貧しいドイツ国民?-家計資産の比較

発行:2014/12/24

概要

いろいろな調査でドイツ国民の家計資産が低いことがよく指摘される。また国民の一部の窮乏化を心配する声も後を絶たない。戦後西ドイツ以来経済的に成功し、今後もその条件が続くと思われているせいか、問題はあまり深刻に受け止められないようだ。

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金融機関や経営コンサルティング会社によって家計金融資産についてのレポートリポートが作成される。ミュンヘンの保険会社・アリアンツ・グループの「グローバル・ウェルス・レポートリポート」1もその一つで、いつも秋頃秋ごろに発表される。ここでいう金融資産とは銀行預金や保険・年金準備金、株などの有価証券で、報告書は中央銀行やその他の機関の統計資料をもとに基に作成され、50カ国・地域以上をカバーする。

2014今年のレポートリポートによると2013年には、世界の家計金融資産はこれまでの最高記録の118兆ユーロに達したそうだ。これは2012前年度より10%近くも増大したことになる。2001年から~2013年までの年平均増加率は5.2%だったことを考慮すると、富が2013年に急増したことになるが、米国、日本、西ヨーロッパ欧で株価が上昇したからといわれる。

【図表1:世界の総家計金融資産における地域ごとの割合(2013年)】
(単位:%)
M304-0010-1

上の図表1は、この118兆ユーロの家計金融資産の地域ごとの割合を示す。経済的に豊かな北米と西欧が44%と25.5%といった具合に大きな割合を占める。アジアも24.5%であるが、今でも世界の家計金融資産の10%を占める日本が含まれる。西欧や日本などの地域では家計金融資産の増加度が低い。反対に、中南米、東欧、(日本以外の)アジア、オセアニアでは今世紀に入ってから2桁台の増加率を示し、豊かな地域との差を縮めつつあるそうだ。

奇妙な経済大国
リポートによると2014年には中国が日本を追い越すそうだが、それは、巨大な人口を抱える国としての話で、1人当たりの金融資産は6,000ユーロ程度で日本の10分の1以下にすぎない。

【図表2:1人当たりの家計金融資産】  (単位:1,000ユーロ)
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上の図表2は国・地域別の1人当たりの金融資産を示す。単位は1,000ユーロで、青い横棒の金額から債務の分を除いたのが正味の家計金融資産になる。こちらの方は赤い横棒で表示されている。この正味の金額の高い順に上位25カ国・地域が並んでいる。1人当たりではスイス国民の家計金融資産が1番高く、その後、米国、ベルギー、オランダ、日本と続く。

面白いのは、欧州経済のけん引車とされるドイツ国民1人当たりの金融資産がベルギー、オランダ、イタリア、フランスなどユーロ圏加盟国より低いことだ。ドイツは工業国家で日本とよく比べられる。図表2を見る限り、日本は経済的繁栄の成果が国民の資産形成につながったのに対し、ドイツはそれがうまくいかなかったようにみえなくもない。

超低金利政策の影響
ここから、家計金融資産形成に影響を及ぼす欧州中央銀行の超低金利政策に触れる。留意すべきは、ユーロ圏加盟国がどの程度まで資産を銀行預金として持っているかである。金融資産に占める預金の割合は、ドイツは40%に及び、ユーロ圏でドイツより高い国はギリシャ、スペイン、隣国オーストリアの3国で、それぞれ64%、47%、45%もある。ドイツより低いのは39%のポルトガルで、31%のイタリア、29%のフランス、22%のオランダが続く。

下の図表3は、2003~2008年の金利が2010~2014年の間にも継続したと仮定して、この状態と比べてユーロ圏内で損する国と得する国を示す。

ドイツ国民は2010年以来の超低金利のために223億ユーロの利子を得られなかったのに対して、スペインやイタリア、フランスは2003~2008年の金利が適用されずに、超低金利になった結果、それぞれ536億ユーロ、390億ユーロ、190億ユーロも払わずに済んでいることになる。

【図表3:低金利政策の影響】 (単位:10億ユーロ)
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また得する分と損する分を国民1人当たりで計算することができる。例えば、フィンランドは1,700ユーロ、ポルトガルは1,549ユーロ、スペインは1,149ユーロも得している。反対に、1人当たりで1番損するのは、ベルギーで563ユーロ、スロバキアはその次で399ユーロ、ドイツ国民は3番目で281ユーロになる。

図表3から分かるように、圧倒的に多数のユーロ圏加盟国が超低金利政策で得していることになる。またギリシャやスペイン、オーストリアは銀行預金の割合も大きいので、ドイツと同じように利子をもらい損なって損する方になるはずだが、現実にはそうならない。これらの国が得する組に入るのは、債務が占める割合が高く、その結果低金利政策のおかげで利息負担の方が軽減されるからだ。

欧州中央銀行の超低金利政策は、ただでさえ大きくないドイツの家計金融資産を減じる効果があることは言うまでもない。老後のための貯蓄であること考慮すると、(後述する)高齢者の窮乏化の原因になる。

なかなか発表しなかった数字
ここまで、2014年秋発表されたアリアンツ・グループの「グローバル・ウェルス・リポート」のグラフや数字を利用してきた。今から別の家計資産に関してのリポートを参考にする。これは、欧州中央銀行が統計資料だけでなく、資産状況についてユーロ圏加盟国6万2000世帯に1時間以上もインタビューするなどして、時間もコストも惜しまずに作成したものである。下の図表4はこの報告書の数字に基づく2

【図表4:ユーロ圏家計資産】 (単位:1,000ユーロ)
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アリアンツ・グループの図表との相違は、家計資産であるので、不動産などの所有物も含む。次に単位は1,000ユーロだが、赤い横棒の数値は中央値(メディアン)を、青い横棒は平均値を示し、平均値の高い順に加盟国が並べられている。

欧州中央銀行は、2013年3月にユーロ圏加盟国がキプロス支援に合意するまでこの報告書を引き出しに入れたままにして発表しなかったといわれる。その理由は、オーストリア、ドイツ、オランダ、フィンランドといった家計資産の低い国民が、キプロスをはじめ図表4の上位にある裕福な国に対する支援に反発することが心配されたからである。特にドイツ国民にとって、報告書は衝撃的だ。経済大国ドイツがユーロ圏をけん引していると長年いわれてきたが、この自国イメージに反するからである。

でもそれだけでない。ドイツの家計資産の中央値は5万1000ユーロで、この数値は図表4の中で1番低い。ドイツ国民を貧しい方から数えて、ちょうど真ん中まで来たときにこの資産額になることになる。平均値は19万5000ユーロに及ぶので、中央値の4倍近くに相当する。中央値と平均値にこれほど差がある加盟国は図表4の中では他にない。ということは、ユーロ圏でドイツは特に大きな貧富の格差が存在する国になる。これも国民の頭の中に長年にわたって出来上がった自国のイメージに合わないと思われる。

ドイツ国民の家計資産がこれほど乏しいという結果になったのは、自分の住居を所有している人が少ないからである。ドイツのマイホーム率は44%であるのに対して、スペイン(83%)、ギリシャ(72%)、キプロス(77%)、イタリア(69%)など多くの加盟国では比較的高い。ドイツやオーストリアでは公営住宅に住んでいる人も少なくない。言うまでもなく公有の不動産は家計資産に含まれない。とはいっても、民営化ブームで公営住宅を手放した地方自治体も多い。

成功は繰り返すもの 
ドイツのメインストリーム・メディアは自国民が欧州統合や単一通貨ユーロに反対することを望まない傾向があり、そのために欧州中央銀行のこの報告書が知らされたときには「貧しいドイツ国民」3というコメントが出た程度で、あまり問題にされずに済んだ。でもそれだけでないかもしれない。経済指標は数字で一見客観的であるが、どの数字が気にされるかは、国民の先入観が影響し、国によって異なる。

ドイツで一番重要なのは失業率とされ、これはワイマール時代のナチ台頭と関係があるかもしれない。成長率も重要であるが、これも失業率との関係である。自国通貨のレートも日本ほど重要視されない。この点、私はいつも面白いと思う。輸出が国内総生産に占める割合は日本はせいぜい15%余りであるが、ドイツは50%を超えるのに、同様に重要視されていない。家計資産もこの国ではあまりピンとこない数字の一つなのだろう。

多くのドイツ国民にとって重要なことは、できるだけ多数の人が職を持ち、お金を稼ぎ生活できることだ。現在南欧諸国のすさまじい2桁台の失業率を耳にするドイツ人にとって、そこの人々が小金を持っていることなど聞いてもあまりうらやましくないかもしれない。

彼らがそう考えるのは、戦後西ドイツ以来の工業国家としての成功モデルが頭の中にあるからだと思われる。多くの人々が工場で働き、給料をもらい、社会保障を支え、その結果病気になっても、また年取って働けなくなっても困らない方式が成立した、今や評判が悪いとされる2003年のシュレーダー政権時の労働改革は、1人当たりの給料を少なくすることで雇用数を減らさないようにして、国民のこの期待を裏切らないようにしたことになる。

ドイツの失業率は現在4.9%で、国民の期待に応えているようにみえる。とはいっても、隣国と通貨を共有している以上、超低金利政策をはじめ多くのことが自国だけの問題でない。また現在4人に1人は低賃金しかもらえず、(少子高齢化の厄介な問題を別にしても)将来年金だけでは暮らしていけないといわれる。

このような事情から、経済協力開発機構をはじめいろいろな機関からドイツに対する警告は後を絶たない4。とはいっても、過去の成功は未来も繰り返すと考えて気にしない人が多いようである。

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1 https://www.allianz.com/v_1411404269000/media/press/document/Allianz_Global_Wealth_Report_2014_en.pdf
2 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/wirtschaftspolitik/armut-und-reichtum/ezb-umfrage-deutsche-sind-die-aermsten-im-euroraum-12142944.html
3 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/kommentar-arme-deutsche-12143183.html
4 http://www.n-tv.de/politik/Deutschland-droht-grosse-Altersarmut-article11799986.html

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(2014年12月10日作成)