発行:2012/12/13
概要
ドイツのサッカークラブ、バイエルン・ミュンヘンの年次総会へ出席すると、この国のプロサッカーの在り方が分かる。バイエルン・ミュンヘンは無借金経営の優良企業である。それは、1979年以来経営に携わっているウリ・ヘーネス会長兼監査役長の功績と、優れた経営手腕によるところが大きい。
ミュンヘンの優良企業、バイエルン・ミュンヘン
2012年11月15日、ドイツの有名なサッカークラブであるバイエルン・ミュンヘンの年次総会が開催された。その席上、無借金経営を誇るFCバイエルン・ミュンヘン株式会社は、2011年/2012年度シーズンの売り上げを前年度の2億9090万ユーロから3億3200万ユーロに増大させたと発表した。カール・ホプナー代表取締役社長代行によると、この数字は112年の伝統を誇る同クラブにとって新記録だそうだ。100%の子会社でホームスタジアムの「アリアンツ・アレーナ」の売り上げを加えると3億7340万ユーロに達する。
このサッカー業界の代表的な優良企業は1,110万ユーロの利益を計上し、株主に550万ユーロを配当する。自己資本率は77.5%で、金額にすると2億7830万ユーロ以上に及ぶ。その中にはいつでも現金にできる1億2760万ユーロの流動資産が含まれる。ということは、その気になればリオネル・メッシ選手やクリスティアーノ・ロナウド選手も連れてくることができるのである。
サッカーファンとビジネス
バイエルン・ミュンヘンの経営状態を示すこれらの数字は、何を意味するのだろうか。年次総会の壇上に立ったカール=ハインツ・ルンメニゲ代表取締役社長が「これは、ロシアの新興財閥やアラブの億万長者などの助けを借りずに、自分の稼ぎだけで、誰もが払える入場料でサッカーを楽しんでもらうサッカークラブが存在できることを証明する」と述べると、年次総会の出席者は拍手喝采した。
バイエルン・ミュンヘンは自前のホームスタジアムを建設するために、2002年に株式会社に転換した。私の目の前で展開される年次総会は、クラブ会員総会と株主総会の両者の要素がごちゃまぜである。なお、バイエルン・ミュンヘンの株式は上場さておられず、自動車メーカーのアウディとスポーツ用品メーカーのアディダスがそれぞれ9.1%を保有し、バイエルン・ミュンヘンが81.8%を保有している。
このクラブの会長兼監査役長はウリ・ヘーネス氏であるが、健全経営のバイエルン・ミュンヘンの今日があるのは、1979年にクラブ・マネジャーに就任したヘーネス氏の功績が大きいとされている。経済専門誌も「経済界はヘーネスから何を学ぶことができるか」といった特集を組んだりするほどだ(写真1)。
年次総会の出席者はサッカーファンが大多数で、バイエルン・ミュンヘンの卓球、チェス、体操部などの活動報告にはほとんど耳を傾けていないように見えた。そのうちにヘーネス氏が「配当が550万ユーロもあったので、今晩はビール飲み放題」と宣言すると、出席者はまた拍手喝采し歓声を上げた。
このように2011年/2012年度の年次総会は終始和やかだったが、そうでない年もある。会員の大多数はサッカーの熱烈なファンである。サッカーは労働者層を中心に愛好されてきたスポーツであるため、サッカーファンとバイエルン・ミュンヘンのような有名な優良企業の経営者と間で対立が生まれるのは当然といえるのかもしれない。
バイエンル・ミュンヘンは長年、1972年のミュンヘンオリンピックの際に建てられた陸上競技場をホームスタジアムとして使っていたが、2005年/2006年度のシーズン開始とともにサッカー専用スタジアムのアリアンツ・アレーナに移った。アリアンツ・アレーナは7万1000人もの観客を収容できるだけでなく、サッカーの高級化を反映し、企業の接待用の特別室やVIP用の豪華な席が設置されている。
熱烈なサッカーファンは、豪華な席に座る人々を「小オペラ観劇客」と軽蔑している。また2007年の年次総会では、立ち見席が6,500に減らされてサッカーとは縁の薄い裕福な人々が闊歩(かっぽ)することに反感を抱く会員が、経営陣を非難した。それに対して、へーネス氏は「いったい誰のお陰で立ち見席の料金が7ユーロ(約700円)なのか。それは、私たちが特別・桟敷席に座る人たちの財布から大枚を引き抜くからだ」と怒った2。
サッカーファンとしては、自分の応援するチームに有能な選手を連れてきてもらって勝ってほしいため、お金が要ることを認めるしかない。一方、へーネス氏にとっても、スーツを着ておとなしく試合を見物する人ばかりになったら困る。大声を上げて熱狂的に応援する観客も、サッカーという商品には欠かせない。だからこそ、立ち見席の入場料は現在でも7.5ユーロ(約750円)とわずかな値上げにとどめているのである。
「雨ニモマケズ」
ヘーネス氏が27歳の若さでバイエルン・ミュンヘンの経営陣に加わったのは、膝を悪くしたことが理由だが、選手時代に消防車メーカーのマギルス社に働き掛けてスポンサー契約を獲得し、所属クラブに60万マルク(約30万ユーロ)の収入をもたらすなど商才を発揮していたことも影響している。
彼がマネジャーに就任した最初の年の同クラブの売り上げは1,200万マルクで、借金が700万マルクもあった。当時、クラブの売り上げの85%を占めていたのは入場料であったが、平均観客数は3万2000人からなかなか増えなかった。入場料収入は雨などの天候に左右されるため不安定である。そこで、へーネス氏は別の収入源の開拓に成功する。それはスポンサー契約、マーチャンダイジング、テレビ放映権である3。
スポンサーは、初めは消防車メーカー1社だけだったが、現在ではドイツテレコム、アディダス、アウディなど10社以上を抱え、スポンサー企業からの収入は8,500万ユーロに及ぶ。
へーネス氏はマネジャーであった1970年代にサンフランシスコを訪れ、地元のフットボールや野球チームのファンショップへ出掛けた。そこで彼は、その品数の多さに驚く。当時のドイツでは、試合当日にマフラー、帽子、絵はがきなどが売られているだけであったからである。さらに彼が感心したのは、月曜日の午前11時ごろにスーツを着た勤め人がどんどん店に入ってきて、子どもの土産にファングッズを買っていくことであった。へーネス氏は、サンフランシスコで目にしたのと似たようなファンショップをバイエルン・ミュンヘンにも持とうと固く決意したという。
バイエルン・ミュンヘンの本拠地(写真左上4)にあるファンショップ(写真右上5)には、ユニホームなどの衣料品、靴だけでなく、驚くほど種々雑多な商品が、それもサッカーとは関係のない商品も多く置かれている。ティッシュペーパーにまでバイエルン・ミュンヘンのマークがついている。
また、ファンショップの建物の中には旅行社がある(写真下6)。他の町でチームが試合をするときには何千人ものファンが応援に行く以上、彼らに便宜を図り、商売につなげるのも多角化の定石に則している。所々にあるショーウインドーには、何十万円もしそうな手作りの時計が展示されている。バイエルン・ミュンヘンのマークがついたクレジットカードもある。また最近、私はスーパーでこのクラブのマークがついたヨーグルトを見た。
しかしこのような商売は、今どき、どのスポーツクラブもやっていることで目新しいことではない。へーネス氏の功績は、ドイツで誰もこのようなことを行っていない1980年代初めに実行した点にある。
シュヴァーベン人
フライブルクはスイス国境に近い南西ドイツの大学都市である。この町を本拠地とするSCフライブルクはブンデスリーガに属する。このクラブの選手のユニホームの胸の部分に広告として社名を入れようとする場合、年間250万ユーロを支出しなければならない。ところが、バイエルン・ミュンヘンの胸を借りようとしたら、その10倍近くの2,000万ユーロの支出を覚悟しなければならない7。
SCフライブルクは由緒あるクラブだが、あまり強くなく2部リーグに転落することもある。それに対してバイエルン・ミュンヘンはドイツ国内で優勝することが多く、欧州サッカー界でも強豪チームとされ「自信」「情熱」「信念」「土着性」「成功」というイメージがある。だからこそ広告料も高いのである。
広告媒体としての価値は長年にわたって築き上げられたイメージが重要であるが、試合に負けてばかりでは、スポンサーは逃げてしまう。ということは、収入の源泉は試合に勝つことであり、そのためには金に糸目をつけずに有能な選手を引っ張ってくることになる。その結果、借金漬けになるクラブも少なくない。ところが、バイエルン・ミュンヘンは強さを維持しながら無借金でやってこれた。これは、へーネス氏の功績と同時に、彼の出自、パーソナリティーとも無関係でない。
へーネス氏はウルムというシュヴァーベン地方の町の出身である。この地方の人々は、昔から問題解決のためにいろいろ工夫することで知られている。2011年2月14日付掲載記事「工業立国ドイツの「ものづくり」」では「隠れたチャンピオン」と呼ばれている企業について紹介した。「隠れたチャンピオン」とは小さな分野でも世界市場を圧倒的にリードしている企業のことで、特にこのシュヴァーベン地方に多い。これは、シュヴァーベン人には辛抱強く工夫して問題を解決する精神が旺盛であることと無関係ではないと思われる。
また、シュヴァーベン人は質素倹約であるといわれている。だからこそ、へーネス氏も負けが込んで選手を補強する段になっても「収入以上に支出を増やさない」という経営から逸脱しないのであろう。
へーネス氏は小さな肉屋を営む家に生まれ、母親が日曜日に帳簿を付けていたそうだ。ドイツでは、肉屋は食肉だけでなく肉をソーセージに加工して販売する。彼が経営を数字だけの問題と見なさないことも、子どものときに商売を身近に体験したためであるといわれる。
機械ならインプットに比例してアウトプットも増加する。この原則は一見、サッカー選手についても当てはまりそうだ。確かにインプットを大きくして「値段の高い選手」をたくさん集めたら、アウトプットの増大を願うことができそうだ。しかしサッカー選手は機械ではないし、サッカーの試合は工場での生産工程管理よりはるかに厄介である。へーネス氏が経営者として優れているとしたら、経営が人と関連しており、そのために厄介であることを熟知しているからではないのだろうか。
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1 manager magazin Heft 8/2005
2 http://www.handelsblatt.com/sport/fussball/nachrichten/tv-aufreger-hoeness-und-die-subventionierten-stehplaetze/4133646-9.html
3 FORUM MANAGER:Uli Hoeneß, Präsident des FC Bayern München-Sonntag, 16. September 2012, 13.00 Uhr, PHOENIX
4 筆者撮影
5 筆者撮影
6 筆者撮影
7 http://www.sportnotizen.de/fussball/259/sportmarketing-sponsoring-in-der-fusball-bundesliga.html
M305-0019
(2012年12月2日作成)