ金利政策は、自分からその強みを捨てることになる。彼がよく使う比喩で言えば「クルマの高速化(=経済成長)のために改造を繰り返しているうちにエンジン(=利子)まで取り外した」のに等しい。このように考えていくと、数世紀にわたって続いてきた体制は今、曲がり角に差し掛かっていることを意味する。そうなると、人口問題も経済問題もこれまでと同じ発想では理解できず、また解決しようとしても他の可能性を想像することができずに事態をただ困難にするだけかもしれない。

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(2015年9月29日作成)