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不幸な星の下に生まれた通貨-「ドイツの一人勝ち」なのか(1)

  • 発行:2018/08/22
  • 記事提供:美濃口 坦

概要

ユーロ危機が長引くにつれて、欧州だけではなく国際社会でも「ドイツの一人勝ち」といわれている。これは、危機に陥っている欧州連合(EU)加盟国(ユーロ圏)を犠牲にしてドイツだけが繁栄していると思われているからだ。しかし経済指標の数字を見ると、ドイツ経済は好調であるものの、ユーロ危機で「得をしている」わけでない。

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もうかなり前から「ユーロ圏はドイツの一人勝ち」とか「ドイツだけがユーロで得をしている」などといわれる。それも欧州だけではなく世界中で、日本でもよく耳にする。そういわれるのは2008年の金融危機、その後のユーロ危機以来、経済的に困っている周辺国を尻目にドイツだけが繁栄していると思われているからだ。確かにドイツ経済は、現在のところは好調である。しかし「一人勝ち」という以上、負けた犠牲国がいることになるが、勝ち負けの図式を当てはめることが本当に可能なのだろうか。

ユーロ危機は、2012年の欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁による「ユーロ存続のためいかなる措置も辞さず」との発言以来、小康状態にある。とはいっても問題解決の先送りが繰り返されてきただけで、危機国の閉塞(へいそく)した状況は、EU加盟国の選挙で欧州連合(EU)/ユーロ反対派が票を増やすことに反映されている。イタリアでは、EU批判をスローガンに掲げる政党の連立政権まで登場した。

「ドイツの一人勝ち」は経済現象であるが、ドイツ批判であり、政治的メッセージでもある。ここではまず、経済的にどこまで本当にそう言えるのかを検討する。

雇用の分配
欧州では、経済指標の中でも失業率が重要視される(表1参照)。この表の左端は2018年4月の各国の失業率で、3.4%のドイツはユーロ圏主要国の中では最も低い。このため、南欧のフランス、イタリア、スペイン、ギリシャの高い失業率と比べると「ドイツの一人勝ち」の印象を強めるかもしれない。またこの表にはないが、フランス20.4%、イタリア31.9%、スペイン33.8%、ギリシャ43.2%という2018年5月の若年層失業率の数字は悲惨である。

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失業率は経済活動の指標である。一方、2006年から2016年までのドイツの平均成長率は1.2%にすぎず、下から数えた方が早く隣国から羨ましがられるほどの水準ではない。次に、失業問題は雇用の分配という構造的な問題とも関係する。若者の大量失業もその例だ。

富の偏在を批判し、その公平な分配を要求する人々も雇用の偏在には見て見ぬふりをする。その方が多数派の就業者を敵に回さないで済むからだ。ドイツ社会民主党(SPD)のシュレーダー首相(当時)は、ゼロ成長を繰り返す経済の停滞と500万人の大量失業を背景に、2003年以降労働市場改革を行い、雇用を柔軟に配分して失業者を持続的に減らすことに成功した。

この数年来、シュレーダー改革は批判されているが、それは「喉元過ぎれば熱さを忘れる」からかもしれない。失業者が多い国からドイツに来た人は、非正規雇用の増加について「働けるだけマシ」と言うことが多い。多くのドイツ国民は、改革の賛成・反対とは別に、自国の完全雇用に近い状態をこの改革の結果と見なし、ユーロ危機と関係があるといわれてもぴんとこない。

表1では、ユーロ危機以前の2000年から2009年までの前半と、危機が本格した2010年から2014年までの後半を区別して年平均失業率を示した。ユーロ危機勃発の2010年を境に、多くのユーロ圏の国で平均失業率が上昇に転じたが、ドイツは(スロバキアと同じように)低下した。この点こそ、ドイツ経済がユーロ危機で困っている隣国の犠牲の上に好調に転じたと思われる事情かもしれない。

ドイツ経済の欧州離れ
ドイツが「一人勝ち」する次の要因は、工業国ドイツの強い輸出力にある。欧州統合が進み、共通通貨・ユーロが導入された結果、加盟国は以前のようにペセタやリラ、フランなどの自国通貨を切り下げて防備することもできない。競争力のあるドイツ企業に自国市場をじゅうりんされるばかりだという。こうして(日本でもその著書が読まれているフランスの知識人の見解によれば)「ユーロはドイツが一人勝ちするシステム」ということになる。中には、共通通貨ユーロの導入はドイツが(ナチのように)欧州を支配するために、この結果を見越してイニシアチブを取ったと主張する人もいるそうだ。

工業・技術力が強いというドイツのイメージは世界中に浸透しているので、国際社会がドイツの「弱者いじめ」と思うのも当然の成り行きであるのかもしれない。とはいえ、これは思い込みのようなもので、経済現象とはあまり関係がない。

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出所:ドイツ連邦統計庁の資料を基に筆者作成

表2はドイツ連邦統計庁の数字を基に筆者が作成した。この表には出ていないが、ドイツは毎年着実かつ安定的に輸出を伸ばしており、2011年に1兆ユーロを超えた。1994年と1997年にはユーロは導入されていなかったが、後にユーロ圏に加盟した国のシェアを加算して表2に示した。また右端にはドイツの輸出全体の金額を表示しているので、例えばユーロ圏に輸出されたシェアを金額に換算できる。

この表から分かるように、ドイツの輸出先としての欧州、EUの重要度は下がる傾向にある。これはグローバリゼーションに伴い、米国や中国などがドイツにとっての重要な取引先になったからだ。また、欧州内部でも非ユーロ圏が重要度を高めている。ここには英国やスウェーデンなどのおなじみの国も含まれているが、西欧に追い付こうとするポーランド、チェコ、ハンガリーなどの東欧圏・キャッチアップ組が非ユーロ圏シェア拡大のモーターである。

次はユーロ圏である。1994年には47%だったシェアが2016年には10ポイント以上も減り、37%以下になった。輸出大国の「ドイツの一人勝ち」だというのなら、ユーロ危機が始まった2010年から「犠牲国集団」というべきユーロ圏でドイツの輸出シェアがもっと拡大してもいいような気がするが、事実はそうではない。

EU内の貿易については昔からすみ分けができているといわれる。北の国の人々は南の太陽に憧れてバカンスに行き、自国にないワインを輸入する。フランスやイタリアのメーカーは小型のクルマに、ドイツは図体の大きい車の生産に特化している。欧州の域外の競争相手に対して団結して防御に当たるが、ドイツのメーカーが隣国のメーカーをねじ伏せる姿など想像できなかった。だからこそ、ユーロ導入まで揉めずに欧州統合を進めることができたのではなかったのか。

期待外れのユーロ
ユーロ導入前には、為替両替手数料が省けたり、相場の変動リスクがなくなったりして加盟国の間の商品もサービスも、また資本の流れも活発になると期待された。ところが結果はウィン・ウィンにならず、今やドイツだけがユーロ導入によって得をしたといわれる。そこで、ここからもう少し丁寧にこの事態を眺めてみたい。

EUならびにユーロ圏の現実を理解するのに役立つと思われるのは、下記のグラフ1と2である。Ifo経済研究所のエコノミストがユーロスタットの数字に基づいて作成した。グラフではそれぞれEU内での輸出と輸入について、ドイツとフランス、また「北ユーロ圏」「南ユーロ圏」ならびに「北欧」「東欧」といった具合に加盟国もしくは加盟国グループのシェアを棒グラフで表示している。それも、ユーロの名称が決まった1995年から2015年までを5期間に分けてグラフの棒の色が白から黒に変わるので、状況の展開を時系列でたどることができる。

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

グラフ1から分かるように、EU内の輸出全体に占めるドイツのシェアは上がり下がりが小さくて横ばいに近い。次にグラフ2から分かるように、フランスも「南ユーロ圏」加盟国も、一度だけ微小ながら上向きに転じることはあるものの、大抵は輸入シェアを減らすばかりである。この期間、輸入を増やしているのはキャッチアップ組のいる「東欧」で、そのおかげでドイツはその輸出シェアを減らさずに横ばいで済んだことになる。これは表2と関連してすでに述べたことのコンファームである。

次にグラフ1と2を眺める。ユーロ導入で緩やかでも右肩上がりになったのは輸出シェアでの「北ユーロ圏」で、このグループにはオランダ、ベルギー、フィンランド、ルクセンブルク、オーストリアが属する。中でもオランダがいろいろな分野(工業、農業など)で商売熱心だとされている。例えば、ユーロ導入後に競争力を失ったギリシャがトマトを北欧のオランダから輸入するようになった。

次に輸出でも輸入でも右肩上がりは「東欧」で、このグループには、途中からユーロ圏に加盟したスロベニア、スロバキア、バルト3国も、また自国通貨を持ち続けるポーランド、チェコ、ハンガリーなどが属する。ユーロ組もそうでない国も同じように元気である。ユーロというより、生活水準を少しでも向上させたいという意欲が重要であるかもしれない。

ちなみに筆者は、2010年に財政破綻したギリシャへの支援が議論されていたころ、前年にユーロ圏に加盟したばかりのスロバキアの経済関係者と話したことがある。彼は、自国民より生活水準の高いギリシャ国民の支援に加わることなど絶対に嫌だと言っていた。

すでに述べたが、ユーロが加盟国の間の物とお金の流れを盛んにすることが期待された。ところが、物の流れに限ると、フランスも南欧のユーロ圏加盟国も、1995年から2015年まで輸出シェアを減らす一方である。輸入は一度だけごくわずかながら上向きになるが、おおむね下降するばかりだ。

「南ユーロ圏」の国々は、2008年の金融危機や、その後のユーロ危機でお金が流れて来なくなり、経済が沈滞したように自分でも思い、また多くの人々から思われている。ところが、本当は危機が始まる前に元気がなくなっていたことになる。またグラフ1と2にも右肩上がりのケースは少ないし、あってもユーロのおかげかどうかもはっきりしない。これらのことを考えると、今までのところユーロは期待外れの通貨といえるだろう。

ドイツが得しているはず
共通通貨ユーロのこれまでの展開を知るために、ここまでEU内の貿易、すなわち物の流れを眺めた。南欧周辺国では1995年蛇口を開いたときには普通に流れ始めたのが、危機の勃発前にすでに流れがだんだん細くなっていたことが判明した。ユーロ導入に当たって期待されたもう一つの効果は、お金の流れが盛んになることだ。

お金の流れ具合について参考になるのは、EUの投資全体に占める加盟国やそのグループが占めるシェアを表示するグラフ3(下記参照)で、これもグラフ1と2と同じようにIfo経済研究所で作成された。

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

上記グラフで重要なのは「南ユーロ圏」である。このグループにはギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン、アイルランドが属するが、これらの国の中にはマルクに対して何度も通貨を切り下げたところがある。ドイツマルクと同じハードカレンシーのユーロになることが1995年に決まった途端、為替変動リスクもなくなり、これらの国の利息もドイツに限りなく接近し、円滑に借金することが可能になった。

こうして、上記の棒グラフが示すように「南ユーロ圏」に投下された資金のシェアは1995年から2008年まで急上昇し、どの地域よりも大きい。金融/ユーロ危機の結果、投資シェアは下降してもシェアはユーロ圏最大である。この事情こそ、ユーロ圏に固有の予算を設けて危機国に財政移転をするべきという改革案に説得力を覚えない人々が気にする点である。

ドイツマルクの信用は戦後西ドイツが営々と築き上げたもので、南欧の隣国が低コストで借金できるようになったのもこのマルクの信用のお裾分けにあずかったからである。その結果は、残念にもバブルで、大量の不良債権が発生しユーロ危機につながった。

当時「欧州の病人」と呼ばれて低迷していたドイツ経済は、このインフレ気味のブーム(バブル)で物価が上昇した「南ユーロ圏」の加盟国に対して輸出力を強めた。この結果、長年患っていた悪性の経済的停滞から立ち直ることができたという。これが、経済学者のポール・クルーグマン氏をはじめ米国で主張されている「ドイツが得した」説である。

表2やグラフ1で見たように、当時、南欧周辺国に対するドイツの輸出が伸びたわけではない。南欧の周辺国で価格が上昇したのは不動産で、こればかりはドイツが逆立ちしても輸出できない商品である。次に、ドイツの企業にとってEU圏外の企業との競争が重要である。インフレ気味になることはユーロのレートが高くなることになり、ドイツの輸出産業に不利になる。とすると、どちらかというと「ドイツが得した」のではなく、その反対にならないだろうか。

危機勃発後は南欧周辺国の経済が弱くなり、ユーロのレートが低くなると、今度はドイツが欧州の外で輸出力を強めてもうけていると批判される。この点だけを取り上げるとその通りであるが、ドイツの自動車メーカーが中国で利益を上げたからといって、例えば、南欧周辺国・ギリシャが損するわけでない。この国はオリーブオイルや果物などで南米と競合しているので、ユーロが下がるのは、本来悪い話ではないはずだ。

レートが低いと輸出においては有利である。でも喜んでばかりいるのは考えものだ。これは国民が輸入品に余計にお金を支払うことになり、言い換えれば輸出企業に助成することでもある。これは輸出企業を甘やかす「通貨ドーピング」になり、長期的には競争力を弱めることにならないか。反対にレートが上がると(原油などの)輸入製品は価格が下がり、その分だけ購買力が増大するので歓迎される。経済では何かあったら、もうける人も損をする人も出てくるので、ある国が得したとは一概にはいえない。

周知のように、ユーロは大きな期待を担って導入されたが、物流では期待外れといえ、お金の流れは激しくなってバブルまで起こした。これまでのところいい話がない。経済的にうまくいっていない隣国は、やり場のないストレスをドイツに向けて「ドイツは得しているはず」と思いたいのかもしれない。でもこれは、自国の抱える問題をドイツに責任転嫁していることになり、今後の展開次第では、今以上に厄介な紛争のもとになるかもしれない。

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(2018年8月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)

概要

ユーロ危機など過去のことだと思う人もいるかもしれない。そうであるのは、定期的に景気のいいニュースが流れるからだが、ユーロ危機はまだ終わっていない。南欧を中心とした経済は低迷したままである。またユーロ圏では、どの国の国民投票においてもEU離脱賛成者の割合が高い。「ポピュリズム」という言葉は、この現象を見ないで済ませるための気休めかもしれない。

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2017年9月24日にドイツの連邦議会選挙があった。それまで大連立を組んできたメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は32.9%に、連立パートナーの社会民主党(SPD)も20.5%にという具合に大幅に得票率を減らした。SPDは野党になると明言しているので、メルケル首相には連立相手としては自由主義経済の自由民主党(FDP)と環境政党・緑の党しか残されていない。

今回の選挙の勝者は、ドイツのための選択肢(AfD)である。この右翼政党は12.6%も票を得て連邦議会に初めて登場するだけでなく、94議席も獲得し、国政レベルで第3党に台頭した。この躍進は2年前にメルケル首相が100万人以上の「難民」を受け入れたことに不満を持つ人が多いからである。どの政党も難民受け入れに表立って反対しなかった以上、抗議表示をする選挙民にはこの党しか残っていなかった。

「不自然なコンセンサス」
AfDというと人種の不当な扱いや反イスラム感情をあおる「右翼ポピュリズム」とされるが、これは中身を見ないレッテル貼りのきらいがある。この点についてスイスの新聞は次のように記している。

《AfDに人々が投票したのはメルケル首相の難民政策のためだけではない。この政党が誕生したのはこの国の政治文化に不自然なコンセンサスがあるからで、これは欧州連合(EU)やユーロを論じないことが賢明とされている点だ。AfDはこの思い込みをぐらつかせて、他の政党が立ち去り、空っぽにした政治空間に入り込んだ》(ノイエツリュヒャーツァイトゥング、2017年9月24日付。ベルリン発・ベネディクト・ネッフ1

ドイツを訪れたフランス人は、マクロン大統領がEUやユーロ圏の改革を熱心に提案しているのにドイツの選挙戦では問題にされないことに驚いていた。これも、この国の「政治文化の不自然なコンセンサス」を示す。筆者は今回いろいろな町へ行き選挙戦を観察する機会があったが、そういえば欧州をテーマにするポスターを見なかった。

M0304-0020-11左の写真は、夜遅くベルリンで見つけたAfDの電子選挙ポスターである(筆者撮影)。「私たちが喜んで良い暮らしをするドイツのために」という笑顔のメルケル首相のポスターと、ドイツの自動車メーカーの広告と、波間に沈みかかっている1ユーロ硬貨のポスターが交代する。AfDの文句は「『ユーロ救済?』、そのために何でもするのには反対」である。これは2012年に「ユーロ救済のために何でもする」と発言したマリオ・ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁に対する反対表明だ。

AfDの紙のポスターは破られることが多く、それを防ぐために手の届かない高い所に貼られていたのが思い出された。そして、抗議政党でライバルの左翼党のポスターが多い東ベルリンの近くで、高価であっても剥ぎ取られない媒体に踏み切った思惑が想像された。

上記のスイスの新聞が指摘する「不自然なコンセンサス」が本格的になるのは、危機に陥ったユーロ加盟国の救済が始まった2010年頃からである。当時、メルケル首相はドイツに支援以外の「選択肢がない」と批判に口封じをし、その後、支援は超党派で進行し、主要メディアも同調。彼女こそ、AfDの名付け親である。

「EUやユーロを論じない」政治文化は、自国民を「過去」と関連して隣国に対して反発させないようにするための配慮でもある。というのは、欧州共通通貨は、ベルリンの壁崩壊後にドイツのコール首相がフランスのミッテラン大統領(いずれも当時)にドイツ統一を認めてもらうためにその導入要求に従ったという経緯がある2。当時、国民の大多数は気が進まなかったし、多数の経済学者もその無謀に対し警告した。そして導入後、数年でユーロ危機が始まる。恐れていたことが目の前で進行するのに対して無力感にさいなまれるだけであったために、このテーマに耳をふさぐ人も多い。

ユーロ圏の現状
ユーロ危機など過去のことだと思う人もいるかもしれない。そうであるのは、定期的に景気のいいニュースが流れるからだ。例えば、2017年夏のドイツの経済誌の報道である3。大見出しは「ユーロ圏は世界経済の希望の星」で、小見出しは「病人からパワフルマンへ」。すぐ下にマリオ・ドラギECB総裁の写真がある。こんな見出しになったのは、同年第2四半期に、ユーロ圏の国内総生産(GDP)成長率が米国の0.5%を上回る0.6%を記録したからである。

【図表1:ユーロ圏諸国の製造業・生産量の推移】
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上の図表1はIfo経済研究所の資料を参考に筆者が作成したものである。寝たきりの病人が起き上がっただけのようなものなのに「パワフルマン」というのは誇張といえる。というのは、財政赤字を増大させて公務員を増やせばGDPを膨らませるのは可能だからである。ユーロ圏の実情を知ろうとすれば、別の数字を持ち出さなければならない。政府は工場までつくることはあまりないので、製造業の生産量の推移に注目する。ギリシャのような小さな国にも製造業があり、特定の需要をカバーしていた。需要が回復すれば、下がっていた生産量も回復するはずだ。図表1は、金融危機で製造業の生産量が下がる前の2008年を100としてその推移を示している。

図表1から分かるように、2008年に下がった生産量はアイルランドでは元気良く回復・上昇している。ドイツとオーストリアでは辛うじて回復できたが、ポルトガル、フランス、イタリア、ギリシャ、スペインは低迷したままである。このやりきれない状態は、ギリシャ約43%、スペイン約38%、イタリア約35%、ポルトガル約25%、フランス約23%といった若年層の失業率の高さにも反映されている4

若い人々の高失業率も2、3年で終わるなら我慢しようがあるが、この状態が7年も8年も続くのは厳しい。これはごまかしようがない実体経済の問題で、また構造的な問題であるために今後改善の見込みがあまりないともいえる。政治的大義名分として進められてきた欧州統合に背を向ける人々が増えるのも当然であろう。

【図表2:ユーロ圏諸国のEU観】
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図表2は、2016年に主要国で実施された世論調査である5。グラフの青い棒は、自国のEU加盟の是非を問う国民投票を望む人々の割合を示す。グラフの赤い棒はその国民投票におけるEU離脱賛成者の割合で、イタリアやフランスでEU離脱賛成者がそれぞれ48%、41%に及ぶ。これは深刻な事態である。

どの国の国民投票においてもEU離脱賛成者の割合が高い。これは欧州統合が「政治的エリート」と呼ばれる人々によって、それも国民と無関係に進められてきて「民主主義的でない」と思う人が多いからだ。失業率も低く、ユーロ圏の勝者とされるドイツでは国民投票は制度上不可能であるが、それでもEU離脱を望む人が4割もいるのもこのためである。「ポピュリズム」という言葉は、この現象を見ないで済ませるための気休めかもしれない。

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1 https://www.nzz.ch/international/ein-wilder-haufen-zieht-in-den-bundestag-ld.1318236
2 http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-73989788.html
3 http://www.manager-magazin.de/politik/konjunktur/bip-wachstum-in-euro-zone-beschleunigt-sich-a-1160907.html
4 https://de.statista.com/statistik/daten/studie/74795/umfrage/jugendarbeitslosigkeit-in-europa/
5 https://qz.com/679354/nearly-half-of-europeans-want-their-own-referendum-on-staying-in-the-eu/

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(2017年11月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

ドイツ「インダストリー4.0」の現実

概要

インダストリー4.0は、熱心な人々が政治的に支援されて進めているところがある。ところが、最近二つの大きな事件があった。ドイツのロバート・ボッシュが半導体の新工場を建設することと、米国のIBMがミュンヘンにモノのインターネット(IoT)の戦略拠点を立ち上げたことである。どちらも今後の展開を探る上で示唆的だ。

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もうかなり前からドイツでは「XX4.0」という言葉をよく目にする。「労働4.0」とはドイツ連邦労働・社会省が出している「労働白書」である。その他にも「教育4.0」「科学4.0」「年金4.0」「連邦軍4.0」といった具合に「XX4.0」という言葉を目にする機会が増えている。ちなみに、最後の例はドイツ連邦軍に対するサイバー攻撃がテーマである。

これらの言葉の震源地は「インダストリー4.0」で、工業立国ドイツはこれからの技術変化を乗り切らなければいけないし、政治サイドもその準備をおろそかにしていないという意思表示である。「4.0」の前にくるテーマは変わっても、そのメッセージはいつも似たようなものである。

工業立国の眼鏡
このような現象を見ていると「インダストリー4.0」は政治的スローガンとしては大成功を収めていることになる。同時に、この表現を耳にする関係者の中には宣伝くさいと思って眉をしかめる人がいるのも、この事情と無関係でない。また「インダストリー4.0」推進の音頭取りをしている人々にはITやソフトウエアの関係者が多く、彼らが自分たちの業界の繁栄のためにしているのではないかと疑う人も少なくない。

ワットの蒸気機関により機械を動かして生産するようになった第1次産業革命、20世紀に入り電気を利用する流れ作業や大量生産を可能にした第2次産業革命、1970年代後半に本格化したエレクトロニクスやIT技術が可能にした製造工程のオートメーション化である第3次産業革命、そしてこれに続くのが第4次産業革命、ドイツが推進している「インダストリー4.0」になる。

このような説明に対して、第3次産業革命とともに始まったデジタル化を進めているだけで、それを革命と呼ぶことに違和感を覚える人もいるようだ。「インダストリー4.0」の説明を聞いた日本の経営者が「自分たちも似たようなことをやっている」とコメントしたこともこうした事情を物語る。

次の批判は少し趣を異にする。「インダストリー4.0」を第4次産業革命に例えることによって多くの人々の注目を集めようとすることは肯定できても、工業立国ドイツの従来の「眼鏡」で現在進行中の現象を見ることにならないだろうか、ということである。その結果は人々の関心が工場に限定されてしまい、話は「スマートファクトリー」のことになる。ところが、このまま進んでいくと人間と機械の関係がすっかり変わってしまうともいわれる。そのときにも今と同じようなビジネスができるかは、かなり疑問である。昔からよくいわれるように「機械は機械を買わない」からだ。

このような事情から「インダストリー4.0」の推進者も今や全体が進む道をデジタル化と呼び、モノのインターネット(IoT)、ビッグデータ、サイバーフィジカルシステム、クラウドコンピューティング、プラットフォームビジネス、スマートシティーなど、より具体的になり、少しは経済や社会的側面に関心が向くようになってきた。

政治家は「インダストリー4.0」キャンペーンの先頭に立って「バスに乗り遅れるな」式の激励をしたがる。一方で事情を知る者がいら立ちを覚えるのは、政治の方こそ「するべき宿題」をしていないからであろう。それはデジタル化のための政策的支援だが、教育の充実、法整備、技術的スタンダードの作成など多岐にわたる。ここでは、よく指摘されるデジタル化の技術的インフラ不整備について触れる。

下の表は、少し前のドイツの新聞に掲載されたインターネットのスピードの国際ベストテンである1。ドイツは14.6メガビット/秒(Mbit/s)で25位に位置し、欧州の中でも下位で低迷している。そうであるのは、ドイツでブロードバンドインターネット接続が進まないからである。

【インターネットのスピードの国際ベストテン】
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公衆無線LANのアクセスポイントについては、少し古い2015年の数字で恐縮だが、ドイツには1万人当たり2カ所しかないのに対して、韓国には同37カ所もあるそうだ2。この数は欧州の近隣国はどこもドイツより多く、ドイツは「無線LAN砂漠」と呼ばれている3

次は料金の方だ。同一のデータ量に対して、ドイツではフィンランドの50倍、フランス、英国、デンマーク、スウェーデンの20倍の料金を支払わなければならない4。2015年、筆者が住むミュンヘンには多数の難民が収容された。そのうちの1人のアフリカ人は「メルケル首相は親切だが、ドイツのインターネット環境はあまりよくない」と嘆いた。

半導体ルネサンス
このように見ると、ドイツのデジタル化は政治と経済の連携があまり良くないといった印象を持つかもしれないが、本当はそうとばかりは言えない。「インダストリー4.0」という命名の動機の一つは、この国がマイクロエレクトロニクスの分野で後れを取っていることに対する危機感があったからだといわれる。

例えば、2017年6月末に行われたデジタルサミットの未来戦略についての議論の席上で、ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)のヴィンフリート・ホルツ最高経営責任者(CEO)は「欧州が全く対抗できない分野はマイクロエレクトロニクスだ。この分野で圧倒的に強いのは米国で、それに対抗する力を持つのは中国だけである。未来の自動車を動かすスーパーコンピューターの優劣を決定するのは、ソフトウエアでなくセンサーの中の回路で、マイクロエレクトロニクスである。私たちの方にもインフィニオンテクノロジーズをはじめ技術力はある。ということは、政治こそ、民間がもっと力をつけるのに役立つ枠組みをつくらなければいけない」と注文をつけた5

ほどなくして、このように考える人たちにとって朗報が流れる。というのは、ドイツの電気メーカー、ロバート・ボッシュ(以下、ボッシュ)がドレスデンに2021年末から稼働する半導体の新工場建設を発表したからである。これまで同社はシュツットガルト近郊で直径150ミリメートルもしくは200ミリメートルのウエハーで集積回路チップを製造していたが、新工場では直径300ミリメートルのウエハーを使うことになり効率が改善される。製造されるのはエーシック(特定用途向けの集積回路)やメムス(微小電気機械システム)である。この工場が本格的に操業を始めると、新たに700人の雇用が生まれるそうだ。

約10億ユーロに及ぶ新工場への投資額は、ボッシュ創業130年の歴史の中で最大だそうである。政府から助成金が出る可能性も高い。同社は創立者の遺志で昔から株式会社でなく有限会社で、その資産は公益財団に属し、ドイツではその手堅い経営で有名だ。この点を考慮すると、今回の投資の意味は大きい。

周知のように半導体は価格競争も激しい厳しい業界であるが、IoTや自動走行技術、また電気自動車の普及により、今後需要が増えるとみられている(2015年に出されたプライスウォーターハウスクーパース(PwC)のスタディーによると、需要は2019年まで毎年5.2%増大するそうだ)6
それだけでない。ボッシュの取締役会メンバー、ディルク・ホーハイゼル氏は「未来の鍵となる技術は自社に置いておき、納入業者に任せたくない。(よそから入れる方が安くつくのでは、という質問に対して)経済的にはそうかもしれないが、私たちは持続性と独立性を重視する」と述べた7

M0305-0044-2ワトソン・IoT・センター
2017年2月16日、ミュンヘンに米国・IBMの「ワトソン・IoT・センター」(左の写真、筆者撮影)が開設された。同社はこの町で一番高いビルの15階から29階までを借りて、コグニティブ・コンピューティング・システム「ワトソン」を活用してIoTの世界戦略を展開するという。この事業部門のために30億ドルの投資が予定されており、ミュンヘンの拠点設立だけで2億ドルもかかったという。

ドイツの人々の関心を呼んだのは、パートナー企業が同じビルに入居し、IBMの社員と一緒に働く方式である。この協力関係には、英語の「コーオペレーション」と「ラボラトリー」を合わせた「コラボラトリー」という単語が当てられる。すでに入居していたり、その予定であったりする企業としては、ドイツのBMW、ボッシュ、車両・産業機械での精密部品を製造するシェフラー、フランスの銀行大手BNPパリバ、ITコンサルティングのキャップジェミニ、スイスの産業用ロボットで有名なABBグループ、またインドのIT大手テック・マヒンドラ、米国のITディストリビューター、アヴネットなどが挙げられている。

でも、これだけではIBMが借りた6万5000平方メートルのオフィスは一杯にならない。IBMのジョン・E・ケリー3世研究担当シニア・バイス・プレジデントは、オープニングの席上で「空いた部屋はまだたくさんある。でもこれもすぐ変わる。とにかく私たちは工業の心臓部・欧州のど真ん中・ミュンヘンに来たのだから」と述べた8

IBMは、ワトソン・IoT・センターによって二つの目標を追求するという。一つ目の目標は「IoTのポテンシャルを技術的にも経済的にも探る」こと、二つ目の目標は「ミュンヘンのIoT拠点の設置によって、IBMが人工知能(AI)とIoTを中心にグローバルで新たなイノベーションエコシステムを立ち上げることを世界中にデモンストレーションする」ことである9

後者のイノベーションエコシステムの例の一つは、ミュンヘンに本社を置く自動車メーカー、BMWとの協力である。同社の開発研究の一部がワトソン・IoT・センターのコラボラトリーに移り、IBMの研究員と一緒に「コグニティブ・コンピューティング・システム、ワトソンの対話能力と学習能力が、ドライバーに役立つようになる基盤を探ることが予定されている」という10。これは、ドライバー個人の好みと習慣に合ったクルマづくりを今後も続けるためである。自動走行になっても、ドライバーのフィーリングというドイツ車の長年の強みを維持しなければならない。自分で運転しなくなったらタクシーと変わらなくなり、クルマが売れなくなるかもしれないからだ。

IBMのミュンヘン拠点設立に関して重要と思われるのは、企業だけでなく、エーエブス(EEBus)という公益事業団体が入所する点である。今や「エネルギーのデジタル化」とか「エネルギーのインターネット」などと呼ばれ、電力の消費側と供給側をITで結び付けて効率的にしようとする努力がなされている。これは風力や太陽エネルギーを使うドイツでは特に重要だ。EEBusはドイツ政府から委託されこのエネルギーのデジタル化の模範プロジェクトを実施し、同時にIoTの標準化を推進している団体である。日本ではあまり知られていないこの団体には、多数の電気・電力関係の企業や、ドイツ自動車工業会といった業界団体が加盟している。しかしそれだけでない。技術検査協会、電気・電子・情報技術協会といった基準を決める機関も会員であることが重要だ。

2017年のデジタルサミットでもそうだったが、関係者が集まると、欧州連合(EU)内での規格の標準化が要求される。このようなEU内統一市場の形成に関する折衝では、政府レベルだけではなく業界のインタレストを代行する団体が重要になるが、デジタル化についてその役割を演じるのはEEBusである。このような事情があるからこそ、この団体がIBMから協力を要請され、ワトソン・IoT・センターの中でオフィスまで委ねられることになったのである。

ワトソン・IoT・センターのオープニングの席上、エストニア出身のアンドルス・アンシプ欧州委員会副委員長(デジタル単一市場担当)はデジタル統一市場の早期実現を熱心に訴えた。ドイツのコンピューター専門誌によると、ボッシュ・ソフトウエア・イノベーションズのライナー・カルテンバッハCEOは、政治サイドが介入するのではなく、市場の進展に委ねるべきだと記者に語ったという11。これは政治家が演説し、経済界が決めるというEUではよくある光景である。同時に、標準化が欧州と米国との関わり合いでどのように進展するかを考える上でも示唆的である。

情報こそ21世紀の原油?
今や90億のデバイスがインターネットとつながっていて、そこから毎日膨大な量のデータが生み出されるといわれる。今後IoT市場が拡大すればするほどこの量も増える一方で、データは垂れ流しにするのではなく役立てることが重要だとされる。こうして「情報こそ21世紀の原油」といった言葉がドイツの政治家の演説にも登場するようになった。

ミュンヘンのワトソン・IoT・センターに入所するような大企業は「21世紀の原油」探しに出掛けるかもしれない。ところがドイツには、製造業の分野で国際的に活躍している中小企業が多数あるが、彼らからはそのような勇ましい雰囲気は感じられない。これに関連して「デジタル化の心理」という面白いアンケート調査がある12。これはIT企業の委託により、イノベーション・アライアンスが従業員数250人以上の中小企業500社を選び、デジタル化について調査したものだ。

この調査結果については、ドイツの経済週刊誌でハイテク専門家のミヒャエル・クローカー氏が解説している13。それによると、全体の75%がデジタル化を「出席が義務付けられた行事」、また50%が「冒険」と感じ、30%が「聞いただけで不安になる」と回答した。とはいえ商工会議所や業界団体の説明会が開かれると、知らん顔をしているわけにいかない。またこうした不安は「バスに乗り遅れるな」式キャンペーンの反映でもあると思われる。
次に、デジタル化がどの程度まで進んでいるかという質問に対する回答は「始めるところ」が18%、「2、3歩進んだところ」が37%、「熱心に検討している」が27%、「半分進んだ」が12%である。

「インダストリー4.0」が推進される前から、製造現場でもオフィスでもデジタル化は行われている。当初は、合理化やオートメーション導入によってコストを削減し利益率を増大できると思われていた。ところが、今回はそのような意味で前進することができない。そうであるのは、IoTに関連してデータの安全性について多くの人が不信感を抱いているからである。どの国のアンケート調査でも、この点が指摘される。また上記の「半分進んだ」と回答した12%とは、IoT推進を始めた企業だとされる。

長年「物づくり」に励んできたドイツの企業にとって、自社内に大事にしまっておく情報やノウハウについて、便利で安全だと言われても、クラウドコンピューティングによって外に出す気になれないのは当然かもしれない。多くの中小企業には経営者個人の資産がかかっている。「もうかる話にいつも飛びついてばかりいたら、自分の会社など今存在していない」と吐き捨てるように言った人もいる。

ドイツには「隠れたチャンピオン」と呼ばれ、国際市場のニッチ分野で高いシェアを占めている中堅企業がある。彼らは特別な製品やサービスを限られた顧客に提供し、昔から技術とノウハウを養い健闘してきた。そのような企業は「プラットフォームビジネス」などと言われても、インターネットの「のみの市」に自社製品を出すことに大きなメリットを感じないかもしれない。

ドイツの全ての企業が「隠れたチャンピオン」ではないが、それでも似たような考え方を持っていて、IoTと言われても何を始めていいのかぴんとこない企業も少なくないのかもしれない。2017年に入ってからITに特化する調査会社インターナショナル・データ・グループ(IDG)のスタディーが発表されて反響を呼んだ。というのは、ドイツの企業の50%以上が「3年後にIoTが重要になる」と回答したからである。ということは、大多数の企業は今のところはIoTの推進について積極的に考えていないことになり、推進派や政治家の「ドイツがバスに乗り遅れる」という心配をあらためて強めた14

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1 http://www.handelsblatt.com/technik/hannovermesse/surfgeschwindigkeit-diese-laender-haben-das-schnellste-internet/11825064.html
2 https://www.youtube.com/watch?v=9TZskBnpSOk
3 https://www.welt.de/wirtschaft/webwelt/article153354781/Deutschland-blamiert-sich-als-WLAN-Wueste.html
4 https://www.welt.de/wirtschaft/webwelt/article141320502/Deutsche-zahlen-gewaltig-fuer-winziges-Datenvolumen.html#cs-DWO-WI-Teures-Datenpaket-Aufm-jpg.jpg
5 https://www.youtube.com/watch?v=pj-5c6Ep8cg
6 http://www.pwc.de/de/technologie-medien-und-telekommunikation/pwc-studie-prognostiziert-boom-in-der-halbleiterbranche.html
7 http://www.manager-magazin.de/unternehmen/it/bosch-baut-chipfabrik-milliarden-investition-in-dresden-a-1152881-3.html
8 http://www.wiwo.de/technologie/digitale-welt/eroeffnung-des-watson-iot-centers-in-das-herz-des-industriellen-sektors/19402544-2.html
9 http://www-03.ibm.com/press/de/de/pressrelease/51632.wss
10 http://www-03.ibm.com/press/de/de/pressrelease/51251.wss
11 https://www.computerwoche.de/a/ibm-watson-iot-hauptsitz-in-muenchen-eroeffnet,3329889
12 https://www.innovationalliance.de/studie-psychologie-der-digitalisierung/
13 http://blog.wiwo.de/look-at-it/2017/01/09/die-psychologie-der-digitalisierung-jeder-dritte-mittelstaendler-empfindet-negative-gefuehle/
14 https://www.computerwoche.de/v/studie-industrie-4-0-deutsche-unternehmen-verschlafen-den-start,1039230

M0305-0044
(2017年8月3日作成)

ドイツのエリート養成教育?

発行:2015/04/09

概要

米国、フランス、英国などにはエリートを養成する機関や名門大学があるが、ドイツにはそれに匹敵するものがなかった。1990年代ごろから米国を模範としてエリートを養成する試みがなされたが、ドイツでは独自の構想力を養う教育が主流となっている。

フランスにはエコール・ポリテクニーク(Ecole polytechnique)やフランス国立行政学院(ENA)など、ドイツ人が畏敬の念からフランス語で「エリート」と発音する有能な人材の養成機関がある。英国にはオックスフォード大学やケンブリッジ大学など、米国にはアイビー・リーグと呼ばれる世界屈指の名門私立大学群がある。また経営の奥義を伝授するビジネススクールとなると、昔はハーバード・ビジネス・スクールが知られていたが、いつのまにか雨後のたけのこのように増えて今では数え切れないほどたくさんある。

では、ドイツではどこでエリート教育がされているのだろうか。将来わが子をエリートにさせたい親は、どこで学ばせればいいかがはっきりしていた方が便利かもしれない。

ここでも分散型
社会学者のミヒャエル・ハルトマン氏が2014年ドイツの大企業上位100社のボードメンバー529人を対象にアンケート調査を実施し、その結果が報道されていた1。メディアが特に注目した点は、ドイツ経済を動かしている人々がどこの大学を卒業したかであった。以下に上位5大学を紹介する。

M304-0012-1

この結果を見た人があらためて思ったのは、ドイツには将来のエリートが約束される教育機関がないことである。上位4位までの5大学が84人もの役員を出しているものの、残りの445人はいろいろな大学に散らばっていて、この5大学で勉強したからといって、(隣国のフランスのように)未来の競争相手に圧倒的に大きな差をつけることができない。

カールスルーエ工科大学は伝統があり、世界最初のガソリン自動車を設計したカール・ベンツ氏もここで勉強した。
また現在のダイムラーのディーター・ツェッチェ最高経営責任者(CEO)もカールスルーエ工科大学を卒業した。だがこれは偶然で、彼がこの大学を卒業したからトップになったのではないだろう。今までもエンジニアでない人や、知名度の低い大学の卒業生もこの企業のトップになっている。
一方で、ケルン大学やルードヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(ミュンヘン大学)の卒業生に重役が多いが、ドイツのメディアによると、その理由はこれらの大学の規模が大きく卒業生の数が多いからである。

次にメディアで注目されたのは、経営管理学修士号取得者(MBA)が5%しかいない点と、
ドイツの私立大学卒業生のうち2人しか大企業の役員になっていない点だ。MBAについては一頃メディアでその必要性が盛んに強調され、私立大学についても、米国型のエリート教育を模範として1990年代ごろから多数設立された。

米国という模範
ドイツでは教育主権は州にあり、公立学校は市立や州立で、公立大学も州立である。そのために授業料は無料か、かなり低額である。入学試験はないが、進級試験や卒業試験は厳しく、卒業できない学生の割合は高い。学科によって異なるが、工学系では学士号を取得できない学生が48%もいる2

こうして授業料は不要だが、その代わり簡単には単位を取得させないことが、卒業生の水準を保つことにつながるのだろう。ドイツには、上記のカールスルーエ工科大学やアーヘン工科大学を含めて全部で九つの主要工科大学があるが、その卒業生の学力に大きな違いはないといわれる。

私立学校はあまり盛んでなく、子女を通わせている人を何人も知っているが、必ずしも満足していないような印象を私は受ける。今やドイツでも半分以上が高等教育を受ける。そのために競争が強調され、いわゆる「点取り虫」が多くなった。大卒者が増えたことにより「資格インフレ」となり、ライバルに差をつけるためには外国へ留学したり、その他の形で外国の体験を積んだりすることが必要とされ、多くの学生が行動に移すようになった。

ドイツでは多くの人がどこの大学を卒業したかなど、職場であまり気にしない。卒業式もないところが多いし、母校という考えも弱く、知り合いになったからといってコネをつくっている意識はないように思われる。とはいえ米国を模範にする考え方は強く、ドイツの大学も「アルムニ」と称して卒業生の同窓会というべき組織を盛んにしようと努力しているが、なかなか進んでいないようだ。

ドイツの役員像
ここまで大企業のトップの出身大学について話題にしてきた。では彼らは大学で、どんな分野を専攻したのだろうか。おそらく今でも、大企業で昇進して重役になるような人は法科出身者や、経済・経営学を専攻した人だと漠然と思われている。また法律家が上層部の大半を占める会社は硬直化するとよく批判されたものだ。この批判は、法科というとルールの運用ばかりしていて、企業に重要なイノベーションから遠いというイメージがあるからだろう。

これに関連して経営・戦略コンサルティング会社ローランド・ベルガーのスタディー「ドイツの隠れた強み-企業トップの座に就く高学歴者」3こそ、ドイツ社会にある漠然とした思い込みを訂正してくれる(グラフ参照)。調査はドイツ株価指数(DAX)構成銘柄30社のボードメンバー181人を対象にしている。2012年のデータなので数字は古いが、全体の傾向を見る分には参考になるだろう。

【DAX構成銘柄30社のボードメンバー181人の出身専攻学科】
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出所:http://www.rolandberger.de/media/pdf/Roland_Berger_Akademiker_im_Chefsessel_20120618.pdf p.9

グラフから分かるように、確かに経済・経営学出身者がボードメンバーの半分近くを占めているが、法科出身者は10分の1余りで、多くの人々の抱くイメージとは違うだろう。多いのは工学系で、ほぼ4人に1人の割合で役員を出している。また自然科学や人文系も意外に多い。

このスタディーでは、自国企業の役員が受けた教育に対して肯定的である。専門化された狭い分野での問題解決を学習するだけでなく、ドイツの大学では、理科系であろうが、また文科系であろうが、問題解決の前提条件を問い、そのために絶えず原理に戻って考え直す能力が要求される。このような教育で養われた構想力こそ、ケーススタディーに軸足を置いたMBA教育に対抗できる「ドイツの隠れた強み」であるとされる。

同スタディーで面白いのは、調査に基づいて描かれたDAX企業の平均的役員像である。年齢は55歳、ドイツ国籍。育った家庭環境は良く、(デュアルシステムによる教育などは受けずに)大学入学まで一直線。専攻は経済学。学生時代はアルバイトなどせず勉強に専心して速やかにディプロム(修士号に相当する)を取得後、大学に残って研究活動を続け、30歳で博士号を取得した。なお、4人のうち3人は勤め先を変えているそうだ4

ドイツの大企業の役員は10年以上も大学にいて、30歳以上になってから実社会を経験したことになる。でもこのような話を聞くと私は少し妙な気持ちになる。というのは、ドイツは外国と比べて大学の在学期間が長過ぎることがいつも批判されてきたからである。例えば、1990年代終わりごろ、ローマン・ヘルツォーク大統領(当時)は「ドイツでは大学卒業後実社会で数年働いているとミッドライフ・クライシス(中年の危機)を迎える」と冗談を言った。

どうやら、かつては長過ぎる在学期間と批判されていたものが、経済状態が良く国としての自信が付いてくると「構想力を養う」期間として見えてくるようだ。

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1 http://www.spiegel.de/unispiegel/studium/unis-und-fhs-wo-deutschlands-top-manager-studiert-haben-a-1017751.html
2 http://www.dzhw.eu/pdf/pub_fh/fh-201203.pdf p.16
3 http://www.rolandberger.de/media/pdf/Roland_Berger_Akademiker_im_Chefsessel_20120618.pdf
4 同上 p.7

M304-0012
(2015年3月24日作成)