ドイツのサッカー・ビジネス(2)

発行:2012/09/04

概要

英名門サッカークラブ、マンチェスター・ユナイテッド(マンU)の新規株式公開(IPO)に対する市場の反応は、肯定的なものばかりではなかった。それはマンUが「世界一価値のあるサッカークラブ」と高い評価を得ている一方で、負債を抱えていることと無関係ではない。今回は、サッカークラブの経営や資産価値などについて考える。

マンU株への期待
2012年8月、サッカー・英プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド(マンU)は、ニューヨーク証券取引所でIPOを実施した。有名な米投資家ジョージ・ソロス氏がマンUの株式を約8%取得して話題になったが、この名門クラブは今回のIPOにより 2億3000万ドル以上を調達することができた。ところがメディアからは、当初は3億ドル以上を調達するのが目標であったとか、公募価格が16~20ドルの想定を下回る14ドルに設定されたといった失望的な声も多い1。このような反応は、マンU株に対する期待が強かったことを示す。なぜ、それほどまでに強い期待が寄せられたのだろうか。

サッカークラブの株に手を出すことに関しては、ドイツでは慎重な見方も少なくない。よく例に挙げられるのは、香川真司選手が在籍していたボルシア・ドルトムントである2。このクラブは2000年に株式を上場。当初11ユーロだった株価は1ユーロを切って大騒ぎになった3。ボルシア・ドルトムントは今年、ドイツのブンデスリーガで2年連続優勝を果たし、配当を出すことを発表した。それでも株価は現在3ユーロ以下の水準で「大やけど」をした人がいることには変わりない。STOXX Europe Football IndexやEurokick Football Index4で欧州のサッカークラブの株価の推移を探ることができるが、サッカークラブの株を「いざというときに頼みになる」と思うドイツ人は少ないかもしれない。

ところが、マンU株は特別である。というのは、このクラブは1991年に英国で株式上場を果たし、1,800万ポンドの資金を調達。当時の株価はわずか18.94ペンスだった。その後、2005年に米実業家のマルコム・グレーザー氏はマンUの経営権を手中に収めるために株を買い占め、14億7000万ドルを支出したといわれる。ということは、上場後14年間でマンUの株価はとてつもなく上昇したことになる5。このような過去の株価上昇も、今回マンU株の躍進が期待された要因であるが、理由はそれだけでない。

長者番付で有名な米フォーブス誌が「世界一価値のあるサッカークラブ」としたマンUは、この番付発表が始まった2004年以来連続してトップの座を維持している。最新の番付6によると、マンUには22億3500万ドルの資産価値がある。フォーブス誌の「世界で最も価値のあるスポーツ・フランチャイズ」という番付でも、マンUはレアル・マドリードやダラス・カウボーイズ、ニューヨーク・ヤンキースなどの著名スポーツクラブを抜き首位の座に就いている。

このような高い評価を得る理由は「全世界に6億5900万人もサポーターがいる」7ためであると説明されている。ドイツの強豪サッカークラブ、バイエルン・ミュンヘンのマーティン・ヘーゲレ国際部長が自嘲気味に「私たちには1,200万人のファンがいて、同じ数だけの人々から嫌われている」と筆者に語ったことがある。この数はドイツ国内の話であるが、マンUにはドイツのサッカークラブとは桁違いに多くのサポーターがいる。これは、前回の「ドイツのサッカー・ビジネス(1)」(2012年8月2日付掲載)でも述べたように、英プレミアリーグが早い時期から海外戦略を展開しているからだ。

このような高い資産価値を持つにもかかわらず、マンUのIPOが期待外れに終わったのは、このクラブが6億8200万ドルの負債を抱えているためである8。創立134年の伝統を誇り、経営も健全だった名門クラブが年間総収入を上回る負債を抱えるようになったのは、2005年に現在のオーナーであるグレーザー氏に買収されてからだ。彼は当時、買収資金を調達するためにクラブの資産を担保に入れる形で借金をした。商売である以上、支出した以上の収入がないと困るのは当然である。しかし、もしかしたらこのようなビジネスモデルは、欧州のサッカー界には適していないのかもしれない。マンU株が今回のIPOで期待外れの結果といわれたのも、市場がこのことを感じているからではないだろうか。

2011/2012年シーズンにマンUを退けて英プレミアリーグ優勝を果たしたマンチェスター・シティーFCのシャイフ・マンスール・アル・ナーヤン氏や欧州サッカー連盟(UEFA)チャンピオンズリーグの覇者、チェルシーFCのロマン・アブラモヴィッチ氏などの大富豪はサッカークラブのオーナーになり、試合に勝つために湯水のごとく資金を投じて選手を集める。このような採算度外視のメセナ(支援者)方式が欧州サッカー界では盛んで、投下資本を回収しようとするグレーザー方式は、選手補強に控えめになる結果、負けることも多くなるのではないか。

サッカークラブの資産価値
今年度発表されたフォーブス誌の番付「世界一価値のあるサッカークラブ」9の第1位から第5位までを下表に示す。

【表 世界一価値のあるサッカークラブ】 (単位:100万ドル)
M305-0017-1

ドイツ人の多くはこの番付を見て首をかしげる。というのは、トップのマンUの6億8200万ドルの負債と5億3200万ドルの総収入の比率が南欧諸国の財政赤字と似ているからである。このような反応は、彼らがマンUと第5位のバイエルン・ミュンヘンを比較することと無関係でない。ドイツの代表的なサッカークラブであるバイエルン・ミュンヘンは無借金経営であるどころか、ウリ・へーネス会長兼監査役長が自慢するように、1億ユーロ程度の資金はいつでも出せるような形で預金しているといわれる。

第2位のレアル・マドリードの負債額は5億9000万ユーロもある10。また、第3位のFCバルセロナの負債額も2年前の4億2000万ユーロから減少したとはいえ、まだ3億3500万ユーロもある11。資産価値の査定に当たっては、言うまでもないことだが負債だけではなく、さまざまな要因を考慮しなければいけない。マンUを例に挙げれば「6億5900万人のサポーター」がその一つで、これは大きな資産価値といえそうだ。では、本当にそういえるのかを理解するために、2010/2011年度のマンUとバイエルン・ミュンヘンの収入内訳を見てみよう12

【表 マンチェスター・ユナイテッドとバイエルン・ミュンヘンの収入内訳】
(単位:100万ユーロ、2010/2011年度)
M305-0017-2

放映権収入はリーグ全体の収入であり、ファンの数を反映するのは入場料収入と広告収入である。入場料収入に関しては、両クラブに大きな差がある。ホームグラウンドでの平均入場者数はマンUが7万5109人、バイエルン・ミュンヘンが6万9000人で、これはスタジアムの収容能力の違いとも関係がある。入場料収入の差が入場者数以上に大きくなるのは、ドイツのサッカースタジアムでは映画館の入場料と変わらない値段で立ち見席やそれに準じる席を設けているためである。
次に広告収入であるが、マンUはバイエルン・ミュンヘンより少なく、6億人を超えるサポーターを広告媒体として十分活用しているとはいえないのではないか。とすると、このサポーター数も資産価値としては「絵に描いた餅」といえるかもしれない。

もしかしたら、サッカークラブだけを切り取ってその資産価値を査定しようとする試みは不公平であるかもしれない。マンUが光り輝いているのは英プレミアリーグの名門チームであり、この伝統あるリーグが機能しているからである。スペインのリーグのようにレアル・マドリードとFCバルセロナによる二極集中の状態になると、前回述べたようにリーグ全体が疲弊し、いつの日か他のクラブに波及してくる可能性も否定できない。
これに関連して気になるのは、英プレミアリーグも観客動員数が頭打ち傾向にある点である13。これはサッカーの「高級化」と無関係でない。テレビで欧州のサッカーを見るアジアの人たちには、スタジアムで熱狂する観衆は重要でないように思えるかもしれない。しかし果たして本当にそうであるのか、かなり疑問であると筆者は考える。

「借金がゴールする」
少し前、南ドイツ新聞に「借金がゴールする」という奇妙なタイトルの記事があった14。ドイツ・ブンデスリーガの新シーズン開始に当たって書かれた記事で、これによると2008年の金融危機以来、ブンデスリーガは加盟クラブの負債の増加に悩んでいたが、負債額を6億ユーロまで減らすことに成功した。この問題に関連して、記事の執筆者はスペインのリーガ・エスパニョーラが35億ユーロの負債を抱えている点を指摘する。

サッカークラブの負債が増える大きな要因は、勝つために資金に糸目を付けずにスター選手を集めるからである。ということは、リオネル・メッシ選手やクリスティアーノ・ロナウド選手がボールを蹴ってゴールを決めるのも「借金がゴールする」ことになるとはいえないか。選手獲得のために法外な移籍金や報酬を支払うことは、サッカークラブの経営負担になる。ちなみに、ブンデスリーガのクラブの総支出に占める選手の人件費の割合は平均41%であるが15、英プレミアリーグでは現在70%以上に及び、南欧のクラブはさらに高い。

高額な人件費が掛かっているにもかかわらず、サッカークラブが経営破綻しないのは、グレーザー氏のような投資家や趣味で援助するメセナなどによる支援があるためである。南欧のあるサッカークラブは、所有する不動産を高額で売却したり、金融機関からの借り入れなどによって経営破綻を回避した16
また、上記の南ドイツ新聞の記事の中で、バイエルン・ミュンヘンのウリ・へーネス会長兼監査役長は、ドイツをはじめユーロ加盟国が財政破綻国やその国の金融機関を支援することは、間接的にライバルのサッカークラブの選手補強につながると抗議している。

このような事情を考慮すると、UEFAの「ファイナンシャル・フェアプレー」の施行も当然である。これは、加盟クラブに収入以上に支出しないよう求め、趣味でサッカークラブを支援するメセナや政治・経済の癒着構造を排除する制度である。その目的は、クラブ間の競争を公平にするためだけでなく、欧州のサッカー界が勝つために赤字の垂れ流しを続けて自滅することを阻止する点にある。
ルールに違反した加盟クラブは、UEFAチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグに参加する資格を失い、多額の利益を失う。ファイナンシャル・フェアプレーを導入している欧州サッカー界の方が、次の選挙に勝つことしか頭にないような政治家より成功する可能性は高いかもしれない。

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1 http://www.spiegel.de/wirtschaft/unternehmen/gang-an-die-boerse-aktie-von-manchester-united-startet-schlecht-a-849422.html
2 http://www.faz.net/aktuell/sport/fussball/borussia-dortmund-fuenf-jahre-bvb-aktie-geschichte-eines-misserfolgs-1281582.html
3 http://www.finanzen.net/aktien/Borussia_Dortmund-Aktie
4 http://www.stoxx.com/indices/index_information.html?symbol=FCTP
http://www.bloomberg.com/quote/EUROKICK:IND
5 http://www.berliner-zeitung.de/archiv/in-england-waechst-die-furcht–dass-der-reiche-klub-manchester-united-bald-bettelarm-sein-koennte-ausverkauf-der-traeume,10810590,10289726.html
6 http://www.forbes.com/soccer-valuations/
7 http://www.forbes.com/sites/mikeozanian/2012/05/29/manchester-united-claims-to-have-659-million-supporters/
8 http://www.spiegel.de/wirtschaft/unternehmen/soros-steigt-bei-manchester-united-ein-a-851109.html
9 http://www.forbes.com/soccer-valuations/
10 http://www.tagblatt.de/Home/sport/ueberregionaler-sport_artikel,-Real-Madrid-hat-hohe-Schulden-und-buhlt-nicht-nur-in-Spanien-um-Sympathie-_arid,170286.html
11 http://www.n-tv.de/sport/fussball/Barcelona-wirtschaftet-spanisch-article6784601.html
12 http://www.deloitte.com/assets/Dcom-Panama/Local%20Assets/Documents/PA_es_dfml_2012.pdf
13 同上。
14 http://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/geld-im-fussball-schulden-schiessen-tore-1.1448009
15 Bundesliga in Zahlen 2012 27ページ
16 http://deportes.elpais.com/deportes/2012/03/13/actualidad/1331669811_383290.html

M305-0017
(2012年8月28日作成)