「第二のペルシャ湾」とドイツ

発行:2013/10/07

概要

ユーロ圏の悩みの種といわれるギリシャだが、実はこの国の領海には膨大な天然ガスが埋蔵している。このことは、ギリシャに支援した資金が返ってくるのかを心配しているドイツ国民にとって朗報なのだが、不思議なことに、政治家もメディアもあまり取り上げていない。

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イスラエル、キプロス、シリア、レバノンに囲まれた地中海の東端はレバント海と呼ばれる。イスラエルのハイファから90キロメートルほど沖の海底に、2009年ガス田が発見され、2013年3月から生産を開始した。以来、この近くの海は各国のメディアの注目を集めている。日本でも朝日新聞グローブが「ガス田発見、広がる波紋」の中で取り上げた1

この付近の海底には、経済的にも技術的にも採掘可能な3兆4500億立方メートルに及ぶ天然ガスが埋蔵している2。ちなみに米国の天然ガス可採埋蔵量は、シェールガス資源を除外すると、ほぼ8兆立方メートル。埋蔵量は新しいガス田が見つかれば増加し、採掘すれば減るので、数字は目安にすぎない。それでもこの近くの海底の埋蔵量の巨大さが想像できるのではないのだろうか。こうして今や東地中海は「第二のペルシャ湾」と喧伝(けんでん)される3

エーゲ海の真珠
「第二のペルシャ湾」は地中海の東端にあるレバント海には限らない。2012年に発表されたクレタ工科大学の地質学者のリポート4によると、未来のガス田や油田は別の場所にもたくさんあるという(下図5)。

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リビア、エジプト、パレスチナ、イスラエル、レバノン、シリア、トルコ系とギリシャ系住民が対立するキプロス、ギリシャ領のクレタ島沖に記された楕円(だえん)は、原油、特に天然ガスの埋蔵を示す。ユーロ圏に属するクレタ島やキプロスを除くと、これらの国々はくしくもこの数年来「アラブの春」と呼ばれ、政情が不安定になったり、内乱状態に陥ったりしている地域である。

上の図でギリシャとトルコの間に挟まっている海域がポール・モーリアの「エーゲ海の真珠」で有名なエーゲ海だ。そこに浮かぶ夢のように美しい無数の島々に遠慮して楕円を描かなかったが、海底には今や真珠よりもより多くの富をもたらす巨大な量の天然ガスが埋蔵している。

有名な例を挙げると、北エーゲ海のタソス島周辺で、石油メジャーが1968年に当時の軍事政権から採掘権を取得していた。ところが、原油の高価格時代が長続きしなかったこともあって、権利をほとんど行使することなく2004年に期限切れになってしまう6。それでも1981年から一部で生産を開始し、1989年には日産3万バレルまで生産が上昇してひところはギリシャの原油需要の13%余りをカバーした7。この近くの東側にも有望なガス田があり、ギリシャはこれらをめぐるトルコとの紛争を恐れているといわれる。

2012年ギリシャ政府は3カ所の有望な埋蔵地の採掘権について公募した。一つは北西部のヨアニナ地区で8,000万バレルの埋蔵量が推定されている。次はイオニア海に通じるパトラ湾の海底で2億バレルの埋蔵が期待されている。三つ目はペロポネソス半島西岸のカタコロ沖で、2,500メートルの海底には400万バレルの原油が埋蔵しているといわれ、1981年から知られていたが、原油価格の低迷と当時の採掘技術の水準から経済性に欠けるとして放置されていた8

クレタ沖の海底に埋蔵するガスや原油については、いろいろな探査結果が出ているが、上記の3カ所と比べて桁違いに大きい。原油やガスを大量に埋蔵する場所の多くがそうであるように(カスピ海やアゼルバイジャンなど)、ここでも2枚のプレートが衝突し、ガスハイドレートを含む火山泥の巨大な堆積が存在する9

先に触れたクレタ工科大学の地質学者によると、極めて控え目に計算してもクレタ沖の可採埋蔵量は、天然ガスが3兆5000億立方メートル、原油は15億バレルもあるという。またある専門誌に発表された調査機関の計算では、天然ガスは4兆立方メートル、原油は30億バレルも埋蔵していることになる。著名なノルウェーの地震探査機関Petroleum Geo-Services(PGS)もギリシャの埋蔵量をリビアと同格と見なしている10

また火山泥の巨大な堆積層の広がりから、クレタ沖の天然ガスが25兆から50兆立方メートルに及ぶとする探査結果もある11。世界有数の天然ガス埋蔵国というとイランやカタールが思い浮かぶが、そこでも25兆~30兆立方メートルほどのため、このクレタ沖海底のガス田がいかに有望なものであるかが理解できるのではないのだろうか。

不思議なこと
ユーロ圏の悩みの種といわれるギリシャが、これほどの豊かなエネルギー資源に恵まれていると聞いて驚く人は少なくないだろう。しかしさらにびっくりするのは、こうした事実が、政治家もメディアも取り上げていないことだ。埋蔵量は事実でないと誰かが真っ向から否定するわけでもないし、また何かの拍子に触れられることがあっても、さほど大きくは取り上げられない。

ドイツ銀行の控え目な計算によれば、クレタ沖の資源は、4,270億ユーロの価値をもたらし、半分の利益と考えても2,140億ユーロになるそうだ12(ちなみにギリシャの2012年の国内総生産(GDP)は1,685億ユーロであった)。なぜこのような朗報が、ギリシャに資金を貸したまま戻ってこないのではないかと心配するドイツ国民の耳に届いてこないのだろうか。本当に不思議である。

すでに触れたように、ユーロ圏のキプロスも巨大なガス資源を持つ。2013年に入ってから、この国も自国金融機関の破綻から欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に支援を要請した。当時、ギリシャとは異なり、キプロスのガス田が少し話題に上った。それは、2013年1月にキプロスのシアルリ財務相がオランダの議会で演説をし、自国のガス田資源を担保にして借款を申し込んだからかもしれない13。ところがキプロスというと、マネーロンダリング(資金洗浄)問題ばかりが話題にされて、このように正面から借金の申し込みをしても無視されるばかりだった(もしかすると、欧州ではまともに借金を申し込むことは時代錯誤になりつつあるのかもしれない)。

【ドイツの天然ガス輸入先】 (単位:%)
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2012年にドイツはほぼ930億立方メートルの天然ガスを消費した。そのうち自給できたのは12%にすぎない。上のグラフ14の数字は輸入先を示すが、最大の購入先はロシアで4割近くを占める。EUの購入先を見ると事情は同じで、3分の1余りをロシアから輸入している。ノルウェーやオランダの埋蔵量は少ないといわれる。ロシアに対する依存度が大きくならないためにも、ユーロ圏に属するギリシャやキプロスから将来ガスを輸入することができれば、願ったりかなったりの話ではないのだろうか。
それにもかかわらず、このエネルギー安全保障上の重要な視点が、ユーロ危機の議論では死角に入ってしまう。欧州の外から見る人には信じられないかもしれないことだが、なぜなのだろうか。

このような疑問に対し、次のように説明されることがある。
国際社会には「第二のペルシャ湾」を独占する野望を抱く人々がいて、ユーロ圏が縮小したり、EUが不安定になったりした方が好都合だと考えているという。その人たちにとっては2009年のギリシャ財政危機は願ってもないことだった。また、欧州が自分の家の庭にある資源に関心を向けないように世論にも影響を及ぼしているという15

ギリシャ危機が始まった2010年、エーゲ海の無人島を担保にできるなら借款に応じるといった政治家がいて、彼はその見識や歴史認識の欠如を非難された16。ということは、ドイツの人々は、ギリシャの債務危機と天然ガスの埋蔵を関連させるのはあまりにも打算的で、欧州統合の崇高な理念に反すると考えているのかもしれない。

長年、カスピ海から欧州へ天然ガスを運ぶパイプラインの敷設が計画されていた。これは、ロシアに対する依存度を低くする対策である。2013年6月にアゼルバイジャンからトルコ、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、オーストリアを経由するナブッコパイプライン案が退けられ、トルコ、ギリシャ、アルバニアを通って南イタリアへと運ぶトランス・アドリア・パイプライン(TAP)案17が採用された。

TAP案の方が、窮状にあるユーロ圏のギリシャ、イタリアの経済活性化に役立つ。ところが奇妙なことに、EUはドイツのフィッシャー元外相などが後押しする、ロビー力の強いナブッコパイプラインを支持していた。

欧州の統合は、欧州経済共同体(EEC)といわれていたころと比べてすっかり変わってしまったようだ。理念の協調が、現在のEUというコインの表だとすると、その裏では、組織が絵に描いた餅のようになって官僚主義の傾向が強まり、同時にロビー活動が盛んになっていくのではないだろうか。

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1 2013年6月16日付のThe Asahi Shimbun GLOBEの2ページ「ガス田発見、広がる波紋」。
2 http://www.aei.org/outlook/foreign-and-defense-policy/regional/middle-east-and-north-africa/will-the-eastern-mediterranean-become-the-next-persian-gulf#mbl
3 同上。
4 ”Cretan Gas Fields-A new perspective for Greece’s hydrocarbon resources”
http://www.pytheas.net/docs/20120330%20Cretan%20Gas%20Fields%20-%20A%20new%20perspective%20for%20Greeces%20hydrocarbon%20resources%20.pdf
5 上記リポートの3ページを参考に筆者作成。
6 http://www.iene.gr/symposium-cyprus2012/articlefiles/2nd-session/Nikolaou.pdf の8ページ。
7 http://www.handelsblatt.com/politik/international/oelgeschaefte-die-griechen-hoffen-auf-petrodollars/6015022.html
8 同上。
9 4に挙げた文献の6~8ページ。
10 http://www.reuters.com/article/2012/10/03/us-greece-gas-idUSBRE8920KF20121003
ここで言及された埋蔵量に関する情報はこのロイターにある。本文で挙げた専門誌は「Journal of Environmental Science and Engineering」の2011年7月号。
11 Dirk Müller:「Showdown」2013 の72ページ。
12 例えば、http://www.rechtsanwalt-griechenland.de/blog/bodenschaetze-in-griechenland-erdgas-bei-kreta-und-erdoelvorkommen/
13 http://www.finanzen.net/nachricht/aktien/Finanzminister-Zypern-will-Schulden-mit-Gasreserven-zurueckzahlen-2250399
また銀行筋もガス田が担保になり得ると考えているのは、http://static.cyprus.com/20130115-RBS-report-on-Cyprus.pdf
14 ドイツ連邦経済技術省の数字を基に筆者作成http://www.bmwi.de/DE/Themen/Energie/Energietraeger/gas,did=292324.html
15 Dirk Müller:「Showdown」2013
16 http://www.noz.de/deutschland-welt/politik/artikel/306259/cdu-politiker-schlarmann-griechenland-muss-inseln-verkaufen
17 http://www.trans-adriatic-pipeline.com/en/home/

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(2013年9月27日作成)