ドイツのグローバリゼーション

ドイツのグローバリゼーション-大企業のCEO報酬

  • 発行:2019/01/28
概要
ドイツでは、大企業の最高経営責任者(CEO)の報酬がよく話題になる。それは一般社員との格差が大きいからだ。昔は小さかったこの格差がこの国で拡大し始めたのは1995年ごろで、それ以来CEOの報酬は順調に上昇している。これは生真面目にグローバリゼーションを実行し、世界の投資家にとってドイツ企業を魅力的なものにした結果だが、その評価は分かれている。

庭の池にはヒーターが取り付けられた。ドイツの冬は寒く池が凍って、その中のニシキゴイに不幸があってはならないからである。その工事費は約6万ユーロ(約770万円)だった。別荘も庭も会社が所有するもので、工事費は会社負担。この別荘を利用するニシキゴイが大好きなドイツ人は、この国で有数の自動車メーカーの最高経営責任者(CEO)であった。彼が支払う別荘の家賃は、1平方メートル当たり5ユーロ。ちなみにこれは、学生寮の家賃より安い。彼の年間報酬は、当時1,700万ユーロ(約21億円)であった。

コイを飼うのは自動車造りと直接関係がないので、日本的(おそらくドイツ的)感覚から言っても公私混同になる。だが、ドイツの株式会社でCEOを筆頭に役員の報酬や待遇を決めるのは監査役会である。この場で別荘の池へのヒーターの取り付けが了承されていれば、それだけの話だ。少し厄介なのは家賃の方である。一般的な相場より安く、差額は会社から補助されていることから報酬に相当する。ということは、税務署に申告しなければならなかったことになる。

これらは数年前の話だ。それが最近になってメディアで話題に上るようになったのは、この自動車メーカーが排ガス規制に関わる不正問題で非難され、ニシキゴイが好きな経営者の責任が問われているからである。

本当に仰天に値する格差は!
ドイツの大企業のCEOの報酬はよく話題になる。それは一般社員の給与と比べて彼らの報酬額が多く、貧富の格差の反映として批判されているからである。2018年秋のドイツ州議会選挙で、社民党のガブリエル前党首がCEOの報酬を選挙戦のテーマとして提案したのもそのためである。しかしこの提案は、党内では庶民のやっかみをあおるポピュリズムだと批判されて立ち消えとなった。

ところで、CEOの報酬は一般社員の給与と比べて複雑である。昔、CEOが取締役社長とか筆頭取締役などと呼ばれていた頃だ。当時そのような立場の人と知り合いになった筆者は、ホテルのバーでの世間話でうっかり年収を尋ねてしまった。彼は人格者で、私のぶしつけな質問にも気を悪くせず親切に説明してくれたが、私の方が困ってしまった。基本給だけでなく、業績を反映させる賞与が多く複雑だったからだ。

例えば、企業の売り上げや利潤と関連する賞与や、自社株を与えることもある。株式は保有する義務期間を長くして、より長期的な観点に立った経営のインセンティブを目標にしていた。また退職給与引当金もあった。企業によって、また個人によってCEOの報酬も異なることから、単純には比較できない。でも、そんなことを言い出したらきりがないので、ここでは金額だけを並べてみる。

【表1:ドイツの大企業のCEOの報酬額(2017年度)1
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表1は、ミュンヘン工科大学経営研究室とドイツ有価証券保護協会(DSW)が発表した数字を基に、ドイツ株式指数(DAX、時価総額上位30銘柄で構成)構成企業から、CEOの2017年度の報酬額上位10社を選んで並べたものである。この表から分かるように、ニシキゴイが好きな風流人経営者の報酬が21億円以上であった頃と比べて元気がない。それはドイツの自動車メーカーが排ガス不正問題を抱えてけん引車としての役割を演じることができないからだが、それでも自動車メーカーが第2、3、4位に登場している。

2017年度のDAX30のCEOの平均報酬は580万ユーロで、日本円に換算すると約7億3660万円。2016年度には、それが550万ユーロ(約6億9850万円)、2015年度には510万ユーロ(6億4770万円)であった。ということは、CEO報酬は順調に上昇していることになる。

世論の批判を受けているのは、一般社員の給与との格差だ。2017年度は、DAX30のCEOの平均報酬は自社従業員の平均給与の52倍であった。2016年度にはそれが50倍、2015年度も同じく50倍であった。格差がどんどん拡大するように見えるが、そうではない。2014年度には54倍もあったからである。ということは、流れは格差拡大の一方向でない。それは、CEOの待遇を決める監査役会の中に世論を気にする人がいるからだ。

このようなドイツの大企業のCEOの報酬への批判に対して言われることはいつも同じで「米国を見よ」だ。ダウ工業株30種平均(Dow Jones Industrial Average)30社のCEOの平均報酬が1,670万ユーロで、ドイツのDAX30の平均報酬580万ユーロの3倍近くもあることが指摘される。その中でも高額なのは、ウォルト・ディズニーのCEO(3,200万ユーロ)であったり、またJPモルガン・チェースのトップ経営者(2,500万ユーロ)であったりする。

確かに経営トップの報酬も米国とドイツでは格差がある。だが、その比較をしているうちに、本当に仰天に値する格差を見過ごす危険があるかもしれない。例えば、米国にブラックストーンという大手投資ファンド会社がある。この会社のスティーブン・シュワルツマンCEOの報酬は毎年のように話題になる2。彼の2015年の報酬は8億1000万ドル(約7億3600万ユーロ)もあった3。この巨額な報酬はウォルト・ディズニーのCEOの23倍であり、世界一を誇ったドイツの自動車メーカーのCEOのおよそ43倍に相当する。ブラックストーンのCEOの報酬を考えると、DAX30を構成するドイツ企業とダウ工業株30種平均を構成する米企業のCEOの報酬格差など、どんぐりの背比べに等しい。

ドイツ企業はステークホルダー
それでは、なぜドイツでCEOの報酬が話題になるのか。それは、以前は一般従業員の給与と役員報酬の格差が小さかったからだ。下のグラフ1はこの事情を示す。

【グラフ1:DAX30企業14社の取締役の報酬額の変遷(1987年=100)】
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このグラフはドイツのフンボルト大学とフランスのストラスブール大学の経営学者が作成した4。2人は、ドイツ銀行、シーメンス、VW、ダイムラー、BMW、リンデ、ヘンケルなどドイツを代表するDAX30から14社を選び、1987年から2017年まで取締役と一般従業員の1人当たりの人件費の推移を調べて指数化した。1987年が100である。

取締役の報酬は1987年から2017年までの30年間で100から1,000近くまで増大したので10倍になったことになる。ところが、一般従業員の給与は1987年の100からゆっくり上昇し、2017年の250近くになったにすぎない。このスタディーの著者によると、役員の報酬も初めの頃は一般従業員の平均給与の15倍にすぎなかったのが、現在では58倍に上昇したという。

また、このグラフから分かるように、1995年までは取締役の報酬も一般従業員も給与は同じようなテンポで穏やかに上昇してきたが、それ以降は2本の線が離れ始める。1995年にWindows 95が発売されて多くの人がインターネットを始めたが、取締役の報酬と一般従業員の給与の格差と関連付けることはできない。筆者の記憶にあるのは、経済関係者の間でその少し前ごろから「シェアホルダー・バリュー」という英語が使われ始め、耳慣れない言葉であるために戸惑ったことだ。これは「株主価値」という意味で、企業価値を高めることがグローバル化に当たって重要な経営目標だという。上場企業の企業価値とは時価総額で、株価に発行済み株式数を掛けたものだと説明された。

1990年代にこの英単語がよく使われ、企業価値を高めなければ、グローバリゼーションの時代に生き残れないような雰囲気が醸し出されたが、そのうちあまり耳にしなくなった。とはいっても、企業を見る基準も、またそれに対応して企業の方も変わってしまった。

かつてはDAX30の企業といえば、ドイツの主要銀行が10%とか、時にはそれ以上の株式を所有していた。多くの企業ではドイツの保険会社も大株主で、その次に登場するのは商売上のパートナーである。これらは得意先や仕入れ先、例えば技術的に協力関係にある企業であったりして、株式の持ち合いまでした。また忘れてはいけないのはアラブの首長国で、彼らは大歓迎される安定株主であった。

企業は誰かが創立した以上、その子孫がいる。多くの企業はその後大きく成長したために、彼らの持ち株など小さくてそれほど重要でないことが多い。とはいっても例えばBMWのクヴァント家は半分近くの46.7%を所有していることはよく知られているし、シーメンス家は6%を所有している。この他にも有名なのはVWのポルシェ家とピエヒ家で、この自動車メーカーはドイツとニーダーザクセン州も株主である。

英語には、シェアホルダーの反対を意味する「ステークホルダー」という言葉があるが、これは株主だけでなく従業員、顧客、債権者、仕入れ先など企業の利害関係者を意味する。上記の株主メンバーは当時誰も言わなかったが、ステークホルダー的であったことになる。また、ドイツ企業のこのような性格は監査役会ではもっと強い。そこには、取引相手の社長や株主の金融機関の代表者がいるだけではない。共同決定法で従業員と労働組合代表者が参加していた。時には地域の名士や識者も入っていた。このようなドイツの大企業のステークホルダー方式は1990年代「ドイツ株式会社」と呼ばれて「時代錯誤」扱いされた。

「ドイツ株式会社」の没落
ところが、ゆっくりとだが、このなじみのあった大株主が消えていく。その代わりに登場したのが、大多数のドイツ国民になじみのない、グローバルに活動する投資ファンド運用会社、投資信託、投資顧問会社、保険会社、年金基金などである。DAX30の株式の60%以上はこのような機関投資家に所有されている。彼らの大多数は外国の投資家と推定される。というのは、グラフ2が示すように外国人所有(出資者)の割合も増加しているからである。

【グラフ25
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確かにこのようなグラフを見ると「ドイツ株式会社」のステークホルダー方式は過去のものになったと言うしかない。外国人投資家が増加したのは、DAX企業のCEOがシェアホルダー・バリュー・マネジメントに励んで企業価値を増大させたからである。この功績により経営トップは、グラフ1にあるように1995年ごろから特別高い報酬を受け取るようになる。

でもそれだけではない。ドイツの経済関係者や政治家がグローバリゼーションやシェアホルダー・バリューを生真面目に受け取り、金融の自由化に励み、立法や政策によって援護射撃したからでもある。

リーマンショックの後、筆者は知人のフランスの銀行関係者と話す機会があった。そのとき彼は、ドイツの銀行が「ドイツ株式会社」時代のDAXの優良企業の株式を手放して、米国まで出掛けてサブプライムに手を出したことに呆れていた。でも、これもドイツ人が米国的「グローバリゼーション」を真面目に実行したからだ。

こうして、グラフ2が示すように、DAX企業は少なくとも投資先としてはグローバリゼーションに成功した。2017年には発行済み株式のうち54%が資産を運用する外国人の手に渡っている。表2はこの割合がもっと高い企業を示す。

【表2:外国人投資家が占める割合6
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このような状態がドイツ企業の自主的経営を困難にする心配はないのだろうか。株式を所有しているのは、すでに述べたように資産を運用し増やすことを目的としているプロの人々である。その中には、上述したように、世界一になった頃のドイツの自動車メーカーのCEOの43倍もの巨額な報酬を受け取る人がいる企業も存在している。彼らは、もうけることに特別熱心な人々である。報酬は力の反映でもある。

例えば、上の表2の上から4番目の企業リンデである。本社がミュンヘンにある同社は産業用ガスとエンジニアリングの二つの部門を持つが、最近、同社は米国のプラクスエアと「対等に合併する」ことになった。新会社の本社は税金の安いアイルランドのダブリンに移り、経営の本体はプラクスエアで同社のCEOが新会社の経営トップとして采配を振ることに決まった。

M0304-0024-5リンデは産業用ガスの技術の発明者・カール・フォン・リンデ(左の写真7)が19世紀末に創立した企業である。そしてプラクスエアは、この創立者が20世紀初頭に米国に設立した子会社であった。そのため、業績が悪くもない大きいリンデがより小さい米国の「昔の子会社」に「吸収合併される」ことを奇妙に思う人が多かったようだ。2016年12月にリンデの監査役会で合併が決まったとき、合併反対派のCEOと財務担当重役が辞任した。これも普通の話ではない。また従業員の中には、ミュンヘン郊外にあるプラントエンジニアリングの事業分野(下の写真8)が切り離されて外国の企業に売られたり、また閉鎖されて5,000人の雇用が失われたりすることに不安を覚えている人も少なくなかった。

でも、なぜこのような事態に至ったのだろうか。表2にあるように、外国人投資家がリンデの株の72%を保有している。彼らの中の資産運用会社がリンデとプラクスエアのどちらにも投資しているとしたら、(この二つの企業が無駄な競争をするより)合併し、重なる無駄な部分の売却か閉鎖によってシェアホルダー・バリューが増大することを望むのではないだろうか。このように推定する人は少なくない9

M0304-0024-6こう考えたら、監査役会に労働組合や従業員代表などのステークホルダーがいるドイツなどよりも、アイルランドに本社があった方がいいということになる。また経営も「ドイツ株式会社」の生き残りより、資産の増大のために努力してくれる米国人CEOの方が望ましいことになるし、投資者はそのようなタイプの経営者を潤沢な報酬によってねぎらう。リンデは伝統があるために騒がれたが、本当はよくあるケースである。

このような事情を考慮すると、1990年代にドイツに入ってきたシェアホルダー・バリュー・マネジメントが「ドイツ株式会社」を没落させたことになる。CEO報酬の増大はこの過程で重要だった。今までドイツはシェアホルダー・バリューを増大させてグローバル化の道を猛進してきた。この国でよく使われる「コーポレートガバナンス(企業統治)」という言葉も、この現実を見ないためにあるのだという人もいる。

新聞の経済欄に「DAX30はドイツの企業なのか」といった記事がチラホラ出ていることや、また政治情勢を眺めると、軌道修正が必要であると思われるが、その実現も簡単でない。

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1 https://www.wiwo.de/erfolg/management/vorstandsgehaelter-5-8-millionen-euro-fuer-einen-dax-chef-im-schnitt/22793772.html
2 https://www.handelsblatt.com/finanzen/banken-versicherungen/usa-blackstone-chef-schwarzman-erhielt-2017-rekordverguetung/21024072.html?ticket=ST-2118155-vFDyE6KejgFxh3ghGoqe-ap2
3 https://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/arm-und-reich/blackstone-chef-hat-mehr-als-810-millionen-dollar-verdient-14094002.html
4 https://www.wiwo.de/erfolg/management/dax-vorstaende-zehnmal-so-viel-geld-wie-1987/22724964.html
5 http://www.bpb.de/nachschlagen/zahlen-und-fakten/globalisierung/52596/aktionaersstruktur-dax
6 https://www.welt.de/finanzen/article175828547/Dax-Der-Auslaenderanteil-unter-den-Aktionaeren-ist-stark-gestiegen.html
7 H. Linde氏提供。
8 写真はミュンヘンの郊外にあるエンジニアリング部門のヘッドオフィス。撮影は筆者。
9 https://www.tagesspiegel.de/weltspiegel/sonntag/blackrock-ein-geldkonzern-auf-dem-weg-zur-globalen-vorherrschaft/21246966.html
ベルリンの新聞「ターゲスシュピーゲル」に掲載されたこの記事によると、ビッグ3と呼ばれる「ブラックロック」「バンガード・グループ」「ステート・ストリート」をはじめとする多数の資産運用会社がドイツをはじめ欧州連合(EU)主要加盟国で株式を保有するようその影響力を強めている。EUのマルグレーテ・ベステアー競争担当委員は、市場競争原理が損なわれることに警戒心を強めている。リンデとプラクスエアの合併もそのような例だという。

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(2019年1月7日作成)

欧州 美濃口坦氏