欧州・ネバーエンディング・ストーリー

  • 発行:2011/04/26

概要

欧州統一通貨・ユーロの危機の話はいつまでも終わらない話である。なぜなら、市場が財政難に陥った加盟国を見捨てられないと思っているからである。ドイツ人にとっての悪夢は、ユーロ圏全体が個々の加盟国の債務を共同負担することであるが、債務再編の条件も整いつつある。

推理小説を読み始めるとする。犯人が誰だか分かっていないのに、話が終わってしまったら、誰もが納得できず「続き」を期待する。欧州統一通貨・ユーロの危機の話も、これにどこか似ているのではないだろうか。

●「伝家の宝刀」
ユーロ圏諸国は2010年、財政危機に陥ったギリシャを緊急援助しただけでなく、他のユーロ圏の財政危機国を救済するために3年間に限定して欧州金融安定ファシリティ(EFSF)を立ち上げた。また今年に入り、3月24日と25日に開催された欧州理事会で、2013年から常設される金融安定機構、欧州安定化メカニズム(ESM)の詳細について合意された。これらの措置は統一通貨ユーロの安定のためであるが、事情が落ち着いたという感はもちにくい。

もともと欧州ソブリン債危機とは、財政難に陥った国の国債の格付けが下げられたことで始まった。つまり、格付け会社の反応が重要であるといえるが、ESM・欧州安定化メカニズムは5,000億ユーロの融資能力をもち、さらに2,500億ユーロのIMFの加勢もあって、裕福な伯父さんが控えているようなものなのに、格付け会社は信用してくれない。それどころか、ESMの登場でユーロ加盟国が支払い不能になる可能性は高まったと警告する。

その理由はESMが無制限に気前がよい伯父さんではないからだ。融資する前に対象国の財政状況を厳しく吟味するという条項が設けられていて、債務再編が示唆されている。また債務不履行になった場合、民間債権者よりIMFとESMの優先順位が高く、民間は貧乏くじを引く可能性が高い。このため、債務再編に不安を覚える人々が国債の保持や購入を手控えるようになる。これが格付け会社の論拠で、ポルトガル、アイルランド、ギリシャなどの国債は格下げされた1。そのうちにポルトガル政府は議会から緊縮財政案を拒否されたことも手伝って、EFSFからの金融支援を要請した。

筆者の知人で、昨年、危機後のギリシャ国債2を購入した人がいる。話を聞くと、それは2009年発行、2014年8月20日に満期になる年利5.5%の国債である。昨年70%を割ったが、その後90%まで回復したという。現在また下降しているが、「国家に保証されているようなもので、絶対紙切れにならない」と安心している。彼は底に近いところで購入しているし、年利が支払われるだけでなく、満期になると30%安く購入した彼に全額戻ってくる。2014年はそれほど先の話ではない。

4月4日付のドイツ・ニュース週刊誌「シュピーゲル」によると、数日前IMFの代表者がユーロ導入国政府関係者に対してギリシャの債務再編が不可避であると漏らした3。債務再編交渉になると、償還期間が延びたり、年利が低くなったり、返済金額も減額されたりする。このように負担が軽減されないかぎり、この国は財政再建が不可能とみられ、債務再編はチャンスでもあると考えられる。

上記「シュピーゲル」の記事によると、IMFの考え方が変わりつつあるそうで、これは重要な点だ。債務再編は、できれば抜かずに済ませたい「伝家の宝刀」で、ユーロ圏諸国の政治家たちは、自分たちだけでは欧州統合の昔からの僚友ギリシャに「伝家の宝刀」を抜く自信がなかったのである。昨年、ギリシャ緊急支援に(特にドイツの強い願望で)IMFが加わるようになったのも、この事情からであるという。

市場は起こることを予想して値段を付けているのに、政治家の方が決断できないでいる状況は「伝家の宝刀」が抜かれないかぎり落ち着かないかもしれない。また、抜くとしたら経済規模が小さいギリシャは適切な候補者であるかもしれない4。ポルトガルの支援要請で財政悪化が他の加盟国へ波及する恐れが増大した。これを阻止するために、かえって債務再編への流れが強まると見る人は少なくない5

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1 http://www.reuters.com/article/2011/03/30/businesspro-us-fitch-eu-idUSTRE72T4LF20110330?pageNumber=1
http://www.reuters.com/article/2011/04/01/ireland-sp-idUSLDE7301BP20110401
http://www.independent.ie/business/european/sp-cuts-ratings-for-portuguese-and-greek-debt-2600040.html
2 WKN A0T56A, ISIN GR0114022479
3 Der Spiegel, Nr.14/4.4.11の60ページ
4 http://www.swp-berlin.org/fileadmin/contents/products/aktuell/2010A19_dtr_ks.pdf SWPはベルリンにある政府に近いシンクタンクであるが、2010年初頭の会報に発表された論文「国際金融市場から試されるユーロ連盟」の中でヘリベルト・ディーター研究員によって「ユーロ危機」が鋭く分析されている。
5 http://www.businessweek.com/news/2011-04-07/european-debt-crisis-morphs-into-new-phase-mohamed-el-erian.html
Der Spiegel, Nr.15/2011.4.11, 66-68ページ “Immer schlimmer als erwartet”
●もっと本質的問題
次の問題はもっと本質的で、欧州統合の根本的性格に関連する。
今回おもしろいのは、ドイツで、金融やユーロ危機について理解している人々、専門的知識のある政治家、(大学の)経済学者、経済専門記者などの圧倒的多数が欧州安定化メカニズム(ESM)に反対している点である。

例えば、ドイツ、オーストリアの大学で教鞭をとる経済学者の90%に相当する189名が反対声明に署名し、また経済省や財務省の諮問委員会に入っている経済学者や、主要新聞の経済専門ジャーナリストも反対を表明している6。メルケル首相がこのような国内の反対を無視できるのは、通貨も金融も一般の人には分かりにくいテーマで、(少なくとも現在までは)選挙の争点になっていないからだ。以下、ドイツの金融・経済専門家などがESMを心配し反対する理由を記す。

2010年に決定されたギリシャ救済も、欧州金融安定ファシリティ(EFSF)設立も、EU条約で明記されている「ノン・ベールアウト」、救済を禁ずる条項に反する7。この条項はEUに加盟国の債務を負担させることを禁じているので、昨年、救済措置が承認されたのは金融危機後の例外的状況であったからだ。ところが、常設機関となると話は別になる。

上記経済学者は、財政難の国家を救済する機関(ESM)を常設することによって、市場原理による是正機能が無効になり、望ましくない経済行為が奨励され、その結果、長期的にはEUそのものが機能できなくなることを心配する。

統一通貨ユーロが導入される前の1995年、現在財政難に陥っている加盟国が国債を発行した場合、ドイツより6%高い利子を払っていた8。ところが、ユーロ導入後ドイツ国債との金利差はなくなり、安い利率で借金できるために、財政的規律が失われて、赤字を増大させた。この結果、信用度が格下げされて、現在、以前より高い金利を払っているが、とはいっても90年代と同じか、それとも少し高めになったにすぎない。

貸し倒れリスクのために債権者が高い利子を要求することも、反対に債務者が高い利子を払うことにならないように、支出に慎重になることも、合理的な経済行動である。しかし、救済機関による支援は、払って当然な利子を払わないで済ますことになり、財政規律を取り戻すチャンスを失わせることになる。

ギリシャのように客観的に見て債務不履行の状態に陥っている国があれば、債務再編は自力で立ち直るチャンスである。反対に債務再編の実施は、高利に引かれて国債を買った債権者に損失をもたらすが、経済的に当然の現象でもある。こう考えると、「救済」とは、ギリシャ国債のリスクをなくすようにしていることで、結果的に国債保有者(独仏の金融機関)の救済になる9

とはいっても、「救済」が他国民の赤字の負担となる以上、(また欧州統合がいくら進展したからといっても)他国の借金の肩代わりは、どこの国の納税者にも歓迎されない。そのために政治家はこのテーマに関して自国民を蚊帳の外に置くきらいがある。EFSFの増額が内定していたのに、3月25日の欧州理事会で発表されなかったのは、フィンランドとドイツで近々選挙があるからだといわれる10

また救済機関は財政難国に対する救済条件として緊縮財政を強制するが、これは経済を悪化させ失業者を増大させることになり、この事情は、欧州各国で見られる激しい反対デモが示す通りである。また経済にとって重要な文化は加盟国によってあまりにも異なり、政治家や官僚が「競争力強化」などと言っても効果がないというのが、ドイツの経済学者の共通見解である。

200人近い経済学者が署名した声明書6の最後で、現在のユーロ危機の結果として三つのケースが想定されている。まず1番目は債務超過国で経済が好転して危機が克服されるケース。2番目は債務不履行になる国が出現することで危機回避の後、その国を援助するケースだ。

3番目は、ユーロ圏諸国全体が個々の財政危機国の債務を共同負担する場合である。これこそ、ドイツの経済学者にとって皆で手をつないで崖から飛び降りるのに似た話で悪夢に近い。この場合はその克服の道が増税かインフレになるしかない。

金融危機で衰弱した欧州金融機関に極度な負担を与えないために昨年救済する道を選んだ。またECBも同じ理由から(ギリシャを筆頭に)財政難に陥った加盟国の国債を買い取った。後者の措置はユーロ紙幣を増刷するのに等しく、インフレへの第一歩として不安をもたれてきた。4月7日のECBの利上げはこの不安に応えて、安定通貨としてのユーロを強調することである。同時にこれは欧州の金融機関の足腰が強まったことで、債務再編を可能にする条件が整いつつあることを示すといえる。

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6 経済学教授の反対声明
http://www.faz.net/s/Rub3ADB8A210E754E748F42960CC7349BDF/Doc~EE66342E82CC048C7B6E77231B642759C~ATpl~Ecommon~Scontent.html
連邦経済省・諮問委員会の答申
http://www.bmwi.de/BMWi/Redaktion/PDF/Publikationen/Studien/gutachttext-ueberschuldung-staatsinsolvenz-in-der-eu-wissenschaftlicher-beirat,property=pdf,bereich=bmwi,sprache=de,rwb=true.pdf
4名の著名な経済学者のドイツ政府に対する呼びかけ
http://www.faz.net/s/Rub3ADB8A210E754E748F42960CC7349BDF/Doc~EF60849D23B2942438A646C0FB5943456~ATpl~Ecommon~Scontent.html
7 http://dejure.org/gesetze/AEUV/125.html
8 6の「4名の著名な経済学者のドイツ政府に対する呼びかけ」
9 http://blog.bazonline.ch/nevermindthemarkets/index.php/3003/fortgesetzte-selbsttauschung/
10 多くの新聞が報道していることだが、代表として
http://www.wienerzeitung.at/default.aspx?tabID=3862&alias=wzo&cob=551728

M305-0004
(2011年4月6日作成)