ドイツの「黄金伝説」

発行:2011/11/30

概要

ドイツは、欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の拠出金拡大のために連銀の外貨・金準備を提供することが求められた。ドイツでは「金の供出」ということで話題になっている。国民の大多数はフランクフルトのドイツ連銀・地下の金庫に金が保管されていると思っているが、これは誤解である。

そろそろ長電話を止めようと思っていると、レストランの話をしていた友人の話題が突然変わった。彼は「とうとう、ドイツ国民はユーロのために金(日本語でキン、英独語でGold、元素記号Au)を差し出すことになる」と嘆く。友人は映画関係者で、金融とか経済とかに縁遠い人である。その彼がワーグナーのオペラ「ラインの黄金」なら分かるが、ドイツ連邦銀行の「黄金」を心配することに、私は驚いた。

M305-0010ドイツ国民が大事にしている金(左の写真1)を、欧州放漫財政国家救済のために取り上げられそうになったというニュースが流れたのはカンヌでG20があった頃である。

2011年11月6日付のフランクフルター・アルゲマイネやヴェルトなどのドイツの新聞によると2、ドイツは、欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の拠出金拡大のために連銀保有の外貨・金準備150億ユーロ以上を提供することが要求されたが、ドイツ連銀が拒否し、ドイツ政府もそれに同調したとある。

このEFSFであるが、ユーロ圏の財務相はその融資枠を4,400億ユーロに拡大することを決定し、その舌の根が乾かないうちにこれでは不十分と言いだして、レバレッジをかけて1兆ユーロ程度まで拡充するという。ドイツ国民の大多数はレバレッジなどと聞いても何のことか分からない。テレビのニュース解説者はドイツが1兆ユーロの借金の保証人になることではないと説明して国民を安心させている。

ところが、そうこうしているうちにユーロ圏の財務相はそれでもまだ不足と言う。そうすると市場も騒がしくなるしかない。こんなことは、他人から借金しようとする人が自信のなさそうに返済できるかどうか分からないというのに似ているかもしれない。貸し手も困ってしまうのではないのだろうか。

「イタリア国債の利回りが7パーセントに上昇し、ユーロ導入後の最高金利を更新」と特別な事件のように報道される。でもユーロ導入以前に、この国が2桁の利子を払うことは珍しくなかった。それが、通貨統合のおかげで、ドイツとの利回り格差が限りなくゼロに近づいた。こうなったのは、市場がマーストリヒト条約・「欧州連合(EU)の財政・安定成長協定」が順守されると考えたからである。こうして低金利を享受して借金しやすくなった結果がバブル、その挙句が現在の「借金地獄」である。

この状況下でも採るべき方策はいろいろある。高金利とそれに伴う痛みを受け入れて、今一度「EUの財政・安定成長協定」に復帰することがオーソドックスな解決策である。鎮痛剤で高金利の痛みを緩和して、体力の回復を待つ。それがうまくいくかどうかはケース・バイ・ケースではあるが、少し前にアイルランドは立ち直る可能性があると報じられていた3

ドイツでよく言われることだが、数字だけ見るとユーロ圏全体は米国と比べて悪いわけでないのに欧州ばかりが問題にされる。たぶんこれは欧州に弱みがあるからで、それは実体経済というより、欧州統合の在り方について独仏間の考え方に対立があるからだ。EUを米国や中国、ロシアといった大国に対抗できるような巨大で強力な統一国家の方向に、また政治優先で政治が経済を牛耳る体制に引っ張っていこうとするのがフランスの考え方で、これに対してドイツは経済に関しては政治より市場原理を優先するし、米中ロに対抗する意識も希薄である。

現在シカゴ大学で教壇に立つウェーバー前ドイツ連銀総裁は「ユーロ危機」について「これまでいろいろな解決案が出されたが、どれもこれも、いかに他人の金を利用して自分が得をするかという話にすぎなかった」4と総括したが、それでも政治観の違いがその根底にある。以下、その対立点を述べてみよう。

フランスが実現に熱心なのは共同債の発行であり、ドイツが猛烈に反対するも、フランスはあきらめておらず、EFSFの設立でその方向に進みつつある。次の対立点は欧州中央銀行(ECB)の役割で、ドイツは、ECBが財政上の失策の尻拭いをすること、加盟国国債を買い取ることに反対している。政治優位のフランスにとって、これはあまり気にする問題でない。フランスがEFSFを銀行にしようとしたのは、ここを経由してECBに財政放漫国の国債を間接的に買い取らせるためであったが、ドイツの反対で実現しなかった。

フランスは、もうかなり前から加盟国中央銀行の外貨・金準備をECBや国際通貨基金を経由して、EFSFに担保として提供させようと努力している。ドイツ連銀の「黄金」もこの攻防戦の中での一エピソードである。

ここで冒頭の映画関係者の話に戻る。彼がその運命を心配する「黄金」だが、ドイツ連銀の地下室金庫に入っていると思っているはずだ。彼には言わなかったが、実はドイツ連銀が「政府でなく、ドイツ国民のために保管している」はずの金は、ドイツにないのである。どこの国でも昔から金塊が埋蔵されているといわれて、探しても出てこない話があるが、ドイツ連銀の金もこの「黄金伝説」の類いだ。

世界最大の金保有国は米国で8,134トン、第2位はドイツの3,401トンである。その後国際通貨基金、伊、仏、中国、スイスと続く5。外貨・金準備全体に占める金の割合は70%以上で、いろいろな通貨が紙切れになる危険があり、金が値上がりしている時代にこれほどたくさん持っていることは、国民にとっては頼もしいことになる。

ところが、そのようないい話にならない。というのは、大多数のドイツ国民は知らないが、国内に保管されている金は2%にすぎず、残りの大部分がニューヨーク・連邦準備銀行の地下の金庫に、他のごく一部がロンドンのイングランド銀行とパリのフランス銀行にそれぞれ保管されている。所有する金の一部を外国の中央銀行に預けることはよくあるが、98%は異常である。

昔からドイツ連銀は、この大量の金は1950年代、60年代にドイツの驚異的な経済復興で輸出が伸びたときに代金として受け取り、輸送も煩雑で、コストも掛かるために、預けたままにしてあると説明してきた。米英仏は第2次世界大戦の戦勝国兼占領国であったので、こんな話は眉唾ものでドイツ国民の金を人質にとっていると思っている人も少なくない。

1958年から1969年までドイツ連銀総裁をつとめたカール・ブレッシング氏が米連邦準備銀行宛てに書いた手紙の中で、金を米国から動かさないという約束をしたといわれている。この「ブレッシング書簡」は公開されていないし、実際に見た人もいない。かつてシュピーゲル誌(1971年19号)に掲載された本人へのインタビューが唯一の証拠ではあるが6、ただそのインタビューでもブレッシング氏は手紙を出したことは認めている7が、金を米国に預けるという約束には触れていない。とはいっても、敗戦国として戦勝国である米国に対していろいろと複雑な政治的事情があったことは十分に推測できる。

このために、金は実際には戦勝国によって取り上げられ、単に帳簿上存在するだけで、実態的にはドイツ連銀が所有していないと思っている人もいる。しかし、カンヌのG20の舞台裏で米仏などの旧戦勝国がその供出を求めた以上、連銀が所有していることは間違いない。

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1 ドイツ連邦銀行提供
2 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/europas-schuldenkrise/schuldenkrise-deutschland-soll-bundesbankreserven-opfern-11519855.html
http://www.welt.de/wirtschaft/article13701741/Weidmann-wehrt-Angriff-auf-die-Bundesbank-ab.html
3 Der Spiegel. Nr. 46/14.11.11. 90ページ
4 同上81ページ
5 http://www.ftd.de/finanzen/maerkte/rohstoffe/:zentralbank-reserven-die-groessten-gold-bestaende-der-welt/60126299.html
6 http://www.wallstreet-online.de/nachricht/3677073-deutschen-goldreserven-verbraucht
7 http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-43257718.html

M305-0010
(2011年11月18日作成)