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Der Apfelbaum(林檎の木)

Bestsellers 世界の書店から
西岡臣撮影
西岡臣撮影
『Der Apfelbaum(林檎の木)』の著者クリスチャン・ベルケルは、子どもの頃に庭の林檎の木の下で母から「あなたは100%のドイツ人でも100%のユダヤ人でもない」と告げられる。ベルケルは、自らが半端者扱いされたと感じて怒り、その後も自分の出自について考えることを避けた。しかし、年を重ねるにつれて考えが変わり、61歳の著名な俳優が自らのルーツを探る処女作が誕生した。著者の母ザラは、ドイツ人男性とユダヤ人女性との間に生まれた。著者の父オットーは家が貧しく、17歳のときに仲間と共にザラの家に泥棒に入る。家の図書室で、オットーがザラの父の膨大な蔵書に見惚れていると、当時13歳のザラが来た。仲間たちは警官に逮捕されるが、オットーだけはザラがかくまった。二人は相思相愛になるが、直ぐにヒトラーと戦争の時代が幕を開ける。

ユダヤ人迫害から逃れるため、ザラは、父と離婚しマドリッドで暮らす母を訪れるが、うまくいかずパリの叔母のもとへ移る。しかし、ドイツ軍がフランスに侵攻し、彼女は収容所に入れられる。ザラは、東欧にある死の収容所への移送から逃れ、ドイツ行きの汽車に乗る。その後もドイツ人に助けられ、ライプチヒで終戦を迎えた。一方、オットーは医学を勉強し、軍医として従軍。ソ連軍の捕虜になるが、戦後無事に帰国。ザラと再会し、1955年に結婚する。

この小説の魅力は、ユダヤ人とドイツ人についていろいろ考えさせてくれる点だ。ザラは「ユダヤ人」と言われるとぎょっとするが、かつてナチスが人種法に定めた「ハーフ・ユダヤ人」という蔑称で呼ばれても気にかけない。反ナチズムに性急な著者は、母の態度に怒るが、後になって、戦時下ではこの表現のほうが、母には死の危険がハーフ(半分)になるように感じられていたことに気づき、自分の無神経さを恥じる。オットーも戦後、ソ連軍の捕虜収容所で、同胞のドイツ人たちが、他のどの国の捕虜よりも団結心がなく、仲間を頻繁に密告することに失望する。

著者は父母の体験を通じて、自らがナチスを生んだドイツ人であると同時に、ナチスに迫害されたユダヤ人でもあることに向き合おうとする。その真摯な姿勢が、多くの読者の共感を得たのだろう。

■ニセ患者になり息子を捜す父

『治療島』『前世療法』など邦訳も多いドイツの人気ミステリー作家、セバスチャン・フィツェックの小説『 Der Insasse(入院患者)』の主人公ティルは消防署員である。彼の6歳の息子マックスは1年ほど前、「近くの友達のところへ行く」といって家を出たきり帰って来ない。息子は友達の家にも到着していないことがわかり、警察の懸命な捜索にもかかわらず消息がまったくわからず、捜索が打ち切られる。

この間、父親のティルも母親も絶望に陥り、夫婦関係は破綻する。

警察が捜索を継続しなかったのには、ある事情があった。子供を次から次へ誘拐しては殺すトラムニッツという男性が捕まったのだ。トラムニッツは自白していないが、警察はマックスも彼の犠牲者でないかと推定している。そのうちにトラムニッツは病気で手術が必要となり、司法精神科病院の警戒厳重な閉鎖病棟に移される。

このことを知ったマックスの父親ティルはこの「入院患者」から、直接息子の運命について聞こうと思う。警察で働く親族の支援でティルは精神病患者になりすまし、トラムニッツと同じ集中治療室に入れてもらうことに成功するが、思い通りに事態は進まない……。

この小説は読者を寝不足にすることが確実なサイコサスペンスで、最後にドンデン返しが待っている。作者は47歳で、2006年以来毎年のようにこのタイプの小説を書いており、その度にベストセラーになっている。

推理小説、探偵小説、スリラー、ホラーを問わず、犯罪に関係のあるものはドイツでは「犯罪小説」とよばれ、今では出版される本の4点に1点を占める。そのため、優秀な作家が続々とこのジャンルに参入し、質も向上したと、本屋のベテラン店員から聞いたことがある。

いろいろな国で、フィツェックをはじめドイツの犯罪小説が翻訳されるようになったのもそのためだ。

■世界的人気の刑事シリーズ新作

『Muttertag(母の日)』のネレ・ノイハウスも世界的に人気があり、日本も含めて23カ国で翻訳が出ている。ちなみに、この小説は06年にはじまった「刑事オリヴァー&ピア・シリーズ」の9冊目である。

元工場所有者のテオ・ライフェンラートの屋敷に来た新聞配達の女性は、郵便受けがいっぱいであるのを不審に思う。彼女が窓越しに家の中をのぞくと、ライフェンラートが倒れて死んでいる。

犬の檻や庭で見つかったり、掘り起こされたりして出てきた古い人間の骨を警察が調べると、それらはこの地域で過去に行方不明になった女性たちのものであることが判明した。

殺人の手口はいつも同じで、女性をビニールに包み、溺死させてから庭に埋めていた。その後、母の日に行方不明者届が出されている点も同じだ。

長年にわたってテオ・ライフェンラートと妻のリタは全部で30人以上の子どもを施設から引き取って養い、世話をした。2人は外に対しては人道的態度を装っていたが、施設に戻りたくない子どもの弱みにつけ込み、虐待し、暴力的でもあった。その一方で、リタは毎年母の日に、大人になった養い子たちを自宅に招待したという。

とすると、殺人者はそのような昔の養い子の一人で、自分を捨てた実母にも変死したリタにも仕返しできず、誰か別の女性を見つけては、代理として殺し、復讐したのだろうか。

一見、小説は読者の犯人さがしという推理小説の大きな枠の中にとどまっているように思える。

だが、話の筋の流れが何本もあり、捜査する刑事の過去の私生活も取り込まれている。読者は多くの登場人物の視点から事件に接することができる上に、それぞれの登場人物も丹念に描かれていて、読み応えがある。ミュンヘンの書店員の言葉があらためて思い出された。

ドイツのベストセラー(フィクション部門)

1月12日付Der Spiegel紙より

1 Muttertag

Nele Neuhaus  ネレ・ノイハウス

母の日が来ると殺人が。親族関係はどこの国でも厄介。

2 Mittagsstunde             

DÖRTE HANSEN デルテ・ハンゼン

北ドイツのライ麦畑が広がる村落を舞台に、時代の変化を示す人間模様。

3 Der Insasse

Sebastian Fitzek セバスチャン・フィツェック  

真実を知るためには手段を選ばない父親。サイコサスペンス。

4 Weißer Tod

Robert Galbraith ロバート・ガルブレイス

ハリー・ポッターの作者が別名で書いたミステリー。

5 Die Mondschwester

Lucinda Riley ルシンダ・ライリー

「セブン・シスターズ」の第5巻。動物に人生を捧げる主人公。

6 Neujahr

Juli Zeh ユーリ・ツェー

良き夫、良き父親であろうとする男性の苦悩。

7 Die Suche

Charlotte Link シャルロッテ・リンク

湿原で行方不明の少女の死体を発見。また少女が行方不明になる。

8 Mädelsabend

Anne Gesthuysen アンネ・ゲストヒューゼン

ライン河の流れは緩やかになる地域なのに女性は強くなるばかり。

9 Der Apfelbaum

Christian Berkel  クリスチャン・ベルケル

61歳の著名な性格俳優の処女作。玄人顔負けの出来に皆が感嘆。

10 Zeitenwende

Carmen Korn カルメン・コルン

4人の女性の友情の絆を通して眺めたドイツ半世紀の時代の変転。

本屋から疎まれるベストセラー

[第179回]本屋から疎まれるベストセラー @ミュンヘン

美濃口坦 翻訳家兼ライター

Photo: Senba Satoshi

懇意にしている本屋さんの女性は「こんな本がベストセラーになるなんて不愉快」といってベストセラーのポスターを指さす。そこには2位に下がった『Hitler, Mein Kampf −Eine kritische Edition(ヒトラー、我が闘争−注釈版)』があった。入手したいという私に彼女は納期が不明だといって、在庫がある書店を教えてくれた。彼女が取り寄せるのを嫌がっているように感じた。

私の知人は別の書店で本の名前をいった途端「児童ポルノ」購入者扱いにされたそうだ。本屋が店内に置かず、取り寄せないベストセラーなど前代未聞である。

ヒトラーの『我が闘争』は1925〜26年に出版され、ドイツが敗戦するまで1200万部も刷られた。戦後は版権をもつバイエルン州が出版を禁じてきたが、ミュンヘンの現代史研究所は昔から注釈付きでこの本を公刊するべきだと主張してきた。死後70年で著作権が切れて、今年の1月に現代史研究所から刊行された。

約780頁だった原書は、再版されて2000頁に膨張し、その重さも6キロに及ぶ。こうなったのは、時代背景などの解説だけでなく、3500以上の注釈がつけられたからだ。

本を開くと、右頁の真ん中に本文が載った箇所があるのだが、その左隣の頁にも、後続する頁にも注釈が付いていて、本文の続きは数頁も先になることもある。解説も注釈も適切で好感を覚えたが、ヒトラーが悪いことをしないように「注釈」という無数の警備員に包囲されている場面を一瞬連想した。

ドイツ国民はヒトラーを熱狂的に支持したが、戦後の評価は一転して絶対悪の象徴となった。この国では、善とはヒトラーのしたことの反対になる。これは倫理的な判断基準を間接的にヒトラーに委ねることになりかねないので、思考停止でもある。いうまでもないが、彼と反対のことをしたからといって、いつも良い結果になるとは限らない。

今回の『我が闘争』の出版でこの現象が変化するなら、それこそ大きな成果だ。

『Reichtum ohne Gier(強欲にならなくても豊かさは可能)』の著者ザーラ・ワーゲンクネヒトは東独で育ち、20歳のときにベルリンの壁の崩壊を経験する。社会主義の理想を抱いていた彼女は当時悲しんだという。

その後、政治家の道に進んだ彼女ほど真剣に社会主義と資本主義に取り組んだ政治家はいないかもしれない。2008年の金融危機以来、彼女の資本主義批判が注目されてテレビの討論会によく登場するようになった。その豊富な専門的知識と明晰(めいせき)で熱心な話しぶりによって、党派を超えて多数の支持者をもつ。

彼女によれば、資本主義は、その市場競争の原理が機能し、自由な創意・工夫をうみだし、生産性を高め、経済を成長させ、多数の人々を豊かにすることができたという。しかし、21世紀に入ってこの事情が変わってきたのだという。世界的に活動し、経済力も政治力も強い企業には市場原理も適用されなくなるし、貧富の格差も拡大するばかりだ。人々は敗者にならないために、給与水準が下がっても抵抗しない。企業も投資家の利潤追求の対象でしかなくなる。こうなったのは多くの国で規制緩和や規制撤廃が実施されたからだ、との立場だ。

ワーゲンクネヒトの見解では、民主主義は相互コミュニケーションが可能な小さな単位でのみ機能できるという。それにもかかわらず国家が主権の一部を手放していくと、世界的な規模で民主主義が空洞化するばかりだと彼女は心配する。国境を超えて市民団体が協力してコントロール機能を発揮しても、グローバル企業の強力なロビー活動には対抗できない。

彼女がこう考えるに至ったのは、2004年から5年間欧州議会の議員を務めてブリュッセル生活を送ったからかもしれない。テクノクラートとロビイストの街、ブリュッセル。一説には、EU本部のあるブリュッセルでは、議員1人当たりのロビイストの数がベルリンの二倍半もいるという。

このような事情から、彼女は、資本主義の暴走を阻止しようとするならば、国家を出発点にするしかないと提案する。少なくとも、欧州の国ならば、選挙が実施されて、国民は意思を表示できるからである。

…………

国家が重要だという見解なら、『Wunschdenken(希望的観測)』も似ているかもしれない。独連邦銀行の理事だった著者ティロ・ザラツィンによると、ドイツ人は政治となるとユートピア志向になる。これは現実否認で、本の題名もこれに由来する。この傾向はドイツの欧州統合観にも難民政策にも反映されているという。

著者にとって単なる「希望的観測」にとどまらないためのモノサシは、「国益を見失わないこと」であるようだ。だからこそ、移民問題では、どうせ外国人を入れるなら、アラブ人でなく、教育を重要視する東アジア人のほうが国益になると著者は主張する。

国益を主張する本が売れるのは、ユートピア志向のこの国では、従来はそれがタブーとみなされてきたからかもしれない。

ワーゲンクネヒトの本とはかなり趣を異にする本書である。


ドイツのベストセラー(ノンフィクション部門 )

5月7日付 Der Spiegel紙より


1.Wunschdenken

Thilo Sarrazin ティロ・ザラツィン

移民問題で挑発的な本を書いた著者があるべき政治の姿を説く。

2.Hitler,Mein Kampf- Eine kritische Edition

Christian Hartmann u.a.(Hg) クリスチャン・ハルトマン その他編

現代史家の詳細な注釈がついたヒトラーの『我が闘争』の再版。

3.Das geheime Leben der Baume

Peter Wohlleben

自然林を理想とする著者が生きている樹木について語る。

4.Himmel,Herrgott,Sakrament

Rainer M. Schiesler ライナー・M・シースラー

カトリック神父がビールを飲みながらする率直なお説教。

5.Panikherz

Benjamin von Stuckrad-Barre B.シュトゥックラート・バレ

若くして成功した作家がコカイン中毒後久々に発表する自伝。

6.Der Appell des Dalai Lama an die Welt

Dalai Lama ダライ・ラマ

宗教より思いやりにもとづいた倫理こそ21世紀には重要。

7.Reichtum ohne Gier

Sahra Wagenknecht ザーラ・ワーゲンクネヒト

左翼政党の人気政治家が暴走する資本主義を診断し対抗策を論じる。

8.Finger weg von unserem Bargeld!

Peter Hahne ペーター・ハーネ

500ユーロ札廃止で本格化する現金ナシ社会に反対する情熱の書。

9.Gelassenheit

Wilhelm Schmid ウィルヘルム・シュミット

老いていく人が持つべき「落ち着き」とは。

10.Zwischen zwei Leben

Guido Westerwelle/Dominik Wichmann ギド・ウェスターウェレ/ドミニク・ウィヒマン

病で死を前にした前独外相が公私にわたって人生を語る。