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欧州の「打ち出の小づち」-  ターゲット2問題について(2)

発行:2013/01/28

概要

前回に続き、ユーロ圏加盟国の中央銀行間の決済システムであるターゲット2について解説する。ターゲット債務と債権が増大しているという現象について考えることは、ユーロ危機を別の角度から理解する鍵となるだろう。

資金の一方通行な流れ
前回述べたように、ユーロ圏の決済システム、ターゲット2(Trans-European Automated Real-time Gross Settlement Express Transfer System)では、欧州中央銀行(ECB)に対してギリシャなど周縁国の中央銀行の債務が増えるとともに、ドイツ、オランダなど中核国の中央銀行の債権が増大し、山積みしていく。

ターゲット2による債務・債権の変動を示した【グラフII】から分かるように、1999年から2007年までは小幅な動きのみで、ゼロから多少上下するだけであった1
当時も周縁国はドイツから輸入し、その代金の流れは今と同じで、ECBに対してギリシャの中央銀行に債務が、ドイツ中央銀行には債権が発生していたはずである。ところが今のように山積みしなかったのは、2007年までは中核国から周縁国に向かう資金の太い流れがあったからである。

【グラフII 山積みするターゲット債務・債権】 (単位:10億ユーロ)
M304-0003-21

例えば中核国の銀行が、高成長する周縁国の銀行や企業に貸付金を供与していた。また裕福なドイツ人が、老後には冬が暖かいスペインで過ごすために分譲住宅を購入していた。どちらの場合もECBに対して中核国ドイツの中央銀行に債務が発生するが、この債務と、ドイツからの輸出品代金の支払いで発生する債権とが相殺される。このようにユーロ圏内で資金が両方向に流れていたときには、ターゲット2の均衡が保たれていたのだ。
世界金融危機により資金の流れが一方通行になった途端、ターゲット債務が周縁国に、債権が中核国に偏在するようになり、ターゲット2の不均衡が生まれたこととなる。

【グラフIII】と【グラフIV】は、ターゲット債権額と債務額を国別に表示したものである2。まず【グラフIV】のターゲット債務国について見てみると、グラフにはないキプロスの債務額110億ユーロを加算した6カ国の債務総額は9,700億ユーロに及ぶ。債権はルクセンブルクやオランダなどの国にもあるが、欧州の経済大国ドイツが7,270億ユーロで断トツである。ちなみにこれはドイツ国家の年間予算の2倍以上に相当する金額である。

【グラフIII 主要ターゲット債権国】 (単位:10億ユーロ)
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【グラフIV 主要ターゲット債務国】 (単位:10億ユーロ)
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周縁国は経済的窮状にあるというのに、裕福なギリシャ人、スペイン人、イタリア人が、ベルリンやミュンヘンなどドイツの主要都市で不動産を購入していることが報道されている3。これらは中核国から以前と同じように輸入して代金を支払う。だからこそ、ターゲット2に債務が山積みするのであるが、周縁国が支払う資金はいったいどこから出現するのだろうか。

欧州金融安定ファシリティー(EFSF)などから財政難に陥った周縁国に支援の手が差し出される。こうして流れ込んだ資金は、ECBに対する周縁国の中央銀行の債権になり、輸入代金の支払いに当てられた途端債務になるため、両方向に流れる以上、ターゲット2に蓄積する資金の出所にはならない。
それでは周縁国には「打ち出の小づち」のようなものがあるというのだろうか。この点を理解するにはECBではなく、各加盟国の中央銀行に注目する必要がある。

特別ルートによる支援
2007年夏、米国発の世界金融危機によりインターバンク市場が機能しにくくなった。当時ECBは、加盟各国の中央銀行にそれぞれ国内で流動性を確保するために市中銀行に資金の貸付(リファイナンス・オペ)を実施させる。翌年のリーマン・ショック後、供与の量的制限を撤廃しただけでなく、担保基準をAAA-からBBB-に緩和した。

この措置は成功で、2009年初めまでにはインターバンク市場も回復し、同年夏には景気も上向きに転じる。しかし状況が改善したのは中核国だけで、周縁国に対する不信感を消すことはできず、前回の【グラフI】にあったように、高い利息を支払わない限り、資金が流入しなくなった。

こうした状況においてECBは、非常措置だったはずのリファイナンス・オペを継続するしかない。その目的も、もはや国内での流動性確保でなく、財政破綻しかかった周縁国が、民間ルートで高金利を払わないで、経常収支の赤字を補填(ほてん)できるようにするためである。周縁国に対するこの特別ルートでの支援が可能になったのは、ECBが担保基準の緩和を繰り返し、各加盟国の中央銀行が自国銀行に対して資金供給の継続をできるようにしたからである。

ギリシャ国債を2010年5月13日に、アイルランド国債を2011年3月31日に、ポルトガル国債を2011年6月7日に、担保基準適用の対象外にした。この結果、加盟国の中央銀行は何事もなかったかのように、引き取り手がなくなった該当国の国債を担保として認め、資金供給を継続することができた。
周縁国が多数派を占めるECB理事会は「質草」不足に理解を示し、2011年12月と2012年6月の2回にわたって、民間企業や他の銀行に対する貸付債権を束にした資産担保証券(ABS)を担保として受け入れることができるようにした。さらに2012年2月からは民間企業に対する貸付債権も担保として認められるようになる。

このような事情から、スペインの中央銀行で担保として認められたABSには、クリスティアーノ・ロナウド選手獲得のためにレアル・マドリードに供与された貸付債権も含まれていた。また、ポルトガルの中央銀行では返済期日「西暦9999年12月31日」の債権が担保になっていた4

しかし、どんなに基準を緩和しても担保になる債権は不足するようで、周縁国の中央銀行が担保なしに自己責任で貸し付けることができる緊急流動性支援(ELA)が活用されている。周縁国の中央銀行が返済の責任を持つといえども、安心できないという人がいるかもしれないが、担保の評価にしろ、貸付金が供与される銀行の将来性についての判断にしろ、各加盟国の中央銀行の裁量に委ねられている。

中央銀行が無価値の債権を担保にリファイナンスクレジットを供与することは、紙幣を増刷していることと変わらない。周縁国がこの「打ち出の小づち」をいつまでも振り続けているので、キール世界経済研究所は「4年間も継続するこの緊急措置は中央銀行の権限の乱用だ」と批判し、Ifo経済研究所のジン所長も「周縁国にドイツ国民のクレジットカードを預けたことに等しい」としている。

【グラフV 周縁国支援】 (単位:10億ユーロ)
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上の【グラフV】は、2012年7月末の時点の数字を基に、特別ルートからの支援と、EUサミットやECBなどによる支援の大きさを比較するために作成した5

最上段の9,700億ユーロは、ギリシャ、イタリア、アイルランド、ポルトガル、スペイン、キプロスの周縁国の中央銀行のターゲット債務総額である。その下の2,110億ユーロはECBが購入した周縁国・国債の総額で、国際通貨基金(IMF)などからギリシャ、アイルランド、ポルトガルへ流れた支援金額がその後に続く。これら表舞台での支援総額は4,660億ユーロにすぎず、特別ルートによる支援9,700億ユーロの半分にも及ばない。

国内でしか通用しない通貨を持つ国ならば、輸入ばかりしていると外貨準備が減少して、輸入を制限する必要がある。しかしユーロ圏の周縁国は、そのような不便な思いをしないで済むだけでなく「打ち出の小づち」を振っているという認識もほとんどないであろう。
もし、そのような国がユーロ圏から脱退したら、ターゲット債務が支払われない可能性が強いのではないだろういか。というのは、もともと加盟国のユーロ圏脱退は想定外であったため、この点について規定がないからである。

こうした事情から、周縁国のターゲット債務が増えるにつれ、これらの国々のユーロ圏脱退によって回収不能になる中核国側のターゲット債権額も高くなる。ドイツをはじめ中核国側は、この事態を恐れるうちに、譲歩するしかない立場になると考えられる。Ifo経済研究所のジン所長が恐れるのはこの点で、だからこそ彼の著書のタイトルは「ターゲットのわな」なのである。

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1 tefan Kooths;Björn  van Roye:Euroraum:Gemeinsame Währung-Nationales Geld. Kiel Policy Brief Nr. 51, Juli 2012. Institut für Weltwirtschaft Kiel.  16ページ。
2 Ifo経済研究所のハンスウェルナー・ジン所長の著書「Die Target-Falle」176ページ(2012年8月8日に得ることができた数字に基づいて作成されたグラフの一部を省略したもの)。
3 http://www.focus.de/immobilien/kaufen/auslaendische-investoren-treiben-die-preise-griechen-kaufen-berliner-immobilienmarkt-leer_aid_883342.html
4 ジン所長の著書「Die Target-Falle」156ページ。
5 ジン所長の著書「Die Target-Falle」272ページの数字を基に筆者作成。

M304-0003-2
(2013年1月4日作成)

欧州の「打ち出の小づち 」 - ターゲット2問題について(1)

発行:2013/01/21

概要

ターゲット2とはユーロ圏加盟国の中央銀行間の決済システムである。ユーロ危機勃発と同時に、ギリシャなど周縁国の中央銀行の債務と、ドイツなど中核国の中央銀行の債権が増大している。この現象について2回にわたって解説する。

欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁が財政難に陥った周縁国の国債を無制限に買い取ると表明して以来、ユーロ危機は収束へ向かっているといわれる。しかしユーロ圏内の構造的・制度的問題が解決されたわけではない。ターゲット2問題がその一つで、金額からいうと、よく報道される欧州金融安定ファシリティー(EFSF)や欧州安定メカニズム(ESM)などによる支援、ECBによる財政難に陥った国の国債買い取りなどよりもはるかに大きな問題である。ところが専門的であるためか、メディアではあまり取り上げられていないようだ。

【ターゲット2のフローチャート】
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「ターゲット2」は、ユーロ圏加盟国・中央銀行とECB間の決済システムであり「Trans-European Automated Real-time Gross Settlement Express Transfer System」を略したもので、プログラムが第二世代であるために「ターゲット2」と呼ばれている。「2」を省略し「ターゲット」と呼ぶこともあるが、どちらも同じである。

例えば、ドイツのメーカーから商品を購入したギリシャ企業は、自国内の銀行口座から代金を支払う。代金はこの市中銀行からギリシャの中央銀行、ECB、ドイツの中央銀行を経由し、ドイツのメーカーの銀行口座に振り込まれる。上のフローチャート1はこの経過を示しており、矢印は資金の流れである。国境を越えて資金が流れるため、ギリシャの中央銀行とドイツの中央銀行の間に支払い代金の貸借関係が発生するが、フローチャートの下部に記したように、各加盟国の中央銀行同士の債権・債務が束にされて、営業日ごとに加盟国中央銀行間の債権・債務は相殺され、ネットポジションを各加盟国中央銀行のECBに対する債権・債務として移される。
問題視されているのは、ECBに対してギリシャなど周縁国における中央銀行の債務が、ドイツやオランダといった中核国の中央銀行の債権として増大し、山積みされていく現象である。

初めてターゲット2の不均衡問題を指摘したのは、2011年初めのころ、ミュンヘンにあるIfo経済研究所のハンスウェルナー・ジン所長であった。同所長の見解は、当初はあまり理解されなかったが、その後いろいろな議論を通じて受け入れられるようになった。
Ifo経済研究所とは反対の立場に立つことが多いキール世界経済研究所の経済学者も「ターゲット2問題を現状のままにすると、ユーロ圏崩壊の危険が高まるばかりだ」2という警告を発している。

M304-0003-12 最近、Ifo経済研究所のジン所長は「Die Target-Falle(ターゲットのわな)」(写真左3)を発表し、この専門的な問題を分かりやすいように記述した。400ページにも及ぶこの著書は、ユーロ危機をより構造的に理解したい人にとって役立つといえよう。

ターゲット2問題を理解するためには、まず、ユーロ導入によって資金の流れがどのように変わったかに注目しなければならない。【グラフI】は、1985年から2012年までの10年物国債の利息変動を示す4。なお、ドイツの週刊誌「シュピーゲル」によると、この国債利息変動グラフはメルケル首相の大好きな資料の一つで、EUサミットに出掛けるときには必ず自分の手元に用意しておくそうだ5


【グラフI ユーロ導入と10年物国債利息の変動】

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ユーロ危機が始まって以来、周縁国の国債金利が7%や8%になるとユーロ圏崩壊が心配される。しかしこのグラフから分かるように、ユーロ導入以前の1980年代は金利が2桁になることも珍しくなかった。その理由は、これらの国々が自国通貨を切り下げて借金を目減りさせたからである。

1995年のマドリード会議におけるユーロ導入の正式決定から、世界金融危機が始まる2007年まで周縁国で発生したのは、低金利の資金が流れ込み開始した経済ブームであった。しかしインフレなどにより、これらの国々は競争力を失う。

この期間における周縁国の物価上昇率を記す。かっこの中の数字は、ゴールドマン・サックスが試算した、競争力回復に必要な下げ幅である。ギリシャ60%(-30)、アイルランド57%(-0から5)、スペイン52%(-20)、ポルトガル45%(-35)、イタリア36%(-10から15)、フランス22%(-20)といった具合で高い上昇率である6
アイルランドが競争力をほぼ回復しているのは、同国の危機が世界金融危機と関連していて、2007年という早い時期からユーロ圏からの支援を当てにせず、自助努力を始めていたからである。

参考までに中核国の代表としてドイツの数字を挙げる。同期間の物価上昇率は9%。当時資本が国外に流出し、国内では投資がなかなか行われず、不景気・低成長によって失業者が増加し、物価も賃金も上昇しなかったからである。ユーロ導入によってドイツが得をしたと主張する人がいるが、この点を考慮すると理解しにくい7

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1 フローチャートは筆者作成。
2 Stefan Kooths;Björn van Roye:Euroraum:Gemeinsame Währung-Nationales Geld. Kiel Policy Brief Nr. 51, Juli 2012. Institut für Weltwirtschaft Kiel.
3 筆者撮影。
4 ジン所長の著書「Die Target-Falle」76ページより。
5 「シュピーゲル」50号、2012年12月1日号、22ページ。
6 ジン所長の著書「Die Target-Falle」110ページ。
7 「ドイツが得した」という説はドイツがたくさん輸出したという意味でいわれることがあるが、ユーロ導入以前より導入後にドイツの輸出に占めるユーロ圏の割合が60%から40%近くに低下したことである。

M304-0003-1
(2013年1月4日作成)