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経済関係コラム

ドイツのグローバリゼーション

ドイツのグローバリゼーション-大企業のCEO報酬

  • 発行:2019/01/28
概要
ドイツでは、大企業の最高経営責任者(CEO)の報酬がよく話題になる。それは一般社員との格差が大きいからだ。昔は小さかったこの格差がこの国で拡大し始めたのは1995年ごろで、それ以来CEOの報酬は順調に上昇している。これは生真面目にグローバリゼーションを実行し、世界の投資家にとってドイツ企業を魅力的なものにした結果だが、その評価は分かれている。

庭の池にはヒーターが取り付けられた。ドイツの冬は寒く池が凍って、その中のニシキゴイに不幸があってはならないからである。その工事費は約6万ユーロ(約770万円)だった。別荘も庭も会社が所有するもので、工事費は会社負担。この別荘を利用するニシキゴイが大好きなドイツ人は、この国で有数の自動車メーカーの最高経営責任者(CEO)であった。彼が支払う別荘の家賃は、1平方メートル当たり5ユーロ。ちなみにこれは、学生寮の家賃より安い。彼の年間報酬は、当時1,700万ユーロ(約21億円)であった。

コイを飼うのは自動車造りと直接関係がないので、日本的(おそらくドイツ的)感覚から言っても公私混同になる。だが、ドイツの株式会社でCEOを筆頭に役員の報酬や待遇を決めるのは監査役会である。この場で別荘の池へのヒーターの取り付けが了承されていれば、それだけの話だ。少し厄介なのは家賃の方である。一般的な相場より安く、差額は会社から補助されていることから報酬に相当する。ということは、税務署に申告しなければならなかったことになる。

これらは数年前の話だ。それが最近になってメディアで話題に上るようになったのは、この自動車メーカーが排ガス規制に関わる不正問題で非難され、ニシキゴイが好きな経営者の責任が問われているからである。

本当に仰天に値する格差は!
ドイツの大企業のCEOの報酬はよく話題になる。それは一般社員の給与と比べて彼らの報酬額が多く、貧富の格差の反映として批判されているからである。2018年秋のドイツ州議会選挙で、社民党のガブリエル前党首がCEOの報酬を選挙戦のテーマとして提案したのもそのためである。しかしこの提案は、党内では庶民のやっかみをあおるポピュリズムだと批判されて立ち消えとなった。

ところで、CEOの報酬は一般社員の給与と比べて複雑である。昔、CEOが取締役社長とか筆頭取締役などと呼ばれていた頃だ。当時そのような立場の人と知り合いになった筆者は、ホテルのバーでの世間話でうっかり年収を尋ねてしまった。彼は人格者で、私のぶしつけな質問にも気を悪くせず親切に説明してくれたが、私の方が困ってしまった。基本給だけでなく、業績を反映させる賞与が多く複雑だったからだ。

例えば、企業の売り上げや利潤と関連する賞与や、自社株を与えることもある。株式は保有する義務期間を長くして、より長期的な観点に立った経営のインセンティブを目標にしていた。また退職給与引当金もあった。企業によって、また個人によってCEOの報酬も異なることから、単純には比較できない。でも、そんなことを言い出したらきりがないので、ここでは金額だけを並べてみる。

【表1:ドイツの大企業のCEOの報酬額(2017年度)1
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表1は、ミュンヘン工科大学経営研究室とドイツ有価証券保護協会(DSW)が発表した数字を基に、ドイツ株式指数(DAX、時価総額上位30銘柄で構成)構成企業から、CEOの2017年度の報酬額上位10社を選んで並べたものである。この表から分かるように、ニシキゴイが好きな風流人経営者の報酬が21億円以上であった頃と比べて元気がない。それはドイツの自動車メーカーが排ガス不正問題を抱えてけん引車としての役割を演じることができないからだが、それでも自動車メーカーが第2、3、4位に登場している。

2017年度のDAX30のCEOの平均報酬は580万ユーロで、日本円に換算すると約7億3660万円。2016年度には、それが550万ユーロ(約6億9850万円)、2015年度には510万ユーロ(6億4770万円)であった。ということは、CEO報酬は順調に上昇していることになる。

世論の批判を受けているのは、一般社員の給与との格差だ。2017年度は、DAX30のCEOの平均報酬は自社従業員の平均給与の52倍であった。2016年度にはそれが50倍、2015年度も同じく50倍であった。格差がどんどん拡大するように見えるが、そうではない。2014年度には54倍もあったからである。ということは、流れは格差拡大の一方向でない。それは、CEOの待遇を決める監査役会の中に世論を気にする人がいるからだ。

このようなドイツの大企業のCEOの報酬への批判に対して言われることはいつも同じで「米国を見よ」だ。ダウ工業株30種平均(Dow Jones Industrial Average)30社のCEOの平均報酬が1,670万ユーロで、ドイツのDAX30の平均報酬580万ユーロの3倍近くもあることが指摘される。その中でも高額なのは、ウォルト・ディズニーのCEO(3,200万ユーロ)であったり、またJPモルガン・チェースのトップ経営者(2,500万ユーロ)であったりする。

確かに経営トップの報酬も米国とドイツでは格差がある。だが、その比較をしているうちに、本当に仰天に値する格差を見過ごす危険があるかもしれない。例えば、米国にブラックストーンという大手投資ファンド会社がある。この会社のスティーブン・シュワルツマンCEOの報酬は毎年のように話題になる2。彼の2015年の報酬は8億1000万ドル(約7億3600万ユーロ)もあった3。この巨額な報酬はウォルト・ディズニーのCEOの23倍であり、世界一を誇ったドイツの自動車メーカーのCEOのおよそ43倍に相当する。ブラックストーンのCEOの報酬を考えると、DAX30を構成するドイツ企業とダウ工業株30種平均を構成する米企業のCEOの報酬格差など、どんぐりの背比べに等しい。

ドイツ企業はステークホルダー
それでは、なぜドイツでCEOの報酬が話題になるのか。それは、以前は一般従業員の給与と役員報酬の格差が小さかったからだ。下のグラフ1はこの事情を示す。

【グラフ1:DAX30企業14社の取締役の報酬額の変遷(1987年=100)】
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このグラフはドイツのフンボルト大学とフランスのストラスブール大学の経営学者が作成した4。2人は、ドイツ銀行、シーメンス、VW、ダイムラー、BMW、リンデ、ヘンケルなどドイツを代表するDAX30から14社を選び、1987年から2017年まで取締役と一般従業員の1人当たりの人件費の推移を調べて指数化した。1987年が100である。

取締役の報酬は1987年から2017年までの30年間で100から1,000近くまで増大したので10倍になったことになる。ところが、一般従業員の給与は1987年の100からゆっくり上昇し、2017年の250近くになったにすぎない。このスタディーの著者によると、役員の報酬も初めの頃は一般従業員の平均給与の15倍にすぎなかったのが、現在では58倍に上昇したという。

また、このグラフから分かるように、1995年までは取締役の報酬も一般従業員も給与は同じようなテンポで穏やかに上昇してきたが、それ以降は2本の線が離れ始める。1995年にWindows 95が発売されて多くの人がインターネットを始めたが、取締役の報酬と一般従業員の給与の格差と関連付けることはできない。筆者の記憶にあるのは、経済関係者の間でその少し前ごろから「シェアホルダー・バリュー」という英語が使われ始め、耳慣れない言葉であるために戸惑ったことだ。これは「株主価値」という意味で、企業価値を高めることがグローバル化に当たって重要な経営目標だという。上場企業の企業価値とは時価総額で、株価に発行済み株式数を掛けたものだと説明された。

1990年代にこの英単語がよく使われ、企業価値を高めなければ、グローバリゼーションの時代に生き残れないような雰囲気が醸し出されたが、そのうちあまり耳にしなくなった。とはいっても、企業を見る基準も、またそれに対応して企業の方も変わってしまった。

かつてはDAX30の企業といえば、ドイツの主要銀行が10%とか、時にはそれ以上の株式を所有していた。多くの企業ではドイツの保険会社も大株主で、その次に登場するのは商売上のパートナーである。これらは得意先や仕入れ先、例えば技術的に協力関係にある企業であったりして、株式の持ち合いまでした。また忘れてはいけないのはアラブの首長国で、彼らは大歓迎される安定株主であった。

企業は誰かが創立した以上、その子孫がいる。多くの企業はその後大きく成長したために、彼らの持ち株など小さくてそれほど重要でないことが多い。とはいっても例えばBMWのクヴァント家は半分近くの46.7%を所有していることはよく知られているし、シーメンス家は6%を所有している。この他にも有名なのはVWのポルシェ家とピエヒ家で、この自動車メーカーはドイツとニーダーザクセン州も株主である。

英語には、シェアホルダーの反対を意味する「ステークホルダー」という言葉があるが、これは株主だけでなく従業員、顧客、債権者、仕入れ先など企業の利害関係者を意味する。上記の株主メンバーは当時誰も言わなかったが、ステークホルダー的であったことになる。また、ドイツ企業のこのような性格は監査役会ではもっと強い。そこには、取引相手の社長や株主の金融機関の代表者がいるだけではない。共同決定法で従業員と労働組合代表者が参加していた。時には地域の名士や識者も入っていた。このようなドイツの大企業のステークホルダー方式は1990年代「ドイツ株式会社」と呼ばれて「時代錯誤」扱いされた。

「ドイツ株式会社」の没落
ところが、ゆっくりとだが、このなじみのあった大株主が消えていく。その代わりに登場したのが、大多数のドイツ国民になじみのない、グローバルに活動する投資ファンド運用会社、投資信託、投資顧問会社、保険会社、年金基金などである。DAX30の株式の60%以上はこのような機関投資家に所有されている。彼らの大多数は外国の投資家と推定される。というのは、グラフ2が示すように外国人所有(出資者)の割合も増加しているからである。

【グラフ25
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確かにこのようなグラフを見ると「ドイツ株式会社」のステークホルダー方式は過去のものになったと言うしかない。外国人投資家が増加したのは、DAX企業のCEOがシェアホルダー・バリュー・マネジメントに励んで企業価値を増大させたからである。この功績により経営トップは、グラフ1にあるように1995年ごろから特別高い報酬を受け取るようになる。

でもそれだけではない。ドイツの経済関係者や政治家がグローバリゼーションやシェアホルダー・バリューを生真面目に受け取り、金融の自由化に励み、立法や政策によって援護射撃したからでもある。

リーマンショックの後、筆者は知人のフランスの銀行関係者と話す機会があった。そのとき彼は、ドイツの銀行が「ドイツ株式会社」時代のDAXの優良企業の株式を手放して、米国まで出掛けてサブプライムに手を出したことに呆れていた。でも、これもドイツ人が米国的「グローバリゼーション」を真面目に実行したからだ。

こうして、グラフ2が示すように、DAX企業は少なくとも投資先としてはグローバリゼーションに成功した。2017年には発行済み株式のうち54%が資産を運用する外国人の手に渡っている。表2はこの割合がもっと高い企業を示す。

【表2:外国人投資家が占める割合6
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このような状態がドイツ企業の自主的経営を困難にする心配はないのだろうか。株式を所有しているのは、すでに述べたように資産を運用し増やすことを目的としているプロの人々である。その中には、上述したように、世界一になった頃のドイツの自動車メーカーのCEOの43倍もの巨額な報酬を受け取る人がいる企業も存在している。彼らは、もうけることに特別熱心な人々である。報酬は力の反映でもある。

例えば、上の表2の上から4番目の企業リンデである。本社がミュンヘンにある同社は産業用ガスとエンジニアリングの二つの部門を持つが、最近、同社は米国のプラクスエアと「対等に合併する」ことになった。新会社の本社は税金の安いアイルランドのダブリンに移り、経営の本体はプラクスエアで同社のCEOが新会社の経営トップとして采配を振ることに決まった。

M0304-0024-5リンデは産業用ガスの技術の発明者・カール・フォン・リンデ(左の写真7)が19世紀末に創立した企業である。そしてプラクスエアは、この創立者が20世紀初頭に米国に設立した子会社であった。そのため、業績が悪くもない大きいリンデがより小さい米国の「昔の子会社」に「吸収合併される」ことを奇妙に思う人が多かったようだ。2016年12月にリンデの監査役会で合併が決まったとき、合併反対派のCEOと財務担当重役が辞任した。これも普通の話ではない。また従業員の中には、ミュンヘン郊外にあるプラントエンジニアリングの事業分野(下の写真8)が切り離されて外国の企業に売られたり、また閉鎖されて5,000人の雇用が失われたりすることに不安を覚えている人も少なくなかった。

でも、なぜこのような事態に至ったのだろうか。表2にあるように、外国人投資家がリンデの株の72%を保有している。彼らの中の資産運用会社がリンデとプラクスエアのどちらにも投資しているとしたら、(この二つの企業が無駄な競争をするより)合併し、重なる無駄な部分の売却か閉鎖によってシェアホルダー・バリューが増大することを望むのではないだろうか。このように推定する人は少なくない9

M0304-0024-6こう考えたら、監査役会に労働組合や従業員代表などのステークホルダーがいるドイツなどよりも、アイルランドに本社があった方がいいということになる。また経営も「ドイツ株式会社」の生き残りより、資産の増大のために努力してくれる米国人CEOの方が望ましいことになるし、投資者はそのようなタイプの経営者を潤沢な報酬によってねぎらう。リンデは伝統があるために騒がれたが、本当はよくあるケースである。

このような事情を考慮すると、1990年代にドイツに入ってきたシェアホルダー・バリュー・マネジメントが「ドイツ株式会社」を没落させたことになる。CEO報酬の増大はこの過程で重要だった。今までドイツはシェアホルダー・バリューを増大させてグローバル化の道を猛進してきた。この国でよく使われる「コーポレートガバナンス(企業統治)」という言葉も、この現実を見ないためにあるのだという人もいる。

新聞の経済欄に「DAX30はドイツの企業なのか」といった記事がチラホラ出ていることや、また政治情勢を眺めると、軌道修正が必要であると思われるが、その実現も簡単でない。

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1 https://www.wiwo.de/erfolg/management/vorstandsgehaelter-5-8-millionen-euro-fuer-einen-dax-chef-im-schnitt/22793772.html
2 https://www.handelsblatt.com/finanzen/banken-versicherungen/usa-blackstone-chef-schwarzman-erhielt-2017-rekordverguetung/21024072.html?ticket=ST-2118155-vFDyE6KejgFxh3ghGoqe-ap2
3 https://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/arm-und-reich/blackstone-chef-hat-mehr-als-810-millionen-dollar-verdient-14094002.html
4 https://www.wiwo.de/erfolg/management/dax-vorstaende-zehnmal-so-viel-geld-wie-1987/22724964.html
5 http://www.bpb.de/nachschlagen/zahlen-und-fakten/globalisierung/52596/aktionaersstruktur-dax
6 https://www.welt.de/finanzen/article175828547/Dax-Der-Auslaenderanteil-unter-den-Aktionaeren-ist-stark-gestiegen.html
7 H. Linde氏提供。
8 写真はミュンヘンの郊外にあるエンジニアリング部門のヘッドオフィス。撮影は筆者。
9 https://www.tagesspiegel.de/weltspiegel/sonntag/blackrock-ein-geldkonzern-auf-dem-weg-zur-globalen-vorherrschaft/21246966.html
ベルリンの新聞「ターゲスシュピーゲル」に掲載されたこの記事によると、ビッグ3と呼ばれる「ブラックロック」「バンガード・グループ」「ステート・ストリート」をはじめとする多数の資産運用会社がドイツをはじめ欧州連合(EU)主要加盟国で株式を保有するようその影響力を強めている。EUのマルグレーテ・ベステアー競争担当委員は、市場競争原理が損なわれることに警戒心を強めている。リンデとプラクスエアの合併もそのような例だという。

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(2019年1月7日作成)

欧州 美濃口坦氏

「28-1=27」で済まない-ドイツから見たブレグジット

  • 発行:2018/11/12    美濃口 坦

概要

ドイツでブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)というと、経済的ダメージを受けるのは英国の方だと思っている人が多い。そうであるのは、残る加盟国は27カ国もあり、相手は1カ国だと思っているからである。また、英国の離脱はEUの在り方を根本的に変えてしまう。これに対処するのは容易ではない。

M0304-0023-1もうかなり前だが「ドイツ国民はブレグジット(英国の欧州連合(EU)離脱)は自分たちと関係がないと思っている」と嘆くフィナンシャル・タイムズの記事を目にしたことがある。もしかしたらEUで上の立場にいる人たちにも似た事情があるかもしれない。

ポーランド元首相で現在、欧州理事会議長のドナルド・トゥスク氏は、2018年9月にザルツブルクで開かれたEU首脳会議でメイ英首相にケーキを勧めた。そしてこの写真1に「残念ですが、サクランボはありませんよ」というコメントをつけてインスタグラムに投稿。英国はEUの利点を保持し、都合の悪いところは拒むと非難されている。このような「いいとこ取り」は、子どもがケーキで一番おいしいサクランボだけをつまみ食いするのに似ていて、メイ首相は欧州理事会議長からインスタグラムで茶化されたことになる。

このような冗談も普通なら面白いかもしれないが、英国メディアはEU首脳会議で自国の首相が四面楚歌(そか)の状態になり、さらにこのようにからかわれたことに対し感情的に反発する。同時に保守党内のブレグジット強硬派に対する彼女の立場が弱くなり、離脱協定が締結されないままの「ノーディール」になる可能性が高まったといわれる。

現在ドイツでは、長年暮らす英国人の中でドイツ国籍を取得する人が急増中である。また英国には300万人に及ぶEU加盟国市民が在住し、彼らこそブレグジットに至った「重要問題」であった。そのうちポーランド人は3分の1近くを占め、ブレグジットがどうなるかは、彼らにとっても気が気でないと想像される。でも、インスタグラム愛好者の元ポーランド首相には自国民の運命が気にならないようだ。これも彼がブリュッセルのEU本部にいて「雲の上の人」になってしまったからで、EU加盟国市民の中にEU嫌いが少なくないのも、このような事情と無関係ではない。

一度にEU加盟20カ国が脱退したら?
ブレグジットが重大な出来事であることをドイツ国民に理解してもらうために登場するのは下のグラフである。これはEU加盟国の国内総生産(GDP)がEU内で占める割合を示す。数字は2015年のもので、英国はドイツに次ぐ2番目の経済大国で18%を占める。ドイツからポーランドまでの上位8カ国を除いて、下位20カ国のGDPを合計するとほぼ18%になる。

【図表1】2
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ということは、経済的に見ると、ブレグジットは28カ国の加盟国で構成されるEUから20カ国が一斉に脱退することに相当する。でも多くの人々は28カ国のうち1カ国だけがいなくなると考えることにしていて、EUと英国の関係も「27対1」と思うようだ。ザルツブルクで開催されたEU首脳会議以来、メイ首相の提案がEU首脳陣から相手にされず、ドイツのメディアも政治家も「ノーディール」の離脱を心配するようになった。どのようにEUから離脱するにしても、EUより英国の経済的ダメージの方が大きいというのが通説で、いろいろなスタディーを目にすると、少なくとも短期的にはそうなると思われる。

だから「対岸の火事」扱いにして、本来内輪もめが多いEU加盟国がブレグジットに関しては英国に対し団結して強硬であるのは、英国のまねをする国が出てこないようにお仕置きを十分にしておこうと思っているからだといわれる。また同時に、川を越えて飛んでくる火の粉の数が27分の1になると高をくくっていることもある。以下にドイツの事情を挙げて、それが錯覚であることを説明する。

【図表2】3
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図表2は2017年のドイツの輸出先である。9%の米国がドイツにとって「一番の顧客」で、フランスの8%がそれに続く。英国はオランダと並んで7%で、ドイツのメルケル首相が重要視して毎年のように経済界の要人を引き連れて訪れる中国も7%であることを考えると、英国はドイツにとって本当に重要なパートナーであることが分かる。次に金額でいうと、これは2016年の数字であるが、商品の輸出額は年間約860億ユーロに及ぶ。これにサービスの輸出を加算すると1,160億ユーロで、ドイツのGDPの3.7%に相当する。

次に、図表3に示した英国の輸出先から分かるように、12%の米国が英国にとって「一番の顧客」であり、次はドイツの9%、フランスは6%にすぎない。

【図表3】4
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【図表4】5
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図表4の英国の輸入先を見てもドイツからの輸入が一番多いので、英国とドイツの交易が重要であることが分かる。英国とドイツの貿易収支はドイツの出超であるが、だからといって英国は文句を言うこともなくドイツの高いクルマを買ってくれるありがたい国である。自動車や機械工業の分野では、部品の相互供給も盛んだ。ここで数字こそ挙げないが、英国の場合は南欧周辺国より、ドイツだけでなく北欧の国々との交易の方がはるかに活発だ。

ということは、EU離脱協定が成立しないで「ノーディール」という形で英国がEUを離脱したら、ドイツを筆頭にこれらの北欧の国々は対英貿易の少ない南欧の周辺国より厄介な状態に陥る。それだけではなく、5%とか10%などといわれる世界貿易機関(WTO)ルールに従って関税を支払うことにもなる。これは該当するEU加盟国の企業にとって負担の増大である。ということは「対岸の火事」から飛んでくる火の粉は、どこの国にも均等の27分の1ということにはならない。

こうして増大した関税収入は、どこへ流れていくのだろうか。これは昔から決まっていて、EU加盟国が徴収コストとして4分の1を自国の収入としてキープし、残りの4分の3はEU本部に上納する。これは加盟国の国民総所得に基づいた支払金額と比べたら少ないが、それでもEUの重要な財源である。このように考えると、欧州理事会議長のサクランボの冗談も素直に受け取ることができないかもしれない。

これからのEU
このような経済的コストを考慮すると、英国の「ノーディール」離脱はドイツにとってもなるべく避けるべきことになる。だから英国もドイツに仲介的役割を期待していた。ところが今までのところ、ブレグジット交渉はフランスをはじめ南欧の周辺国やブリュッセルの欧州委員会のペースで進行し、ドイツはそれに流されるだけである。

そうであるのは、メルケル首相が抱える問題と無関係ではない。彼女は難民問題のために国内で批判されているが、これをかわすために、EU全体での解決という体裁を取りたい。これには南欧の周辺国の協力が必要であるが、こうして借りができると、彼女は自国や北欧の国々の立場を主張しにくくなるからである。

しかし「ノーディール」離脱になるかどうかは、比較的に短期的な問題である。英国がEUを離脱する結果、EU全体の在り方が変わり、厄介な状態に陥ることを長期的観点から心配する人がいる。EU加盟国の間にも経済や政治について異なった考え方がある。それは、ドイツ、英国、オランダ、オーストリア、フィンランド、バルト三国、デンマーク、スウェーデンなど市場経済を重視する国々の立場と、反対に経済的競争力が弱いために保護主義に傾くフランス、イタリア、スペインなどの地中海沿岸諸国の立場である。

前者のグループに属する英国はEU官僚機構に対する熱烈な批判国であり、大英帝国であったこともあって世界に開かれた国である。欧州統合が「内輪の親睦会」にとどまらずに現在のEUになったのも、またドイツが世界で通用する工業国家に発展できたのも、1973年に英国が当時の欧州経済共同体(EEC)に加盟したからだとドイツではよくいわれる。もともと英国の加盟は1960年代にドイツがフランスのシャルル・ド・ゴール大統領(当時)の不興を買うことを恐れずに願望し、1963年と1967年の英国の加盟申請もフランスの反対で実現しなかった。

後者のグループの地中海沿岸諸国は経済が元気でなく、国家介入主義的傾向が強く、欧州がこれらの国ばかりなら、ブリュッセルの官僚機構がもっと肥大化していたといわれる。ということは、欧州統合は市場経済派と国家介入派の間の妥協の上に乗っかってゆっくりと進行してきたことになる。このような妥協主義こそ欧州統合の重要な特徴だ。

EU理事会はEUの最も重要な決定機関であるが、ここでの評決の仕方も、多数決で少数派の見解を拒否するのでなく、妥協が実現する仕組みになっている。リスボン条約によってこの性格は弱まったといわれるが、それでも二重多数決方式である。そのため加盟国は前もって割り当てられた数の票を持っており、議案が可決するためには、その支持国側が55%以上の票数を確保しているだけでなく、支持国全ての人口がEU全体の65%以上を占めていなければいけない。

リスボン条約の時点では妥協主義がコンセンサスで、市場経済派加盟国は人口数では39%を、国家介入派諸国は38%を占めていて、拮抗(きっこう)するようになっていた。その結果、一方が多数決で他方の反対を押し切ることはなかった。ところが、英国のEU離脱によって前者が30%に減ってしまうのに対して、後者は42%に増大する。つまり、これからは、地中海沿岸諸国の方はいくらでも意思を通すことができ、妥協しなくてもよいことになる。ということは、ブレグジットは英国がEUから離脱して加盟国が27カ国になるだけの話ではない。

例えば、加盟国はこれまで独自に国債を発行したり、社会保障システムを運営したりしてきた。ところが、この加盟国の自己責任方式もブレグジットの結果、多数決で変更し、EU全体の共同債を発行したり、共同の失業保険を導入したりすることが可能になる。このような事情から、ブリュッセルのEU関係者やフランスのマクロン大統領がチャンス到来と思い、EUやユーロ圏の改革に色めき立った。

確実に言えるのは、欧州統合がこれまでとは全く別のものになるということである。というのは、欧州統合が妥協主義の基盤で進んできたのは、加盟国が主権国家であったからである。主権国家は「一国一城の主」のようなところがあり、下手に干渉して主権侵害と思われ脱退される危険性があったために慎重になり、また妥協主義になった。

国家は自身の権限が制約されることを望まない。制約を受け入れるとしたら、それを国民に納得させるために、見返りとしての利点が大きくなければいけなかった。だからブレグジット交渉が長引き、妥協にも時間がかかった。ということは、ブレグジットの結果、EUはこのような妥協主義から多数決で加盟国に何かを強制する方式に転換することになる。

次に、これまでのブレグジット交渉を眺めると、EUは「27対1」で相手を圧倒し、歩み寄ろうとする姿勢はほとんど見られない。こうであるのは、既に述べたように、英国のまねをする国が出てこないように「お仕置き」をしているからであるが、多数決方式で締め付けを強めるEUの未来を先取りしているからでもある。同時にこれも加盟国に対する教育効果を高めることにもなる。

これに関連して興味深いのは、欧州議会によって2018年9月に28加盟国で2万7000人を対象に実施された世論調査6である。それによると「自国がEU加盟により得をしている」と回答する人がEU全体で68%もいたことである。これは1983年の調査開始以来最も高い数字であるだけでなく、同年4月の調査より4%も上昇した。ブレクジット交渉でのEUの強硬な態度は報われたのかもしれない。

しかし締め付けが強くなった欧州同盟は、今後どのように展開していくのだろうか。上記の調査で「EUは間違った方向に進んでいる」と回答した人は全体で半数もいた。例えば、フランス59%、ドイツ52%、スロベニア52%、オーストリア45%といった具合で「正しい方向に進んでいる」と回答した人は全加盟国で28%しかいなかった。ということは、以前の妥協主義のブレーキが効かなくなり、EUが「間違った方向」にどんどん進んでいく可能性もあるということになる。

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1 https://www.instagram.com/p/Bn8Luwbjzf9/?hl=de
2 Hans-Werner Sinn: Der Schwarze Juni:Brexit, Flüchtlingswelle, Euro-Desaster – Wie die Neugründung Europas gelingtの39ページ
3 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
4 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
5 ユーロスタットの数字を基に筆者作成:https://ec.europa.eu/eurostat/news/themes-in-the-spotlight/trade-in-goods-2017
6 http://www.europarl.europa.eu/at-your-service/en/be-heard/eurobarometer/parlemeter-2018-taking-up-the-challenge
http://www.spiegel.de/politik/deutschland/europaeische-union-vier-von-fuenf-deutschen-sehen-mitgliedschaft-positiv-a-1233660.html
https://www.heise.de/tp/features/EU-Barometer-Die-Haelfte-glaubt-dass-sich-die-Union-in-die-falsche-Richtung-bewegt-4193605.html

M0304-0023
(2018年10月24日作成)

欧州 美濃口坦氏

不幸な星の下に生まれた通貨-「ドイツの一人勝ち」なのか(2)

発行:2018/08/22

概要

国際社会での「ドイツの一人勝ち」の意味は、ユーロが破綻しないようにもうけた以上に支払わなければならないという圧力であり、欧州では連帯主義的なユーロ圏へ改造するための布石とみられている。ドイツのメルケル首相は、自国がユーロで最も得をしていると述べている。欧州統合もユーロ導入も厄介なドイツ・フランス関係の産物であり、これが問題の解決をさらに困難にしている。連載の最終回。

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漠然とした期待
「ドイツの一人勝ち」とか「ドイツはユーロ導入で得をした」という批判は、数字を見る限りあまり説得力がない。これは、この文句がどちらかというと政治的メッセージであり、ドイツに期待する役割と関係があるからである。

「ドイツの一人勝ち」とか「ユーロで得をした」といった評価には、どんな意味があるのだろうか。言われる場所と、誰が言うかによってメッセージも異なる。とはいっても「欧州の経済大国ドイツはもうけた以上に支払うべきだ」という固定観念が国際社会にできつつあるのではないのだろうか。これはユーロの破綻を誰も望まない以上、そのような事態を避けるためにドイツが責任を果たすべきだとする国際世論でもある。多くの人々が、共通通貨がどのように生まれたのか、そしてどのように機能しているのかあまり知らない以上、これは漠然とした期待感でもある。

しかし、ドイツ一国にそのような力があるのかも本当は疑問だ。ドイツの経済学者ハンス=ヴェルナー・ジン氏の計算に従って1、ユーロ危機が高まった2012年8月時点での支援融資の出どころを表示した(グラフ4)。グラフの赤い部分はユーロ加盟国、欧州安定メカニズム(ESM)などの金融支援機構、国際通貨基金(IMF)などから政治サイドの決断を経た支援融資である。これは2,270億ユーロにすぎず、当時のギリシャ、ポルトガル、アイルランドに対する支援全体のほぼ17%を占めるだけだ。残りの83%に相当する1兆ユーロ以上は欧州中央銀行(ECB)を経由する。また、このごく一部である17%をドイツは19のユーロ加盟国の一国として負担していたにすぎない。

【グラフ4】
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2012年来危機が収まっているのは、a)リファイナンスオペの担保条件の超緩和、b)OMTと呼ばれる国債購入プログラム、c)量的緩和政策(QE)の実施、d)ターゲット融資といったECBの処置のおかげである。これは、フランクフルトのECBがユーロ圏加盟各国の中央銀行に「紙幣を増刷して国の財政を賄うことに似た政策を可能にしている」(バイトマン・ドイツ連邦銀行(連銀)総裁)ことに等しい。

現在、加盟国の国債だけでも2兆6000億ユーロ買い取られているので、ECB経由の支援は膨大である。国際社会の住民には、この厄介で理解しにくい現実より、漠然とドイツが何かできると思っている方が気が楽である。

ユーロ圏の改造
次は欧州での「ドイツの一人勝ち」であるが、これはニュアンスが異なる。というのは、欧州では欧州連合(EU)やユーロ圏の在り方について統合推進派と反対・慎重派が対立しているからである。統合推進派はユーロ圏を国家に似た「主権を持つ」機構に改造し、固有の予算や財務大臣や議会まで設け、財政力の弱い加盟国に財政移転をすることや、ユーロ圏共同債(ユーロボンド)の導入を要求する。反対派もしくは慎重派は、EUの官僚機構の肥大を心配するだけでなく、加盟国の自己責任を重視し、安易に責任を全体に転嫁することがモラルハザードに通じると警告する。

ユーロ圏の改造の熱烈な推進国はフランスで、財政赤字の大きいイタリアはユーロボンドの導入を切望している。統合・改造に慎重な国や、反対しているのは北欧や中・東欧の国で、ドイツも本来そうであったが、メルケル首相の立場は不明瞭だといわれる。

西ドイツ時代の昔から、欧州でお金が必要になると経済大国ドイツに話を向け、まんざらでもないドイツは出し渋って見せ、そのうちに支払うというパターンが定着していた。例えば「古き良き時代」のドイツのヘルムート・コール元首相によると、

《欧州理事会でお金が足りない話になると、加盟国を代表する居並ぶ首相や大統領は一斉に私を眺めた。彼らにとってドイツはこの上もなく豊かな国で、私が巨大な財布を手にしているかのようだった》2

欧州統合を進め、ユーロ圏の改造を目指すフランスの政治エリートから見たら、ドイツの政治家はその理想を理解できない「エコノミックアニマル」である。そのためか、彼らはドイツの政治家にはビジョンが欠けているとあきれる。「ドイツの一人勝ち」とは、ドイツに高い欧州統合の理想を理解させ「国家エゴ」を捨て、ユーロ圏をフランスが望むような連帯主義に基づいた共同体への改造に同意させようとするための布石である。

元気づけや慰めの「御言葉」
それでは、ドイツ国民は「ドイツの一人勝ち」といった自国に対する評価をどう思っているのであろうか。

《ドイツは、どのEU加盟国よりもユーロで得をしている。私たちの雇用が失われないのも、また経済が成長するのもユーロのおかげだし、またユーロで税収も確保される》3

これは、2011年3月24日にブリュッセルで開かれたEU理事会での、メルケル首相による声明の一節である。筆者はここまでいろいろな数字を挙げて「ドイツの一人勝ち」とか「ドイツが得をしている」といった見解の妥当性に疑問を呈した。ところが、この一節を読む人にはそんな数字など必要でないはずだ。というのは、ドイツ国民は、ユーロが登場する前から、多かれ少なかれ仕事があり、納税義務も果たし、経済も機能し成長することもあったからである。

ドイツの首相は居並ぶ隣国の首脳を前に、問題も多いといわれる共通通貨ユーロに関連して自国が「どのEU加盟国よりも得をしている」と発言した。これは門外漢には奇異に思われるかもしれない。だがこの国では政治家をはじめ、公的発言者のこの種の言動は特別なことではない。これは、危機に陥った隣国への支援に反対する国内の右翼勢力とは自分が違うことを示すためであると同時に、自国民を支援に賛成させるようにするためでもある。

ECBはユーロ圏危機国支援のために長年超低金利やゼロ金利政策を実施している。ドイツ政府がこの低金利のおかげで自国の国債の利息をあまり支払わないで済んでいるとよく報道される。この節約分でギリシャ支援をカバーできるだけでなく、おつりまで出るとされる。例えば、ギリシャへの第3次金融支援が問題になっていた2015年のことだ。有名な経済研究所からスタディーが発表された4。それによると、ギリシャへの金融支援が始まった2010年からその年まで、ドイツ政府は1,000億ユーロ以上も国債利息を節約できたという。

金利が下がれば債務者が、上がれば債権者が得をする。政府は債務者だが、ドイツ国民の大多数は銀行に預貯金を持つ債権者である。株を買う人も不動産を持つ人もそう多くはないし、家計平均資産も欧州では下から数えた方が早い5。そうであるのは、2桁のインフレに見舞われた隣国と異なり、自国の中央銀行・連銀がインフレを特別に警戒し、物価が安定していて、不動産や株を購入する必要がなかったからである。ということは、預貯金しかない大多数の国民は、政府が利息を払わないで済んでよかったと言われても喜ばないと思われる。

このような事情から、人々は、政治家、エコノミスト、メディアのこのような元気づけや慰めの「御言葉」に耳を貸さなくなりつつある。また、政治家の方もだんだん話題にしなくなる。「ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)」(2017年11月21日付掲載)の中で、スイスの新聞を引用して「ドイツの政治文化に不自然なコンセンサス」があることを指摘した。これは、ドイツにタブーがあってEUやユーロをなるべくテーマにしないようにする点である。

フランスのマクロン大統領はユーロ圏に問題があるとして、その改革を提案していたのに、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)や社会民主党(SPD)などのドイツの主要政党は2017年の選挙戦で無視した。というのは、下手に議論を始めたら、右翼ポピュリズムの政党・ドイツのための選択肢(AfD)に票が流れると心配したからである。

ドイツ・フランスの過去の亡霊の葛藤
ドイツの政治文化のこの「不自然なコンセンサス」であるが、これには心理的には厄介な問題がその根底にあるように思われる。「ドイツ総選挙とユーロ圏の今後(1)」(2017年11月21日付掲載)の中で触れたように、欧州共通通貨などずっと先の話だと思っていたドイツ国民にベルリンの壁が開き、東西ドイツ統一の可能性が生まれる。そのときにコール首相がフランスのミッテラン大統領(いずれも当時)にドイツ統一を認めてもらうために、共通通貨の導入要求に従ったという経緯がある。

フランス側が当時無条件に東西ドイツ統一を承諾しなかったのは、ドイツがまた強大になることを心配したからである。この国は、第2次世界大戦でドイツの電撃作戦で軍事的大敗を喫して占領される。これがフランスにはトラウマになる。その数年後ドイツは「無条件降伏」したが、フランス軍は米軍の戦車に同伴してドイツに入っただけで、ドイツを軍事的に屈服させたという気持ちを持つことができなかった。

その後も、フランスのフラストレーションは終わらない。というのは、敗戦国ドイツは「驚異の経済復興」があり、その後も経済力の差は広まるばかりであった。特に目の上のたんこぶというべき存在は、ドイツ連銀とその通貨・マルクであった。フランスの競争力が弱いために、この敗戦国の通貨に対して自国通貨のフランを切り下げなければならない。これはとてつもなく屈辱的なことだったといわれる。ドイツ連銀が公定歩合を上げると、本当はしたくなかったのに、操り人形同然の自国の中央銀行も同じことをしなければならなかった。

米国、英国、フランス、ソ連の分割占領を経て成立した東西ドイツは、旧戦勝国から国家主権を部分的にしか与えられていなかった。ということは、ベルリンの壁が開いてから東西ドイツ統一までこそ、フランスには戦勝国としてドイツに条件を突き付けることができる最後のチャンスであったことになる。そこで、彼らは欧州共通通貨の導入を東西ドイツ統一承認の条件として提案する。

彼らの目には欧州経済を支配しているように見えたドイツ連銀とドイツマルクを取り除き、欧州共通通貨を導入することによって、ドイツの経済力を欧州の枠の中に取り込むことができると思った。こうすると「古き良き時代」にコール首相が述べたドイツの「巨大な財布」も欧州の共有物になる。これがフランス側の思惑であった。

ドイツと大筋では合意していたものの、交渉は難航し、フランスは不安を覚えていた。中には願望通りにいかないと心配する人もいた。ところが、マーストリヒト条約として念願が実現する。フランス側は満足感を隠すことができない。

《1920年代には「支払うのはドイツだ」とよく言われた。今度もドイツが支払う。マーストリヒト条約は戦争をしないで手にできたベルサイユ条約である》
(1992年9月18日付「ル・フィガロ」、フロンス・オリビエ・ジスベア氏の論説)

ちなみに、ここでフランス側のいうベルサイユ条約だが、第1次世界大戦後に戦勝国英国、フランスなどが敗戦国ドイツと締結した講和条約で、膨大な賠償金を課した。ドイツの方はこの結果、経済がうまくいかなくなり、ナチの台頭を許したと思っている。反対に、ドイツの経済力を抑え込むことができたと喜ぶフランスの政治家から、マーストリヒト条約がベルサイユ条約よりずっとよいという意味で「スーパーベルサイユ」と呼ばれていたという6

ベルリンの壁が開いてから1992年のマーストリヒト条約までのフランス、ドイツの過去の亡霊の葛藤を見ると、ユーロは不幸な星の下に生まれた通貨としか言いようがない。

ユーロはドイツやフランスだけの通貨ではない
コール元首相をはじめドイツの政治家は、機会があると欧州共通通貨について「ユーロは戦争か平和かの問題だ」といった発言をする。この通貨の誕生の経緯を考えれば、そうであろう。また、メルケル首相も次のように発言している。

《誰も、今後半世紀の間、欧州の平和と繁栄が自明のことだと思ってはいけない。本当にそうではないのだ。だからこそ、私は言う。ユーロが失敗したら欧州も失敗に帰する》7

しかしこのように表現することによって、自由な思考や行動を自分から制約することにならないだろうか。また、このような言い方は内容の上で奇妙だ。というのは、東西ドイツ統一までは、欧州諸国はゆっくりであっても妥協し合いながら欧州統合を進めてきた。当時、欧州の農業の助成金について議論する政治家が「戦争か平和か」などといった途端、その常識が疑われた。

だが、常識が変わったのかもしれない。ドイツで政治家がナチの過去に触れて反省の気持ちを示すとメディア受けがよくなる。これは、EUやユーロについて下手なことを言って歴史的責任意識の欠如を疑われる危険があることを意味する。そんな心配をしていると、いつの間にかスイスの新聞の言う「不自然なコンセンサス」になるのかもしれない。

次にドイツで気になるのは、フランスならびに南欧の偏重である。これは、ドイツには一番難しい戦勝国のフランスと付き合うために始まった、欧州統合の意識構造の名残だと考えることもできる。農業国フランスや、それに似た南欧加盟国のために、EUが欧州経済共同体(EEC)だったころの1960年代では、その全予算の95%が、また1990年代の初めでも60%以上が農業助成のために支出された。現在でもEUの支出の4割ぐらいは農業助成が占めるといわれる。これも、ドイツ・フランス関係が中心になる欧州統合の始まりが、長年その影を投げ掛けてきたことになる。

ところが、欧州統合に参加する国の数はその後増大する。1973年、英国が欧州共同体(EC)に加盟するときにはドイツが熱心であったが、当時のドイツの政治家には、フランス偏重のゆがみが強く意識されていたことになる。その後からの加盟国の中には市場経済を重視し、助成頼りのメンタリティーやブリュッセルの官僚機構の肥大を拒む国も少なくない。有名な例はブレグジット(英国のEU離脱)問題で、メルケル首相の移民・難民政策に対する反発がきっかけだったかもしれないが、フランスや南欧周辺国の影響力が再度強まるEUに嫌気がさしていたからともいわれている。

2017年9月の総選挙の後、ドイツではなかなか新政権が発足しなかった。2018年に入って3月4日にSPDの党員投票の結果、メルケル首相率いるCDUとSPDによる連立政権が発足した。同じ日にイタリアで総選挙が行われ、ユーロ圏脱退を要求する2政党が勝利し、過半数を獲得した。

その2日後、2018年3月6日にオランダ、デンマーク、スウェーデン、アイルランド、フィンランド、バルト3国の8カ国の財務大臣が共同声明を発表した。それは、フランスのマクロン大統領や欧州委員会のユンケル委員長が提案しているEUやユーロ圏の改革に反対するものである8。反対意見を持つ国は、これら8カ国にとどまらないといわれている。

これまで、このような小さな国が一緒になってEUの改革について共同声明を出すことなどなかった。SPDはマクロン改革に賛成を表明していたので、共同声明に参加した加盟国は、第4次メルケル政権発足と同時にフランス、ドイツがどんどん先行して財政資金の転移やユーロボンドの方向に進めてしまうことを心配したからである。

このような状況は多くの国がドイツに対する信頼感を失いつつあることを示す。これまでメルケル首相はその場の状況に流されるばかりで、どちらの方向に進もうとしているかも分からないといわれる。こうであるのは、ドイツの中でこのテーマについてろくろく議論ができない自縄自縛の構造があるからだ。

イタリアがEUを離脱すると言ったら、メルケル首相は大幅に譲歩するだろうといわれる。ドイツの政治家は歴史的責任を果たした気持ちになれて慰めになるかもしれない。しかし他のユーロ圏加盟国には経済の問題であり、事情次第では(英国のように)出て行くこともあり得る。

欧州共通通貨は不幸な境遇で誕生し、無責任な政治家が軽率に始めたものかもしれない。しかし、その破綻はドイツにどの加盟国よりも大きな経済的損失をもたらす。そのような破局的事態を避けるためにも、ドイツの政治家も経済的側面を直視し、国内で率直な議論をした方がよいように思われる。

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1 Hans-Werner Sinn:Der Schwarze Juni 2016, Freiburg. S. 234
2 Wohlstand für Alle- 70 Jahre Währungsreform S. 35
3 https://www.bundesregierung.de/ContentArchiv/DE/Archiv17/Regierungserklaerung/2011/2011-03-24-merkel-europaeischer-rat.html
4 https://www.welt.de/newsticker/dpa_nt/infoline_nt/wirtschaft_nt/article145021484/Deutschland-ist-grosser-Gewinner-der-Griechenland-Krise.html
5 「貧しいドイツ国民?-家計資産の比較」(2014年12月24日付掲載)
6 Hans-Werner Sinn:Die Target-Falle 2012, München. S. 38
7 https://www.bundesregierung.de/ContentArchiv/DE/Archiv17/Regierungserklaerung/2011/2011-10-27-merkel-eu-gipfel.html
8 http://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/deutsche-europa-politik-schuert-misstrauen-anderer-staaten-15481094.html

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(2018年8月1日作成)

欧州 美濃口坦氏

不幸な星の下に生まれた通貨-「ドイツの一人勝ち」なのか(1)

  • 発行:2018/08/22
  • 記事提供:美濃口 坦

概要

ユーロ危機が長引くにつれて、欧州だけではなく国際社会でも「ドイツの一人勝ち」といわれている。これは、危機に陥っている欧州連合(EU)加盟国(ユーロ圏)を犠牲にしてドイツだけが繁栄していると思われているからだ。しかし経済指標の数字を見ると、ドイツ経済は好調であるものの、ユーロ危機で「得をしている」わけでない。

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もうかなり前から「ユーロ圏はドイツの一人勝ち」とか「ドイツだけがユーロで得をしている」などといわれる。それも欧州だけではなく世界中で、日本でもよく耳にする。そういわれるのは2008年の金融危機、その後のユーロ危機以来、経済的に困っている周辺国を尻目にドイツだけが繁栄していると思われているからだ。確かにドイツ経済は、現在のところは好調である。しかし「一人勝ち」という以上、負けた犠牲国がいることになるが、勝ち負けの図式を当てはめることが本当に可能なのだろうか。

ユーロ危機は、2012年の欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁による「ユーロ存続のためいかなる措置も辞さず」との発言以来、小康状態にある。とはいっても問題解決の先送りが繰り返されてきただけで、危機国の閉塞(へいそく)した状況は、EU加盟国の選挙で欧州連合(EU)/ユーロ反対派が票を増やすことに反映されている。イタリアでは、EU批判をスローガンに掲げる政党の連立政権まで登場した。

「ドイツの一人勝ち」は経済現象であるが、ドイツ批判であり、政治的メッセージでもある。ここではまず、経済的にどこまで本当にそう言えるのかを検討する。

雇用の分配
欧州では、経済指標の中でも失業率が重要視される(表1参照)。この表の左端は2018年4月の各国の失業率で、3.4%のドイツはユーロ圏主要国の中では最も低い。このため、南欧のフランス、イタリア、スペイン、ギリシャの高い失業率と比べると「ドイツの一人勝ち」の印象を強めるかもしれない。またこの表にはないが、フランス20.4%、イタリア31.9%、スペイン33.8%、ギリシャ43.2%という2018年5月の若年層失業率の数字は悲惨である。

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失業率は経済活動の指標である。一方、2006年から2016年までのドイツの平均成長率は1.2%にすぎず、下から数えた方が早く隣国から羨ましがられるほどの水準ではない。次に、失業問題は雇用の分配という構造的な問題とも関係する。若者の大量失業もその例だ。

富の偏在を批判し、その公平な分配を要求する人々も雇用の偏在には見て見ぬふりをする。その方が多数派の就業者を敵に回さないで済むからだ。ドイツ社会民主党(SPD)のシュレーダー首相(当時)は、ゼロ成長を繰り返す経済の停滞と500万人の大量失業を背景に、2003年以降労働市場改革を行い、雇用を柔軟に配分して失業者を持続的に減らすことに成功した。

この数年来、シュレーダー改革は批判されているが、それは「喉元過ぎれば熱さを忘れる」からかもしれない。失業者が多い国からドイツに来た人は、非正規雇用の増加について「働けるだけマシ」と言うことが多い。多くのドイツ国民は、改革の賛成・反対とは別に、自国の完全雇用に近い状態をこの改革の結果と見なし、ユーロ危機と関係があるといわれてもぴんとこない。

表1では、ユーロ危機以前の2000年から2009年までの前半と、危機が本格した2010年から2014年までの後半を区別して年平均失業率を示した。ユーロ危機勃発の2010年を境に、多くのユーロ圏の国で平均失業率が上昇に転じたが、ドイツは(スロバキアと同じように)低下した。この点こそ、ドイツ経済がユーロ危機で困っている隣国の犠牲の上に好調に転じたと思われる事情かもしれない。

ドイツ経済の欧州離れ
ドイツが「一人勝ち」する次の要因は、工業国ドイツの強い輸出力にある。欧州統合が進み、共通通貨・ユーロが導入された結果、加盟国は以前のようにペセタやリラ、フランなどの自国通貨を切り下げて防備することもできない。競争力のあるドイツ企業に自国市場をじゅうりんされるばかりだという。こうして(日本でもその著書が読まれているフランスの知識人の見解によれば)「ユーロはドイツが一人勝ちするシステム」ということになる。中には、共通通貨ユーロの導入はドイツが(ナチのように)欧州を支配するために、この結果を見越してイニシアチブを取ったと主張する人もいるそうだ。

工業・技術力が強いというドイツのイメージは世界中に浸透しているので、国際社会がドイツの「弱者いじめ」と思うのも当然の成り行きであるのかもしれない。とはいえ、これは思い込みのようなもので、経済現象とはあまり関係がない。

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出所:ドイツ連邦統計庁の資料を基に筆者作成

表2はドイツ連邦統計庁の数字を基に筆者が作成した。この表には出ていないが、ドイツは毎年着実かつ安定的に輸出を伸ばしており、2011年に1兆ユーロを超えた。1994年と1997年にはユーロは導入されていなかったが、後にユーロ圏に加盟した国のシェアを加算して表2に示した。また右端にはドイツの輸出全体の金額を表示しているので、例えばユーロ圏に輸出されたシェアを金額に換算できる。

この表から分かるように、ドイツの輸出先としての欧州、EUの重要度は下がる傾向にある。これはグローバリゼーションに伴い、米国や中国などがドイツにとっての重要な取引先になったからだ。また、欧州内部でも非ユーロ圏が重要度を高めている。ここには英国やスウェーデンなどのおなじみの国も含まれているが、西欧に追い付こうとするポーランド、チェコ、ハンガリーなどの東欧圏・キャッチアップ組が非ユーロ圏シェア拡大のモーターである。

次はユーロ圏である。1994年には47%だったシェアが2016年には10ポイント以上も減り、37%以下になった。輸出大国の「ドイツの一人勝ち」だというのなら、ユーロ危機が始まった2010年から「犠牲国集団」というべきユーロ圏でドイツの輸出シェアがもっと拡大してもいいような気がするが、事実はそうではない。

EU内の貿易については昔からすみ分けができているといわれる。北の国の人々は南の太陽に憧れてバカンスに行き、自国にないワインを輸入する。フランスやイタリアのメーカーは小型のクルマに、ドイツは図体の大きい車の生産に特化している。欧州の域外の競争相手に対して団結して防御に当たるが、ドイツのメーカーが隣国のメーカーをねじ伏せる姿など想像できなかった。だからこそ、ユーロ導入まで揉めずに欧州統合を進めることができたのではなかったのか。

期待外れのユーロ
ユーロ導入前には、為替両替手数料が省けたり、相場の変動リスクがなくなったりして加盟国の間の商品もサービスも、また資本の流れも活発になると期待された。ところが結果はウィン・ウィンにならず、今やドイツだけがユーロ導入によって得をしたといわれる。そこで、ここからもう少し丁寧にこの事態を眺めてみたい。

EUならびにユーロ圏の現実を理解するのに役立つと思われるのは、下記のグラフ1と2である。Ifo経済研究所のエコノミストがユーロスタットの数字に基づいて作成した。グラフではそれぞれEU内での輸出と輸入について、ドイツとフランス、また「北ユーロ圏」「南ユーロ圏」ならびに「北欧」「東欧」といった具合に加盟国もしくは加盟国グループのシェアを棒グラフで表示している。それも、ユーロの名称が決まった1995年から2015年までを5期間に分けてグラフの棒の色が白から黒に変わるので、状況の展開を時系列でたどることができる。

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

グラフ1から分かるように、EU内の輸出全体に占めるドイツのシェアは上がり下がりが小さくて横ばいに近い。次にグラフ2から分かるように、フランスも「南ユーロ圏」加盟国も、一度だけ微小ながら上向きに転じることはあるものの、大抵は輸入シェアを減らすばかりである。この期間、輸入を増やしているのはキャッチアップ組のいる「東欧」で、そのおかげでドイツはその輸出シェアを減らさずに横ばいで済んだことになる。これは表2と関連してすでに述べたことのコンファームである。

次にグラフ1と2を眺める。ユーロ導入で緩やかでも右肩上がりになったのは輸出シェアでの「北ユーロ圏」で、このグループにはオランダ、ベルギー、フィンランド、ルクセンブルク、オーストリアが属する。中でもオランダがいろいろな分野(工業、農業など)で商売熱心だとされている。例えば、ユーロ導入後に競争力を失ったギリシャがトマトを北欧のオランダから輸入するようになった。

次に輸出でも輸入でも右肩上がりは「東欧」で、このグループには、途中からユーロ圏に加盟したスロベニア、スロバキア、バルト3国も、また自国通貨を持ち続けるポーランド、チェコ、ハンガリーなどが属する。ユーロ組もそうでない国も同じように元気である。ユーロというより、生活水準を少しでも向上させたいという意欲が重要であるかもしれない。

ちなみに筆者は、2010年に財政破綻したギリシャへの支援が議論されていたころ、前年にユーロ圏に加盟したばかりのスロバキアの経済関係者と話したことがある。彼は、自国民より生活水準の高いギリシャ国民の支援に加わることなど絶対に嫌だと言っていた。

すでに述べたが、ユーロが加盟国の間の物とお金の流れを盛んにすることが期待された。ところが、物の流れに限ると、フランスも南欧のユーロ圏加盟国も、1995年から2015年まで輸出シェアを減らす一方である。輸入は一度だけごくわずかながら上向きになるが、おおむね下降するばかりだ。

「南ユーロ圏」の国々は、2008年の金融危機や、その後のユーロ危機でお金が流れて来なくなり、経済が沈滞したように自分でも思い、また多くの人々から思われている。ところが、本当は危機が始まる前に元気がなくなっていたことになる。またグラフ1と2にも右肩上がりのケースは少ないし、あってもユーロのおかげかどうかもはっきりしない。これらのことを考えると、今までのところユーロは期待外れの通貨といえるだろう。

ドイツが得しているはず
共通通貨ユーロのこれまでの展開を知るために、ここまでEU内の貿易、すなわち物の流れを眺めた。南欧周辺国では1995年蛇口を開いたときには普通に流れ始めたのが、危機の勃発前にすでに流れがだんだん細くなっていたことが判明した。ユーロ導入に当たって期待されたもう一つの効果は、お金の流れが盛んになることだ。

お金の流れ具合について参考になるのは、EUの投資全体に占める加盟国やそのグループが占めるシェアを表示するグラフ3(下記参照)で、これもグラフ1と2と同じようにIfo経済研究所で作成された。

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出所:Ifo経済研究所の資料を基に筆者作成

上記グラフで重要なのは「南ユーロ圏」である。このグループにはギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン、アイルランドが属するが、これらの国の中にはマルクに対して何度も通貨を切り下げたところがある。ドイツマルクと同じハードカレンシーのユーロになることが1995年に決まった途端、為替変動リスクもなくなり、これらの国の利息もドイツに限りなく接近し、円滑に借金することが可能になった。

こうして、上記の棒グラフが示すように「南ユーロ圏」に投下された資金のシェアは1995年から2008年まで急上昇し、どの地域よりも大きい。金融/ユーロ危機の結果、投資シェアは下降してもシェアはユーロ圏最大である。この事情こそ、ユーロ圏に固有の予算を設けて危機国に財政移転をするべきという改革案に説得力を覚えない人々が気にする点である。

ドイツマルクの信用は戦後西ドイツが営々と築き上げたもので、南欧の隣国が低コストで借金できるようになったのもこのマルクの信用のお裾分けにあずかったからである。その結果は、残念にもバブルで、大量の不良債権が発生しユーロ危機につながった。

当時「欧州の病人」と呼ばれて低迷していたドイツ経済は、このインフレ気味のブーム(バブル)で物価が上昇した「南ユーロ圏」の加盟国に対して輸出力を強めた。この結果、長年患っていた悪性の経済的停滞から立ち直ることができたという。これが、経済学者のポール・クルーグマン氏をはじめ米国で主張されている「ドイツが得した」説である。

表2やグラフ1で見たように、当時、南欧周辺国に対するドイツの輸出が伸びたわけではない。南欧の周辺国で価格が上昇したのは不動産で、こればかりはドイツが逆立ちしても輸出できない商品である。次に、ドイツの企業にとってEU圏外の企業との競争が重要である。インフレ気味になることはユーロのレートが高くなることになり、ドイツの輸出産業に不利になる。とすると、どちらかというと「ドイツが得した」のではなく、その反対にならないだろうか。

危機勃発後は南欧周辺国の経済が弱くなり、ユーロのレートが低くなると、今度はドイツが欧州の外で輸出力を強めてもうけていると批判される。この点だけを取り上げるとその通りであるが、ドイツの自動車メーカーが中国で利益を上げたからといって、例えば、南欧周辺国・ギリシャが損するわけでない。この国はオリーブオイルや果物などで南米と競合しているので、ユーロが下がるのは、本来悪い話ではないはずだ。

レートが低いと輸出においては有利である。でも喜んでばかりいるのは考えものだ。これは国民が輸入品に余計にお金を支払うことになり、言い換えれば輸出企業に助成することでもある。これは輸出企業を甘やかす「通貨ドーピング」になり、長期的には競争力を弱めることにならないか。反対にレートが上がると(原油などの)輸入製品は価格が下がり、その分だけ購買力が増大するので歓迎される。経済では何かあったら、もうける人も損をする人も出てくるので、ある国が得したとは一概にはいえない。

周知のように、ユーロは大きな期待を担って導入されたが、物流では期待外れといえ、お金の流れは激しくなってバブルまで起こした。これまでのところいい話がない。経済的にうまくいっていない隣国は、やり場のないストレスをドイツに向けて「ドイツは得しているはず」と思いたいのかもしれない。でもこれは、自国の抱える問題をドイツに責任転嫁していることになり、今後の展開次第では、今以上に厄介な紛争のもとになるかもしれない。

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(2018年8月1日作成)

欧州 美濃口坦氏