イノベーション」タグアーカイブ

特許とイノベーション能力(2)

特許とイノベーション能力(2)

  • 発行:2016/12/15

概要

今や国際社会ではイノベーション能力を査定する試みが盛んである。例えば、グローバルイノベーションインデックス(GII)もその一つだ。この種のインデックスでは、ドイツなど伝統的な工業国のイノベーション能力はあまり高く評価されない。その理由の一つは、イノベーションの重心が技術からビジネスモデルやソフトウエアへ移行しつつあるからである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ドイツはとうとうベストテン入り」とドイツのメディアは喜びを隠せない。これは2016年夏にグローバルイノベーションインデックス(GII)が発表された時のことだ。ドイツは2015年に12位であったのが、2016年には10位に躍進した。

GIIはコーネル大学、フランスの有名なビジネススクール・インシアード(INSEAD)、世界知的所有権機関(WIPO)が2007年から共同で各国・地域のイノベーション能力を査定し、ランキングを作成している。GII以外にも、今や国際社会で国民のイノベーション能力を評価し順位をつけることがいろいろな機関によって試みられている。
また、国単位でなく企業のイノベーション能力のランキングリストも少なくない。イノベーションでなく、競争力についての順位づけもある。この場合、イノベーションは競争力の重要な要素と思われているせいか、査定基準もかなり重なる。

小国に有利
このようなランキングリストを見ていて面白いのは、結果がいつも同じではなく、作成者が異なったり時間が経過したりすると、同一の国・地域でも順位が上がったり下がったりする点である。このGIIもそうだ。

表1は2008/2009年から2016年までのベストテンを示す。ここに表示できなかったが、最初の年である2007年のランキングは1位:米国、2位:ドイツ、3位:英国、4位:日本、5位:フランス、6位:スイスという順番であった。表1にこの結果を加味すると、ドイツも日本も最初の2年間はベストテンに入っていたが、2009/2010年を境にベストテンから落脱。長年低迷した後、2016年にドイツはベストテンに復帰、日本もやっと16位に上がることができた。

【表1:GIIのベストテンの推移1
M305-0037-1

でも、どうして伝統的な工業国の日本、ドイツがこのGIIでは苦戦を強いられるのだろうか。この点を考える上で重要な評価基準の特徴は、多数の指標をイノベーションの前提条件となるインプットと、その結果というべきアウトプットとに区分することである。

前者のインプットに属するのは、政治的安定や行政関係の指標を含む「制度」、教育や研究に関する指標の「人的資本・研究」、情報通信技術(ICT)・物流に関する指標の「インフラ」、信用と投資に関する指標の「市場の洗練度」、知識集約的雇用、産学共同研究、ライセンス料の支払いなどの指標に関する「ビジネスの洗練度」といった具合に全部で5項目ある。
後者のアウトプットの方は、特許出願、ライセンス料の受け取り、労働人口1人当たりの成長率などの指標を含む「知識と技術のアウトプット」と、ICTおよびビジネスモデルの創出、創造的商品の輸出などの指標からなる「創造的アウトプット」という2項目からなる。

このように全部で7項目あり、それぞれに個々の指標が含まれており、その数は80以上と多岐にわたる。該当国の一般的な政治状況や経済の状態を示す指標も多い。いろいろな要因があって、それらが相互に関連してイノベーションにつながるといわれれば、そうかもしれないというしかない。とはいっても、かなり想像しにくい指標も多い。例えば「インフラ」の項目に含まれる「電力消費量」もそうである。確かに電気がなければイノベーションどころではないが、電気を使って豊かな生活を送るようになったからといって、イノベーションを生み出すとは限らない。

次に、指標ごとにスコアが計算されて順位がつけられる。それらが総括されて項目ごとにもスコアと順位が出てくる。上記の表1は、これらの個々の結果が考慮されてでき上がった総合評価というべきランキングである。

GIIは規模も経済的な発展段階もかなり異なる140以上の国・地域を可能な限り公平に扱わなければいけない。しかし数がこれほど多くなると、ばらつきが大きくなり、平均値に近いところにある国々や地域の違いが適切に表現されなくなる。小さな国に対して公平であろうとしているうちに、いつの間にか「げた」を履かせることになる。
この点については例を出した方が分かりやすいかもしれない。「知識と技術のアウトプット」という項目の中に「国際特許出願(購買力平価ベース国内総生産(GDP)比)」という指標がある。2014年のこの指標のランキングは、バルバドスが断然トップの1位、2位:フィンランド、3位:スイス、4位:日本、5位:スウェーデン、6位:韓国、7位:デンマーク、8位:ルクセンブルク、9位:ドイツ、10位:オランダで、スコアを基に棒グラフを作成すると図表1のようになる。

【図表1:主要国の国際特許出願件数(2014年)】
M305-0037-2
出所:GIIの資料を基に筆者作成

バルバドスはカリブ海にある人口約28万人の小さな島国だが、GDPを考慮するとこうなるのかもしれない。しかし奇異な感じは否めない。GIIでは小国の方が有利になるといわれるが、いろいろな指標で似たような「小国ボーナス」があるのかもしれない。

工業国に不利?
表1が示すように、伝統的な工業国のドイツと日本が2009/2010年にベストテンから消える。なぜそうなったのかは、指標やスコアを眺めていても理解しにくいところがある。ドイツに与えられるスコアが低くなり、また順位も急降下する指標が幾つか見られる。例えば「市場の洗練度」の項目の中に「海外直接投資純流入額(BoP、米ドル)」がそうで、前年3位だったドイツの順位は突然113位に下がる。

GIIには一般的な指標があることにはすでに触れたが、疑問に思われる指標も少なくない。「ビジネスの洗練度」の項目に属する指標で「総貿易に占める知的財産権・ライセンス料の支払いの割合」(アイルランド)、「総輸入額に占めるハイテク商品輸入の割合」(コスタリカ)、「総貿易額に占めるICTサービスの支払いの割合」(ブータン)がそうである。上記指標の後のカッコの中に、2016年度のそれぞれの指標ランキング・トップの国を表示した。アイルランドもコスタリカもブータンも、一般的には特にイノベーション能力の高い国とは見なされていない。だが、この指標での順位が高いのは、ハイテク商品を大量輸入したり、ICTサービスの需要が大きかったり、また知的財産権のロイヤリティーやライセンスをたくさん支払ったりするなどして、知識を熱心に吸収しようとした結果であり、イノベーション能力の高い国に発展する可能性を秘めていることになる。

とはいっても、自国で研究開発し、ハイテク商品を作り(そのためにあまり輸入しない)、ライセンス料を支払わないで済ませようと努力しているドイツや日本のような国は、これらの指標を適用するとスコアが低くなる。上記のライセンス料の支払い、ハイテク商品の輸入、ICTサービスの支払いといった指標での両国の順位はドイツが56位、26位、30位、日本が7位、16位、49位で、これらは両国の総合順位を下げることにつながっている。

国民は未来のイノベーション能力のために輸入ばかりしているわけにはいかず、輸出にも励まなければいけない。そのために企業は自力で研究開発を行い、イノベーション能力を展開し、競争力を維持しなければならない。国家(政治)も適切な経済秩序を築き教育制度を整備してこれを援護してきた。ドイツ経済は国民・企業・国家が絡み合ってうまく機能し曲がりなりにも何とかやってきたのである。このドイツモデルでは、イノベーションにおいて企業が重要な役割を演じる。ところが、GIIはこの側面を軽視するきらいがある。「ビジネスの洗練度」の項目にあった「研究・開発に対する企業支出」「企業レベルでの技術吸収」「顧客志向の程度」などの初めの頃にあった指標がいつの間にか消えてしまうのもその例証である。

ドイツでは教育や研究は国家の課題で、人々は国内で受ける教育だけで満足するのが一般的である。「高等教育を受ける人口のうち海外へ留学する人の割合」という指標の2013年のランキングでは、ドイツの順位は52位と低い。外国に留学することが一応は奨励され箔付けにはなっても、そこで取得した卒業資格が高く評価されているわけではない。

また「高等教育機関在籍者における外国人留学生の割合」という指標で、ドイツの2016年の順位は25位である。これは、ドイツの大学は国立で授業料も無料同然で、授業料が高い英米の大学へ行くことができない人が大挙して東アジアから来るためであると説明される。ドイツは、世界中から優秀な人材を集めて自国の研究水準を高めたいという願望はあまり強いとはいえない。研究も国内の財源で賄われるのが通常で「海外で資金提供される研究開発費」という指標についても、ドイツは2016年65位と順位が低い。ちなみに日本は95位ともっと低い。

イノベーションの意味の変化
2007年からの変遷を眺めていると、GIIには国境という帷(とばり)を取り除くことがイノベーションにつながるという考え方が初めにあり、同時にそれを推進したいという側面がある。とはいっても、現実はかなり複雑である。2016年のGIIでは日本は10位のドイツより順位が低い16位であるが、企業レベルでのインデックスになると事情は異なる。例えば、トムソン・ロイターの「Top 100グローバル・イノベーター」では日本から40社も入っている2。このような結果となるのは、特許などのアウトプットに焦点を絞っているからだ。ドイツでは(企業レベルでも国単位でも)アウトプットに近い指標が重要視されると、自国のランキングが上昇するとよく言われる。

それでは、なぜ伝統的工業国のイノベーション能力が高く評価されないのだろうか。大きな理由の一つは、イノベーション観がかなり変わったこととも関係がある。しばしばイノベーションの非連続性や破壊的性格が指摘され、例として挙げられるのはカメラのアナログからデジタルへの転換であったり、携帯電話からタッチパネルのついたスマートフォンへの移行であったりする。企業にとって、その結果はドラマチックである。

しかし問題は、破壊的イノベーションや技術的発展の非連続性などといった理屈っぽい話でない。本当のところは、過去の成功が未来の成功の足かせになるだけである。上記の例についてもよく言われるが、企業は成功をもたらした発想に固執し、見慣れないことや聞き慣れないことは現実として存在しないように見てしまうことがある。また、これもよく言われることであるが、どこの組織も日々の仕事で忙しいため、見たいことや聞きたいことを見聞きするだけで十分なのである。

こうして長年の技術的問題を解決しようと努力しているうちに、市場のニーズの方も問題の方も変わってしまう。研究開発も特許出願も自己目的になってしまい、大企業ではビジネスチャンスにつながらないだけでなく、何のために取得したか分からなくなった特許がたくさんあるといわれる。

こうならないためにスタートアップがどんどん生まれるのが望ましいのであるが、ドイツではなかなかうまくいかない。そこで、ドイツでその必要性が強調されるのがコミュニケーションである。自社が走る路線を客観視できないといけないが、そのためにも社の内外でのコミュニケーションやディベート文化の推進が重要になる。これは、よく言われるオープンイノベーションに通底する考え方でもある。この側面はイノベーションマネジメントセミナーでも重視され、大学でも関連講座が設置される。また、企業と大学の共同研究や、外部の企業との技術提携などの必要性がかつて以上に強調されるのは、同じ理由からである。

次の大きな変化は、一見イノベーションの技術離れのように見える現象で、より正確に言えば、技術の重要度の相対的低下である。この事情は、Strategy&から発表された世界の上場企業1,000社を対象にした「2016 Global Innovation 1000 study」3でも指摘されている。それは、研究開発予算で製品そのものに向けられる割合が縮小し、反対にソフトウエアとサービスの方に向けられる割合が拡大する傾向にある点である。ここでいう「製品そのもの」とは「ものづくり」でいえば「もの」で、技術によって物理的に存在するようになった部分である。

【図表2:研究開発予算の割合4
M305-0037-3

M305-0037-4

M305-0037-5

かつては研究開発といえば技術者が製品を開発することで、イノベーションとは技術革新であったのが、その時代がとっくに終わっていることが図表2からも分かる。製品(技術)の割合が2010年の46%から2020年には37%まで下がると予測されているが、これがすでに述べた技術の重要度の相対的低下の意味である。

以前は研究開発予算と関係のなかったサービスがここで登場するのは、現在進行中の「IoT(モノのインターネット)」や「インダストリー4.0」で、サービスのデジタル化である。これをどう進めるかは、どのようなビジネスモデルを構築するかによる。こう考えていくと、イノベーションの重心が技術からソフトウエアとビジネスモデルの方向へ移行しつつあることが分かる。

****************************************************************************
1 GIIのデータ・ソースは年報。
gii-2007-report.pdf, gii-2008-2009-report.pdf, gii-2009-2010-report.pdf, gii-2011-report.pdf, gii-2012-report.pdf, gii-2013-report.pdf, gii-2014-report.pdf, gii-2015-report.pdf, gii-2016-report.pdf
日本人の手による詳細な解説が作成されている。
http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/3efaa2bfd3dc7b215fe4a0bbd1a508ea.pdf
2 http://static.latribune.fr/521753/classement-entreprises-innovantes.pdf
3 http://www.strategyand.pwc.com/innovation1000
http://www.strategyand.pwc.com/de/home/Presse/Pressemitteilungen/pressemitteilung-detail/2016-global-innovation1000-study-de
4 同上。

M305-0038
(2016年11月16日作成)