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Der Apfelbaum(林檎の木)

Bestsellers 世界の書店から
西岡臣撮影
西岡臣撮影
『Der Apfelbaum(林檎の木)』の著者クリスチャン・ベルケルは、子どもの頃に庭の林檎の木の下で母から「あなたは100%のドイツ人でも100%のユダヤ人でもない」と告げられる。ベルケルは、自らが半端者扱いされたと感じて怒り、その後も自分の出自について考えることを避けた。しかし、年を重ねるにつれて考えが変わり、61歳の著名な俳優が自らのルーツを探る処女作が誕生した。著者の母ザラは、ドイツ人男性とユダヤ人女性との間に生まれた。著者の父オットーは家が貧しく、17歳のときに仲間と共にザラの家に泥棒に入る。家の図書室で、オットーがザラの父の膨大な蔵書に見惚れていると、当時13歳のザラが来た。仲間たちは警官に逮捕されるが、オットーだけはザラがかくまった。二人は相思相愛になるが、直ぐにヒトラーと戦争の時代が幕を開ける。

ユダヤ人迫害から逃れるため、ザラは、父と離婚しマドリッドで暮らす母を訪れるが、うまくいかずパリの叔母のもとへ移る。しかし、ドイツ軍がフランスに侵攻し、彼女は収容所に入れられる。ザラは、東欧にある死の収容所への移送から逃れ、ドイツ行きの汽車に乗る。その後もドイツ人に助けられ、ライプチヒで終戦を迎えた。一方、オットーは医学を勉強し、軍医として従軍。ソ連軍の捕虜になるが、戦後無事に帰国。ザラと再会し、1955年に結婚する。

この小説の魅力は、ユダヤ人とドイツ人についていろいろ考えさせてくれる点だ。ザラは「ユダヤ人」と言われるとぎょっとするが、かつてナチスが人種法に定めた「ハーフ・ユダヤ人」という蔑称で呼ばれても気にかけない。反ナチズムに性急な著者は、母の態度に怒るが、後になって、戦時下ではこの表現のほうが、母には死の危険がハーフ(半分)になるように感じられていたことに気づき、自分の無神経さを恥じる。オットーも戦後、ソ連軍の捕虜収容所で、同胞のドイツ人たちが、他のどの国の捕虜よりも団結心がなく、仲間を頻繁に密告することに失望する。

著者は父母の体験を通じて、自らがナチスを生んだドイツ人であると同時に、ナチスに迫害されたユダヤ人でもあることに向き合おうとする。その真摯な姿勢が、多くの読者の共感を得たのだろう。

■ニセ患者になり息子を捜す父

『治療島』『前世療法』など邦訳も多いドイツの人気ミステリー作家、セバスチャン・フィツェックの小説『 Der Insasse(入院患者)』の主人公ティルは消防署員である。彼の6歳の息子マックスは1年ほど前、「近くの友達のところへ行く」といって家を出たきり帰って来ない。息子は友達の家にも到着していないことがわかり、警察の懸命な捜索にもかかわらず消息がまったくわからず、捜索が打ち切られる。

この間、父親のティルも母親も絶望に陥り、夫婦関係は破綻する。

警察が捜索を継続しなかったのには、ある事情があった。子供を次から次へ誘拐しては殺すトラムニッツという男性が捕まったのだ。トラムニッツは自白していないが、警察はマックスも彼の犠牲者でないかと推定している。そのうちにトラムニッツは病気で手術が必要となり、司法精神科病院の警戒厳重な閉鎖病棟に移される。

このことを知ったマックスの父親ティルはこの「入院患者」から、直接息子の運命について聞こうと思う。警察で働く親族の支援でティルは精神病患者になりすまし、トラムニッツと同じ集中治療室に入れてもらうことに成功するが、思い通りに事態は進まない……。

この小説は読者を寝不足にすることが確実なサイコサスペンスで、最後にドンデン返しが待っている。作者は47歳で、2006年以来毎年のようにこのタイプの小説を書いており、その度にベストセラーになっている。

推理小説、探偵小説、スリラー、ホラーを問わず、犯罪に関係のあるものはドイツでは「犯罪小説」とよばれ、今では出版される本の4点に1点を占める。そのため、優秀な作家が続々とこのジャンルに参入し、質も向上したと、本屋のベテラン店員から聞いたことがある。

いろいろな国で、フィツェックをはじめドイツの犯罪小説が翻訳されるようになったのもそのためだ。

■世界的人気の刑事シリーズ新作

『Muttertag(母の日)』のネレ・ノイハウスも世界的に人気があり、日本も含めて23カ国で翻訳が出ている。ちなみに、この小説は06年にはじまった「刑事オリヴァー&ピア・シリーズ」の9冊目である。

元工場所有者のテオ・ライフェンラートの屋敷に来た新聞配達の女性は、郵便受けがいっぱいであるのを不審に思う。彼女が窓越しに家の中をのぞくと、ライフェンラートが倒れて死んでいる。

犬の檻や庭で見つかったり、掘り起こされたりして出てきた古い人間の骨を警察が調べると、それらはこの地域で過去に行方不明になった女性たちのものであることが判明した。

殺人の手口はいつも同じで、女性をビニールに包み、溺死させてから庭に埋めていた。その後、母の日に行方不明者届が出されている点も同じだ。

長年にわたってテオ・ライフェンラートと妻のリタは全部で30人以上の子どもを施設から引き取って養い、世話をした。2人は外に対しては人道的態度を装っていたが、施設に戻りたくない子どもの弱みにつけ込み、虐待し、暴力的でもあった。その一方で、リタは毎年母の日に、大人になった養い子たちを自宅に招待したという。

とすると、殺人者はそのような昔の養い子の一人で、自分を捨てた実母にも変死したリタにも仕返しできず、誰か別の女性を見つけては、代理として殺し、復讐したのだろうか。

一見、小説は読者の犯人さがしという推理小説の大きな枠の中にとどまっているように思える。

だが、話の筋の流れが何本もあり、捜査する刑事の過去の私生活も取り込まれている。読者は多くの登場人物の視点から事件に接することができる上に、それぞれの登場人物も丹念に描かれていて、読み応えがある。ミュンヘンの書店員の言葉があらためて思い出された。

ドイツのベストセラー(フィクション部門)

1月12日付Der Spiegel紙より

1 Muttertag

Nele Neuhaus  ネレ・ノイハウス

母の日が来ると殺人が。親族関係はどこの国でも厄介。

2 Mittagsstunde             

DÖRTE HANSEN デルテ・ハンゼン

北ドイツのライ麦畑が広がる村落を舞台に、時代の変化を示す人間模様。

3 Der Insasse

Sebastian Fitzek セバスチャン・フィツェック  

真実を知るためには手段を選ばない父親。サイコサスペンス。

4 Weißer Tod

Robert Galbraith ロバート・ガルブレイス

ハリー・ポッターの作者が別名で書いたミステリー。

5 Die Mondschwester

Lucinda Riley ルシンダ・ライリー

「セブン・シスターズ」の第5巻。動物に人生を捧げる主人公。

6 Neujahr

Juli Zeh ユーリ・ツェー

良き夫、良き父親であろうとする男性の苦悩。

7 Die Suche

Charlotte Link シャルロッテ・リンク

湿原で行方不明の少女の死体を発見。また少女が行方不明になる。

8 Mädelsabend

Anne Gesthuysen アンネ・ゲストヒューゼン

ライン河の流れは緩やかになる地域なのに女性は強くなるばかり。

9 Der Apfelbaum

Christian Berkel  クリスチャン・ベルケル

61歳の著名な性格俳優の処女作。玄人顔負けの出来に皆が感嘆。

10 Zeitenwende

Carmen Korn カルメン・コルン

4人の女性の友情の絆を通して眺めたドイツ半世紀の時代の変転。

[第215回] EU官僚の実像を描く

Photo: Nishida Hiroki

 

『Die Hauptstadt(首都)』は欧州連合(EU)がテーマの小説だ。欧州連合の政府に相当する「欧州委員会」はブリュッセルにあり、その職員はEU官僚と呼ばれる。彼らのことを「ネオ・リベラルのエリートで、非多国籍企業のロビー団体と密接な関係を持ち、非現実的な規制を作っている連中」として、反感を持つ欧州人も多い。

著者のローベルト・メナッセはオーストリアの有名な作家で、イメージばかりが先行するEUの実態を知るために、ブリュッセルで数年間暮らしたという。

小説の冒頭、大きな豚がブリュッセルの町の中を走りまわる。人々は驚き、自動車は急ブレーキをかける。豚は、ブレグジットやギリシャ危機など、制御不能なEUの混乱を象徴するかのようだ。

欧州の人々が抱くEU官僚のイメージに近いのは、英国での留学経験があるエコノミストのギリシャ人女性だ。彼女は欧州委員会の創立50周年式典を企画するよう、上司から命じられる。

オーストリア人の部下は、アウシュビッツ生還者を式典の中心に据えることを提案する。彼の考えでは、生還者は犠牲者だっただけではなく、国家の上に立ち、国家悪を阻止する組織を切望した人々でもあった。彼らこそ、加盟国のエゴを抑える超国家機構、すなわち欧州委員会の必要性を示す生き証人なのだ。欧州委員会も企画に賛成し、実現寸前にこぎ着けるが、EUの中でも個別加盟国の見解を強く反映する「欧州理事会」の反対で、つぶされてしまう。

欧州各国の選挙結果が示すように、EUに背を向ける人々が増えている。この小説が今年のドイツ書籍賞に輝いたのも、受賞理由にもあるように、反EUの流れを変えるのに役立つと期待されたからだ。

だが、「アウシュビッツの悲劇を思い起こして国家エゴを抑えろ」という本書の理念的主張だけでは、どうも心許ない。欧州では「EUは、難民問題や経済格差など現実の諸問題に対応しきれていない」という失望が強いからだ。ドイツでは、ともすればEUを「かつては激しく対立した欧州諸国が協調へと向かうための組織」という倫理主義的な心情で捉えがちだが、他国の人々がEUに求めるのは「リアリズムに基づく危機対応力」ではないだろうか。

1975年生まれの作家ダニエル・ケールマンは2005年、世界的なベストセラーとなった歴史小説『世界の測量』を発表し、すでにドイツ語圏の代表的な作家の地位を確立している。今回の『Tyll(ティル)』は久々の歴史小説で、17世紀前半のドイツを主な戦場とした「三十年戦争」がテーマだ。

題名の「ティル」は、登場人物の1人であるドイツの伝説的な道化師、ティル・オイレンシュピーゲルに由来する。彼は大道芸人として曲芸をみせたり、宮廷道化師として権力者を挑発したりする。小説は、読者が彼とつきあいながらこの戦争を見聞・体験し、歴史上の人物とも会う形で展開する。

例えば、ボエミア王になった後、戦に負けて権力を喪失したプファルツ選帝侯フリードリヒ5世。ティルは彼のお伴をする。落ちぶれた王様はティルに「クサイから体を洗うように」と言われ、従者も思わず笑ってしまう。王様は無礼者ティルを怒りたくなるが、道化が義務を果たしているだけのことに気がつき、思い直す。

従者はいなくなり、お伴はティルだけになる。ペストにかかった王様は衰弱し、道化の言葉づかいが辛辣でなく丁寧になったことに気がつき、今度は道化らしくないのに憤慨する。ドイツ人読者はこのような箇所にユーモアを感じるようだ。日本人には理解しづらいが。

三十年戦争の特徴は、戦場が限定されなかった点にある。この小説が「戦争はこれまで私たちの町に来なかった」という一節から始まるのも、そうした事情を示している。物語が始まってほどなく、この町にもやはり傭兵団が現れて略奪と狼藉の限りを尽くす。百軒ほどあった家屋は焼かれ、生き残ったのは近くの森で密会していた男女と、半身不随者の3人だけであった。

このような傭兵の略奪や隣国の介入、飢餓や疫病も手伝ってこの国の人口は大幅に減少。南ドイツでは人口が戦争の前の三割にへったといわれる。

当時のドイツは、「神聖ローマ帝国」という超国家機構の下で三百以上の領邦国家に分かれていたが、多くは名ばかりの国家で、領民の安全を守れなかった。

三十年戦争はドイツの国民意識の底でトラウマとして残っているといわれる。秩序や規則を尊重する国民性も、当時の不安や無力感の集団体験から説明されることがある。

著者のケールマンは新聞インタビューで「私たちは現状が安定して変わらないと過信している。確かにドイツが三十年戦争の頃のように直ぐなるなどとは絶対いわないが、それでも」と述べて、独裁国家とはいえ安定した近代国家と思われていたシリアが、簡単に「三十戦争」と同じ状態になったことを指摘した。

この小説は、読者が今という時代を考える上でヒントになるのかもしれない。

あなたはネット通販で、子供の頃見た米映画DVDを注文する。しばらくすると通販会社から、似たような懐かしい映画のオファーが来る。そんなものが見られるなんて知らなかった、痒いところに手を届くなあ、と感心し、また注文。そんなことが繰り返されるうちに、少し薄気味悪くなってくる・・・。だけど、あなたが「QualityLand(クオリティー・ラント)」で暮らしていれば、そんな思いは体験せずに済んだだろう。

1982年生まれの多芸多才な作家マルク=ウヴェ・クリングによる「クオリティー・ラント」は、メルケル首相も大好きな社会のデジタル化が、行き着くところまで行ってしまった社会を描いた風刺小説だ。

クオリティー・ラントでは、あなたの嗜好をシュミレートするコンピューターのアルゴリズムは完璧。あなたのことは何もかも、あなた自身も知らないことさえインプットされているようだ。その証拠に「ショップ」に登録されていると、注文さえしなくてもあなたの気持ちを察して欲しいものを配達してくれる。同じような傾向の商品ばかりを配達して、あなたをうんざりさせることなどあり得ない。あなたの移り気さえも、完璧にシュミレートできるからだ。

寂しく思っていると「クオリティー・パートナー」があなたに最適な相手とデートまでさせてくれる。自動運転車に乗ると、何もいわなくてもあなたが楽しめる場所へと運んでくれる。本当に便利だと思いませんか。

素直になること。自分が、自分が、と自分に固執するのをやめて、何かもアルゴリズムにお任せするほうが、コストもかからずいいのかも。

 


ドイツのベストセラー(フィクション部門)

11月4日付Der Spiegel紙より


1. Flugangst 7A

Sebastian Fitzek  セバスチャン・フィツェック

武器を飛行機に持ち込み、死の願望に駆られる乗客を阻止できるか

2. Origin

Dan Brown ダン・ブラウン

「ダヴィンチコード」の作者の新作。主要舞台はバルセロナ

3. Die Hauptstadt  

Robert Menasse ローベルト・メナッセ

欧州連合の本部・ブリュッセルで働く人々が登場する小説

4. Tyll

Daniel Kehlmann ダニエル・ケールマン

ドイツでよく知られた道化師と共に「三十年戦争」を見物・体験する

5. Die Perlenschwester

Lucinda Riley ルシアンダ・ライリー

「セブン・シスターズ」の第4巻

6. Das Fundament der Ewigkeit

Ken Follett ケン・フォレット

「キングスブリッジ」第3冊目。読みはじめたらやめられない本

7. Wolkenschloss

Kerstin Gier ケルスティン・ギーア

スイスの山奥のホテルでの美しい女性の冒険物語。男性も登場

8. Die Geschichte der Bienen

Maja Lunde マヤ・ルンデ

おいしいハチミツをくれるだけでないミツバチの歴史

9. QualityLand

Marc-Uwe Kling マルク=ウヴェ・クリング

自分がしたいことの判断まで機械にゆだねた世界に対する風刺

10. Durst

Jo Nesbø ジョー・ネスボ

デート相手を見つけるスマホアプリを利用した連続殺人犯の追跡

 

 

『マリウボリから来た母』 美濃口坦 翻訳家兼ライター

歴史に翻弄された母を描いた『マリウボリから来た母』ドイツで読まれてます

[第204回] 美濃口坦 翻訳家兼ライター

ライプツィヒブックフェア文学賞を受賞した『Sie kam aus Mariupol(マリウポリから来た母)』は、母親のルーツをたどる自伝的小説だ。著者のナターシャ・ヴォディンの両親は、ドイツとソ連の戦争中、ソ連の支配下にあったウクライナからドイツに連行され、軍需工場で強制労働に従事した。1945年生まれの著者は、反ソ感情が強い戦後の西ドイツで育ち、学校で差別や迫害を体験。自分たちが「戦争の残骸」と見られていると感じたという。

表紙の女性は母親で、著者が10歳のときに近くの川に身投げした。母のことはウクライナのアゾフ海沿岸にある街マリウポリで生まれたのを知るだけ。死から半世紀以上を経て、その存在感は薄れていくばかりだった。

数年前、著者は冗談半分でインターネットの検索エンジンに母の名前を入れてみたところ、「アゾフ海ギリシア系住民」の消息を尋ねるサイトがヒットした。著者は「自分の心の外でも母が存在する」ことに感動。サイト運営者らの支援を得て、母の過去を取り戻そうとする。

母の生家は貴族で、祖父はマリウポリの資産家。母は3人きょうだいの末っ子で、姉は反政府運動で強制収容所に送られたが、生き延びて教師となった。兄はオペラ歌手として名をなした。著者は彼らの子孫と連絡をとり、母の姉が残した回想録を入手する。

母親を直接知る人はいなかった。ロシア革命直後、内乱と粛清の嵐が吹き荒れた1920年に生まれ、独ソ戦の最中にドイツへ連行されたからだ。

社会主義革命で貴族が「人民の敵」になった国に誕生した時から、母は非人間的に扱われ続けた。だから母は絶えず何かに怯えていたし、自分の出自についても沈黙し続けた。

著者の幼い頃の記憶では、母はドイツ人と結婚したロシア人女性の家で、一度だけ、ショパンの前奏曲「雨だれ」を演奏した。母がショパンの名曲を演奏できたのは、ドイツでは「劣った人間」とされた母が、実は音楽の素養が重視される元貴族の家庭で育ったからだった。

受賞式で著者は「母についての断片的な記憶の意味が分かり、母との関係の空白が埋まった。この小説を書けて思い残すことはない」と語った。

『Die Geschichte der Bienen (ミツバチの歴史)』は2015年にノルウェーで出版されてベストセラーになり、少し前にドイツでも刊行された。作者のマヤ・ルンデはテレビの脚本や児童文学の分野で活動している人で、本書は彼女が大人のために書いた最初の小説である。

小説というジャンルを借りて、ミツバチの歴史を描くために著者は三つの物語を用意する。

一番目の物語は1852年、英国・ハートフォードシャー州の生物学者、ウイリアムが主人公だ。学者への道がとざされ、大家族を養うためにはじめた種屋商売もうまくいかない彼は、蜂を効率よく養える工夫が施された近代的な養蜂箱を設計する。

次の物語の舞台は2007年、米国のオハイオ州。養蜂場を経営するジョージは息子に跡を継いで欲しいと思っているが、カレッジに通う息子は、ジャーナリスト志望で気が進まない。そのうちにジョージの養蜂場では、ミツバチが帰ってこなくなり、コロニーがどんどん消えていく。養蜂場拡大路線を進めてきた父親は絶望する。

三つ目の物語は2098年、中国・四川省の果樹園女性作業員タオを主人公とする。木に登り、筆で花を受粉させるのが彼女の仕事だ。タオは一人息子を大事にし,いい教育を受けさせたいと願っている。

ある日親子3人が果樹園でピクニックをしていたところ、息子が急に倒れて呼吸困難に陥り気絶。病院に連れていくと、その後両親は息子に会えなくなり、しばらくして、息子が北京の病院に送られたという連絡を受ける。タオは北京に行き息子をさがすが、どの病院にもいない。北京の町は治安が悪く、住民数も少なくなっている……。

本書の特色は、21世紀末のタオの話が語られていたかと思うと、次は19世紀半ばのウイリアムに移り、しばらして21世紀初頭のジョージになるといった具合に、行ったり来たりしながら小説が進行する点にある。

三つの物語は時代も場所も異なるが、話は決してバラバラにならず、読者は最後まで小説に引き込まれながら、「ミツバチの歴史」と取り組むことなる。

本書は評判がよく、30カ国で翻訳刊行されるだけでなく、映画化も準備されているという。

マルティン・ズーターの『Elefant(象)』に登場するショッホさんはスイス・チューリヒの町のホームレスで、川辺の傾斜にできた洞穴をねぐらにしている。ある日酔っぱらって「帰宅」した彼は自分の目が信じられない。洞穴の中に玩具の小さな象がいて、暗闇のなかでピンク色に輝いているのだ。これまでコンドームや麻薬用注射器の置きっぱなしはあったが、子どもが玩具を置き忘れていたことなどなかった。

ショッホさんは、酔いからさめると、この象が生きていることに気づき、世話をするうちに情を覚えるようになる。食中毒になった象を心配し、獣医に連れていったほどだ。

長さ40センチ、高さ30センチのこの象は、実はスイスの遺伝子工学関係会社の社長を務めるルー博士がデザインし、サーカスの本当のメス象を代理母として、誕生させたものだった。普通の大きさの象になるはずであったが、どこかで間違ってこんなに小さくなったのだ。ルー博士は小さな象を何頭も製造し、アラブの富豪に子供用の玩具として売ることを夢見る。

小説は、ルー博士と同じような理由からピンク色の象を利用しようとする人々と、それに反対して邪魔しようとする人々との対立によって進行していく物語である。後者はこの象の世話をする人たちであり、また治療をする獣医である。彼らはショッホさんと同じ理由で、小さくてか弱いピンク色の象に対して情を抱くようになったのだ。唯一の例外はサーカスで象のお世話係を務めるビルマ人で、彼にとってこの象は宗教的な崇拝の対象になっていた。

遺伝子操作して生き物をデザインすることに対して、著者のズーターが断固とした立場を取らなかったことを批判する人がいた。だが、作者の意図は奇妙な象を巡るおもしろい話をつくることだけで、読者もそれ以上は期待していない。だからこそ、彼の作品は娯楽作品として傑出しており、おもしろいほどいつもベストセラーになるのだ。

 

マルティン・ズーターの『Elefant(象)』に登場するショッホさんはスイス・チューリヒの町のホームレスで、川辺の傾斜にできた洞穴をねぐらにしている。ある日酔っぱらって「帰宅」した彼は自分の目が信じられない。洞穴の中に玩具の小さな象がいて、暗闇のなかでピンク色に輝いているのだ。これまでコンドームや麻薬用注射器の置きっぱなしはあったが、子どもが玩具を置き忘れていたことなどなかった。

ショッホさんは、酔いからさめると、この象が生きていることに気づき、世話をするうちに情を覚えるようになる。食中毒になった象を心配し、獣医に連れていったほどだ。

長さ40センチ、高さ30センチのこの象は、実はスイスの遺伝子工学関係会社の社長を務めるルー博士がデザインし、サーカスの本当のメス象を代理母として、誕生させたものだった。普通の大きさの象になるはずであったが、どこかで間違ってこんなに小さくなったのだ。ルー博士は小さな象を何頭も製造し、アラブの富豪に子供用の玩具として売ることを夢見る。

小説は、ルー博士と同じような理由からピンク色の象を利用しようとする人々と、それに反対して邪魔しようとする人々との対立によって進行していく物語である。後者はこの象の世話をする人たちであり、また治療をする獣医である。彼らはショッホさんと同じ理由で、小さくてか弱いピンク色の象に対して情を抱くようになったのだ。唯一の例外はサーカスで象のお世話係を務めるビルマ人で、彼にとってこの象は宗教的な崇拝の対象になっていた。

遺伝子操作して生き物をデザインすることに対して、著者のズーターが断固とした立場を取らなかったことを批判する人がいた。だが、作者の意図は奇妙な象を巡るおもしろい話をつくることだけで、読者もそれ以上は期待していない。だからこそ、彼の作品は娯楽作品として傑出しており、おもしろいほどいつもベストセラーになるのだ。

Minoguchi Tan

翻訳家兼ライター。1974年にミュンヘンに移住。80年から約20年、書店を経営。共訳書にアイベスフェルト『比較行動学』(みすず書房)。

 

ドイツのベストセラー(フィクション部門)

5月6日付Der Spiegel紙より


 

1. Die fremde Königin

Rebecca Gablé レベッカ・ガブレー

中世の騎士物語シリーズ「オットー大帝」第2弾

 

2. Grand Prix

Martin Walker マーティン・ウォーカー

「警察署長ブルーノ」シリーズ新作。ブルーノがクラシックカー・ラリーに取り組む

 

3. Selfies

Jussi Adler-Olsen ユッシ・エーズラ・オールスン

カール・マーク警部補が活躍する「特捜部Q」シリーズ第7作

 

4. Die Geschichte der Bienen

Maja Lunde マヤ・ルンデ

おいしいハチミツをくれるだけでないミツバチの歴史

 

5. Das Labyrinth der Lichter

Carlos Ruiz Zafón カルロス・ルイス・サフォン

「忘れられた本の墓場」シリーズ最終巻。フランコ政権下のバルセロナ

 

6. Meine geniale Freundin

Elena Ferrante エレナ・フェランテ

2人の少女の友情の絆・ナポリ4部作の第1巻

 

7. Das Juwel. Der Schwarze Schlüssel

Amy Ewing エーミー・ユーイング

宮廷を舞台にした少女小説「宝石」第3巻。黒色の鍵

 

8. Elefant

Martin Suter マルティン・ズーター

遺伝子工学から生まれた小さな象を巡る強欲と憧れの物語

 

9. Sie kam aus Mariupol

Natascha Wodin ナターシャ・ヴォディン

ウクライナからドイツに連行された亡き母の「過去」を回復

 

10. Schlafen werden wir später

Zsuzsa Bánk ツージャ・バンク

2人の女性、家庭をもつ作家と独身の教師の間の書簡小説