ドイツの鉄道事情(2) 

発行:2011/03/17

  • 概要

国内旅客輸送において民間に押され気味のドイツ鉄道だが、貨物部門では国際化戦略が進んでいる。欧州各国にまたがる路線のネットワークを築いているだけでなく、リーマンショックでいったん中断された欧州・中国を結ぶコンテナ定期便「トランス・ユーラシア・エクスプレス」の運行計画も断念されてはいない。

●欧州での国際化戦略
ドイツ鉄道に関して国民の多くに理解されにくい点は、この会社が次から次へと外国企業を買収することである。最近の大きな買い物は英国のアリーヴァ社で、昨年8月、ドイツ鉄道は28億ユーロの大枚をはたいて買収し、物議をかもした。アリーヴァ社は英国でバスや鉄道などの事業を行っていたが、「高原列車」のヴェオリア交通と同様に今や欧州各国で交通事業を展開している。

ドイツ国民の大多数には、ドイツ鉄道がなぜロンドンの街を走るバス会社と関係を持つのかがピンとこない。また昨年末には、ドイツ鉄道の新たな子会社がポーランド北西部のクヤヴィ=ポモージェ県で鉄道近距離乗客輸送の操業認可を獲得したというニュースが流れた1。ちょうど国内ではドイツ鉄道が寒波で運行を停止しており、国内の顧客サービスについて人々の不満が募っていたころで、火に油を注ぐことになった。
人々が憤慨する大きな理由は、株式会社となったドイツ鉄道を今でもドイツ国民のための鉄道事業者だと思っているからである。だからこそ、「ベルリンで電車が動かないというのに、ポーランドの一地方で何をしているのだ」という反応になるのだろう。

このような感情的な反応は当然ともいえる。なぜなら、元来民営だった鉄道事業が19世紀後半にだんだん国営化され、やがて人々の意識の中で国家から切り離すことのできないものとなってきた歴史があるからである。だからこそ、仏高速列車TGVがドイツの線路を、また逆に独高速列車ICEがフランスの線路を走ることが、複雑な国民感情を引き起こす。今や欧州で隣国のトラックや乗用車が自国の道路を走っていても誰も気にかけないことを考えると、これは興味ある現象である。
しかし、全株政府保有ではあるものの、株式会社である以上、経営者は株主に対して企業の価値を増大させる義務を負っている。企業買収も本来この観点から論じられるべきで、鉄道貨物輸送に限定すれば、ドイツ鉄道の国際化戦略は理解できないことはない。

2007年に、ドイツ鉄道はスペインのトランスフェーサと、英国のEWS(イングリッシュ・ウェルシュ・スコティッシュ・レールウェイ)の2社を傘下に入れた。前者の鉄道輸送会社はドイツ鉄道のイベリア半島での拠点となった。また後者は、民営化されたイギリス国鉄(BR)の貨物部門の大部分を引き継いだ会社で、買収には二つ大きな利点があった。一つは、この会社が2052年まで英仏海峡トンネルの貨物輸送能力の50%までを使用する権利を保有していること、もう一つは、フランスにユーロ・カーゴ・レール(ECR)という子会社を持っていたことである。

またドイツ鉄道は、2008年にルーマニアでロムトラーンス社を2、2009年にはポーランドでPCC・ロジスティクス社を買収。2010年初頭には、長年の努力が実ってイタリアのノルド・カーゴ社の株60%を確保した。他の隣国でも多数の貨物鉄道関係事業に資本参加、あるいは、密接なパートナーシップを築きあげている。

このような状況について、ドイツ鉄道のクラウス・クレンパー貨物部門・最高責任者は、「私たちがこれまで展開してきたことは、欧州では先駆的なことです。これほど、多数の国々にまたがるネットワークをつくった貨物輸送の鉄道事業者はこれまでいませんでした」と誇らしげに語った3

ここでクレンパー氏が誇るに値するというのには事情がある。なぜなら、鉄道には隣国の道路をそのまま走ることができるトラックとは異なり、厄介な問題があるからである。欧州の線路は、イベリア半島の一部とロシア、フィンランドを除けば、1,435mmの標準軌であるが、電圧も信号システムも国によって異なり、この技術的問題を解決しなければならない。そのため線路使用許可を取るのも容易でない。このような事情により、鉄道による物流を円滑に進めるためには、欧州各国で子会社やパートナーが必要とされるのである。

************************************************
1 2010年12月16日付、ドイツ鉄道プレスリリース
http://www.deutschebahn.com/site/bahn/de/presse/presseinformationen/ubp/p20101216.html
2 2009年のドイツ鉄道・ビジネスレポート http://www.deutschebahn.com/site/ir/dbkonzern__gb__online__2009/de/konzernabschluss/konzern__anhang/
grundlagen__konzernabschluss/veraenderungen__konzern/kaufpreisallokation__romtrans.html
3 2009年3月3日付、ドイツ鉄道プレスリリース
●ユーラシア大陸の夢
前記まではドイツ鉄道の欧州での国際化戦略の話であったが、既に多くが先進国である欧州の経済が今後高成長を期待できない以上、あまり景気のいい話ではないかもしれない。しかし、これ以外にも、ドイツ鉄道には長年にわたって辛抱強く進めているプロジェクトがある。

それは、ユーラシア大陸を横断する物流を、より太く、速くすることである。具体的には、ロシアのシベリア鉄道を経由してヨーロッパと東アジアを結ぶ貨物輸送の路線であり、低コストながら40日もかかる船便に対しても、また高価な航空便に対しても競争力のある「第三の道」を提供することである。この計画は、ロシアとドイツの鉄道関係者の間で、冷戦終結以来、会う度に議論されてきたといわれる4

2008年1月、北京において、ドイツ、ポーランド、ベラルーシ、ロシア、モンゴル、中国の政府代表者がこの計画を実現するために税関手続きを簡素にするなどの協定に調印した5。同年3月には、ロシア鉄道とドイツ鉄道は共同でトランス・ユーラシア・ロジスティクス社6を設立。ベルリンに設立されたこの会社は、北京とモスクワに事務所を開設し、欧州・中国間のコンテナ定期便「トランス・ユーラシア・エクスプレス」を運営することになった。

欧州から中国へ、また逆方向にも、それぞれ週に1本走るコンテナ定期便を2009年に開始するために、営業活動が開始され、また貨物輸送の実験が何度か実施された。例えば、ハイテク製品を積んだ50のコンテナが湖南省の湘潭市を出発して17日間後の2008年10月6日にハンブルクに到着したことが報道されている7。ちなみに、同様のサービスを提供するスイスの企業8の提示ではベルリン~モンゴル間の輸送期間が36日とあるので、中国湖南省からハンブルクまで17日間でコンテナを運ぶことを「エクスプレス」と呼んでも、誇張ではないといっていいだろう。

貨物の実物による輸送実験が必要なのは、鉄道特有の問題があるからだ。例えは、中国、ポーランド、ドイツの鉄道の線路は標準軌の1,435mmであるが、路線の途中にあるモンゴル、ロシア、ベラルーシは軌間が1,520mmであるために、ベラルーシのブレストと中国国境の駅で貨物列車の台車を交換しなければならないのである。

ところが、2009年2月に予定されていたコンテナ定期便「トランス・ユーラシア・エクスプレス」の運行開始はリーマンショックにより延期されてしまった。しかし、ドイツ・ロシアのジョイントベンチャー企業は、それ以来、欧州と独立国家共同体(CIS)諸国との間のコンテナ輸送に特化して営業しており、また中国との定期便も断念されたわけではない。

ドイツ鉄道はこのような輸送ビジネスの展開と並行して、2008年4月にポーランド国鉄、ベラルーシ鉄道、ロシア鉄道との共同出資によりZAO・ユーラシア・レール・ロジスティクス(ERL)という会社をモスクワに設立した9。事業内容は、出資企業のコンピューターシステムの相違を調整しネットワーク化してトラッキング&トレース・サービスを実現することや、さまざまなサービス改善およびコスト削減措置の考案と評価、商品開発といったソフト面に関連するものである。

ドイツ鉄道の「ユーラシア大陸の夢」は今後どうなるのだろうか。地続きである大陸がヨーロッパとアジアの二つに分けられるのは、スエズ運河という海路があるからである。しかし、それ以上に、「この状態は変わらない」とする思い込みが大きいのではないか。

イラク戦争のあった2003年。ロシア鉄道省の発表によると、その第1四半期にシベリア鉄道のコンテナ輸送の売り上げが70%上昇したという10。スエズ運河を通る海路が、中東情勢に大きく左右されるためである。このような事態はこれまで何度もあったが、それでも「海路で行ける」という思い込みは変わらず、こうして100年前にできたシベリア鉄道はいまだに単線のままで、貨物列車がその上を時速50kmでのどかに走行している。

しかし、今後も「待てば海路の日和あり」でやっていけるのだろうか。「ユーラシア大陸の夢」が夢でなくなる日も、あまり遠くないかもしれない。

****************************************
4 ドイツ連邦鉄道庁で民営化に貢献し、現在、国際鉄道法研究所所長のハンス・ユルゲン・キュールヴェッター氏の発言。
5 http://www.chinapost.com.tw/business/2008/01/11/138592/Beijing-to.htm
6 http://www.trans-eurasia-logistics.com/
7 http://www.n-tv.de/wirtschaft/meldungen/Gueterzuege-nach-China-article24327.html
8 類似したコンテナサービスを提供するスイスの会社:http://www.interrailservices.com/
9 http://www.rail.dbschenker.de/site/logistics/rail/raildeutschland/de/service/kundeninfos/joint__venture.html
10 http://www.verkehrsrundschau.de/irak-konflikt-verschafft-transsibirischer-eisenbahn-rekordumsatz-56141.html

M305-0002-2
(2011年2月3日作成)