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「出自とは何か」を深く考える 

世界の書店から
田辺拓也撮影

Herkunft(出自)』の著者サーシャ・スタニシチは、旧ユーゴスラビアのドリナ川河畔の町ヴィシェグラードでボシュニャク人の母とセルビア人の父の間に生まれた。一家は1992年に勃発したボスニア紛争を逃れてドイツ南西部のハイデルベルクに移住。当時14歳の彼は、現地の学校へ通い、後にドイツ語で創作を始める。

 2006年の自伝的デビュー小説『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』は大ヒットし、約30の言語に翻訳された。本書は著者が実名で登場し、より自伝的である。舞台はドイツとボスニアを行ったり来たりするが、今回、特に重要なのは、著者のドイツでの体験だ。

 著者の一家はハイデルベルク郊外の殺風景な工業地区に暮らし始める。近くのガソリンスタンドの駐車場は、さまざまな国籍や民族的な背景を持つ難民の少年たちのたまり場だった。著者によると、少年たちの間では、どこから来ようが特別扱いされず、「出自は争いの種にしない」という暗黙のルールがあった。

 著者がこんなことを指摘するのは、故郷の学校で正反対のことを経験したからだ。ある日、セルビア人の生徒が、ボシュニャクとセルビア、クロアチアの欄のある紙を示し、生徒たちに自分が所属する「出自」の欄に名前を書き入れるよう求めた。とたんにボシュニャク人の生徒が反発して小競り合いが起き、教室内は大騒ぎになる。

 ほどなくして、ボシュニャク人に対して腕に白い布を巻くよう強制する町が出てきた。そのうちに「出自は紛争に値する」ようになり、出自の異なる人々を殺したり、レイプしたりして追い出す「民族浄化」につながった。

 今またドイツを含め欧州で排外感情と自国の利益優先のポピュリズムが強まっている。著者は「出自」の意味を考え直したくなり、本書を執筆したという。

 彼にとって出自とは、「ドイツ人か、外国人か」といった二者択一でなく、今の自分を成り立たせるいろいろな要素の集合体だという。そこには血縁も、地縁も、言語も、文化も、居住する国も、個人的な体験も含まれる。ハイデルベルクのガソリンスタンドのたまり場も、紛争もまた、著者にとって自身を構成する重要な要素で、みずからの「出自」なのである。  (ここまで書いていて思い浮かんだこと)

■『GRM』 AIと民営化、突き進んだ先の近未来

本の題名『GRM』の意味が分からず書店の店員に尋ねると、「グライム(Grime)」の略だそうだ。グライムとは、ヒップホップなどから派生した英国発祥の音楽ジャンルで、若者に人気があるという。本書の紹介動画をウェブサイトで見るよう勧められ、さっそく実行した

ビートの利いた音楽が流れ、廃虚となったビルを背景に、フードを目深にかぶった少年が登場。《やつらは他人から何かを奪うチャンスを逃さない》《やつらは邪魔するものは何もかもぶっつぶす》と語り、最後に《戦争をお望みなら、相手になるぜ》というセリフが聞こえ、廃虚の中にいた少年が仲間たちとグライムに乗せて体を揺らす。

この瞬間、私には世界有数の資産家でもある米投資家ウォーレン・バフェットの発言が思い出された。リーマン・ショックの前で10年以上前だが、彼は米紙で、「富裕な人が貧乏な人と戦争をしていて、自分が属する金持ちの陣営が勝つ」という趣旨の発言をして物議を醸した。その後も貧富の格差は拡大するばかりで、市場の自由競争を重んじて格差を容認する新自由主義の話になると、今でも当時の彼の発言が持ち出される。

『GRM』のテーマは、民営化と人工知能(AI)の普及だ。著者は東ドイツ生まれの作家でスイスに在住。彼女はドイツの将来がどうなるか知りたいと思い、民営化が進み、その結果、AI導入に抵抗が少ない英国で、1年あまりかけて人々の話を聴き、本書が生まれたという。

小説の舞台は、英中部マンチェスターの近くの町ロッチデールと首都ロンドンである。設定はあまり遠くない未来で、英国のEU離脱は成就し、経済で中国企業の影響が強まっている。警察と軍隊は民営化され、福祉予算のカットも力強く進行中。

物語の中心人物は思春期にある子どもたちだ。物語の中で、少女は7歳になると化粧をし、セックスの初体験は平均10歳と低年齢化。インターネット上でのポルノ閲覧も常習化している。

主人公はドン、ハンナ、カレン、ピーターの4人の仲間で、ドンは母親が黒人である。この少女には注意欠陥・多動性障害があり、父親には愛人がいて帰宅しない。母親にも愛人がおり、この男はドンと性的関係を持とうとする。ハンナはアジア系の家庭で育ったひとりっ子で、優しかった母親は銃撃事件に遭遇して死亡し、父親も後を追って自殺。カレンは母子家庭で育ち、好きになったパキスタン系の少年から薬を飲まされて意思を奪われ、ロンドンから来る複数の男相手に売春を強要される。仲間で唯一の男の子のピーターは最近ポーランドから来たばかりで、母子家庭のひとりっ子。自閉症で、ハンナに手を握ってもらわないと不安で仕方がない。

子どもたちの目には、周囲の大人は「負け組の落後者」と映る。それは失業しているせいだ。それまでは肉体労働が機械に代わるだけだったのが、今度は頭脳労働が合理化される。仕事の手順がアルゴリズムで定式化できるとAIの出番になる。この結果、本書の中では、職を得ることはぜいたくである。プログラマーになって勝ち組に入ろうとしても、その種の仕事ほど定式化されやすい。もはや本人の努力の問題でなくなりつつある。

私たちのモラルは、仕事をし、それが金銭で報われるシステムのなかで機能してきた。今や仕事を失い、作品に登場する人物は大人も子どもも、貧富を問わずほとんど話さない。その人間関係は、セックスと暴力に支配されていて、不気味である。

医療サービスなどの社会保障がどんどん削減される一方、住民は精神に作用して元気にしてくれる薬剤を安価に入手できる。またスマホなどの情報端末は国家から支給され、オンラインサービスを使った暇つぶしにはこと欠かない。

本書で4人の少年少女が抵抗に踏み切るきっかけになったのは、最低限の生活費が国家から支給される「ベーシックインカム」の導入である。受給の条件として、国民は個人情報だけでなく、皮下チップを埋め込んで健康データを提供することに同意しなければならなくなった。また、個人の支払い能力などをもとに国民を格付けする制度に似た「ソーシャルスコア」が導入され、素行が良い人には支給額が増える完璧な監視社会に移行する。

本書の読者の中には、物語が英国の未来でなく、現在のドイツ社会もこの方向に向かって歩みはじめていると感じる人も少なくないようだ。

■『Kaffee und Zigaretten 』 憎悪の感情は人間の愚かさゆえか

本書には、小説でなく、思い出、人物論、軽妙なエピソードなど48点が集められている。半ページにも満たないものから9ページのものまであり、内容も多岐にわたる。

題名の『Kaffee und Zigaretten(コーヒーとたばこ)』は、著者が執筆する時に欠かせない品である。そのために題名に関連するエピソードも出てくる。その一つは、ヘビースモーカーで知られた故ヘルムート・シュミット元西独首相(1918~2015)のもので、メンソール味のたばこをひっきりなしに吸う。彼にとって味などはどうでもよく、自分もいつか死ぬ存在であることを絶えず意識するために喫煙していたという著者の指摘は面白い。

ドイツ人読者が関心を抱くのは、著者の自伝的側面である。その理由はフォン・シーラッハ家が貴族としてドイツでは特別な名家であるからだが、それだけでない。フェルディナントの祖父バルドゥールはヒトラーを崇拝し、第三帝国で青少年教育を担当していた。当時から、御曹司と成り上がり者集団ナチとの結びつきは奇妙とされた。

バルドゥールは、第2次大戦中はウィーン大管区の指導者で、ユダヤ人連行の責任者であった。彼はこの罪のために戦後、戦争指導者を裁くニュルンベルク裁判で20年の禁固刑に処される。孫のフェルディナントが子どもの頃、石造りの壁に囲まれた公園のような大きな庭のある家に住んでいたことや、15歳のときに自殺をしようとしたことが読者に明かされる。

本書の面白いエピソードの一つは、ウクライナ人女性弁護士が、著者とベルリンのポツダム広場にある喫茶店で話す下りだ。彼女は、東部ウクライナで人々が監禁されて拷問されたり殺されたりしていると憤慨する。そのうちに、話が彼女の家族に移る。祖父母はウィーンに住んでいたユダヤ人で東欧へ連行されたが、子供だった彼女の母親は途中で逃げ、ホロコーストの運命を免れた。ということは、ウィーン大管区指導者だった著者の祖父バルドゥールが彼女の祖父母を死に追いやったことになる。

著者は、祖父が反ユダヤ主義者だったことを示す「欧州で活動するユダヤ人は誰もがヨーロッパ文化に危険をもたらす」とか、「(彼らを)連行することこそ欧州文化に対する大きな貢献」とかいった発言を紹介。その上で「祖父の、このような発言や行動に対する怒りと恥ずかしさから、自分は今の私になった」と告白する。

著者は、ドイツで反ユダヤ主義が再び強まることを心配している。そのために、彼はウクライナ人女性に「どうして非人道的な罪が繰り返されるのだろうか」と尋ねる。彼女は、ホロコーストとウクライナでの犯罪は同一視できないとしながらも、「どちらも憎悪から始まる」と語る。彼女の見解では、人間は、愚かであるために憎悪を抱くようになるという。

このような見解はときどき耳にするが、本当だろうか。実情は、愚か者扱いされるから憎悪が生まれるのではないのだろうか。

前述したシビレ・ベルクの『GRM』を例にすると、ウォーレン・バフェットの「戦争」に負け続けている人々がいる。ここで富の偏在を是正しないで、彼らを監視体制に組み込もうとするなら、これは負け組を愚か者として軽視することであり、憎悪を植え付けるのに等しいのではないか。

ドイツには、未来に漠然と破滅的なことが起こることを心配する人が少なくないが、このような事情と無関係ではないだろう。

ドイツのベストセラー(フィクション部門)

 5月4日付Der Spiegel誌より

1 Menu surprise

Martin Walker マーティン・ウォーカー

「警察署長ブルーノ」シリーズ。今回はグルメと著者の本職の国際関係。

2 Kaffee und Zigaretten

Ferdinand von Schirach フェルディナント・フォン・シーラッハ  

ドイツを代表する作家の随想、人物論、批評など48の小品集。

3 Die ewigen Toten

Simon Beckett サイモン・ベケット 

閉鎖された病院の解体中、設計図にない密室と死体が見つかる。

4 GRM

Sibylle Berg シビレ・ベルク

貧富の格差と人工知能による監視社会に反逆する4人の少年少女。

5 Der Bücherdrache

Walter Moers  ヴァルター・メース  

本からできた「書物の竜」は経営不振の書店を助けない。

6 Mittagsstunde    

Dörte Hansen デルテ・ハンゼン

北ドイツのライ麦畑が広がる村落を舞台に時代の変化を映す人間模様。

7 Herkunft

Saša Stanišić サーシャ・スタニシチ 

戦乱のユーゴからドイツに逃れて来た著者の自伝的要素の強い作品。

8 Das Verschwinden der Stephanie Mailer

Joël Dicker  ジョエル・ディケール  

20年前に解決したはずの事件が蒸し返される。

9 Die Splitter der Macht

Brandon Sanderson ブランドン・サンダースン

幻想小説「嵐光録」第6巻。秘密の教団をさぐりに山奥に行く女性。

10 Die Liebe im Ernstfall

Daniela Krien ダニエラ・クリーン  

旧東独で若くして東西統一の「苦い自由」を経験する5人の女性。

Der Apfelbaum(林檎の木)

Bestsellers 世界の書店から
西岡臣撮影
西岡臣撮影
『Der Apfelbaum(林檎の木)』の著者クリスチャン・ベルケルは、子どもの頃に庭の林檎の木の下で母から「あなたは100%のドイツ人でも100%のユダヤ人でもない」と告げられる。ベルケルは、自らが半端者扱いされたと感じて怒り、その後も自分の出自について考えることを避けた。しかし、年を重ねるにつれて考えが変わり、61歳の著名な俳優が自らのルーツを探る処女作が誕生した。著者の母ザラは、ドイツ人男性とユダヤ人女性との間に生まれた。著者の父オットーは家が貧しく、17歳のときに仲間と共にザラの家に泥棒に入る。家の図書室で、オットーがザラの父の膨大な蔵書に見惚れていると、当時13歳のザラが来た。仲間たちは警官に逮捕されるが、オットーだけはザラがかくまった。二人は相思相愛になるが、直ぐにヒトラーと戦争の時代が幕を開ける。

ユダヤ人迫害から逃れるため、ザラは、父と離婚しマドリッドで暮らす母を訪れるが、うまくいかずパリの叔母のもとへ移る。しかし、ドイツ軍がフランスに侵攻し、彼女は収容所に入れられる。ザラは、東欧にある死の収容所への移送から逃れ、ドイツ行きの汽車に乗る。その後もドイツ人に助けられ、ライプチヒで終戦を迎えた。一方、オットーは医学を勉強し、軍医として従軍。ソ連軍の捕虜になるが、戦後無事に帰国。ザラと再会し、1955年に結婚する。

この小説の魅力は、ユダヤ人とドイツ人についていろいろ考えさせてくれる点だ。ザラは「ユダヤ人」と言われるとぎょっとするが、かつてナチスが人種法に定めた「ハーフ・ユダヤ人」という蔑称で呼ばれても気にかけない。反ナチズムに性急な著者は、母の態度に怒るが、後になって、戦時下ではこの表現のほうが、母には死の危険がハーフ(半分)になるように感じられていたことに気づき、自分の無神経さを恥じる。オットーも戦後、ソ連軍の捕虜収容所で、同胞のドイツ人たちが、他のどの国の捕虜よりも団結心がなく、仲間を頻繁に密告することに失望する。

著者は父母の体験を通じて、自らがナチスを生んだドイツ人であると同時に、ナチスに迫害されたユダヤ人でもあることに向き合おうとする。その真摯な姿勢が、多くの読者の共感を得たのだろう。

■ニセ患者になり息子を捜す父

『治療島』『前世療法』など邦訳も多いドイツの人気ミステリー作家、セバスチャン・フィツェックの小説『 Der Insasse(入院患者)』の主人公ティルは消防署員である。彼の6歳の息子マックスは1年ほど前、「近くの友達のところへ行く」といって家を出たきり帰って来ない。息子は友達の家にも到着していないことがわかり、警察の懸命な捜索にもかかわらず消息がまったくわからず、捜索が打ち切られる。

この間、父親のティルも母親も絶望に陥り、夫婦関係は破綻する。

警察が捜索を継続しなかったのには、ある事情があった。子供を次から次へ誘拐しては殺すトラムニッツという男性が捕まったのだ。トラムニッツは自白していないが、警察はマックスも彼の犠牲者でないかと推定している。そのうちにトラムニッツは病気で手術が必要となり、司法精神科病院の警戒厳重な閉鎖病棟に移される。

このことを知ったマックスの父親ティルはこの「入院患者」から、直接息子の運命について聞こうと思う。警察で働く親族の支援でティルは精神病患者になりすまし、トラムニッツと同じ集中治療室に入れてもらうことに成功するが、思い通りに事態は進まない……。

この小説は読者を寝不足にすることが確実なサイコサスペンスで、最後にドンデン返しが待っている。作者は47歳で、2006年以来毎年のようにこのタイプの小説を書いており、その度にベストセラーになっている。

推理小説、探偵小説、スリラー、ホラーを問わず、犯罪に関係のあるものはドイツでは「犯罪小説」とよばれ、今では出版される本の4点に1点を占める。そのため、優秀な作家が続々とこのジャンルに参入し、質も向上したと、本屋のベテラン店員から聞いたことがある。

いろいろな国で、フィツェックをはじめドイツの犯罪小説が翻訳されるようになったのもそのためだ。

■世界的人気の刑事シリーズ新作

『Muttertag(母の日)』のネレ・ノイハウスも世界的に人気があり、日本も含めて23カ国で翻訳が出ている。ちなみに、この小説は06年にはじまった「刑事オリヴァー&ピア・シリーズ」の9冊目である。

元工場所有者のテオ・ライフェンラートの屋敷に来た新聞配達の女性は、郵便受けがいっぱいであるのを不審に思う。彼女が窓越しに家の中をのぞくと、ライフェンラートが倒れて死んでいる。

犬の檻や庭で見つかったり、掘り起こされたりして出てきた古い人間の骨を警察が調べると、それらはこの地域で過去に行方不明になった女性たちのものであることが判明した。

殺人の手口はいつも同じで、女性をビニールに包み、溺死させてから庭に埋めていた。その後、母の日に行方不明者届が出されている点も同じだ。

長年にわたってテオ・ライフェンラートと妻のリタは全部で30人以上の子どもを施設から引き取って養い、世話をした。2人は外に対しては人道的態度を装っていたが、施設に戻りたくない子どもの弱みにつけ込み、虐待し、暴力的でもあった。その一方で、リタは毎年母の日に、大人になった養い子たちを自宅に招待したという。

とすると、殺人者はそのような昔の養い子の一人で、自分を捨てた実母にも変死したリタにも仕返しできず、誰か別の女性を見つけては、代理として殺し、復讐したのだろうか。

一見、小説は読者の犯人さがしという推理小説の大きな枠の中にとどまっているように思える。

だが、話の筋の流れが何本もあり、捜査する刑事の過去の私生活も取り込まれている。読者は多くの登場人物の視点から事件に接することができる上に、それぞれの登場人物も丹念に描かれていて、読み応えがある。ミュンヘンの書店員の言葉があらためて思い出された。

ドイツのベストセラー(フィクション部門)

1月12日付Der Spiegel紙より

1 Muttertag

Nele Neuhaus  ネレ・ノイハウス

母の日が来ると殺人が。親族関係はどこの国でも厄介。

2 Mittagsstunde             

DÖRTE HANSEN デルテ・ハンゼン

北ドイツのライ麦畑が広がる村落を舞台に、時代の変化を示す人間模様。

3 Der Insasse

Sebastian Fitzek セバスチャン・フィツェック  

真実を知るためには手段を選ばない父親。サイコサスペンス。

4 Weißer Tod

Robert Galbraith ロバート・ガルブレイス

ハリー・ポッターの作者が別名で書いたミステリー。

5 Die Mondschwester

Lucinda Riley ルシンダ・ライリー

「セブン・シスターズ」の第5巻。動物に人生を捧げる主人公。

6 Neujahr

Juli Zeh ユーリ・ツェー

良き夫、良き父親であろうとする男性の苦悩。

7 Die Suche

Charlotte Link シャルロッテ・リンク

湿原で行方不明の少女の死体を発見。また少女が行方不明になる。

8 Mädelsabend

Anne Gesthuysen アンネ・ゲストヒューゼン

ライン河の流れは緩やかになる地域なのに女性は強くなるばかり。

9 Der Apfelbaum

Christian Berkel  クリスチャン・ベルケル

61歳の著名な性格俳優の処女作。玄人顔負けの出来に皆が感嘆。

10 Zeitenwende

Carmen Korn カルメン・コルン

4人の女性の友情の絆を通して眺めたドイツ半世紀の時代の変転。

[第209回] 保守派が論じる「メルケルとは何か」       

Photo: Nishida Hiroki

アンゲラ・メルケルは2005年以来ドイツ首相を務めている。9月24日に連邦議会選挙があるが、いっこうに盛り上がらないのは、彼女が勝つに決まっているからだ。経済紙記者のフィリップ・プリッケルトがまとめた『Merkel(メルケル)』では、彼女と同じ保守党に近い22人の学者や文筆家が12年間のこれまでの政治を批判・総括。彼女の政治スタイルについての寄稿は面白い。

メルケル首相は物理学者だったことから冷静で分析的で「結末から考える」人だと思われている。まずは望ましい「結果」を想定し、そこから遡ってその時々に適切な決断を下すということだが、本当のメルケルはその正反対という。

一度は前政権が歩んでいた脱原発の道から逸脱して稼働期間を延長したが、その直後に日本で原発事故があると、脱原発に回帰した。ユーロ危機でも共通通貨導入時の本来の姿に戻そうとするのか、新しい在り方を目指すのか、「結末」がはっきりしないままメルケルは流されているだけ。2年前の「難民歓迎」も「結末」の姿も考えず、それ以来ドイツは隣国にそっぽを向かれたままだ。

政治家としてデビューした頃、彼女はどんな信念をもっているのか得体が知れないといわれた。これは、共産党独裁の東独で育ったため、個人のイデオロギーを目立たせない習慣が身に染みついているからだと説明される。彼女が統一後に学んだのは、「人気があり多くの票を集めることこそ、政治権力の源泉」という教訓だ。政治の内容自体はメルケル首相にとって二次的で、有権者の支持を得るためであれば、社民党や緑の党の政策もどんどん取り入れていく。

こうなると、これらの政党もメルケル批判を展開できない。ある寄稿者は、「メルケルが党首のキリスト教民主同盟は、他の党と区別できなくなり、彼女の後援会に成り下がった」と憤慨する。だが、野党に有力な首相候補者がいない以上、選挙民も「メルケルさん以外に誰も思い浮かばない」現状になる。

こうして野党も影が薄くなり、一極集中によってメディアも弱腰で迎合的になり、以前あった政策論争もなくなってしまった。メルケル政権12年間でドイツの政治の在り方も変わったようだ。

シュピーゲル紙のベストセラーリストを見ると6位にロルフ・ペーター・ジーフェアレの『Finis Germania(フィニス・ゲルマニア ドイツよ、お前は没落する』というラテン語タイトルの本がある。

縁起の悪い題名の本が登場したと驚いていると、翌週から本書はリストから姿を消した。調べてみると、シュピーゲル紙が本書の反ユダヤ主義的内容を理由に、リストから外してしまったことが判明。これは前代未聞で、この処置の是非を巡って論議が起きている。

本書の著者ジーフェアレは環境破壊とその根底にある思想を歴史的に跡づけた著名な歴史家で、ドイツやスイスの大学教授を歴任。昨年亡くなった。「ドイツよ、お前は没落する」は104ページの哲学的評論で、「アウシュビッツ」観や「過去の克服」をテーマにする。

本書を反ユダヤ主義的だとする人々は、本文中に「アウシュビッツは神話だ」という一節を見つけ、刑法違反の「アウシュビッツの否認」に近づくとする。一方で、著者がいう「神話」とは、ユダヤ人虐殺の事実を否認するのでなく、それをいかに受容するかを論じているに過ぎないと、弁護する人もいた。

NYタイムズのクリストファー・コールドウェル記者は、本書を読んで「反ユダヤ主義的でない」とするだけでなく、著者の交友関係まで調べて、そんな人でなかったと判定した。だが、外国人のこのような主張は、国内で論争を続ける人々にとっては重要ではないようだ。

ベストセラーのリストから除かれたため、本書がその後、どのくらい売れたかわからない。アマゾンのリストではしばらく1位で、1時間に250冊のペースで売れたそうだ。

本書は哲学的で地味な本である。リストからはずしたことはドイツ社会の右傾化を警戒するからであったのに、話題になり売れたのは皮肉。でもこれまでよくあったことである。

『Heilen mit der Kraft der Natur(自然の力で治療する)』の著者の アンドレアス・ミヒャルゼンは3代目の医者だ。但しおじいさんもお父さんもドイツではクナイプ療法とよばれる水治療の医者で、3代目も自然療法の熱烈な実践者。同時にフンボルト大学シャリテ病院の研究者でもある。

著者によると、近代医学は伝染病や事故などの救急ケースや手術に関しては実力を発揮する。でも今私たちの多くが患う生活習慣病やがんなどの病気に対しては効果が限定されているそうだ。ヒルに吸血させて関節症の痛みを除去したり、瀉血(しゃけつ)と称して血液を排出させたりする療法は、現代医学からみれば噴飯ものだろう。しかし、これらの治療法を小説の中で知るだけだった私には、おもしろかった。

Minoguchi Tan

翻訳家兼ライター。1974年にミュンヘンに移住。80年から約20年、書店を経営。共訳書にアイベスフェルト『比較行動学』(みすず書房)。

 


ドイツのベストセラー(ノンフィクション部門)

7月15日付Der Spiegel紙より


※ 『』内の書名は邦題(出版社)

1. Heilen mit der Kraft der Natur

Andreas Michalsen アンドレアス・ミヒャルゼン

ベルリン・シャリテ病院教授が語る自然療法の理論と実践。

2. Wunder wirken Wunder

Eckart von Hirschhausen エッカルト・フォン・ヒルシュハウゼン

医者の著者が「病は気から」の微妙な世界をユーモラスに扱う。

3. Das geheime Leben der Bäume

『樹木たちの知られざる世界』(早川書房)

Peter Wohlleben ペーター・ヴォールレーベン

自然林を理想とする著者が生きている樹木について語る。

4. Homo Deus

Yuval Noah Harari ユヴァル・ノア・ハラリ

イスラエルの歴史学者・ベストセラー「サピエンス全史」の続編。

5. Alexander von Humboldt und die Erfindung der Natur

Andrea Wulf アンドレア・ヴルフ

探検家、地理学者のアレクサンダー・フォン・フンボルトの伝記。

6. Finis Germania

Rolf Peter Sieferle ロルフ・ペーター・ジーフェアレ

メディアで袋叩きにあった独歴史家の「過去の克服」論。

7. Penguin Bloom

Cameron Bloom&Bradley Trevor Greive キャメロン・ブルーム、ブラッドレー・トレバー・グライブ

悲劇的事故で崩壊寸前の家族を救ってくれた小さな鳥。

8. Wer wir waren

Roger Willemsen ローガー・ヴィレムゼン

未来の世代の目に映る私たち。昨年早死にした著作家の遺著。

9. Merkel

Philip Plickert フィリップ・プリッケルト

四期目目前にするメルケル首相の政治を批判的に総括。

10. Keine Zeit für Arschlöcher

Horst Lichter ホルスト・リヒター

テレビ料理番組シェフの自伝で、人生論を展開する。