ポスト原発・ドイツの電力事情

  • 発行:2011/04/13

概要

メルケル独首相は日本の福島原発事故を受けて、ドイツ国内の7基の原発を止めてしまった。国民の反応を見ると、ドイツは2000年のシュレーダー政権時に決定した「脱原発」に戻る可能性が少なくない。この選択は再生可能エネルギーを利用するということであるが、そのためにはインフラの整備が必要になる。

日本の福島原発事故を受け、メルケル首相は、1980年以前に操業を開始した原子力発電所の稼働を3カ月間停止させることを決定した。これは安全点検のためであるが、ドイツ国内に全部で17基ある原発のうちの7基が該当する。

【図1 ドイツの発電 2010年(発電方式別内訳)】
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【図2 ドイツの電力輸出入】
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隣国フランスには、58基の原発があり、発電量全体の70%以上を原子力が占める。それに比べると、ドイツはあまり原発が盛んな国とはいえない。とはいっても、図11からもわかるように、発電量の4分の1に近い22.6%を原子力から得ている。7基も止めて支障を来すことはないのだろうか。このような心配に対して政府は「ドイツは電力の過剰生産で、輸出するほどだ」と説明1。確かに、図2が示すように1、ドイツは数年前から電力輸出国に転じている。

1998年に成立した緑の党と社民党の連立政権(シュレーダー首相(社民党))は、電力業界と交渉の末、2000年に運転中の原発について、総運転期間を32年として算出した総残存発電量を発電した後、停止することで合意。これがドイツの「脱原発」であり、2025年には最後の原発が閉鎖される予定であった。ところが、2009年にキリスト教民主(社会)同盟と自民党が選挙に勝ち、7年もしくは14年間の稼働期間延長を決定した。今回、安全点検のために3カ月間原発を止めることは、この稼働期間延長決定の棚上げ(モラトリアム)を意味する。

M305-0003-3ドイツ社会では、原子力を「再生可能エネルギーの本格的な実用化までの橋渡し(=過渡期の技術)」と見なす点でコンセンサスができているといわれる。与野党の争点はこの過渡期をどうするかの問題になる。現在、反原発デモも盛んで、緑の党も地方選挙で得票を伸ばし、国民の感情はこの過渡期を短くする「脱原発」の方向へ向かっているようだ。こうなった場合、ドイツの電力界はどのような課題に直面するのだろうか。

ここで図1に戻ると、その活躍が期待される再生可能エネルギーは2010年に16.5%となっているが、1990年には3.6%、2000年は6.6%であったので、これまでの政策で着実に伸びてきたことになる。2010年の再生可能エネルギーによる発電の内訳は、風力が5.9%、バイオマス4.6%、水力3.2%、太陽光1.9%である1

【図3 ドイツの発電 2030年(発電方式別内訳予測)】
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次に、図3ではドイツ連邦環境省の予測した数字を参考に、ポスト原発時代の2030年の発電方式別内訳を表示した2。水力5.0%、太陽光3.8%、風力24.6%、バイオマス7.3%、地熱0.9%で、再生可能エネルギーは発電量全体の41.6%を占めている。現在16.5%にすぎないものが、40%を超したことから、再生可能エネルギーの利用が本格的になったと感心する人がいるかもしれない。しかし、この印象は数字の背後を見ていないことになる。

このことを理解するために、褐炭、石炭、天然ガスといった化石燃料に注目すると、2010年は56.0%、2030年は58.4%で、特に天然ガスは13.6%から20%以上に増大している。つまり、再生可能エネルギーへの橋渡しが原子力から天然ガスに変わっただけということになる。

これは、二酸化炭素放出の増大を意味し、「脱原発」を推進するドイツ環境派の本意ではない。そうなる理由は、(ドイツで期待されていない水力以外の)再生可能エネルギーの性格のためで、風任せであったり、お日さまが雲の背後に隠れてしまったりして供給不安定になるからだ。ここが電力事業の難しい点で、発電能力の足し算だけでは先に進まない。

連邦エネルギー・水利事業協会(BDEW)によると、ドイツの原子力発電所の年間平均稼働時間は6,500時間である。また以前、天然ガス火力発電所は3,200時間、石炭火力発電所は3,800時間であったのが、この数年、稼働時間が下がる傾向にある3。これは、以前は原発をベース電源に、火力発電をピーク電源に利用していたのが、再生可能エネルギーの普及とともに、火力発電所を常時発電開始可能状態にして待機させておくようになったからである。

ある電力事業者の自嘲的な表現によれば、火力はスター選手の風力が活躍できるように控えとしてベンチに座っていることになる。ドイツが電力輸出国になったことも、この事情と無関係ではない。以上のことからわかるように、再生可能エネルギーを利用するためには、発電能力を増大するだけでなく、バックアップも必要であり、またさらに、インフラなどの条件も整備されなければいけない。

その第一は、高圧送電線を整備することだ。例えば、風力発電ができるのは、北ドイツの海岸に近いところか海の上であるが、そこからドイツの中部・南部に送電しなければいけない。再生エネルギーを活用するためには、2020年までに3,600kmの超高圧送電線の建設が必要になるといわれるが4、健康被害や美観を損ねることを心配する住民の反対も強く、前途多難である。

また、再生可能エネルギーは発電できないときに備えて電力を貯蔵する必要がある。これも、蓄電のために揚水発電を利用するのは自然を破壊する可能性があるとして住民の反対が強く、空気を圧縮してエネルギーを貯蔵したり、水素やメタンをつくったりする方式の方が実現しやすいといわれる。

このような事情を考えると、「2030年には発電による二酸化炭素放出量が増大」という連邦環境省の予測には現実性があるといえる。よくいわれることだが、脱原発を進める環境派の敵は環境派ということになるかもしれない。しかし、困難な条件こそが技術の進歩を推し進めてきたともいえるかもしれない。

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1 http://www.ag-energiebilanzen.de/viewpage.php?idpage=1
“Tabelle zur Stromerzeugung nach Energietragern 1990-2010” より
2 BMU:Leitstudie 2008より
3 http://www.bdew.de/internet.nsf/id/DE_20110316-PM-Konsequenzen-fuer-Energieversorgung-beachten
4 http://www.dena.de/fileadmin/user_upload/Download/Dokumente/Studien___Umfragen/Presseinformation_zur_dena-Netzstudie_II_vom_23.11.2010.pdf

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(2011年3月27日作成)