ドイツ「エネルギー転換」の現場から(2)

発行:2013/07/10

概要

現在ドイツでは、エネルギーシステムが大量集中型から分散型に転換しつつある。リーマン・ショックによって身近なものが信用されるようになり、市町村といった小さな政治単位が重要視されるようになったことが、この傾向に拍車を掛けている。
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前回「ドイツ「エネルギー転換」の現場から(1)」(2013年6月19日付掲載)にて、エネルギー自給を目指して努力しているフェルトハイム、オストリッツ、ウンターハヒングという村や町を紹介した。エネルギー自給に関して立派な成果を上げている自治体は他にもたくさんある中でこの三カ所を選んだのは、北ドイツの農村、ポーランド国境沿いの過疎の町、南ドイツの豊かな小都市といった具合に、これらのバックグラウンドがそれぞれに異なるからだ。

次に「エネルギー転換」とは、電力源が化石燃料や原子力から再生可能エネルギーに変わるだけではない。長坂寿久拓殖大学教授が本ウェブサイトに掲載されている「世界で急進展するエネルギーの「リローカル化」-リローカリゼーション(地域回帰)の時代へ(その2)」(2011年9月20日付掲載)で記されたように、集中大型発電システムから分散型エネルギーシステムへ転換することである。これは、エネルギーを地域(コミュニティー)に取り戻す「リローカル化」を意味しており、すなわち市町村こそが「エネルギー転換」の現場である。

「草の根運動」
ここで北ドイツの農村フェルトハイムに話を戻す。そこでは村人の協同組合がエネルギー事業会社に出資している。東ドイツ時代は村全体が農業生産協同組合(LPG)と呼ばれる社会主義的集団農場であった。そのために村の人々は、現在の協同組合も当時の伝統の名残であるように感じている。
協同組合の歴史は社会主義と同じように古く、ドイツでは産業化で弱い立場になった職人や農家の人を守るために19世紀の中ごろにできた互助団体である。この組織は時に盛んになったり、寂れたりしながら世界中のいろいろな国で続いている。

【グラフ1:エネルギー共同組合数】
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現在ドイツでは、この協同組合が「ルネサンス」を迎えつつある。グラフ11が示すように、エネルギーの生産・供給を目的とする協同組合が急激に増加中。2011年に194も増えた。これは毎日ではないが、ほぼ2日に一つ、ドイツのどこかで協同組合が誕生していることになる。この再生可能エネルギー「草の根運動」が、2008年のリーマン・ショックからユーロ危機が終息していない現在に至るまで盛んであるのは、後で述べるように、決して偶然でない。

この数年来、多くの農村が「自然エネルギー村」として、ドイツや州の農林省から認定、表彰、支援されている2。これらの村の組織も協同組合で、昔、農民が一緒に大型収穫機を共同購入したのと同じように、今や発電事業に共同で投資するようになったと考えることができる。

しかし農民は、下のグラフ23が示すように少数派だ。数からいって圧倒的に多いのは都市の住民で、彼らは建物の屋根や空き地にソーラーパネルを置いて自分たちも電力エネルギーの生産者になろうとする。

【グラフ2:共同組合の会員】
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【グラフ3:協同組合設立時の会員数】
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【グラフ4:協同組合会員の平均出資額】
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グラフ34が示すように、このようなエネルギー協同組合は少数の有志のみで設立できる上、グラフ45からも分かる通り、1人当たりの出資金額は必ずしも大きいわけでない。また投資先事業の9割以上が小額資金で始められる太陽光発電である。現在ドイツ全体で8万人以上の組合員がいて、8億ユーロ以上が投資されている6

組合員になった人々は「再生可能エネルギーを盛んにするため」とか「地域活性化のため」などとその動機を説明する。また協同組合という組織を選んだ理由として、民主的意思決定や自決権の実行といった点を挙げる7。だからといって、彼らが環境や民主主義や地域活性化のために尽力する精神主義者だと思うのは誤解である。

風力発電や太陽光発電に投資することは、リーマン・ブラザーズほどではないものの、ドイツにおいては長年10%近い利回りでバックされる「おいしい話」であった。今でも4、5%は手堅いといわれている8。また多くの人は、気心の知れた他の協同組合・会員と一緒に所有するソーラーファームに投資することは、必ず需要のある電気が対象ということもあり、損にはならないと考えるようだ。また金融機関も同様に考えるため、融資を受けることも簡単なのである。

地域に取り戻す
前回紹介したオストリッツ市やウンターハヒングのエネルギー自給は市の事業で、自治体の政治家がイニシアチブを取って実現した。このトップダウンは下から上へ力が働く協同組合運動と相性がいい。例えばフェルトハイム村では、村民の協同組合とこの村より上位の地方自治体であるトロイエンブリーツェン市が手を組んで村でのエネルギー事業を展開している。そうなるのはなぜなのだろうか。

比較的大きな町は、昔はガスの供給や発電、送電・配電などのエネルギー事業を、水道、下水・ごみ処理、交通などと同じように自分の手で行っていた。このような技術と関係した公共サービスを行う市の事業所もしくは市営企業は「シュタットヴェルケ」と呼ばれてきた。

ところが多くの町は、財政難と、1990年代から特に大きくなった民営化の波により、シュタットヴェルケを売却してしまった。もちろん、全ての町がそうだったわけでない。というのも、高圧送電線は大手の電力会社が操業しているが、消費者に近い配電線の方を運営する会社は現在でも900社以上あり、そのほとんどがこのようなシュタットヴェルケなのである9

しかし、2009年8月末に行われた調査機関エムニッドの世論調査の結果(下記のグラフ510)からも分かるように、多くの人々は自分の町の公共事業や貯蓄金庫といったものに信用を寄せるようになった。これはリーマン・ショックを境に、民営化についての人々の考え方が変わり11、身近なものしか信頼しない傾向になったためである。エネルギー協同組合が雨後のたけのこのように増えているのも、この時代の雰囲気の反映である。

【グラフ5:信頼できる組織は】
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現在、多くの市町村が一度手放したエネルギー事業を取り戻そうとしている。これは人々が価格やサービスの点で民営化の現実に満足できないこともあるが、人々の考え方が変わったからである。また2011年から2015年までの間に1,000以上の市町村でエネルギー事業民営化の認可契約期限が切れるが、この事情も民営化の見直しのきっかけになる12
つまり地方自治体は、一度手放したエネルギー事業を再度行おうとしているので、「ローカル化」でなく「リローカル化」であり「地域に取り戻す」のである。キーワードは「シュタットヴェルケ」だ。

住民投票を求める署名運動が展開されるなどメディアから取り上げられることが多いベルリン、ハンブルク、シュツットガルトといった大都市だけでなく、小さな都市も一度失った影響力を取り戻そう努力している。

以前はエネルギー事業とは無関係だった小さな自治体の中にも、近隣の市町村と一緒になってエネルギー事業を展開している。この場合は「ローカル化」であるかもしれないが、村に風車や水車があったころを考えると「リローカル化」といえる。いずれにせよ、ドイツ全体で2007年から2012年までに60のシュタットヴェルケが誕生した13

フェルトハイムのエネルギー・プロジェクトで重要な役割を演じるトロイエンブリーツェン市のミヒャエル・クナーペ市長も、自治体の配電・送電線を大手電力会社から取り戻すことの必要性を強調した。フェルトハイムで電気代を安くできるのも、村の中の電線は自分たちで敷設したからである。だからこそ、地元の配電線を取り戻すことを目標とする村や町が多い。

「エネルギー転換」のこれから
「環境VS経済」の図式を単純にドイツに適用するのは考え物だ。例えば、消費者が支払う電気代が上昇するのは、電力の市場取引価格が下がり、その結果、法的に保証された再生可能エネルギー電力の買い取り価格との差が増大しているからでもある。電力市場価格が下がり、その恩恵を受ける企業がたくさんある以上、高い電気代の原因が環境を優先して経済性を無視している結果とはいえない。
この図式からすると、現在の与党が経済重視、野党が環境優先と色分けすることはできない。例えば、エネルギー「草の根運動」や市町村の「リローカル化」は党派を超えて進められている。そこで出会うのは地元政治家で、党の所属は無関係である。

次に、ドイツ政府の「エネルギー転換」政策といえば、洋上風力発電プロジェクトがある。風が吹く洋上で電気を大量生産し、北から南に走る「電力スーパーハイウエー」(高圧直流送電線)を建設して、2022年までに原子力発電所がなくなる南ドイツへ電気を届けるというものだが、この政策に関し国政レベルでは政党間の大きな対立は見られない。

このような洋上風力発電は、2000年代の初め「脱原発」にかじを切った当時のドイツ社会民主党・緑の党による連立政権が、原発なしの世界に不安を覚える人々を説得するために作成したシナリオで、それを現政権が踏襲したからだ。また電力スーパーハイウエーについて対立があるとしたら、それは政党間ではない。緑の党の中でも現場の党員は住民の反対運動に加わり、国政レベルの政治家が「脱原発に賛成する以上、送電線に反対してはいけない」と止める方に回る14

洋上風力発電も電力スーパーハイウエーも巨大プロジェクトでエネルギー集中大型システムの典型であり、成長経済の根底にある大量生産・大量消費のフォーディズムと共通する。これに対して、エネルギー「草の根運動」や「リローカル化」の推進者など、分散型エネルギーシステムを目指している人々はプロジェクトに対して懐疑的である。この場合の対立は環境か経済かでなく、マクロ経済設計上のイデオロギー的対立といえよう。

この二つの巨大プロジェクトについては、経済性、技術的側面に関して評価が分かれる。洋上発電は再生可能エネルギー助成率が陸地の風車よりも2倍以上高く、電気代上昇の最大責任者とされる。風力発電技術も日進月歩で、今では風の弱い内陸でも発電効率を確保できるため、巨大プロジェクトの経済性が疑問視される15。ところが、海上は風がよく吹き8,200時間も稼働したと聞く16と、電力安定供給のために巨額の投資も必要に思えてくる。

ドイツの北と南の地域的対立や、州政府と中央政府の見解の相違の方が、これらの経済性評価より重要である。洋上風力発電は北が電気をつくり南が消費するというパターンだが、南ドイツの州や自治体が、北から送電される電力を消費するだけの受動的立場に満足するとは考えにくい。「草の根運動」や「リローカル化」が示すように、どこであっても人々のエネルギー自給志向は強いからだ。

現在、北海の洋上6カ所でウインドファームが建設されているが、現状ではその後のプロジェクトは予定されていない17。また電力スーパーハイウエーも、当初は必要なのは4本で全長4,400キロメートルとされていたが、3本2,800キロメートルに短縮した18。巨大プロジェクトは、分散型エネルギーシステムが拡充するにつれて竜頭蛇尾に終わるかもしれない。

南北の送電線ができなければコストを掛けた洋上風力発電の安い電気が隣国に輸出されるだけのことだが、このようにドイツの「エネルギー転換」は矛盾をはらんでいて、いろいろな場所でいろいろな人々が好き勝手に何かやっているという印象がある。このような事情を、地熱発電を始めたウンターハヒング前市長のエルヴィン・クナーペさんも「多くのことが混乱したまま、これまで進行してきたし、今後もそのように進むだろう。秩序を重んじるドイツ国民にとって例外的だ」と表現して笑った。言い得て妙である。

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1 http://www.unendlich-viel-energie.de/de/wirtschaft/detailansicht/browse/4/article/187/grafik-dossier-energiegenossenschaften-in-deutschland.html
2 http://www.bmelv.de/SharedDocs/Pressemitteilungen/2012/343-BL-Bioenergiedoerfer.html
3 Energiegenossenschaften. Ergebnisse der Umfrage des DGRV und seiner Mitgliedsverbände im Frühsommer 2012の7ページ。
4 同上の6ページ。
5 同上の8ページ。
6 同上の16ページ。
7 同上の14ページ。
8 ドイツエンジニア協会の週間新聞、http://www.ingenieur.de/Themen/Erneuerbare-Energien/Erneuerbare-Energien-beleben-Genossenschaftsmodell また経済紙ハンデルスブラット、http://www.handelsblatt.com/technologie/energie-umwelt/energie-technik/energietrend-gemeinden-erzeugen-gruenen-strom-in-eigenregie/6202912.html
9 http://www.strom-magazin.de/netzbetreiber/
10 Hans-Joachim Reck:Das Stadtwerk der Zukunft. Neuer Aufwind für die kommunale Wirtschaft.2009年10月20日レーゲンスブルグでの講演の4ページ。
11 http://www.dstgb.de/dstgb/Pressemeldungen/Archiv%202011/Privatisierungen%3A%20%22Kein%20Tafelsilber,%20sondern%20Essbesteck%22/ の中でのゲルト・ランツベルク・ドイツ市町村連合会事務長の発言。
12 http://www.demo-online.de/content/rekommunalisierung-der-energieversorgung-ae-chancen-und-risiken
13 http://www.spiegel.de/wirtschaft/soziales/methoden-der-energiekonzerne-im-kampf-um-die-staedtischen-verteilnetze-a-893018.html
14 http://www.wiwo.de/politik/deutschland/stromnetz-buerger-stellen-sich-neuen-stromleitungen-in-den-weg-seite-5/5155296-5.html
15 http://www.spiegel.de/wirtschaft/soziales/offshore-windparks-verlieren-an-windraeder-an-land-a-889943.html
16 VDI Nachrichten. 21. Juni 2013. Nr. 25. の11ページ “Windkraft auf See fehlen Langzeitfristzusagen, um wirklich durchstarten zu können.”
17 同上。
18 http://www.bundestag.de/dokumente/textarchiv/2013/44448811_kw17_de_netzausbau/

M305-0024
(2013年7月3日作成)