発行:2013/06/19
概要
ドイツにおけるエネルギー転換とは、再生可能エネルギーを使うようになるだけでなく、システムが集中型から分散型に変わることを意味している。今回は、その現場というべきドイツの市町村での具体的な取り組みを紹介し、次回はその意味について考える。
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農村
ベルリンから南西に60キロメートルほど車で走ると、とある農村に到着した。村の入り口には「エネルギー自給村フェルトハイム」という道路標識が立っている。ここでいうエネルギーとは、電気だけでなく、暖房と温水供給のための熱エネルギーも含む。ドイツでは、普通の家屋は地下室にある灯油やガスのボイラーでお湯を供給し、冬にはこのお湯を使って全館暖房しなければならない。
人口130人足らずのこのフェルトハイム村には、アルトマイヤー連邦環境大臣や日本の俳優山本太郎さんだけでなく、世界各国の人々が視察にやって来る。また、近くの学校から子どもたちが毎週のように見学に訪れるという。その理由は、道路標識に記されているように、この村が電力・熱エネルギーの自給自足をドイツで実現した最初の市町村の一つだからだ。
夏なら何かが栽培されているのかもしれないが、私が訪れたときには雪原で、どちらを向いても同じ風景が広がっており、地平線の果てまで風力発電の風車が続くだけだった(写真左上1)。風車は全部で43基、総発電能力は7万4100キロワットに及ぶ。ちなみに、福島第1原子力発電所の第1号機は出力46万キロワットだったので、そのほぼ6分の1に相当する。
案内してくれたジークフェルト・カッペルトさんによると、村には出力500キロワットのバイオガス発電施設もあり、そこで豚や牛のふん尿や穀物の茎などの切れ端からバイオガスを発生させて発電し、排熱を地域の暖房に利用するコージェネレーションになっているという(今やコージェネはどこでもスタンダードだ)。また夏になって暖房の需要が落ちるとガスを売るらしい。その上、ガス発生の副産物として肥料が得られるそうだ。ちょうど話の途中で、穀物の切れ端と豚のふん尿がミックスされたエネルギーの原料が村の農家から取り入れ口に運ばれてきた(写真右上2)。
村には所有林から得られる木のくず、木材チップを使った出力5,000キロワットの火力発電施設もあり、年間3,000万キロワット時を発電するだけでなく、5,000キロワットに相当する熱エネルギーを地域暖房に供給している。また、村にある元ソ連軍の演習場跡地に2.25メガワットピーク(MWp)のソーラーパネルが設置されていて、年間278万キロワット時を発電している。カッペルトさんによると、これで600世帯(4人構成)の電力消費をカバーできるそうだ。
この村のエネルギー事業を並べていくと、使い切れないほど大量の電気がこの村で生産され、売られていることが分かる。だからこそ、カッペルトさんは村の経済を支える新しい柱ができて農業を続けることができたと喜ぶ。彼と話していると、発電も高い収益をもたらす農作物のように考えられていることが分かる。欧州連合(EU)の農業への助成はどんどん減っているので、フェルトハイムのような「エネルギー村」を目指す農村が増えつつあり、連邦や州の農林省も援護する。
フェルトハイムでは熱エネルギーだけでなく、電気も供給不安定な風や太陽だけに依存しないで、バイオガス・バイオマスを利用した安定供給を実現している。村民の協同組合は、市町村合併によって村がその一部になったトロイエンブリーツェン市と一緒に設立した有限会社が、自然エネルギーに特化するエネルギークヴェレ社の助力を得て、村の中でエネルギー事業を実行している。村の電気代は1キロワット時16.6セントで、10年間据え置きだ。ちなみにこの値段はドイツの平均より25%も下回る。
国境の過疎の町
ドイツの東西統一後ポーランドとの国境になったナイセ川のほとりにオストリッツ市はある。人口2,500人ほどのこの町も、エネルギーの自給自足を目標にして長年努力している。
まず熱エネルギー供給から始め、木材チップの燃焼炉で発生した温水が町の道路の下に敷設されたパイプを通って290世帯に送られる。この世帯数は全体の70%。100%でないのは、自宅の地下室に灯油ボイラーを買ったばかりの家庭がもう少し使いたいと願い出たためだそうだ。ということは、能力からいって熱エネルギー自給自足体制はすでに出来上がっていることになる。
次は電力の方だ。左上の写真3はナイセ川である。左下の方に一部しか写っていないが、取り入れ口があり、その下に出力14.7キロワットの小さな水力発電機が稼働している。また、学校の屋根にはソーラーパネルがある。しかし一番大きな電力源は、町の外の原っぱにあるウインドファームで、8,800世帯分の電力を生産しているらしい。ということは、余るほど発電されているわけで、この町では電気の自給が実現したといえそうだ。
ところがエネルギープロジェクトを担当するシュテファン・ブラシュケさんは、材木チップの山の前で(写真右上4)、町で蓄電できない限り、本当の意味で自給ではないという。というのは、風が吹かなくなった途端、外から電気を買い入れることになるからだ。
オストリッツが、フェルトハイムのようにバイオガスやバイオマスの発電をして、電力自給体制を築こうとしないのは、この町が農村ではなく、農業、牧畜、林業の副産物というべきバイオマス資源を自給できないためだ。でも発想の問題もあるかもしれない。というのも、近くに森や畑がたくさんあるからである。
この地域は昔から褐炭の露天掘りが盛んであった。そのため当時オストリッツは褐炭による火力発電の中心地で、ここから東ドイツ全体の消費電力量の10分の1を供給していた。また皮革や化学関係の工場もあり、人口は4,000人近くあった。ということは、東西統一後、人口が40%近くも減って過疎の町になったことになる。
こうして東ドイツ時代はこの町も栄えていたのだが、褐炭発電のばい煙のため、天気の良い日に庭でお茶を飲んだりすることはできなかった。だから、人々は町がきれいになったことばかり話す。この町の人々にとってエネルギー自給とはクリーンなエネルギーにとどまっており、地域経済に前向きに組み込もうとする姿勢はあまり強くないように思われた。
ベッドタウン
ウンターハヒングはミュンヘンの南隣の町で、人口が2万3000人もあり、独立した行政区で市長もミュンヘン市長とは別の人である。とはいっても、電車で20分足らずで行くことができ、電話をしても市内扱いのため、どこかミュンヘン市の住宅地区という感じがするためベッドタウンといえる。次にミュンヘンであるが、経済的に豊かな南ドイツの中心都市で、裕福な人々が多く住んでいるとされる。
このようにフェルトハイムやオストリッツとはすっかり性格の異なるウンターハヒングの町も、エネルギーの自給を目標にしている。とはいっても、できることは限られている。バイオガス発電のために豚のふん尿を運ぶトラクターがこの町の中を走ることは想像できない。風力発電の場合も、騒音や低周波振動に住民が抗議することは火を見るより明らかだろう。
幸いなことに、アルプス山脈の麓というべきミュンヘンの近くには、別のエネルギー資源が2,500メートルから4,000メートル深い地下に埋もれている。そこに90度から150度のお湯をスポンジのように大量に含んでいる地層があるのだ。ウンターハヒング市のエネルギー源は、町の下3,350メートルの深い場所に数百万年前からたまっている122度のお湯である。
この熱いお湯は湧出量1秒150リットルで地表に到着し、熱交換器で熱を奪われて、60度まで温度を下げる。役目を果たして少し冷めたお湯は、今度は取り出し口から約3.5キロメートル離れた戻し口から深さ3,590メートルの地中へ戻される。取り出すパイプと戻すパイプの二つを使って地下のお湯を循環させ、可能な限り元の状態を保ちながら、地熱資源を利用していることになる。
これは「持続可能性」のためであり、地熱利用を始めたウンターハヒング前市長のエルヴィン・クナーペさんが私と話しているとき、この事情を「300年以上はもつエネルギー資源を、私たちは手にした」と表現した。
122度のお湯は、発電と地域暖房に利用される。発電は、このような低温度でもタービンを動かすことができるように、沸点が低いアンモニアと水の混合液が使われている。この方式は発明者の名前をとってカリーナサイクル発電と呼ばれている。
この方式はドイツでは初めてだったが、日本ではすでに実施されていた5。プラントを引き受けたドイツ企業は日本まで見学に出掛けたそうだ。ウンターハヒング発電施設の最大能力は3.36メガワットで、2009年に発電を開始。地域暖房の方は、オストリッツと同じ方式で、温水(約70度)が町の道路の下に敷設されたパイプを通って各家庭に運ばれ、熱交換器によって家屋の暖房に利用される。2007年に開始し、敷設工事の進展とともに供給量が増大しつつある。
こうして2010年には、8,500万キロワット時の熱エネルギーと1,100万キロワット時の電力がそれぞれ生産された。これらの数字は、約8,000世帯分の暖房と温水と3,500世帯の電気の需要をカバーできる量である。
左の写真6は、カリーナサイクル発電の傍らに立つウンターハヒング地熱有限会社のヴォルフガング・ガイジンガー社長だ。彼はプロジェクトが計画されていた2001年ごろ、地熱を発電に利用する考えが今より強かったと語る。ところが、20ドルだった原油価格がその後急騰。住民が暖房に利用する灯油も天然ガスも高騰する。ということは、再生可能エネルギーとしての高い買い取り価格で電気を売るよりも、熱エネルギーを市民に直接売る方がもうかることになる。この事情から、熱利用をメーンとして、夏場などの需要が落ちたときは発電量を増やすという操業方式を採用している。
ミュンヘンの近くでは、ウンターハヒングのように地熱を利用したり、またボーリングしたりしている市町村が20近くあるが、今のところ発電はウンターハヒングとその隣町だけである。
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1 筆者撮影。
2 同上。
3 同上。
4 同上。
5 例えば、http://www.kankeiren.or.jp/kankyou/pdf/095.pdf
6 筆者撮影。
M305-0023
(2013年6月12日作成)