ドイツのオフィス

発行:2012/11/08

概要

大きな部屋に無数のデスクが並べられた「大空間オフィス」は、ドイツであまり人気がない。その理由はドイツ人の国民性や文化的側面と関係がある。しかし、通信技術の発達や雇用形態の多様化などを背景に、今後はドイツでも仕事の変化に柔軟に対応できる大空間オフィスが増大すると予想される。

今回は、大きな空間の中で多数の人々が働くオフィスとドイツ人との関係をテーマとして取り上げる。

「所変われば品変わる」といわれるが、私もそう思うことが多い。「窓際族」という表現がその例で、商談でドイツへ来た日本のビジネスマンが冗談で「ここで首を縦に振って帰ったら私は窓際です」と言っても、話し相手にはぴんとこない。というのは、この国では誰もが自然光の下で仕事ができる窓際に座りたがるからである1

言うまでもないことだが「窓際族」は、日本の組織によく見られる大空間オフィスがあってこそ成立する表現だ。ドイツ人からこの言葉の意味を尋ねられると、私はまず大きな空間の中に無数のデスクが並んでいる巨大オフィスを頭に浮かべてもらうことにしている。その後で、日本では中央と周辺の区別が重要であり首都に一極集中するように、大空間オフィスでも重要な仕事をする人が中央に位置し、反対に窓際などの周辺には仕事面で期待されていない人々が座っていると説明する。

個室型オフィス
この問題を考える前に、多くのドイツ人が働いている個室型オフィスについて説明したい。一般的に、建物には長い廊下があってその両側に小部屋が並び、その中で1人か2人の人が自分のデスクで仕事をしている。このような小部屋が続くが、そのうち二つか三つの小部屋の間の壁をなくしたような少し大きめの部屋があり、そこでは数人の女性が事務仕事をしている。また、途中には会議室があったり、事務機器が置かれている部屋、図書室、資料室、会議室、休憩室などがある。

そしてこれらの部屋のどこかに、個室型オフィスで働く社員の上司に相当する人の部屋がある。その部屋は広く、ソファーなど特別の調度があるだけでなく、奥まっていて廊下から直接入ることはできない。上司に会うためにはドアを通って秘書のいる小部屋に入り、そこからまたドアを開けて上司のいる隣室に入ることになる。

以上は、昔自分が働いていたドイツの会社を思い出しながら書いた。それ以外にも今まで本当に無数の会社や役所へ行ったが、その多くは上述したような構造とあまり変わっていないような気がする。しかし近年は、コンピューターの普及により事務の仕事をする女性は以前より少なくなったかもしれない。
このタイプのオフィスは歴史も長く、建物そのものがこのように使うために設計されている。個室型オフィスに慣れたドイツの人々にとって、大きな空間の中で何十人、何百人の同僚とデスクを並べて仕事をするのは、本当に別世界の出来事といえるだろう。

勤務する日本企業の職場が大空間オフィスに変わることが、ドイツ人たちが会社を辞める理由の一つとなっているのではないか、と私は思っている。日本企業に勤めていた知人・友人や親戚の相談に乗った個人的経験からそう考えているだけで、確固たるデータがあるわけではない。しかし、どのケースもドイツに進出した日本企業のビジネスが順調に拡大し、数年経過したところで大きいオフィスを求めて移転。新しい事務所が大空間オフィスになることになり、会社を辞めるという話だった。

「オフィス風景」
ドイツでは個室型オフィスが多いが、(日本と同じように)大きな空間の中で多数の人がデスクを並べて働いているオフィスもある。このタイプは「大空間オフィス」(「グロースラウム・ビュロー」2)と呼ばれ、法的定義では400平方メートル以上の空間で20人以上の人が働いている3。このようなオフィスはマスコミなどに多い。

大空間オフィスは20世紀前半の米国で、工場で追求された大量生産の考え方が事務に応用されて誕生したといわれる。工場内で製品が流れ作業で組み立てられていくように、事務の仕事も滞りなく流れていくようにするためには、関係部署が壁で隔てられているより同一空間にある方がよい。大きな空間にデスクを並べるだけで済むため、小部屋を並べるより費用も掛からない。経営者にとっては個室型オフィスと比べて従業員の仕事が監視しやすく、従業員同士のコミュニケーションも図りやすい。その上、この大空間オフィスで上司も働くことになれば、廊下から直接入ることができない部屋に上司がいるドイツ式の個室型オフィスより、上下の伝達も良くなる。

大空間オフィスがドイツに登場するのは1950年代の戦後ドイツの「奇跡の経済復興」からである。当時、オフィス需要が増大し、大きな空間に多数のデスクを置く米国式の大空間オフィスが注目された。経営上の利点からだけでなく、1960年ごろからこのタイプのオフィスを普及させることが権威主義的なドイツの変革につながると期待されて、社会運動としても展開される。

M305-0018-1この運動は当時「オフィス風景」(「ビュロー・ラントシャフト」)4と呼ばれた。運動の推進者のシュネレ兄弟は米国式オフィスを模倣するのでなく、オフィスでの作業を分析し職場をより人間的なものにし、そこでの上下関係を少しでもなくすことを目的とした。左の写真5は、彼らが1960年に設計した大空間オフィスで、270人が働いていた。

ドイツの週刊誌「シュピーゲル」の第39号(1965年)に大空間オフィスを総括する記事6が掲載されている。この記事を読むと、大空間オフィスがドイツ人に好まれない事情が分かる。その第一の理由は、この国には大卒者とそうでない人の格差があるが、それまで個室型オフィスで働いていた前者の人々が降格されたと感じるからだ。

ところが上記の記事によると、面白いことに一般の事務員も大きな部屋で何百人もの同僚とデスクを並べて働くことに不満を抱き「自分が交換可能な機械の部品になった」気持ちを味わっている。また、大多数の人が四六時中人目にさらされていると感じ、同僚の話し声が聞こえて自分の仕事に集中できず、ストレスがたまると訴えている。その結果、病気になる人も少なくない。どれもこれも、今なお大空間オフィスについて聞かれる不平不満である。

ドイツ人が大空間オフィスを苦手とする理由
現在、ドイツではオフィスで働く1,700万人のうち80%が個室型オフィスに、20%が大空間オフィスにいる7。上記のシュピーゲル誌の記事によると、1965年当時、大空間オフィスで2万人が働いていた。ということは、このタイプのオフィスはこの国で嫌われながらも普及してきたことになる。一般的にドイツ人が大空間オフィスを苦手に思っていることは、彼らの文化や国民性といったことと関係があるのではないか。
次に引用する米国の文化人類学者、エドワード・ホール氏の見解は示唆的である。

『ドイツ人は…自分の「プライベート・スクエア(圏)」を守るためにどんなことでもするように思われる…ドイツ人捕虜は小さな小屋に4人ずつ収容された。すると材料が手に入り次第、捕虜はめいめい区画を作って自分の空間を持とうとした…ドイツの家屋は視覚上、プライバシーを守るように造られている。庭はしっかりと囲われていることが多い。しかし囲われていようといまいと、それは神聖なものとされている…空間は分かち合うべきものだというアメリカ人の考えはドイツ人にはことに厄介なものである』8

このような記述を読むと、ドイツ人にとって、プライバシーはあくびしているところを見られては困るというような単純な問題でなく文化に根差していることが分かる。だからこそ、大空間オフィスで自分のデスクの近くを誰かが四六時中通るだけで、神経をすり減らす思いをするような人が出てくるのだろう。

文化によって異なる時間の扱い方も、この問題を考えるヒントになる。ホール氏は単一時的文化と多元時的文化を区別する。難しい表現でぴんとこないかもしれないが、要するに「ながら族」が苦手な国民と得意な国民がいるということである。ドイツや北欧は前者で、南欧は後者である。

一般的に、南欧の国民は、Aの仕事を始め、それが終わっていないのにBの仕事を始め、そのうちにAに戻り、今度はCの仕事に着手し、それが終わっていないのにBの仕事を再開し、終了させるといったことに平気である。
反対に、ドイツや北欧の人々は、Aの仕事を始めたらそれに集中し、それが終わったらBの仕事に移り、それを終了させたら初めてCに着手するといった具合に、順番に仕事を済ませていく。ホール氏によると「彼らは一度に一つのことをし、多くのことを一度にしなければならなくなると途方に暮れる」9ことになる。

このような文化的側面を考慮すると、ドイツの人々が大空間オフィスを苦手に感じるのは当然であろう。日本の大空間オフィスでは「一つの屋根の下」で働くことによって家族的団結心を養い、同僚や上司の電話に聞き耳を立て、共有すべきインフォメーションを獲得して、同時に現在の自分の仕事に集中することが目標とされているそうだが、そのようなことをドイツ人に期待することは難しいように思われる。

未来のオフィス
文化人類学で言われる「文化」や「国民性」はなかなか変わらないといわれる。とはいえ、ドイツ国民の大空間オフィス嫌いにも変化の兆しが見えつつある。2011年、フォルサ研究所によってオフィス満足度調査が実施され、次の表のような結果が発表された10

M305-0018-2

個室型オフィスやグループオフィスの方が満足度は高いが、それでも大空間オフィスで仕事をする83%の人々が満足している。ただしこれらのオフィスの多くは、大部屋にたくさんのデスクが置かれているのではなく、ボックス型になっていたり、仕切りが設置されているタイプのオフィスである。

現在、コンピューター・通信技術の発達によってオフィスでの仕事も変化し、それと連動して雇用形態も多様になりつつある。従来の個室型オフィスでは、このような変化にフレキシブルに対応できない。例えば、ドイツではオフィスのデスクは現在でも出張、休暇、病欠などの理由から70%しか使われていないという。ということは、社員が自分のデスクを持つ方式をやめて、デスクシェアリングをしたら、必要なデスクの数が30%減ることになる。

在宅で処理可能な仕事も増大し、必ずしも毎日通勤する必要がないことも自明でなくなりつつある。大空間オフィスの方が、このような変化に柔軟に対応できるため、今後需要が増大すると予想される。米不動産サービスのクッシュマン・アンド・ウェイクフィールドのアンケート調査によると、40%のドイツ企業が大空間オフィスを持つことを意図しているといわれ、この事情を物語る11

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1 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/karrieresprung-am-fenster-sitzen-wollen-alle-1514559.html
2 ドイツ語でGroßraumbüro
3 Arbeitsstätten-Richtlinien 17/1.2;DIN 4543, Teil 1, S.5.
4 ドイツ語でBürolandschaft(英訳 :Office landscape)
5 写真提供はDas Quickborner Team(QT)
6 http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-46274224.html
7 同上
8 エドワード・ホール著「かくれた次元」(1970年、みすず書房、187ページ)
9 同上。238ページ
10 http://www.welt.de/finanzen/immobilien/article12626188/Das-Grossraumbuero-ist-besser-als-sein-Ruf.html
11 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/karrieresprung-am-fenster-sitzen-wollen-alle-1514559.html

M305-0018
(2012年10月28日作成)