電気自動車が消える国 ー ドイツ自動車業界のこれから

ドイツ自動車連盟(ADAC)はドライバー・サポート組織で、クルマが故障して路上で立ち往生している人を支援したりするだけでなく、自動車について情報を提供してくれる。約4千5百万台の乗用車数が路上を走るこの国でで、1500万人の会員をもつこの組織はメーカーには重要な存在である。

少し前にドイツ政府は、電気自動車(EV)に4000ユーロ、プラグイン・ハイブリッド車(PHV)に3000ユーロの補助金をその購入にあたって支払う制度を発表した。早速ドイツ自動車連盟は12の該当モデルを選んで、その大多数が補助金をもらってもガソリン車やディーゼル車よりユーザーに割高になると指摘[i]。その最大の理由はこのような電気で動く自動車は価格が30%から70%も割高であるために、購入後のコストが低くなってもなかなか取り戻すことができないからという。

「千里の道も一歩から」

こうしてはじまった電気自動車購入・助成制度であるが、時期が時期だけに、「ディーゼルゲート」隠しと勘ぐる人は少なくない。ドイツメーカーは、以前は燃費のいいディーゼルで二酸化炭素放出を少なくして、環境に寄与しているという建前であった。ところが、今やディーゼルに対する反発は予想以上に強い。ということは、独自動車業界に電気自動車によって環境イメージの改善が必要になる。

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出典:独連邦陸運局

http://www.kba.de/DE/Statistik/Fahrzeuge/Bestand/FahrzeugklassenAufbauarten/fahrzeugklassen_node.html

それだけでない。2011年にメルケル首相は2020年までにドイツの電気自動車を百万台にすると発表した。当時二千台代程度の電気自動車が走っているだけで「千里の道も一歩から」であった。上の図表1からわかるように、五年後の2016年1月1日現在でもわずか二万五千五百台しか走っていない。目標の百万台からほど遠く、これでは「一歩」が「三百歩」程度になったに過ぎない。

次に3000ユーロ(PHV)と4000ユーロ(EV)の購入補助であるが、半分はこの制度に参加するメーカーが負担する。ドイツ政府は助成金の上限を12億ユーロに設定しているので6億ユーロを払うだけである。用意された助成金がつかわれると30万代から40万台の電気自動車が購入されることになる。政府はこれがきっかけになって50万台がドイツの路上を走るようになると期待する。選挙を来年に控えている現政権は「2020年百万台」という目標に向かって動き出したという印象を演出したいのだといわれる。

それでは、この電子自動車普及支援政策はどのように受け取られているのだろか。購入補助となると、プレミアムカーで潤ってきた企業の営業活動に税金がつかわれていることになり、反発が強い。そのためにエコノミストから電子自動車の研究に税金をつかうべきだとする声があがった。研究支援はその詳細が一般に知られていないために、そのような要求が出てくるのであろうが、これまでもメーカー側は散々研究費を支援されてきたし、半年前にも30億ユーロも増額されたところだといわれる[ii]

電気自動車は、アウディを運転する高所得者が妻にカイエンを買い与え、一八歳になった娘にプレゼントするクルマというイメージがある。今回の助成が、あまり必要としない人々を支援するだけだと批判されるのもこのためだ。

また効果を疑問視する人も多い。世界金融危機の2009年にドイツも景気回復のために新車買い替え補助金を設けて、当時利用者が多かった。それは申請したら得したからで、独自動車連盟が批判したように、今回は事情が異なる。補助の金額は低く、平均的ドイツ国民は購入したくなる気になれない。

奇妙な統計数字

ドイツで電気自動車が普及しない状況をろくろく分析もせずに今回の支援に踏み切ったことを難ずる人も少なくない。その例の一つは統計の数字である。下の図表2は2015年のEVとPHVの新規登録台数である。ドイツは四位で、フランスやスェーデンよりも多く、電気自動車に熱心な印象をあたえるかもしれないが、本当はそうでなく、人口が多いだけである。

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出典:https://www.acea.be/uploads/press_releases_files/AFV_registrations_Q4_2015_FINAL.PDF

下の表1は欧州諸国で電気自動車が新規登録乗用車に占める割合をしめす。この表からわかるように、ドイツは欧州主要国のあいだでは後れをとっている。ノルウェーは電気自動車天国とよばれ、五台に一台は電気で走る。この国では付加価値税やその他の税が免除されているために電気自動車はガソリン車やディーゼル車とくらべて二万ユーロほど割安になるといわれている。またバス車線を走行でき、公立駐車場や一部の有料道路が無料になる。今や、2025年からガソリンやディーゼルの乗用車と小型トラックの販売を禁止することまで検討されているほどだ[iii]

表1:新規登録車に占める電気自動車(2015年上半期)

ノルウェー 22.8% 英国 1.1%
オランダ 3.7% フランス 1.0%
スェーデン 2.0% ベルギー 0.7%
スイス 1.8% ドイツ 0.6%
デンマーク 1.2% フィンランド 0.6%

出典:出典:ACEA(欧州自動車工業会)http://www.acea.be/uploads/press_releases_files/AFV_registrations_Q2_2015_FINAL_v2.pdf

http://www.acea.be/statistics/tag/category/by-country-registrations

ドイツの電気自動車で一番奇怪なのは登録された車がどんどん消えていく現象である。この事情を確認するために図表1の登録台数と図表2の新規登録台数にもどり、そこの数字を以下しるす。

A:2015年1月1日の登録台数     18550台

B:2015年12月末日まで新規登録台数       23480台

C:2016年1月1日の登録台数       25500台

2015年に登録されていた電気自動車が、廃車扱いにされたり、車籍が国外に移され、そこで登録されたりしないかぎり、Aの台数+Bの台数=Cの台数になるはずである。上記のAとBの台数を加算すると42030台にもなる。ところが、2016年初頭のCの登録台数25500台だ。とすると、16530台もの電気自動車が廃車になったり、ドイツの外に出て行ったりしたと仮定しないと説明がつかない。

ところが、多くの電気自動車は購入されてから間もないし、一度購入した自動車は長々と乗り続ける国民性を考慮すると、国内で廃車されたとは考えにくい。ということは、大多数のクルマは外国へ転売されたことになる。事実メーカーと関係が深いディーラーによって購入されて新規登録された後、しばらくしてから需要があるオランダやノルウェーなどの外国に中古車として転売されるし、メーカー側もこのことを部分的に認めている[iv]。これが登録された電気自動車がドイツから消えていき、登録台数があまり増加しない事情である。

新車を中古車として売るのは損になるが、メーカーがそうするのはEUのCO2規制にクリアするためだ。というのは、メーカーごとに新規登録された乗用車のCO2 排出量・平均値が計算される。規制はきびしくなり、2015年からは130g/km以上であってはいけない。但し計算のしかたは政治的妥協の産物で、重たい自動車をつくる独メーカーが不利にならないようになっているといった具合で複雑である。また電気自動車のように排出量が50g/km未満のクルマが入っていると、「スーパークレジット」と称して、その台数が2、5倍とか割り増しカウントされ、メーカー全体の平均排出量を低くすることができる。

クリアできないと、イメージダウンになるだけでなく、下手すると罰金を課せられる。そうならないようにするために、新規登録時に自社製電気自動車があったほうがいいことになり、それを考慮すると、新車を中古車として売ることの損など些細なことと見なされる。このような事情から、メーカーにとっての電気自動車の意味は重たいプレミアムカーやSUVの美味しい商売を続ける手段であったし、これからもそうである疑いが環境派からもたれている。

EUのCO2規制は2021年から95g/kmときびしくなる。よく問題にされるのは実測値とカタログ値のギャップで、38%もあるとされる。これまでは、検査を現実に近づけようとする圧力にロビー力によって対抗できたが、「ディーゼルゲート」のためにそれもむずかしくなる。そうなるとメーカーも今まで以上に多くの電気自動車を売らなければいけない。今回の購入助成は窮地に陥る自国業界に対する援護でもある。

過渡期の長さ

自動車業界では、これからどうなるかが見えにくいといわれる。例えば「自動運転車」がそうだ。メディアでは自動車業界の未来がかかっているかのように扱われる。ところが、フォルクスワーゲンのマティアス・ミュラー現CEOが昨年まだポルシェの社長だった頃にこれを「根拠のない空騒ぎ」とよび、当時これを聞いて溜飲を下げた自動車関係者は多かったといわれる[v]

自動車の自動走行の技術は厄介な倫理的・法的問題と絡むだけでなく、技術も社会的必要性と結びついてビジネスモデルとして展開できなければいけない。そうならないで技術のための技術にとどまっていると、サーカスで綱渡りを見て感心しているのとかわらない。

今回の電動自動車購入助成金よって、ドイツの自動車業界も水素燃料電池車(FCV)でなく二次電池式電気自動車(EV)に重点を移したと思う人がいるかもしれないが、これも今後のエネルギー政策の展開と技術の進歩を待たなければわからない。とはいっても、バッテリーも電気モーターも、水素燃料電池より身近であるために電気自動車(EV)が市場で増えると思われる。

電気自動車の時代が間近に迫っているという人も少なくない。彼らは「ティッピング・ポイント」という英語をつかって、以前携帯がスマホに取って代わられたように、EVが普及しだすと、ガソリン車もディーゼル車も見向きもされなくなると警告する[vi]

このように考える人の多くは、「テスラ旋風」にすっかり魅惑されているからだとしかいえない。この米国生まれの自動車のイノベーションは技術でなく[vii]、イメージづくりにあるといわれる。電気自動車は環境派が理想とする素朴な自然とむすびついていた。それを金に糸目をつけない高級車にして、シリコンバレーの成功者のイメージと組み合わせたのが決め所である。

ということは、テスラはクリーンな高級車で、ドイツメーカーのプレミアムカー戦略の継続を可能にするヒントでもある。今回の購入助成の対象の上限を6万ユーロに、それもネット価格にしているのも示唆的である。こうして置くと、高額なクルマもこの国の自動車業界の習慣によって価格を柔軟に査定して、助成の対象にすることができるからだ。

デュースブルグ・エッセン大学・自動車研究所のフェルディナント・ドゥーデンヘファー所長も「テスラ旋風」の信望者で、プラグイン・ハイブリッドを「袋小路の技術」と決めつけ、既存自動車メーカーの起業家精神の欠如を嘆き、「ハイブリッドという生半可な道を選んだが、それは彼らに市場に真の断絶的イノベーションをもたらす勇気がなかったからだ」と批判する。ということは、ハイブリッド車などは、長年お世話になったガソリンエンジンの面子をつぶさせないために涙ぐましい延命処置をほどこしていることになりそうだ。でも本当にそうなのだろうか。

電気自動車は面倒なところがある。充電の問題もその一つだ。本格的に普及しだしたら、現在の技術水準では充電スタンドは渋滞になるしかない。最終的にはエネルギー政策と関連しているので、携帯電話がスマホになったという話と同一視できない。とすると、ハイブリッド車を跳び越えて電気自動車の時代にはならないように思われる。

どこまで本気か

この国では、自動車メーカーと首相並びに関係大臣が年に何度か会合し、これは「自動車サミット」とよばれる。最重要テーマは通常EUの排気ガス規制である。これほど特別扱いされるのは自動車が雇用に重要とされ、就労者の七人に一人は自動車と関係があるとよくいわれる。

今回の電気自動車補助制度もこのような太いパイプを通じて業界のほうが働きかけて実現した。その後の記者会見でメルケル首相が中国でスモッグのために普通の自動車は今に売れなくなると発言したそうである。中国の大都市ではナンバープレートの取得が抽選である。ところが、電気自動車には特別枠がみとめられている。また政府や市町村から出され購入補助も一万ユーロをはるかに超えているので、東独の質素な牧師のお嬢さんだったメルケル首相よりずっと気前がいい。

このような事情から中国では2015年に20万台も新規登録され、30万台に増大、いつの間にか日本を抜き、今やその登録台数40万台の第一位米国に迫る勢いだ[viii]。ダイムラー社はBYDと、BMWもブリリアンス・チャイナと合弁で電気自動車をつくっているが、あまり売れていないそうであるが、中国市場にプレゼンスしていることが重要で、商売は二の次かもしれない。

現時点ではっきりしているのはドイツのメーカーが電気自動車を今までより真剣に考えている点である。フォルクスワーゲンは本社のヴォルフスブルクから南に50キロほど離れたザルツギッターの町でエンジンを製造している。少し前に報道されたが、そこに110億ユーロもかけて大きな電池製造工場の建設を検討しているそうだ[ix]

現在、電池が電気自動車の付加価値の40%も占めることが指摘され、だからこそエンジンを製造できなくなったら電池製造という話になるのかもしれない。日本や韓国に対して技術的にすっかり出遅れているとして、(独3メーカーがジョイントベンチャーを組んでノキアの地図サービス部門を購入したように)次世代電池の研究・開発に関して合同で取り組むように警告しする人もいる[x]

ダイムラー社も、ドレスデンの近くのカーメンツで電池工場を2017年までに5億ユーロをかけて拡大させると発表した[xi]。似たような話でも、こちらのほうが苦い経験に基づいた現実的な話である。というのは、長年ダイムラー社の子会社のリ・テクがここでバッテリ・セルを製造していたが、うまく行かず、昨年末に工場を閉鎖し、東アジアから供給されたセルを組み立てて電池をつくることにしたからだ。これは自社の自動車につかわれるだけでない。現在再生可能エネルギーでうまれた余剰電力のために蓄電装置の製造も意図されているそうだ[xii]

電気自動車にはあまり熱心でなかったドイツの自動車メーカーも、今少しずつ方向転換をしているようにみえる。近い将来、「電気自動車が消えていく国」もまったく過去の話になるかもしれない。(発行:2016年7月12日)

脚注:

[i]  https://presse.adac.de/meldungen/technik/adac-autokostenvergleich-auch-mit-kaufpraemie-nur-wenige-elektroautos-rentabel.html

[ii]  https://www.ifw-kiel.de/medien/fokus/2016/ifw-fokus-188

[iii]  http://www.dn.no/nyheter/politikkSamfunn/2016/06/02/2144/Motor/frp-vil-fjerne-bensinbilene?_l

[iv]  http://www.spiegel.de/auto/aktuell/elektroautos-jedes-zweite-auto-verschwindet-aus-der-statistik-a-1086729.html

[v]  http://www.zeit.de/mobilitaet/2015-09/roboterauto-trend-oder-hype/seite-2

[vi]  http://www.zeit.de/mobilitaet/2013-10/elektroauto-durchbruch-trendforscher

[vii] http://www.slate.com/articles/business/the_juice/2016/04/tesla_s_real_innovation_is_its_business_practices_not_its_electric_cars.html

[viii]  ZSW: Monitoring E-Mobilität 2016

[ix]  2016年5月28日,FAZ19頁。

[x]  http://www.bain.de/press/press-archive/bain-analyse-zur-elektromobilitaet.aspx

[xi]  http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM03H09_T00C16A6EAF000/

[xii]  http://www.manager-magazin.de/unternehmen/autoindustrie/warum-daimler-jetzt-doch-eine-grosse-batteriefabrik-braucht-a-1080538.html