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経済関係コラム

ドイツの自動車の動力源(2)

  • 発行:2019/07/1

概要

ドイツで電気自動車(EV)シフトが始まったが、自動車メーカーによるEV攻勢には反発や懸念の声も聞かれる。こうした中、2018年度にドイツで新車登録された「純粋なEV」は全体の1%にすぎず、EV用電池の供給過剰が続くと予測され、欧州の電池メーカーが投資に消極的な姿勢を示している。

バッテリーの意味
ドイツの自動車関係者と電気自動車(EV)について話したり、またメディアの報道を見聞きしたりしていると、彼らがバッテリーを(ガソリンの代わりに)電気を貯めておく「燃料タンク」のように考えているような印象を持つことがある。そのため、電池こそEV市場での差異化戦略の重要な要素だという見方はあまり強いように思われない。それでも、ドイツ自動車メーカーはバッテリーについていろいろと対策を講じている。

ダイムラーは、以前はリチウムイオン電池セルの製造を検討していたが、現在は外部から購入することにした。これについては2018年末に発表されたが、2030年までに必要とされる200億ユーロに相当するセルが確保されたといわれる。車載される電池パックシステムはこれらのセルから製造されるが、その工場は3大陸にまたがって6カ所に設立される。いずれも、既存または新たに建てる工場の近くに位置する。ブリュール、ドレスデンの近くのカーメンツ、シュツットガルトの近くのウンターテュルクハイム、へーデルフィンゲン、ジンデルフィンゲン、米アラバマ州のタスカルーサ、北京の工業団地、タイのバンコク、ポーランドのヤボールなどである7

BMWのバッテリーポリシーは少し異なる。中国の電池メーカー、寧徳時代新能源科技(CATL)はエアフルトの近郊にバッテリー工場を建設中だが、場所選びや資金調達についてはBMWが便宜を図ったといわれる。この工場が欧州でバッテリーセルを製造してくれるのは、どの自動車メーカーにとっても望ましいことである。資金をあまり出さずにこのように特別な関係を築くのが、このミュンヘンの企業の考え方である。韓国のサムスンSDIとの関係も密接だ。

BMWはリチウムイオン電池セルを製造していないが、将来の調達を確保するために直接コバルト鉱山の購入契約を締結している。また発想がオリジナルで、ドイツの化学大手BASFと組んで中国のCATLも加えて、ドイツ連邦経済エネルギー省の傘下にある国際協力事業団にアフリカのコバルト鉱山での人道的な現地人の労働の在り方についての研究を委託している。これは、電池が「善玉」である(「ドイツの自動車の動力源(1)」(2019年7月16日付掲載)を参照)条件を前もって考慮しているからである。

フォルクスワーゲン(VW)もリチウムイオン電池セルの製造については二の足を踏んでいた。ところが、2019年6月12日にスウェーデンのバッテリーメーカー、ノースボルトに9億ユーロ出資すると発表した。これは以前テスラに在籍していたピエテ・コールソン氏が立ち上げた会社である。VWは、この会社と組んで現在エンジン工場のあるザルツギッターで年間16ギガワット時(GWh)の生産能力のあるリチウムイオン電池セル工場の建設を2020年に開始し、2023/2024年に製造を始めるという。現在、VWはノースボルトの株式の20%を所有しているが、将来は50%にまで増やす8。VWのリチウムイオン電池の需要は2025年には150GWhに及ぶという。

ただしこのノースボルトはBMW、シーメンス、スイス産業用ロボットメーカーのABB、スウェーデンのトラッックメーカー、スカニアとも関係が深い。ザルツギッターにノースボルトの工場が設立されると、スウェーデンのシェレフテオ、ポーランドのグダニスクに次いで3番目の工場となる。またドイツの電池メーカー、ファルタはドイツ政府の支援を受けてフラウンホーファー研究機構とミュンスターでバッテリーセル生産技術の共同研究に着手することになっている9。以上が、バッテリーセルに関して欧州が東アジア勢に対抗しようとする試みである。

反対に東アジアのメーカーは、欧州での直接投資に積極的である。例えば、韓国のLG化学はポーランド、サムスンSDIとSKイノベーションはハンガリー、中国の比亜迪汽車(BYD)は英国もしくはドイツ10といった具合に続く。

欧州の電池メーカーが投資に消極的である理由
それでは、東アジアの電池メーカーがこれほど投資に積極的であるのに対して欧州の電池メーカーはなぜそうでないのか。彼らはアジアの生産者から高い値段を吹っかけられるとか、納入されなくなるといった心配はあまりしていない。これは、EV用電池は買い手優先の供給過剰状態にあり、今後もそれが続くと彼らが予想しているからだといわれる。このように思う人々が根拠とするのは、自動車用バッテリー市場についてのスタディーに記載されている内容を示したグラフ2である11。このグラフから分かるように、需要と供給の差は、これから2、3年は拡大傾向にある。供給過剰が継続し、2025年でもまだ30%余りもだぶついていると予測されている。

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グラフ2:

 


このようにEV用電池の供給過剰が予測されているのは、多数の企業がEV需要が爆発的に増大すると見なしてバッテリー製造を始めたのに、需要がゆっくりとしか増えないと思われているからである。このグラフが示す内容に賛成する人々は、アジアのメーカーがチャンスを見たら殺到し、供給過剰になると思い込んでいるからである。同時に彼らは、欧州ではそれほど急速にEVは普及しないと考えている。

反対に、ドイツまたは欧州が自力でバッテリーセルを製造しなければいけないと考える人は、EVの普及がどんどん進み、バッテリーが足りなくなると心配する。彼らの頭の中には、下のグラフ3に示したような予測があるからだ12。メディアでは世界的な「バッテリーブームの到来」が囁かれて、東アジアの大手バッテリーメーカーは、比較的裕福な人が多く環境意識の高い欧州で、EVシフトが速やかに進行すると思い込んでいるのかもしれない。

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グラフ3:

 


ドイツ連邦交通・デジタルインフラ省を諮問する専門家グループは、新車登録に占めるEVの割合が2025年までに25%に、2030年までには50%に到達するという目標を示している13。しかし、実際にEVの数が本当に増えていくかどうかはよく分からない。メーカーとメディア、政治家が騒いでいるだけに見えることもある。

EVシフトが二酸化炭素(CO2)排出量削減に役立つようにするためには、充電する電気がどこから供給されるのかという点が決定的に重要であるが、ドイツでは再生可能エネルギーによる発電は40%にすぎない。まだ稼働している原子力発電所を考慮しても、EVが消費する電力の半分はその発電のためにCO2を排出していることになる。また電池製造や、その原材料のリチウムやコバルトを採掘するためにも凄まじい大量の資源とエネルギーが消費される。環境に対する配慮からEVに反対する人も多いので、何か不祥事が起こって電池が「悪玉」にされることもあり得ない話ではない。

ディーゼル不正事件が起きた結果、ひと頃ドイツではディーゼル車を避けてガソリン車を購入する人が増えていたが、この数カ月はディーゼル車が再び人気を回復しつつある。例えば、2019年5月はディーゼル車の新車登録数は前年度比で16%増大した。ディーゼル車は「値引きしてくれるから」などといわれるが「悪玉」にも取り柄があるらしく、再び売れるようになり「ディーゼルルネッサンス」といわれている14

VWのツヴィッカウ工場はEVシフトの最前線で、2019年から10万台のEVが生産されることになっている。この工場を訪れたリポーターによると、従業員は本当に需要があるかどうか自信がなさそうだったという15。2018年度にこの国で新車登録された「純粋なEV」はわずか3万6062台で、全体の1%にすぎなかった16。ドイツ政府は2016年から、メーカーと一緒になってEV購入を助成している。EVと燃料電池車(FCV)の購入には4,000ユーロ(約49万円)、プラグインハイブリッド車(PHV)には3,000ユーロ(約37万円)といった具合に助成金が支給される。ところが需要が少なく予算が残ったままであることから、申請期間が2020年内まで延長された。

ミュンヘンの経営コンサルティング会社は、このままではEVに買い換える人などいないとして、法人用EVを思い切って税制上優遇し、現在のEVの助成額を倍にすることを提案した17。ということは、ドイツでEVを買うと日本円でおよそ100万円も支援してくれることになる。自動車がドイツ経済にとって重要だからだといって、本当にそんなことが政治的に実現するのだろうか。

EVは特に新しい話でない。周知のように20世紀初頭に乗用車を動かすための技術としては内燃機関に負かされた。EVは車体が重たくなる、充電に時間がかかる、走行距離が短くなる、資源の乱用につながる、値段が高くなるといった欠点があり、それは今も変わらない。ガソリンスタンドであっという間に給油できる車の便利さに慣れている者にはこれらのことは本当に面倒で、メリットが感じられないとされている。

ドイツ経済の強みは競争力のある中小企業で、そのほとんどは公共交通があまり発達していない中小都市にある。人口8,300万人のこの国には現在4,700万台の乗用車があるが、その大多数は、クルマ離れがしたくてもできない中小都市の住民に必要とされている。

ところが、ドイツの自動車メーカーは長年プレミアムカー志向を推進してきたこともあってか、経営者の頭の中にはEVとなるとテスラのイメージしかない18。その結果、自国民の半分以上を占める「マイカー族」を軽視しているうちに、自国のシェアまでも東アジアの競争相手に奪われることだってあり得る。その揚げ句、巨額の資金をつぎ込んだ中国市場でも期待通りに進行しないとなると、1945年以来順調にきたこの国にも厳しい事態が到来するかもしれない。

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7 https://www.daimler.com/dokumente/investoren/nachrichten/kapitalmarktmeldungen/daimler-mercedes-benz-ir-release-de-20190122.pdf
8 https://www.volkswagen-newsroom.com/de/pressemitteilungen/volkswagen-beteiligt-sich-an-northvolt-ab-5078
9 https://www.varta-ag.com/baden-wuerttemberg-gibt-startschuss-fuer-neues-batterie-forschungsprojekt/
10 https://www.electrive.net/2019/02/26/byd-beginnt-mit-bau-von-batteriefabrik-in-chongqing/
11 Berylls:BATTERIE-PRODUKTION HEUTE UND MORGEN.Studie zum Akkupack-Markt.März 2018.4ページ
12 https://www.handelsblatt.com/auto/test-technik/elektroauto-batterien-zu-schwer-zu-schwach-zu-teuer-seite-2/3827062-2.html 
https://www.handelsblatt.com/politik/international/e-autos-warum-deutsche-unternehmen-bei-der-batterieproduktion-zoegern/23085714.html
13 https://ecomento.de/2018/11/21/regierungsberaterin-claudia-kemfert-elektroauto-quote-2025/
14 https://www.n-tv.de/wirtschaft/Diesel-Autos-erleben-eine-Renaissance-article21066306.html
15 E-llusion Media,Capital:2019年3月21日。31ページ
16 https://www.kba.de/DE/Statistik/Fahrzeuge/Neuzulassungen/n_jahresbilanz.html
17 https://business-panorama.de/news.php?newsid=579287
18 https://ecomento.de/2019/05/16/volkswagen-chef-diess-zu-tesla-wir-werden-gewinnen/


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(2019年7月4日作成)

欧州 美濃口坦氏

ドイツの自動車の動力源(1)

  • 発行:2019/07/16
  • 美濃口 坦

概要

ドイツで電気自動車(EV)シフトが始まったが、フォルクスワーゲン(VW)など自動車メーカーによるEV攻勢には反発や懸念の声も聞かれる。これは、自動車メーカーがEVシフトのために前例のない巨額な投資を行う結果、自動車業界の将来がどのようになるのかがはっきりしないからである。

ドイツの自動車メーカーは、そのプレミアムカー戦略がグローバル化による富裕層への富の集中と結び付き、長年にわたって本当にいい商売を続けることができた。ところが、ドイツ自動車工業会(VDA)によると、2019年1月の乗用車生産と輸出は前年比それぞれマイナス19%、20%である1。すでにメーカーの中には操業短縮の導入が検討されている工場も出現している。

この国の自動車業界は、その長い歴史で売り上げが急降下することも、また社会的に指弾されることもよくあり、その度に危機が声高に叫ばれた。そしてこれも面白いことだが、いつも業界は立ち直り、売り上げを以前より伸ばすことができた。でも今回はかなり様子が違うかもしれない。というのは、自動車業界の将来がどうなるかはっきりしないところがあるからだ。次に彼らを苛立たせるのは、今から自分たちが主役でなくなり、裏方で我慢しなければいけないという不安である。この事情は、2019年にアルトマイヤー連邦経済エネルギー大臣により発表された「国家産業戦略2030年」の次の一節にも反映されている。

米国の人工知能(AI)の自動運転車プラットフォームにしろ、アジア製電池の搭載にしろ、未来の自動車については、ドイツをはじめ欧州は儲けの半分以上を失うことになる2

AIや自動運転、ビジネスモデルの問題は別の機会にゆずり、まず「電池の搭載」、すなわち自動車の動力源に関するドイツでの議論を紹介する。

「純粋なEV」に賭ける
2019年3月21日付のドイツの幾つかの新聞には「自動車メーカーは合意することができた」といった意味の見出しの記事が出た。それだけではない。VDAからフォルクスワーゲン(VW)が脱退する可能性まであったことに読者は驚く。というのは、ドイツ自動車のもう一方の雄・BMWのハラルト・クリューガー最高経営責任者(CEO)が「これからも私たちは一緒になってVDAを支える」と述べているからだ3。自動車業界が一致団結して、このように強力なロビー団体を通して政治力を発揮するのはごく普通のことであるが、今回のように大きなメーカーが出て行く話は異例なことで、業界が陥った厄介な事情を示す。

2018年11月にVDAは、自国の自動車メーカーがEVシフトに踏み切り、自動車業界全体で2020年までに400億ユーロも投資し、モデル数も現在の30ぐらいから100近くまで増大させると発表している。ところが、そのうちに不協和音が聞こえてくるようになった。

欧州連合(EU)の厳格な二酸化炭素(CO2)排出規制をクリアするといっても、いろいろな可能性がある。ガソリンやディーゼルエンジンの燃費を改善する道もある。周知のように、ドイツの自動車業界は燃費の良いディーゼルエンジンを活用してCO2排出量を減らそうとした。

地味ではあるが、バイオ燃料と化石燃料を混合すると内燃機関でのCO2排出量を減らすことができる。また、アウディをはじめ多くの企業が長年努力してきた合成燃料(e-fuel)も原油を必要としない。再生可能エネルギーから得られた電力によって水とCO2からガソリンやディーゼル燃料を合成する4。この方法であるとこれまでのガソリン車やディーゼル車がそのまま使えて便利だ。

EVといっても、電池を充電して電気モータで走るEVだけでなくハイブリッド車(HV)もあり、それに外部から充電できるようにしたプラグインハイブリッド車(PHV)もある。また「電池」といっても水素を電気に転換して自動車を走らせる「燃料電池」方式もある。どの企業もこれまでいろいろな可能性を考慮して研究・開発をしてきた。

VWはこのようにいろいろな可能性の中から電池と電気モータだけの「純粋なEV」に焦点を絞るという。それは、この方式のみがCO2排出量をゼロにし、地球温暖化防止に貢献できるという信念からだと説明する。これは一企業の見解にすぎないのに波風が立つのは、VWが自社の方針を業界全体に押し付けていると感じられるからだ。同社のヘルベルト・ディースCEOは機会があると「いろいろな技術がもたらす可能性に対して開かれているべきだ」という見解は一般的に正しくても、現時点では誤っていると批判する。ダイムラーやBMWをはじめ多くの企業はそう考えない。例えば、ボッシュはEV関連の製品も扱っているが、スウェーデンの企業と提携して燃料電池スタックを開発し2022年までには市場化するという5

VWはディーゼルゲートの汚点を消すためにも内燃機関との縁切りを強調したい。そのためには「純粋なEV」が一番分かりやすいからだと揶揄する人も少なくない。さらにもっと奇妙なのはドイツのメディアで、自国のメーカーがディーゼル不正事件によってEVシフトに追い込められたかのように報道している。この問題で非難されたのは、不正な操作をして窒素酸化物と微粒子を基準以上に放出することである。ところが、メーカーが自国のディーゼル車の購入者に対して浄化装置を取り付ける責任もろくろく取らないでいるうちに、いつの間にかCO2排出量を減らす地球温暖化防止の「勧善懲悪」の物語にすり替わり、その結果、「内燃機関が悪玉で電池が善玉」という筋書きになってしまった。

中国に対する依存
もうかなり前から、ロイター通信は、国際的自動車メーカー29社がEVシフトのために5~10年後に投資や調達費として計上した金額を集計して発表している。下のグラフ1は2019年に入ってから出された数字を基に上位13社を棒グラフで表示したものだ6

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グラフ1:

ロイター通信側によると、数字は各メーカーが公表したものであり、通常の研究・開発費といった別項目に含まれていることもあり、現実の投資額はもっと大きいそうだ。このグラフにはないが、29社の全体の金額は3,000億ドルに及ぶ。とすると、VWの投資額は910億ドルでダントツであり、世界中のメーカーによる投資総額の3分の1近くも占めていることになる。

この金額を見たら、ディーゼル離れを強調しているうちに数字がどんどん膨れ上がってしまったような気がしないでもない。またVWが「純粋なEV」を少しでも売りやすくするために、自国の自動車業界を一本化し政府に圧力をかけたい気持ちになるのも分かりやすい。というのは、業界全体が「純粋なEV」で固まったら、政治の方も充電スタンドや配電網整備などのインフラにも本腰を入れなければいけない。HVがウロウロすると、政治家はインフラ整備に真面目に取り組まない危険がある。

29社全体の3,000億ドルの45%に相当する1,350億ドルは、中国市場に向けられるという。ドイツ自動車メーカーについて見ると、VWは910億ドルのうち455億ドル(50%)が、ダイムラーは420億ドルのうち219億5000万ドル(52%)が、BMWは65億ドルのうち3億9000万ドル(6%)がそれぞれ中国へ流れる。ということは、比較的消極的なBMWは別にしても、中国のEVシフトのために投下される資本の半分近くをVWとダイムラーの2社が負担することになる。ちなみに、米国の自動車メーカーを例に取ると、全体の金額は390億ドルで、中国市場にはせいぜい50億ドル投下され、残りは国内のEVシフトのために使われるので、中国の占める割合は13%にすぎない。

このような状況を考えると、中国に対するドイツメーカーの依存度はますます強くなる。また、これらの投資が報われない可能性もある。2018年に右肩上がりだった中国の自動車市場の売り上げが下がったが、ドイツはシェアを24%に上げることができた。ところが、ドイツメーカーが中国とのジョイントベンチャーで生産したEVのシェアは0.4%にすぎない。とすると、EVはドイツにとって苦手な分野ということになり、今からではEVで世界一になりたい中国が以前のガソリン車のようには買ってくれないかもしれない(とはいっても、ドイツのメーカーはまだ儲けることができると夢見ているようだ)。

しかし、以上述べたことは投資してもあまり儲からないだけの話である。別のもっと厄介な依存関係がEVシフトにより生まれる。それは連邦経済エネルギー省の「国家産業戦略2030年」の中でも心配されているバッテリーである。上記のロイター通信によると、EVシフトに向けられるVWの910億ドルのうち570億ドル(63%)、ダイムラーの420億ドルのうち300億ドル(71%)、BMWの65億ドルのうち45億ドル(69%)はバッテリーのためである。ということは、どのメーカーもこの問題に高い関心を向けていることになる。

最初はドイツのメーカーも、東アジアの電池メーカーの供給に依存しないために、欧州も自前のリチウムイオン電池セル工場を持たなければいけないと考えた。それは、遠い地域から輸入する場合、何か起きて生産ラインが止まるのが心配だからである。次に、儲けの大きな部分が東アジアに持っていかれるという問題がある。そのうちに、EVシフトによる雇用喪失を心配する労働組合や政治家は別にして、メーカーで経営陣に近い人々は自前の電池セル工場の建設に消極的になる。それは、アジア勢にすっかり立ち遅れていることや、膨大な投資が必要であるからだ。また電池など原材料費が高く、自分たちで作っても利が薄いという見解もよく聞かれるようになる。さらに、現在のリチウムイオン電池から次世代に移るときにバッテリー製造を始めるべきだと考えている関係者も多いようだ。

ドイツには、思い出したように欧州の地政学的な意味を強調する人々がいるが、彼らはEUの、特にドイツ・フランスによるバッテリー製造や開発の共同事業を提案する。これまで具体的になったのは、ドイツメーカーのオペルを含むグループPSAと産業用バッテリーのサフトの共同事業である。ちなみに、サフトはフランスの国際的石油資本・トタルに属する。

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1 https://www.vda.de/de/presse/Pressemeldungen/20190204-deutscher-pkw-markt-mit-ordentlichem-start-ins-autojahr-2019.html
2 Nationale Industriestrategie 2030(国家産業戦略2030年)の10ぺージ
https://www.bmwi.de/Redaktion/DE/Downloads/M-O/nationale-industriestrategie.pdf?__blob=publicationFile
3 https://www.dw.com/de/autobauer-einigen-sich-bei-der-e-mobilit%C3%A4t/a-47999074
4 https://www.audi-press.jp/press-releases/2018/b7rqqm000000lqor.html
5 https://www.manager-magazin.de/unternehmen/autoindustrie/brennstoffzelle-robert-bosch-kuendigt-serienfertigung-fuer-elektroautos-an-a-1264936.html
6 https://ecomento.de/2019/01/17/investitionen-elektromobilitaet-weltweit/

(2019年7月4日作成)

欧州 美濃口坦氏


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(2019年7月4日作成)

ドイツのグローバリゼーション

ドイツのグローバリゼーション-大企業のCEO報酬

  • 発行:2019/01/28
概要
ドイツでは、大企業の最高経営責任者(CEO)の報酬がよく話題になる。それは一般社員との格差が大きいからだ。昔は小さかったこの格差がこの国で拡大し始めたのは1995年ごろで、それ以来CEOの報酬は順調に上昇している。これは生真面目にグローバリゼーションを実行し、世界の投資家にとってドイツ企業を魅力的なものにした結果だが、その評価は分かれている。

庭の池にはヒーターが取り付けられた。ドイツの冬は寒く池が凍って、その中のニシキゴイに不幸があってはならないからである。その工事費は約6万ユーロ(約770万円)だった。別荘も庭も会社が所有するもので、工事費は会社負担。この別荘を利用するニシキゴイが大好きなドイツ人は、この国で有数の自動車メーカーの最高経営責任者(CEO)であった。彼が支払う別荘の家賃は、1平方メートル当たり5ユーロ。ちなみにこれは、学生寮の家賃より安い。彼の年間報酬は、当時1,700万ユーロ(約21億円)であった。

コイを飼うのは自動車造りと直接関係がないので、日本的(おそらくドイツ的)感覚から言っても公私混同になる。だが、ドイツの株式会社でCEOを筆頭に役員の報酬や待遇を決めるのは監査役会である。この場で別荘の池へのヒーターの取り付けが了承されていれば、それだけの話だ。少し厄介なのは家賃の方である。一般的な相場より安く、差額は会社から補助されていることから報酬に相当する。ということは、税務署に申告しなければならなかったことになる。

これらは数年前の話だ。それが最近になってメディアで話題に上るようになったのは、この自動車メーカーが排ガス規制に関わる不正問題で非難され、ニシキゴイが好きな経営者の責任が問われているからである。

本当に仰天に値する格差は!
ドイツの大企業のCEOの報酬はよく話題になる。それは一般社員の給与と比べて彼らの報酬額が多く、貧富の格差の反映として批判されているからである。2018年秋のドイツ州議会選挙で、社民党のガブリエル前党首がCEOの報酬を選挙戦のテーマとして提案したのもそのためである。しかしこの提案は、党内では庶民のやっかみをあおるポピュリズムだと批判されて立ち消えとなった。

ところで、CEOの報酬は一般社員の給与と比べて複雑である。昔、CEOが取締役社長とか筆頭取締役などと呼ばれていた頃だ。当時そのような立場の人と知り合いになった筆者は、ホテルのバーでの世間話でうっかり年収を尋ねてしまった。彼は人格者で、私のぶしつけな質問にも気を悪くせず親切に説明してくれたが、私の方が困ってしまった。基本給だけでなく、業績を反映させる賞与が多く複雑だったからだ。

例えば、企業の売り上げや利潤と関連する賞与や、自社株を与えることもある。株式は保有する義務期間を長くして、より長期的な観点に立った経営のインセンティブを目標にしていた。また退職給与引当金もあった。企業によって、また個人によってCEOの報酬も異なることから、単純には比較できない。でも、そんなことを言い出したらきりがないので、ここでは金額だけを並べてみる。

【表1:ドイツの大企業のCEOの報酬額(2017年度)1
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表1は、ミュンヘン工科大学経営研究室とドイツ有価証券保護協会(DSW)が発表した数字を基に、ドイツ株式指数(DAX、時価総額上位30銘柄で構成)構成企業から、CEOの2017年度の報酬額上位10社を選んで並べたものである。この表から分かるように、ニシキゴイが好きな風流人経営者の報酬が21億円以上であった頃と比べて元気がない。それはドイツの自動車メーカーが排ガス不正問題を抱えてけん引車としての役割を演じることができないからだが、それでも自動車メーカーが第2、3、4位に登場している。

2017年度のDAX30のCEOの平均報酬は580万ユーロで、日本円に換算すると約7億3660万円。2016年度には、それが550万ユーロ(約6億9850万円)、2015年度には510万ユーロ(6億4770万円)であった。ということは、CEO報酬は順調に上昇していることになる。

世論の批判を受けているのは、一般社員の給与との格差だ。2017年度は、DAX30のCEOの平均報酬は自社従業員の平均給与の52倍であった。2016年度にはそれが50倍、2015年度も同じく50倍であった。格差がどんどん拡大するように見えるが、そうではない。2014年度には54倍もあったからである。ということは、流れは格差拡大の一方向でない。それは、CEOの待遇を決める監査役会の中に世論を気にする人がいるからだ。

このようなドイツの大企業のCEOの報酬への批判に対して言われることはいつも同じで「米国を見よ」だ。ダウ工業株30種平均(Dow Jones Industrial Average)30社のCEOの平均報酬が1,670万ユーロで、ドイツのDAX30の平均報酬580万ユーロの3倍近くもあることが指摘される。その中でも高額なのは、ウォルト・ディズニーのCEO(3,200万ユーロ)であったり、またJPモルガン・チェースのトップ経営者(2,500万ユーロ)であったりする。

確かに経営トップの報酬も米国とドイツでは格差がある。だが、その比較をしているうちに、本当に仰天に値する格差を見過ごす危険があるかもしれない。例えば、米国にブラックストーンという大手投資ファンド会社がある。この会社のスティーブン・シュワルツマンCEOの報酬は毎年のように話題になる2。彼の2015年の報酬は8億1000万ドル(約7億3600万ユーロ)もあった3。この巨額な報酬はウォルト・ディズニーのCEOの23倍であり、世界一を誇ったドイツの自動車メーカーのCEOのおよそ43倍に相当する。ブラックストーンのCEOの報酬を考えると、DAX30を構成するドイツ企業とダウ工業株30種平均を構成する米企業のCEOの報酬格差など、どんぐりの背比べに等しい。

ドイツ企業はステークホルダー
それでは、なぜドイツでCEOの報酬が話題になるのか。それは、以前は一般従業員の給与と役員報酬の格差が小さかったからだ。下のグラフ1はこの事情を示す。

【グラフ1:DAX30企業14社の取締役の報酬額の変遷(1987年=100)】
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このグラフはドイツのフンボルト大学とフランスのストラスブール大学の経営学者が作成した4。2人は、ドイツ銀行、シーメンス、VW、ダイムラー、BMW、リンデ、ヘンケルなどドイツを代表するDAX30から14社を選び、1987年から2017年まで取締役と一般従業員の1人当たりの人件費の推移を調べて指数化した。1987年が100である。

取締役の報酬は1987年から2017年までの30年間で100から1,000近くまで増大したので10倍になったことになる。ところが、一般従業員の給与は1987年の100からゆっくり上昇し、2017年の250近くになったにすぎない。このスタディーの著者によると、役員の報酬も初めの頃は一般従業員の平均給与の15倍にすぎなかったのが、現在では58倍に上昇したという。

また、このグラフから分かるように、1995年までは取締役の報酬も一般従業員も給与は同じようなテンポで穏やかに上昇してきたが、それ以降は2本の線が離れ始める。1995年にWindows 95が発売されて多くの人がインターネットを始めたが、取締役の報酬と一般従業員の給与の格差と関連付けることはできない。筆者の記憶にあるのは、経済関係者の間でその少し前ごろから「シェアホルダー・バリュー」という英語が使われ始め、耳慣れない言葉であるために戸惑ったことだ。これは「株主価値」という意味で、企業価値を高めることがグローバル化に当たって重要な経営目標だという。上場企業の企業価値とは時価総額で、株価に発行済み株式数を掛けたものだと説明された。

1990年代にこの英単語がよく使われ、企業価値を高めなければ、グローバリゼーションの時代に生き残れないような雰囲気が醸し出されたが、そのうちあまり耳にしなくなった。とはいっても、企業を見る基準も、またそれに対応して企業の方も変わってしまった。

かつてはDAX30の企業といえば、ドイツの主要銀行が10%とか、時にはそれ以上の株式を所有していた。多くの企業ではドイツの保険会社も大株主で、その次に登場するのは商売上のパートナーである。これらは得意先や仕入れ先、例えば技術的に協力関係にある企業であったりして、株式の持ち合いまでした。また忘れてはいけないのはアラブの首長国で、彼らは大歓迎される安定株主であった。

企業は誰かが創立した以上、その子孫がいる。多くの企業はその後大きく成長したために、彼らの持ち株など小さくてそれほど重要でないことが多い。とはいっても例えばBMWのクヴァント家は半分近くの46.7%を所有していることはよく知られているし、シーメンス家は6%を所有している。この他にも有名なのはVWのポルシェ家とピエヒ家で、この自動車メーカーはドイツとニーダーザクセン州も株主である。

英語には、シェアホルダーの反対を意味する「ステークホルダー」という言葉があるが、これは株主だけでなく従業員、顧客、債権者、仕入れ先など企業の利害関係者を意味する。上記の株主メンバーは当時誰も言わなかったが、ステークホルダー的であったことになる。また、ドイツ企業のこのような性格は監査役会ではもっと強い。そこには、取引相手の社長や株主の金融機関の代表者がいるだけではない。共同決定法で従業員と労働組合代表者が参加していた。時には地域の名士や識者も入っていた。このようなドイツの大企業のステークホルダー方式は1990年代「ドイツ株式会社」と呼ばれて「時代錯誤」扱いされた。

「ドイツ株式会社」の没落
ところが、ゆっくりとだが、このなじみのあった大株主が消えていく。その代わりに登場したのが、大多数のドイツ国民になじみのない、グローバルに活動する投資ファンド運用会社、投資信託、投資顧問会社、保険会社、年金基金などである。DAX30の株式の60%以上はこのような機関投資家に所有されている。彼らの大多数は外国の投資家と推定される。というのは、グラフ2が示すように外国人所有(出資者)の割合も増加しているからである。

【グラフ25
M0304-0024-3

確かにこのようなグラフを見ると「ドイツ株式会社」のステークホルダー方式は過去のものになったと言うしかない。外国人投資家が増加したのは、DAX企業のCEOがシェアホルダー・バリュー・マネジメントに励んで企業価値を増大させたからである。この功績により経営トップは、グラフ1にあるように1995年ごろから特別高い報酬を受け取るようになる。

でもそれだけではない。ドイツの経済関係者や政治家がグローバリゼーションやシェアホルダー・バリューを生真面目に受け取り、金融の自由化に励み、立法や政策によって援護射撃したからでもある。

リーマンショックの後、筆者は知人のフランスの銀行関係者と話す機会があった。そのとき彼は、ドイツの銀行が「ドイツ株式会社」時代のDAXの優良企業の株式を手放して、米国まで出掛けてサブプライムに手を出したことに呆れていた。でも、これもドイツ人が米国的「グローバリゼーション」を真面目に実行したからだ。

こうして、グラフ2が示すように、DAX企業は少なくとも投資先としてはグローバリゼーションに成功した。2017年には発行済み株式のうち54%が資産を運用する外国人の手に渡っている。表2はこの割合がもっと高い企業を示す。

【表2:外国人投資家が占める割合6
M0304-0024-4

このような状態がドイツ企業の自主的経営を困難にする心配はないのだろうか。株式を所有しているのは、すでに述べたように資産を運用し増やすことを目的としているプロの人々である。その中には、上述したように、世界一になった頃のドイツの自動車メーカーのCEOの43倍もの巨額な報酬を受け取る人がいる企業も存在している。彼らは、もうけることに特別熱心な人々である。報酬は力の反映でもある。

例えば、上の表2の上から4番目の企業リンデである。本社がミュンヘンにある同社は産業用ガスとエンジニアリングの二つの部門を持つが、最近、同社は米国のプラクスエアと「対等に合併する」ことになった。新会社の本社は税金の安いアイルランドのダブリンに移り、経営の本体はプラクスエアで同社のCEOが新会社の経営トップとして采配を振ることに決まった。

M0304-0024-5リンデは産業用ガスの技術の発明者・カール・フォン・リンデ(左の写真7)が19世紀末に創立した企業である。そしてプラクスエアは、この創立者が20世紀初頭に米国に設立した子会社であった。そのため、業績が悪くもない大きいリンデがより小さい米国の「昔の子会社」に「吸収合併される」ことを奇妙に思う人が多かったようだ。2016年12月にリンデの監査役会で合併が決まったとき、合併反対派のCEOと財務担当重役が辞任した。これも普通の話ではない。また従業員の中には、ミュンヘン郊外にあるプラントエンジニアリングの事業分野(下の写真8)が切り離されて外国の企業に売られたり、また閉鎖されて5,000人の雇用が失われたりすることに不安を覚えている人も少なくなかった。

でも、なぜこのような事態に至ったのだろうか。表2にあるように、外国人投資家がリンデの株の72%を保有している。彼らの中の資産運用会社がリンデとプラクスエアのどちらにも投資しているとしたら、(この二つの企業が無駄な競争をするより)合併し、重なる無駄な部分の売却か閉鎖によってシェアホルダー・バリューが増大することを望むのではないだろうか。このように推定する人は少なくない9

M0304-0024-6こう考えたら、監査役会に労働組合や従業員代表などのステークホルダーがいるドイツなどよりも、アイルランドに本社があった方がいいということになる。また経営も「ドイツ株式会社」の生き残りより、資産の増大のために努力してくれる米国人CEOの方が望ましいことになるし、投資者はそのようなタイプの経営者を潤沢な報酬によってねぎらう。リンデは伝統があるために騒がれたが、本当はよくあるケースである。

このような事情を考慮すると、1990年代にドイツに入ってきたシェアホルダー・バリュー・マネジメントが「ドイツ株式会社」を没落させたことになる。CEO報酬の増大はこの過程で重要だった。今までドイツはシェアホルダー・バリューを増大させてグローバル化の道を猛進してきた。この国でよく使われる「コーポレートガバナンス(企業統治)」という言葉も、この現実を見ないためにあるのだという人もいる。

新聞の経済欄に「DAX30はドイツの企業なのか」といった記事がチラホラ出ていることや、また政治情勢を眺めると、軌道修正が必要であると思われるが、その実現も簡単でない。

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1 https://www.wiwo.de/erfolg/management/vorstandsgehaelter-5-8-millionen-euro-fuer-einen-dax-chef-im-schnitt/22793772.html
2 https://www.handelsblatt.com/finanzen/banken-versicherungen/usa-blackstone-chef-schwarzman-erhielt-2017-rekordverguetung/21024072.html?ticket=ST-2118155-vFDyE6KejgFxh3ghGoqe-ap2
3 https://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/arm-und-reich/blackstone-chef-hat-mehr-als-810-millionen-dollar-verdient-14094002.html
4 https://www.wiwo.de/erfolg/management/dax-vorstaende-zehnmal-so-viel-geld-wie-1987/22724964.html
5 http://www.bpb.de/nachschlagen/zahlen-und-fakten/globalisierung/52596/aktionaersstruktur-dax
6 https://www.welt.de/finanzen/article175828547/Dax-Der-Auslaenderanteil-unter-den-Aktionaeren-ist-stark-gestiegen.html
7 H. Linde氏提供。
8 写真はミュンヘンの郊外にあるエンジニアリング部門のヘッドオフィス。撮影は筆者。
9 https://www.tagesspiegel.de/weltspiegel/sonntag/blackrock-ein-geldkonzern-auf-dem-weg-zur-globalen-vorherrschaft/21246966.html
ベルリンの新聞「ターゲスシュピーゲル」に掲載されたこの記事によると、ビッグ3と呼ばれる「ブラックロック」「バンガード・グループ」「ステート・ストリート」をはじめとする多数の資産運用会社がドイツをはじめ欧州連合(EU)主要加盟国で株式を保有するようその影響力を強めている。EUのマルグレーテ・ベステアー競争担当委員は、市場競争原理が損なわれることに警戒心を強めている。リンデとプラクスエアの合併もそのような例だという。

M0304-0024
(2019年1月7日作成)

欧州 美濃口坦氏

「28-1=27」で済まない-ドイツから見たブレグジット

  • 発行:2018/11/12    美濃口 坦

概要

ドイツでブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)というと、経済的ダメージを受けるのは英国の方だと思っている人が多い。そうであるのは、残る加盟国は27カ国もあり、相手は1カ国だと思っているからである。また、英国の離脱はEUの在り方を根本的に変えてしまう。これに対処するのは容易ではない。

M0304-0023-1もうかなり前だが「ドイツ国民はブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)は自分たちと関係がないと思っている」と嘆くフィナンシャル・タイムズの記事を目にしたことがある。もしかしたらEUで上の立場にいる人たちにも似た事情があるかもしれない。

ポーランド元首相で現在、欧州理事会議長のドナルド・トゥスク氏は、2018年9月にザルツブルクで開かれたEU首脳会議でメイ英首相にケーキを勧めた。そしてこの写真1に「残念ですが、サクランボはありませんよ」というコメントをつけてインスタグラムに投稿。英国はEUの利点を保持し、都合の悪いところは拒むと非難されている。このような「いいとこ取り」は、子どもがケーキで一番おいしいサクランボだけをつまみ食いするのに似ていて、メイ首相は欧州理事会議長からインスタグラムで茶化されたことになる。

このような冗談も普通なら面白いかもしれないが、英国メディアはEU首脳会議で自国の首相が四面楚歌(そか)の状態になり、さらにこのようにからかわれたことに対し感情的に反発する。同時に保守党内のブレグジット強硬派に対する彼女の立場が弱くなり、離脱協定が締結されないままの「ノーディール」になる可能性が高まったといわれる。

現在ドイツでは、長年暮らす英国人の中でドイツ国籍を取得する人が急増中である。また英国には300万人に及ぶEU加盟国市民が在住し、彼らこそブレグジットに至った「重要問題」であった。そのうちポーランド人は3分の1近くを占め、ブレグジットがどうなるかは、彼らにとっても気が気でないと想像される。でも、インスタグラム愛好者の元ポーランド首相には自国民の運命が気にならないようだ。これも彼がブリュッセルのEU本部にいて「雲の上の人」になってしまったからで、EU加盟国市民の中にEU嫌いが少なくないのも、このような事情と無関係ではない。

一度にEU加盟20カ国が脱退したら?
ブレグジットが重大な出来事であることをドイツ国民に理解してもらうために登場するのは下のグラフである。これはEU加盟国の国内総生産(GDP)がEU内で占める割合を示す。数字は2015年のもので、英国はドイツに次ぐ2番目の経済大国で18%を占める。ドイツからポーランドまでの上位8カ国を除いて、下位20カ国のGDPを合計するとほぼ18%になる。

【図表1】2
M0304-0023-2

ということは、経済的に見ると、ブレグジットは28カ国の加盟国で構成されるEUから20カ国が一斉に脱退することに相当する。でも多くの人々は28カ国のうち1カ国だけがいなくなると考えることにしていて、EUと英国の関係も「27対1」と思うようだ。ザルツブルクで開催されたEU首脳会議以来、メイ首相の提案がEU首脳陣から相手にされず、ドイツのメディアも政治家も「ノーディール」の離脱を心配するようになった。どのようにEUから離脱するにしても、EUより英国の経済的ダメージの方が大きいというのが通説で、いろいろなスタディーを目にすると、少なくとも短期的にはそうなると思われる。

だから「対岸の火事」扱いにして、本来内輪もめが多いEU加盟国がブレグジットに関しては英国に対し団結して強硬であるのは、英国のまねをする国が出てこないようにお仕置きを十分にしておこうと思っているからだといわれる。また同時に、川を越えて飛んでくる火の粉の数が27分の1になると高をくくっていることもある。以下にドイツの事情を挙げて、それが錯覚であることを説明する。

【図表2】3
M0304-0023-3

図表2は2017年のドイツの輸出先である。9%の米国がドイツにとって「一番の顧客」で、フランスの8%がそれに続く。英国はオランダと並んで7%で、ドイツのメルケル首相が重要視して毎年のように経済界の要人を引き連れて訪れる中国も7%であることを考えると、英国はドイツにとって本当に重要なパートナーであることが分かる。次に金額でいうと、これは2016年の数字であるが、商品の輸出額は年間約860億ユーロに及ぶ。これにサービスの輸出を加算すると1,160億ユーロで、ドイツのGDPの3.7%に相当する。

次に、図表3に示した英国の輸出先から分かるように、12%の米国が英国にとって「一番の顧客」であり、次はドイツの9%、フランスは6%にすぎない。

【図表3】4
M0304-0023-4

【図表4】5
M0304-0023-5

図表4の英国の輸入先を見てもドイツからの輸入が一番多いので、英国とドイツの交易が重要であることが分かる。英国とドイツの貿易収支はドイツの出超であるが、だからといって英国は文句を言うこともなくドイツの高いクルマを買ってくれるありがたい国である。自動車や機械工業の分野では、部品の相互供給も盛んだ。ここで数字こそ挙げないが、英国の場合は南欧周辺国より、ドイツだけでなく北欧の国々との交易の方がはるかに活発だ。

ということは、EU離脱協定が成立しないで「ノーディール」という形で英国がEUを離脱したら、ドイツを筆頭にこれらの北欧の国々は対英貿易の少ない南欧の周辺国より厄介な状態に陥る。それだけではなく、5%とか10%などといわれる世界貿易機関(WTO)ルールに従って関税を支払うことにもなる。これは該当するEU加盟国の企業にとって負担の増大である。ということは「対岸の火事」から飛んでくる火の粉は、どこの国にも均等の27分の1ということにはならない。

こうして増大した関税収入は、どこへ流れていくのだろうか。これは昔から決まっていて、EU加盟国が徴収コストとして4分の1を自国の収入としてキープし、残りの4分の3はEU本部に上納する。これは加盟国の国民総所得に基づいた支払金額と比べたら少ないが、それでもEUの重要な財源である。このように考えると、欧州理事会議長のサクランボの冗談も素直に受け取ることができないかもしれない。

これからのEU
このような経済的コストを考慮すると、英国の「ノーディール」離脱はドイツにとってもなるべく避けるべきことになる。だから英国もドイツに仲介的役割を期待していた。ところが今までのところ、ブレグジット交渉はフランスをはじめ南欧の周辺国やブリュッセルの欧州委員会のペースで進行し、ドイツはそれに流されるだけである。

そうであるのは、メルケル首相が抱える問題と無関係ではない。彼女は難民問題のために国内で批判されているが、これをかわすために、EU全体での解決という体裁を取りたい。これには南欧の周辺国の協力が必要であるが、こうして借りができると、彼女は自国や北欧の国々の立場を主張しにくくなるからである。

しかし「ノーディール」離脱になるかどうかは、比較的に短期的な問題である。英国がEUを離脱する結果、EU全体の在り方が変わり、厄介な状態に陥ることを長期的観点から心配する人がいる。EU加盟国の間にも経済や政治について異なった考え方がある。それは、ドイツ、英国、オランダ、オーストリア、フィンランド、バルト三国、デンマーク、スウェーデンなど市場経済を重視する国々の立場と、反対に経済的競争力が弱いために保護主義に傾くフランス、イタリア、スペインなどの地中海沿岸諸国の立場である。

前者のグループに属する英国はEU官僚機構に対する熱烈な批判国であり、大英帝国であったこともあって世界に開かれた国である。欧州統合が「内輪の親睦会」にとどまらずに現在のEUになったのも、またドイツが世界で通用する工業国家に発展できたのも、1973年に英国が当時の欧州経済共同体(EEC)に加盟したからだとドイツではよくいわれる。もともと英国の加盟は1960年代にドイツがフランスのシャルル・ド・ゴール大統領(当時)の不興を買うことを恐れずに願望し、1963年と1967年の英国の加盟申請もフランスの反対で実現しなかった。

後者のグループの地中海沿岸諸国は経済が元気でなく、国家介入主義的傾向が強く、欧州がこれらの国ばかりなら、ブリュッセルの官僚機構がもっと肥大化していたといわれる。ということは、欧州統合は市場経済派と国家介入派の間の妥協の上に乗っかってゆっくりと進行してきたことになる。このような妥協主義こそ欧州統合の重要な特徴だ。

EU理事会はEUの最も重要な決定機関であるが、ここでの評決の仕方も、多数決で少数派の見解を拒否するのでなく、妥協が実現する仕組みになっている。リスボン条約によってこの性格は弱まったといわれるが、それでも二重多数決方式である。そのため加盟国は前もって割り当てられた数の票を持っており、議案が可決するためには、その支持国側が55%以上の票数を確保しているだけでなく、支持国全ての人口がEU全体の65%以上を占めていなければいけない。

リスボン条約の時点では妥協主義がコンセンサスで、市場経済派加盟国は人口数では39%を、国家介入派諸国は38%を占めていて、拮抗(きっこう)するようになっていた。その結果、一方が多数決で他方の反対を押し切ることはなかった。ところが、英国のEU離脱によって前者が30%に減ってしまうのに対して、後者は42%に増大する。つまり、これからは、地中海沿岸諸国の方はいくらでも意思を通すことができ、妥協しなくてもよいことになる。ということは、ブレグジットは英国がEUから離脱して加盟国が27カ国になるだけの話ではない。

例えば、加盟国はこれまで独自に国債を発行したり、社会保障システムを運営したりしてきた。ところが、この加盟国の自己責任方式もブレグジットの結果、多数決で変更し、EU全体の共同債を発行したり、共同の失業保険を導入したりすることが可能になる。このような事情から、ブリュッセルのEU関係者やフランスのマクロン大統領がチャンス到来と思い、EUやユーロ圏の改革に色めき立った。

確実に言えるのは、欧州統合がこれまでとは全く別のものになるということである。というのは、欧州統合が妥協主義の基盤で進んできたのは、加盟国が主権国家であったからである。主権国家は「一国一城の主」のようなところがあり、下手に干渉して主権侵害と思われ脱退される危険性があったために慎重になり、また妥協主義になった。

国家は自身の権限が制約されることを望まない。制約を受け入れるとしたら、それを国民に納得させるために、見返りとしての利点が大きくなければいけなかった。だからブレグジット交渉が長引き、妥協にも時間がかかった。ということは、ブレグジットの結果、EUはこのような妥協主義から多数決で加盟国に何かを強制する方式に転換することになる。

次に、これまでのブレグジット交渉を眺めると、EUは「27対1」で相手を圧倒し、歩み寄ろうとする姿勢はほとんど見られない。こうであるのは、既に述べたように、英国のまねをする国が出てこないように「お仕置き」をしているからであるが、多数決方式で締め付けを強めるEUの未来を先取りしているからでもある。同時にこれも加盟国に対する教育効果を高めることにもなる。

これに関連して興味深いのは、欧州議会によって2018年9月に28加盟国で2万7000人を対象に実施された世論調査6である。それによると「自国がEU加盟により得をしている」と回答する人がEU全体で68%もいたことである。これは1983年の調査開始以来最も高い数字であるだけでなく、同年4月の調査より4%も上昇した。ブレクジット交渉でのEUの強硬な態度は報われたのかもしれない。

しかし締め付けが強くなった欧州同盟は、今後どのように展開していくのだろうか。上記の調査で「EUは間違った方向に進んでいる」と回答した人は全体で半数もいた。例えば、フランス59%、ドイツ52%、スロベニア52%、オーストリア45%といった具合で「正しい方向に進んでいる」と回答した人は全加盟国で28%しかいなかった。ということは、以前の妥協主義のブレーキが効かなくなり、EUが「間違った方向」にどんどん進んでいく可能性もあるということになる。

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1 https://www.instagram.com/p/Bn8Luwbjzf9/?hl=de
2 Hans-Werner Sinn: Der Schwarze Juni:Brexit, Flüchtlingswelle, Euro-Desaster – Wie die Neugründung Europas gelingtの39ページ
3 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
4 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
5 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
6 http://www.europarl.europa.eu/at-your-service/en/be-heard/eurobarometer/parlemeter-2018-taking-up-the-challenge
http://www.spiegel.de/politik/deutschland/europaeische-union-vier-von-fuenf-deutschen-sehen-mitgliedschaft-positiv-a-1233660.html
https://www.heise.de/tp/features/EU-Barometer-Die-Haelfte-glaubt-dass-sich-die-Union-in-die-falsche-Richtung-bewegt-4193605.html

M0304-0023
(2018年10月24日作成)

欧州 美濃口坦氏